妖華−女神館の住人達外伝
 
 
 
ドクトルシビウの闇カルテ:ツェザーレ
 
 
 
第七十二話:真夜中は別の顔 〜Natarle〜
 
 
 
 
 四つんばいになって高く尻をあげたナタルの股間で、マリューの指が妖しく蠢く度にナタルの手がシーツを掴み、その口からは切れ切れに喘ぎが漏れる。
「マ、マリューかんちょ、そんっ…したらっ…イィっ…」
「いーわよ、さっさとイっちゃっても」
 一応二人とも全裸なのだが、その気分にはかなりの温度差があるとすぐに分かる。股間から滴る愛液がシーツを濡らし、文字通り全身で感じまくっているナタルに対し、マリューの方は明らかに心ここにあらずなのだ。
「ほらもうイっちゃい…あ、こらっ」
「マリューかんちょっ」
 尻を震わせて喘いでいたナタルが不意に起きあがり、マリューを押し倒す。
「な、何よナタル」
「…マリューかんちょ冷たい。本当は私の事なんて…触りたくないのでしょう」
「そんな事無いわよ。でもナタル、もう五回目よ。ナタルってそんなに底なしのやらしい娘(こ)だったの…あんっ」
「だ、だって…マリューかんちょが上手だから…」
 言うなり、ナタルがマリューの乳房に吸い付いた。手には到底収まりきらぬそれをたぷたぷと揉みしだき、ボリュームのある肉感的な乳房に端から唇を付けていく。
「マリューかんちょのおっぱい…大きくて柔らかくてぷにぷにしてる…」
 まるで赤子のように、ナタルが乳房へ顔を埋めてきた。
「もう、ナタルってば甘えん坊なんだから。でもナタル、あまりキスマーク付けちゃだめよ」
「…はい…」
 マリューに抱かれてから、急速にその肢体に惹かれている自分がいる。女同士の絡みは、初めてにせよ何度目にせよ、痛みを伴う事はない。そしてマリューの愛撫は、ベッドの中でナタルを別人と変えるほど上手で、そして的確に快楽のポイントをおさえてくるものであった。
 ただその一方でナタルは、マリュー自身があまり感じていない事も感じ取っていた。乳房をこすり合わせたり、秘所同士をくっつけてお互いに刺激すれば快楽の反応は見せるものの、どこかでクールなのだ。
 そして何よりも――。
(艦長の心にはあの異世界人しかいない…)
 言うまでもなく、マリューは艦内で乳房をあらわにした格好などしない。上着の襟を開けていても中にシャツは着ているし、乳房にキスマークくらい付いてもいい筈なのに、マリューは絶対に制止する。
 あの異世界人の為ですか、と訊くことは、ナタルには出来なかった。元々付いていたわけではないし、否定されてしまえばそれまでだからだ。ただ、同じ女同士でしかも身体を重ねていれば、相手が自分だけを思っているか位は読める。マリューに責められてどんなに淫らに乱れても、達した後は一抹の寂しさが心に広がってくる。
(私は…私はこんなにも…)
 キュ、とナタルが唇を噛んだ時、
「こらっ」
 頬がえいっと弾かれた。
「かんちょ?」
「私のおっぱいに顔埋めたまま、なーに硬直してるのよ。他の女の事でも考えてたの?」
「ちっ、ちち、違いますっ!わ、私はそんなことっ!」
「分かってるわ、冗談よ。ねえナタル、キスしよっか?」
「え…んんむぅっ!?」
 ナタルの答えを待たずに唇が重ねられ、マリューの舌が口腔内に入り込んでくる。熱く柔らかい舌に、ナタルがおずおずと自分の舌を絡めていく。ナタルの好きなように舌を吸わせ、絡ませてからゆっくりとマリューが引き戻すと、二人の唇を唾液の糸がねっとりと繋いだ。
「っはぁ…マリューかんちょ…」
 とろん、と蕩けた瞳で見つめてくるナタルに、
「じゃ、次は下のおくちで、ね?」
「え?」
「私のまんこで、ナタルの可愛いおまんこにきゅってキスして、ぐしょぐしょになるまで擦り合わせてあげる」
「マ、マリューかんちょ…」
 マリューの双眸がナタルをじっと見つめ、その艶を帯びた赤い唇が、妖しい口調で淫らな言葉を紡ぎ出す。それを耳にしただけでナタルの身体は熱くなってしまい、股間にまたぬるりとした感覚が湧き上がってきた。
「ほら、どうするの?」
 頬を染めたナタルが小さく頷くと、
「じゃ、ちゃんとおねだりしなさい。そのままじゃ、ナタルの可愛い所にキスできないでしょぉ?」
 口元に妖しい笑みを浮かべ、淫らな色を双眸に湛えたマリューの視線がナタルを捉えた。妖しい視線に魅入られ、首筋まで赤く染めたナタルが、ぺたんと座り込んだ姿勢でゆっくりと脚を左右に開いていく。
 やがて愛液の滴る秘所がくぱっとさらけ出された時、マリューの笑みは更に深くなった。
 
