妖華−女神館の住人達外伝
 
 
 
ドクトルシビウの闇カルテ:ツェザーレ
 
 
 
第五十一話:フレイ先生のお時間:火病の起こし方
 
 
 
 
 
「ミリアリアって、ほんっとーに可愛いのね?」
「そっ…なこと言わな…あぁっ」
 絡め取ったミリアリアの肢体に甘く歯を立てながら、ミーアはご機嫌であった。パンティ姿のミーアが、全裸のミリアリアに足を絡めて大きく開かせ、淫核と乳首を同時に弄ったり甘噛みしたりと、好き放題に嬲っている。
「でもほら、クリトリスも乳首もこーんなにこりこりさせちゃって、どっちが乳首でどっちがクリトリスか分からなくなっちゃってるわよ?吸ってミルクの出る方が、ミリアリアのえっちな乳首って事よね?」
「みっ、みるくなんて出なっ、はうぅっ!?」
 耳朶をはむはむと啄まれながら、乳首の中心に指を入れられたミリアリアが、溜まらず甘い声をあげる。
「ハウ!だって。それってシャレ?」
「ち、違っ…ミ、ミーアがえっちな事っ、す、するからっ…」
「ふうん、あたしのせいなんだ?」
 くすっと笑ったミーアが膣口に手を伸ばし、指の腹で入り口をきゅむっと擦る。言葉にならぬ声を上げて身を反らせたミリアリアに、
「じゃ、もう止めたげよっか?」
 悪魔の笑みを浮かべて囁いた。濃厚なキスで腰砕けにし、手際よく裸に剥いていった時から今に至るまで、主導権は終始ミーアが握っていた。ラクスとの淫闘で一時でも互角になったのが信じられない位である。
「女が男に抱かれるのは普通なんだから、そのやり方は身体が知ってるのよ」
 と言う、何となく正論に聞こえる発想を持ったエザリア・ジュールにより、女相手の責め方を徹底的に教え込まれた為、体調が悪いとか平静さを失ったとか、そんな事でもなければ同性を相手に攻めと受けが逆転する事はない。同性は無論、恋人のトール相手にもろくに経験のないミリアリアが、仕返しは勿論耐えきる事すら出来るはずはなかったのだ。
「やだ…止めちゃいやぁ…」
 駄々っ子みたいに首を振り、少しでも快感を増やそうと、妖しく蠢くミーアの指に自分の手を重ね、もっともっとと言わんばかりに強く押しつける。
「ねえ、ミリアリア」
「なぁに?」
 とろんと蕩けた眼を向けたミリアリアに、
「さっきからいっぱい感じちゃってるけどそろそろまんこに欲しくなったでしょ?」
 淫らな口調で囁くと、ミリアリアはこくっと頷いた。
「おっぱいとクリトリスばっかり弄られてるものね。じゃ、もっとしてあげるから自分で開いてみて?」
 生徒に実験を促す教師のような口調には、どこをどう聞いても欲情の色が微塵もない。ミリアリアより優に一回り大きなミーアの乳房も、ミリアリアの背で潰されており、その乳首も僅かに尖っているように見えるのに、だ。これが鍛えられた娘とそうでない娘の差なのかもしれない。
「開いたら…もっと気持ち良くしてくれる?」
「したげる。さ、ミリアリアの綺麗なおまんこよく見せて?」
「んっ、うん…」
 自分でする時はおろか、トールに愛撫されている時よりも余程気持ちが良い。文字通り生まれて初めての快楽に、ミリアリアの脳裏はすっかり溶かされ、ただ快楽への欲求だけが全身を支配している。
 自分の愛液と唾液で濡れきった指が秘所にかかり、ゆっくりと左右に開いていく。
 が、二人の前に鏡はなく、この態勢からでは首を数十センチ伸ばさない限り、ミーアからは絶対に見えないのだ。羞恥プレイの一環とはいえ、何の実利もないような行動をどうして取らせたのか。
 ミリアリアがその答えを知ったのは、まだ幼さの残る彼女の秘所が、左右にくぱっと開かれた直後であった。とろとろと愛液が滴り落ち、まるで誘うようにひくひくと蠢くそこが露わになった次の瞬間、
「誰がチキンガイだコラー!」
 いきなり扉が勢いよく開かれたのだ。ひっ、と短く悲鳴を漏らしたミリアリアが、秘所を隠すどころか指を外す事さえ出来ずに固まる。
 そこに立っていたのがトールだったのは、唯一の幸いだったろう。
「ミ、ミリィ…」
