妖華−女神館の住人達外伝
 
 
 
ドクトルシビウの闇カルテ:ツェザーレ
 
 
 
第八十七話:カガリさんのお時間:W卒業
 
 
 
 
 
「じゃ、ちょっと発掘してきます。見つけたら呼ぶから、回収しにきて」
「ええ。で、彼女の様子はどう?」
 つい先日、大量吐血したとは到底思えぬ程、病んだ気配もなければ緊張感の欠片もないシンジにマリューが訊いた。
 彼女、とは無論カガリの事ではない。
「相変わらず元気だよ。昨日程浮かれてる感じはしないけど」
「そう。じゃあ…お願いね」
 依然、カガリ達からの連絡はない。生きてるから大丈夫、とシンジが請け負ったから一切捜索はしていないが、本来はストライクなりもう一機のスカイグラスパーを出すべきところだなのだ。
 無論、シンジを信頼はしているが、レコアからシンジの体調報告を受けているマリューには、気が進まない事この上ない。
(まあ、こうまで暢気なら、途中で戦闘になる事もないでしょ)
 自分に言い聞かせるように呟いてから、いつもくっつている二人がいない事に気付いた。
「二人は?」
「医務室」
 シンジの言葉に、艦のメインパイロットが揃ってダウンかと僅かな響めきが起きたが、マリューはシンジの口調で二人が健康だと見抜いていた。
(おねだりし過ぎね)
 
 
 
「だからさー、医務室(ここ)は託児所じゃないっつーの」
 ご丁寧に両手両足を縛られ、おまけに猿ぐつわまで噛まされた状態で、シンジはキラとステラを双肩に担いでやってきた。
「おはようレコア」
「…おはようございます」
「生物二体、宜しく。俺はアイシャを発掘してきますので、ちょっと調教しといて」
 言い置いて、さっさとシンジが身を翻した後、レコアはため息をついて二人の口からタオルを外してやった。
「で、あんた達何をしたの」
「シンジさんがひどいんですよ!」「元気づけようと思って…ちょっとちゅーしようしただけなのにお兄ちゃんは…」
「それで、二人で左右から頬にしようと可愛く迫ったのに、冷たく振られたわけね」
「『そ、それは…』」
 頬を赤くした言い淀んだ二人を見て、レコアは病み上がりが態々拘束した上で、ここに担ぎ込んだ理由を知った。
(だめだこいつら、何とかしないと)
 
 
 
 格納庫へ赴くと、ムウは既にスカイグラスパーで待っていた。
「シンジ、もう具合はいいのか?」
「マーカーしてある対象を探す位は問題無い。それと、戦闘装備は最小限で、機動力重視で出して」
「あ?」
 MSは出ないし、何より現場の状況が全く分からない。武装換装でMSの一機や二機程度はとっとと撃墜し、シンジの身の安全を最優先する気だっただけに、シンジの台詞は想定もしていなかった。
「大丈夫、危険な感じはしないから」
「しかし…」
「万一敵がいたらその時は――」
「その時は?」
「何とかなるなる」
(大丈夫かよオイ!)
 その場に居合わせたクルーの内、およそ七割が内心で突っ込んだが、口にする者はいなかった。
「行ってきまーす」
 軽く手を挙げて乗り込んだ姿は、今から消息不明の仲間を捜しに行くのだとは到底思えぬ程、のんびりして見えた。
「ムウ・ラ・フラガ、出るぞ!」
「う〜い」
 後部座席からの、酔っぱらいみたいな声を背に機体を加速させながら、ムウは僅かな違和感を感じ取っていた。
(加速Gが…緩い?)
 もう慣れはしたが、シートに押しつけられる感触は身体が覚えている。VTOLとは言え、ここから発進する時の加速Gは変わらない。
 だが、シンジを後ろに搭載しただけで、明らかに普段のそれとは異なっていたのだ。
(まさか…な)
 ふっと浮かんだ考えを、軽く頭を振って追いやったムウがちらりと後ろを見ると、異世界人はぼんやりと外を眺めていた。
「で、どっちに行く?」
「2時の方向。暫く一直線に飛ばして」
「あいよ」
 
