GOD SAVE THE SHINJI!
 
 
 
 
 
第一話:返信――回線切って首吊って反省汁!
 
 
 
 
 仙台駅前を、一人の少年が歩いていた。道行く人が皆一瞥を、或いは奇妙な視線を向けて通り過ぎる。
 この炎天下なのに、全身これ黒尽くめとくれば無理もない。しかも、本人が汗一つかいていないとくれば尚更かも知れない。
 がしかし。
 よく見れば気付いたかも知れない。
 ポケットに手を突っ込んでいる少年が、なぜか寒そうに見える事を。そしてもっと注視すれば、その頭の回りに妙な物が飛んでいるのに気付いて、仰天したかもしれない。
「ねえフロスト未だ〜?」
 聞けば、どこにでも居そうな少年の声であり、炎天下に勘違いして全身漆黒に身を覆っている少年のそれには到底聞こえない。
 独り言ならよくある事だから、大した事ではない。
 問題はそれに対する返答であった。
「もう少しだ。わざわざ真っ黒けにしてやったのに寒いのかいオヤビン?」
「だからさっきから震えてるんだよ。この暑いのに…いや寒いのに」
 少年の頭の周りには、数十体の雪だるまが宙に浮遊しており、それらが揃って冷気を吐き出しているのだ。可愛いと見るか怖いと見るかは、人によって異なるだろうが、少年のこの珍妙な格好は防寒の為だったらしい。
「ところでオヤビン、そろそろ時間じゃないの?」
 もう一つの声は少年の胸元から聞こえた。ん、と時計を見た少年がどことなく嫌そうな顔になる。
「ランタン、この間打った電報だけど、本当にあれで良かったの?」
「当たり前じゃない。オヤビンもこの間写真見たでしょ?」
「うん」
「ネグレスト信奉者の気持ち悪いヒゲなんて、回線切って首吊らせてからグラム百円くらいで売り飛ばせばいいのよ」
 飛翔する雪だるまの声は男だったが、ランタンと呼ばれた方は女の声で、少しハスキーだ。それにしても、胸元の、それも服の中から聞こえてくるのはどういう訳なのか。
 うーん、としばらく少年は考え込んでいたが、ぽむっと手を打った。
「それもそうだね。着いたら簀巻きにしてくれる」
「そうそう、それでいいのよ。ところで向こうには誰が迎えに来るの?」
「変な人」
「変な人?オヤビン、聞いていないのかい?」
 口を挟んだのはフロストであった。
「いや、それが写真は来ていたんだけど…」
 少年の取り出した写真に、何とも言えない沈黙が漂った。写っているのは女だ、それは多分間違いない。
 そして何やら文字が書いてある。
 ただし、全く読み取れない――墨かマジックかその手の物で、真っ黒に塗りつぶしてあるのだ。ご丁寧に、同じような物がもう一枚ある。
「オヤビンそれ嫌がらせ?」
 ランタンの問いに、シンジは軽く首を振った。
「違う」
「『え?』」
「どういう人か分からないけど、これを送りたかった人の嫌がらせみたいな意志は感じないんだ」
「と言う事は?」
「多分…写しちゃいけないようなものだったとか…」
「脚開いた格好で、自分で広げて見せてる写真だったのかしら?」
 ころころと笑ったランタンに、
「ランタン止せ。オヤビンが困ってるだろうが」
「はいはい。フロストっていつもいい子なんだから…あれ?」
 赤くなった主人に気が付いた。
「もしかして、想像しちゃった?」
 
 
 
 
 
