妖華−女神館の住人達外伝
 
 
 
ドクトルシビウの闇カルテ:ツェザーレ
 
 
 
第二十八話:ニコル、安堵とプライドの狭間で
 
 
 
 
 
 深夜の病室にこっそりと人影が忍び込んだ。魔女医が頂点に位置するとある病院なら別だが、あいにくとここはオーブである。選び抜かれたガードマンもおらず、強力な霊的防衛ラインもない。
 武器を持っていれば容易く危害を加えられるだろうが、その格好を見る限り振り切った、というより警戒した素振りすらろくにない――平服なのだ。
 カサカサと枕元へ近づくと、にゅうと手が伸びてきた。
「もー、遅いよおにいちゃん」
 鼻にかかったような甘えた声を聞く限りは逢い引き――面会時間外限定の怪しい間柄、らしい。
「ごめんマユ、今日はちょっとバイトが終わるのが遅れたから。店が満員だったんだ」
「女の人来なかった?」
「え?」
「シンは線が細くて女の子みたいだから女の人に人気あるし…浮気したんでしょ!」
 いつもこうだ。
 本心からは思っていないのに、いつもシンが浮気したと決めつける――シン・アスカとマユ・アスカは実の兄妹であり、どう間違っても結婚できる間柄ではない。
 だいたい、女みたいと言われるのはシンが一番嫌がるというのに。
「違うって、浮気なんてしてないよ。皆大事なお客さんだけど、ただそれだけ」
「ほんとに?ほんとにマユ一筋?」
「勿論だよ。俺が浮気なんてするわけないだろ?」
 
 シスコンとブラコンが合体した兄妹らしい。
 
 まるで低質な二股男の常套句だが、マユは嬉しそうに笑った。
「だよね。じゃ、証明して」
「分かってる」
 そっと近づけようとした顔が、すっとおさえられた。
「マユ?だ、駄目だよ今日はっ」
 マユの意図に気付いたシンが、慌てて振り解こうとするが、マユの手は離れない。
「大丈夫。この間主治医と不倫してる看護婦から、イイ物もらったから」
「イイ物?」
「服用避妊薬」
「え!?」
 事態の掴めぬシンの手が、がしっと掴まれてそのままベッドの中へ引っ張り込まれる。服と下着が、それぞれ男女一対分ぽいっと放り出され、やがて室内に妖しい吐息と喘ぎが充ちはじめた。
 
「それは俺の役目ではない、シンがいる。見た目はシスコンで一皮剥いてもシスコンだが、結構出来る奴だ」
 後に、シンジを以てそう言わせる事になるシン・アスカも、この時はまだ実妹と身体を貪り合う破倫の信奉者であった。
 
 
 
 
 
