妖華−女神館の住人達外伝
 
 
 
ドクトルシビウの闇カルテ:ツェザーレ
 
 
 
第六十九話:オーブで変態が墓穴を掘る日
 
 
 
 
 
「ここなら余人は立ち入れないし、身体の方も特に異常はない。院長には、時折顔を見に来て頂くだけでいいでしょう」
 依然として目を覚ます気配のないシンジだが、不思議な事に点滴もしていないのに血色も良く、痩せたりもしていない。
 碇家本邸の娘達も、
「シンジ君はいずれ戻ってきますよ。私が保証します」
 と、黒瓜堂が邪悪に請け負った為、何となく安心して今は落ち着きを取り戻している。空気を読めない、と言うより読んでも無視する性格なので、無理と分かれば相手がどう取ろうが、
「もう無理ですね」
 と、あっさり言ってのける男だからだ。
 ただし、シビウ病院に入れて、シビウと二十四時間一緒という事はどうしても納得できない娘心であり、そんな事は百も承知の黒瓜堂が自分の店へとさらって来たのだ。元より悪を標榜するだけあって、自衛には特に優れており、システムをフル稼働させれば軍の一個大隊でもあしらうと言ってのける程である。
 その地下にシンジを安置し、完全に外界から遮断する事にしたのだ。誰かの呪詛とかそんないいものではなく、勝手に精神がどこかへ飛ばされたのだろうと黒瓜堂は判断していたのだが、現在は精神が空っぽになった肉体だけが残されており、完全に無防備な状態になっている。
 誰かが精神波で攻撃して来るとも思えないが、肉体的、精神的にも完全に隔離しておくに超した事はない。ここならば本邸の娘達が、少なくともシビウ病院に置く程の不安を感じる事は無くて済む。
 なお、黒瓜堂にしては妙に気を遣っているように見えるが、無論理由がある。
 そう――恩を売っておけば、色々カードとして使えると読んでいるのだ。
 フェンリルも体よく異界へ追い返した、黒瓜堂の店員達は元からシンジに興味がないから、安置しておくにはこれが一番いい。
「治療の必要がない以上、患者の家族の意向が優先される。今回は諦めるけれど、次は絶対に出さないわよ。院長室で私が二十四時間付きっきりで診ているわ」
 診る、ではなくて眺めるの間違いではないかと思ったが、面倒なので口にはしなかった。
 シビウが黒髪を揺らして帰った後、
「さすがのドクトルシビウでも、精神の行き先は分からなかったようですね」
「ん?ああ、シンジ君の居場所か。普通は分からないだろうな」
 豹太に振り向き、
「大体の場所は見当が付いた」
「え!?」
「微調整は必要だが、波長を合わせれば乗り込む事は出来ますよ。人を探すというのは、地球上にいる人間を捜すだけでは、七割程度の完成にしかならん。今地球上にいないからと言うのでは、またいつかゲンドウとユイの二の舞を踏む事になる」
「オーナー…」
 かつて、碇ゲンドウとユイの二人を捜すのに手間取り、その命と引き替えに降魔を滅ぼす事を余儀なくされた事を、今でも気にしているらしい。
 結構小心者なのかもしれない。
 或いは――執念深いのか。
 とまれ、確信ありげに分かったと言った黒瓜堂だが、無論豹太は興味など無い。
「いえ、自分は…オーナー、行かれるのですか?」
「まさか。エクスカリバーが消えた事からして、多分向こうには戦場がある。身体の様子からすると、あちらの世界でも健康なのだろう。戦場があっても無事のようだが、性格から考えて不参加とは思えない。多分、精(ジン)が使えるのだ。そこへ私が行ったとて、足手まといにしかならん。ただ、だからこそ行ってみたい、と言う部分はあるが」
「オーナー?」
「精神を失えば、残った身体はただの抜け殻になる。シンジ君はどうか分からないが、多分自覚していないだろう。つまり、向こうで死ぬような衝撃を受ければ、こちらに帰って来られる事になる。一方私はそれを分かっている。分かっている私が精神世界で同じ目に遭えば、どうなると思うね?」
「!」
「呪縛が解け、普通の人間同様死ぬ事ができるのか、見物してみたい気もする。とは言え、今の私ではまだまだ、冥府にいるゲンドウとユイに自慢は出来ぬ。墓碑に数値が刻まれるのは、まだしばらく先になりそうだ」
「……」
 ややあってから、
「オーナー」
 豹太が静かな声で呼んだ。
「ん?」
「死ねぬ身体を…忌まれておられますか?」
「豹太、後で読んでおくように」
「はっ?」
「私の辞書に、後悔と反省と自制という文字はない」
「心底了解しました」
 美貌の豹太とこの危険なウニ頭では、いかにも不釣り合いに見えるのだが、結構イイコンビらしい。
 