「冬月副司令、お呼びでしょうか」
「うむ、入りたまえ」
 直立不動の姿勢を取った少年達に、冬月コウゾウは柔らかい表情を向けた。
「使徒がこちらに向かっているそうだ。既に国連軍が迎撃に出ているが、壊滅するのは目に見えている。しかも君たちの機体は中破で使えないと来ている」
「『申し訳ありません』」
 謝ったのはアスラン・ザラとキラ・ヤマトの両名。優秀なパイロットだが、冬月の言ったとおり機体が使えない状態だ。
「君たちのせいではない。直接の原因は、葛城・ラミアスの両少佐の意地の張り合いにある…つっ」
 何やら思い出したらしく、デスクの引き出しから小瓶を取り出すと、中の錠剤を流し込んだ。
 胃薬だ。
「それで、とりあえず初号機を出す事にしたよ。足止めだ」
「初号機をですか?しかしパイロットが…」
「分かっている。レイを乗せて出すが、さっきも言ったとおり足止めだ。彼が来る時、使徒に踏まれたりしなければそれでいい。後は大破しない内に引き上げさせるさ」
「彼が…じゃあ、シンジ君が来るんですか?」
 キラの顔に嬉しそうな表情が浮かんだ。碇シンジ――仙台駅まで防寒用に黒尽くめでウロウロしていた少年は、キラの従兄弟であり、アスランとも幼なじみだ。
 だが、冬月の次の言葉を聞いた瞬間笑顔は消えた。
 冬月はこう言ったのだ。
「来たらすぐ初号機に乗せて出撃だ」
 と。
「『何ですって?』」
「分かっている」
 人生の辛酸をすべて知り尽くした賢者のように、冬月は軽く手を挙げた。
「無論、戦死させる為に呼ぶ訳ではない。これには事情があるのだよ…聞いてくれるかね」
「も、申し訳ありません」
 使徒と呼ばれる妙な物体に備え、設立されたこの組織は一応軍隊形式を取っており、上官の命令は絶対だ。しかも、冬月はナンバー2で、総司令官が不在の今は実質一番偉いのだ。
「いや、構わんよ。君たちの言う事も分かる。掛けたまえ」
 二人に椅子を勧めた冬月は、引き出しから封筒を取り出した。
「読んでみたまえ」
「はい」
 読んだ二人は、思わず顔を見合わせた。
「副司令、これは…」
「シンジ君から来た電報だよ。ついでに、それの元となったのがこれだ」
「『……』」
 それを見た二人は何も言わなかったが、どこか嫌悪に近い色がある。
「その通りだ。何年も放っておいた実の息子に出す物ではないな」
 シンジが送ってきた電報は、
「回線切って首吊って反省汁!」
 であり、その前にネグレストの父親――総司令碇ゲンドウが出したのは、
「来い」
 と言う二文字だけである。
 キラはシンジと文通しており――とは言ってもシンジからはいつも『元気』の二文字が来るだけなのだが――先日来た手紙に、『行く』と書いてあったから、久しぶりに会えるのかと嬉しくなったが、まさかこんな事になっているとは思わなかったのだ。
「来る気になってくれたのは喜ばしい事だが、来ていきなり難題を押しつけなければならん。機関銃持って乗り込んでも来ないだろうが、あまり殺伐とし過ぎても困る。そこで君たちに迎えに行ってもらいたいのだ。彼は――シンジ君は、このネルフの事は知っているね?」
「そっ、それは…」
 キラが狼狽えたのも当然で、子細ではないがある程度の事は手紙の中で、シンジに話しており、それには機密事項も含まれていたのだ。
「いや、非難している訳ではない。むしろ良かったと思っているのだ」
「と言われますと?」
「予備知識があった方が、シンジ君も遣りやすかろう。それに、君がネルフを悪し様に書いたりはするまい?」
「も、もちろんであります」
「それなら尚更だよ。最初は葛城君かラミアス君に頼むつもりでいたのだがね…」
 だがね、と来た。こう言う時、いい方の事情で駄目になった事はあり得ない。
「見たまえ」
「『あ…』」
