妖華−女神館の住人達外伝
 
 
 
ドクトルシビウの闇カルテ:ツェザーレ
 
 
 
第三十話:夜更けの開墾
 
 
 
 
 
 ベッドを直し、ミーアとラクスをソファに寝かせてから、キラとニコルが戻ってきた。シンジは指示しただけで、何もしていない。重量はともかく、シンジが担いで寝かせようとしたのだが、何故かキラとニコルが猛反対したのである。
「とりあえず朝まで寝かせておくか。二人ともそうそう起きもしないだろう。ところで二人に訊きたい事がある。小娘二人だけを使役する、というのは少々趣旨に反するんだが…そんなに二人は重いのか?」
「『え?』」
 シンジの言葉に、一瞬二人が顔を見合わせた。無論、ミーア達が重いという事はなく、疲れているシンジに休んでいてほしいという乙女心でもない。
「そ、それはあの…」「え、えーと…」
(まあいいか)
 妙に繋がりよく狼狽える二人を見ながら、シンジは追求の中止を決めた。何にせよろくな事ではなさそうだし――大したことでもないと見抜いたのだ。
「まあいい。さて、次は二人だったな」
「『……』」
 うっすらと赤くなった二人が、シンジの前にちょこんと座る。
「二人で遊ぶ前に、言っておく事がある。ニコル」
「はい?」
「ろくでもないナチュラル共が核を落とし、コロニーが一つ壊滅した。で、ニコルは従軍する気になったと聞いたが」
「ええ…」
(……)
 それを聞いて、キラの表情が微妙に変化した。ニコルが言った内容ではなく、シンジとそんな事まで話していたのかと、そっちが気になったのだ。
(こんな短い間なのに…)
 そんなキラの内心を知ってか知らずか、
「それで、その先に何がある」
「その先、に?」
「そうだ。軍功を立てたいとか、或いは他にしたい事があるとか」
「軍功とか、そんな事は思っていません。ただ…早く戦争が終わるようにって」
「そしてもう戦争が起きないように、と?」
「も、勿論です」
「無駄だから止めといた方がいい」
「『!?』」
 シンジの台詞に、ニコルは無論の事キラまでもびっくりしたシマリスみたいな表情になった。完全に予想外の台詞だったのだ。
「ニコルの能力値はともかくとして、この戦争が運良く集結しても、再発しないとは言い切れない。と言うより、必ずまた起きる。どうして言い切れるのという顔だな?簡単な理屈だよ――努力は才能を超えないからだ」
「努力が才能を超えない事が、戦争に関係あるんですか」
「その顔、まったく分からずに訊いている訳じゃあるまい?」
「……」
「ヤマトは分かってないな」
「ごめんなさいシンジさん」
「別に謝る事じゃないさ。コーディネーターというのは、生まれる前から細工された存在と聞いているが、その結果持って生まれる能力は皆同じか?」
「それは個々によって違います。それと、努力次第でやっぱり変わってきます」
 ふむ、とシンジは頷いた。
「泥の塊に見える珠玉は磨けば本来の姿を取り戻す。が、本来が泥の塊のそれをいくら磨いても珠玉にはならない。おそらく、ナチュラルとコーディネーターの能力には、それ位の差がある。ストライクに乗った時、OSが能力を発揮するレベルじゃない、と確かヤマトは言っていたな。自殺行為とも言える手抜きをしたのでなければ、あれがナチュラルの使える精一杯なのだ。が、ヤマトは搭乗中にあっさりと書き換えてみせた。まあ、ヤマトの能力はコーディネーターの中でも尋常ではなさそうだが」
「い、いえそんな…」
 ふにゃっと表情を崩して照れるキラを、ニコルがちらりと見た。
「話を戻そう。ナチュラルがろくでもないのは事実だが、ただ同じ人間なのに到底歯が立たぬ能力差に対して、ただの嫉妬ではなく恐怖心を抱いていると言う一面があるのは事実だと思う。是非はまた置くとして、その感情がある限り戦争はまた起きる。それは間違いない」
