妖華−女神館の住人達外伝
 
 
 
ドクトルシビウの闇カルテ:ツェザーレ
 
 
 
第三十五話:もえる十七歳
 
 
 
 
 
 名前:ルナマリア・ホーク。
 年齢:十七歳
 性別:女
 能力:トップガンの象徴赤服に身を包むが射撃は苦手。
 特徴:アホ毛。
 
 
 
 
 
「シンジさんお願いします」
「そう言うのは、優しさじゃなくてお人好しと言うんだ。しかもろくな結果にならないのは目に見えてる」
 そう言いながらも、シンジはキラにせがまれてフレイを治してやった。元より自分が付けた傷ではないし、ましてミーアを人質にしようとしたのだし、どう考えても治す義理は無く、シンジとしてはかなり気に入らない治療であった。
 とまれ、フレイの傷は治っていた。が、その内心はかなりボロボロになっていた。
 父の乗った艦を含めた先遣隊が全滅した事を、レコアから聞かされたのである。
 そしてそれは、ぼんやりとした意識の中でサイがキラに抱き付くのを見た後であり、気のせいだろうとサイを探してやってきたフレイが耳にしたのは――イージスのパイロットとは幼馴染みなのにキラは戦っているのだから、自分は絶対に残ると怪気炎を上げるサイの言葉であった。
「そう、そう言う事…やっぱりそうだったのね。パパの事、守ってくれなかったのね…」
 手を抜かず、それでもハマーンに阻まれたシンジには聞かせたくない台詞だが、この瞬間――ジョーカーは起動したのであった。
 
 
 
 
 
「つまりお前達は、私との契約を破棄しても地球軍に残ると――ヤマトを見捨てられないというのだな」
「『はい』」
 勢いよく頷いたヘリオポリス組だが、カズイの頭をハリセンの一撃が襲った。
「痛!?」
「何を勢いよく頷いてるか。一緒に降りて平和に過ごさせるのが友人というものだろうが。お前ら、本当にヤマトの友人か?」
「キラが降りるなら降りますけど?大体碇さん、何でキラを翻意させられなかったんですか」
 シンジが簀巻きにされたのを見たせいか、カズイにしては珍しく反攻してきた。
「…分かった分かった。が、ハウも本当に良いんだな」
「あたしはほら、あたしが一緒にいないとトールが駄目ですから」
「人前でのろけるのって恥ずかしくないの?」
「!?」
 シンジの言葉に、ミリアリアがかーっと赤くなる。
「まあいい、お前達の変な友情は何となく分かった。もう言わないから、好きにするがいい。どうやら俺は――」
 少年達の顔を見回し、
「聞き分けの悪い子分を持ったのかな」
「『はい!』」
 ふっと笑ったシンジだが、ふとその顔が真顔になった。
「が、一つ言っておく」
「?」
「月へ行った後お前達をオーブまで送る予定に変わりはない。姉御は既にオーブへこの艦を向ける事は決めてくれているが、バジルールも言っていたように、脳内が腐った地球軍の連中は、ヤマトを弾劾しにかかる可能性もある。その時は、例え基地の人間を皆殺しにしても私はヤマトを守る。それが碇シンジの仁義だ。物好きで我が儘なヤマトだが、私やお前達の為に好まぬ戦闘へ身を投じてくれたのだ」
「『……』」
「従って、出来たばかりの死体を見たくない者は、月へ着き次第さっさと物置にでも隠れておくように」
 ヘリオポリスで、残骸とはいえジンの部品を吹っ飛ばす所を彼らは見ており、ひどく重い響きの言葉であったが、サイがすっと手を挙げた。
「大丈夫っすよ」
「ん?」
「俺達逃げ足は速いから、やばくなりそうだったらさっさと逃げ出します。俺達の逃げ足は知ってるでしょ?」
「そうだったな」
 
