妖華−女神館の住人達外伝
 
 
 
ドクトルシビウの闇カルテ:ツェザーレ
 
 
 
第六十一話:キラ〜風の付き人〜(中編)
 
 
 
 
 
「頼りにはなるけど、結構あちこちに抜け穴があるのよね〜」
 店先を覗きながら、妙な事を宣っているのはレコアである。
 最初にシンジと会った時、いきなり兵士三人を文字通り炭化させたものだから、こんな不穏分子を乗せたら宇宙に出る前にクルーが全滅するのではないかと、秘かに心配していたのはレコアだけではなかったが、今ではシンジ一人を艦に置いて外出できる程にその信頼度は上がっている。
 無論砂漠の戦闘で大地を操り、アークエンジェルの火器類を沈黙させた程の独壇場が理由だが、レコアから見れば思考の所々に分からない所がある。その最たるものがナタルとフレイだ。
 目下、艦の雰囲気を悪化乃至は硬直させている原因の九割はこの二人にある。シンジの発想ならばとっくに片付けてもいい筈だが、片付けるどころか幽閉もしない。フレイに至ってはキラまで襲っているのに、だ。
 一方戦闘に目を向けてみても、確かに同乗することでその効果は圧倒的なものがあるが、絶対的な保証があるわけではない。そんな中でG四機を――向こうにはハマーン・カーンまでいるのに――討たずにおくというのは、キラのことを差し引いても甘過ぎる。
「まあ、所々抜けている方がやりやすいかもね」
 先回の戦闘でマリューはシンジに艦長印を渡したが、シンジに全権を握ろうという気などさらさら無い。ミーアを飼っている以外は何かに口を出す事もなく、避難民の中からセリオに目をつけて食料面を改善し、勇名で鳴らしたシュラク隊を洗濯係に回すなど、この艦のクルーなら決して出来なかったろう。
 おまけに砂漠に温泉と水を掘り出してのけた。莫大な資金と機材、それに気の遠くなるような時間を掛ければ可能かも知れないが、たった一人で、それも数時間でやってのけた人間など、レコアの知る限り人類史上に例を見ない。自分で、或いは人材を発掘してアークエンジェルの環境をえらく変えてのけ、戦闘スタイルまで劇的に変化させてしまった。
 おまけに人望もある。搭載しているMSのパイロットであるキラとステラは、シンジへの想いを隠そうともしないし――正直分は悪いが――艦長のマリューは全面的な信頼を寄せ、シンジも応えてきた。
 これでナタルみたいな完璧主義だったら、付き合うこっちも大変である。何よりも、ここまで子供達が信頼は寄せないだろうし、マリューともまた合わなかったろう。
 時折抜けている方が良いわよね、とレコアがくすっと笑った時、
「決闘だ決闘だー!」
「ん?」
 大きな声がして、人が何やら流れていく。こういう時、躊躇いなく顔を出してみるのがレコアの主義である。
 レコアの場合、初出のものに対して先入観をあまり持たない。だからこそシンジとも上手くやっていけてるのだが、
「な、何あれ?」
 レコアが見たのは、泥の中で取っ組み合う二人の女であった。濁った水の溜まった小さな池の中で、半裸になった二人が上になり下になりして、相手を押さえつけようと組み合っている。
「あれ、何してるの?」
「男の取り合いだよ。ほれ、この辺は一夫多妻だろ?だがあの二人、家柄も資産もほぼ同じでな。どちらが第一順位になるか、両方とも譲らなかった。そう言うときは女同士決闘で決めるのがここのしきたりなのさ。どちらかが降参するか、動けなくなれば終わりなんだが、見ての通り下は泥だし、二人とも爪は切ってあるからそうそう怪我する事もない。傷でも付いたら、それこそ他の女に一位の座を奪われちまうからな」
「野蛮だけど、いい解決法ね」
「そうだろ?女同士は話し合ったって解決しっこないし、だったら身体でぶつかり合う方がお互いすっきり出来る。ところであんた…見かけない顔だな?」
「旅行者よ」
 息を弾ませて取っ組み合う二人の女を見ながらレコアの脳裏で、ネガとマリューとナタルが、一本の線で繋がった。
(シンジ君、お礼はしてもらうわよ)
 ふっと笑ったレコアだが――ナタルの淫らな写真の件にシンジは全く関係ない。
 
 
 