 
 
「ほんっとーにナタルって、ベッドの中だとえっちで甘えん坊になるのよ。本当に子供みたい」
「それは分かったが、のろけ話を俺に聞かせてどうしよ…イテ」
「誰がのろけてるのよ!」
 シンジの頭を両手でぐりぐりしてから、
「だからその…ちょっと分かったのよ」
「分かった?」
「あ、あのね…」
 マリューがそっと、身体をシンジにもたせかける。二人は今温泉に来ており、四度達したマリューはご機嫌も直ったのだが、何を考えたのかベッドでのナタルの痴態を話し出したのだ。
「ナタルを抱いてても、結構冷めてる自分に気づくときがあるの。というか、正確には…ナタルが私の身体を弄ってる時。下手って言う事じゃなくて、ナタルが一生懸命してくれてるのも分かってる。でも、駄目なのよ」
「……」
「どうしてかって考えて、やっと分かったの。シンジ君のせいよ」
「…また俺かい」
「そして――」
 マリューの顔がゆっくりと動いてシンジを見た。
「シンジ君と同じ」
「同じ…と?」
「あたしの身体が、シンジ君の愛撫を覚えちゃったのよ。だから、ナタルがどんなにやっても感じなくなってる。シンジ君もそうでしょう」
「……」
「勿論不能じゃないけど、シンジ君は私を抱いていても殆ど射精(だ)さない。最初は…私の身体じゃ満足できないのか、私のがゆる…モゴ?」
 不意にマリューの唇が、指で塞がれた。
 ほっそりとして長く、そして白い指であった。
「入り口は結構すんなり行くけど、ちょっと中に入ると急激に絡みついてくる」
「え?何が?」
 怪訝な顔で訊いたマリューだが、次の瞬間その顔が火を噴いた。
「マリューのよく締まるそこ」
「ばっ、ばっ、ばかぁっ、し、知らないっ!」
 顔を真っ赤に染めたマリューの耳元で、
「だめぇ、おまんこでイっちゃうぅって、泣くみたいに可愛い声出してイくのはだれ?」
「!!」
 妖しく囁かれ、全身を赤く染めたマリューは硬直したまま、反撃する事すら出来ない。昨夜、ナタルを子猫のように弄んでいたのと同一人物だとは、到底思えない位だ。
 五分ほど経って、漸く硬直の解けたマリューに、
「マリューの言うとおり。でも別に、マリューの身体に問題があるとかそんな事じゃない。乳は大きく柔らかくて張りもあるし、膣内だって緩いなんて事はないよ。そんな事を思わせたのは――ごめん」
「シンジ君…ばか…」
 泣き笑いの顔になったその顔にシンジの指が伸び、つぅっと涙を拭い取る。
「でも俺の場合には…」
 百度の強制性交が発端、と言おうかどうしようか迷ったのだが、今度はマリューの手がシンジの口をふさいだ。
「ンモゴ…?」
「その先はイっちゃだ・め。妬けちゃうでしょ?」
「はあ」
 熱い吐息と共に告げたマリューの口調に、何かが混ざっていた事にシンジは気づかなかった。
「そ、それでねシンジ君…」
「うん?」
「その…またあたしだけ先にイっちゃってごめんねって言いたかったの…な、何よう」
「それだけの為にこんな延々と前説を…ひてて!」
 むにょん、とシンジの頬が左右に勢いよく伸びた。
「もうっ、折角恥ずかしいのを我慢して言ったのにっ」
「…言いたいことはあるが、今日はこの辺で勘弁してやる」
「もー、シンジ君の意地悪!」
 初めて恋愛を経験し、どう接して良いか分からない小娘みたいに、ぐりぐりとつねってくるマリューをシンジはひっそりと受け止めた。
「マリュー」
「な、何よ」
「も一回する?」
「しっ、知りませんっ」
 ぷいっとそっぽを向いたマリューは、視界の端でちらちらとシンジを窺っていたが、やがてその腕がそっと伸びて、シンジの首に妖しく巻き付いた。
「ね、膝の上…いい?」
「ん?」
「ず、ずっと…だっこされながら…し、したいなって…」
  