「じゃあ…ずっと戦争の繰り返しだと見てるんですか?もう共存は無理ということ?」
「……」
 少し間を置いてから、
「ニコル、恋人は?」
「い、いませんそんな人」
「じゃ、友人はいるな。友人と長い付き合いの間には、喧嘩したりする事もあるだろう。そういう時、二度と喧嘩しない付き合い方を延々考えるより、さっさと仲直りする方法を考える方が人生を浪費しないで済む。プラントと地球、で完全に隔離されていればいいがそうもいくまい。かといって根底にあるお互いへの不信感は拭えまい。この戦争が終わったとして、ニコルはナチュラルの連中をストレートに信じられるか?弱者の防衛理論とはいえ、いきなり核を撃ち込んでくるような連中だ」
「……」
 無論プラントを、そして両親や皆を守りたいというニコルの思いに偽りはない。が、どうやれば守れるのか、と言う単純な問いに答えが出せぬ現状であるのも事実だ。戦況は一進一退だし、お互いに決定打を持っているわけではない。何よりも、もし戦争が講和によって集結したとしても、シンジの言う通りプラントが地球に抱いた不信感は、そうそう消えはしないだろう。撃ち込まれたのはたった一発の核だが、それがもたらした被害は余りにも甚大すぎるのだ。
「ナチュラルの連中にも、能力の遙かに勝るコーディネーターが、自分達を支配しようとするんじゃないかと、そんな考えはあろう」
「それは――」
 何か言いかけたニコルを、分かっていると制するように手を挙げ、
「無論、あえてそれを焚きつけている連中がいるだろうが。ただいずれにせよ、相互不信のような物は残る、と言う事はほぼ確定だろう。その上で共栄の道を考え、危険な事態になったらいかにして修復するか、も考えればならん。決して楽な話ではないが――」
 キラとニコルの顔をじっと見て、
「何故こんな口幅ったい話をしたか、二人には分かる?」
 二人が揃って、ふるふると首を振る。
「そうか」
 うっすらと笑って二人の髪をくしゃくしゃと撫でた。
「この先戦況が、というよりこの世界がどっちへ行くのかは知らない。さして興味もない事だ。ただお前達はそうも行かない。そう――次代はお前達が担っていかなきゃならないって事だ。こんな戦争で、戦死なんてしてる場合じゃない」
「『!』」
 異形の力を持って生まれたシンジは、交友関係がやや特殊だった事もあり、その意味では恵まれたと言えるが、一般人から見てそれがどう映るかもまた分かっていた。この世界の人間が自分とさして変わらぬ存在である以上、異形の力を持った者へも見方も大凡見当はつくし、この後そう簡単に平和状態が出来上がらぬ事もまた、十分想定範囲内にある。
 だからこそ、普段なら口を出さぬような事までは話したのだ。
「シンジさん…」
(あれ?)
 自分でも言った通り、正直口幅ったい気がしていたのだが、キラにはツボだったのか瞳をキラキラさせてシンジを見つめている。
 これだから乙女の攻略ルートは難しいのだ。
「さ、さてと」
 コホッと咳払いして、
「二人を解剖する件だが…」
「『は、はいっ』」
「本来ならもう身体の力が抜けて立てない位まで弄るところだが、二人とも処女(おんなのこ)なので、そこまではしません」
 シンジの台詞に、二人がかーっと顔を赤らめる。
「二人が好きなようにしてあげる。何してほしい」
「『ふえ?』」
「だから二人に任せるってば。何をして欲しい?」
「『え、えーとっ…』」
 顔を赤くしてアワアワしている二人を見て、シンジは心の中で微笑った。
 楽しいのだ。
 シンジの場合、持って生まれて力については得心しているが、碇財閥という環境については迷惑以外の何物とも思っていない。だから、金だの権力だので人を物にする事は極端に嫌う。