(もう…シンジ君の馬鹿…)
 内心でシクシク泣いていたマリューは、がっくりと肩を落としたジャイリーが品物の説明をしてもろくに聞いていなかった。
「添い寝及びマリューを一週間禁止」
「ふえ…えー!?」
 マリューを禁止、ということは自分に偽名を使えと言うことではあるまい。
 例えば――そう、マリア・ベルネスとか。
 添い寝してくれない、ということは当然それ以上の事もある筈がなく、しかも一週間艦長とか姉御とか、そんな呼称だけにするというのだ。
「私だって頑張ってるのに…」
 がっかりして、ジャイリーがこれ以上破壊されてはたまらないと色々説明しているのも、全く耳に入っていない。
「ではお代はこれでよろしいで――」「嫌よ、シンジ君ヒドス…あら?」
 ハッと気がつくと、ジャイリーが真っ青になってこちらを見つめている。
「これだけの物資を一ユーロで譲ってくれるそうだが、まだ足りない?」
「え…え?」
 シンジ禁止令の事ばかり考えていたもので、回りの状況はまったく目に入っていなかった。
 山と積まれた物資を指してうっすらと笑っているシンジに気づき、マリューがほんのりと赤くなる。
「これを全部で一ユーロ?」
「そ。艦長は色々気を配る事が多いから大変だ」
 庇うように言ったシンジは、無論マリューの思考など読み切っている。
「……」
 無論ぼったくられるよりはいいが、いくら何でもこれは多すぎる。安物を掴まされては意味がないのだ。
 その表情に気づいたのか、ジャイリーが慌てて手を振った。
「なんの、まったくご心配は要りません。すべて全く新品ですとも。私どもは粗悪品を売ることだけは決してございませんのではい。こちらの方とお近づきになった印でございますので、なにとぞお受け取りを…」
「そうね。ならば買わせていただくわ。その値段でかまわないのね」
「えーえ、もちろんでございますとも。もしよろしかったらあなた様にはお肌にとてもよく効くクリームを…ぐえ」
 シンジの踵が一撃し、ジャイリーはそのまま前に倒れ込んだ。
「余計な事はしないでもらおう。艦長の乳液はいつもお決まりだ」
「え、ええ」
 頷いてから、
(乳液?今クリームって言ったわよね…。ま、まさかそれってっ…!)
「サイーブ、運送の手はずをお願い」
「ああ、分かった」
 くるりと背を向けたその顔が真っ赤に染まっている事を、シンジだけは知っていた。
 
 
 