「遅かったじゃないのチキン坊や」
「おっ、お前なー!」
<チキンガイのトールへ 口惜しかったら×××へ来なさい>
 部屋へ戻ったトールは、ドアに貼られたそれを見て暫く固まっていた。
(わ、罠?)
 艦内でこんな事を書く奴は、殆ど限られてくる。筆頭はシンジだが、シンジなら普通に呼び出すだろう。そして室内へたっぷりと罠を仕掛けるのだ。首を傾げたトールが、下の方にある印に気付いた。
 それは直接付けたと思われるキスマークであった。
 つまり犯人は女という事になり、トールの知る限り女でやってのけるのは一人しかいない。
 ミーア・キャンベル以外には絶対に有り得ないのだ。
「あのアマー!」
 怒気を漲らせてやって来たトールが見たのは、恋人が大きく開脚させられ、しかも性器を左右に開いている姿であった。これを見て、自分からやっていると一目で見抜くのは、この艦内で二人しかいない。
 一人はシンジであり、そしてもう一人は――。
 とまれトールは、その希少種に含まれてはいなかった。その顔に哀しげな色が浮かび、それがみるみる殺気に変わる。
「貴様っ!!」
 赫怒してミーアに飛びかかろうとした途端、不意にその股間が掴まれた。
「はう!?ミ、ミリィっ?」
 股間をきゅっと握っているのは、紛れもなくミリアリアなのだ。
「もぉ、トールったら意地悪…」
「…え?」
「あたしがおまんこ見せてあげてるのに、全然反応しないんだから…そんなおちんちんには…お、お仕置きっ」
 目にも止まらぬ早さでジッパーが引き下ろされ、自分のペニスがつまみ出されるのを呆然と見ていたトールだが、ミリアリアの赤い唇がぱくっと亀頭をくわえこんだ時、その唇からは思わず呻きがもれた。
「もう、欲しくてたまらないみたいね。ミリアリアの可愛い声がいーっぱい聞けたから、満足したわ。選手交代したげる」
「え…え?」
 事態がさっぱり飲み込めないまま、ミリアリアに根本までしゃぶられて顔を赤らめるトール。ミーアに見られているのは無論分かっているが、ミリアリアを押しのける事がどうしても出来ない。
 こんなに欲情しきった恋人を見るのが初めてなら、羞恥心をかなぐり捨てて欲望のままにペニスをくわえられるのも初体験なのだ。
「ちょっと気まぐれで遊んでみたけど、ちゃんとあなたに返してあげるつもりだったわ。それとも、乳首固くしてまんこも濡らしちゃってる彼女を放り出して、あたしに殴りかかってくる?」
「くっ…で、でもどういうつもりなんだよっ」
 ミーアは、それには答えず立ち上がった。さっさと衣服を身につけて、トールの横をすり抜けていく。
 ドアの手前でその足が止まった。
「知りたい?簡単な理由よ――それがミーアクオリティ」
(ミ、ミーアクオリティ!?)
 唖然として立ちつくすトールに、
「あたしの口…気持ち良くない?」
 もごもごとくわえながら見上げてくるミリアリアに、トールの中で何かが弾けた。引きむしるように服を脱ぎ捨てたトールが、がばっとミリアリアに襲いかかる。
「あんっ、トール嬉しいっ」
 くぱっと開かれた膣へいきり立ったペニスを突っ込んだ直後、
「うぅっ!」「…え?」
 文字通り秒と持たずトールは放っていた。ミリアリアの舌で舐め回されて敏感になっていた上に、ミリアリアの方もまた中途半端に弄られたものだから、挿入を求めて膣無いの締まりが上昇していたのだ。
「…トールってばさいてー」
 さっきまでの燃え燃えな甘えっぷりはどこへやら、冬の凍夜みたいな目を向けられ、
「ご、ごめん…」
 すっかり男を下げたトールがしょんぼりと謝る。
「まあいいわ。またあたしが元気にしてあげる。でも、あたしのまんこが満足するまで逃がさないんだから覚悟してよねっ」
「う、うん…」
 すっかり主導権を握ったミリアリアが、
(でもミーア…本当に気まぐれだったのかな…)
「これが避妊薬。ちゃーんと避妊しないと。ねっ?」
 ミリアリアの服をかさかさと脱がせながら、ミーアは確かにそう言って微笑ったのだ。
 