 尤も、フユノが東京学園の創始者であり、また絶大な権力を持っているからこそ、シンジがひょいひょいと外国の秘境へ出かけられるのだが、その辺の矛盾についてはまだ消化出来ていないのが現状である。とまれ、シンジの女性経験は極めて濃厚ではあるが、相手自体は非常に少ない。しかもシンジを開発した魔女医に於いては、喘がされる事はあってもシンジが攻めに回る事など殆ど無く、処女の初な反応などほぼ知らないと言っていい。
 だから、二人の反応を見て楽しくなったのだ。
 赤い顔で可愛く迷っている二人に、
「特に要望がないなら、今日はこのまま寝る事にし――」
「キ、キスっ」「む、む、胸をっ」
 慌てて口を衝いた台詞は、いずれも可愛いものであった。
「胸とキス?」
 笑みを含んだ声にカサカサと視線を逸らすが、一瞬二人の視線がぶつかり、パチッと火花が散った。
「いいよ、二人ともおいで」
「『え?』」
「別に造作もないことだ。ニコル、ここへ」
「う、うん…」
 足の間にニコルを座らせて少し身体を傾けると、その胸に手を伸ばし、やわやわと揉む。
「あっ、やだっ、くすぐった…んっ」
 刹那身を捩ったが、十秒と経たぬ内にその形の良い唇からは、甘い吐息が洩れた。師匠が極めて優秀な場合、弟子もある程度は優秀になるのである。きゅっと目を閉じ、時折耐えきれなくなったような熱い吐息を洩らすニコルを見て、
「やーらしい」
 軽蔑するように呟いたキラだが、その口調に羨望が混じっている事にシンジは気付いていた。無論放っておく。
「ニコル」
「な、なに…あぅっ」
「乳房にまだ硬さが残っている。自分で弄った事も殆どないと見える」
「そ、そんな事…はう!し、知らな…い、意地悪っ…」
(むー!)
 シンジに乳房を揉みしだかれ、いつの間にかうっとりしているニコルを見て、キラの内心にもやもやした物がわき上がる。
「わ、私も…」
 ちょっと拗ねたような顔で、キラがシンジの袖を引く。シンジが頷くと、微妙に恥ずかしそうな表情になって顔を寄せてきた。そっと目を閉じたその唇に触れると、キラの華奢な肩がぴくっと揺れる。
 今度は位置が逆転し、うっすらと目を開けたニコルの視界には、淫らな音を立ててシンジに咥内を弄ばれているキラの姿がよく見える。
(む〜)
 それがニコルの目にどう映ったのか、シンジの手を掴んで自分の乳房にきゅっと押しつけた。
(……)
 キラの目許がわずかに染まって来た頃、シンジは二人を弄るのを止め、
「で、次は――」
 言いかけた途端、
「キスがいいですっ」「私だって胸がいいです!」
 さっきと比べ、四割程積極的になってきた。しかも被っていないのに、何故か二人の間で火花が散る。
(まあそれはそれで)
 間接キス、と言う単語がシンジの脳裏で点灯しているのだが、さすがに口にはしなかった。
 出来なかった、と言う方が正しい。
 結局入れ替える事五回、未だギアの切り替わらぬシンジの動きが止まると、目許を赤く染めた二人がぺたんと座り込んだ。その様子を楽しげに眺めたシンジが、
「も、満足した?」
 と、ろくでもない事を訊く。二人は小さく頷いたが、それが完全なものではないとシンジは見抜いた。
「二人ともだいぶキスが上手になった事だし――」
 シンジの言葉に、二人が頬を染めてもじもじしながら下を向く。
「もう少しレベルアップしておくか。並んで、四つん這いになってむこうを向いて」
「え!?」「よ、四つん這いっ!?」
「お子様にはまだ高いレベルだ。それともここまでにしておくか?」
 お子様の単語が効いたのか、或いは刹那キラとニコルの視線が絡んだ事が原因だったのかは分からない。多分両方だろう。
 とまれ、二人は競うようにして四つん這いになり、こちらに丸いお尻を向けた。