 ハッハッハ。
 
 サイの一言で一気に場が和んだが、
「シンジ君!」
 そこへ聞こえてきたのは、マリューの緊迫した声であった。
「何事?」
「敵よ。モビルスーツが二機にローラシア級が一隻」
「ハン?」
 シンジは首を傾げた。イージスは出られず、ニコルのブリッツはハマーンが控えに回したとしても、戦艦は二隻いた筈だ。どう考えてもこのアークエンジェルを墜とせる陣容ではない。
「ラクス・クラインをプラントまで送っていったかな?まあいいさ、ヤマトを担いですぐに行く」
「お願いね」
「分かった。ガーゴイル達も準備を。ヤマト行くよ」
「『了解!』」
 部屋を出たところで、シンジは足を止めた。
「どうかしましたか?」
「いや…何やら気配を感じたような気がしたのだが…気のせいかな」
「誰もいませんよ?」
「ん、そうだな」
 が、シンジもキラも、フレイがかさかさと柱の陰に隠れた事は知らなかった。
 無論その表情が――羅刹にも似たものになっていた事など、知る由もなかったのだった。
 
 
 
「ハマーン様もすぐに来られる。とりあえずは二対二だ。ディアッカ、前回の借りを返してやろうぜ」
「おうよ。今度はこっちが捕虜にしてやる」
 二人の頭には、ムウのMAなど最初から数には入っていないらしい。こっそり先回りしてヴェサリウスを被弾させるなど、それなりに頑張ってはいるのだが、ハマーンのキュベレイと互角以上のストライクや、そのストライクの危地を悠々と助け出し、またブリッツをあっさりと擒にしたガイアの印象が強すぎるのだろう。
 それに、二人とも先回はやる気萎え萎えでアークエンジェルを攻撃しており、その最中に不意を突かれたからだと思っているので、負けたという認識はない。ただ形だけとはいえ蹴散らされたのは事実だし、今度こそ借りを返してやると戦意はかなり高いところだ。
 意気軒昂とアークエンジェルに迫る二機だったが、出撃用意をしているのがキュベレイでない事は知らなかった。
 ラコーニ隊が、さすがに二機では心許ないと急遽後を追わせたのが、何とか間に合ったのだ。が、ラクスを送る手続きがある為、機体とパイロットだけ置いてまたさっさと戻ってしまった。
 その真紅の機体を操るのは――女パイロットであった。
 
 
 