「で、誰なんだよお前は」
「ワタシ?ソースにちょっとうるさイお姉さん、かしらね?」
 くすっと笑った女はアイシャである。キラ達が街に入った時点から、既に動向は掴んでいた。それでも手出しをしないでいるのは、バルトフェルドの厳命による。
 すなわち、
「我らを壊滅に追い込んだ奴の消息が知れん。分かるまで、決して手は出すな!」
 と。
 がしかし。
 キラ達は前回サイーブが付いてきたおかげで、怪しい奴と目星を付けられたのだが、シンジはその時艦内にいてマリューで遊んでいたし、今回も別ルートだ。そして、探索に出された者はシンジ達を発見できるほど、有能では無かったのである。
「そのソースにうるさいお姉さんとやらが、どうして私たちの食事に言いがかりをつけてくるんだ。食べたかったら勝手に食べてろ、あたしは自分の道を行く!」
 チリソースの入れ物を取り上げて掛けたカガリが、一口ぱくっとかぶりついた。
「あー美味し…キラ?」
 ふとキラを見たカガリが、手を付けていない二人に気づいた。しかも、あまり自分に賛同していないような顔をしている。
「どうした?二人とも食べろよ、ほら美味しいぞ」
「う、うん。あの…」
「なあに?」
 アイシャを見たキラが、
「どうしてヨーグルトソースなんです?」
「あーっ、お前裏ぎ…もご」
(カガリ様うるさい)
 抗議しかけるもステラに口を塞がれ、それを見たアイシャがくすっと笑った。
「ジョーシキっていうか、冒涜?」
「?」
 キラが可愛らしく小首を傾げてから、
「どっちもどっちみたい」
「キラどういう事?」
「宗教とかそう言うことで乳業が盛んな土地ってあるでしょ?乳製品が食生活のメインだったりしたら、ヨーグルトソースの方がいいかなって思ったんだけど。どっちでもいいみたいだね」
「『……』」
 どちらでもいい、ということはチリでもヨーグルトでもいいのだ。アイシャとカガリの視線がパチッとぶつかり、二人の手が同時にキラのケバブへ伸びる。
「キラ、チリだよな!」
「あーら、ヨーグルトに決まっているデしょ?」
 二人の手がぐりぐりと押し合い、
「何するんだよ、引っ込んでろよ!」
「アナタこそオ友達に非ジョーシキを教える気っ?」
「『ええいっ』」
「あ」
 二人の手が同時にソース入れを絞り、ケバブの上で赤と白のコントラストを作るのを、キラは微妙な視線で眺めていた。
「あの〜もしもし」
「ご、ごめんキラ…だいたいお前が余計な事するから悪いんだぞ!」
「あら、オ友達に変な事を教えようとしたのはあなたでショ」
「なんだと!」
(あーあ、まったくもー)
 見るからに奇怪な物体になったキラのケバブをそっちのけで、どっちが悪いかと口論している二人にキラは内心でため息をついた。
 鬱陶しいので放っておくことにする。
「ステラ、どう?」
「ちょっと待って」
 端にヨーグルトソースを掛けて口に入れ、次にチリソースを掛けて一口食べる。最後に両方を掛けてから食べ、
「…別々に食べた方がおいしい」
「ごめんネ、ちょっとやりすぎたワ」
「あ、いえ…だ、大丈夫ですから」
 既にステラに否定されているのだが、キラは気丈に首を振って一口食べた。何とも言えない味がしたが、ステラと違って別々に食べていないからましだろう。
 無論、
(シンジさんに口直ししてもらわなきゃ)
 と企んでいるのは言うまでもない。
「それにしてもあなた達、見かけない顔ネ。この街の住人じゃないでしょ?旅行者にも見えないし…」
「余計なお世話だ、ほっといてくれ。だいたいさっきからソースだの常識だのと…」
 カガリが言いかけた時、ステラの表情が動いた。
 飛んでくる何かを察知したのである。
「キラっ」
「え?」
 反射的にキラを引き寄せ、抱き込んでテーブルの下へ潜り込み、下からテーブルを蹴り飛ばす。
「アラ、大変ネ」
 カガリを押さえつけたのはアイシャであった。キラはともかく、この辺にステラのカガリに対する評価が現れている。
 その直後、ロケット弾が店の軒先に命中した。爆発音に通行人が悲鳴をあげ、建物から小銃を乱射しながら男達が突っ込んでくる。
「みんな一応無事みたいネ」
 アイシャに抱きかかえられているカガリの頭は、二つのソースがミックスされた液体がかかり、なかなか愉快な色になっている。
「死ね、コーディネーター共!」
「青き正常なる世界の為に!」
 うえ〜、と顔をしかめたカガリが男達の叫びを聞き、
「ブルーコスモスか?まったく昼間から物好きな…おい!?」
 ステラがすっと立ち上がったのだ。引き抜いた拳銃が、男達に向かって猛然と反撃する。
 たちまち二人が撃たれ、更に三人目に銃口を向けようとした直後――男の首は胴体から離れていた。
「『!?』」
 驚いたのはステラとカガリだけではなく、敵も同様であった。小娘が銃を撃ってきて二人が撃たれたと思ったら、いきなり首が落ちたのだ。
「野郎っ!」「殺っちまえ!」
 口々に叫んで突っ込んでくる連中は、呆然としているステラの前で、ある者は縦に身体を裂かれ、またある者は首を根本から断たれ、数分も経たぬ内に十以上の骸を晒して襲撃者達は全滅した。
「『まさか…』」
 呟いたのはカガリとステラである。こんな事が出来るのは、自分達の知る限りただ一人しかいない筈だ。
「お兄ちゃんっ!?」
 身体を朱に染めて斃れている男達には目もくれず、ステラが辺りを見回す。
 そこへ、
「シンジさんはいないよ」
「え?」「キラどういう事?」
「風のお呪いって…そう言うことだったんだ…」
 振り向くと、そこには唇に触れながらうっすらと顔を赤らめているキラがいた。
「ま、まさか…」
 ぴくっとステラの眉が動いた後ろで、
「ご無事ですか!?」
 軍服姿の男がすっ飛んできた。
「ええ、大丈夫ヨ」
 微笑ったアイシャが、
「ダコスタ、昨日アンディが手も足も出なかったのって、この子達の中にいるノ?」
 低い声で誰何した時、その双眸は全く笑っていなかった。
「いえ、それに昨日のは男が一人でした」
「そう」
 一瞬で危険な色を消したアイシャが、
「ありがとう、助かったわ。でも随分と変わった技を使うのね。あなたが助けてくれたのかしら?」
「い、いえ私じゃなくて…」
「じゃなくて?」
「あ、その…」
 すっとステラの手が動きかけたのだが、幸いアイシャはそれ以上追求する事はなく、
「お礼とお詫びをしないとネ。お嬢ちゃん、それじゃあ帰れないデしょ?」
 一人ソースにまみれ、複雑な表情で立っているカガリに振り返って笑った。
 
