妖華−女神館の住人達外伝
 
 
 
ドクトルシビウの闇カルテ:ツェザーレ
 
 
 
第二十一話:敵軍の歌姫――音声担当とヴィジュアル担当
 
 
 
 
 
「モルゲンレーテが襲撃されてモビルスーツが奪取され、あまつさえガイアが行方不明の上にヘリオポリスは崩壊と来たか。登録済の居住者に死者が出なかった事がかすかな幸いか」
「工場区にいたのは連合軍の兵士と技術者のみで、我が軍の関係者は一人もいませんでした。コロニーの損失はプラントに請求中ですが、やはり問題はガイアです。ザフト軍の手に渡ってはいないようですが、目下その姿はどこにも見あたりません」
「うむ…」
 オーブ首長連合国の頭領、ウズミ・ナラ・アスハは、エリカの報告を目を閉じて聞いていた。
 地球とプラントの開戦当時から中立を明言してきたオーブだが、無論徒手空拳で理想が唱えられるとは思っていない。秘かにモビルスーツの研究をさせてはいたが、ヘリオポリスの一件については、完全に把握外の出来事であった。
 言うまでもなく、ヘリオポリスを標的として攻め込んだザフト軍が、そこでモビルスーツを発見した可能性はゼロである。つまり、どこからか情報が漏れていたのだ。
 一国の頭領としては、正直かなり間抜けな話であり、情報管制が甘かったと言われても仕方がない。
 分かっていれば――もっと上手くやっていたところだ。
 コロニーは失うし、持っていたらしいモビルスーツは行方不明になるし、おまけに娘は勝手にどこぞをウロウロしていて帰ってこない。
 今の心境を端的に言えば、蜜蜂と足長蜂に刺され、更にそこへ雀蜂が大挙来襲してガシガシと刺していったような、そんな感じである。
 これで、娘の姿が倒壊したヘリオポリスにあった、等と知った日には神を呪っても飽き足りないかも知れない。
「新造艦に載っている、と言う可能性は?」
「何とも申し上げられません。ステラ・ルーシェ以外に、そうそう動かせる者がいるとも思えないのですが、現場に派遣したジャンク屋からは、機体の破片が見つかったという報告は上がっておりません。可能性としては五分五分かと」
「ふうむ…しかし、ザフト軍のせいだと駄々をこねてもおられん。開発を止める訳にはいかないからな。無力な者が理想を叫ぶのは悪極まるというものだ」
「既に、新型機体の構想は出来ております」
「ほう?」
 エリカはにこっと笑った。
「独立した戦闘機としても使用可能なコックピット部分を中心に、四つのパーツで構成され、合体してモビルスーツに変形可能となっております」
「そうか…ちょっと待て」
「はい?」
「戦闘機の部分が変形してモビルスーツになるならいざ知らず、何故合体変形なのだ?」
「その方が都合がいいのです。合体でも単機変形でもよいのですが、戦闘時の身軽さはまったく違います。合体タイプの方が、単機変形型に比べて遙かに軽量化でき、俊敏さも確保出来ますから」
 理屈は何となくわかるが、根本的な所が分からない。すなわち――どう考えても単機変形の方が変形時にロスもなく、リスクも少ない筈なのだ。
 合体、と言う事は他の三つのパーツが寄ってくるのだろうが、寄ってくる途中で撃墜されたらどうするのか。モビルスーツ戦以前に、変形すら出来ないではないか。喉の辺りまでツッコミが出掛かったのだが、辛うじておさえた。
 ウズミは総代表でありまとめる地位にはあるが、個々の分野全てに於いて突出している訳ではない。
 無論、技術者であるエリカに、彼女の分野でツッコミを入れて切り返しを封じる自信もない。
 だから止めた。
 七割五分の可能性で、蛇が潜んでいる穴に手を突っ込む事もないと思ったのだ。正解であろう。
「エリカ君」
「はい」
「開発に於いては君に任せる。が、その…あまり量産には向かないようだな?」
「ええ」
 エリカはあっさりと頷いた。
「この構想は、ある意味オーブのような小国にこそ相応しい、と言えるのです。正確に言えば――小さな国土の国に。最初から組み上がった機体をずらりと並べるより、遙かに効率的に収容が出来ますし、パイロットの存命率もあがります」
「緊急時の脱出、と言う事かね」
「はい。宇宙空間にせよ地球上にせよ、コックピット部が撃ち抜かれでもしない限り、バッテリーが僅かに残っていれば脱出は可能です。ザフト軍が使用するようなグゥルも必要ありません」
「良かろう。だが、正直かなり奇異な試みにも見えるのだが…操縦者に志願する者はいたのか」
「一名が、すぐに名乗りをあげました」
 机の上に置かれた写真には、赤瞳の少年が写っている。
「シン・アスカ、病床にある妹に勇姿を見せたいという、実に分かり易い理由で志願してくれました。自分の勇姿を見れば妹も勇気が出るだろうと、単純な少年です」
「…エリカ・シモンズ」
 それを聞いたウズミの声が、低い物へと変わった。
「私は君のそのような所を好まない。君の思考がいかなるものであれ、この機体は奇異に見える存在であり、全く確立されていないものだ。そこへ、妹の為と志願する者は称賛されこそすれ、侮られる筋合いなどない。まして君などに」
 エリカの場合、確かに優秀なのだが、対人関係に於いて少々問題がある。時として、計り知れぬ値を叩き出す人の想いと言う物を、無視する傾向があるのだ。
「…申し訳ありません」
「敵のスパイならいざ知らず、そうでないのなら感謝せねばならぬ事だ。開発は続行したまえ。ただし、パイロット達は君がいつも相手にする無機質な数字の羅列でない事は覚えておくことだ」
「はい…失礼致しました」
 退出しようとしたエリカの足が止まる。
「ただウズミ様、携帯やポスターに水着の女性ではなく血の繋がった妹の写真を貼る、と言うのは正直どうかと思いますが。重体ではないようですし、無論逝去してもおりません。その場合は、普通はこう言うのです」
「何と言うのだ」
「シスコン、と。では私はこれで」
「……」
 エリカが退出した後、ウズミは懐から一葉の写真を取り出した。そこには、二人の赤子を抱く若き母親が写っている。
 オーブの獅子、と呼ばれた男の顔が、一瞬父親のものへと変わり、
「何れ真実を明かす時が来るのか来ないのか、それは私にも分からん。だがその場合…シスコンの一種かね?」
 怪しいコンプレックスに関する造詣は多少あるらしい。
 