「えー、降りないの!?」
 降りないどころか、このままオーブまで一緒と聞き、ステラはぷうっと頬をふくらませた。どうやら、シンジと二人きりで帰国する光景を思い描いていたらしい。
「んー、協議の結果そんな感じの結論になり…ひてて」
 シンジの頬が左右に引っ張られ、
「お兄ちゃん、一般人を戦闘に参加させ続けて恥ずかしくないの!ステラは絶対認めないからね!」
 すっかり駄々っ子モードになってるステラに、
「シンジさんはもっと一般人でしょ。シンジさんと一緒に降りるから、ステラは心配しなくてもいいよ」
 微妙にトゲのある視線を向けたキラを、ステラがキッと睨む。キラが正面から受け止め、少女達が睨み合ったところへ、ステラの手から逃れたシンジが割って入った。
「別に、ステラだから良いと言う事はない」
「え?」
「ステラだろうがヤマトだろうが、出番が無ければそれでいい。ステラとて、戦闘を好んでいる訳ではあるまい?」
「う、うん…」
 戦闘時以外だって、キラがいなければシンジを独占出来るのである。が、さすがにシンジの前でそんな事は言えない。
「荷物になるならまだしも、ヤマトは十分使えるんだから、ステラもそんな事言わないの。いいね?」
 シンジに両手で顔を挟まれてじっと見つめられ、ステラにはもう抗う術はなかった。
「はい…」
「いい子だ」
 よしよしとその頭を撫でて、
「あれ、MAは?」
「さっき出撃(で)た。大将、遅いぞ」
 ぶっきらぼうに言ったのは、無論コジローである。
「ごめん」
 謝ってから、
「MAだけ!?ステラ、俺を積んですぐに出て。ヤマトはMAの護衛に回って」
「『え!?』」
 二人の反応は一緒だったが、その明暗はくっきりと分かれていた。無論、明の方はシンジと同乗が決まったステラである。何か言いたげなキラだったが、何とか我慢したのは先だっての晩の事を思いだしたからだ。
 敵である筈のニコルと二人、シンジの前にお尻を差し出して弄られた事は鮮明に覚えている。
「…キラ、なんか赤くなってない?」
「き、気のせいだよっ。じゃ、じゃあシンジさん行きますね」
「ん」
(とてつもなく怪しい)
 疑ったが、シンジの表情に変化はなく、ここでシンジを問いつめればかなりの可能性でやぶ蛇になる。シンジの気が変わり、同乗機を変更されたら元も子もないのだ。
 コックピットにもぞもぞと乗り込むまで、シンジは何も言わなかったが、
「ステラ」
 不意に静かな声で呼んだ。
「は、はい」
「ヤマトを下げた理由が分かる?」
「い、いえお兄ちゃん…」
「これは予想だが、敵は持って行かれた機体デュエルとバスター、それにハマーン・カーンだ。おそらくハマーンは後詰めだろう。名前は知っているな」
「うん…」
「ハマーンはかなり切れる。パイロットは知らんが、デュエルとバスターだけでは、どうにもならない事を知っているはずだ。と言うより、あの二機を足して五倍するとハマーンに少し届く位だろう。口幅ったい話だが、ヤマトが優秀でも俺を積んでいない状況ではきつい。間違ってもヤマトに傷を付ける訳にはいかないんだ」
「お兄ちゃん…」
(そんなにキラの事を…)
 そこまで気に掛けられているのかと、キラの事がちょっぴり妬ましくなったステラだが、ふと気付いた。シンジを積んだストライクで出れば良かった訳で、それなのにシンジはそうしなかったのだ。
「あ、あのっ…」
「ん?」
「その…私の事を信頼してくれてるって思っていいの?」
 それには直接答えず、
「任せた」
(お兄ちゃん…)
 ステラの胸の内がじんわりと暖かくなっていき――起動と同時に重ねられた手から、強力な力が注ぎ込まれる。
「ステラ・ルーシェ、ガイア出る!」
 オーラを帯びたガイアが、猛然と飛び出していった。
 
 
 
「おいディアッカ、あれは何だよ」
「…ストライクって奴だろ」
「んな事は分かってる。何をしてるのかと訊いてるんだ」
「俺が知る訳ないだろ!」
 早くもコンビネーションの悪さを見せている二人だが、原因はストライクにあった。ゆっくりと射出され、しかもいつもの存在感が無い為、魚が網に飛び込んできたぞと挟撃しようとしたのだが、その行動はあまりにも奇妙なものであった。
 何を血迷ったのか、先行していたMAの前に立ち塞がり、まるで回収するかのように戻っていったのだ。
「…つまりあれか、舐められてるって事か」
「…そうらしいな」
 二人の視線が合った直後、
「『ゴルァ!』」
 怒気を漲らせて突っ込もうとした二機の前に、悠然と立ち塞がったのは漆黒の機体であった。
「あいつあの時のっ!」
 そう、機体は自分達を蹴散らし、ニコルを虜囚にした物だ。
 だが違う。
 そこでまるで油断しているかのように浮いている敵からは、凄まじいまでの威圧感が漂っている。
 ハマーンが見たらこう言ったろう――碇シンジが乗り換えたのか、と。冷や水を浴びせられたかのように、二人の怒気が静まっていく。ディアッカの喉がごくっと鳴った時、通信窓が開いた。
「これは男だな、間違いない」
「ハァ?」
 さっさと通信は切り替えられ、次に開いたのはデュエルへの回線であった。無論、パイロットはイザークである。
「…何だ貴様は」
「ステラ、どう思う?」
「はい?」
「キラ、ニコルと続いて失敗した。男と言ったら女だった。ちょっと反省している」
「お、お兄ちゃん?」
 経緯を知らないステラには、シンジの台詞が分からない。
「男、男と言って間違えた。つまり今回は女だな」
「『は?』」
 図らずもステラとイザークの台詞が重なったが、表情はまったく違う。イザークの切れ長な眉は既に上がりかけている。
「名前は知らんが女だな、間違いない。アスラン・ザラの配下には女が多いと見える」
 