「ほう?」
「シンジ君、どうしたの?」
「作動したらしい。第二段階まで発動するかどうか、はて」
「?」
「何でもない。さ、姉御行くよ」
「え、ええ」
 マリューは微妙な表情でシンジと歩き出した。
 今は、シンジと二人きりである。
 
「おいキラここって…」
「あそこにレセップスがあるし、砂漠の何とかさんの本拠地でしょ」
「砂漠の虎だ…って、随分落ち着いてるな。敵のど真ん中なんだぞ」
「ザフト兵って言う事はカガリも分かってたでしょ?一緒に付いてきたじゃない」
「あ、あれはその…と、とにかくだな!」
「着いたよ」
 ステラがあっさりと降り、続いてキラも降りる。三人の乗った車が着いた先は大邸宅で、バクゥや見慣れぬMS――そしてレセップスもその姿を見せていた。文字通り敵の本拠地である。
 それなのに、ステラもキラも警戒する様子はなくさっさと降りてしまった。傍からは、ザフトの少女兵にカガリが連れてこられたように見えるかも知れない。
「こっちよ」
 先に立って歩いていくアイシャの後にキラとステラが続き、
「ちょっ、ちょっとお前ら私を置いていくなよー」
 一人車内に取り残されたカガリが慌てて後を追う。
(しかしこいつら…どういう神経してるんだ?)
 実質シンジの側にいないカガリは、さっきの現象をまだ理解していない。頭では理解しても、本能が分かっていないのだ。しかも武装しているステラはまだしも、キラに至っては丸腰ではないか。
 この女一人位は何とかなるとしても、ザフト兵がうようよ居るに違いない屋敷内に連れ込まれたらどうにもなるまい。
(状況を理解してるのか、まったくもう!)
 邸に入ると、アイシャが振り向いた。
「あ、言い忘れたわネ。私はアイシャ――アンディの恋人ヨ」
「『アンディ?』」
 そんな略称もどきを言われてすぐ分かる程、キラもステラもお近づきになっていない。
「アンドリュー・バルトフェルド――砂漠の虎よ」
「!」「『え?』」
 それを聞いた三人の反応は二通りに分かれた。分かっていたとは言え、顔に緊張の走ったカガリと、妙な表情で首を傾げたキラとステラだ。
「虎?シンジさんに手も足も出なかったみたいだけど」「キラ違う、ヒゲと爪を切られた山猫じゃない?」
「あ、そっか」
 くすくすと笑う二人をアイシャが一瞬睨んだが、何も言わずに背を向けた。
「アンディお客様ヨ」
「おう、来たか」
 ドアが開いてひょっこりと顔を出したのは、まぎれもなくバルトフェルド本人であった。
「アンドリュー・バルトフェルド…」
 呟いたカガリに気付き、
「アイシャ、なかなかカラフルなお嬢さんがおられるようだが?」
「さっきブルーコスモスに襲われたのを助けてもらったのヨ。風が男達を切り裂いて、ネ」
「何っ!?」
 一瞬顔色を変えたバルトフェルドだが、よく見るまでもなく目の前には小娘三人しかいない。
「彼女達だけで行動を?」
「ええソウよ。他にはいなかったわ」
(……)
「分かった。とりあえずそのお嬢さんを綺麗にしてさしあげろ。服は適当に見繕って、な」
「はーい。じゃ、行きましょ」
 カガリの肩を押して歩き出したアイシャに、
「私も一緒に行くわ」
「あら、あなた達は汚れていないでしょ?そっちでアンディと一緒に待ってイて?」
「カガリを一人で行かせる訳にはいかない」
「うん、私も一緒に行く」
 一つ肩をすくめたバルトフェルドが豪放に笑った。
「はっはっは、これはまた随分と警戒されたものだな。まあ無理もないな、見たところそのお嬢さんが一番戦闘能力は低そうだ」
