妖華−女神館の住人達外伝
 
 
 
ドクトルシビウの闇カルテ:ツェザーレ
 
 
 
第二十話:大きくなって増量中
 
 
 
 
 
「ちっちゃい胸に…見えた?」
「思い切り見えた」
 即答したシンジに、ステラは怒った様子も見せず、
「普段は用もないから抑えているんだけど…逆に成長しちゃってるみたいで」
 ベッドの側にやってきたステラが、シンジの手を取って、ほらと胸に当てた。
(重い)
 パジャマの上からだったが、重量感と手触りで本物だとすぐに分かる。手の中に握り込まれたバネが反発する原理なのだろうが、随分と反発成長したものだ。
「あの…」
「ん?」
「大きいのってみっともないでしょ?兵士には全然関係ないし…」
(ふうん?)
 その辺は、軍隊に縁のないシンジには分からないが、ただ小さいのを悩む者はいても、大きいのを気にして押さえつけている、と言うのは寡聞にして聞いた事がない。
 パジャマの上から数度たぷたぷと触れてから、
「耳貸せ」
「え?」
 ステラが顔を寄せると、その耳元で、
「可愛いよ」
 と囁いた。
「え…!」
 理解するのに三秒掛かったステラが、一瞬眼をぱちくりさせ、その直後にかーっと赤くなった。
 頬を起点にして顔中を、そして首筋までも真っ赤に染め、
「ほ、本当にっ?」
 と少し早口で訊いた。
 ん、と頷いたシンジに、
「ほんとはあまり…好きじゃなかったけど…」
 シンジの手を取り、今度はそっと乳房に当てた。服の上からではなく、直接触れると、搗いたばかりの餅みたいな感触がした。
 柔らかいそれが、手に吸い付いてくる。指先で軽くつくと、少し沈んでから柔くはね返してきた。
 サラシのスパルタ教育のせいで、良い素材に育ったらしい。
「ステラは女の子だし、いずれは恋したり子供が出来たりもする。折角大きくて形も良いし感触もいいのに、恥じる事はない。大事にするといい」
「あ、ありがとう…」
 ステラがもそもそとベッドの中に入ってきた。
「電気消すよ?」
「うん」
 シンジの腕にちょこんと頭を乗せたステラに、
「ステラは…」
「なに?」
「あ、いや何でもない。寝よ」
「言いかけたのに止めるなんて…」
「いや、大したことじゃないんだ。ステラは誰かと付き合ったりした事は無いの?」
「全然」
 間髪入れずに返ってきた。
「そう」
「どうして訊くの?」
「別に…何となくそう思っただけ」
「興味無かったもの。面白いとも思えないし、それに…」
「ん?」
「なんか…子供みたいで…」
「ステラは精神年齢高いからね?」
「そんな事はないの。私だって大人じゃありません。ただ、惹かれる事がなかっただけ。でも…いきなり違う世界に放り出されても、見知らぬ子供を、それも六人も護衛を買って出るのは…良いと思ったの…」
「そうか…って、俺?」
「う、うん…」
 わずかに赤くなったらしい気配が伝わってくる。
「ありがと」
 六人をガードする事になったのは、シンジの矜持の問題であって、人道的に云々は関係ない。異形の力を恥じる事はありません、とヒソヒソと囁かれ続けた事が、今回は良い方に出た訳だが、それはステラに言っても分からぬ事だろう。
「私が…そう思っただけだから。そっち向いていい?」
「いいよ」
 こちら側へ向き直ったステラが、シンジの胸元に顔を寄せた。
「とても暖かい…。碇さん、その…ぎゅってして?」
(牛?)
 三度反復してからピンと来た。腕を伸ばして、言われた通りにぎゅっと抱きしめると、ステラの口から小さな声がもれる。
「ごめん、痛かった?」
「い、いえ違いますっ」
 思い切り首を左右に振り、
「その、胸が…とても暖かくなって…」
「暖かく?」
「うん」
 ほら、とシンジの手を取って胸に当てる。柔らかなそこは、普段よりも三割早く脈打っていた。
 そうらしい、とあっさり離れようとした手が、そっとおさえられた。
「も、もう少し…」
「……」
 むこうを向いて、と身体の向きを変えさせ、一瞬宙を見上げてからステラの乳房を掌に包み込んだ。
 さすがにまだ、手から余る程の大きさはない。
 吸い付いてくるようなもち肌を、シンジの細い指がゆっくりと揉みあげていく。感じさせずに癒すやり方は、美貌の魔女医から少し前に習ったものだ。
「はっあ…あふぅ…っ」
 ステラの唇から熱い吐息が漏れるが、まだ官能のそれはない。
(よしこのまま)
 そのまま乳房全体を丹念に揉み、やがてシンジの手が乳房から離れる。
「終わった」
 シンジの声に、ステラがゆっくりとこっちを向けた。
「もう…力抜けちゃった…」
 甘い声で囁いて、ふにゃふにゃと弛緩した身体を預けてきた。
「どんな感じ?」
「なんか…変な感じがするの…気持ちいいんだけどその、胸を揉まれたとかそう言う感じじゃなくて…」
「それは良かった」
 よし、とちびシンジが脳裏でガッツポーズをしているのだが、無論ステラはそんな事など知らない。
「性感マッサージされた感じ?」
「そんな感じの…性感?」
「何でもない、気にしないで。さ、寝るよ」
「うん」
 寝息を立て始めたかに見えた二人だが、十分程経ってから、ステラがむくっと起きあがった。ぺたんと座り込んだ姿勢で、じっとシンジを見つめている。
 やがてその顔が、ゆっくりとシンジの顔に近づいていく。控えめに窄められた唇の先には、シンジの頬がある。
 ステラの唇がシンジの頬に触れようとした瞬間、シンジがくるりと上を向いた。
 