 
 
 
 
「フレイ…」
 嫉妬に歪んだフレイの顔を見て、キラとサイが同時にため息をついた。但し、その意味合いはかなり異なっている。
(別に、サイに特別な興味はないんだけどな…)
 気を遣ってくれるのはありがたいし、感謝はしている。とは言え、キラの想いがサイに向く事は有り得ないのだ。
 皮肉な事ではあるが、その想いは目下ある一点だけに集中している。サイに特別な想いのない自分としては、フレイに妬かれるなど傍迷惑以外の何物でもない。
 一方サイのため息は、七割八分九厘が怒りだ。
 どう考えても――四割程控えめに見ても、今は上手く行っていた。少なくともキラの心に橋頭堡は出きかけていたのだ。これは、自分がキラへの想いに気付いて以来最大の戦果である。それを一瞬でぶち壊しにされ、サイの心は静かな怒りに満たされていった。
「この間から訊こうと思っていたんだけどキラ、あなたどういうつもりなの?落ち込んで、泣いてみせれば男が寄ってきて慰めてくれる。そうやって艦内の男を次々と誑かしていこうって訳?」
「……」
(もう…鬱陶しいなあ…)
 この時点で、キラの精神状態は決して良くはなかったのだが、まだ怒りのゲージはほぼ空であった。
 だが、キラに受け流されて、フレイの怒りゲージはあっという間に容量オーバーに近づいた。
「ちょっとあんた、何とか言いなさいよっ!」
 踏み出したフレイがキラの肩を掴もうとした瞬間、その手が押さえられた。
「…フレイもう止せよ」
「何よっ、なんでサイはいつもこの女の味方をするのよ!あたしという許嫁がいながらこんな女に色目使ってっ!!」
(こんな女って、どんな女なんだろ?)
 フレイが顔を歪めて叫ぶせいで、キラは却って冷静になっていた。こんな女、と言うのが何を指すのか分からなかったせいもある。
(こんないい女、とかかな?)
 内心でくすっと笑ったキラだが、ガイアを調整中だったステラは、既に銃の安全装置を外していた。フレイが銃を持っていないのは分かっているが、シンジが気に掛ける度合いに於いて、フレイはキラの足下にも及ばない。
(懲りる、と言う事を知らないのか)
 ステラは冷たく呟いた。このフレイ・アルスター、かつてミーアを人質にしようとして、綾香から文字通り半殺しの目に遭わされた事がある。シンジが余計な事をして治していなければ、未だに床から起きあがる事も出来まい。しかもキラは、ミーアより遙かに評価は高く、また気に掛けられているのだ――とステラは思っている。
 実際は――ミーアやレコアの方が、キラは無論、マリューやステラよりも高い評価をシンジから受けているのだが、さすがのステラもそれは分からない。
「キラには絶対手出しをさせない」
 銃口が既に向いているとも知らぬサイが、
「この間からずっと言おうと思ってたんだけどさ」
「な、何よっ…」
「確かに俺とフレイは許嫁だけど、それって親同士が決めた事だろ。こんな時になんだけどフレイの親父さんはもういないし、いつまでもそれに縛られる事もないと思うんだ」
「ま、まさか…」
(サイ…?)
 真っ青になったフレイがわなわなと震えだし、キラさえも何を言い出すのかとサイを眺める中で、
「フレイって、許嫁だからじゃなくて許嫁のくせにって言うんだよな。悪いけど、俺ももう疲れちゃったし、フレイの望む男になんてなれないからさ。婚約は、すっぱり破棄してくれ。フレイならきっといい人見つかるよ」
「!!」
「じゃ、そう言う事だからさ」
 未練どころか、やっと縁が切れたと言わんばかりの態度に、さすがのキラもフレイがちょっと可哀想になった次の瞬間、その頬が甲高い音を立てていた。
「!?」
「フレイっ!」
 フレイが、キラの頬を思い切り叩いたのだ。サイが叫ぶのとキラが頬をおさえるのがほぼ同時で、その直後銃声が響いてサイが吹っ飛んだ。
「邪魔」
 撃ったのは無論ステラだが、別にサイを狙った訳ではない。フレイの肩を撃ち抜くつもりだったのだが、サイがにゅうっと動いたせいでサイに当たったのだ。ガイアのコックピットから、ワイヤーも使わず飛び降りたステラが、音も立てずに着地すると銃口をぴたりとフレイに向けた。
「キラ、邪魔しちゃだめだよ?」
 サイの傷は擦過傷だったが、駆け寄ろうとしたフレイをステラの銃口が完全に呪縛している。
「……」
 はーあ、とため息をついて、
「ステラ、いいからサイを医務室へ。間違って撃ったなんて、シンジさんに知られたら怒られちゃうよ」
「で、でもっ」
「いいから。ほら早く」
「……」
 ステラが手荒くサイを肩に担ぎ、すたすたと歩いていく。その足取りを見る限り、誤射を悪いとはちっとも思っていないらしい。二人を見送ったキラが、ゆっくりとフレイに向き直った。
「な、何よっ…」
「私はサイに恋愛感情は持ってない。でも、振られて逆恨みするのってみっともないよ?」
 くす、とキラが微笑った。透き通った、だがその底に凄絶な悪意を秘めた笑みであった。
「こっ、このっ…コーディネーターのくせに生意気なのよっ!!」
 プチッとどこかの配線の切れたフレイがキラに飛びかかり、二人の少女は取っ組み合ってごろごろと転げ回る。
 だがそれも十秒とは続かなった。あっさりとキラが上になり、フレイを押さえつけたのである。
「冗談は止めてよね。本気で喧嘩して、私に勝てると思ってるの?」
 くやしげに唇を噛んだフレイだが、次の瞬間その頬が甲高い音を立てた。
「さっきのお返し」
 キラがひっぱたいたのだ。
「今度やったら、裸に剥いて砂漠へ逆さに埋めるからね」
 冷たく笑ったキラがフレイの上から立ち上がり、さっさと歩み去っていく。その後ろ姿を、フレイが憎悪の眼差しで睨み付けていた。
 