 
 
 
 
 完全に肢体を弛緩させ、ぐったりと突っ伏した女体を見下ろしてキシリアは立ち上がった。黒髪をベッドに押し広げ、時折肩をびくっと波打たせた肢体に、起きあがる気配はない。
 時折ぴくっと腰の辺りが震えるのは、ついさっきまでキシリアに責められた後遺症だろう。
 レナ・イメリア。
 地球軍所属の大尉で、カリフォルニアの軍事学校で教鞭を執っていたが、その能力の高さでキシリアに目を付けられた。
「役に立たない連中より、我が国で軍の開発に携わってもらいたい。それがゆくゆくは地球軍の為にもなる」
 と、思ってもいない事をあっさりとレナに言ってのけたキシリアだが、当然にべもなく突っぱねられてキシリアは引き下がった――かに見えた。
 がしかし。
 キシリアの辞書に奸知、と言う文字はあっても潔いという単語はないのだ。一旦退却する場合も、かならず捲土重来の目算があってのことで、思いつきで無謀な事を考え、あっさりと諦める性格など持ち合わせていない。
 昼間のレナは、教官として実地・講義共に極めて優秀で、文字通り非の打ち所がなかったが、
「非の打ち所がなく、また裏表を人に見抜かれる事無く隠し仰せる女は、地球上に私一人しかおらぬ」
 と言うのがキシリアの信条だから、当然のように、レナは何処かに緩んだ隙があるにちがいないと、レナをひっそりと見張る事一週間、とうとう深夜ブラを口に含んで声をかみ殺し、一人自慰に耽る姿を見つけた。
 そこで乱入する程無粋な事はせず、レナが髪を振り乱して身悶えし、足を突っ張らせて達するまでじっくりと眺めてから出てきたキシリアは、五枚の写真を手にしていた。
 翌日、レナを呼び出してそれを渡し、怒りと羞恥で顔色を変えたレナに、キシリアはこう言った。
「私の相手をしてもらいたい。お互いに裸で勝負し、どちらが先に相手をイかせるか。貴女が勝ったらネガは渡し、私は二度と貴女と会わない。もし私が勝ったら、貴女には我が祖国へ来てもらう」
 と。
 こんな一生の恥辱をそのままには出来ないと、必死の形相でキシリアに挑んだレナだが、膝立ちの態勢で互いの秘所を激しく責め合い、レナが僅かにリードして押し切ったかに見えた次の瞬間、
「なかなかの腕。だが私には及ばない」
 絶頂(イ)ったかに見えたキシリアがにこっと笑った時、二人の立場は逆転し、勝敗は五秒で決した。勝ったと思った事で一瞬気が緩んでしまい、それを見逃すキシリアではなかったのだ。
 が、キシリアの恐ろしさはその更に上にあった。レナが達した時点で勝負はついたのに、そのままレナに勝利宣言するどころか、更に責めはじめたのだ。ねっとりと舌を絡ませた後、レナの両脚を持ち上げて膣口のみならずアヌスまで丸見えの状態にして、舌と指で執拗になぶり、また俯せに寝かせた状態で手を差し入れて乳首を指先で弾きながら、もう片方の手はアヌスへ指を突き入れて二点を責める。
 延々と続いた愛撫は、実に三時間以上にも及び、レナも最後はもう自らの乳房を鷲掴みにして振りたくり、絶叫に近い喘ぎと呻きを喉から振り絞り、完全に失神絶頂を迎えてしまった。
 そのレナをシャワールームに運んで綺麗に身体を洗い、着替えさせた状態でキシリアは待っていた。
 やがて目覚め、キシリアと目が合った途端首まで赤く染めて涙を流したレナに、キシリアはネガと写真を渡したのだ。
「キシリア…様?」