 
 
 
 
「そろそろ自力で降りてみないか?」
「いや」
 子供みたいに首を振るキラを、やれやれと抱きかかえて降りるシンジだが、それでも粗雑に扱わないのはシンジらしいところだ。
 その辺は、あまり言動が一致しない。
「ヤマト、とりあえず姉御を呼んできて。死体が入っている訳でもなさそうだし、ヘリオポリスの物ではないのだろう?」
「違います」
 キラは即座に否定した。倒壊したヘリオポリスから来た物、となれば少なくとも敵ではないが、一人用でしかもヘリオポリスの物ではない、となると誰が乗っているか分からない。シンジの知識では、八本足の宇宙人でもおかしくないのだが、この世界では既に人類が宇宙へせっせと進出中であり、ここの常識で言えば人間だろう。
 ナチュラルかコーディネーターかは分からないが。
「先に開けておいてもいいかな」
 ふとそんな考えが浮かんだシンジに、
「もう一機の彼女が呼んでるわよ」
「…マーベット、今なんて?」
「彼女、よ。一瞬違う呼び方しかけたみた…い、いえ何でもないわ」
 ズモモモ、と背後に怪しい気配を漂わせて、シンジがマーベットを見た。
 手に炎や風をまとってはいなかったが、真相を告げるとバーベキューにされそうな気がして、それ以上は言わなかった。
「分かった行ってくる、ありがとう」
「……」
 不器用に宙に浮かぶシンジの後ろ姿を、マーベットは複雑な表情で見送った。
「おや?」
 シンジの眼に、今し方見たような物体が映る。二回首を捻ってから、どうやらステラも同じような物を発見してきたらしいと気が付いた。
「お兄ちゃんこっち」
 周囲に誰もいない事を確認してから、ステラが嬉しそうに手を振った。
「どこで?」
「さっき戻る時に見つけたの。一人で開けるのは怖いから…」
 アルテミスでの闘いぶりを見る限り、そんな事はない。と言うよりも、そもそもブリッジへ連絡するのが優先であり、シンジを呼んだのは単に甘えだろう。
 ただし、ここで冷静に突っ込まない位には、シンジも空気は読める。
「外から開閉出来る?」
「うん…あ、待ってっ」
 つかつかと歩み寄り、さっさと開けようとするシンジに、ステラが慌ててしがみついた。
「なに?」
「誰が乗っているか分からないから一応…」
「大丈夫」
 ステラの頭を撫でて、
「ステラはちゃんとガードしてあげるから」
「うんっ」
 世の中には予定調和、と言う単語がある。この場合がそれで、ステラはシンジがそう言ってくれると思っているし、シンジの方も、ステラが何を言って欲しいのかは分かっている。
 一種のマッチポンプ、と言う見方もあるわけだが。
 とまれ、シンジが扉の開閉ボタンを全く不用心に開けた次の瞬間、
「謝罪しる!賠償しる!」
 甲高い声が聞こえてきたのだが、問題はステラであった。怖がっていた筈なのに、シンジを庇うように一歩前に出ようとしたのだ。
 いいから、とステラを制したところへ、赤い物体が出てきた。
「何だこれ?」
「ウェーハッハッハ!」
 さっきの声と同じと知った瞬間、シンジの足が動いていた。すらりとした長い足が垂直に上がり、赤い球体を天井付近まで蹴り飛ばす。
「成敗」
 足が引き戻されたところへ、
「乱暴はいけませんわ」
 鈴を振るような声がして、少女が浮いて出た。
「……」
 その全身をまじまじと眺めてから、
「知り合いか?」
 と訊いた。ステラがふるふると首を振る。
「見慣れない顔だが、どこのどなた?」
「あの…」
 娘はちょっと言い淀んでから、
「…ミーア・キャンベルと申します。それでその…ここはザフトの船ではありませんのね?」
「違う。ザフト狩りをしに行く艦だ」
(お兄ちゃん?)
「そうでしたの…」
 ミーアの表情が少し曇ったが、怯える様子はない。とはいえ、台詞からするとオーブや地球軍ではなく、プラントのザフト側に属する人間だろう。
「素性は身体に訊くとして、ザフトのミーア・キャンベルがここで何…痛!」
 ぎゅむっ。
 無論幽霊が実体を帯びる訳はなく、シンジの言葉に反応したステラが抓ったのだ。人道的観点から、ではあるまい。