 
 
「シンジ君には…悪いと思ってるのよ」
「うん?」
「ごめんね、ちっとも力になれていなくて…」
「その件については目下――」
「え?」
「自分の中で整合中。前にいた世界では、俺が誰かを引っ張るなんてのは、正直必要なかった。いずれも俺などより遙かにレベルが高く、頼りになる過ぎる位の面子が揃っていて、引っ張られることはあっても引っ張る事など一度もなかった。ただ、この世界でそうは行かないのだ、と言うことをまだ理解してない奴が悪い。今少し時間が掛かるかも知れないけど…よろしく頼む」
(シンジ君…)
 立ち止まったマリューが、シンジに頭を下げた。
「こんな異世界でいきなり艦の命運を双肩に担わせちゃって、謝るのは私の方よ。でも現状では…やっぱりあなたに頼ってしまう状況なの。悪いけど…お願いね」
「ん」
 緩く頷いたシンジが、マリューとてくてく歩いていく。特別な言葉は無くとも、遠ざかった距離がまた縮まりかかっているとマリューは気づいた。
「あれがザフト、あっちが連合だな」
「え?」
「その辺に箱が積んである」
 案内された洞窟に入ると、左右に沢山の箱が積んであった。中身の詰まった重たげな箱だが、印字されているのはザフトのマークだったり連合のそれだったりと、いかにもいい加減なテロリスト達らしい代物であった。
「ほう」
 奥まった部屋に入った時、シンジの足が止まる。そこには、到底洞窟内とは思えぬような最新式の設備が揃っており、正面には大きなスクリーンまで置いてある。最新式であろうと、一目で分かる代物だ。
「ここがテロ集団の住処か?」
「違う、ここは前線基地だ」
「じゃ、隠れ家は別にあるのか」
「普通に家、と言ってくれ。タッシル、ムーラン、バナディーヤからも来ている奴がいる」
 くいっとコーヒーを一口飲み、
「まだ焼かれてなければ、の話だがな。コーヒーは?」
「ありがとう、頂くわ」
 頷いたマリューだが、
「好きなのを使いな」
 サイーブはさっさと歩き出してしまい、マリューは呆気にとられている。
 がしかし。
 一緒にいるのは、おそらく嗤ったであろうナタルでも、とりあえず見ないふりをした可能性が高いムウでもない。ついさっき、微妙に距離の縮まったシンジなのだ。
「踵!」
 シンジの足がすっと上がり、目の覚めるような踵落としがサイーブに決まった。
「ぐえ!」
 潰れたカエルみたいな声を出してぶっ倒れたサイーブに、
「なにが好きなのを使え、だ。さっさと淹れんか」
「わ、分かった。分かったから踵は止してくれ。胃に悪い」
 が、
「苦すぎる、やり直し!」
「カップが汚い、洗ってこい!」
 と、本邸のメイド達には決して言わないような難癖をつけ、踵を落とすこと三度、とうとうマリューが割って入ろうとしたそこへ、
「わ、私がやるからっ」
 飛び込んできたのはカガリであった。
「…サイーブ」
 シンジの視線がサイーブを捉えた。単にコーヒーの為だけに来たのではないと、見抜いたのだ。
「なぜ茶坊主が来た」
 やんちゃ坊主から今度は茶坊主になっている。
 が、昇格したのか降格したのかは分からない。
「わ、私も…その、話を聞きたいんだ…頼む!」
 拝まんばかりに頼み込むカガリに、
「いいだろう。ただし、まずいコーヒーなど淹れたら裸に剥いて、砂漠へ生き埋めにしてくれる」
「わ、分かった」
 無論シンジは、フレイを組み伏せたキラが同じような事を口にしたとは知らない。単なる偶然である。
 張り切って二つ持ってきたカガリだが、
「持ってきたお前の手つきが気に入らない。よって砂漠に…もごっ」
「そう言うこと言わないの。カガリさん、居てもいいわよ。ただし、口には十分気をつけて」
 シンジの口をおさえたマリューが許可を出したが、釘を刺しておくことは忘れない。これ以上偉そうな口を利けば、本気でシンジに討たれると見ていたのだ。
