妖華−女神館の住人達外伝
 
 
 
ドクトルシビウの闇カルテ:ツェザーレ
 
 
 
第八十六話:カガリさんのお時間:痛!熱!痛!
 
 
 
 
 
 血に染まった服はセリオが回収していった。
 ザフトは片付いたし、キラとステラはマリューが遠ざけておいてくれる筈なので、のんびりと安静治療だと横になったのだが、十分も経たない内に扉がノックされた。
「…誰?」
 さすがシンジの声もやや重い。体力は急激に低下したし、初めての吐血体験までしたせいで、意識レベルまでふらふらしているところなのだ。
「私よ」
「あー、はいはい」
 手元のリモコンで施錠を解除すると、入ってきたのはなにやら器具を担いだレコアであった。
 入ってくるなり、くんくんと鼻をひくつかせ、
「この部屋、血の匂いがするわね」
 ときた。
「匂うほど出血が多いとは、今回は重いらしい。早く終わるといいね」
「…これだから男って嫌いなのよ。何かというとすぐ生理に結びつけるんだから」
 澱みきった下水を遊泳するボウフラでも見るような視線を向けてきたレコアが、
「この部屋で出血、乃至は生理中の娘が泊まったりした事はない。原因が俺になく、レコアにも外傷がない以上、他臭がする程強く匂うのなら――モゴッ」
「あーうるさい」
 顔にクッションを押しつけてきた。
「吐血したと情報が入ったから養分補給に来たのよ」
「……」
 シンジの視線が正面からレコアを捉えた。
「他言せぬよう、アンドロイドとその主には言っておいた筈だが」
「キラとステラには言うな、って言ってましたからよろしくお願いします、との事だったけど?それに、血まで吐きながら軍医にも言わないようじゃ反乱行為にも等しいわよ。だいたい、吐血までしたのなら点滴位はしておかないと、本当に身体が持たないわ。だから、素直に点滴されなさい」
「艦長にはくれぐれも言わないように。もし言ったら、全裸のまま中央通路で一日中自慰行為に邁進させるぞ」
 それを聞いたレコアが、ふふっと笑った。
 妙に艶めいた笑みであった。
「やってもいいわよ、裸で公開オナニー。君がずっと見ていてくれるなら、ね?」
「…やなこった」
「冗談よ。艦長に知られたくないのは、ただでさえ君を酷使してるって気にしてるのに、この上吐血したなんて知ったら、それこそ本当に倒れかねないからでしょ?いいわよね、相思相愛って」
「軍医は、俺の治療に来たのか、それとも最後の力で唐揚げにされたくて来たの?」
「治療に決まってるじゃない。ほら、さっさと横になって」
 妖しげな痴女から、一転して軍医の顔になったレコアに、何か言ってやろうと言葉を探したシンジだが、探す能力も言い返す気力も残っていない事に気づき、黙って横になった。
「とりあえず2パックでいいかしら?」
「じゃ、それで」
 薬液がチューブ内を落ちていくのを確認して、レコアはシンジの肩口から毛布を掛けた。
「敵は片付いたし、今日はもう君の出番もない筈だからゆっくり休んで。私は一応ここにいるから、何かあったら手を挙げて」
「大丈夫。そこまで厳重に付くほど重篤じゃない。緊急の時は、内線で呼ぶから医務室に戻っていて」
「んー、そう?本当に大丈夫?」
「大丈夫。それに、もし艦内で怪我人でも出て医務室が無人だと、却って怪しまれかねないでしょ」
「クローン育成装置を艦に積んでおかなかったのは失敗だったわね」
「この世界にそんなモンが?」
「ない」
「……」
 悪戯っぽく笑ったレコアが、急に真顔になって顔を近づけてきた。
「キス…してもいいかしら?」
「軽くなら」
 頬と頬が触れたが唇は重ならず、シンジの頭がそっと抱きしめられた。
(おや?)
「私は君が羨ましい。自分の信じる道に、命すら投げ出せるその生き方が羨ましい。でも、こんな所で君にもしもの事があったら、とても精神(こころ)が持ちそうにない娘もいる。だから…無理はしないで」
「前向きに検討します」
「ちゃんと善処するのよ」
 この辺り、レコアはシンジの扱い方をよく知っている。
 シンジの頭を枕に戻し、
「じゃあね」
 軽く手を挙げて歩き出した足が止まり、とことこと戻ってきた。
「どうし…んっ」
 いきなり唇が重なり、舌まで入ってきた。
「んむっ、むぅ…むーっ!」
 舌を吸われ歯茎を舌でなぞられ、たっぷりとシンジの咥内を愉しんだレコアが唇を離すと、二人の間を唾液の糸が繋ぐ。それを拭った白い指先は、赤いルージュを塗った唇に吸い込まれた。
「ふむ、満足したわ」
「…こら、淫乱軍医」
 抗議の視線を向ける患者に、
「治療代よ。まさか、無料での治療を要求する気だったの?」
 笑顔でろくでもない台詞を投げかけ、足音も軽く部屋から出て行った。
「ライトって注文したのに。レコアの奴、まさかあいつの弟子じゃないだろうな。まったくもう」
 横になってぶつぶつとぼやくシンジは、部屋を出たレコアが、妙に満足げな表情で唇を指先でなぞっていた事は知らなかった。
 
 
 
「MIA、と認定されますか」
 敵の攻撃を受けて一足先に離脱した筈のカガリ機は、フラガ機が帰投しても一向に戻って来なかった。
 だが、その報告がマリューにもたらされたのは、二時間近くも経ってからであった。本来は怠慢極まる話だが、無論単純ミスではない。
「いくら大将が楽天家だからと言って、何も考えずにあの二人を出しはしないだろう。全責任は俺が負うから、艦長の耳にはまだ入れないように、な」
 地上は電波状態が悪く、距離によっては平時でも味方の信号をロストする事はあるし、その辺りの言い訳はいくらも立つ。
 襲撃してきたMSをバズーカで撃退したシンジが寝ていると聞き、その体調が完調からほど遠いと看破出来ぬムウではない。マリューが頼みにしているシンジだが、この状況で引っ張り出して悪化でもされた日には、艦の戦略が根本から覆りかねない。
 だからマリューも、ご報告が遅れまして、と謝ったムウを責める事はしなかった。
「んー、困ったわね」
 と小首を傾げた所へ、ナタルの尖った声が飛んだ。
 カガリとアイシャの素性を咎め立てする気はないが、それを推したのがシンジだと言うのがナタルには気に入らないのだ。無論、根底にはシンジに対する不信を拭えていない事が根ざしているのは言うまでもない。
 但し、異世界人など信用されるからです、とはおくびにも出さず、あくまで帰投時間の遅さと行方不明から判断する事自体は別段間違っていない。
 ナタルも、この状況下で本心を晒さない程度には空気を読めるようになってきた。
「MIAってなんです?」
「作戦行動中の行方不明、要は戦死扱いってことさ」
「えー!?」
 ざわめくブリッジの中で、マリューはすぐには反応しなかった。
 十秒、三十秒と経ち、一分が経過してもまだ動かない。宙の一点をじっと見据えたまま動かず、五分近く経ってからようやく振り向いた。
「キラ、ステラ」
「『は、はいっ』」
 シンジが敵のMSを片付けたおかげで、ガイアもストライクも海に降りる事はなく、整備はとっくに終わっている。カガリ達が戻らないと聞かされ、心配で艦橋に詰めていた二人が、慌てて直立不動の姿勢を取った。
「シンジ君を起こして来て」
「で、でも艦長…いいのですか?」
 帰ってきた二人を労い、シンジは寝ているから近づくなと言ったのはマリューなのだ。敵は片付いたが、或いは捜索に出る可能性もある。二人を推したシンジが、じゃ行っておいでと見送るのはまずあり得ない。
 キラが聞き返したのも当然だが、
「構わない。私の命で起こしに来たと、二人で引っ張ってきて」
「『りょ、了解しました』」
 二人がすっ飛んで出て行った後、この艦長、対シンジにしてはいつになく強気だとマリューに視線が集まったが、
「言い出しはシンジ君だし、責任取ってもらわないとね」
(艦長、婚期逃して認知を武器に結婚狙ってる女じゃないんだから)
(絶対ベッドの中で、責任取って〜とか甘く迫る考えよね)
(なんかムカツク)
 バーディ達には、台詞の裏にあるものがすっかり見通されていた。
 