 
「世界を異にしようと、我が主の命は我が命も同然。古の歴史に埋もれた身とは言え、神に魅入られた事を忘れるな」
 妙な耳鳴りがしたような気がして、ふとシンジは空を見上げた。
 どこまでも蒼く澄み切った空には、雲一つ無い。
(気のせいだな、うん)
 文字通り、異なる世界からその身を案じているであろう従魔の事など思い出しもせず、シンジは目を閉じるとすやすやと寝息を立て始めた。
 
 
「初体験だったのに、よく頑張ったわね。で、何回膣出しされたの?」
「う〜、もう覚えてない。ていうかあんまり思い出したくない」
「あの坊やがカガリの下で腰振ってたのは、九回までは数えたけどあとは面倒で止めちゃったわ。カガリは何回イったか覚えてる?」
「…二回」
「そりゃ大変だわ」
 アイシャはくすくすと笑ってカガリの頭を撫でた。
 文字通り、足腰が立たなくなるまでカガリの膣で精の放出を余儀なくされたアスランは、二人の存在を口外しないと虚ろな表情で約束し、探しに来た仲間と共に朝早く去っていった。
 昨日まで普通の健康体だった仲間が、いきなり窶れた姿でコックピットにぼんやり座っていれば、普通は怪しむだろうが、目立つ外傷はないから、とりあえず回収できた事で付近の捜索はするまいとアイシャが読んだとおり、二機でイージスを抱えてふわふわと飛び去っていった。
「言っとくが、お前があたしに膣出しして喘いでいる姿はちゃんと証拠に残してある。もしも嘘を吐いたらオーブネットで全宇宙に動画をばらまくからな。勿論あたしの顔はモザイク入りだ」
 朝方、全裸のまま腰に手を当て――股間からは精液を滴らせながら――宣言したカガリだが、ガンダムの姿が見えなくなると洞窟の陰で足下から崩れ落ちた。
 いかにアイシャの手ほどきと投薬の助けがあったとは言え、先日まで処女だったのに、いきなりの初体験で男から精を搾り取るなど精神的にも体力的にも、相当負担になっていたのだ。
 今はアイシャに全身を清められ、服を着たまま膝枕をしてもらっているところだ。
「ところでアイシャ、あ…あのさ…」
「ん?」
「その…あたしが言った事だけど…映像に残ってるってほんと?」
「ああ、カガリちんの初体験記念のハメ撮り映像の話?」
「ハ、ハメ撮りとかゆーな!そ、それだよその事っ!ほんとに残ってるのかっ!?」
「あるわけないじゃない」
「…え?」
「撮る事は出発前から想定外だし、もしあったとしても、ザフト最高評議会議長の息子とオーブ元代表の娘のハメ撮りなんて、流出させたらそれこそ世界がひっくり返っちゃうわヨ。そう思わない?」
「そ、そっか、ないのか…良かった…」
 ふうっと息を吐き出したカガリに、
「撮った方が良かった?自分の騎乗位なんてまず見られないわよ」
「アイシャのオナニー動画の方がいい」
 からかうように訊いたアイシャの顔が、ふと真顔になった。
 こんな返しをしてくるとは思わなかった。
 昨晩も、アスラン相手に弄んでいたし、脱処女で違うところも脱皮したのかと、その口元に穏やかな笑みが浮かんだ。
「見せてあげてもいいけど、ちゃんと覚えるのよ?」
「お、覚える?」
「そう。二本差しとかフィストとか緊縛とか、とりあえずカガリはシャワーからね」
(……)
 シャワー、は分かる。カガリにも体験があるからだ。
 が、他の単語が分からない。
「二本差しっていうのは、前の穴と後ろの穴へ同時に器具とか野菜を入れて動かすの。中で襞越しに擦れると気持ちいいのよ。フィストって言うのは、おまんこに手首まで入れて指で中を弄るちょっと中級者向けね。緊縛は勃起させたクリトリスと乳首を糸で結んでそこに電――」
 言い終わらぬ内に、顔を真っ赤に紅潮させたカガリが跳ね起きた。
「すみませんごめんなさい私が悪かったです。だからもう許して」