「久しぶりに上質の素材に出会って、私もついつい熱くなってしまった。貴女にあそこまでする気はなかったのだ。それは私からのお詫びだ、私の事は忘れてくれ」
 そう言ってくるりとキシリアは身を翻した。
 ドアまで歩いていき、ノブに手を掛けた時に後ろからぎゅっとしがみつかれ、
「私の事は忘れるように、と申し上げた筈だが?」
「い、いつかっ…いつか私が貴女に勝つ日まで離れません。勝ち逃げなんて許さないんだから」
「困った娘(こ)だな」
 と、一つ肩をすくめたキシリアの口元が、怪しく歪んでいた事を無論レナは知らない。
 レナは、すっかり虜になってしまったのだ。
 今日もまた、キシリアに責められて喘ぐ姿に、戦場の乱れ桜と評された勇姿の面影は微塵もない。
 ミネバに彼女が出来たら、全権力を行使しても抹殺しかねないキシリアだが、自分の女性関係に於いては、貞操概念というものをあまり持ち合わせていないらしい。もしもミネバが見たら、泣きながらキシリアに攻撃する事は確実の光景である。
「満足したか?」
「もう…キシリア様のいじわる…ふぁ!」
 力の入らない身体を何とか起こしたレナだが、キスマークをたっぷり付けられた太股がブランケットに妖しく擦れて小さく喘いだ。
「シャワーを浴びて着替えたら、隣の部屋へ来るように。話がある」
「は、はい」
 三十分後、着替えてやってきたレナの顔からは、欲情の色は殆ど消えていた――つまり完全に、ではない。
 だが、アークエンジェルと最新型のモビルスーツ――GAT-X303イージス――の設計図を見てその表情は変わった。一瞬で欲情の欠片が消し飛び、軍人のそれへと切り替わる。
「よくこんな物を…」
 信じられない面持ちで呟いたレナに、
「私の名前は?」
「キ、キシリア…キシリア・ザビ様です」
「良い子だ。私の辞書では、不可能という項目よりも天佑という項目の方が、扱いは大きいのだよ」
 柔らかな頬をさわさわと触られて、レナの表情が戻る――また欲情の色が浮かんできたのだ。
「このアークエンジェル級の戦艦を一隻、我が国でも建造する。知っての通り、我が国はダイヤモンドを産業の基盤としており、またコーディネーターを排除もしていないので、資金と人材に事欠く事はない。ただ、モビルスーツは少々厄介な事になりそうなので、建造は控えておくつもりよ…レナ?」
 いつの間にかレナの表情は軍人のそれに変わり、イージスとアークエンジェルの設計図をじっと眺めていた。
「キシリア様…いえ、キシリア宰相閣下。お訊ねしたい事があります」
「急に改まって何を?」
「確かに戦力の充実は必要ですが、この国はまだ先代の国王が崩御されて間もなく、また今上の女王陛下は幼少でおられる為、ザフトとの戦線に軍の派遣を命じられる可能性は低いでしょう。それに、軍備が充実すればその可能性は高まります。宰相閣下は――ミネバ様を擁したこのスカンジナビアを、いずれ連合から離脱させるおつもりですか?」
「その通りだ」
 キシリアの答えは早かった。
 極めて危険な質問に対し、非常に危険な答えであった。
 躊躇うことなく頷き、
「ザビ家が世界の中心たらん、とは思っていない。とは言え、適当な目算で先端を開いた挙げ句、MSを開発したザフトにこうまで押し返される連合など、ミネバ女王陛下がその麾下に屈するには不十分過ぎる」