「じゃ、じゃあ…あなたじゃなかったんですか」
「違うというに。だいたいだな、その意味が分かってるのか?俺が着替えさせたという事は、女物の下着を準備したという事になるんだぞ」
「あ…」
 ニコルの顔がすうっと赤くなる。
 一応納得したらしいが、何を考えて赤くなったのか、シンジは少々気になった。
 女性物の下着マニアの男、の図でも考えたような気がしたのである。
「あの…」
「ん?」
「アスランのイージスを墜とさなかったでしょう。そして私のブリッツも…」
「ん」
「どうして…なんですか」
「戦争なのに、か?」
 ニコルは小さく頷いた。
「……」
 すぐには答えず、シンジは立っていってドリンクとガウンを持って戻ってきた。
「これを羽織ってからこれを飲む。でもって、一息ついて」
「……」
 言われるままに着ながら、ニコルはシンジの視線が気になっていた。自分を見る視線はあくまで客へのそれであり、虜囚へのそれでも、まして性的好奇心を抱いた女を見る目でもないのだ。
(もう…解剖されたちゃったのかな)
 そんなニコルの内心を知ってか知らずか、
「ニコルも知っているように、アスラン・ザラとヤマトは幼馴染みで結構仲が良かった。アスラン・ザラはどうか知らないが、ヤマトはまだ討つ気になれていない。ヤマトがその気なら、アスラン・ザラもニコル・アマルフィもとっくに幽冥境を異にしている。二人の関係が気になるか?」
「べ、別に…そ、それに今はあなたが好きなんでしょ」
「そんな話は初耳だがね?まあいい、いずれにしても俺の目的はとりあえずこの艦を守る事。で、守りながら機会を見つけてさっさと帰る事にある。面白い世界ではあるが、別段長居したいとも思っていない。一方ヤマトの方は、この艦は守るが幼馴染みを討つ気にはまだなれない。だから捕まえる事にした」
「捕まえる?」
「文字通りの意味だ。今、目の前にいるニコル・アマルフィのように。安心するがいい、ブリッツとそのパイロットの身柄と引き替えに、おまえ達の親玉の撤退を迫るつもりはない。賞金首でもないし、この艦の戦力ならアスラン・ザラ以下四名の撃退などさして難しくはないからな」
(……)
 でもハマーン様は、とは言わなかった。本来は自分達クルーゼ隊の役目だし、ハマーンがシンジと互角に戦ったとしても、自分達にとって恥になりこそすれ、名誉には決してならないのだ。
「一つ訊いてもいいですか」
「何?」
「あのキラという子はコーディネーターでしょう」
「そう」
「なぜ地球軍にいるんですか。この前、地球連合ではないと言っていたのに…しかも一人はコーディネーターなのに」
「その前に」
「え?」
「アスラン・ザラに婚約者がいるのは知ってるな」
「ええ…知っています」
「どこまでの関係かは知らんが、そこへヤマトを放り込めば、奴は必ず飛びつく。ヤマトがザフトに行けばそうなった訳だが、それでいいのか?」
 こう言う時、女の感覚はひどく鋭敏になる。こちらに、弄うような意図がわずかでもあれば、必ず見抜いて怒り出すか敵に回る。
 だが――ニコルの感覚に、シンジのそれが引っかかる事は遂になかった。あくまでも、単に興味を持って訊いただけの風情なのだ。
「は、離れていたから懐かしいだけです。アスランはあんな娘(こ)に興味なんかありません!」
 言いながら、正直自分でも苦しいとは思っていた。前回の戦闘で、ストライクは明らかに精彩を欠いており、オーラも皆無であった。ハマーンが言うように、キラが一人で乗っていた可能性が高いのだが、とまれアスランがその気になれば、ほぼ間違いなく墜とせていただろう。
 手加減していたのは明らかなのだ。
 突っ込んでくるかと思ったが、
「なるほどね」
 短く言っただけで、シンジはそれ以上言わなかった。
「なぜ地球軍の艦にいて、しかもザフトと戦っているのか、だったな?」
 ニコルが頷く。
「理由ははっきりしている。ヤマトは友人達を守る為、私は私のポリシーから」
「ポ、ポリシー?」
「我が前に立ちふさがる全ての愚か者を滅ぼす為に。へリオポリスで、工場区にいたとは言え、私は私服だった。ザフトの雑兵はその私に銃を向けた。私がザフトに与する事は、未来永劫無い」
「で、でも工場区で何を…」
「元いた世界から飛ばされ、目覚めたらそこにいた」
「じゃあもしザフト兵が保護していたら…」
「微妙な所だな。もう一つ理由がある」
「え?」
「耳貸せ」
 元より誰もいない筈の部屋だが、抗わずに寄せてきたニコルの耳に、シンジは囁いた。
「アークエンジェル艦長、マリュー・ラミアスの声は姉の声とうり二つだった」
「……」
 
 
 