「……」
「アイシャ、そちらの二人もご一緒してもらえ」
「…そうネ」
 二人をちらっと見たアイシャが歩き出す。
 最後に残ったキラが、
「あなたが砂漠の虎の人ですか?」
「まあ、世間ではそうも呼ばれているかな。もっとも、ここ数日は砂漠のサソリ、にもならないがね」
「バクゥって、あと何機位残ってるんです?」
 それを聞いたバルトフェルドがにっと笑った。
「ここには四機だ。ジブラルタルから搬送中だがね」
「アンディ!」
 アイシャが咎めるような視線を向けたがバルトフェルドは構わず、
「<明けの砂漠>には関係のない話だな。私にそれを訊くのはアークエンジェルの、ひいては地球軍の関係者と言う事になる。君はそれを認めるのかね?」
「地球軍とは全く関係ない旅行者だと思ったけど恋人を接近させて様子を見た――とは見えなかったですけど」
「いや」
 バルトフェルドは首を振った。
「君らがパイロットだとは思っていなかったがね」
「…え?」
「そっちのお嬢さんが連中の仲間というのは分かっていたが、君らの事は知らんよ。パイロットなど肉眼で見ていないのだからな。当然だろう?だが本当にパイロットが釣れるとは思わなかったよ」
(釣られたー!)
 勝手に釣られたのはキラである。
「まあいい。だがこちらは答えたのだ、君だけ無視という事はあるまない。私からは二つ訊きたい。まず一つ、あの四本足のパイロットはどちらかね?」
(…キラのばか)
 勝手に釣られた挙げ句余計な事まで訊かれる羽目になったが、見捨てる訳にもいかない。
「…私よ」
「君か。ではもう一つ。前回の戦闘で、まるで討たれるのを望んでいるような動きをしていたが、何か自棄になっていたのかね?こちらは正直、あの信じがたい大地の動きのせいで撤退を余儀なくされていたが、君の動きは挟撃を待っているようだった。一発も撃たずにこちらを退けた母艦とはえらい違いだったが」
「…あなたには関係ない」
 それを聞いたバルトフェルドはふっと笑った。
「なるほど、昨日会ったどえらい青年の下で結束されたら厄介だと思ったが、こちらにもまだ勝機はあると見える。地球軍があんな切り札を隠していたとは想像もしていなかったが、あの青年に伝えておいてくれたまえ。現在ジブラルタル基地からザウートとバクゥを大量に搬送中だ。どういう原理かは知らないが、砂像も砂嵐も即座に起動は出来ぬらしいな。こちらは物量作戦でいかせてもらう。思い通りに動かないMSを背負ってどこまでやれるか見せてもらう、とね」
 ステラがギリっと歯を噛み締めるのを、キラは複雑な表情で眺めていた。目立ったのはステラだが、強引に出撃したのは自分も同じだし、シンジには期待した方に問題があるとまで言われたのだ。
 ひとことで言えば――全く役に立たなかったのである。ステラのみならず、キラにとっても触れられたくない瘡蓋であった。
「じゃあアンディ、いってくるわネ」
 来た時と比べ明らかに意気消沈した二人を、カガリが心配そうに見やり、一方勝ち誇ったように笑ったアイシャが、カガリを促して歩いていく。
「もう一押ししておく必要があるな」
 四人の姿が消えた途端、バルトフェルドの表情が一変した。
「例の奴の顔写真を配って街中を探させろ!奴は遠距離でも操れるんだ、どこぞでこちらを窺っていないか徹底的に探せ!」
「はっ!」
 戦闘時の映像を記録しておいたのが役に立つ。似顔絵は、所詮機械に敵わないのだ。
 