 
 
「う…いてて…」
 目を開けたカガリは、頭をおさえながら起きあがった。顔はひりひりするし、身体はあちこちがずきずきと痛む。
 アイシャとは、掴んだりひっかいたり噛み付いたりと、およそ牝猫同士の喧嘩に近い掴み合いになったが、何がどう心変わりしたのか、ついてきてくれる事になった。
「あたしがお前を欲しいんだ、なーんて情熱的よネ」
 くすっと笑われて、顔が真っ赤になった事をついさっきのように思い出す。
 そこへ、
「おはよう」
 鈴を振るような声がして、カガリは振り向いた。
「ああ…痛!?」
 ぽかっ。
「な、なにを!?」
 朝からいきなり一撃を受け、寝ぼけ眼でアイシャを睨んだカガリだが、
「カガリは挨拶もできないの?これじゃあの二人が心配するのも当然ネ。オーブのお姫様がそんな事でどうするの」
 アイシャの言葉で、眠気は一瞬にして吹っ飛んだ。
「なっ!?どっ、どうしてそれをっ…」
「ずっと黙っているつもりだったの?」
「べ、別にそういうわけじゃないけど…」
「このままオーブに帰したら、オーブの国民が大迷惑するから一つよろしく、ってミスター碇に頼まれたのよ」
「碇さんに…」
「そうヨ。カガリ、いいわね?」
「え?」
「あなたには女らしさとか、それ以前に人間らしさとか、九割五分三厘の範囲で欠如してるから、私が一からカガリを作り直してあげるワ。反抗は許さないわよ」
(……)
 九割五分三厘、を聞いた時点で、これは間違いなくシンジが言った言葉だろうとカガリは見抜いた。そんな中途半端に数字を持ち出してくるのは、この辺りでもシンジ位のものだ。
「わ、分かったよ…いてっ…い、いや分かりました…」
「違うでショ」
「え?」
「分かりましたお姉さま、でしょ。ほら、やり直し」
「え?え?えーと…わ、分かりましたお姉さま…あっ!」
 意味もよく分からずに言った途端、きゅっと押し倒された。
「よくできマシタ」
「え…あ、あのっ?」
「ご褒美あげるワ。飴と鞭、よ」
「む、鞭っ?!」
 いくらカガリでも、鞭に喜ぶ性癖は持ち合わせていない。そんなのは嫌だと、アイシャを振り解こうとしたのだが、アイシャの手はびくともしない。昨日、中盤まで自分が対等に取っ組み合っていたのは何だったのかと考える余裕は――カガリにはなかった。
「本当に何も知らないのね」
 ひっそりと、そしてどこか冷ややかに笑ったアイシャの顔がゆっくりと近づいてくる。
「あ…」
 そっと目を閉じたカガリだが、いつまでも経っても唇の感触はない。
(あ、あれ?)
 薄目を開けると、はるか遠くに顔を離してくすくすと笑っているアイシャが、いた。
「わ、私を騙したなっ」
 恥ずかしさと怒りで、目に涙が湧き上がってきたカガリの頬で、ちうと音がした。
「そう言う可愛いところが好きヨ、カガリ」
「ば、ばか…んっ…む…」
 むちゅーっと唇が塞がれ、私をからかっておいて!と抵抗しようとしたカガリだが、その手から直ぐに力が抜けていった。
 少女の熱い吐息と喘ぎを織り込み、室内の空気は淫らに、そして徐々に濃密なものへと変わっていく。
 部屋の外で、宙を舞う鳥が一羽甲高い声で啼いた。
 
 
 