 女呼ばわり・アスランの配下扱い――大いなる屈辱に、イザークの中で何かが切れた。こんな屈辱は、入隊どころか生まれて以来初体験である。
「貴様ー!殺す、殺してやる!」
 猛然と襲いかかってきたデュエルを見たシンジとステラの口許に、揃って怪しい笑みが浮かんだ。
 
 
 
「ルナマリア」
「はい」
「分かってはいると思うが、お前のシグーは私の機体だが、まだ完全に整備が済んではいないのだ。くれぐれも無茶は避けよ」
「了解しました」
 コックピット内で、ルナマリア・ホークは小さく頷いた。赤服を着ており、つまりエリートではあるのだが、まだこの戦線向きではないとハマーンが外していたのだ。
 がしかし、ヘリオポリスでの強奪失敗に加えてクルーゼの大敗があり、急遽回される事になった。ニコルがプラントに戻されたから、結果的にはちょうど良かったかも知れない。ただ、相手が強敵と聞かされ勇んでやってきたルナマリアを待っていた命令は、
「捕虜になっていない方の機体を回収してこい」
 と言う、ルナマリアならずとも耳を疑うようなものであった。さすがに正気ですか、と聞き返したりはしなかったが、
「あの…その捕虜というのはもう確定なのでしょうか…?」
 おそるおそる聞き返したルナマリアに、
「碇シンジは墜とす気が無いらしいからな。ジンならいざ知らず、強奪した機体に限っては、捕らえて嬉々とするのが好みらしい」
(何よそれ。ていうか碇シンジって誰?)
 無論、ルナマリアはシンジの事など知らない。ハマーンも教えていないのだ。
「行けば分かる。お前が着いた時、あいつらが優勢でアークエンジェルに取り付いていたら、そうだな…私のキュベレイをお前にくれてやる」
「…分かりました。ルナマリア・ホーク、これより回収に向かいます」
「うむ」
 後発で出たのがハマーンのキュベレイでない、どころか回収を旨とした味方だと知っていたら、或いはイザーク達も少しく控えただろうか。
 
 
 
 
 
「しかしこう、毎回モビルスーツだけで勝っちゃうと、この艦の装備が鈍っちゃうわね」
 アークエンジェルの艦橋で、マリューが冗談交じりに呟いた。無論、強襲艦の装備が全く無用な戦いをできている訳ではないが、実質はモビルスーツが出さえすれば敵を圧倒している。毎度味方機がご丁寧にピンチになるせいか、敵艦からの砲撃もない。もっとも、この艦を撃つよりも味方の危機を救う方が遙かに優先事項になるだろうが。
「もっとも…それだけシンジ君達に負担掛けてるんだけどね…」
「そうは見えませんが」
「!」
 背後から尖ったナタルの声に、マリューが振り向く。
「だいぶ余裕のある戦いに見えますが、また捕虜にするのですか」
「さあ?」
 マリューは肩を竦めた。
「別に私が決める事じゃないわ。それに、弄んで楽しんでる訳じゃないと思うけど」
「では何故」
「ナタル、ガイアへの回線は壊れてないけど?」
 それだけ言うと、マリューはついっと視線を戻した。自分で訊けと言うのだ。大体、ナタルの底意地悪いちょっかいに、どうして自分が付き合わねばならないのか。
「……」
 マリューの後ろ姿を睨んだナタルだが、無論シンジに訊ける訳もなく、これもぷいっとそっぽを向いた。
(あそこで嬲っても別に意味はない。おそらく…ハマーン・カーンが出てくるのを待ってるんでしょうね。ハマーンが出てくるのを待って一気に叩く。多分それがシンジ君の考えね)
 行動内容など打ち合わせてもいないが、マリューはシンジの意図をほぼ正確に読んでいた。
 