「私の籍は未だ、地球連合軍所属でサクラメントにある軍事学校の教官です。その私に何故そんな大事を…ん!?」
 レナの唇が不意に塞がれた。
 塞いだのは、キシリアの唇である。
「キ、キシリア…さま…」
 目許を染め、唇をおさえてぽーっとキシリアを見つめるレナに、
「これが答えよ、レナ・イメリア」
「は、はい…」
 何がはい、なのか自分で分からぬままにレナは頷いた。
「他の者ならいざ知らず、その姿を見ずとも裸を描けるような娘に、何の隠し事をしろと?」
「…え…裸…え!?」
「何なら、大淫唇を覆う淫毛の数まで正確に描いて差し上げるけれど?」
 水の入った薬缶を載せたら、一瞬で沸騰するのではないかと思うような顔色になったレナが、弱々しく首を振った。
「遠慮したい、と?結構だ。さて、私を試してそれで終わりかな?」
「い、いえあの…」
 自分の膝に爪を食い込ませ、痛みで何とか意識を取り戻し、三度、四度とゆっくり大きく深呼吸したレナが、
「し、失礼致しました。ただ、戦艦を造るならMSを造るのも一緒でしょう。アークエンジェル級の母艦が出来たところで、独立を謀る程の戦力にはなりませんし、ザフトに押されて余裕の無くなった地球軍から招集が、或いはザフトが連合を撃破してこの国へもその視線が向いた時――それがいつ来るのか、或いはこの不透明な戦争が何らかの天佑で終わるのか、それは誰にも分かりません。しかし、戦力を備えておくのに時期尚早という事はありません。まして、今は戦時中なのですから」
「ふむ…」
 確かにレナの言う事は一理ある。いずれ造る気なら、さっさと造ってしまった方がいい。大半の物事は、先送りにした場合ろくな結果にならないと、相場が決まっているのだから。
 ただ問題は、単に事が大きくなる事だけではない。
「レナ」
「はい」
「連合が造った新型MSに装備されているこのPS装甲は、重力下での製造が出来ないのだ。我が国もスペースコロニーを持っているが、必然的にそこで造らざるをえない。君は、操縦や仕組みの知識は長けていても開発そのものには、携わって来なかった筈だが。何か当てが?」
「一人います。私の友人のジェーン・ヒューストン。今は訳あって、熱血中ですが」
「熱血中?」
「水中MSを率いたザフトのマルコ・モラシムに部隊を壊滅させられ、復讐を誓って目下MSの開発チームに所属しています。部下の仇を討つのだと熱くなっており、その為熱血中と申し上げました。ただ、腕も私と遜色ありませんし、開発知識も持っていますからうってつけかと」
「その通りだな」
「え?」
 何故か、キシリアは即座に頷いた。キシリアがジェーンを知らないのならば、そうか、と言う場面ではあっても、その通りだと頷くには少々違和感がある筈だ。
「先達のアークエンジェルだが、砂漠に降りている。目的はアラスカだろうが、いくら勇猛でも一隻でジブラルタルを突破は出来まい。紅海からインド洋に抜け、太平洋を北上するルートになる筈だ。つまり、海上を延々侵攻する事になる。レナがそこまでいうのなら、元より弱かった訳ではあるまい。その部隊を全滅させた程の男なら、アークエンジェルにぶつけてくる可能性が高い」
「あ…」
「とは言え、今までの戦闘ぶりを見る限り、逆に殲滅させられるのがオチだろう。そうなれば必然的に目的を見失う。彼女の説得は君に任せるが、工作はアークエンジェルの動向を見てからで良かろう」