「あの、別に隠す気はありませんから、訊かれればお話ししますけれど…」
「…分かってる、言ってみただけだ。で?」
「私は、ユニウスセブンの追悼慰霊団を追う所でした。その、私がヴィジュアル担当なのに、音声担当が表に出てしまって…」
 何故か顔を赤らめるミーアに、シンジの首がほぼ真横を向く。この時点でシンジの認識は、ミーアと名乗る娘がテレビの番組を作る仕事をしているのだろう、と言う事であった。
 音声担当だのヴィジュアル担当だの、シンジには無縁の単語である。
「つまりニュースキャスターとかその辺の関連で?」
「え?」
 ちょこんと首を傾げたミーアが、くすくすと笑った。
「違いますわ――」
 一瞬で笑みは消え、
「音声――歌の担当はプラントの歌姫…ラクス・クライン、そして皆様の前に姿を現す時、つまりヴィジュアル担当は私ミーア・キャンベルですの」
「ふうん…」
 ミーアの全身を上から下まで見たシンジが、
「胸と身体の丸みだな?」
 その言葉に、ミーアがかーっと赤くなって胸をおさえ、ステラの眉がピッと上がる。
「ど、ど、どうして…お、お分かりになるんですの」
「どういう系統の歌を歌うかは知らないけれど、歌う時は照明やメイクでかなり誤魔化せるから、造られた色気や偽物の胸でも何とか通用するが、人々の前で陽光の下、その全身を晒してしまえばそうはいかない。その真実の姿が、文字通り白日の前にさらけ出される事になる。そんな時に造られた色気では一発で見破られるから、天然物を使おうと言う事だろう。違う?」
「その通りですわ」
 ミーアはうっすらと微笑った。どこか、陰のある笑みであった。
「『……』」
 シンジとステラが、一瞬顔を見合わせる。
「ユニウスセブンと言えば、腐敗人種のナチュラルが、コーディネーターを妬んだ挙げ句に核を打ち込んだコロニーだったな。お送りして差し上げても構わないが――」
「あの…」
「ん?」
「あなたは…地球軍の方ではありませんの?」
「地球軍の奴がこんな長髪で私服のまま、艦内をウロウロしたりモビルスーツに乗ったりはしない――多分。つまり全然違う」
「では…プラントの?」
「ザフトの連中はその内滅ぼす。全員炭化させてくれる」
「はあ…」
 よく分からない、と言った顔だが、一応ミーアは頷いた。
「とりあえず、姉御に引き合わせておくか」
「アネゴ、とはどなたですの?」
「この艦の艦長だ。ステラが拾ってきたのだから、間違っても独房に放り込ませたりはしない。安心するがいい」
「あ、ありがとうございます。あの、お名前をお伺いしてもよろしいですか?」
「碇シンジ」
「私はステラ・ルーシェ。言っておくけどお兄ちゃんにちょっかいを出し…あぅんっ!?」
 シンジの手がにゅうと伸びて、ステラのお尻をむにっとつねったのだ。
(も、もうお兄ちゃん…)
 恨めしげにシンジを見たが、その表情はどこか嬉しそうだ。
「さて行こ…大丈夫か?」
 ふらっとミーアが蹌踉めいたのを見て、シンジが手を出して支える。
「ごめんなさい。まだポッドの中は…二日目なのですけれど」
「二日?」
「プラントを発ってすぐに船が故障してしまって、先を急ぐからとポッドで出たまでは良かったけれど、今度はポッドが故障してしまったの。困ったものですわ」
「まったくだ」
「残った方達は救援信号を出したから無事だとい…あっ!?」
「話はゆっくり聞くから、とりあえず連行する」
 ふらふらしているミーアを、シンジがひょいと担ぎ上げた。
「あのっ、だ、大丈夫…ですからっ」
「一つ、大丈夫そうには見えなかった。二つ、普通に浮遊させて倒れられでもしたら、姉御に何を言われるか分からない。よって却下」
 ミーアを抱えたまま、シンジはすたすたと進んでいく。
(むー…)
 見ている娘としては面白くなく、無論抱えられている方も分かってはいるのだが、強引に振り解く事も出来ず、横抱きにされたまま一人ジレンマに陥っていた。
 もう一つのポッドが開く十分前の事である。
 