「あら?カガリは、私のオナニー動画見てプロになるんじゃなかったの?」
 ぶるぶるぶる。
 夕べの事だって、冷静に考えれば恥ずかしくてたまらないのに、この上アイシャの自慰経験を延々話されたら脳内の配線が外れそうな気がする。
(て言うか…オ、オナニーのプロって何だ!)
 喉元辺りまで出掛かった言葉は、さすがに口にはしなかった。
 嬉々として、想像も出来ない、というよりしたくない説明を始めるのは分かりきっている。
「も、もういい。それより、あたし達はいつまでここにいるんだ?」
「迎えが来るまでに決まってるでしょ」
「こっちの位置が分からないのに来られるわけがな…」
 言いかけてからふと気づいた。
「アイシャ」
「なに?」
「あいつが乗ってた機体って、元々地球軍のだよな?あれを取り上げて、あの機体からアークエンジェルに通信すれば良かったんじゃないか?今朝は、微量だけど電波発信していたみたいだし」
「そうね」
 アイシャはあっさりと認めた。
 拍子抜けして、思わずアイシャの顔を見つめてくるカガリに、
「君の性格を見ておきたかったのよ」
「?」
「あんな形で処女を喪う状況で、いつもみたいにヒステリー起こすのか、それとも我慢して切り抜けられるのか。カガリがその辺の女の子なら、そんな事はどうでもいいのけれど、ね。ともあれ結果は合格よ、カガリはよくやったわ。後半はもう楽しんでたみたいだけどね」
「そ、そんなことないもんっ!好きでもない奴相手に処女なくすし、まんこにいっぱい精液出されて腰はずきずきするし、もー最悪だよ」
「でも、他に彼女のいる男を征服するって、ちょっと気分良かったでしょ?」
 ややあってから、カガリは小さく、うんと頷いた。
「で、でもアイシャ、キラには絶対黙っていてくれよ。別に私が好きでやったんじゃないし、キラはその…あ、あいつの事好きなんだろ?」
「教えた方がいいと思うわヨ」
「どうしてさ」
「私がミスター碇を気に入ってるから、よ」
 両頬に?マークを浮かべたカガリに、
「キラお嬢ちゃんはあの坊やを殺せない。その分危険は増えるし、当然ミスター碇の危険も増える。幼馴染みだっただけで、彼氏でもないのに厄介な感情を引き摺られると迷惑なのよ。カガリが全部ばらして、キラが下らない感傷を捨てればそれが一番いいわ」
「……」
 アイシャの言う事は分かるし、シンジがバルトフェルド隊を殲滅した時、MSに乗らなかったのは、その辺りも絡んでいるような気がしないでもない。
 がしかし。
 キラの性格からして、割り切って切り替えるとは到底思えない上に、どう考えても自分一人が余計な恨みを買いそうな気がしてならない。シンジを慕ってはいるようだが、シンジにそんな気は微塵もないし、こっぴどく突き放されたらそのままカガリを逆恨みしてくるのが目に見えるようだ。
(あいつ子供だしな〜)
 お前が言うな、と揃って突っ込まれそうな台詞を内心で呟いてから、
「止めとく。今はいい」
 それを聞いたアイシャが、ふふっと笑った。
「それがカガリの望みなら、従いますわ。さ、もう少し眠りなさい。ミスター碇がお迎えに来てくれたら起こすから」
「ん、ありがと」
 体力も気力もまだまだ戻っておらず、アイシャに膝枕されて頭を撫でられると、翼を生やした睡魔が一斉に襲ってきた。
「そう言えばアイシャ…いつのまに…そんなに仲良くなったの?」
「出発前に後ろの処女を奪われたの。言ってなかった?」
(!?)
 仰天するような事をさらりと言ってのけたアイシャだが、起き上がって問い詰める気力も体力も、今のカガリには残っていなかった。
 睡魔が完全にカガリを捕縛したことを確認してから、アイシャがニマッと笑う。
「うっそぴょ〜ん」
 その声を砂漠の下に眠るかつての思い人が耳にしたら、冥府からすっ飛んで来かねないような声で囁いた。
 
 
 
 
 