 
 
「シンジさん、フラガ大尉のMA回収完了しました。私も戦えます」
「んー、そうね…」
 戦闘はステラに任せてある。嬲っておくようにと指示した通り、バスターのリニアレールガンを切り落として肉薄し、あっという間に追い込んでいた。しかもキレて掛かってくるデュエルを全く相手にもしない強さだ。戦力的に余裕があるから、と言う事もあるのだが、そんな事よりもシンジの視線はまだ見ぬハマーンへ向けられていた。ハマーンの性格と能力からして、必ず出てくると踏んでいたのである。出てこなければ、このまま二機が擒になるのをみすみす見逃す事になる。
 ハマーンとて、第八艦隊と合流目前である事は分かっていよう。合流してしまえば、そのまま機体が帰ってこない事位百も承知の筈だ。
「だがヤマトにハマーンの相手は無理。絶対無理」
「お兄ちゃん、何か言った?」
 戦闘中なのに、ステラは可愛く顔を傾けてくる。それだけ余裕があるのだろう。
 それを見たシンジはうっすらと微笑った。
「何でもないよ、ステラ。そっちの色黒はヤマトに任せて、さっきからヒステリー起こしてる奴を捕まえて」
「はい」
 頷いてから、
「あのっ、上手く行ったら…」
「分かった」
 全て聞かずとも想像はつく。軽く頷いたシンジにステラは満足した。
「行くよ?」
 ステラの目が妖しく光り、ガイアが一気にバスターの後ろへ回り込む。ウロチョロと避けるガイアにイライラも頂点に達し掛かっていたイザークだが、バスターを盾にされる形になり、慌てて銃口を上に向けた。それを見て取ったステラが、出番待ちのストライクの方へバスターを蹴飛ばし、サーベルを抜いてあっという間にデュエルに迫った。
 無論シンジは何もしておらず、戦い方を指示もしていない。素人でストライクを駆るキラの能力も決して凡庸ではないが、シンジ搭載時にまるで人が変わったかのような雰囲気で、手足のようにガイアを駆るステラは、これもまた傑出した能力の持ち主なのだろう。
 イザークが慌ててサーベルを引き抜こうとした時、その腕は根元から断たれていた。更に一撃を加えた胴は、見事にフェイズシフト装甲の保護対象外の場所であった。無事な方の腕を取ろうとした時、シンジはその動きが妙なのに気付いた。
「ステラ待って」
「え?」
「男女の、じゃなかったデュエルの様子がおかしい。負傷でもしたかな?もう良かろう、運搬を」
「はい」
 バスターの存在などまるで眼中にないかのように、獲物を運ぶ軍隊アリよろしくデュエルを運びに掛かるガイアを見て、バスターが慌てて体勢を立て直すが、その前にストライクが立ち塞がった。
「キラ、そっちは任せたから」
「う、うんっ」
 指示はシンジの声では無かったが、戦闘中に仲違いしている場合ではない。それに、バスターを捕まえておけばシンジが褒めてくれる筈、とこれもバスターを捕まえに掛かったところへ、一条の閃光が宇宙(そら)を切り裂いた。
「『!?』」
 閃光がストライクとバスターの間に割り込み、放った機体が勢いよく突っ込んでくる。
「赤…アスラン・ザラが戻ったか?」
「いえお兄ちゃんこれは…シグー」
「奇遇?」
「んもー、奇遇じゃなくてシグーです。ザフト軍のジンを改造した指揮官用の機体」
「ふうん…」
「お兄ちゃん?」
 納得出来ないところでもあったのか、画面に映る機体をじっと見ている。
「何かステラ悪い事言ったの?」