「ちょ、ちょっと感じ過ぎちゃった…」
 アークエンジェルの艦内で、マリューがシンジに寄り添って歩いている。と言うよりも、寄りかかっていないとまともに歩けないのだ。普段、艦内でこんなに寄り添って歩く事はまず有り得ない。
「姉御大丈夫か?」
「あ、あんまり大丈夫じゃないかも。な、なんか体中に気持ちいいのがまだ残ってて…」
「はいはい。しかし、この前に比べたら大した事はない筈だが?」
「あのね」
「うん?」
 マリューがシンジの耳元に口を止せ、
「だってシンジ君が肩にキスしたり背中を指で弄ったり…も、もう思い出しちゃったじゃない」
 こしょこしょと囁く。
(また濡れて来ちゃった?)
 シンジの言葉にかーっと赤くなり、寄りかかったままマリューがぽかぽかと叩く。誰しもが膺懲の一撃を加えたくなるような、甘い雰囲気を漂わせて歩く二人だが、その後方で潰れたような声が二つ、僅かに聞こえた事は二人とも気づかなかった。
「で、なーにやってるのよあんた達は?」
 廊下を歩いていたら、ハンカチを握りしめたキラとステラが、戻ってきたシンジ達をじっと見ている所に出くわすも、面白そうだからと放っておいた綾香だが、たまりかねて飛び出そうとした瞬間その指が鳴り、セリオが二人をひょいと持ち上げて運んできたのだ。
「だ、だってシンジさんが…シンジさんがっ!」「マリュー艦長と…あんなに…」
「受け止めなさい、現実よ」
 冷たいとさえ思える口調で言い放ってから、さすがに少し可哀想になったのか、
「まあほら…マリュー艦長は大人だし。今はまだ、碇の方があんた達より精神年齢高いでしょ?もう少しいい女になったら、きっと碇も見てくれるわよ」
「『…ほんとに?』」
(う…)
 薄情でろくでもない飼い主に捨てられ、雨に濡れている子犬のように見上げてくる二人の視線に遭い、思わず顔を逸らしたくなった綾香だが何とか持ち堪えた。自分の台詞が偽りだと、綾香は自分で分かっていたのだ。
 キラとステラは、その存在からしてマリューとは全く異なっている。シンジから見た二人は、オーブまで無事に運んでいく対象であって、一人の女としてのそれではない。言ってみれば保護者であって、少なくともオーブに着くまではそれ以上に昇格しないだろう。シンジとマリューとの間柄もまた、恋人同士のそれではないと綾香は見ていたが、いずれにしても今の二人では到底敵わない。
「うん…そうだと思うよ」
 曖昧に頷くのが、良心の咎めないギリギリの範疇であった。
「でも…どう見ても恋人同士だったし…」
 とそこへ、
「まったく想定していなかったの?」
「『!』」
 聞こえたミーアの声に、二人がびくっと肩を震わせる。
(ちょっとミーア、これ以上ややこしくしないでよね)
 どこまで連れて行くかは分からないが、このミーアもまた、今はシンジの保護対象になっている。ラクスの影武者である事を知っているのはまだ少ない。つまり他の者はラクス・クライン本人だと思っているわけで、兵士でないとは言えプラント最高評議会議長の娘が、こんな所をウロウロしても何も言われないのは、ひとえにシンジの息がかかっているからだ。
(大丈夫、まかせて)
 視線だけで会話し、綾香をやんわりと制したミーアが、
「今のお二人では、碇様の彼女になるのは難しいですわ。今はまだ、保護対象ですもの」
「『保護対象…?』」
 はい、と頷いたミーアを見ながら、
(私が言いにくかった事をすんなりと!)
 何やら嫉妬の炎を燃やしている綾香を見てセリオがうっすらと、笑った。
「キラ達とガイア、それとステラをオーブまで連れて行くこと――それが私の最優先事項だ、と碇様は言っておられたでしょう。オーブに着くまでは、ご自分が元の世界に帰ることよりも、あなた達を優先しておられるのですわ」
「あ、あのミーア」
「はい?」
「それと…私達が相手にされない事と繋がるの?」
「どうしてもそれ以上は行かない、と言うことですわ。保護対象だと、どうしても彼女や恋人にはならないでしょう。だから諦めてくださいな――今は」
「そ、そんな…え?今はって…ミーア?」
「碇様が元の世界にしばらく帰れず、オーブに留まったままなら…ね?」
「で、でもそれまで…」
「恋人になりたいのですか」
 ステラの言葉を断ち切るように、ミーアが訊いた。
「そ、そうじゃないけど…」
「人と人との関係は最初が大切ですわ。キラ」
「は、はい」
「その力があるのに敵を討たず、余計な危険を招いているあなたは、碇様に取っては死神も同然。道を自らの力で拓いていく碇様が、あなたの保護者以上になってくれる筈がないでしょう。ステラ」
「なに…」
「どうして素直に碇さん、と呼ばなかったのです?お兄ちゃん、などと」
「そ、それは…」
「碇さんが妹プレイに興味があるとは思えないけれど?自分から選択肢を減らしてしまったのね。最初はそうでもなかったけど、今のマリュー艦長を碇さんは認めているわ。あなた達は、MSに乗ればどちらかはいつでも碇さんと一緒。でも艦長は違う。元々艦長だったわけではなく――」
 すう、とミーアの雰囲気が危険なものへと変わっていく。
「急遽艦長になって、しかもこの艦をアラスカまで運ぶ羽目になった上に、あんなジャンク女にまで取り付かれて、癒しが必要な度合いはあなた達の比じゃないのよ。小娘が、碇さんの認めた女艦長と張り合ってみる?」
(ミーアって時々雰囲気変わるのよねえ)
 さっきまでの優しげな気は消え失せ、青白い炎さえ身にまとっているようなミーアを眺めながら、綾香は内心で呟いた。
「碇さんの恋人になりたいのなら、それは諦めなさい。あなた達のレベルじゃ十年かかっても無理よ」
 数分前とはうって変わり、ミーアは冷たい口調で断言した。
「それに、マリューさんは私のお気に入り。対抗するというなら、私を敵に回すことになるわ。それとも――ジャンクに変えられたい?」
 