「キラ様、ほらキラ様起きて」
 ストライクの搭乗口を勝手に解除したミーアが、キラの身体を優しく揺する。
「シンジさん…あと五分だけ…ムニャ…」
 起きる気配はなく、しかも何を思ったのかミーアに抱き付いてくる。
「駄目ですよ、起きなさい?」
 そっと離そうとするが、まるで捨てられた子のようにぎゅっとしがみついてくる。
 仕方がないからその耳元で、
「ミーアが甘くて蕩けそうな濃いキスをしてしまいますわよ?」
 妖しい声で囁くと、
「駄目っ!」
 がばっと跳ね起きた。どうやら半分は起きていたらしい。
「あ、あれシンジさんは?」
「最初から私だけですわ。もう、キラ様ったら情熱的に抱き付いてくるんですもの」
 ミーアが頬に手を当てて首を振ると、キラがかーっと赤くなった。
「ご、ごめんね。それで…あっ!あ、あの後シンジさんはっ!?」
 状況を思い出したらしい。
「大丈夫。バジルール少尉はご無事ですわ」
「そう…良かった…でもどうして?」
「幾つかあるのですけれど…」
 ちょっと小首を傾げて、
「マリュー艦長と取っ組み合いになってしまわれたのですわ」
「だ、誰が?」
「バジルール少尉が」
「…え?」
 キラの口が小さく開いた。どうやら、理解範疇を超えたらしい。
「お、女の人同士なのに…」
 信じられない面持ちで呟いたキラに、
「女の人同士でも拗れるとこうなってしまうと、医務室の少尉さんが言っておられましたわ。それと、人質になりかけたのは私でしたから」
「途中でナタルさんの声が途切れてなかった?マイクが壊れたの?」
「いいえ」
 ミーアは微笑って首を振り、
「艦長さんがマイクを取り上げてバジルール少尉の頬を叩かれましたの。それでお二人とも争いになってしまって…。でも、単に腹立ち紛れではなかったと思いますわ。あれがなかったら、きっとバジルール少尉は今頃…」
 見知らぬ世界に迷い込んだような顔をしていたキラだが、ミーアの言葉に小さく頷いた。ナタルをひっぱたいておいたから、とマリューが言った時、シンジの気は僅かに緩んだような気がしたのだ。
「で、でも…」
「はい?」
「その後でまた取っ組み合いになったの?」
「ええ…バジルール少尉はやりきれなかったのではないかと…」
「どういう…事?」
「私には、お二人の行動のどちらが正しいのかは分かりません。ただ医務室の少尉さんは、普通はマリュー艦長のやり方では上手く行かない、とそのように言っておられました。理屈を超えたやり方で上手くいって、今回もステラさんが敵を捕らえて、追い払う事には成功したでしょう。ご自分の学んだ事が全て否定されて、その反動ではなかったのかと…」
「じゃ、ナタルさんの方から?」
「ええ…」
 そこにいたミーアには分かる。あれはどう考えてもナタルが悪い、と。
 一般人を乗せた事から彼らを使役している事まで批判し、彼らは志願だし現状でそれ以外に手があるのかと冷ややかに言われると、マリューの肩を押したのだ。
 髪を引っ張り合い、服を掴み合って取っ組み合った二人だが、ミーアが止めようと思えば止められたのだ。
 体格差はあっても、二人ともコーディネーターではないし、それ位の自信はある。影として育てられてきたミーアは、ラクス程甘い人生を歩んでは来なかったのだ。
 だが止める事はせず、赤い物体を注進に行かせたのは――ひとえに面倒だったからだ。それに女同士の喧嘩など滅多に見られないし、この際だからのんびり観戦をとちょっと邪悪に考えた部分もある。
 エマ達が戻ってきた時、アワアワして見せるなど、実に簡単な事であった。
「お二人とも今はもう落ち着いておられます。碇様が帰ってきた時、お迎えに行きましたの。私が自由に動けるのを見て、碇様もお気を鎮められたようですわ」
「そう、良かった…」
 ボコボコにされたジャンクに免じてね、と言ったミーアの台詞が一番効いたのだが、その事は言わなかった。
 ヤマトの事だから、割り切っている筈はないと見抜いていたのだ。
「あの、ミーアさん…」
「ミーア、で構いませんわ。何ですの?」
「どれに乗っていたのか分からないけど、先遣隊は全滅した。私…守れなかった。フレイのお父さんの艦(ふね)…守れなかったの…ミーア!?」
 不意にミーアが手を伸ばし、キラをきゅっと抱きしめたのだ。
「キラ、今から私の言う事をよく聞いて。いい?」
 自分の頭を抱いているミーアが別人になったような気がして、キラはこくんと頷いた。
「あなたは一生懸命頑張った、と言うよりもあれで良かったのです。他の敵を倒していても、碇さんは決して助けようとはされなかった筈だから。わざと艦を盾にして攻撃を受けたりして、先遣隊を全滅させた筈よ」
「シンジさんが!?」
「コーディネーターを嫌う人もいれば、怖れる人もいます。それは私もあなたも知っているでしょう。だから私は、フレイ・アルスターを責めようとは思わない。でも、食堂での事は覚えているでしょう?」
「うん…」
 コーディネーターへの憎悪をまざまざと見せつけられ、少し哀しくなったのは今も覚えている。
「碇さんの前で――キラやステラを大事にしている碇さんの前では、決して見せるべきではなかった。あの時からもう、モントゴメリの命運は決まっていたのよ…」
「シンジさんが…」
 呟いたキラが顔を上げた。
「で、でもっ」
「はい?」
 小首を傾げた顔はもう、いつものミーアであった。
「ほ、本当に…そこまで大事に思ってくれているの?」
「そうでなければ、敵を捕らえたりはしませんわ。撃ち落とす方がずっと簡単でしょう?」
「う、うん…でも私の事迎えにきてくれないし…」
「今晩はお忙しいのですわ。捕らえたパイロットにちょっと用があって…」
「待って…確かブリッツを捕らえたって言ったところまでは、音声が入っていた筈…。ミーア、そのパイロットってニコル・アマルフィじゃないのっ?」
(ちっ、妙な所で記憶が残ってるんだから)
 余計な事を覚えているのね、とミーアは内心で舌打ちした。あっさり流すと思っていたのだ。
「確か、そうでしたわね」
 確かもなにも、裸に剥いて妖しい下着に替えさせ、その上で縛ったのはミーアなのだ。確か、どころの話ではない。
「…それでシンジさんがその子に何の用があるの」
「え、えーっとそれは…」
 この展開では、なぜもっと早く起こしてくれなかったのかと、自分が可愛く恨まれるのは見えている。それはごめんだと、ミーアは脳をフル回転させた。
 数秒経って、ぽむっと手を打った。
 名案が浮かんだらしい。
「じゃ、ご一緒に見に行きませんか?多分、普通にお話されているだけだと思いますけれど」
「イク!」
「はい」
 ミーアは婉然と笑って、
「でもその前に…下着を替えてからにしましょうね。とてもえっちでお洒落なものに」
「し、下着!?」
 