 
 
「んで、姉御が俺を引っ張って来いって言ったの?」
「う、うん…なんか怒ってるみたいで…」
「私達が敵母艦まで始末できなかったから…」
 アークエンジェルが宇宙用戦艦とは言え、潜水母艦程度が有視界までやってくる愚は踏むまい。ガイアもストライクも、飛行仕様になっていない以上、遠征出来ないのを悔やんでも仕方ない。
 不安げな視線を向けてくる二人に対し、シンジの方はレコアの処置が利いたのか、体力も精も回復に向かっている事もあり、二人のような焦燥はない。
「二人のせいではないよ。推したのは俺なのだから」
 キラとステラの頭を撫でながら、シンジには大体の状況が読めていた。おそらく人為的な理由で、カガリ達の消息不明がマリューの耳にすぐ入らなかったのだ。戦況報告が偶発的な理由で遅れるとは考えにくいし、ムウが戻ってすぐなら、シンジがダウンしているのを承知で起こせと命じるマリューではない。どれだけの時間が経過したかは不明だが、少なくともシンジの自発的な目覚めを待っていられない程度には経っており、マリューが二人を寄越したのだろう。
(どこまで読んだかは不明だが、報告を遅らせたのは確実にフラガだ。んで、姉御もギリギリの兼ね合いで俺を起こさせた、か)
 数度手を開閉してから、シンジは頷いた。
 これならなんとかなりそうだ。
「艦長、お呼びで?」
 空気を読む、とか空気を察するとかいうスキルはそもそも興味がないが、姉御とかマリューとは呼ばなかった。
「ええ。二人から聞いたわね?アイシャとカガリを乗せた機体が戻らないのよ。どうなっているの」
(いきなり甘えモードだよこの人)
(あーもー、チョームカツク!)
 マリューにしては妙に強気で、偉そうな口調である。
 が、他のクルー達はまだしも、まりな達にはマリューのシンジに向ける視線を見るだけで、そこに含まれているものは透けて見える。あえて見せつけているのでない事は分かっているが、無意識にべたべたされると口惜しいやら羨ましいやらで、妙にイライラしてくるのだ。
 だが、そんな思いも次の瞬間吹き飛ぶ事になった。
「んー、そうね…」
 軽く瞑目したシンジが、人差し指を口に当ててすうっとなぞったのだ。メイクなどしていないが、ほんの少し血の気の少ない口元に触れた指先はひどく妖しく見え、生唾を飲む音が幾つも聞こえた。
(もー、シンジ君てば私にキスのおねだり?)
 ミーアに色々調教されたこともあって、別段動揺することもなく一人妄想に走っていたマリューだが、自分の見ている唇にこの数日で三度も他の女の唇が触れたとは想像もしていなかった。
 三十秒も経たぬ内に目は開き、シンジは薄く微笑った。
「茶坊主は知らんが、アイシャは生きてるよ」
 と。
「『え?』」
「しかもなんか楽しそうだぞおい。あいつ、いったい何してるのさ?」
「それは、オーブの姫とこの艦の防衛の一角を手土産に投降した、という可能性もあるという事ですか」
「…止せ」
 すう、と挙がった手は、ナタルを制したものではなかった。音もなく立ち上がったまりな達の凄烈な殺気が、一瞬にしてナタルに押し寄せたのをシンジは感じ取ったのだ。
 シンジ自身の評価はともかく、殺しちゃ駄目、とマリューから要請されている以上、どれだけ空気を読まず、いかに人を侮った台詞を吐かれようと、放置するわけにもいかない。
「アイシャをつけて出す事を艦長に進言したのは私だ。そのアイシャが投降した挙げ句、捕虜になっている茶坊主を見て楽しそうにしているのは、それはそれで見てみたい気もするが、それが事実ならこの首落として、バジルールにくれてやる。その程度の女を見る目もない目なら、顔にくっつけて首の上に乗せておく価値もない。その代わり、アイシャがカガリを保護して、投降などしていなかったら、そうだなその片眼を――いたっ」
 ぽかっ。
「だめよ。不許可です」
「……」
 飛んできた一撃にちらりと視線を向けたが、何も言わなかった。あまり言うと、バーディ達を制止できなくなる可能性がある。
「何にせよ、アイシャがぴんぴんしてる以上、捜索に急を要する事もないでしょう。それに、探すと言っても目下詳細な気配までは掴めないし」
「碇さん、それって二人の居場所がだいぶ遠いって事ですか?」
 訊ねたサイにシンジは首を振った。
「ううん、そこまではまだ体調が戻ってないだけ。軍医に加療してもらったし、明日になれば分かるよ」
「そうですか。それならいいんですけど…」
 この艦の戦闘に於いて、クルーから軽減される負担は、異世界人の身体にそのまま降りかかっている事を知らない者はいない。
 重くなりかかった空気を振り払うように、
「艦長、明日は俺が二人を発掘しに行きます。茶坊主だけならいざ知らず、アイシャもついているからスカイグラスパーで十分でしょう。フラガ、同道頼める?」
「ああ、承知した」
 カガリ機が被弾した時、他に敵はいまいと判断して離脱させたが、まさかそのまま行方不明になるとは全く想定しておらず、これなら海面に不時着でもさせておけば良かったかと悔やんでいたムウだが、シンジなら或いは何とかしてくれるかもしれないと、繋いだ一縷の望みが繋がり、ほっと安堵していたところだ。
(しかし、まだ飛行中とは思えんし…楽しそうってのは一体どういう状況だ?)
 普通なら、寝言にも程があるとつるし上げる処だが、この異世界人はやると言った事はここまで実現させて来たし、先日は見えぬ敵への防衛すら成し遂げた。そのシンジが言うのなら、とりあえず火急の事態ではないのだろうと、居合わせたクルー達もやや安堵しているのは同じであった。
「んじゃ艦長、俺はこれで」
「ええ、ありがとう。キラ、ステラの両名はシンジ君を送っていって」
「『了解しました』」
 二人でシンジを両側から挟むように廊下を歩きながら、
「あの、一つ訊いていいですか?」
「いいよ、なに?」
「状態がある程度分かるのって、カガリじゃなくてアイシャさんだけなんですよね?」
「ん」
「電波を受信した訳じゃないのに、それも楽しそうってどうしてそこまで分かるんですか?何か特別な発信器みたいな物でもついてるんですか?」
「そんなもん作るスキルは持ち合わせていない。発つ前に、か弱い力でちょっとおまじな――ん?」
 言いかけてから、妙にじっと見つめてくるキラの視線に気がついた。
「部屋に戻ってからどうするんですか」
(ヤマト?)
 キラがこの目で見つめてくる時は、大概ろくな事にならない。何かをねだる、それも妙に強気に出てくる時だ。
「えーと、栄養ドリンク飲んで寝る予定だけど…」
「じゃ、私達が添い寝してあげます。いいですね?」
(何この偉そうな強気全開モード?)
 “私達”と言っていたと、
「君も?」
「あの、お兄ちゃんが邪魔でなかったら…」
 ステラの方は控え目に、そっとシンジの手を握ってきた。
 やはり元凶はキラだ。
「いいよ、おいで」
 頷いてから、キラの額を指で弾く。
「あつっ…な、何するんですかもー」
「訊きたい?」
 ぶるぶるぶる。
「い、いえいいです。ごめんなさい」
 キラが強気なのは、シンジがアイシャに口付けしたと知っているからだが、あまり調子に乗ってシンジを怒らせでもしたら元も子もなくなる。
 ぺこっと頭を下げたキラに頷き、
「もうここでいい。俺は部屋に戻るから」
「あの…一緒に行っちゃ駄目ですか?」
「違うよ。ステラもヤマトも健康優良児でしょ。さっき言ったが、部屋に戻って栄養剤だけ飲んで寝る。君らはちゃんと食事してからおいで。いいね」
「分かりました」「はーい」
 嬉々として戻っていく二人を見送り、シンジはゆっくりと両肩を回した。
「だいぶ楽にはなったが、血が足りない。経口摂取出来る血液パックを持ってくるんだった」
 前もって貯血しておく自己血輸血、それも経口摂取タイプが用意される程、世の中は甘くないのだ。
 