 ガクガクガタガタブルブル。
 
 キラとステラが勢いよく首を振った。
「ま、碇さんに遊んでほしいっていう位なら、お手伝いしてあげるわ。私を振り切って、玉砕したいのなら別に止めないけど」
「『……』」
 実のところ、キラもステラもシンジの想い人になりたいという気持ちはない。おそらく、自分達とあまり変わらぬ年齢ながら、その精神(こころ)は遙か及ばぬ高みにあると気づいてしまったのだ。
 ただ、このままマリューと恋人関係になった場合、自分達の事は見向きもされなくなってしまうのでないかというのが気がかりで、要は甘えたいのだ。
「て、手伝いって…なにを?」
「碇さんが、あなた達に少しは興味を持つようにしてあげる。このミーア様が、ね」
「『……』」
 キラとステラが顔を見合わせた。このミーアの自信の根拠は今ひとつ分からないが、ミーアの徘徊の背後にシンジの黒い影がある限りは、そしてミーアがマリューをお気に入りと言ってのけている以上、わざわざ疑ってかかって敵に回すのは得策ではあるまい。
「『おねがいします』」
 二人がちょこんと頭を下げたのは、それから二十秒後の事であった。
「わかりましたわ。それでは――」
 それを聞いて、ミーアがにこっと微笑う。
 その顔は、もういつものラクスもどきのものに戻っていた。
 ミーアに何やら囁かれ、二人がご機嫌な顔で出て行った後、
「ミーアって、時々怖い子よね」
「あら、そうですか?」
「あの二人に、ジャンクになってみる?なんて私でも言えないわよ。ところであんた、さっきの話はどこから聞いたの?」
「レコア様ですわ。なんでも、青き清浄なる艦内の為に――とか」
「ミーアってコーディネーターよね?」
「ええ、そうですわ?」
「レコアさんってブルコスだったの?」
(違うと思いますが)
 怪訝な表情で首を傾げた綾香に、セリオとミーアが揃って呟いた。
 ただし、口にはしない。
 
 
 