「分かった…ありがとう。いっ、いやありがとうございまス」
「語尾が上ずってるぞ。まあいい、サイーブこの辺の情勢は?」
「三日前にビクトリア宇宙港が落ちた。あれでザフト(やつら)は調子に乗ってる。あんたらに手痛い反撃をくらって、少しは懲りたろうがな」
 肩をおさえながら豪放に笑ったサイーブだが、それを聞いたマリューの顔色が変わった。
「ビクトリアが三日前に!?」
「それって重要拠点?」
「かなりの…ね。二回にわたるザフトの攻撃には耐えていたんだけど…」
「奪還するか?」
「『え!?』」
 驚いたのは、無論マリューだけではない。サイーブも、そしてカガリも唖然とした顔でシンジを見つめている。
「少々時間は掛かるがな。まだ巨乳のイシスも造ってないし。アヌビスとトト、それにイシスとバステトの一個小隊なら造り出せる。エジプトの神々にどこまで抗えるか、見物させてもらうとしようか?」
「あ、あのシンジ君…」
 マリューが横から口を挟んだ。確かに、と言うよりかなりの確率でシンジならやってのけかねない。砂像はともかく、砂嵐という大自然の猛威の前にいかなる攻撃が効くというのか。
 が、問題が一つある。たった一つだが大問題である。
「なに?」
「ビクトリア宇宙港を取り戻すとその…地球軍の為になるんだけど…」
 それを聞いたシンジが、軽く瞑目した。
 すぐに開いた。
「止めておこう」
「『…え?』」
 その表情に、ますます混迷の色が深くなったのは誰かなど、言うまでもない。
「種の進化を妬むしかない無能なナチュラルなど、好みではないのでね」
「は、はあ…」
 ぽかんと口を開けているカガリを見て、シンジがふっと笑った。度し難い馬鹿娘、とそれ以外の視線でカガリを見て笑うのは、これが初めてである。
 サイーブは、何故か内心ほっとした。
「では、そいつは放っておくと言うことで決定した。それでサイーブ、その宇宙港なるところが落ちると何が変わる?」
「ここ、アフリカ共同体は元々プラントよりだったんだ。そんな中、唯一気を吐いていたのがアフリカ統一機構だが、遂に地球軍に見捨てられちまったって事さ」
「本当にそうなのか?」
「どういう事だ?」
「見捨てるというのは、力がないと言うこと以外に用済みだとか、幾つか理由は考えられる。だがそうではなくて、単にいかれた連中が力不足なだけだった、と言うことはないのか?」
「それは…何とも言えんな…」
 あんなに地球軍の味方をして圧勝しておきながら、ナチュラルは嫌いだという。かと言ってコーディネーターにも見えないし、一体何者なのかと内心で首を傾げたが、
「茶坊主、聞き逃すなよ」
「え?」
「オーブの位置は地図で見た。あんな小国が中立を唱えていられるのは、戦局が拮抗している間だけの話だ。国民から亡国の国主と七代に亘って呪詛を受けたくなければ、大局を客観的に眺める視力は必須だぞ」
「……」
「で、ザフト一色に染まりつつある中で、お前らのテロ集団は何故怪気炎を上げ続けている?」
「俺たちから――」
 俺たちから見れば連合もザフトも同じ、と言いかけたのだが止めた。
 何かは分からなかったが、正体不明の何かが背中をさわさわと撫でたのだ。
「まあ、俺たちの矜持ってやつだな」
(ザフトも連合も変わらないから、って私には言ってたじゃないか…)
 カガリにはまだ、そこまで読み取るのは無理だったらしい。ただ、余計な口を挟むことはしなかった。
「この後、オーブへ行くんだろう?だったら紅海からインド洋へ出て、太平洋経由で向かうのが一番いい」
「先日取り逃がした、レセップスとか言うのは何処にいる?とりあえずあれとその周囲をうろつくネズミは、全て始末しておかないと夢見が悪い」
「ここだ」
 サイーブの太い指が指した先は――バナディーヤであった。
「砂漠のオアシス…じゃないな。街中か?」
「街中だ」