 
  
 敵の母艦を発見したのはいいが、高度を下げすぎて反撃を受け、一足先に戦場を離脱する羽目になった。機器の一部が損傷した為、帰る先を探してうろうろ飛んでいたら、敵の輸送機と遭遇したのだ。アイシャは離脱を指示するも、カガリは交戦を選択、敵も白煙を上げて墜ちていったところ迄は確認したが、こちらも海面に不時着する事になってしまった。
「確かに、最初の一撃を受けて自動方向指示器が破損したのは私のせいだけど、輸送機見つけた時、逃げるように指示したわよね。どうして言う事聞かないの?」
「だ、だってあの場合、逃げたってやられるだけじゃない…痛!」
 拳骨の直撃に、思わずカガリは両手で頭を抱えた。
「私の役目は君を無事に連れて帰る事。敵を見つけたらとにかく戦闘する、なんて事はミスター碇にもマリュー艦長にも約束していないのヨ。どうしても私の言う事を聞けないのなら――」
 危険な光を湛えたアイシャの双瞳に見据えられ、カガリはたまらず俯いた。
「ごめん…なさい…」
「私の言う事を聞くって約束する?」
「…はい…」
「声が小さいわよ?」
「分かった。ちゃんと言う事聞く」
「じゃ、許してあげる。戦場を離脱するように言った時は、素直に言う事聞いたものね」
 抱き寄せられ、白い手で頭を撫でられカガリの目に涙が浮かんできた。
「アイシャ…」
「さて、今日泊まる場所を探さないとね」
「今日?泊まるの?」
「アークエンジェルの場所が分からないんだから、仕方ないでショ。明日になれば、ミスター碇が迎えに来てくれるわよ」
「こっちから分からないのに、どうして向こうから分かるのさ」
「内緒、ヨ」
 アイシャが唇に指を当ててふふっと微笑った。妙に妖しい笑みであった。
 幸いそこそこ大きな島が近くにあり、アイシャのおかげで荷物も一式揃っている。
 が、ここからどうしようかと思ったら、アイシャが今晩だけ泊まると言い出したのだ。
「いいよ、アイシャが言うなら信じる」
「良い子ね。じゃ、島の探検に行くわよ。カガリ、身体は痛くない?ちゃんと歩ける?」
「うん、大丈夫」
 てくてくと歩き始めたが、十分も歩かぬうちに島の頂上が見えてきた。どう見ても、有人の島には見えない。
「小さい島なんだな。無人島かな」
「そうみたいね…カガリ止まって」
 不意に手で制され、思わずつんのめりかけたが何とか踏み止まった。
「アイシャ急にどうし…あっ」
 その視界に飛び込んできたのは、見慣れた機体にどこか似ているMSであった。
「ストライクじゃない…ザフトのMSっ!?」
「そう。そしてパイロットは――」
 アイシャの言葉が終わらぬ内に、ザフトの軍服を着た兵士がカサカサと歩いていくのが見えた。
「ザフト兵…一人か?」
「一人だったら捕まえる。それ以上いたら、他はさっさと殺してあいつだけ捕まえる。カガリ、いいわね」
「あ、ああ分かっ…え?どのみちあいつは捕まえるの?」
「そう。絶対に殺しちゃ駄目ヨ。理由は後で教えるわ」
「りょ、了解」
 さっぱり分からないが、言われるままカガリは頷いた。言う事を聞く、とついさっき約束したばかりだ。
 二人で身を潜めて眺めていたが、歩き回るザフト兵は一人で、他に仲間は見あたらない。
 十分近く経ってから、アイシャが頷いた。
「他に仲間はいないみたいね。カガリ、捕まえに行くわよ」
「オッケー」
 十五分後、二人の前にはザフト兵が縛られて転がっていた。先行したカガリは、あっさり逆襲されたものの、馬乗りになられナイフの一撃で仕留められそうになった所で、
「はーい、動かないでね。動いたら頭に穴開けちゃうわよぅ?」
 実に愉しそうな声に振り向くと、大型拳銃の銃口が微動だにせず、自分の頭部に向けられていた。
「もー、アイシャ遅いよ。もう少しで殺されてるところだったぞ」
「あたし一人で十分って言ったの誰だったかしらネ」
「そ、それはその…そっ、それよりこいつ誰なのさ。アイシャの知り合いか?」
「アスラン・ザラ。ザフト最高評議会議長パトリック・ザラの一人息子よ」
「じゃ、こいつを捕まえて交渉材料に?」
「そう言う事は、ミスター碇の前では口が裂けても言っちゃ駄目ヨ。彼はそう言うの大嫌いだから」
「……」
「キラお嬢ちゃんがご執心なのよ」
「……え?」
 