「あ、あまり見ないで…」「は、恥ずかしいです」
 小さな声でごにょごにょ言ってるのは、まだ羞恥が快楽を完全には上回っていない証拠だろう。
 それでも、
「少し脚を開いて」
「『は、はい…』」
 シンジの言葉には、羞じらいながらも素直に従った。脚を開くと二人の秘所がよく見える。未だ男を知らぬそこは、形も良く色素の沈着も殆ど無い。ただ、そこから太股を伝い落ちる透明な液の筋だけが淫らに映えている。
「痛かったらちゃんと言うように。コーディネーターの娘を弄るのは初体験なんだ」
 くぱっと開かれ、わずかに入り口を見せている膣口に指をすっとさし込むと同時に、二人の口から小さな喘ぎが洩れ、内襞が収縮して指を締め付ける。ゆっくりと指を動かしていくと、つられて二人のお尻がぷるぷると揺れる。
(可愛すぎる…ちょっと落ち着け)
 久方ぶりの反応に加熱しそうな自分を叱咤し、二本目の指を差し込んだ途端、その眉が寄った。二人の口から洩れた声には、明らかに苦痛の響きがあったのだ。
(コーディネーターの娘は膣内の狭さも優秀と見える)
 二人が聞けば、多分少しだけ哀しげな顔をするのが目に見えているから、口には出さずに内心で呟き、すっと指を抜き取った。シンジの指の動きに気付き、もう止めてしまうと思ったのか、
「シ、シンジさん、大丈夫だからもっと…」
 キラが切なげな顔を振り向ける。それを見た瞬間、シンジの双眸に危険な光が宿る――ギアが切り替わったのだ。
「よく言った。とはいえ、元から拡張する気はなかったのだ。処女のそれは、初めての相手に抱かれるまで持って行くがいい」
 一本の指を再度秘所に差し込んだが、つぷっともう一本を侵入させたのはその上――アヌスであった。
「ふはぁ!?」「ひゃんっ!」
 さすがに想定外だったらしく、二人が可愛い声を上げて尻を振るが、既にシンジの指は動き出しており、違和感へのそれが喘ぎに変わるまで、三十秒もかからなかった。突き入れられた指が中で蠢き、擦り、或いは曲げられた関節が柔襞を刺激する。自分でも知らぬ内に尻を高く掲げ、競うように喘ぐ声が更にシンジのギアを上げていくと、キラもニコルも気付かぬまま、何時しか揃って妖しい快感に溺れていった。
(あ)
 シンジがふと我に返った時、キラもニコルも喘ぐと言うより牝猫みたいな声で啼いており、ふやけきった股間をシンジに弄られながら、辛うじて四つん這いの姿勢を保っている。シンジが指を抜き出すと、二人ともそのまま崩れ落ちた。
「やり過ぎた…かな?」
 そっと二人の間に身を入れて覗き込んだシンジの首に、にゅうと四本の腕が巻き付く。
「!?」
 シンジの両頬で、ちうと音がした。にこっと笑った二人がもう一度ぱたっと倒れ込み、今度はすやすやと寝息を立て始めた。
「むう」
 小首を傾げたそこへ、
「あらあら、随分と満足そうな寝顔ですわね。処女なのにあんな大きな声出しちゃって、起こされてしまいましたわ」
「お前は起きるのが早すぎる」
 ひょこっと顔を出したのはミーアであった。ラクスの方は眠り込んでおり、当分起きる気配はない。
「あら、私はそんなに感じさせられてないもの。勝ったのは私ですのよ」
「あー、はいはい」
「そんな事より、一つ訊いていい?どうして抱かなかったの?二人とも、あなたにだったら喜んで身を任せたでしょうに。それに、さっきのを見てたら女の子の相手はとてもお上手みたいだし」
「……」
 シンジが立ち上がってドアに向かう。ドアが開き、一歩出たところでその足が止まった。
「ポリシーの問題だな。それと――私は体験豊富じゃない。少なくとも、ミーアの女経験には遠く及ばないよ。シャワー浴びてくる」
 シンジが出て行った後ろで、ドアに何かを投げつけるような音がした。
 