 二枚の写真に写っていたのは、それぞれ葛城ミサトとマリュー・ラミアスの両名であった。
 一応軍人もどきの筈だが、タンクトップにショートパンツ姿で、しかも大きく屈んだ格好だから胸の谷間が際どい所寸前まで見えている。
「ノーブラだ…」
 その下にはよろしく、と書いてある。ミサトのそれが夜露死苦になってるのは洒落だろう。
「シンジ君へ送ろうとしていたのを、バジルール少尉が発見してね。寸前で食い止めたよ――原型は」
「ちょ、ちょっと刺激的ですよね…原型?」
「マジックで殆ど塗りつぶしてから封筒に入れ直したらしい」
 ナタル・バジルール。
 代々が軍人だという生え抜きで、おまけに有能である。上司に当たるマリューやミサトより遙かに有能だが、厳格でとにかく隙がない。
 ただし、ネタをネタと分かるような性格ではないので、ジョークの類は厳禁だ。部屋に用事があって行く事があるが、出てくると何となく肩が凝っているような気がする。逆にマリュー達の場合、張りつめていた気が緩んだりする訳だが、どちらがいいのかは分からない。
「セックスアピールとしては良いだろうし、即座に却下すべきだとは私も思わないよ。ただ、シンジ君のデータがない状態でいきなり送りつけるのは、少々感心しないね。少年が誰しも巨乳のお姉さん好きとは限らないのだから」
「『え?』」
 冬月の口から出た思いも寄らない言葉に、二人は思わず冬月を見たが、その表情はいつもと変わらない。
「つまり、シンジ君の手元には真っ黒に塗りつぶされた、訳の分からない写真が二枚ある訳だ。いきなり悪印象を持ちはしないだろうが、君たちの方が安全だ。危険な仕事になるが、頼みたい」
「『了解しました』」
 立ち上がり、直立不動の姿勢で敬礼した二人に、冬月は軽く頷いた。
 冬月の部屋を辞した二人は、並んで廊下を歩いてた。
「キラ、どう思う?」
「分からないよ。まさか総司令が、二文字だけで呼びつけようとしていたなんて、全く思ってもいなかったよ」
「そうじゃなくて、シンジ君の適格の話だ。無能という事は無いだろうけど、いくら何でもいきなり乗せるなんて無茶だろう」
「シンジがすぐに来なかったからな、仕方あるまい」
「キラ?」
「多分…碇司令はそう言われると思う…」
 キラがゲンドウに、どういうイメージを持っていたのかは分からない。それに、アスラン自身も、ゲンドウと接する事は殆ど無かった為に、イメージと違うとかそう言う事はない。
 ただ、キラがショックを受けているのは伝わってきた。どういう立場でシンジを召還したのかは知らないが、ここの詳細を伝えていない以上、軍人扱いではあるまい。その場合、どんな強制力でシンジを乗せる気なのかは分からないが。
 そこまで考えてハッと気が付いた。
 もしかしたら、自分達を人質のようにして、シンジに強制する気なのではないか?
 冬月の言った事が事実なら、何年も放置していた息子を二文字で呼びつけた訳だし、いくらゲンドウでもシンジがあっさり従うとは思って居るまい。だとしたら、自分達を交渉のカードに使うと考えた方がしっくりくる。
「僕がいる事でシンジ君を苦しめるなら…んっ」
 キラの唇をアスランが指でおさえた。
 その先は言うな、と言うように軽く首を振り、
「逆に言えば、人質策に出るくらいなら期待できるって事さ」
「え?」
「何年も放置していた父親に二文字で呼び出され、のこのこやってきて言われるまま乗る程自主性がないなら、戦力としてはあまり期待できない。人形の兵隊は綾波レイ一人で十分だ」
「アスラン…」
「大丈夫だよ」
 アスランはにこりと笑った。
「シンジ君はそんなに凡庸じゃないだろうしそれにキラ…お前は必ず俺が守るから」
「うん…」
 引き寄せられた身体がきゅっと抱きしめられた。
 なお、言うまでもなく二人とも男である。
 