「だとすると、のこのこ出てくるのを待つしかないか」
 砂嵐を行かせるのは可能だが、民間人に累が及ばぬように操るのは、シンジのスキルに含まれていない。フェンリルがいればまだしも、ここにフェンリルはいないのだ。
「あ、あのさ…」
 カガリがこわごわ口を挟んだ。
「何だ」
「その、オーブへは何をしに?」
「その前に訊いておこうか。お前は、ウズミから次期国主たる身として修行に出されてここにいるのか?そもそもヘリオポリスへは、何用で来た?あの時の姿を見る限り、こっそりとお忍びでやって来たようだが」
「べ、別に修行とかってわけじゃない」
「物見遊山か?」
「もろみユウザン?」
「観光かって事だ。テロリストグループに入って銃を振り回すなど、自分の立場を考えれば愚か以外のなにものでもあるまい。まあ、その程度の教育しかされなかったと言う事だが、茶坊主はMSを見ると蕁麻疹でも出るのか?」
「蕁麻疹?サイーブがそんな事を言ったのか」
「…言ってねーよ」
 サイーブが苦い顔で否定する。何故かカガリの事になると、シンジの次に言わんとする事が何となく読めるのだ。
「何故あそこまでMSを拒否する?ヤマトを襲撃したのも、単に軍人だと思ったからとかそんな事ではなく、ストライクに乗っていたからだろう。しかもお前はあんなもの、と言った。あのストライク以下の機体が、実はオーブ所属だったとは聞いていないが」
「あ、あんな物を開発していたおかげでヘリオポリスはザフトの侵入を許し、結果コロニーは倒壊したんだぞっ!あんたは何も思わないのかっ」
 思わずマリューが前に出ようとしたが、シンジが視線で制した。
 自分が何者か、と言うことはまったく告げていないのだ。普通に考えれば、地球軍に所属、乃至はオーブの関係者と思ってもおかしくはない。
「それだけ聞けば筋が通っている、と聞こえない事もない。では、中立の筈のオーブが――ウズミが知っていたかはともかく、地球軍と結託してMSを開発していた事は?あのMSは、地球軍が最新鋭の技術を注ぎ込んだと聞く」
「ちゅ、中立なのにそんな事をして良いはずがないじゃないかっ!そんな事をしたら今度はザフトから目を付けられる。カーペンタリアにザフトが基地を建設してる事は知ってるだろう!」
 顔を真っ赤にして力説してから、
「わ、悪い…言い過ぎた…」
 謝ったが、
「続けて」
 シンジは静かに促した。
「ザフトにジン程度の物しか無いと言うことは、オーブがあのストライクを上回る機体を、ずらりと並べている可能性もかなり低い。あのガイアがオーブの手に渡ったのも運によるものだ。今回の結託で、少なくとも国の防衛に必要なMSの研究は出来たろう。他国を侵さず侵させず、と言う間違った発想がオーブの理念だそうだが」
「…間違っている?」
「茶坊主、俺を殺せるか?」
「な、なんだと…」
「出来まい。そのお前が、私はお前に危害を加えないと宣言しようが、蚊の囁き程度にもなるまい。力なき者が、他国を侵すどころかその影に日々脅えながら過ごすのは、歴史に於いて必然の理だった。他国の事など気遣う前に、自国の安全確保が来ないようでは本末転倒だと思うが。無論、あんなものというのが本来オーブに所属するべきなのに、と言う意を含んでいるなら実に口幅ったい話になるが」
「……」
「平たく言えば、力なき状態で中立を宣言するのは、戦局の変動次第では双方から目を付けられる結果になると言う話だ。こんな所でテロリストごっこに興じている理由は知らないが、戦闘を行えば武器商人が儲かるからやっているのか?」
「そ、そんな訳ないだろ。大事な人や、大事な物を守る為に戦っているんだ」
「ザフトや連合が――今はザフトだが――軍が来ると搾取しかしないから、か?」
「そうだ!誰が…誰が武器商人を儲けさせる為に命なんて賭けるものかっ」
「仰せの通りだ」