「分かりました。宰相閣下は、あの艦の事を随分と買っておられるのですね」
「いずれ分かる。へリオポリスを襲撃されての出立から地球に降りるまで、単体で見れば敵を寄せ付けもしなかった艦なのだ。単に強いとか、そういうレベルは超えている。出来れば、敵として会いたくはない相手だな」
(キシリア様は相当高く評価しておられると見える)
「アークエンジェル級の戦艦は、既に艦名も決まっている。ウリエル、だ。あの艦の建造は私が指揮を執る。レナには、友人と話が付き次第我が国のコロニーへ上がってもらう。私の印綬を渡すから、思う存分やってもらいたい」
「ヤマタノオロチ、ですね。宰相閣下の仰せの通りに」
「但し、無理はするな。目標を見失って放心状態にでもなってるかもしれん。そんな時、あまり説いても却って逆効果になる事もある」
「あ、あの…」
 それを聞いてレナの表情が動いた。
「何か?」
「その時はその…キシリア様が直々に?」
 宰相閣下、ではなくキシリアと呼んだレナの顔をキシリアが見た。
 すぐに気付いた。
「その時は他を当たるつもりだが、レナがそれを望むならしても構わないが?」
「だ、だめっ!」
 がたっと立ち上がってから、
「だめ…です…」
 消え入りそうな声のレナに、
「ではそのように」
 レナが怖れているのは、キシリアが出るとイメージが悪化するとか、そんな事ではない。無論――身体を使った女同士の交渉になる事を怖れているのだと、レナの顔に大きく書いてある。
「え?」
「レナ・イメリアは、誰かに押しつけられた人材ではない。私が目を付けたのだ。そのレナの嫌がる事を、わざわざすることもあるまい」
「キシリア様…」
「その、シモムラ・コマルなる奴の部隊がアークエンジェルに殲滅されるのは、九割九分九厘間違いなかろう。問題は、目標を見失ったレナの友人が、新たな仕事にやりがいを見いだしてくれるかどうか、だ。君の友人に期待するとしよう」
「はっ」
 頷いてから、
(シモムラ・コマル?あれ…?)
 内心で首を傾げたが、突っ込む事はしなかった。
「ヤマタノオロチには私の名前で通達を出しておく。とりあえず、イージスの建造は二機で良かろう。君と君の友人の分だ。連合のMSの事はまだ知らなかったろう。イージスの性能については熟知しておくように」
「はっ」
 一礼してからふと、レナはキシリアの言葉を思い出した。私が目を付けた、とキシリアは言った。
 ではあの放置にも似た言動は、キシリアの手だったのだろうか?
「あの、キシリア様…」
「ん?」
「ひとつ、お訊ねしてもよろしいでしょうか」
「いいわよ。大方見当は付くけれど。写真の事か、それともレナの感じやすい場所の事?」
「あ、あ、あのっ!」
 かーっとレナの顔が赤くなり、
「も、もし私があの時…その、キシリア様を追わなかったら…」
「すべて臨機応変に、な」
 キシリアは、直接答える事はしなかった。
「レナ、君には期待している」
「あ、ありがとうございます…」
 直立不動の姿勢で敬礼したレナは、自分は本命なのかそれとも数ある候補の一つだったのかと、キシリアの姿が消えた後もしばらく立ち尽くして考えていたが、答えが出るはずもない。
 無論レナは、
「レナが追ってこなかったら?催眠術を使っても私の物にしていた。当然だろう?」
 と、廊下に出たキシリアが呟いた事も知らないのだった。
 