 
 
 
 
「アスランが消息不明ってどういう事っ!?」
「どうもこうも聞いた通りだ。イージスを運んでいた輸送機が通りすがりの地球軍機と交戦、撃墜、積んでいたイージスはパージしたが、電波状況も悪いし未だ交信途絶なんだよ」
「探しに行くんでしょう、早く発たないとっ」
「落ち着けニコル。つーかお前うるさい」
 ニコル達三人は、順調に発って順調に到着し、現在カーペンタリア基地にいる。
 だが、アスランだけは最終チェックの遅れで同時出発が出来なかった。宇宙での損傷が激しかったら仕方がないねと、別段気にもしていなかったのだが、まさか消息不明になるとは想定もしていなかった。
「母艦は明日、出立準備が整う。元よりそのつもりだったんだから仕方があるまい。それに、この時間から探しに行ったところで、見つかるのは運が良くても夜だろう。大気圏に墜ちた訳じゃあるまいし、イージスに乗っているんだから心配ない。いいから、今日は宿舎に帰って寝とけ。いいな」
「……」
 イザークもディアッカも、全く焦る様子を見せないが、ニコルは嫌な予感がしてならなかった。
 この辺りの制空権はザフトにある。いくら地球軍とは言え、編隊ならいざ知らず、一機で戦闘機を飛ばすとは思えなかったのだ。
(もしかして、足つきの艦載機じゃ…。だとしたらあの人が…)
 宇宙ではわざわざ見逃されたが、地上でも同じとは限らない。万一捕虜になり、それが知れ渡りでもしたら、ザフトの威信は根底から消滅しかねない。
(アスラン、どうか無事でいて下さい…)
 撃墜寸前、輸送機からの報告に近くの洋上で戦闘の反応があった事を知らなかったのは、ニコルにとって幸せだったろう。
 もしも知っていれば、心配と不安で夜も眠れなかったに違いない。
 
 
 
  
 