 むちゅ…。
 
(!?)
 シンジの眼が開いている、とステラは直感で察した。が、どうする事も出来ず、唇が重なった体勢でステラの肢体が硬直する。
 間もなくシンジの手が動き、ステラの顔を両手で挟んで持ち上げた。
「あ、あのっ、ご、ごめんなさい私っ…」
 何故キスを、それも寝顔になどしたくなったのか、正直なところ自分でも分からなかった。
 泣きそうな顔で謝るステラの顔が引き寄せられ、
「え…あっ」
 額に、ちうとシンジの唇が触れた。
「さて、あまり夜更かしすると明日に響く。もう寝る」
「は、はい」
「いい子だ」
 髪を優しく撫でられ、かいなに抱き寄せられたステラが、
「あ、あの…」
「ん?」
「その…」
 少し躊躇ってから、
「お、おやすみなさいお兄ちゃんっ」
「うん」
 頷いてから、
(お、お兄ちゃん…!?)
 意味を理解するまでに十数秒掛かり、更にステラがシンジの胸元へぎゅっと顔を埋めて、さっさと睡魔に身を任せた後も睡魔は退散してしまったせいで、夢の世界へ逃避するまでに一時間近く掛かった。
 先日キラと寝た時は、シンジが数時間前から起きていたのだが、翌日ステラとの誤差は数分であった。
 何とかシンジが先に起きたところへ、ステラがうっすらと目を開けた。
「ステラ、おはよう」
「あ…」
 その目がシンジを認め、少し恥ずかしげに微笑った。
「おはよう…お兄ちゃん」
(やっぱり夢じゃなかったらしい)
「…ん」
「あ、あの…駄目?」
(むう…)
 当然の事だが、シンジに妹はいないし、姉さんと呼んだ事はあってもお兄ちゃんと呼ばれた事はない。
 迷ったのだが、三秒程で肯定の結論が出た。何とかなるなる、という信条が優先されたのである。
「いいよ」
 シンジは頷いた。
「でも、二人の時だけね」
「はいっ、お兄ちゃん」
 ステラは嬉しそうに、にこっと笑った。
 二人の関係は新展開を迎えたが…がしかし。
「私がストライクに?それは駄目」
 あっさりと却下された。
「…即答?」
「うん。だってあれはキラの機体でしょ。お兄ちゃんがキラを庇うのは分かるけど、逆効果になると思う。私が死体を怖がったから役立たないと思われた、って勘違いしてやけになったりしたら困るでしょ?」
「……」
「あれ?」
「ボーダーラインを気にしながら乗る時点で、かなり不自由が付きまとう。どうしても無理なら洗脳してしまっ…もご」
 ステラの細い指が、すっとシンジの唇をおさえた。
「優しいからそんな事思っていないのに。思ってない事は言っちゃだめ。ね?」
(……)
 シンジの脳裏に浮かんだのは、何故か黒瓜堂の顔であった。理由は分からない。
「ステラがそう言うならそうしよう。キラには一応話してみる」
「うん。じゃ、先に行くね」
 出て行くステラの後ろ姿を眺めていたシンジだが、不意に首を振った。
 