 
 
 
 
「それで…どうだろうか?」
「どう、とは?」
「君らに見てもらった我が国の軍容だが…」
 椅子だけ見ればまだしも、向かい合っている両者を見た場合、どちらが偉いのか分からない。普通のソファに座っている女達の方が、明らかに偉そうなのだ。
「一言で言えば論外。これで良いかしら?実戦経験者が一割以下で、しかも機体もあの程度のレベルで、中立を保つなどと良く言えたものね。中立でいたい、じゃなくて中立でいるしかない、の間違いでしょう」
 フランチェスカの辛辣な台詞にも、ウズミは顔色を変える事無く黙って聞いていた。
「フラニー、あなたもう良いからちょっと黙ってて」
 フルメンバーが合流し、現在シュラク隊はマーベットを筆頭に、合計十名の大所帯になっている。屋敷を一軒借りてそこに住んでいるのだが、さすがに大言壮語するだけあってその実力は、オーブ軍を全く寄せ付けないものであった。
 腕に自信のある男達が、我こそはと名乗りをあげたのだが、ことごとく完敗を喫したのだ。
「ウズミ様、模擬ですから使用したのはペイント弾ですが、あれが実弾なら全機撃墜されています。彼女達には、あれでも手加減はさせていました」
「そうか…それで、何とかなりそうかね?」
「海軍は私達の守備範囲外ですが、MS隊は一から鍛え直します。今、最も必要なのは戦場で一瞬の命運を分ける勘です。特にMS乗りは、極限状態で自分を信じられるかどうかが、文字通り生死を左右します。全員とは言いませんが、知識に頼るばかりで、自分に頼れる者はかなり少ないのは事実です」
「よろしく頼む。指揮に関しては既に通達を出してあるし、物資も必要なものは全てこちらで用意する」
「感謝します、ウズミ様」
 シュラク隊の難点は、腕の良さと口の悪さが、比例して伸びていく者が少なくない事にある。戦士としての力量は文字通り一級品なのだが、口もまた悪いのだ。だから、マーベットのようにバランスのいいタイプがリーダーでないと、渉外に於いて何かと問題が生じる事になる。
「ところでウズミ様、これは私からの提案なのですが…」
「提案?」
「MSを一機、建造なさるおつもりはありませんか」
 現在建造中の量産機については、既にマーベット達から意見を得ている。一機、と言う以上特別な仕様なのは間違いあるまい。
「ほう…」
「他国を侵略せずと理念にありますが、成果を問わなければ、どんな弱小な軍隊でも、侵略に使おうと思えば使えます。要は時の権力者の心次第と言うことです」
「仰せの通りだ」
 頷いたウズミの表情が僅かに動く。
 大軍を擁して、他国の領土へ押し寄せるだけが侵略ではない。と言うよりも、軍を起こして侵攻するのは消費も大きいので、あまり上策とは言えない。
 もっと手っ取り早い方法はいくらでもある。
 例えばそう――工作員を送り込んで人民を拉致し、その上で対象国のマスメディアを乗っ取り、極めて偏向した報道をさせる、とか。
「とは言え、平和慣れしたこのオーブで、あまり攻撃に特化した強力なMSを造ると、また不安がったり要らざる心配をする者も出るでしょう。そこで、逆をいくのです。元よりオーブは防衛に重きを置いていますから、守備型のMSならば国策にも合うことになります。ミサイルや対艦刀は無理でしょうが、ビーム系統なら大凡弾くような機体を一機、守備軍の要として建造する事を進言いたします」
「弾く、と言うと鏡面装甲のような形になるのかね?」
「ええ、ラミネート装甲のような拡散型ではなく、跳ね返した方が自爆も誘えますし。自分で撃ったビームが跳ね返ってきて撃ち抜かれるなんて、最も屈辱的な死に方でしょう?」
 マーベットはくすっと笑ったが、ウズミを始めシュラク隊のメンバーさえも、ピキピキと凍り付いている。これだから――マーベットは怖いのだ。
「良かろう」
 ウズミは一つ、静かに頷いた。
「自衛には先制攻撃も含まれる、とは言えこちらからザフトのカーペンタリア、乃至は大西洋連邦やアジア連合のどこかを攻撃するというのは、現実的なオプションとは言えぬ。やはり、専守防衛が旨となろう。その折、象徴ともなる機体を備えておくのは悪くない案だ。具体的な設計案があるなら、私の方へ出したまえ。建造の方向で見当しておく」
「了解しました」
「ところで、新型機のパイロットの方はどうなっているね?」
「それが――」
 