 
 
 翌朝キラとニコルが目覚めた時、その頭はシンジの膝に載せられていた。シンジはもう起きており、ミルクの入ったグラスを片手に本を読んでいる。
「『ん…っ』」
 むにゃむにゃと目をこすった二人が現状に気付いた。ブランケットは掛けられていたが、中身はまだ全裸のままだ。がばと跳ね起きた二人がぺたんと座り、身を隠す物がないと気付いてブランケットをまとうが、自分の身を隠そうと裸のままじたばたと引っ張り合う。
 それを見たシンジが本を置いて立ち上がり、
「おはよう」
 どう聞いても裸の乙女には興味のなさそうな声で言うと、ブランケットを取り上げて二人の身を寄せ、まとめて上から掛けてやった。しゅうしゅうと赤くなった二人は、押しのけ合ったりはしなかったが、シンジの顔はまともに見られない。
「よく寝られたか?」
「『は、はい…』」
 揃って頷くも何やらもじもじしており、その両手はブランケットの中に隠れている。おそらくお尻をおさえているのだろう。
「お尻むずむずする?」
 デリカシー皆無の台詞に、二人がキッとシンジを睨んだが、顔を赤くしてもじもじしながら睨まれても、可愛い印象しか出てこない。羞恥と怒りが微妙なバランスで混ざった表情の二人だが、
「痛くはない?」
 くしゃくしゃと髪を撫でられて、その表情がふにゅっと緩んだ。
「い、痛くはないです…」「だ、大丈夫…」
「それは良かった。もっとも、この先アヌスじゃないと感じなくなっても困るが」
「『も、もぅっ』」
 明らかに二人の反応を見て楽しんでいる風情のシンジだったが、ふとその表情が戻った。
「キラもニコルもすぐにシャワーを浴びて着替えて。それと、キラはラクス・クラインを起こして。昨夜部屋に運んでおいたから。厄介なのが目覚めぬうちに出るぞ」
「出る?」
「ニコルとラクスをお送りだ。ストライクで運んでいく」
「…分かりました」
 キラはすぐに立ち上がったが、
「碇さん…」
「ん?」
「ブリッツを…どうするんですか」
「操縦席にニコルとラクスを詰め込む。でもってお前の親玉のところへ運んでいく」
「……」
「言ったはずだ、降れと言う気は無いし明朝には帰すと。幸いキラは軍属ではないのでな、軍法違反にはならん。軍法違反だというのなら、私を捕らえてからの話だ」
 聞きたかったのはそんな事ではなかったのだ。
(でも…留まれとは全然言わない…)
「…分かりました。シャワー浴びて来ます」
 ニコルが出て行った後、ミーアがひょこっと顔を出した。
「いいの?今なら大幅に戦力増えるのに」
「人質にして残らせ――」
 ぺち、とシンジの頬で音がした。ミーアが叩いたのである。
「あの子の心位、もう少し察してあげなさいよ。敵に回って、嬉々としてあなたと戦えると思ってるの」
 ぷいとそっぽを向いてミーアが出て行った後、
「そう言うのを一時の気の迷いと言う」
 短く呟いた声は、どこか昏いものに聞こえたのは気のせいだったろうか。
 