 廊下の硬いソファにどかっと腰を下ろし、腕組みしたままイザークは宙の一点を睨んでいた。
(あいつのあの症状、あれはどう見ても…)
 回収したのはいいが、一晩で十歳ほど加齢したような表情のアスランは到底使い物にならぬと、医務室へ担ぎ込んだ。
 数日で良くなるとの診立てだが、あの窶れ様は一晩のちょっとした遭難で発生しうるものではない。
 というより、イザークにはその表情に見覚えがあったのだ。
(生理後の母上に一晩捕まると、翌朝の俺はあんな顔をしている…)
 美貌と豊かな肢体を持ち、才媛でもあるイザークの母エザリアは、決して淫乱なわけではない。
 少々子煩悩過ぎるだけだ――近親相姦を厭わぬ程度には。欲情の波が高まった時、それが愛しい我が子に向けられると文字通り一晩中寝かせてくれない。そしてその翌朝、鏡に映る自分の顔は決まってあんな顔をしているのだ。
「しかしどうしてこうなった」
 誰もいない廊下で呟いたところへ、足音がしてニコルがやってきた。
「まだ戻っていなかったのか。あいつは放っておけば治ると言われただろう」
「で、でもイザークだってまだいるじゃないですか。アスランの事が心配なんでしょう」
「誰があんなのを心配するか!あいつが一晩でああなった原因を考えていただけだ!」
「あんな無人島に流れ着いてしまって、一晩中歩き回ったんでしょう。別に外傷はなかったし、何が気になるんですか?」
 ちょこんと、無邪気な顔を傾げているニコルに他意はない。本心からそう信じているのだろう。その表情に、少しでも邪悪なものがあれば良かったのだが、それが何もなかっただけに、ついイザークも釣られてしまった。
「お前はほんとに何も知らないんだな。ただの疲労でああなる訳ないだろうが。あれはヌかれ過ぎて…!」
「抜かれ過ぎて…?」
 怪訝な表情で見つめてくる少女に、イザークは自分が棺の入るサイズの墓穴を掘った事を知った。
 ニコルに誘導の意図はない。イザークが勝手に釣れたのだ。
「な、なんでもない。ち、血が抜かれすぎたと言ったんだ」
「大量出血するような外傷はなかったでしょう。あの島でせっせと献血でもしたと?」
「そ、そんなところだ」
「ふうん」
 慌てて横を向いたイザークに、ニコルはそれ以上訊ねては来ず、何とかやり過ごせたかと思った次の瞬間、
「イザーク、なんかやらしー顔してる」
「!」
 肩胛骨付近に一瞬で全身の血液が集結し、瞬時に顔まで押し寄せてきたような気がイザークは、した。
「だ、誰がやらしー顔だ!デュ、デュエルのメインカメラから裸にして吊すぞ貴様!」
「前にシホが裸でシャワールームから閉め出された時、通りかかってシホのお尻をずーっと見てたのと、おんなじ顔してた。抜かれるって、なんかやらしー事でしょ」
「う、うるさいうるさいっ!あれは歩いていたらうろうろしてる尻がいたから、つい見ただけだ!いい加減に黙らないとその口ふさぐぞ!」
 勝手に墓穴を掘った挙げ句、追い込まれてイザークがヒステリーを起こしたところへ、
「お前が黙れ。永遠に黙ってみるか?あ?」
「『!?』」
 野太い声に思わず振り向くと、ナース服より迷彩服が似合いそうな厳ついナースがこちらを睨め付けていた。
「す、すびばせんっ」
 誰もいないと思っていたところへ想定外の、それも尋常ならざる人物の出現で、不意を突かれて硬直したイザークに、
「ねえイザーク、抜かれ過ぎってなんのことですかぁ?」
(う、うるさいっ)
 
 
 
 
 