 マリューを部屋に送ってから、暫くベッドの上でごろごろしていたシンジは、やがて起きあがりふらりと艦外に出て行った。洞窟の近くでは、サイーブ達が何やら集まっていたが、シンジを見ると転がるようにすっ飛んできた。
「そこまでの事はしていない」
 文字通り、老若男女を問わず横一列に整列し、直立不動の姿勢で出迎えた<明けの砂漠>のメンバーを、シンジは軽く手を挙げて制した。
「俺達が手も足も出なかったザフトを、あんたが片づけてくれたんだ。どれだけ感謝してもし足りんよ」
「…そうか」
 シンジの反応が微妙なのは、このテロ集団の発想が自立にあるからだ。ザフトの苛政に耐えかねて代わりに連合を迎え入れよう、というのではなく、誰の関与も拒む独立の道を選ぶものだからだ。
 一国家としての選択ならいざ知らず、幾つかの街が連合した程度の勢力としては、はっきり言って無謀に近い道である。物資と人材が豊富ならまだしも、水一つとっても自給自足できなかった集団がどう抗えるというのか。
「男が百人と女が一人いた場合、三つ子や四つ子を別とすれば、生まれる子供は一年に一人しかいない。だが、女が百人と男が一人なら、一年で百人近く子供が生まれる事が可能な計算になる。無謀な突撃をしたがる男達を縛っておく事も、女達の大切な役割だと一つ知ったろう」
 シンジが視線を向けると、女達は小さく頷いた。
 それでいい、と一つ頷いてから、
「ところで、皆で集まって何を?」
「ああ、今晩送るんでな――散っていった仲間達の魂を」
「ほう…。ところで、アークエンジェルはあと数日で出立する。今回のザフト軍殲滅は、地球軍とは実質関係ないし、無論ザフトとは何らかかわりがない。当面――おそらく一年位はザフトも近寄らないだろうが、また来るかもしれないし、今度は連合がやって来る可能性もある。どうする気だ?」
「あくまで抵抗、頑固に抵抗」
「そうか。晩になったら私も顔を出すとしよう。それとサイーブ、話がある」
「分かった」
 サイーブが手を挙げると、その場にいたもの達がすっと姿を消していった。
「それで大将、話とは?」
「茶坊主をオーブへ運んでいく。あれがオーブのカガリ・ユラ・アスハとは知っていた筈だが、本物のカガリなのか」
「本物?」
「テロ集団の頭目のみならず、付き人の筈の軍人まで死地に飛び込むのを止めようともしなかった。立場を考えれば到底有り得ないが、偽者なら十分納得はいく話だ」
「別に…偽者ってわけじゃないんだがな…」
 サイーブの表情に、何とも言えない色が浮かんだ。
「ただ大将も知っての通りあの性格だ。オーブがMS建造に絡んでると聞いたら、国を飛びだしてヘリオポリスまで見に来るようなカガリに、もっと視野を広く持てと言っても今は無理だし、目を離せばすっ飛んで行っちまうだろう。その結果招いた事なら…今は仕方あるまい」
「そんな小娘を女王候補に頂くオーブ国民も、ご愁傷様なことだ。もう一つ、祈ると言っていたが、この間死んでいった仲間のも入っているのか?」
「無論だ。勇敢に戦って死んでいった仲間達に区別な――」
 区別など無い、と言いかけたサイーブの表情が硬直する。シンジが、静かに視線を向けていたのだ。
「勝率0%、と私は言った。言わずとも分かっていたろう。だが出撃した――戦略的には全く意味のない出撃だ。サイーブが知ってるか知らないか知らないが、無謀と言っても、その種族には幾つかある。知ってるか知らないか知らないが、友軍を逃がす為に大群の前に立ち塞がったり、砦を放置して本拠地へ攻め掛かろうとしている敵を攪乱する為に出撃したりするのは、無謀な事ではあっても意味を持つ。一方、わざと死傷者を出さないようにして、しかも十分すぎる程余力を残して悠々と退散する敵へ、一矢を報いる事も能わぬと自覚しながら突っかかるのは、無意味とセットになった無謀というやつだ」
「……」
 確かに、街を焼いてからストライクの追撃さえ予想して備えていた敵に対し、装甲を全く施していないジープに分乗し、バズーカを抱えて攻撃するのは何の意味もない無謀だが、シンジはその心意気を認め、自らも救助に向かったのではなかったか。
「最初から命を捨ててかかった特攻は、後に意味をもたらす場合と、無意味に終わる場合がある。連合に協力するというなら、多少なりともザフトを心胆寒からしめたと、一目置かれてある程度は独立を保てるかもしれない。が、いずれにも属さないと言うなら、ナチュラルとコーディネーターが延々戦争を続けてくれればいいが、和睦がなった時に文字通りの連合軍が攻めてくる可能性がある。そうなれば鎧袖一触、あとには草一本残るまい。まして、今は温泉や水まで湧き出して資源としての価値も少しは増えたろう」