 
 
 
 
「そんな理由で地球軍に味方を…」
「味方、と言うの少々語弊があるな。この艦を守ってはいても、地球軍――ナチュラルなんぞに味方する気はさらさら無い。ナチュラルなど、進化した種のコーディネーターを妬み、挙げ句の果てには核を墜とすような連中だろうが」
「…え?」
 ますます以て解らない。そこまで軽蔑していながら、どうして地球軍の為に身を賭して戦えるのか。
「ニコルは…」
 シンジが、ニコルの顔を見てふっと笑った。
「駆け引きは得意でないと見える。すぐ顔に出るぞ?地球軍が馬鹿の集まりと思っていても、敵対するとは限るまい。言ったろう、ザフトに付く事は無いと。それに、どこかの野蛮な連中が襲ってきたせいで、退避先は他になかったからな」
「で、でもヘリオポリスは地球軍がオーブと組んでモビルスーツを建造して…」
「だから間抜けだというのだ」
「ま、間抜け!?」
「目的は機体の奪取だろうが。であれば機体を奪取し、工場を爆破でもしてさっさとずらかるのが当然で、工場も爆破出来ず機体も一機奪り損ねた。結果ヘリオポリスは崩壊した。あそこには、軍事関係者しか居住していなかったのか?」
 ニコルは、すぐには返す言葉が見つからなかった。シンジの意図が何となく読めてしまったのだ。
 地球軍に協力していた政府が悪い、と言うのなら、戦時中なのだから無関係なコロニーに核を撃たれても当然という事になる。
 ユニウスセブンに核が撃ち込まれ、無辜の民が大量に殺されたからこそ、自分も軍に志願して立ち上がったのではなかったか。
 血のバレンタインの時、宣戦布告は既にあった。戦時中だから、で片づけられるなら単に人数の違いだけで正義を論ずる事になる。
「別にニコルを責めている訳じゃない。そもそも、俺には関係のない事だ。ただ、何れにしても地球軍が馬鹿の集まりと思っている事は事実だ。或いは…俺が奇異の視線を向けられることなく育ったせいかもしれない」
「奇異?あなたは普通の人でしょう」
「火と水と風を手から放てるのは、普通とは言わない」
「…え?」
「幸い、その力故に石持て追われるような環境には、生まれ落ちずに済んだ。だからこそ、力を持ったコーディネーターを忌み嫌い、迫害するしか脳のない地球軍が愚かに見えるのかも知れない。尤も、普通はただでさえ人口が少ないところへ、核を撃たれてごっそり減らされれば立ち上がりもするというものだ。だからこそ、ニコル・アマルフィも似合わぬ銃を手にする気になった。違うかな」
「そう、ですけど…似合わないって言うのは私が弱いからですか」
「妙な事を言う娘だ。そんな事ではなく、その指だ。モビルスーツの操縦桿を握るより、絵筆か鍵盤にでも触れている方が合っていそうな指だ。戦争など、生来から好む性格ではあるまい。そんな細くしなやかな指は、戦場には似合わない」
「…っ!」
 赤くなったニコルが慌てて手を後ろに隠したが、嫌な気はしなかった。地球軍に悪印象を抱きながらもザフト軍と戦う立場になったシンジもまた、普通の人間ではないと知ったせいかもしれない。
 ただ言うまでもなくニコルは、手から火や水を出す者を、奇術師以外には知らない。
「当たりか。ピアノか?」
「ええ…」
「そうか」
 頷いたまま、シンジはそれ以上何も言わなかった。
(あ、あれ?)
 怒った様子はないが、何か気に障る事でも言ったのかとこっちが気になってくる。
 が、そんなニコルの心中など知らぬげに、シンジは宙を眺めたままだ。
「あ、あの…」
 沈黙に耐えきれなくなったかのように、口を開いたのはニコルであった。
「ん?」
 だがその赤い唇から出た言葉は、
「そのっ…も、もう私の事を解剖したんですか」
「…は?」
「あ、いえその…」
 我ながら奇怪な台詞を口にしてしまい、ニコルの顔が羞恥で染まった。
「よく言ってくれた」
「え?」
「すっかり忘れていたよ。さ、脱いでもらおうか」
(わ、わ、私の馬鹿ーっ!)
 