 
 
 その捜索対象はと言うと――。
「フリーズしたか」
 赤面したまま、完全に固まっているマリューを助手席に乗せて帰途についていた。
 事の起こりは街中でレコアと遭遇した事にある。
「『水着?』」
「ええ、使いますので」
 砂漠の真ん中で皇帝ペンギンの子育てを目撃したような顔の二人に、レコアは当然と言った顔で頷いた。
 こんな四方を砂漠に囲まれた街でも、ある所にはあるもので、
「ございますとも。この街では何でも揃っております」
 案内された店で、何故かレコアは三枚買って帰ったが、全てサイズが違う事をシンジもマリューも知らなかった。
「でも紅海からインド洋に抜けてオーブに行くから、ちょっと位寄る時があるかもね。シンジ君…選んでもらっていい?」
「別に構わないけど」
 で、今に至る。
 シンジは指一本触れておらず、原因がきゅっと抱きしめている紙袋の中身にあるのは間違いない。
 
 
  
「あなた、名前ハ?」
「…カガリだ」
「じゃあカガリさん、洗ってアゲルわね」
「えぅ!?ちょ、ちょっと待て自分で洗えっ、あぁっ!」
 浴場まで付いてきたキラとステラだが、アイシャも服を脱いで入って来た為に拍子抜けして、二人で髪を洗っていた。
 そこへ不意に上がった嬌声に二人がハッと顔を上げると――泡をたっぷり付けた手で胸を揉まれ身悶えしているカガリが、いた。
(ステラ、どうする?)
(ほっとく)
(了解)
 冷たく見放したステラだが、その視線は一瞬で四方に飛んでいる。アイシャがいたからさっきは見なかったのだが、アイシャごと覗くカメラがあるかと警戒したのだ。この辺りの動作は、キラの及ぶところではない。
(カメラは無い…よし)
 肘で突かれ、こちらを見たキラに目配せするとすぐにキラは頷いた。
 通じたらしい。
 壁に手を突いたままシャワーを浴びる、と言うあまりにも無防備な体勢のおかげで、ろくに抵抗することも出来ぬままカガリの身体はアイシャに絡め取られていた。
「あぅっ、や、やめろっ…うあぁっ」
 自ら泡だらけにした乳房を背にぐりぐりと押しつけられ、片手は依然として乳房を揉みしだいているが、もう片方の手は下へ伸びようと移動中だ。まったく初体験なのか、カガリは反撃どころか逃れる事も出来ずにいる。
 ちらっとアイシャがキラの方を見た。
 うっすらと顔を赤らめている二人に気づき、アイシャが笑う。
 満足した。
「ふふ、気持ちイイ?」
「そっ、そんなわけっ、くぅっ…」
 必死に否定するが、カガリの声には明らかに艶が混ざっている。そっと引き離すと、あっさり倒れ込んできた。その身体を床に柔らかく横たえ、脇腹に唇を付けるとぴくっと反応した。アイシャの舌と指が妖しく蠢き、経験の無いカガリを一方的に責め立てる。
「おっぱいはちっちゃいけど…ふふ、ちゃんと感じてるのネ?」
「ちがうっ、か、感じてなんか、あぁんっ!」
「あぁんっだって。かわいいワ」
 黙っていればいいのに口を開くから思わず喘ぎが漏れ、アイシャの舌に弾かれた乳首がぷるっと揺れ、手をきつく握りしめたカガリが肩を震わせる。
「もうこりこりね。じゃア、こうされたらどうなっちゃうのカシラ?」
 既に泡は洗い流されており、言葉とは裏腹に硬く尖った乳首を隠してくれるものはなにもない。そこへアイシャが形のいい乳房を近づけてきた。
「ちくびとちくび、キスしてみましょウ?」
「あぅ…だ、だめぇ…」
 弱々しく首を振るが、そこに抵抗の響きは殆どなく、きゅっと目を閉じて首を振る姿は待っているようにしか見えない。
(乳首くっつけられたら…わ、私どうなっちゃうんだろ…)
 女同士、しかも敵の女と頭では分かっているのに身体が言う事を聞かない。まだ堅さを残すカガリの乳房と、熟れたアイシャの乳房が触れ合おうとしたその瞬間、
「させない」
「ふあっ!?」
 いきなり声をあげてアイシャが身体を曲げる。その乳房には、ステラの指が食い込んでいた。
「自分だってこんなになってるくせに」
 たぷたぷと揉みしだき、軽く食い込んだ指が揉み、こねまわし、まるで餅のように乳房の形を変えていく。
 文字通り無防備そのものの体勢で奇襲を受けた為、防御する事もままならぬアイシャが身悶えして喘ぐ。
「あうんっ、そ、そんなのズルいでしょっ…ひあっ!」
「経験のないカガリを淫乱女が責めるよりまし」
「わたしハ…淫乱じゃナイわっ!」
 体格で勝るアイシャが振り落とし、手を伸ばしてステラの乳房を掴む。
「はぁうっ…こ、このっ」
 すぐにステラも反撃し、二人は膝立ちになった状態で激しく乳房を揉み合った。互いの乳房に食い込んだ指が乳房の形を変え、責め合い、弄り合う二人の喘ぎが浴場内で共鳴するのを、カガリは真っ赤な顔で見ていた。
 息を弾ませて喘ぎながらお互いの乳房を責め合う。が、アイシャが有利なのはすぐに分かった。元よりステラはレズでもないし――そもそも処女である。どこで見たかは不明だが、実体験も伴っていないからどうしても薄い。それに対して女の技は知っているアイシャが、経験にものを言わせてステラを圧倒し、とうとうステラは尻餅をついてしまった。