 ニコルの願いが遙か天上に届いたかどうかは不明だが、きれいに縛り上げられているアスランは、目下外傷に関して言えば無傷であった。
「随分きれいに縛れるんだな。てゆーか、アイシャ縛るのに慣れてる?」
 ノンノン、とアイシャは人差し指を振った。
「縛られるのに慣れてる、のが正解ね。カガリも今度縛ってあげようか?」
「あっ、あたしはいいよ。そ、そういうマニアックなのって、べ、別に興味ないし。それで、さっき言ってたキラがご執心ってどういうこと?あいつ、異世界人の人が好きなんじゃないの?」
 カガリの言葉にアスランの耳がぴくっと動く。
「そ。お嬢ちゃんが好き、というか憧れてるのはミスター碇よ。憧れ、って言ってもただの憧れを通り越して恋人みたいに扱ってほしいっていう憧れだけどね。このアスラン・ザラはキラお嬢ちゃんの幼馴染みだそうよ。宇宙で地球軍第八艦隊が全滅したのも、遠因はこの子らを殺せなかった事だしね」
「ちっ、違うっ!」
「『ん?』」
「キラは…あいつはあの異世界人に騙されてるんだ。キラは、本当は戦いたくなんかないのにあいつが無理矢理…!」
「ま、大外れじゃないわね」
 縛られたまま叫ぶアスランの言葉を、アイシャはあっさりと認めた。
「あの…アイシャ?」
「確かにキラお嬢ちゃんは、ミスター碇とは違って、敵を滅ぼす事を微塵も厭わないような性格じゃない。だから、戦いたくないってのは間違っていないわ。でもね」
 アスランに哀れむような視線を向け、
「気が変わった、とは聞いていないから、今でも君は殺さないでしょう。だけどあの子は今、心から彼を慕い信頼している。君は殺せなくても、共に戦う事を選んだのはキラお嬢ちゃんの意志よ。あまり女々しい事言ってると、ザクザクキャンペーンやられても知らないわヨ?」
「なにその夜中夢に出てきて魘されそうな不気味なイベントは?」
「ザクザク斬られて、機体ごとバラバラにされるって事よ。あの子、機体操縦の腕は確実に上がってるしね」
「そっか、それでザクザクキャンペーンか、あはっ、あははっ、あははははっ」
 余程ツボに入ったのか、文字通り腹を抱えて大笑いしているカガリだが、
「だからカガリ、この坊やを犯しなさい」
「…え?」
 アイシャの声が聞こえた途端、爆笑はぴたりと止んだ。
「聞こえなかったの?」
「き、聞こえたけど…ま、まさかあたしにこいつとその…セ、セ、セックスしろって言うんじゃないだろなっ」
「それ以外にどう聞こえるのかしら」
「な…なっ」
 完全に自分の理解範疇を超えた言葉に、もう言葉も出ず口をぱくぱくさせているカガリに、
「いい?この坊やはこれでもパトリック・ザラの息子なのよ。おそらくさっきの輸送機から緊急パージされたから、カーペンタリアに連絡は行っている筈よ。当然ザフトは探しに来るわ。ミスター碇が先に来てくれればいいけど、もしザフトが先に来た場合、私達は嫌でも敵の目にとまる事になる。キラお嬢ちゃんの事があるから、この坊やを殺してイージスで脱出するわけにはいかないしね」
「そっ、それとあたしがこいつとセ、セックスするのと何の関係がっ!?」
「男なんて、六回もぬかれてザーメン出し尽くしたら腰砕けになるのよ。足腰立たなくなるまで精を搾り取られたら、二度と女に逆らえなくなるわよ?」
「だっ、だからって何であたしがやるんだよっ!いくらアイシャの命令だからってそんなの嫌っ」
「命令じゃないわ。カガリの為に言ってるのよ。どんな女の子だって初めての時は痛いし、差はあっても出血する。初めての相手は好きな人と、っていうのは分かるけど、運悪く出血多量で股間を押さえて痛がったりしたら、男は萎えちゃってカガリも二度とえっち出来なくなっちゃうかもよ」
「じゃ、じゃあ余計こんな奴相手にするなんて…ひどいじゃないか」
「私が手伝ってあげる。経験値ゼロでいきなり初体験するよりは、幾分ましじゃない?カガリの感じる所なんて全部知ってるんだから、ちゃんと下準備してあげるわ」
 カガリの耳元に顔を寄せ、熱い吐息と共に囁く。
「勿論おまんこも、ね?私が自信をつけてあ・げ・る・わ」
「ア、アイシャ…」
 見知らぬ男、それも敵兵と初体験しろと言われ、思い切り頬をふくらませていたカガリだが、アイシャの囁きに心が揺れたのか、徐々に表情が戻ってきた。
「カガリが、どーしても経験値無しで初体験を迎えたい、って言うなら無理強いはしないから、どっちでもいいわヨ?」
「う…」
 ほんのりと頬を染めたカガリが、アスランとアイシャを交互にちらちらと見る。
 バナディーヤの街の浴場で、カガリのファーストキスの――血染めの――相手はアイシャだった。その後、アイシャがアークエンジェルに加わってからも、色々とおもちゃにされ、アイシャには文字通り身体の隅々まで知り尽くされているカガリなのだ。
「ア、アイシャがそこまで言うなら…やるよ。で、でもあたしはその…ほんとに初めてなんだから、ちゃんと…準備してよな」
 すっと胸に手を当てたアイシャが、恭しく一礼した。
「イエス、ユア ハイネス」
 と、頭上で自分を犯すだの犯さないだのとの談義をされていたアスランが漸く口を開いた。
「その髪と瞳、それにその名前…どこかで聞き覚えがあると思ったら、あなたはバルトフェルド隊長の恋人のアイシャ…何故あなたがここでこんな事を?」
「止めろとか、捕虜虐待だとか騒ぐよりはましね。一応パトリック・ザラの息子というところかしら。私がここにいる理由?それはね、女として一生を終わらせてもらえなかったからヨ。訊きたい事はそれだけ?」
「言いたいことは山程ある!俺はそんな女と寝る気はないし、捕虜虐待だって自分でも分かってるじゃないかっ」
「そんな女だって。カガリ、殺っちゃう?」
「殺っちゃっていいの?」
「駄目ってさっき言ったじゃない。ちゃんと耳ついてる?」
「……ア〜イ〜シャ〜」
「冗談だよ。君の選択肢は二つに一つ、カガリのきつきつまんこで、足腰が立たなくなるまでザーメン抜かれて、その写真と引き替えに私達の事を黙ってるか、両手足の付け根を打ち砕かれて、イージスだけ自爆してこの無人島に放置されるか。特別に選ばせてあげるわ。それと、言っとくけど今アークエンジェルは凶暴な異世界人に乗っ取られていて、全ては彼の言う通りなのよ。つまり捕虜をどう扱おうか条約になど縛られない、ということ。だから君の婚約者もあっさり帰してもらえたのを、もう忘れた?」
「え?こいつ婚約者持ち?」
「そう。前評議会議長シーゲル・クラインのお嬢さん、ラクス・クラインよ。別に気にする事はないわ。恋人にするわけじゃないし、何より彼女持ちの男が自分の下で喘いでるのを見ると自信つくわヨ」
「そ、そうなのかな?」
「ええ、もちろんよ。だから頑張ってね」
 男性経験豊富な妖女の面持ちで頷いた。
「う、うん」
「じゃ、決まりね。まずはこれを洗って綺麗にしないとね」
 確かに不時着してからここにつくまで、泳いできたから海水で少し身体がべたべたするが、かと言ってこんな島にシャワーがあるとは思えない。
「アイシャ洗うってどうす――ん?」
 言いかけた時、何かが落ちてきた。
 水滴だ。
「にわか雨よ。シャワー代わりになるでしょ。それから、これを飲んでおいて。姫を妊娠させないおまじないよ。私はこれを消毒してくるから」
 デイパックから小瓶を取り出し、出てきたカプセルをカガリに渡す。瓶をしまい、腰からすっと抜き出した大型ナイフでアスランを指すと、アイシャは屈み込んだ。一閃させたナイフに、カガリが思わず、あっと声を上げたが血が吹き上げることもなく、アスランのパイロットスーツは腰の周りだけ切られて垂れ下がった。
(アイシャ凄っ!?)
 荷物は既に、発見した洞窟に入れてあるので濡れる心配はない。胸元をゆるめて、空を見上げると、冷たい水が全身に染み渡っていく。目を閉じて天然のシャワーを浴びていたカガリが、ふと見るとアイシャに担がれたアスランが海に放り込まれており、思わずカガリは吹き出した。
「洗うって…洗うってあれかよ!?」
 降ってくる水に肌を刺すような冷たさはなかったが、下半身を中途半端に剥き出しにされた上、消毒と称して海に放りこまれているアスランの姿に、カガリは体温が一気に二、三度下がったような気がした。
 やがてアイシャがアスランを担いで戻ってきた。アスランの方は、もう気力も体力も奪われたのか、抵抗はおろか身動きすらしない。
 洞窟に入ると、アイシャはビニールシートの上にアスランを放り出し、バッグから携帯燃料を取り出し火をつけた。夕暮れ前の洞窟内に勢いよく炎が燃え上がる。
「さ、カガリえっちしよ」
「え?アイシャとするの?」
「カガリがオナニーして自分で濡らすなら、じーっと見ていてあげるけど。カガリって見られないとオナニーしても濡れない娘(こ)?」
「ち、ち、違うっ!そーゆー意味じゃない。ちょっと勘違いしただけだ!アイシャはすぐそうやっていじめるんだから…」
「じゃ、私とする?」
「う、うん…」
 首筋まで真っ赤に染めて頷く。普段は生意気だが性的な事には初心で、弄り甲斐もあるカガリが、アイシャには可愛くてたまらない。一度は死んだ身とは言え、気に入らぬ小娘の子守など、延々続ける性格をアイシャはしていない。
 慣れた手つきでカガリを脱がせ、抱き寄せたアイシャの手が止まった。
 きつく目を閉じているアスランに目を向け、
「こっちを見なさいアスラン」
「断る」
「賭をしない?」
「賭け、だと」
「今からそうね、5分でいいわ。私がカガリとレズってるから、それを見て勃起しなかったらあなたの勝ち。カガリに逆レイプさせるのは無しにしてあげる。どう、乗る?」
「ちょっと待てアイシャ、こいつが不能だったらどうするのさ」
「一応、後で私が直接確かめるわ。ま、ほんとーに性的不能(インポ)だったら、ラクス・クラインがかわいそ過ぎだけどね」
 くすくすとアイシャに笑われ、アスランがかっと目を見開き――慌てて反らす。
 カガリは既に素っ裸にされていたのだ。
「俺は不能なんかじゃない!」
 赤い顔で叫んだアスランに、
「じゃ、問題ないわね。乗る?それともただ黙ってザーメン絞られるままにされる?」
「い、いいだろうその賭け乗った。お前らの絡みなんかで勃ってたまるかっ」
「だ、そうよカガリ」
「いいよアイシャ、あたしも本気出すから。さっきまではちょっと可哀想かなって思ったけど、もういいムカついた」
「りょーかい」
(ザフトの赤服もオーブの皇女も、まだまだ私のおもちゃのまま、ネ)