 
  
 シャワーを浴びて着替えた二人は、格納庫でぼんやりと立っていた。キラがラクスを起こしに行こうとしたのだが、ミーアが来て自分が起こすからと一人で行ってしまったのだ。
 二人は暫く無言で立っていたが、先にキラが口を開いた。
「ここに…残れないの…」
「……」
「シンジさんは人質にしないって言ったけど、君が戻ったってそんな風にはきっと見ないと思う。最悪の場合逆にスパイにでもされたんじゃないかって…」
「自分の事はいいの?」
「え?」
「プラントにもナチュラルはいるし、地球にもまだコーディネーターはいるけど、地球軍に深く関わっているのはブルーコスモスよ。ガイアと違ってオーブ所属じゃないし、その地球軍のモビルスーツをコーディネーターの娘(こ)が操縦していていいの」
「この間、アルテミスではそう言われた。でも、シンジさんが守ってくれたから。私は、シンジさんに命を預けてるから」
「……」
 ニコルは、ブリッツを眺めながらすぐには答えなかったが、
「私は…キラが少しだけ羨ましい…。命を賭けられて、そしてそれに応えてくれる人のいるキラが…少しだけ羨ましい」
「ニコル…」
「でも、私は残れない。私は、コーディネーターを怖れて核を撃ち込むような軍に、属する事は出来ないから」
「シンジさんは違うけど」
「え?」
「種の進化に怯えたいかれたコーディネーターが核を撃ち込んだ、とそう言ってるし。私も地球軍の軍服を着てないでしょ?」
「ーっ!じゃ、じゃあ何故キラは地球軍にいるの」
「シンジさんがそうしてるから」
 キラの答えはあっさりしていた。
「生身ならシンジさんはとても強い。でもモビルスーツは操縦出来ない。私達をオーブまで送ってくれるって言ったけれど、宇宙では戦えないんだから私が守ってあげなくちゃいけないし」
「で、でもっ!と、とにかく私は帰る!残らないからねっ」
 一瞬頷きそうになり、逆ギレモードになったニコルにつられ、
「いいよ、じゃあ何度でも捕まえて必ずその気にさせてあげるからっ」
「次は私が捕まえる!キラになんか捕まらないよ」
「シンジさんがいなくても私より弱いくせに!」
 ラクスを部屋まで担いでいったのはシンジである。そのラクスを起こし、昨日の事を思いだして口惜しさが浮かんだ表情を見て満足なミーアが、ご機嫌な風情でやってきて目にした光景は、互いに頬を引っ張り合っているキラとニコルであった。
「可愛い顔が台無しですわよ?」
(まったくこのガキ共は)
 内心の呟きは口に出さず、にっこりと笑って柔らかく二人を引き離す。二人から事情を聞いたミーアは、
「んーと…」
 首を可愛く傾げて、
「二人とも耳を貸して」
 二人を抱き寄せ、その耳元に何やら囁いた次の瞬間、二人が揃ってかーっと赤くなった。
「そう思うでしょう?」
 二人がこくっと頷き、ミーアが満足げに笑ったそこへ、
「こらっ」
「なんで…痛」
 ぽかっ。
「私のキラに変な事を吹き込まないでもらおうか」
 シンジの台詞に、キラが恥ずかしそうに横を向く。
「変な事?戦争が終わってお二人がまた一緒にあなたに弄ら…もごっ」
 脱兎の如き俊敏さで、キラとニコルがミーアの口を塞ぐ。どうやら妖しい囁きだったらしい。
「…まあいい。ニコル」
「は、はい」
「ミーアを担いでブリッツへ乗って。帰るぞ」
「はい…」
「それと、ニコルには一度ピアノの演奏を聴かせてもらわねばならん。そうそう討ち死にしたりするなよ」
「……」
 きゅっと唇を噛んだニコルが、
「ご配慮に…感謝します」
 直立不動の姿勢で敬礼するのを、キラは複雑な表情で眺めていた。
「ミーアはその内、適当に戻しておく。間違っても人質になどさせぬから、安心するがいい」
「碇様にお任せしますわ。それと――」
「ん?」
「えっちな事にだけとても熱心に勉強する性格を少しは直してあげて下さいな」
「ハン?」
 また挑発的な事を、と思ったがミーアは怒らなかった。
「そうですわね。でもラクスも、もう少し女のレベルを上げないと、いつまでも私の下でもうだめぇ、って喘ぐだけですわよ」
 くすっと笑った表情は、キラとニコルが思わず見とれた程、妖しいものであった。
「べ、別に構いませんわ。わたくしの本分は歌姫ですもの」
「ビジュアルには問題のある歌姫、ですけれど」
「『……』」
 お互いにっこりと笑ってはいるが、目は笑っていない。しかも、その場の温度がみるみる下がってきた。放っておこうと思ったのだが、服が左右からきゅっと掴まれ、見ると何か訴えるような視線で見つめてくる少女達がいる。
(はいはい)
 ラクスとミーアの間に割って入り、
「どっちがどう良いかは後世の評価に任せるとして、だ。或いは、二人で組むという手もあるかと思うが」
「『二人で?』」
 ちらっと顔を見合わせ、同時にぷいっとそっぽを向いた。
「まあいい。その辺は後々二人を無人島に一週間位放置して、ゆっくり話し合ってもらうとしよう。ラクス、行くよ」
「…ええ。でも、本当によろしいんですのね」
「碇シンジのプライドの問題だ」
「分かりましたわ」
 