 MSの形態としては、世界でも例を見ない合体・分離が可能な方式の新型は、技術力の高さを売りにするオーブだけあって、既に試作機は出来上がっていた。
 その案を聞いた時、シュラク隊の面々は一様に首を傾げた。
 生還率が高いのは結構だが、出撃時にロスが出る。コアとなる戦闘機が、合体したMSよりも戦闘力が高いのはあり得ないし、合体する間待ってくれるほどお人好しの敵でなかったらどうするのか。
 そもそも、
「合体じゃなくて、変形にするのはどうしてまずい訳?」
 自分がそんな敵に遭遇したら間違いなく、合体している所をボコボコにするのに、と誰もが思ったのだが、やる気になっているエリカを見て口にはしなかった。
 一応開発部門の親玉なので、怒らせると少々面倒だからと、木に登らせておくことにしたのである。
 その新型機のパイロットに志願したシン・アスカだが、模擬戦ではマヘリアに歯が立たず、実に十戦十敗を喫したのだ。
 なお、マーベットは七割以下に制限するよう厳命しており、きつく念を押された為、マヘリアは半分程度の力しか出せなかった。
「くっそー、格闘技だったら負けないのにっ!」
「へーえ、そりゃいいこと聞いたわ」
 ニヤッと笑ったヘレンを制して、
「私がお相手します」
 前でに出たのはコニーであった。控えめな性格なので、他のメンバー達は驚いた視線を向けたのだが、ヘレンの場合手加減に問題があるので、怪我などさせては困ると自ら名乗り出たのだ。
 その結果、
「踏み込みすぎ。前しか見えていないわ」
 殴りかかったところを、軸足は移さぬままの体重移動で紙一重にかわし、泳いだ首筋へ軽く手刀を撃ち込まれ、シンは地面に突っ伏した。
「あらあら、これで八回連続のダウンね」
 外傷は打撲のみで済んだが、最後は失神KOとなり、完膚無き敗北を喫する事となった。とは言えシュラク隊の勇名と、模擬戦での圧倒的な強さを目の当たりにした事で、シンを笑う者がいなかったのはまだ幸いだったろう。
 結果、一からの調教し直しとなったのだが、落とし穴はまだ待っていた。
 シミュレーション用の器械で、一日五時間から取り組まされたのだが、
「しかし下手な坊やだねえ。ちゃんと目は開いてるのかい?」
「こういうのは感性の問題なのよ。例え器械が相手でも、何かを感じ取らなきゃだめ。ほら頑張って」
 一応厳しいのと優しいのと両方居るわけだが、
「あー、無理無理。ジュンコ、あんたが優しく言ったって逆効果だよ。童貞坊やに理解できるわけないだろ」
「フラニー、童貞は関係ないでしょ。おかしな事言うのは止めなさい」
「へいへい、ジュンコはおかた――」
「…じゃない」
「へ?」
「俺は…俺は童貞じゃないっ!!」
「『へえ…』」
 女達の顔に驚きの色が浮かび――すぐに邪悪なものへと変わった。
「こんな年でもう風俗通い?まったくオーブのソープランドは、こんな坊やにも本番やっちゃうわけ?技術力は高いけど、風俗の制限年齢は低いみたいね」
 くすくすと笑われ、顔を真っ赤にしたシンが拳を握りしめる。
「だっ、だれが…誰が風俗女なんかに興味を持つか!俺はマユ以外に興味はない!」
「『マユ?誰それ?』」
「彼女じゃないの?」
「なーんだ彼女か。ませた坊やね。で、彼女も処女だったの?」
 と、一足早い童貞と処女の初体験話で済むところだったが、
「君、確か妹がいたわよね。マユ・アスカ、だったかしら?」
「『!?』」
 ユカ・マイラスのひっそりと投下した爆雷により、場は一気に沸騰した。たちまちシンはつるし上げられ、とうとう実妹との倫理を逸した肉体関係を白状させられたのである。
 但し、一応約定を守ってオーブに来るほど、シンジと気が合う面々であり、さっそくウズミに報告の上でパイロットを解任、と息巻くほど脳を虫に食われてはいない。
「ま、別に大っぴらにして叩くような事でもないしね。軍事には別に関係ないし。で、妹の膣(ナカ)は気持ちよかったの?」
 巨大な墓穴を自ら掘ってその中に落ち込んでしまい、もう自我が崩壊する寸前になっているシンは、かわす事も無視することも出来ず、顔を青ざめて頷いた。
「ふうん。じゃ、あんたの愛称はこれで決まりね」
「…え?」
「近姦ボーイ、よ」
「……」
 意味が分からず、目をぱちくりさせているシンに、
「近親相姦少年、略して近姦ボーイ、よ。安心しなさい、由来を聞かれたら近眼だからとでも言っておいてあげるから。それでも、実妹中出し坊やの方がいいかしら?」
「あ、あっ、あ…」
「あ、が何よ」
「あんたって人はー!!」
 拳を振り上げたまでは良かったが、
「百年早いって、まだ分からないの?」
 フラニーとミリエラ、そしてヘレンの三人から袋叩きの憂き目に遭ってしまった。
 その後は、牙を抜かれたマーライオンのように素直にはなったが、技術の向上とはあまり関係ないので、今日も今日とて怒られたり小突かれたりしながら、被調教の日課をこなしている。
 