 
 一時間後、ネルフが使徒と呼称する人型の物体は、予想通りドカドカとやって来て、通常兵器が全く通用しない事を存分に見せつけた。
 ネルフ側は予想していた事だが、かといってこのまま暴れられるとシンジの捕縛に影響が出る。この第三新東京市に来られなければ、役目も何もない。冬月の言葉通り、綾波レイが出撃したが、あっさりと敗退した。
 対使徒用の切り札となるエヴァ――「汎用人型決戦兵器人造人間エヴァンゲリオン」は、聞こえはいいが実際には汎用ではなく、各パイロットごとに機体が決まっている。
 と言うよりもそれ以外だと相性が合わないのだ。
 現時点で、ネルフ本部には四機の機体がある。綾波レイ操る零号機、パイロット不在の初号機、アスラン・ザラが駆る参号機、キラ・ヤマト操る四号機と、ラインナップだけ見れば史上最強だが、参号機と四号機はマリューとミサトの意地の張り合いによって中破しているし、零号機は起動実験中に暴れ出して現在とっちめられ――つまり拘束中である。
 使えるのはパイロット不在の初号機のみという有様なのだ。パイロット――チルドレンと呼ばれる少年少女達の中で、何とか初号機に乗せられそうな綾波レイが選ばれたのだが、元々波長が違うからあまり相性が合わない上に、半分火病を起こしたような国連軍の指揮官が半ば巻き込まれるのを念頭に置いたように、N2爆雷を放り込んだのだ。
 それ自体による損傷は無かったが、爆風で機体ごと飛ばされ、中の人は負傷して帰ってきた。
 当然、シンジと愉快な仲間達を積んで仙台を発った政府特別専用列車にも、その報告は入っていた。
(イキタクネ)
 と、運転士が思ったのは言うまでもないが、必ず予定通りに着けと厳命され、居るのか居ないのか分からない神を呪いながら列車を走らせていた。
 シンジが駅に降り立った時、辺りには誰一人おらず、明らかに交通機関も停止している状態で、どうして列車が入ってこられたのか小一時間問いつめたいような状況であった。
 