 連合やザフトがどんな評価を受けているのかなど、シンジは知らない。そもそもどうでもいい事だ。
 だが、カガリの力説はそのまま自らに返ってくる事になるのだ。
「大事な人や物とやらを守るのは――それはオーブには必要のない物だと?他国を攻撃する時、反撃してくる国としてこない国では優先順位が違う。うかつにちょっかいを出せば手痛い目に遭う、と言う事を知らしめるのは、国主としては決して不要な事ではないと思うのだが、国王の姫君としては如何お考えかな?」
 シンジの言っている事は、一言にまとめれば、
「平和ボケも大概にしておけ」
 と言う事だ。
 ただ、カガリがそんな事を言われても到底理解し得ぬと分かっているから、わざわざ遠回りに真綿で首を絞めてみた。無論、自分でも言った通りオーブの行く末など知った事ではないが、碇財閥総帥である祖母のフユノは、どれだけの規模になろうと決して安穏としていなかった事を知っているだけに、テロ集団に関しては妙に思い入れがあって現実が見えているのに、自国の防衛になると途端に危険な理想主義者になるカガリが、どうにも理解できない。
「し、しかし…!」
「しかし?」
「レ、レジスタンスと国家が持つ軍隊は違うっ!レジスタンスを脅威に思って隣国が攻め込んできたりはしないぞ!」
「かもしれん」
 シンジは静かに、そして冷たく頷いた。
「但し、反政府の連中の思考次第では、軍を出したり空爆をしでかす事はある。それも正義の名の下に。それと、正規軍でもないものが自らの思想を力で成し遂げようとするのは、テロ集団という。まして――」
 ちらりとサイーブを見て、
「ザフトも連合も受け入れないとあらば支配者が入れ替わる度に狙われ、一般市民を巻き込む事になる。ここまでくればもう文句なしのテロリストだ。国家間の戦争であっても、軍事施設の場所によっては一般人に被害が出る。まして普段は市民の顔をしている連中の事だ、掃討作戦ともなれば民間人への被害は免れ得ない。それでもなお、格好のいいレジスタンス集団である、と?」
「あ、あんたは…」
「うん?」
「だ、大事なものを守りたいと言う気持ちが分からないんだっ!」
 脱兎のように飛びだしていくカガリに、シンジは手の平を向けはしなかった。その背後から炎が迫る事も、凶器となった水が足下から噴き上げる事もなく、カガリが走り去っていく。
 その後ろ姿を見送って、シンジはふむと頷いた。
 何がふむなのかは分からない。
「あんた…」
「あ?」
「どこの人間か知らないが、オーブの人間じゃないんだろう?なぜカガリにあそこまで?」
「侵略せず、なんてのは理念を記した文書に一筆書きするまでもなく、無力なら出来る事だ。だが侵略させずってのは、理念集に書いておけば出来る事でもあるまい。書くだけでその通りになるのなら、沿岸の国では天災禁止と書いただけで、台風や津波に襲われる事は無くなるだろうが。サイーブは思うだけで何とかなる、とか考えるタイプか?」
「いや…あんたの言う事は分かる。ただ、仲間でもなく昨日は首すら落とそうとしたカガリにどうしてか、って訊いてるんだ」
「男みたいな女は嫌いでね」
「……」
 洞窟を出てから、
「ステラさんでしょ」
「何が?」
「分かっていない、と言うより言っても無駄みたいなあの子に、あれだけ色々言った本当の理由は。オーブのウズミ代表は、ガイアを返すと言った時に、彼女を処罰するような事は九割九分しないと思うわ。でもあの子は違う。地球軍に協力したとか言って、処罰する位はやりかねない。もしそうなったら、国を焦土に変えてでも彼女は守るつもりだもの。ね?」
「ま、そんな所かな。良い読みだ」
 シンジの手が伸びて、マリューの頭を軽く撫でた。
「自分の妄想が砂上の楼閣に乗っていると、少しでも気付いてくれればいいんだが…まず無理だろうな。ところで例の温泉だが、折角造ったのだし他のクルーにも暇を出してくれば?」