 
 
「…艦長、これは」
 遅れてやって来たナタルに、
「キラさんと――」
「バジルール、お前はこっち」
「『え?』」
「気が変わった。姉御はフラガと、ラクス・クラインの事情聴取を。こっちは大体分かったが、一応くっついとけ。ほらさっさと行くぞ」
「?」
 事情の分からぬまま左右を見回すナタルだったが、
「行って」
 マリューの言葉に、早足でシンジの後を追った。
「おいおい艦長、いいのか?」
「何が?」
「何がって…一応正体不明者なんだろ?任せるのはまずいんじゃ…」
「あなたと二人きりで聴取させるより十五倍安心よ。あなたはさっさとこっち」
「……」
 マリューとナタルの関係は、ぎすぎすしたまま、依然として修復の様相を見せていない。シンジもそんな事は分かり切っているからナタルを引っ張っていったのだし、マリューにもそれは伝わっている。
 大体、シンジがナタルを連れて行った状態で見知らぬ娘に何をするというのか。それに、シンジはラクス・クラインと言った。それがこの少女の名前なのだろう。つまり、そこまでの情報はもう聞きだしているという事だ。
 何となく微妙そうな関係の二人だし、同じ部屋で同時に訊く事もあるまい。
「あ、あの私は…」
 無論、ステラはシンジにぴょんぴょんと付いていった。さっきまで自分と一緒にいてくれたのに、いつの間にか見知らぬ少女を抱きかかえていたし、しかもまた自分を置いて行ってしまった。
 キラの心中は何となく分かるマリューは、どうしたものかとちょっと迷ったが、
「キラさんは一緒に来てくれる?一応立ち会って。フラガ大尉がおかしな事を考えないように」
「は、はい…え?」
「…俺はロリコンかよ」
 ぼやいたムウを無視して、
「エマ少尉、レコア少尉、もう一人の少女は碇さんに任せます。二人はとりあえず、この少女の健康チェックを。終了次第連絡して」
「『了解』」
 