 後部座席を見ると静かに寝息を立てているし、仕方ないから燃料計の針が半分を指すまで飛び続けるかと思ったら、にゅうと腕が伸びてきた。
「ん!?」
「5時の方向へ。その先に、多分島があるからそこへ降りて」
「多分って…この辺りの地形を知ってるのか?」
「知らない」
「え?」
「島ではなく、海面に不時着してああまで楽しそうなら、アイシャは気が触れている。島の形状は不明だが、一晩を過ごすには問題のない場所を見つけて、一晩お楽しみだったのだろう」
「お楽しみって…一緒なのはあのお嬢ちゃんだろう。何か面白いことあるか〜?」
「だから、それを今から訊きに行くのさ」
「なるほど」
 相変わらず、シンジの口調からアイシャへの疑念は微塵も感じられない。それ以前に危機感からして全くないのだが、それにはもう慣れた。
 この異世界人は、四方から銃口を向けられても変わらない気がする。
 根本的な部分で精神(こころ)の構造が異なっているのかもしれないが、今回は自分だけの話ではなくアイシャが絡んでいる話だ。
 それは自ら選んだ事に因っているのか、或いは純粋なアイシャへの信頼なのか、機体を旋回させながらムウは暫く考えていた。
 
 
 
「お疲れ〜」
「おはよう」
 レコアの点滴が効いたのか、少女達の強制的な祝福未遂で危機管理能力が回復したか、シンジの示した進路方向で間もなく小島が見つかり、上陸してからさほど掛からずに木陰でアイシャとカガリを発見した。
 ひらひらと手を振るシンジに、アイシャは手を挙げて応えた。
 アイシャの膝枕で眠っているカガリを一別し、
「元気そうで何よりだ。アイシャ、昨夜は随分と楽しそうだったが何してたの?」
「君があまり元気に見えないのが気になるんだけど。一晩で相手にし過ぎたカナ?」
「大体合ってる」
「やっぱりね」
 何がどうやっぱりね、なのかは不明だが、アイシャはやれやれと肩をすくめてから、
「夕べはカガリちんがいっぱい頑張ったのよ――赤服相手にね」
(赤服?ザフトのか!)
 こちらへ近づいていたムウは、聞こえてきた声に思わず足を止めた。
 だが、ザフト相手にどう頑張るとアイシャが楽しいのか、全く見当が付かない。
「ふうん?」
「処女だったのに、騎乗位で抜きまくって足腰立たなくするなんて大したもんでショ?」
(!)
 思わず、手にしたペットボトルを握り潰しそうになったムウだが、何とか寸前で止めた。全容を聞いたらリンパ液でも吹き出しかねないと、その場を離れる事にした。
(しっかし…どういうこった?)
 気にはなるが、それよりもさっさと通信してアークエンジェルを呼び出す方が鮮血だ。
「どしたの?」
 ちら、とシンジが後方を振り返ったような気がしてアイシャが訊いたが、
「ううん、なんでもない。で、初体験の女相手に精気を吸われたエリートとは?」
「アスラン・ザラ、よ」
 その名前を聞いた時、シンジの表情がほんの少し動いた。
 
 
 
「艦長、通信入りました。二名とも無事です!」
「うん」
 報告が入った時、マリューは艦橋にいたが、他のクルー達には休息を取らせており、バーディ達数名がいるのみであった。
 二人が無事と言うことは、シンジ達が首尾良く発見した事を意味するのだが、さも当然のようなマリューの反応に、バーディ達は顔を見合わせた。
「あの…艦長」
「なにか」
「いえ、その…不明者が見つかっても特段の反応をされなかったので…お体の具合でも良くないのかと…」
「私が?大丈夫よ、ありがとう。心配する必要はなかったし当然の結果だから、別に驚きもしなかったのよ」
(必要がない、って言わなかった?)
(ゆったね)
 艦の備品と次の目的地オーブの、元とは言え代表の娘が行方不明なのに暢気な艦長だと思ったら、
「この艦に羽根は生えてないし、シンジ君が行くと言ったのだから心配するだけ無駄という事よ」
(ん?ん〜?)
 確かにアークエンジェルの機動力が高いとは言え、捜索メンバーに何かあっても間に合う程ではない以上、今はただ待つことしか出来ない。
 泰然自若として構えている風情なのだが、何か引っかかる。
 数秒経ってから気づいた。
(…要するに、シンジが言ったから心配要らないって事?)
(のろけか?)
(ソレダ!)
「『マジ、ムカツク』」
「何か言った?」
「『いえ、何でもありません』」
 心配などしなければ良かった、と内心で舌打ちしたバーディ達だが、マリューの口調にどこか重い物が含まれていると気づいた者はいなかった。
 シンジに信頼を寄せているとは言え、この艦で唯一の機動力が全て出払い、次の寄港先へ欠かせぬカガリの安否は全く分からぬまま、もしもの事があればその責めはそのままマリューの双肩にのし掛かってくる。
 いかにシンジが当てになろうと、自らの存在する世界すら自由に操れる、と思うほどマリューも間抜けではない。口ではオーブまではいる、と約定したシンジだが、そこに人智を越えた何かが関係してくる以上、僅かとは言えその心中に焦燥は生じていたし、何よりも――。
 事実を言っただけで、惚気など微塵も頭にない。
 原因の一部、と言うより大半は艦長と異世界人にあるのだが、二人を見て精神的火傷を負っているバーディ達が、勝手に被害妄想に囚われたのだ。
 