「随分と…て、手こずらせてくれたわね。あなたはもう思い切りおかしくしてアゲるんだから」
「な、何をっ…」
「下のおクチでキスしてあげるワ」
 ステラを押し倒し、その上で四つん這いになったアイシャが、二本指で秘所を左右にくぱっと開くと、とろりと垂れた愛液がステラの腹部に落ちる。
「あなたももう…ビショビショねっ」
 アイシャが勝ち誇った笑みを浮かべた次の瞬間――。
 つぷっ。
「はううっ!?」
 その身体がびくっと跳ね上がった。
「キ、キラ…」
 指を唾液で濡らしたキラが、アイシャのアヌスに指を突き入れたのだ。
「よ、よくもやったわね…あうぅんっ」
 お尻の中をぐりぐりとかき回され、たまらず力の抜けたアイシャの下からステラが抜け出した。
「ステラ!」
「うんっ」
 指を抜き出したキラがアイシャを羽交い締めにして乳房をやわやわと揉み、がら空きになった股間へステラが顔を埋める。
「ああっ、やっ、そ、そこダメ、はむはむしちゃだめえっ!!」
 女性器には口を付けず、愛液で濡れた太股に唇を付けて吸いあげ、或いは甘噛みし、あっという間にキスマークを付けていく。その一方ではキラがアイシャの乳房を口に含み、ちゅーっと強く吸ってから音を立てて離し、さっきのカガリとは比較にならぬ程硬く屹立した乳首が妖しく震える。
「ほら、両方とも大きくなってきた。乳首もクリトリスもぷっくりふくれてきたわよ」
「も、もう止めて許し…ひああっ!!」
 ステラがキラに目配せし、二人の指がアイシャの乳首とクリトリスを同時に弾く。甲高く喘いだアイシャが身をよじって逃れようとするが、二人の少女がそれぞれ半身をがっしり固定していてまったく動けない。
「す、すごい…」
 初めて見る女の痴態に、カガリが呆然と呟いた。
「ほらカガリも手伝って」
「わ、私も?」
「『……』」
「わ、分かったやるよ」
 元はと言えば、カガリが堕とされそうになった所へ割って入ったのだ。
「私はその…な、何をすればいいんだ?」
「この人にちゅーしてあげて。ねっとりと甘いキスを」
「キス!?」
「キス位した事あるでしょ。もしかして、無いの?」
「そ、そんな訳ないだろ!バカにするなっ」
 珍しいものでも見るような視線を向けられて逆ギレするカガリだが――キスどころか異性と手を繋いだ事さえない。
「や、やればいいんだろっ」
(は、初めてのキスなのに女と、それも敵と…)
 心の中では大見得を切った黒カガリを白カガリがボコボコにしているのだが、今更無いとは言えない。ぎゅっと目を閉じて口を近づけていき――ガチッと音がした。
「いてっ!」「……」
 カガリが口を押さえ、アイシャは一瞬にして快感が醒めきった目でカガリを見ている。
 歯が口内を切ったらしく、血の味が広がってきた。
 カガリ・ユラ・アスハ――ファーストキスは鉄の味。
「…初めてならそう言えば良かったのに」
「う、うるさいっ!し、仕方ないだろっ」
 涙目で拳を振り上げるカガリに、やれやれと内心でため息をついたキラだが、
「カガリ、やり方見せてあげる。見ていて」
 言うが早いかあっという間にアイシャの唇を奪っていた。不意を突かれたアイシャが抵抗しようとするのを許さず、舌を差し入れてアイシャの舌に絡みつかせる。精神的に優位な上、今朝方シンジに濃厚なキスをされたばかりでやり方は身体が覚えている。美女と美少女が舌を絡め合い、年上のアイシャの方が一方的に感じているのをカガリは呆気に取られて見ていた。
(キラ…)
 やがて離れた二人の唇を透明な糸が繋ぎ、キラが妖しい手つきでぬぐい取る。
「上手いでしょ」
「し、知らない…っ」
 年下の少女のキスに陶然となったアイシャが、目元を染めて横を向く。
 間髪入れずにステラが動き、ひくついている秘所の上で顔を出しているクリトリスに口を近づけ――かぷっと甘噛みした。
「んあ!?あ…あーっ…」
 一瞬身体を震わせた直後、アイシャの女性器から勢いよく愛液が吹き出した。
「すごい、噴いてる…」
 大人が噴くのを見た事はまだない――ラクスがミーアに噴かされたのを見た事はあるが、居合わせたのはキラ一人である。
 だから、
「大人が噴くとこうなるんだ」
 とは言わなかった。
 感心しているキラと赤面しながら視線を外せないカガリだが、
「……」
 まともに浴びた少女がいた。
「…キラ」
「え?」
「やるよ。許さない」
「ま、待ってっ、ごめんなさいっ、あ、謝るワっ」
 もう恥も外聞もないアイシャだが、ステラの目は完全に据わっており、
「却下」
 シンジの五倍位冷たい声で呟くと同時に、クリトリスへ指を伸ばして思い切りつねった。
「いっ、いやあーっ!!」
 浴場内に悲鳴が響き、一瞬呆気に取られたカガリとキラだが、すぐにニマッと笑うと、わらわらと取り付いていった。
「下はステラに任せる。カガリはそっちのおっぱいを弄ってあげて」
「オッケー、任せとけ」
 キスが未体験なのもばれてしまったし、ここは是非とも名誉を回復するべく、カガリが勢いよくアイシャの乳房に吸い付いた。
 問題はキラやステラの責めと比べて――姉の乳房に吸い付く妹の図、にしか見えないところか。
 