 
 
 
 
「脱いでおけと言ったはずだが」
「『そ、それはその…』」
 戻ってきたハマーンの一瞥に、イザークもディアッカも縮み上がったが、
「まあいい、ニコルが戻った時、貴様らを降格させたと知れば気に病むからな」
「ニコルが戻ったのですかっ」
「イザーク、お前は聴力まで落ちているのか。戻った時に、と言ったろう。誰が戻ってきたと言った。もっとも、心配せずとも近いうちに戻ってくる。脚付きも止まっている事だし、クルーゼにも刺激するなと言ってある。多少怪我はするかもしれんが、交換条件など無しに帰ってくる。私は休んでいるから、お前達も回転数の落ちた頭を休めておけ」
「し、しかしハマーン様」
「何だディアッカ」
「その…何故帰ってくると?それも無条件で…」
(笑った!?)
 ディアッカの言葉を聞いた時、ハマーンの口許に僅かな笑みが浮かんだように見えたのだ。
「私の戦った敵が命よりも自分のプライドを貫くような、そんな男だからだ。私は今まで、ああいうタイプに遭った事は一度もない」
「話を…されたのですか」
 ハマーンがイザークを見た。
 憐れみのこもった視線であった。
「イザーク・ジュール、お前には分からぬのだろうな。ただそこにいるだけで、乗っている機体からオーラを放つような男がいる事は。自らのプライドに生きるような男でなければ、人質策を耳にした途端に敵へ背を向けて、殺気を漂わせながらさっさと戻ったりはしないものだ。そんな男が、人質策を嬉々として歓迎すると思うか?お前はまず、自分が到底及ばぬレベルの男がいる、と言う事を知っておけ。そんな為体では、討ち取る事は勿論、理解する事すら出来ず虜囚になるぞ」
「『……』」
 ハマーンが出て行った後、壁を殴りつけるような音がした。
 
 
 その人質策を歓迎せぬであろう男は――。
 
 
「ぬ、脱ぐっ?」
「解剖すると言ったろう。さっきも言ったが、素っ裸にして下着を替えさせたのは俺ではないからな」
 ニコルを剥きにかかっていた。
 ハマーンが知ったらどんな顔をしたろうか。
「で、で、でも条約違反ですよっ、国際法違反ですっ」
「誰が?」
「だ、誰がって…え、えーとその…」
 