 企画立案はアイシャだが、主役はカガリであり獲物はアスランなのだ。アスランはともかく、カガリが恥ずかしがっているばかりでは困る。
 内心の北叟笑みをおくびにも出さず、柔らかく頷いたアイシャがもう一度ナイフを手に取り、つかつかとアスランに近づく。
 二度目の一閃はアスランの下着を両断した。
「あ…」
 垂れ下がった男性器に、カガリは金星で発見された珍妙な宇宙人でも見るような視線を向けた。
「なあに、カガリって男のチンポ見るのは初めて?お父様と入浴した事ないの?」
「もう十年位前だし、そ、それにあたし処女だもん。じっと見た事なんてあるわけないじゃん。でもあれ、ちょっと小さいよな。あの大きさなら別に痛くないんじゃないか?」
「ふふ、カガリの綺麗なおまんこ見たら、すぐにおっきくなっちゃうわよ」
「え゛!?」
 一瞬硬直したカガリの顔に手を掛けて引き寄せ、アイシャはそのまま唇を重ねていった。押し倒して咥内に舌を差し入れると、カガリもおずおずと舌を絡めて来た。わざと音を立てながら舌を吸い合い、重なった唇の間から滴る唾液を指で拭ってカガリの唇から喉元に塗りつけると、カガリはたまらず抱きついてきた。
 鼻呼吸の間隔が短くなり、二人の鼻息が荒くなっても唇は離れない。漸く二人の顔が離れた時、アイシャもカガリも口元は混ざった唾液まみれになっていた。更に唇を啄み、カガリの顎から喉へねっとりと這うアイシャの舌が徐々に下がっていく。
 鼻にかかったような甘い声で喘ぐカガリの裸体に舌を這わせながら、アイシャは視界の端でアスランに冷徹な視線を向けるのは忘れない。生レズを目にするのは初めてなのか、股間はまだ反応していないものの、生唾を飲み込んでいる様子もちゃんと視界に捉えていた。
 アイシャの舌は、鎖骨から腋の下へ移った。濡れた舌で妖しく舐め回し、或いは軽く歯を立てて甘く噛む。無論、カガリは脇の下など一度も愛撫された事がなく、産毛もないすべすべした肌への愛撫に甘い声を漏らしながら、アイシャの服をきゅっと掴んでいる。
「ア、アイシャ…そ、そんなとこ汚っ…ひぁう!」
「カガリは腋の下洗わない娘だったかしら?」
「あ、あたしはそんな不潔じゃない!それよりアイシャ…あたし…もう…」
「おまんこが疼いてきちゃった?」
 全裸に剥かれたカガリとは対照的に、アイシャは半裸にすらなっていない。その冷徹とも言える瞳に見つめられ、半身をうっすらと汗ばませたカガリが、唇を噛んだまま小さく頷いた。
(まだのりきれていないわね、カガリちんは)
 声に出さずくすっと笑ったアイシャが、カガリをひょいと抱き起こした。そのままアスランの正面へ向きを変え、やや脚を開き気味にして膝の上に乗せる。押し倒された姿勢ではアスランが見えていなかったが、全裸の真正面に来た事に気づき、首を振って脚を閉じようとするカガリに、
「カガリ、見なさい」
 アイシャが冷たいとも聞こえる声で命じた。
「こっ、こんな格好で何を見ろって…ん?アイシャあれ…さっきより大きくなってないか?」
「なってるわねえ」
「お前らの絡みなんかじゃ何とかって言ってなかった?」
「言ったねえ」
 吹き出しはしなかったが、カガリが口元に手を当ててくすっと笑った。怒りと屈辱で歯ぎしりしたアスランだが、攻められて可愛く身悶えするカガリと、着衣ながら尻を掲げるようにしてカガリを文字通り舐め回すアイシャの姿に、本人の意志とは直結せずに勃起したペニスが治まってくれる筈もない。
「で、あれを私の膣(なか)に入れるの?」
「そう。騎乗位だから、カガリが好きなように動けばいいのよ」
「キジョウイ?」
「セックスで女の子が上に乗る体位のことよ。奥まで入るから、ちょっときついかもしれないけど、カガリなら大丈夫ヨ。すぐに気持ちよくなれるから。さっき渡した薬はちゃんと飲んだ?」
「うん」
「あれは避妊と同時に感度を良くする成分も入ってるから、違和感も和らげてくれるわ。もう少し柔らかくしてあげる」
「うん…んっ…」
 膣の入り口で指の腹を数度滑らせ、開いた膣口からゆっくりと中指を差し入れると未だ男を知らぬそこが、先端からぬめぬめと絡みついてくる。
「初めてチンポ入れる時は、深呼吸して力抜くのよ。カガリは処女だし、身体が硬くなればなる程痛いから。いいわね?」
「わ、分かったやってみる」
 第二関節過ぎ辺りまで、数度抜き差ししたアイシャが指を抜き出した。
「愛液の色も濁ってきたし、入り口も充血してきた。もういいみたいね――あっちの坊やも」
 見ると、さっきは斜め上を向いていたペニスがほぼ垂直にそそり立っており、カガリは思わず生唾を飲み込んだ。
 頭を軽く撫でられ、カガリがゆっくりと立ち上がる。
 おそるおそる躙り寄ったカガリは、後ろでアイシャが銃に手を伸ばした事には気づかなかった。
(こ、これが男の…あ、あたしのとは随分違うんだな)
 そっと指を伸ばして亀頭に触れると、熱い程の体温が伝わってきた。
(ふうん、こんなに熱いのか)
 初めて見る物体に、カガリの白い指が伸びてそっとなで回す。声は上げなかったが、僅かに眉根を寄せたアスランに気づき、にやあと笑って弄っていたカガリが不意に振り向いた。
「アイシャ、なんか変な汁が出てきたぞ。何これ?」
「女の愛液と一緒よ。毒液じゃから大丈夫よ。カガリ、入れる前にそれをチンポに塗りつけてみて」
「こ、こうかな?」
 縛られたままで、ペニスを弄られているアスランは両目を閉じたままだ。見られていない分カガリの動きは大胆で、亀頭を捏ね回すように、先端から出てきた透明な液体を手のひらで亀頭に塗っていく。
 アスランとて性欲旺盛ではないが、当然ながらラクスは同行していない。ラクスの属性は受けだし、カガリの華奢な指に弄られアスランは辛うじて射精感を堪えていた。
(そろそろイイかな?)
 カガリが視界の端でアイシャを見ると、アイシャは僅かに頷いた。
「すーっ、はーっ、すーっ、はーっ…落ち着け、落ち着けあたし」
 ゆっくりとアスランの上に跨り、ぎこちない手つきで股間に触れ、そっと淫唇を開いた。
 指の動かし方は、女の本能が教えてくれる。
 亀頭が膣の入り口に触れた時、体が押し拡げられるような違和感が背筋を走り抜けたが、ふうっと息を吐いたカガリは一気に腰を落とし男性器を受け入れた。
 指などとは比べものにならない、熱い塊が体内にねじ込まれたような痛みと熱さの入り交じった感覚にカガリの表情が歪んだ次の瞬間、
「痛っ!熱っ!?いったーいっ!」
 アスランのペニスから、膣内に放出、どころか叩き付けられるかのように勢いよく放たれた液体に思わず腰を浮かせたが、その動きでついさっき処女を喪ったばかりのそこを亀頭で擦られ、たまらず叫んだ。
「さすがはザフトのアスラン・ザラ、早いのは出世だけじゃないのね」
「…アイシャ?」
 股間はずきずきするし膣内は熱いのか痛いのかよく分からないし、セックスが気持ち良いとか言ってる奴の気が知れない、とちょっと涙目になっているカガリに、
「よほどカガリのおまんこが気持ちよかったみたいね。入れて五秒も持たないなんて、さすがの私も想定外だったわ」
「そ、そうなのか?」
「カガリは一人えっちすると、十秒で終わっちゃうヒト?」
「そっ、そんな事知らんっ!」
 顔を赤くして横を向いたカガリだが、アイシャの台詞に少し気を良くして見下ろすと、屈辱で血が出る程唇を噛み締めて顔を背けているアスランが、いた。
「アスラン・ザラ」
「…なんだよ」
「お前、ラクス・クラインと恋人同士じゃ無かったのか?」
「…それがどうした」
「上手くいってないのか、と思ってさ。仲が良かったら、あたしのまんこでいきなり射精したりしないだろ」
 カガリはまだアスランの上から降りておらず、カガリの膣内にはアスランのペニスをくわえ込んだままだ。
「いくら何でもそんなに早く終わったりはしないんだろ?」
 自分の上に乗っている女が、つい今し方まで処女だったのは分かっている。そのカガリに、何の裏表も感じられない知己を心配するような声で訊ねられ、アスランは怒りで目を見開いた。
「ふっ、ふざけるっ!お前なんかに心配される筋合いはないっ、俺とラクスはちゃんと上手くいってる!」
「ふうん。でもそれにはしては、カガリちんがいきなり膣出しされちゃったみたいだけど?」
 弄うようなアイシャの言葉に、
「そっ、それは…い、異様に気持ちよかったか…じゃないっ、久しぶりだったからつい出てしまっただけっ、もごっ!?」
 言い終わらぬうちに唇が塞がれ、いきなり舌が入り込んできた。自由な身ならいざ知らず、手足を緊縛されている状態で抗う事も叶わず、ぬるりと押し入ってきた舌に、歯の裏から舌から歯茎から散々に弄ばれてしまった。
「ぷはっ!?な、なにをするっ」
 目を白黒させながら睨むと、にんまりと笑ったカガリが見下ろしていた。
「キスは獲物の証。アスラン・ザラ――今夜お前は私の獲物だ。明日、運悪くお前の仲間が先に来ても、私達の事など口が裂けても言いたくなくなるよう、ふらふらになるまで搾り取ってやるから楽しみにしてろ」
「誰がそんなの楽しむか!大体お前は誰なんだよ。本当は地球軍の兵士じゃないのか」
「……」
 ちら、とカガリがアイシャを見やると、アイシャは小さく頷いた。
「私だけ知るのは不公平だから教えてやる。一回しか言わないから、よく聞けよ。でもって聞いたらとっとと忘れろ」
 公平だか理不尽だか、奇怪な宣言をしてから、
「私の名前はカガリ。カガリ・ユラ・アスハだ」
「それのどこが地球軍じゃないとしょう…アスハ!?アスハってまさかオーブの…」
「聞いたら忘れろ、と言ったろ。さーて、あたしの正体は明かしたぞ。次はお前の番だぞ」
「お、俺の番ってなんだよ。名前はもう知ってるだろ」
「名前の白状タイムじゃない。精液絞られタイムだ。私の…えーとなんだ…何とかスキル…えと…」
「エロスキル」
 男に跨ったまま首を捻っているカガリに、アイシャが助け船を出した。
「そうそう、エロスキルだ。アスラン・ザラ、私のエロスキル向上のため、お前には生け贄になってもらうぞ。アイシャ、ちょっと手伝え!」
「Yes,your highness」
 昆虫の交尾を見るような視線で眺めていたアイシャが、ゆっくりと立ち上がるのを見た時、アスランは今夜の自分の命運を知った。
(ラクス、助けてー!)
 遠いプラントで自分の無事を祈っているであろう恋人は、脳裏でひっそりと微笑んでいた。
 