 
  
 艦内の妙な気配に、ムウがブリッジへ行こうとした所をレコアに捕まった。
「ストライクがブリッツを担いで出て行った?それどういう事だよ!」
「フラガ大尉、お静かに。聞かれた通りの内容ですわ」
「艦長は承諾してるのかよ」
「いいえ」
 当然のようにレコアが首を振る。
「もういい、艦長に直接――!?」
 背後からの冷たい気に、ぎくっとムウの足が止まる。振り返ったムウが見たのは、自分にぴたりとポイントされた銃口であった。
「悪く思わないで下さいね、大尉」
 銃口を向けたまま、レコア・ロンドは婉然と笑った。
「チーズケーキと艦の命運が掛かってるんです。あなたが余計な動きをしないように見張ってと、シンジ君に直接頼まれちゃって」
「くっ…奴さん、一体何をする気だ」
「ラクス・クラインとブリッツを返してくるんですって」
「な、なんだと!冗談だろ、おい」
「もう一人は残っているけれど、今度人質なんて手を使ったら、この艦内が血で染まるわよ。それがお望みかしら、ムウ・ラ・フラガ大尉?」
「……」
  
 
 
「ハマーン様…」
「分かっている」
「!」
 部屋の中から聞こえて来た声に、イザークは驚いた表情を見せた。てっきり、まだ眠っていると思ったのだが、声はとうに目覚めていた者のものだ。
「アークエンジェルから通信か?違うな、おそらくは異世界人からだろう。何と言ってきたのだ」
「はっ、それが…」
 やや言いにくそうに、
「ブリッツとニコルと歌姫をまとめて返却する。ハマーン・カーンが、キュベレイに乗ってその…」
 ハマーンはふっと笑った。
「丸腰で出てこいと言うのだな。分かった、すぐ行く」
「ハマーン様!?」
「何だ」
「いえその…」
 口ごもるイザークの肩に、ハマーンがぽんと手を置いた。
「お前にもいずれ分かる時が来る。倒すべき相手ながら、魂の部分で理解出来る敵がいる、と言う事をな。エザリア殿もそれを願っていよう。私の心配なら無用だから、ブリッツの整備手配をしておけ」
「はっ!」
 余計な事はするなとクルーゼに告げて、ハマーンはさっさとキュベレイを発進させた。
 コズミック・イラ70、2月8日早朝の事であった。
 
 
 
 
 
(第三十話 了)

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