 君にそんな事は教えていないはずですが?
 
 とてつもなく邪悪な響きを帯びた台詞が、脳内で数度リフレインしたのである。
 とまれこの日から、ステラは甘える術を一つ身につけたのは間違いない。
 
 
 
 
「休暇はお終いか。でも、その方がいい…」
 シャワーを浴びたアスランは、ガウン姿でベッドにひっくり返っていた。結局クルーゼの報告とアスランの補足、そしてパトリックの煽動により、方向は強硬な方へと向かっていった。
 その事自体を否定する気はない。元はと言えば、ナチュラルがコーディネーターを迫害し、核を打ち込んできた事が発端なのだ。
 さっきも宿舎へ戻る前に、母レノア・ザラの墓所へ立ち寄って、墓参してきたところである。
 ただその一方で、両軍とも核を使えない、いわば切り札の無い状況でどうやって終わらせるのか、と言う懸念はある。
 先だって、ナチュラルからモビルスーツを強奪して手に入れはした。とはいえ、こちらはレッドスーツの精鋭部隊、向こうはたかが戦艦一隻とモビルスーツ一機なのに、クルーゼの隊長機はあっさり撃破されて中破、しかも未だに撃沈も捕縛も出来ていないのだ。
 確かに前回、キラが単騎で出てきた時に、自分がやや手抜きしていたのは認める。
 しかしもしもあそこでキラを捕縛――乃至は撃沈していれば、後から出てきた機体に、自分達は殲滅させられていたのは間違いないと、アスランには断言出来るのだ。
 どこの機体かは不明だが、もしかしたらクルーゼの言う通りオーブ産かも知れないし、或いは単にスパイが無能で報告漏れがあったのかも知れない。
 ただ、データにない機体だったのは事実だったから、クルーゼも報告せぬように告げたし、アスランも言わなかった。オーブ産の可能性がある、などと報告した日には外交問題になるのは間違いないからだ。
 部隊が二つクルーゼの傘下に入り、七十二時間後には出撃と決まったが、本当はすぐにでも戦場へ戻りたいアスランであった。
 手の届かぬ、あるいは手からすり抜ける小鳥であってもそれを追う事が――キラをこちらへ取り戻してもう一度語り合う事が、今のアスランには最大の目的であった。
 だから撃沈などとんでもない話だが、イザークやディアッカでは逆立ちしても無理な話だし、心配はいるまい。
 問題は――せいぜい、猪突猛進して全滅させられないかどうか、位である。
 
 
 
 
 