 訊いた声に、さっきの華麗な戦闘の影は微塵もなく、すっかり気弱な乙女のものになっていたが、シンジは首を振ってステラの頭を撫でた。
「中身が違う、と言う事」
「え?」
「ローラシア級が一隻、と言っていたし来るならハマーンだろう。でもあれにはそういうオーラがない。要するに、ハマーン用の機体だが操縦者は違うってこと。大した相手じゃなさそうだ。ヤマト!」
「はい?」
「このデュエルを運んでいって。ハマーン・カーンがどんなパイロットを寄越したのか見物してくるから」
「え?うん、分かりました」
 はい、とステラがデュエルをストライクに渡す。突っ込んできた赤い機体もバスターも、全く気にする様子がない。
 当然バスターからもそれは見えており、その傍若無人な態度よりも、まったく抵抗せぬデュエルに、ディアッカはイザークの身に何かあったと気付いていた。呼びかけても全く反応しないのだ。
「イザーク!イザーク応答しろっ!」
 無反応の上に映像すら映らない。妙なオーラの出ていないストライクに渡された事で、そうはいくかと取り返そうとしたところを、後ろから羽交い締めにされた。
「何をするっ!」
「ディアッカ、退いて下さい。ハマーン様の命令です!」
「ル、ルナマリア…何でお前がここに…」
「捕虜になっていない方を回収してこいと、ハマーン様が私を寄越されました。ディアアッカまで捕らえられたらどうするんですか!」
「捕虜になっていない方を…」
 ディアッカが呆然とした表情で呟く。
 ハマーンは既にこの状況を見通していたと言うのか!?
「…分かった…」
 力なく頷いたディアッカに、ルナマリアがにこっと笑った。ルナマリアのシグーが、バスターを庇うように前へ出る。
「ちょ、ちょっと待てよルナマリア、お前何する気だ」
「イザークを取り戻してきます。私はまだ無傷だし、これ以上赤服をナチュラルの捕虜になどすることはできません。ディアッカは戻って」
「ば、馬鹿言え女の子だけ残して戻れるか!大体お前、俺の回収だろうが。お前が討たれたらどうするっ」
「普段は子供みたいなのに、時々優しいのよね。そういう所、嫌いじゃないよ?」
「な…」
「さよならディアッカ」
 やって来た機体がバスターを庇った、までは分かった。が、そこで動きが止まり何をするのかと見ていたら、こちらに向かって勢いよく突っ込んでくる。
「殺す?」
 シンジに訊いたステラは、敵機に冷ややかな視線を向けている。
「とりあえず避けて」
「はい」
 撃って来るエネルギー砲を苦もなくかわし、ステラはさっさとシグーの背後にガイアを回り込ませた。慌てて回転した敵が銃口を向けてくるが、ステラは避けようともしない。撃たれてからで十分だと、読み切っているのかもしれない。
 ステラの後ろで小首を傾げていたシンジが、不意にシグーへの回線を開いた。
「女?」「アホ毛?」
 敵パイロットの顔が映った瞬間、シンジとステラの反応は微妙に分かれた。
「あの、お兄ちゃん今なんて?」
「アホ毛、と。ほら、あのぴょこんと飛びだしてる間抜けな感じのあれ。で、何者が何用だ」
「…ルナマリア・ホークよ。デュエルは返してもらうわ」
「ハマーンが、命に代えても取り戻してこい、と言ったか?ハマーンも所詮はその程度だったか」
 まるで失望したとでも言わんばかりの口調に、ルナマリアの眉が吊り上がる。
「あ、あんたは何なのよっ、ハマーン様を呼び捨てにしたりして!さっさとデュエルを返しなさい!」