 
 
「…ヴィジュアル担当〜?」
 スパン!
「痛!?い、いったい何を!」
「何を!じゃないっての。一回言ったらさっさと理解しろ。それとも、お前は言語能力に問題でもあるのか」
「べ、別にそう言う事では…で、ですが」
「あ?」
「さっきの少女がプラント最高評議会の議長の娘で、しかもこの子供が――っ!」
 スパン!
 今度の一撃は、さっきより強烈であった。
「お前なぞに子供扱いされる筋合いはない。これ以上墓穴を掘るなら、望み通り手足を縛って逆さに突っ込んで生き埋めにするぞ」
「…も、申し訳ありません」
「とにかく、このミーアがあの娘、ラクス・クラインの影武者もどきなのは分かった。それと、ボンクラで役立たずなナチュラル共が核を落としたユニウスセブンの追悼式に、間違って出立したラクス・クラインの後を追った事もな。他に訊いておく事は」
「いえ、そこまで事情を聴いておられたのでしたら、私の方からは何も…」
 おそらく事実だろう。少なくとも、このアークエンジェルに忍ばせる為、ご丁寧に救命ポッドへ少女を積み込んで送り出した、と言う訳ではあるまい。
 この後どうするかは艦長が考える事で、ザフトに属するからと言って捕虜扱いする事もない――正確に言えば、絶対に出来まい。
 早くも打ち解けているらしいこの異世界人がさせないのは、目に見えている。
(お気に入りの娘が拾ってきたのだからな)
 ナタルの視線が、シンジの手元を見た。シンジの横に寄り添うステラが、その手をきゅっと握っている。
「処遇は、と言うよりどう送り返すかは艦長に任せる。それでいいな?」
「ええ、艦長にお任せします」
(艦長に…)
 ナタルの脳裏に、マリューと睨み合ったさっきの光景が浮かび、その口許が僅かに歪んだのを、シンジは見逃さなかった。
(……)
 ナタルが退出した後、
「あの…」
 ミーアが遠慮がちに声をかけた。
「ん?ああ、分かっている。君とラクス嬢には、部屋を用意させるからそこでゆっくり休むといい。お疲れだったろう」
「あ、いえそうではなくて…」
「何?」
「今の方はどなたですの?」
「さっきの?あれはナタル・バジルール…なんだっけ?」
「少尉」
「そうそう、少尉だ。せっせと墓穴を掘り、その中へ生き埋めにされる機会を頻々と作り出すが、姉御のせいで埋め立てが出来ないところだ」
「お嫌いなんですのね」
 それには直接答えず、
「ヘリオポリスより脱出し、機関部が故障して浮遊していたポッドを拾った時、受け入れを拒んだ者がいる。誰のせいであのコロニーが倒壊したのやら」
「艦長さんは、ナチュラルではありませんの?」
「コーディネーターじゃないと思うが、コーディネーターに見えたか?」
「いえ、そうではなくて。ただ、艦長さんの事があまりお好きではないように見えましたから…」
「だからさっさと抹殺しろ、と言ってるんだが何せお人好しの姉御だから許可を出さん。こっちも困ってる」
「物騒ですのね」
 くすっと笑って、
「でも、ちょっとお困りですわね?」
「微妙にね。さて、ステラ」
「はい?」
「この子、どこかの部屋に案内して。空き部屋はあるだろ。それと、食事と健康チェックの手配も」
「うん」
「あの、私身体の方は大丈夫ですから」
「いいから。ヴィジュアル担当が、顔色悪かったら困るし、プラントに戻ってから体調を崩したりしたら、また面倒な事にもなろう」
「分かりました。お言葉に甘えますね」
「ん」
 部屋を出たミーアが、
「碇シンジ様、でしたわね。ナチュラルにあまり良い感情を持っておられないようでしたけれど、ザフトでもないようですし、不思議な方ですわね」
「不思議じゃないわ。この世界の住人じゃないんだもの」
「え?」
「でも、私の大事な人。おかしな事言ったら許さないんだから」
「分かってますわ。でも、随分と危険慣れしておられる方ですのね」
 おそらく、シンジが聞いたら一番満足する褒め言葉だろう――ミーアの意図はともかくとして。
 