 朝食はシンジが想定した通り、まったく違う物になっていた。
 正確に言えば、まともな食事になっていたのである。
「主がいいからだな。大したものだ」
 褒めたシンジに、
「あ、ありがとうございます」
 優は頭を下げたし、
「あったりまえでしょ、あたしのセリオなのよ?」
 綾香はえへんと胸を張ったが、
「…ありがとうございます」
 まほろだけはついっと横を向いた。凍らされかけたのだから、当然と言えば当然かも知れない。
 食事が終わった後、シンジはヘリオポリス組とシュラク隊を集めた。
「この精鋭部隊に収集作業を手伝って貰うことになったから」
「収集作業?」「『……』」
 視線がシンジに集まったが、無論意味合いは異なっている。
 大した事出来ないんだからそれ位手伝え、とろくでもない事をシンジは言ったのだ。それが同じ口で、精鋭部隊などと言っている。
「あの、碇さん?」
「どうした亀頭」
「その、収集作業って何ですか?」
「うむ」
 シンジは頷いて、
「デブリ帯に沈没してる船があるので、そこから物資を失敬する事にした。アルテミスでは、禿頭と私のミスのせいで物資を補給出来なかった」
「あの、碇さんに何かあったんですか?」
「ガーゴイル、訊かずとも分かるだろう。私がさっさと起きて内部を殲滅していれば、物資を手に入れてから悠々と退路を開けたのだ」
「そ、それは碇さんのせいじゃないですよ。その前だってガイアで出撃してキラを回収してきたし、碇さんは精一杯やってくれていました」
「だからあれが限界だった――」
「え?」
「と言うようでは駄目、と言う事らしい。ま、そう言ってくれれば助かるよガーゴイル」
「い、いえ…」
「まあ、デブリ帯に浮かんでる沈没船から物資を没収するのはいいとして、問題はいかれたナチュラルにあるんだ」
(いかれたナチュラル?)
 何でそのいかれたナチュラルに与しているのかと、ジュンコ達が内心で首を傾げたのは当然である。
「コーディネーターを妬んだ挙げ句に核を打ち込んで、しかもその後始末など知った事ではないという。低脳なナチュラルは仕方ないとして、問題はここがその場所――ユニウスセブンの影響圏にあるという事だ。分かり易く言うと、死体の山に出くわす可能性があるという事だ。私は、かなりの可能性であると見ている。だから、修羅場をくぐってきたシュラク隊に依頼した」
「『し、死体の山…』」
「私にはどうと言う事もないが、お前達に見せたい物じゃないし、別に見る必要もない。一週間位不眠症になるかも知れん。それとヤマト」
「は、はい?」
「作業自体はミストラル、と言うこの艦に積んであるポッドでやるそうだが、万一に備えるのと補助作業に、どうしてもモビルスーツがいる」
(へえ…)
 すらすらと進めていくシンジを、マリューは半ば呆気に取られてみていた。当然反発や戸惑いはあると思ったのだが、サイ達に死体を見せたくないのだ、と言う事と、自分には見慣れたものだ、というのを前面に出して、印象を完全に逆転させている。
(でもあれ…その場しのぎの冗談、じゃないわよね…)
 無論、シンジが自分は見慣れていると言った事だ。
(いくらシンジ君でも…うーん、でも彼ならあり得るし…って、それよりステラさん、妙にシンジ君との距離を詰めてるわね)
 サイやトールは気付いていないが、ミリアリアは気付いている。マリューが見た通り、ステラがほぼシンジの横にくっついており、明らかに昨日までとは距離が違う。
 が、シンジの方はそんな事など知らぬげに、
「無理にとは言わない。ヤマトはまだ普通の娘なんだし、間違いなく見ない方がいい部類に属する代物だ」
「私が出なかったら…どうするんですか」
「ヤマトは自分の事だけ考えればいいさ。それは私の方で考えるから」
「…行きます」
 キラの答えは早かった。多分、五秒も経っていなかったろう。
「ヤマト」
「別に、意地とかじゃありません。ただ…」
「ただ?」
「私だってシンジさんに認められるようになりたいし、それに今無理だったら、この先何かある度に心配されて、気を遣われる事になる…そんなのは嫌なんですっ」
(かと言って、無理なものは仕方あるまい)
 喉の少し上辺りまで出掛かったのだが、口にする事はなかった。
「よかろう」
 シンジは頷いた。
「ヤマトにそこまで自覚があるのなら、何も言わん。私と一緒に出る、いいな」
「はい」
「それからケーニヒ」
「はい?」
「持ってくるのは氷の塊らしいから、お前達はそれをばらす作業を艦内で手伝うように」
「『了解』」
 
 
 