 
 
 胃が食事を受け付けないのは分かっているから、三本の栄養剤でとりあえず代用した。添い寝してあげる、とやってきた筈のキラとステラは、既にシンジの両脇ですやすやと寝息を立てている。
 添い寝しに来たのかされにきたのか、怪しい所だ。
 と、眠っていると思っていたステラがうっすらと目を開けた。
「ん…お兄ちゃん…」
「やあ、起こしちゃったかな」
「ううん、私の方が勝手に寝ちゃってごめんなさい。具合は大丈夫ですか?」
「ステラの寝顔と谷間を見てたら元気になった」
「お兄ちゃん…」
 ほんのりと頬を染めたステラだが、
「ん?」
 むくっと起き上がり、じっと自分の胸元を見た。
「谷間?」
「堪能したので仕舞っておきました」
 ステラの寝間着はボタンが嵌っており、微塵の隙もない。
 喉元から腹部辺りまでぺたぺたと触り、
「触った形跡がありませんが?」
 シンジを見据え、すっと顔を寄せてきた。
「なに?」
「カガリ様ではなく、アイシャの状態が分かると言ったでしょう。キス…したの?」
「ほう?」
「お兄ちゃんが唇に触ったのを見て分かったんです。身体に発信器なんてつける筈はないし、お兄ちゃんだけが彼女の様子を、それも当たり前みたいに言ったから。この世界には無い特別な何かを――唇越しにアイシャにしたんじゃないかって」
「正解だ」
「キラにも?」
「ヤマト?」
「バナディーヤの街で、見えない刃が死体の山を築いた時、妙に嬉しそうにしていました。濃厚なキスされて半分蕩けたような顔だったし」
「合ってる。ただ、この世界での口唇同士の接触は親愛、乃至はそれに近いものを指すが、俺のような者にはそうでもない。口唇の接触は施術に於いて、簡単で手っ取り早い上に確実な手段だ。他に方法もあるが、胸に手を入れられたい女は、この世界ではそうそういないだろう」
「わ、私なら触られても…その…」
「触るのではない。文字通り手を入れるのだ。胸の谷間に、手首まで埋まっているのを見てみたい?」
「え…それって本当に手を…」
 うっすらと赤くなっていたステラの顔から赤らみが消えていく。
「少なくともこの世界では、口移し以外はそれしかない。ステラが被験者第一号になってみたい、というなら今後結果次第で移行してもいいけど?」
 ガクガクガタガタブルブル。
「こ、今後とも口移しを推薦します」
「ステラのご推薦?」
「うん。それに私は、キラと違って嫉妬深くはないので、別に怒ったりはしません。でも」
 ちう。
「う、嘘つきはお仕置きです」
 頬を赤らめたステラが、わずかに顔を背けて唇に指で触れているのを、シンジは宙を飛ぶ魚類でも見るような視線で眺めていた。
「嘘つき?」
「さっき私のおっぱい見たって言ったでしょう。見る気もないのに」
「むぅ、いかんバレた」
「やっぱりもう一回お仕置き…んーっ!」
 更なる吸い付きを企み寄ってきた唇は、10センチ手前で手のひらに阻まれた。
「もう…意地悪」
「夜中に発情してないで、ほらもう寝るよ」
「じゃ、おやすみのキス」
「……」
 