「ザフトに…ザフトや連合に降れと言うのか…」
「国家を形成しているなら別の話だ。だが、少なくとも現状での独立維持宣言は、あえて火中の栗を拾うようなもの。従わぬ者への見せしめと、残虐に殺戮される仲間達を見たくはあるまい」
「……」
「連合に、あるいはザフトに降れとは言っていない。そんな事は、お前達が考える事だ。ただし、未来のヴィジョンが一つではなく、選択次第でいくらでも変えられる間に、違うカードを選んでみるのも一つの手、と言う事だ」
「大将…」
 サイーブが押し殺したような声を絞り出したのは、一分近く経ってからであった。
「何か」
「確かに…あんたの言う事は間違っちゃいない。今の俺達が…矜持だけで動いてるのは分かっている。だがあんたは…あんたから見ればどうでもいい事に、首を突っ込むタチじゃないと思ったが…」
「単身私の元へやって来て大切な宝物を差し出し、茶坊主の事を頼み込んだ少年と、すべてを知りながら何も言わず、息子の遺品を私に贈ったそのご母堂がいる。ただ――それだけの事だ。邪魔をした」
 その身体を震わせながらも、カガリを守ってくれとただ一人でシンジの前に立ち、大切にしていた石をその手に預けて散っていった少年は、今なおその影をシンジの心に残していたのだろうか。
 身を翻したシンジがゆっくりと歩き出す。
 黒髪を風に揺らして去っていくその後ろ姿を、サイーブは黙然と見送った。
 艦に戻ったシンジは、タラップを上がる前、ちらりと空を見上げた。
 まだ日は高いが、あまり出かける気分でもない。
「昼寝だ」
 と呟き、部屋に入ってベッドに身を投げ出す。
 寝付きはいい方だから、このまま夕方まですやすや眠れる、と思った直後扉がノックされた。
「…開いてるよ」
 だが扉は開かない。
「?開いている」
 少し声量を上げたが、やっぱり扉は開かない。
「……」
 起きあがったシンジが、てくてく歩いていってドアを開ける。相手次第ではミディアム位に――と言っても、こんな事をする相手はかなり限られており、やはり想定内であった。
 立っていたのはキラとステラであり、
「『暇と火照る身体を持て余した私達が来ましたよ』」
「…なんだその火照る身体っていうのは。まあいいが、何をしに?」
「ミーアにいいお店を聞いたの。シンジさん、一緒に買い物行こ」
「別に構わないが、もう少しましな台詞はなかったの?今着替えるからちょっと待っ…て?あ、こら」
 言い終わらぬうちに、いきなり身体が押された。キラとステラが、左右から押し込みにかかったのだ。さすがはコーディネーター、と言うべきなのかあっさりと室内に押し込まれ、あまつさえベッドに押し倒されてしまった。
「……」
 買い物ではなかったのかと言いかけたシンジだが、二人を見てその表情が動いた――キラもステラも、泣きそうな顔でシンジを見つめていたのである。
(!?)
 一体何事かと、シンジの表情が怪訝なものに変わった直後、
「マリュー艦長と恋人同士になっても…」「私達の事は見捨てないでおねがいっ」
(…ハン?急に何を…あ)
 どうやら何かを見られたらしいと、
「意表を突く台詞としてはなかなかいい。ついでに、その根拠を教えてもらえるとありがたいが」
「『……』」
 艦内で二人がぴたりと寄り添って歩いていたのを見た、と訊いたシンジは、二人の頭を軽く撫でた。
「『あ、あぅ…』」
「男と女が寄り添っている場合、手錠で繋がっているケースと単に捕縛されているケースと、気温故にくっつているケースと一人では歩けないのを支えているケースがあり、ケース五として恋人同士の寄り添って歩く姿があげられる。後ろから見ただけで、どれに該当するのか分かるようになると、今より六割増でいい女になれる」
「お、お兄ちゃん?」「シンジ…さん?」
 キラやステラはともかく、心情の分からないナタルには聞かれたくない話であり、対象がこの二人で、それも歩いている所を見られただけならさしたる事はない。
「買い物に付き合うルート、だったな。さて、行こうか?」
「『あ、あのっ!』」
「うん?」
「けっ、けけっ、けっ…」
「ウケケケ?」
「そ、そうじゃなくて!その…今朝のは…」
「幸か不幸か知らないが、ケース五ではない。ほら行くよ」
「『あ…はいっ』」
 キラとステラの顔にじわっと笑みが浮かび上がり、満面の笑みと変えた二人がシンジに勢いよく飛びついた。
 
 
 
 
  
(第七十二話 了)

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