 
 
「ん……うん……」
 名前を呼ばれたような気がして、うっすらと目を開けたカガリの視界に飛び込んできたのは、アイシャと談笑するシンジの姿であった。
 思わず身を固くしたカガリだが、
「おはようカガリ」
(え!?)
 聞こえた言葉に、カガリは我が耳を疑った。普段は大抵茶坊主とか、よく分からない――どう考えても好意的には聞こえない――呼称でしか喚ばれない上に、隙あらば命すら狙われているような状況なのだ。
(き、気のせい…だよな?)
 さすがに耳を掃除する事は出来ず、数度頭を振ってもう一度シンジを見たが、やはり見たことの無いような穏やかな視線を向けている。
「アイシャから話は聞いた。よく頑張ったものだ」
「は、はい…え!?」
 返した直後、一瞬で意識が覚醒した。
「ちょっとアイシャ全部ってど…痛っ!」
 勢いよく起き上がり過ぎ、そのままアイシャの顎にぶつかった。
「私に舌を噛ませたいの?もぅ、痛いじゃないの」
「ご、ごめん…って、全部ってど、どこまで話したのっ!?」
「全部、と言ったでしょう。聞こえなかったの?」
「くーっ!!」
 天地が逆さになっても冷やかしてくるような相手ではないが、自分の処女喪失の体験を事細かに、しかも他人から伝聞で伝わったと思うと全身の体温が一気に数度上がったような気がする。
「よく頑張った、と裏表無しに褒めたのだがとりあえず二割減点」
「…あ、あの…」
「ん?」
「ほ、ほんとに…あたしが頑張ったって…?」
「逃げ出すか、相手を射殺するか、茶坊主の性格ならその二択だと思っていた。アイシャの助力があったとは言えど、文字通り身体で言う事を聞かせる術を選ぶとは全く想定外だった。カガリの認識は少なからず改める必要がありそうだ」
「う、うん…」
 相変わらずひどい認識だが、どうやらこの異世界人はストレートに褒めているらしいと気づいた。
 こうまで言われては、カガリも悪い気はしないが、
「で、キラお嬢ちゃんに、アスラン・ザラがカガリの処女を奪って膣出ししまくってた、と話した方がいいって事になったのよ」
「ヤマトがどうしても討てない、と言うならそれを無理に変えさせようとは思わない。あの子はそもそも軍人ではないからな。だが向こうは一応軍人だ。これ以上連敗を重ねれば戦略上支障が出る、と一気に戦力を増強してくる事は十分あり得る。私は無論、MSの操縦は出来ないし、ただ一緒に乗っているだけだ。素人にしては、妙に操縦を心得ているヤマトだが、多勢に無勢の状況になった時、オーブまで無事に辿り着ける保証はない」
 その乗っているだけ、のシンジがどれだけキラやステラの力になってきたか、また地上であり得ぬ現象を起こして来たか、見聞きしてきたカガリだが、そもそもシンジは存在自体が不確定要素だけに、シンジがいれば何とかなるだろう、とはカガリも口にし得なかった。
(でも…)
「大丈夫ヨ」
 カガリの心中を読んだかのように、アイシャがカガリの肩にぽんっと手を置いた。
「え?」
「お嬢ちゃんの暴走は、ちゃんとミスター碇が受け止めてくれるわ」
「え?」
 と、これはシンジ。
「前からあの子達はミスター碇に迫ってたし、余計なものを吹っ切ったなら、その代わりにって堂々と迫れるわ。勿論、ミスター碇は全部受け止めてくれる筈よ。初めては好きな人にもらってもらえるし、戦場では全力で戦えるし、キラお嬢ちゃんには良いこと尽くめでしょ」
 次の瞬間、アイシャとカガリは世にも珍しい物を見る事になった。
「……」
 シンジが間抜けな表情のまま、動かなくなったのだ。
(うわ、この人のこんな表情初めて見たぞ)