 
 
 若いんだから大丈夫ヨ、とまるで熟練の医者が患者を扱うように弄られ、強制的に勃起を強いられ、六度射精したところまでは覚えている。
 記憶がそこで飛んだのは、身体の自己防衛本能が作動したものか。
 とまれ、アスランが目覚めた時、裸に毛布を掛けられ、その頭はカガリの膝の上に乗っていた。
「俺は…ん?」
 身動きすると手は動く。いつの間にか、両手を縛っていたロープがほどかれているのに気づいた。
「起きたか」
「カガリ…何故手の縄をほどいたんだ」
「ほどかないでほしかったのか?現実逃避して失神する位にセックスしてたからな。もう起き上がってあたしを襲う体力も残ってないだろ」
(……)
 もぞもぞと身体を動かすと、腰の辺りだけ感覚がないような気がする。
「ふっ…どうやらそうらしいな。で?なんでオーブの元代表の娘がこんな所に、それも地球軍じゃないと言いながら、地球軍の戦闘機に乗っているんだ」
「オーブへ帰る途中だよ。アークエンジェルに乗せてもらったからな、その分位は働けって言われただけだ」
「また異世界人か」
「なんか文句でもあるのか?」
「お前、オーブ代表の娘が地球軍の軍艦に乗り、しかも戦闘機で出てきて戦う事の意味が分かってるのか」
「お前、じゃない。カガリ様と呼べ」
「…カガリ」
「まあいい。私が後先考えずに行動している、と言いたいのか?」
「当たり前だ…何がおかしい」
 たき火の炎を眺めながら、カガリはくすくすと笑っていた。
「お前が言うな、っていって欲しいのか。何も考えずにヘリオポリスを攻撃した挙げ句、コロニーを破壊したザフトがゆーな」
「中立を宣言するオーブが、地球軍のモビルスーツさえ作ってなきゃ、俺らだって攻撃なんかしなかったさ」
「ふうん?」
(さて、カガリちんはどう反応するかしら)
 アイシャにとって、ろくに女を知らぬアスランなど虎狼の前に転がった羊に等しく、自ら腰を振ってカガリの中に射精させたのも、至極容易な事であった。
 カガリ達に背を向けて横になってはいたが、その手は銃に伸びていたし、無論カガリの側から武器になるような物は全て遠ざけてある。
 気配だけで十分出来ると背を向けながら、カガリが何を言うかと聞き耳を立てていた。
「コロニーさえ爆破できれば良かった、そこにいる住民を巻き添えにする気はなかった――って」
「何」
「ユニウス・セブンに核を打ち込んだ奴がそう言えば、納得できるのか?もっとも、あれは狂ったコーディネーターの自爆テロって事になってるけどな」
「き、貴様!」
 微笑っている母の面影が弾け、血相を変えて起き上がろうとしたアスランを、カガリはあっさりと押さえ付けた。
「理由はどうあれヘリオポリスは倒壊した。軍人でも何でもないキラがあの中で死んでいても、MSしか用はなかったんだから仕方ない、と言えるか?」
「……」
「その場で壊せばいいものを、奪って逃げれば戦闘が拡大するのは当たり前だろが。バルトフェルド隊もそうだった。アークエンジェルは、地上へザフト狩りに来た訳じゃない、放っとけばいいものを余計な事をするから、艦が砂漠に埋められる羽目になるんだ」
「あれは…本当だったのか」
「見たあたしが言うんだから間違いない。砂漠の砂が隆起して、本に出てくる神様の形を取って艦を飲み込んだんだ。そんな光景を見た事があるか?」
「それは…」
 そんな経験の有無以前に、宇宙で生まれ育ったアスランには、想定すら出来ぬ事象だ。
「お前は殺すな、とアイシャに言われたし、ヘリオポリス倒壊はお前らのせいだ、と言っても仕方がない。アスラン、一つだけ忠告しておいてやる」
「……」
「無駄に死にたくなかったら、アークエンジェルには関わるな。私だって、ザフトが襲って来なきゃ出撃なんてしなかったし、何よりもあの人のいるアークエンジェルはやば過ぎる。少なくとも、あの人が降りる前に海上で攻撃なんかしたら、お前らまとめて海の海蘊になるぞ」
「ありがとうカガリ。でも、悪いがそれは出来ない。俺達は、アークエンジェル討伐の軍命を受けている。あの艦が危険であればある程、放ってはおけない」
(だからそもそも歯が立たないって…まあいいか)
 アスランを殺す予定と人質にするプランがない以上、今後の行動を制御し得ないのはカガリも分かっている。別に止め立てする義理もないし、と軽く肩をすくめたカガリに、
「それともう一つある」
「ん?」
「海蘊じゃなくて藻屑じゃないのか?俺達は、死んでから一年生褐藻になるほど器用な存在じゃないぞ」
「そ、そうとも言うな」
 顔を赤くして横を向いたカガリを見て、アスランがうっすらと笑った。
「今笑った?」
「い、いや笑ってないぞ」
 カガリの口調は穏やかだったが、アスランは本能的に激しく首を振った。
「こら、私の膝の上で暴れるな。そんな元気があるなら、もう体力も戻っただろ。あと五回位は出来そうだ」
「で、出来そうって…な、何がだ…?」
「そ、それはお前…セ、セックスに決まってるだろっ。は、恥ずかしい事言わせるなよっ」
「は、恥ずかしいなら言うなよ。つーかもういいだろ、夜明けまで大人しくしていようぜ。仲間が迎えに来ても、絶対に口外しないから。誓うよ」
「ふーん、カガリ・ユラ・アスハの生まんこじゃ不満か?」
「そーゆー問題じゃない。と、とにかく遠慮するっ」
 ちゅーっ。
「残念だけど――」
 アスランの頬に唇を寄せて吸い立て、
「却下する」
 囁いたカガリの顔は僅かに上気しているように見えた。
(あらあらお盛んね)
「た、頼むもう助けて…アーッ!!」
 文字通り心の底から出た悲鳴は、虚しく砂浜へと吸い込まれていく。
 
 
 
 翌日、ザラ隊が極めて重要な初任務――隊長の捜索と救出――を帯びて無人島へ到着した時、そこにはたった一晩でげっそりと頬が痩け、死にきれずに現世を彷徨うゾンビのような顔色でイージスのコクピットに座ったアスランが、いた。
「おいおい、アスラン大丈夫かよ」
「ああ…無事だ…ナントモナイゾ…」
 亜熱帯砂漠で活動を開始したグールのような声に、ニコル達は思わず顔を見合わせた。
 
 
 
 
 
(第八十六話 了)

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