 
  
「なかなかごゆっくりだったな。暖まったか…ね?」
 二時間以上経ってから漸く四人は戻ってきたが、バルトフェルドが見たのはドレスに身を包んだカガリと――顔どころか全身を紅潮させて、カガリとキラに寄りかかっているアイシャの姿であった。
「ごめんなさいアンディ、ちょ、チョット湯あたりしてしまったワ」
 イかされた、とバルトフェルドはすぐに見抜いた。それも一度や二度ではない。現に、一人では立てぬ程に足下が覚束なくなっているではないか。
(……)
「お似合いだな。アイシャ、ご苦労だった。もういい」
「ハイ」
 ドアを閉めた向こうで、物の倒れるような音がするのを確認してから、
「まあ入りたまえ。僕の淹れたコーヒーでも」
 一斉に放った斥候達からは、街中に青年の姿無し、との報告を受けている。
 
 
 
「三人が帰ってこない!?」
 さすがにこれはまずいと、アークエンジェルが視界に映る少し前で車を停めたシンジに、頬にちうっとキスされてやっとマリューの赤面凝固は解けた。艦橋にいたナタルが、すれ違った時殺意の籠もった視線を向けたが、あっさりとやり過ごしたのもそのせいだ。
 今はシンジと二人で艦橋にいるのだが、ご機嫌の針はかなり上を向いている。そこへキサカから、カガリ達が戻ってこないと告げられたのだ。
 一瞬腰を浮かせたマリューに、
「まあ、帰ってこないだろうね」
「シンジ君!?」
「多少危険に巻き込まれてるみたいだし。キサカ、街中で何か無かったか?」
「白昼堂々ブルーコスモスがテロを起こした」
「ああ、それか」
「『!?』」
 実験の結果を聞く科学者みたいな顔で頷くシンジに、キサカもマリューも狐に頬を噛まれたような顔を向けたのだが、
「心配は要らん。身体の異常は無いようだし、ヤマトには護衛を付けてある」
「ステラさんの事?」
「違う」
 首を振ったシンジがキサカに、
「少なくともお前が五十人居るよりも、はるかに役に立つ護衛だ。第二段階まで発動するかどうかは知らないが」
 それを聞いたマリューは、さっきシンジが妙な事を言っていたと思い出した。キラに何かがあったと言い、しかも心配要らないと言い切る以上は根拠があろうと、
「しばらくは様子を見ましょう。何かあればこちらから捜索を出すわ」
「…分かった」
 キサカが通信を切った直後、
「シンジさん、キラが帰ってこないって本当なんですかっ!?」
 サイが血相を変えて飛び込んできた。
「ああ、どこかで捕まってるのか遊んでるのかは知らないが。ま、大した状況じゃあるまい」
「で、でもっ、キラに何かあったらストライクはっ…」
「ガイアも、だよガーゴイル」
 シンジはうっすらと笑った。
「先だっては茶坊主のせいで迷惑したが、今回は分かって行かせた。私はそんなに無策ではないよ。ガーゴイルがヤマトを心配するのは分かるが、放っておくがいい。そのうちひょっこり帰ってくる」
「シンジさん…」
 シンジにここまで言われては、サイもそれ以上は言えなかった。シンジが根拠もなく断定したりしない事は、既に分かり切っている。
 何とも言えない顔で立ちつくしたサイだが、
(サイ、まだあいつの事を…)
 婚約解消されながら未だ未練が断ち切れず、艦橋にいると聞かされてやって来たフレイが、動揺するサイを見てその後ろで激情に顔を歪め――そして幽鬼のような足取りで去っていった事には気付いていない。
 ふらふらと向かった先は――格納庫であった。
 
 
 
 
 
(第六十一話 了)

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