「うん、と言いたいが見ての通り無理だ」
 ストライクが、デュエルを抱えてアークエンジェルへガサガサと戻るところであった。バスターは砲撃用の為、みすみす見ているしか出来ないのだ。仮に攻撃したとしても、かなりの高確率で応答しないデュエルを巻き添えにする事になる。
「それともう一つ、ルナマリアと言ったな。回収を命じられたのに奪還まで企むとは良い度胸だが、あいにく腕が足りない。その程度の腕では、このガイアに傷一つ付ける事も無理だ。バスターを担いで戻り、ハマーンに伝えるがいい。デュエルを取り戻したければ、もう一度来るようにと」
「こ、こ…このぉーっ!」
 ルナマリアの琴線に触れた台詞だったのか、顔を真っ赤にしたルナマリアがシグーを駆って襲いかかってくる。
「ステラ」
「身の程知らずだよね」
 冷ややかに呟き、サーベルを引き抜いたステラだが、その顔色がすっと変わる――押されているのだ。劣勢とまではいかないが、互角以上の形勢に持ち込まれている。シンジを積載しているのに!と思っているのが顔に出ているが、シンジは別に慌ててもいなかった。元より、ガイアの場合に上昇するのは、武器の威力ではなくて機動力なのだ。機動力を生かさず、しかも半分切れたようなルナマリアと正面からぶつかっては、互角の形勢にもなろう。
 ライバル心、と言うよりお互いムキになって激しくぶつかり合う二人に、バスターも呆然として手は出せず、シンジはと言うとさして興味もなさげに眺めている。
 が、それを止めたのは、
「二人ともそこまで」
 シンジの言葉であった。短い一言だったが、二機がぴくっと止まる。
「お、お兄ちゃん…」
「あれを」
「え…あ」
 シンジが指した先には、ランチャー装備で再度出てきたストライクが、インパルス砲でぴたりと照準を合わせている姿があった。少女達が戦っている間に、既にロックオン作業は済んでいたらしい。
「シンジさん…」
 通信窓が開いてキラの顔が映る。
「いや、いい」
 制しておいて、シグーへの回線を開いた。
「ルナマリア・ホーク」
「な、何よ」
「荷物を積んで重くなったとは言え、よくガイアと互角に戦えたもの。突っ込んできた蛮勇とそのアホ毛に免じて、デュエルは返してやる。持っていくがいい」
「…え?ほ、本当にっ?」
「だまし討ちされるのが希望か?」
「そ、それは嫌」
「そこで待っているがいい。ステラ、戻して」
「…はい」
 きつく握りしめた指が操縦桿に食い込む。シンジの力を注がれながら、自分は勝てなかったのだ。
(くやしい…)
 形は引き分けだが、ステラにとっては文字通り敗北に等しい引き分けであった。きつく唇を噛み締めたステラが、無念の形相で引き上げていく。
 アークエンジェルに戻ると、デュエルに動きはない。ブリッツを戻した事を知っているせいか、中のパイロットを引っ張り出そうとする整備兵もおらず、シンジはてくてくとデュエルに近づいた。 
 まったく不用心なシンジを見たステラが、慌てて銃を手に駆け寄ったが、シンジは気にした様子もなく外から強制的に開ける。
「ふむ」
 シンジが見たのは、顔面を朱に染めて失神しているパイロットの姿であった。
「意識があれば素直に捕まるタマではない、と思っていたよ。重傷でもなさそうだ」
 ぺたぺたと弄ってから、予想通りの研究成果に満足した科学者みたいな面持ちで、シンジがステラを振り返る。
「お兄ちゃん…」
 