 
 
 
 
「ヴェサリウスでラクスの捜索に?」
「勿論だ…行かないと思ったのか?冷たい想い人だな?」
 プラントにも、ラクス・クライン行方不明の報告は届いていた。親同士が決めた事とはいえ、目下二人は許嫁の間柄なのだが、そのラクスにヴィジュアル担当の影武者がいる事は、アスランも無論知らない。
 しかも、ラクスに加えてミーアまでアークエンジェルにいると知ったら、卒倒したかもしれない。ラクスの乗った船が行方不明というニュースを聞き、最初は仰天したのだが、よく考えれば元から天然で突拍子もない所があるラクスだし、或いは途中で勝手に何処かへ寄ると言い出したのかも知れないと、そんなに心配はしていなかったのだ。
 と言うよりも、嫌な予感に全身を覆われていなかった事が大きい。危険にさらされていれば、少なくとも予感がする位の自負はある。
 パトリックの一言で決定したのだが、
「彼女を連れて英雄のように戻れ、と言う事ですか」
「その逆もある」
「え?」
「亡骸を抱いて号泣しながら、と言う選択肢もな」
「!」
 ラクスが死んだ、とアスランが号泣しているところへ、何事ですの?とミーアが顔を出したら、それこそえらい事になる。
 クルーゼも、ミーアの存在については知らないらしい。
 
 
 
 
 
 ミーアがステラに連れられてしばらく経ってから、シンジの部屋のドアがノックされた。
「キラです。あの…いいですか?」
「いいよ」
 入ってきたキラの顔を見て、シンジの眉が僅かに寄る。キラの顔色は、明らかに悪かったのだ。
「何事?」
「その…さっきの女の子――ラクス・クラインっていうんだけど、プラントの最高評議会のえらい人の娘さんで…」
「ああ、知ってるよ。さっき聞いた」
「私が撃ったジンは…あの子の捜索だったみたい…」
「何をしに来たか、ではなく何をしたか、が要点だろう。ラクス・クライン捜索中、の幟を掲げて行動してはいなかったろう?」
「ノボリ?」
「旗のことだよ。そもそも丸腰で壊れて浮いていた相手を撃った訳でもあるまいに――とヤマトに言っても、あっさり得心も出来ぬだろうな?」
「ごめんなさい…」
「まあいい、最初から分かっている事だ。ヤマト、おいで」
 とことことやってきたキラを膝に乗せ、その髪をよしよしと撫でる。
「それにしてもあれだ――手間のかかる娘だな、ヤマトは?」
「す、すみません」
「とはいえ、最初からヤマトの癒し係も担当業務に入っている。別に構わないさ。それに、ヤマトに不安定な状態で出られるとこっちにも影響がある。所謂相互依存ってやつだ」
「シンジさん…」
 
 全然違う。
 
 そもそも、キラが安定していれば最初から問題ない話であり、ステラであれば少なくともこんな事で動揺はしない。ステラは、ある意味シンジと同じ人種なのだ。
 普通に考えれば、シンジが一方的に割を食っている話だが、性格的に気にしないだけの話である。
 
(……)
 戻ってきたステラは、部屋の中から聞こえてきた声に足を止めた。
「シンジさんの膝の上にいると、とても落ち着きます…」
 中へすぐにでも入りたかったが、何とか我慢した――平常心でいる自信がなかったのである。
 その晩、
「ステラ、上衣は」
「暑いから脱いだの。要らない」
(寒くもないが別に暑くは…)
「まあ、体感温度は人それぞれだからいいとして…暑いのになんでくっつく?」
 暑いはずなのに、ステラが重量感のある胸をぎゅっと押しつけてくるのだ。
「くっついて寝たいから。お兄ちゃん…私邪魔?」
「そんな事はないが…そういう気分?」
「うん」
「分かった、いいよ」
「うんっ」
 前の晩より、ステラは積極的であった。
 数値にすると、およそ四割増しであったと言う。
 
 
 
 
 
(第二十一話 了)

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