 シンジは地球軍所属ではなく――そもそもこの世界の住人ですらない。
 
 傍目には所属に見えるだろうが――味方の艦に対して、躊躇う事無く対艦刀を振り下ろさせる者を味方扱いするのは少々難があるだろう。そう考えるとこの碇シンジ、立場としては実に微妙なのだ。
 或いは、奇妙と言った方がいいかもしれない。
「まあ良い。無理強いする気はないのだ。さっきも言ったが、脱がせたのは俺ではないし、人に見せられるものでないのなら、無理に見る事もあるまい。人目に晒せぬと言うものを無理に引き出す教育は、受けてきていないよ」
 ぷち。
 それを聞いた時、ニコルの中で何かが切れた。
「人目に晒せない?見せられるものでない?だ、誰が…誰が貧相な身体なのか良く見なさいっ!」
「うぶ!?」
 シンジの顔にガウンが投げつけられた。
 続いてブラが、そしてパンティが。
「……」
 白い肌を怒りで染めたニコルが、前を隠そうともせずシンジの前で仁王立ちになる。
 確かに悪くはない。
 真っ白で肌理細かい肌はぷにぷにした柔らかさも持っていそうだし、鍛えられてきた割に筋肉質の身体でもない。
 がしかし、その乳房はステラの大きさと弾力に及ばないし、その肌は綾小路葉子のそれには届かない。
 何よりも――シンジが最もよく知る女の肢体は、人間が決して及ばぬレベルのものなのだ。
「あー、ちょっと悪かった。回ってみて」
「……」
 ニコルがくるりと一回転すると、
「ん、綺麗な肌だ。もういいや、服着て」
「も、もういいってそれどういう意味!?やっぱり意識を失っている私に色々したんでしょうっ!」
「してないというに。と言うより、目的が違う。解剖と言ったが、あれは外見が違った場合だ」
「…外見が違う?」
「何せコーディネーターだし、お尻から尻尾でも生えていたら解剖しようと思ったんだが、私の世界と変わらないようだからもういい。さ、服着て」
 普通なら喜ぶべきところだろう。少なくとも、シンジの脳裏にレイプと言う文字はなく、単純な好奇心しか無かったのだから。
 しかし、ニコルのプライドは既にいたく傷ついている。人前に晒せぬものだろうと言われ、挙げ句の果てにはもういいと関心を失ったかのような反応をされたのだ。
 少なくともニコルは、これでプライドの傷つく娘であった。
 シンジに性的好奇心の無かった事も、逆に作用してしまったのである。
(……)
「分かりました、着てあげます。碇シンジさんには目の毒ですからね」
「…は?」
「えらそうな事言って、本当は私に触るのが怖いんでしょう。いいですよ、無理しなくても。女の子の裸を見るのも初めてなんでしょ」
 くすっと笑って下着に伸ばした手が、すっとおさえられた。
「え?」
「俺が、女の裸を見るのが初めて、と?よく言ったニコル・アマルフィ――ドクトルシビウが誰を、そしてどのように開発したのかその身で知るがいい」
 