 
 
「約束だ。持っていくといい」
 引き渡されたデュエルを見て、ルナマリアは信じられないような表情になった。
「イ、イザークは、イザークは無事なのっ」
「傷は治しておいた。女だと思った、ちょっと反省していると伝えておいてくれ。それとハマーンには――これで二つめだ、と」
「…あ、あなたは一体…何者なの」
「碇シンジ、と言う」
 それだけ言うと、もう興味も失せたようにモビルスーツを戻していく。なお、デュエルを抱えて出てきたのは、ガイアではなくストライクであった。ステラだと、デュエルを抱えたシグーに襲いかかりそうな気がして、シンジが止めたのだ。
 まだ汚名挽回のチャンスはあるから、とステラを寝かせて出てきたシンジの顔は、少々曇っていた。うん、と頷いてステラはそのまま寝付いたのである。
 言うまでもない事だが――汚名は取り戻すものではないし、名誉も返上するものにあらず。
「バジルール?」
 ナタルが壁に寄りかかっていた。どうやらシンジを待っていたらしい。
「どうしてという顔をしているな?」
「……」
「プライドの高いハマーンが、ここまでご丁寧に借りの山を築いて、どうやって返すか美貌を歪めて懊悩している姿は想像するだけで楽しい、と思わない?」
「碇さん、ここは戦争ゲームで遊ぶ遊技場ではありません」
「ふむ」
 頷いて、ナタルの全身を上から下まで眺めるシンジ。
「な、何か私についているのですか」
「姉御と衝突し過ぎて余裕が無くなったか?」
「そ、そんな事はありません!」
「ならばいいが、少し考えれば分かる事だ。オーブの親玉は、思惑はともかくガイアの所有権を手放した。少なくともオーブに着くまでは、ストライク・ガイアと揃って出せる。二機が揃った場合、先ずひけは取らない。戦力面で心配がない事に加え、イージスパイロットの事はバジルールにも話した筈だが」
「それは分かっています。ですが敵の治療などと…」
「自分の力量を知る者なら、癒して帰された時点で彼我の力量差は悟る。傷ついた時点で帰して復讐心を燃やされるよりは、その方があしらいやすい。討ち取る、と言う選択肢がない場合にどっちがいいか、三歩下がって眺めれば透けて来ないか?」
「では…また奴らが攻撃してくると踏んだ上で?」
「連中の服は赤だった。一応エリートの証らしい。その赤服連中がナチュラル相手に歯が立たないと後方に下げたら、士気にかなりの影響が出るのは目に見えている。意地でも来る…ん?」
 モニターに、ゆっくりと接近してくる艦船の群れが映る。
「あれが第八艦隊?」
「ええ、来たようです」
「もう行った方が良かろう。第八艦隊の親玉が見に来た時、軍紀には厳格なバジルール少尉の姿が見あたらない、では格好悪いから」
「…では」
 身を翻したナタルの背に、
「今の私に取って、最大の関心事は元の世界に戻る事ではない。優しくて泣き虫で、そのくせにわざわざ戦場へ身を置き続ける娘とその仲間を、無事オーブまで送り届ける事だよ。だから、せずとも良い事までしたりする。あなたから見れば、軍事的に正しくない点は多々あるだろうが」
「……」
(その軍事的に正しくない異世界人とコーディネーターに助けられている、と言う現実を見ぬ程私とて依怙地ではない…)
 ナタルが呟いたのは、シンジの姿がすっかり見えなくなってからであった。
 それから程なく、合流した第八艦隊の旗艦メネラオスから、准将デュエイン・ハルバートンを乗せた小型艇がアークエンジェルへ到着した。
 タラップから降りたハルバートンが見たのは、軍服に身を包んだマリュー以下の面々とコジローらの整備兵達であったが、報告を受けている学生達がいない事にすぐ気付いた。
 地球へ降りる準備をしているのだろうと、さして気にも留めなかったハルバートンだったが、それが大いなる過ちであるとすぐに知る事になる。
 
 
 
 
 
(第三十五話 了)

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