 
 
 マリューもミサトも、シンジをエヴァに乗せると言う事は聞いていた。ただし、アスラン達ほど仔細は聞かされておらず、シンジが自分の都合で呼び出しを放置していたかのように言われただけだ。
 その辺は従兄弟で血の繋がりがあるキラと、監督下に入るとは言え他人のマリュー達との違いだろう。とりあえずの策でレイを出し、列車への被害を食い止める事は分かっていたから、その事に反対はしなかった。
 レイが血まみれで戻ってきた時は、一瞬顔色を変えた二人だが、出血量が多いだけで重傷ではないと知り、安堵の息をついてそのまま出て行こうとした所を捕まった。
「葛城少佐、ラミアス少佐、どちらへ行かれるのですか」
「シンジ君を迎えに行くのよ。レイが身体を張って守ったんだから、今しか無いでしょう」
 マリューもミサトも、使徒退治には思うところがあるが、かといって今二人を捕まえたナタルとは違い、軍人としての教育を受けてきた訳ではない。それに出世欲とか自己顕示欲が強い訳でもないので、どうして自分達より有能な筈のナタルが配下にいるのかよく分かっていない。
 普通に聞けば誰でも首を傾げるだろう。
 自分達とは根本的に肌合いが違うので、何となく苦手なのだ。
「どうしても、と言う事であれば止めませんが、行かれない方がよろしいかとは思いますが」
「レイの事なら大丈夫よ。医療班に任せたし、そんなに重傷じゃないのはナタルも知ってるでしょ?」
「その事ではありませんが…胸元を強調した成果を見に行かれるのですか?」
「『な、何ですって』」
 二人の顔が一瞬にして硬直する。どうしてナタルがその事を知っているのか。無論相談などしていない。
「オペレーターに投函を任せて行かれましたね?封筒から写真がはみ出していました。なお、失礼かとは思いましたが、私の方で処理させて頂きました」
「な、何したのよ」「まさか捨てたんじゃ…」
 あんな物が人目に触れたらえらい事になる。しかもこのナタル、部内の掲示板に張り出す位はやりかねない。
「マジックで塗りつぶしておきました」
 一瞬ぽかんと口が開き、みるみる憤怒の形相に変わる。
「『ななっ、なんて事してくれたのよっ』」
「それはこちらの台詞です。まったく面識のない少年にあんな淫らな写真を送るなど、非常識とは思わないのですか」
 ぴく。
 確かにナタルの言う事は正論ではある。ただし、乳輪が見えているほどではないし、無論性器が見えている訳でもない。
 シンジの写真を見てすっかり気に入った二人が、珍しく抜け駆け無しで勝負よと、お互いを撮った写真なのだ。
 事もあろうに、それを真っ黒黒助に塗りつぶしてシンジに送ったという。半裸の写真以上に、怪しさ大爆発ではないか。
「ねえマリュー」
 ミサトの妙に穏やかな声を聞いた時、ナタルは気付くべきだったかも知れない。
 が、さすがに武士と違って常在戦場を座右の銘にまではしておらず、その下に隠された物にまでは気付かなかった。
「ええ、ミサト」
 従姉妹同士なだけあって、時々妙な連帯感を見せる二人に、
「大体、参号機と四号機の中破からしてお二人に責任があるというのに、まったく性懲りもなくこのよう…な?」
 すう、と分かれた二人が前後に回った時、さすがのナタルもおかしいと気付いた。前に回ったマリューが一歩踏み出す。思わず後ずさった背に柔らかい物体がぶつかった。
 これだけはどうしても勝てない物――ミサトの巨乳が背で弾む。
「ふ、二人とも…な、何をっ」
「確かにナタルは優秀だし、軍人としては優れてると思うわ」「でもね、マジックで塗りつぶされた写真を送られたら、普通の少年はどう思うのかしらね〜?」
 そんな事を言いながらも、二人はじりじりと距離を詰めてくる。
 前門の爆乳・後門の巨乳。
「『ナタル少尉とは、ゆっくりお話し合いする必要があると思うの』」
 ナタルの華奢な身体が、四つの巨乳でまさに挟まれようとしたその瞬間、
「ちょっと二人とも何をしているの。バジルール少尉で遊んでいる場合じゃないでしょう」
 きつい声がした。
 ただし悪意はない。最初からこの口調を持ち合わせてしまっており、それだけで損するタイプだ。
「リ、リツコ…」
 白衣に身を包んで立っていたのは、赤木リツコであった。技術部所属の才媛で、物事をすべてロジックで計算する為、ナタルとは妙に合う。
 トレードマークは金髪だが、眉毛は黒いままなので染毛だとすぐ分かる。そうまでして染めたがる理由は分からない。
 なお、マリューはシャワーで一緒になった事があり、何となく下を見てしまったのだが――そこは黒いままであった。
「初号機の再発進準備もあるし、迎撃システムのチェックも必要でしょう。胸を自慢している暇は無いはずよ」
「べ、別に自慢なんてしてないわよ。ねえマリュー」
「ええ、ナタル少尉とお話し合いしていただけです…ん?」
 三人の視線がある一点に止まった。
 リツコの白衣の胸元に。
「リツコあんた…白衣の下に何着てるのよ」
「水着よ」
 リツコは事も無げに言った。
「水着ってあんた…あんたこそこんな時に何考えてるのよっ」
 水着を使うような時では無いはずだが、リツコは当然のように、
「現場の担当者がいつも張り付いていては、後継者が育たないのは当然の理よ。マヤに任せてあるし、機体検査に私が付き合う必要はないわ。バジルール少尉」
「はい」
「胸など所詮は脂肪の塊で、年を取れば垂れてくるしかないのよ。そんな物など自慢にもならないわ。それよりも優秀な能力の方が遙かに有用よ。碇シンジ君の迎えはアスラン・ザラとキラ・ヤマトの両名に任せたから、あなたは迎撃システムのチェックを急いで。使徒が動き出すまでに数時間はあるけど、おそらく煙幕は必要になると思うから」
「りょ、了解しました」
 思わぬ助け船に、ビシッと敬礼してナタルが胸の間から逃げ出す。
 その後ろ姿を見送り、
「水着って裸を包むもので」「寄せたり上げたりするものじゃないわよね」
 連携した二人の表情には、無論怒りのマークが浮かんでいる。
「『もっとも、才能と身体の発育って必ずしも比例しないしね』」
 じっとリツコの胸元を見てから歩き出した。無論、ぶるんっと胸を揺らしていくのは忘れない。
「ま…ま、待ちなさい二人ともっ」
 リツコとて別に貧乳ではないが、寄せて上げての件はぐさっと来る物があった。
 これも額に青筋の浮かんだリツコが二人を呼び止める。
(赤木博士すみません)
 後方で勃発した女の闘いを耳に入れないようにして、ナタルは早足でその場を後にした。
 ナタルに言わせれば、シンジがエヴァに乗るのは当然であり、否定する事など考えてもいない。だから、シンジが着き次第搭乗に関する説明もしなくてはならないから、迎えに行ったというアスラン達と連絡を取る必要がある。
 事情はどうあれ、いきなりのぶっつけ本番になるが、それはやむを得まい。ゲンドウが来させた以上無能では無いはずだから、本人の能力を引き出してやればいい。
(使徒相手に二度も不覚は取れないからな)
 軍人の表情に戻った時、ナタルはもう胸の事は忘れていた。
 
 
 
 
 
(つづく)

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