「そうね。それと、近くの街へも交代で外出許可を出しましょう。敵も前回の敗戦で、すぐに再来する気にはならないと思うから」
「良い案だ」
「それで、その件なんだけど」
「何?」
「バクゥと戦闘ヘリだけなら、MS無しでも撃退可能?」
「可能」
 シンジは即座に首を縦に振った。
「宇宙ならいざ知らず、あの程度の相手に押された日には悪のレベルがマイナスまで暴落する」
「じゃあ…」
 ひょい、とマリューがシンジの顔を覗き込んだ。
 どこから、うっすらと赤くなった顔であった。
「わ、私とシンジ君が二人だけで留守番していても大丈夫かなあ、なんて…」
「?」
 シンジが首を傾げ、
「あんなのは私一人で十分。別に姉御は街へ行ってきても…イデデデ!」
「もう…ばか!」
 お尻をおさえながらシンジが戻ってくると、
「い、碇サン…タスケテ…」
 横から倒れ込んできた何かにズボンの裾を掴まれた。
「ケーニヒ!?どうした、何があっ――」
 倒れ込んだトールは、明らかにげっそりと窶れており、まさか不意に急な病でも広まったかと、厳しい表情になったシンジが見たのは、
「うふ、シンジさんトールがごめんなさいねっ」
 愉しげに――実に満足そうな表情で微笑っているミリアリアであった。
 ワクワクでテカテカで。
 そんな表現がしっくり来る色女と、げっそりでふらふら以外の表現がないその彼氏を見れば、何があったのかは想像が付く。
 余人ならいざ知らず――百度の交わりを事も無げに強いる魔女医シビウに開発された五精使いなのだ。
「ミリアリア」
 シンジの声に、ミリアリアの表情がぴくっと反応した。
「は、はい…」
「何度?」
「きゅ、九回…」
「ほう」
 見るまでもなく、トールは必死にSOSのオーラを出しており、ミリアリアはというと、まだ物足りなさげだ。
「ミリアリアは、嫌がる彼氏に強制するような娘ではないと思ったが」
「だ、だって…」
「だって?」
「そ、その…」
 さすがに言い淀んでいたのだが、どうやら欲求が羞恥を上回ったらしい。
「さ、最初にトールが…さ、三秒で出しちゃって…あぅ」「ああっ…」
 二つの声が同時に上がった。一つは立ち上がったシンジに頭を撫でられたミリアリアのものであり、もう一つは見捨てられたと知ったトールの絶望的な声であった。
「三秒で達した女なら見たことはある。だが女の絶頂がはるか高みにあるのに、男だけが三秒で出すとは言語道断。連れて行くがいい」
「い、良いんですか?」
「構わん」
 シンジは頷いた。
「ただし、搾り取ってあとは放り出すだけでもあるまい。想い人だと言うことは忘れるな」
「はーい」
 にっこり笑ったミリアリアが、もう半分絞り滓みたいになっているトールを、ずるずると引きずっていく。
「イ、イカリサンウラミマス…」
「お前は宇宙人か」
 冷たく、さっさと背を向けて歩き出したシンジだが、ふとその足が止まった。
「恋人同士だし別に問題はない。とはいえ、種なしや卵なしでなければ妊娠の問題は出る。それにあの娘、あんなに色情を前面に出していたか?もしかして…」
 はてとシンジが首を傾げた後ろから、
「なーに、呼んだ?」
「…またお前か」
「恋人同士よ?それに、宇宙からここまでで思い切りたまってる二人に、まったく発散させずにお預けさせておくの?」
「…ケーニヒに毒を盛られても知らないぞ」
「ミリィがあんなえっちに喘ぎまくってるのに?それよりも」
「ん?」
「あのフレイ・アルスターちゃんが、キラと取っ組み合いの喧嘩したみたいよ」
「ほう…」
 ミーアのお節介を知り、半ば呆れ顔だったがシンジから、すうっと危険な気が立ち上っていくのを見て、ミーアはにっと笑った。
 
 
 
 
 
(第五十一話 了)

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