「使えない、と言うことはありませんが、もうしばらく時間が掛かるかと…」
 実妹の肉体をこよなく愛する少年でした、と付け加える事はさすがにせず、言葉を選びながらゆっくりとマーベットが告げた。
 無関係ならいいのだが、自分達の手が掛かっている以上、放り出すわけにもいかない。低レベルのまま移行して、
「つまり教育には使えない連中なのだな」
 と、オーブへ来たシンジに言われたりした日には、シュラク隊のプライドに関わるのだ。アークエンジェルがアフリカへ降りた事は、既にマーベット達も知っている。宇宙での戦闘に於いて、常に優位に立ってきたシンジ達が、地上へ降りた途端に不覚を取るとも思えない。
 異世界人の分際で人間ブースターとなり、戦果を上げてきたシンジに、自分達が観光を楽しんでいただけと思われるのは、あってはならない事なのだ。
「君らのレベルには及ばないだろうが、使えるレベルまで仕上げてやってくれ。方法は任せる」
「お任せ下さい」
 手は掛かりそうだが、持っているもの自体はそんなに悪くないとマーベットは見ていた。素材からして腐っていれば、ヘレンは間違いなく降ろせと言ってくるだろう。
 要は、シンジが来たときに何らかの成果を自慢できれば、それでいいのだから。
 現在オーブの戦力は、マーベット達から見れば子供のようなもので、これで中立を宣言するのは烏滸がましい位だが、シンジ達がガイアを担いでやってくる以上、万一その前にどこかが攻めてくる事があれば、シュラク隊はオーブに加担して死守するつもりでいた。
「ガイアをお届けに…あれ?」
 やって来たシンジ達の眼前に、焦土が広がっていたのでは話にならない。
 幸い、現時点で侵攻の可能性は低いし、一応平穏な内に少しは使えるようになれば、僥倖というものだろう。
「まあ…MS部隊だけ弄っても、根本的な解決にはなっていないんだけどね」
 マーベットが呟いた三日後、彼女が提案したMSの建造が決定した。
 通常の三倍から十倍の守備力が見込める設計だが、建設費用は通常のMSの三倍、どころではなく二十倍になる事が判明した。
 つまり、それを一機造る費用で通常の機体が二十機造れる、と言う計算になる。
 そしてそれは、
「やりたまえ」
 鶴の一声で決定した。
 なお、オーブの代表は既に弟のホムラへ委譲されている。
 しかしホムラは、決定に関して何ら意志関与をする事はなかった。
「了解しました」
 と、事後承諾で一つ頷いたのみである。
 オーブの全権は、依然としてウズミの手中にあるらしい。 
 
 
 
  
 
(第六十九話 了)

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