 無事に逃げられたものを、好奇心を満たす為だけに振り返り、塩の柱と化した古の賢者の愚妻よろしく硬直している。アイシャの台詞を聞いた瞬間から、文字通り固まっていたのだ。
 しかも、数分間も微動だにせず、さすがに二人も心配になって来た頃、漸く一つ瞬きした。
(あ、石化が解けた)
「善処する」
(?)
 二人まとめて相手にする方なのか、或いはそれ以外なのか、何を善処するのか測りかねて頬に?マークを浮かべた二人に、
「オーブまでは我が身に代えても無事に運んでいく。ここは気乗りしないカガリの意志を優先しよう」
「はあ…」
 頷いたカガリだが、一応希望は叶ったものの、こうまで抱くのを拒まれるキラ達がほんの少しだけ可哀想になった。
(意味違うけど、いや違わないけど…キラ、ごめんな…)
 心の中でキラに謝ったカガリは、シンジのこの反応をキラには生涯伝えまいと、固く決意した。
 と、そこへ、
「おーい、連絡ついたぞ。すぐこちらへ向かうってさ」
 ムウが声を掛けてきた。
「分かった。今行く」
 頷き、
「迎えがくるそうだ。荷物をまとめておいて」
「りょーかい」
 アイシャは身軽に立ち上がったが、カガリはまだ砂浜に座っている。強烈な初体験でまだ完調ではないのかと身を翻した背後から、
「あの…」
 遠慮がちに声が掛かった。
「何か」
「ちょっと…訊いてもいいかな」
「うん」
「そんなにその…あいつらの事…あの…えーっと…」
「抱きたくないのか、と?」
 振り向いたシンジと視線が合い、カガリの顔がすうっと赤くなる。さすがにストレートには訊き得なかったらしい。
「ヤマトの寝相を考えると、出来ぬ相談だ」
「あいつ…そんなに寝相悪いのか…」
「そうではないよ」
 ふふ、とシンジが笑う。
 シンジがこんな笑い方をするのは珍しい。
 軽くカガリの頭を撫でて、
「手中にあるが故に、触れてはならぬ珠もある。カガリにもいずれ、分かる時が来よう」
(寝相と珠、か…)
 むう、と考え込んだカガリに、シンジはそれ以上言葉を重ねることはしなかった。その心中が手に取るように見えたのだ。
「ところでカガリ」
「え…あっ、なに?」
「アスラン・ザラに跨ったまま、婚約者のラクス・クラインとあたしと、どっちの身体が良いか、と訊いたのは本当に?」
「アイシャのやつー!」
「別に冷やかしてる訳ではない。事実の確認だ」
「う〜…う、嘘…じゃない…」
「それは良かった」
 何がどう良かったんだ、と顔全体で問うてくるカガリに、
「初体験の痛みや緊張で硬直しているよりはずっといい。初体験で失敗して、性行為そのものに嫌悪感や恐怖を抱いたまま治療が必要になるケースも、さして珍しくはないそうな」
「そ、そうなの?」
 うむ、と経験豊富な人生の長者の面持ちで頷いたが、無論又聞きである。
「さて、立てるか?」
「ん、大丈夫」
 よいしょと立ち上がり、尻の砂を払っているカガリに背を向け、
「あ、そうそう思い出した」
「え?」
「ラクス・クラインとは面識があってな。諸事情があって、全裸で乱れているところも拝見した事がある。なかなかのエロスキルの持ち主だった」
「ど、どどど、それってどういう事っ!?」
「企業秘密だ」
 今度はカガリが彫像化しているのを背後の気配で感じ取り、シンジがにやあと笑う。
 笑われた方は無論、邪に笑った方も、その再現を見ることになるとは夢にも思っていなかった。
 
 
 
 
 
(第八十七話 了)

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