 碇シンジ――発動。
 
 片手で軽々とニコルを抱き上げて膝の上に乗せる。その手が伸びた先は、ニコルの胸であった。
 癒す為でも自らが満足する為でもなく、ただ欲情させる為だけにシンジの指が妖しく蠢き、片方の手がニコルの背中を這う。
 乳房が揉まれ、柔肉をシンジの指が犯す。自慰もろくに知らぬ娘に取っては危険な刺激であり、背を這う指もまた快感を高めていく。性感帯ではない筈なのに、背を這うシンジの指が時折ある箇所でわずかに力を入れると、むずむずするような感覚が走る。
 乳房に至っては遙かに強烈で、既に肌は赤く上気し、一度も触れられていない乳首は限界まで硬くしこっている。触られているだけで、信じられないような快感が全身へと拡がり、ニコルは抵抗する術を完全に失っていた。
 シンジが手を止めた時、ちょうど二分が経過していた。
「や、やめちゃいやぁ…ふゃぁっ!」
 目許を赤く染め、口を半開きにして続きをねだるニコルが、指先で乳首に触れられて身体をびくっと震わせる。その姿には、さっきシンジにガウンを投げつけた時のものなど微塵も残っていない。
「乳を揉まれただけでその反応とは、随分と感度のいい事だ。さて、俺の気は済んだし解放してあげる。部屋にお帰り」
「いや…やだ…こ、このままにされたら…お、おかしくなっちゃいますっ」
「俺には関係のない話だ。ドクトルシビウの開発技術を侮った報いと知るがいい」
「ド、ドクトルシビウ?」
 自分が口にした事もない名前だが、もうそんな事を考える余裕もない程、ニコルの全身は脳髄まで快楽に冒されていた。その手はしきりに自分の胸を揉みしだいているが、シンジの手と比べものにならない事は、自分が一番分かっている。
 この時ニコルの内部では、訓練された軍服ニコルを、身悶えしている全裸のニコルがボコボコにしている状況であった。
 そしてその唇が――禁断の台詞を紡ぎ出す。
「お、お願いですから私の身体を…な、何とかして…な、何でもしますから…」
 それは、敵に捕らわれ虜囚の身となった者が決して口にしてはならぬ言葉だが、ニコルの身体を疼かせているのは、引き替えに降伏を迫る男ではなかったのだ。
「何でも?ザフトの精鋭が口にするにはやや危険な台詞だな、ニコル?」
「あ、あなたが…あなたが私の身体をおかしくするからっ」
「つまり俺のせい?」
 ニコルはふるふると首を振り、
「お、お願い…」
 実際は放り出そうかと思っていたのだが、目に涙を浮かべて哀願する少女の姿に、このまま帰しておかしくなられても困ると、シンジは一つ頷いた。
「そこまで言うのなら戻してあげる。その前に訊くが、男を知らないな?」
「!」
 ぴくっと反応し、数秒経ってから首を縦に振る。
「じゃ解剖するとしよう。あそこにある姿見を持ってきて」
 鏡を持ってこさせ、もう一度膝の上に乗せたニコルをくるりと回転させた。
「い、いやぁっ!」
 そこには大きく足を拡げ、乳首を硬くして未知の快楽を求めて止まぬ自分の姿が映っている。寝起きでどんなにひどい頭をしていても、この姿に比べれば遙かにましだ。
「何でも、と言っていたがこっちにつけなどと無粋な事を言う気はない。一つだけしてほしい事がある」
「一つ?」
 濡れた目でニコルが振り返る。
「自分で拡げて」
「自分で?拡げる?え…ま、まさか…」
「それだ」
「あ、あぅっ、そ、そんなっ…」
「無理強いはしない訳だが?」
 だがその意味するところは訊かずとも分かっている。理性と快楽が鬩ぎ合い、ニコルの視線が宙を彷徨う。
 だがその拮抗に決着がつくまで、長くはかからなかった。魔女医の教えを受けた妖指は、乙女の理性を容易く凌駕していたのである。
「や、約束は…」
「分かっているニコル。約定を違えた事はない」
 シンジの言葉に、ニコルの指がおずおずと股間に伸びていく。婦人科にかかった知り合いから聞いた記憶がある格好――秘所を左右に開いて見せるのだと言われ、その時は笑い話だったが、まさか自分がそれをする時が来るとは思わなかった。
 しかも快楽の為に、自らそれを選んだのだ。
「さ、見せて」
 シンジの囁きに、ニコルがこくっと頷く。指の触れた先は、自分でも信じられない位に濡れており、茂みとも言えぬ淫毛がしっとりと濡れてはり付いている。
(私…見られて感じちゃってる…)
 シンジの目が、被検体を見る科学者のそれである事には気付かず、その視線を感じてますます身体は熱くなっていく。指をかけて左右に押し広げると、中から熱い愛液がこぼれおちて伝い落ちた。
「んっ…んくっ…」
 羞恥に顔を染めながらもゆっくりと秘所を左右に開いていき、やがてくぱっと拡げてみせた。
「こ、これで…イイっ?」
「ふむ――」
 頷いたシンジが何か言いかけた時、部屋の扉が開いた。
 立っていたのはミーアとガウン姿のキラであり、彼らが見たのは――シンジの膝の上に抱きかかえられ、内襞までも見えそうな位秘所を拡げた姿を晒しているニコルの姿であった。
「ノックしても返事がなかったから入らせて頂いたのですけれど…お取り込み中みたいですわね?」
 ミーアがにっこりと笑い――室内の空気が凍り付いた。
 
 
 
  
 
(第二十八話 了)

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