「あなたがこの世界の住人じゃないのは分かったわ。でも、あそこまでナチュラルを軽蔑しているのに、どうしてこの艦に乗り続けているの?」
 打ち合わせが済んだ後、廊下で聞こえてきた声にマリューはぴくっと足を止めた。
「どういう答えなら納得する?」
 訊ねたジュンコに、シンジはふっと笑った。
「私がこの世界へ放り出された時、ザフトの連中は出会い頭に銃を向けてきた。それが全てだ」
「……」
 多分それが主義なのだろう、とジュンコは理解した。恨みを忘れず、とかそう言う事ではなくて、一度味方に付けば例え軽蔑する相手であっても、決して寝返る事はしないのだ、と。
 そうでなければ、ここへ来るまでにさっさとザフトへ寝返る機会はいくらもあった筈だ。少年達の顔を見れば、この青年に全幅の信頼を寄せているのは分かる。
 死体の山から水を没収、と聞いても正面から異を唱える者はいなかったが、それが単に畏怖から来るのか信頼から来るのか、見抜ける位の眼力は持っているつもりだ。
「だいたいそれで合ってる」
 不意にかけられた声に、ジュンコの肩がぴくっと反応した。
「…読んだの」
「NE」
 シンジは首を振り、
「ジュンコの顔に書いてあった」
(シンジ君…)
 そこまで聞いてマリューは立ち去ったのだが、もう少しいれば驚いたかも知れない。
「あとは、この艦が弱いから、と言う事もある。無論義侠心は全然関係ないぞ」
「え?」
「当然ピンチにある。と言う事は?」
「え、えーと…見せ場が増える?痛っ!」
 スパン!
 取り出されたハリセンがジュンコを直撃した。
「な、何をするのよ」
「見せ場を増やして俺が何をしようっての?」
「で、でもそれ以外に思いつかないじゃない」
「優秀らしい、と聞いたが想像力はからきしだな。決まってるだろう、激戦ならショックが起きて元の世界に帰る可能性が高くなる」
「……」
 
 
 
 作業自体は順調に進んだ。さすがにシュラク隊の面々は優秀で、戦闘のみならず工作部門でも器用な所を発揮し、さっさと進めていく。
 シンジはと言うと、少し表情の硬いキラと一緒にストライクで出たが、発つ直前にステラを呼び寄せ、秘かにガイアで出て待機するように命じていた。キラは出ると言ったが、シンジから見れば子供の意地にしか見えなかったのだ。
 事実、船の中で遺体を発見したキラは青くなっており、その手はきつくシンジの手を掴んでいた。
(やはりカードはもう一枚いるな)
 二人とも降りる予定はないから宇宙服は着ておらず、普段着のままだ。
「大丈夫、俺がいる」
 シンジの言葉に、キラは小さく頷いた。
 がしかし、その顔色は依然として良くない。
「ヤマト、今はとりあえず待機状態だから、私に抱き付いてるといい。枕代わりにはなる」
「すみません」
 シンジの言葉を待っていたかのように、キラがシンジの胸元に顔を埋めた。キラのか細い肩が震えているのに気付き、シンジの眉が僅かに寄る。
 と、通信機が反応した。文字のみでステラのガイアからの通信であった。
(ん…敵機を発見?)
 ガイアが出る事をキラは知らない。ステラもその辺を考えて音声にはしなかったのだろう。
 通信を切ったシンジが、
「ヤマト」
「はい?」
「悪いが起きろ。妙な予感がする」
 シンジの言葉に、キラがはっと身を起こした直後、
「シンジさんあれっ!」
「沈没船と見える。やはり宇宙の墓場か」
「そうじゃなくてその向こうですっ」
「向こう…おや?」
 言われてよく見ると、敵機がちらっと見えた。
(ステラの報告通りか)
「よく見えたな。大したものだ」
 まるで初見のように褒められて、
「シンジさんはおっとりなんだから…」
 もにゃもにゃ言いながらも、悪い気はしないらしい。
「で、あれは?」
「待って下さい、今照合します…出ました。ZGMF−LRR704B、長距離用の強硬偵察用ジンです」
「強いの?」
「え、えーと…強硬偵察型でしかも複座ですから、単なる偵察要員ではないと…」
「撃て」
 シンジの反応は早かった。
「武装しているのは間違いないし、シュラク隊の作業現場はここから殆ど離れていないんだ。シュラク隊に万一の事があれば、私のプライドに関わる。ヤマト、撃て」
 一瞬息を飲んだキラだが、殆ど間を置かずに頷いた。
「分かりました。でも…一つだけお願いしていいですか?」
「ん?」
「すぐに離していいですから…強く抱きしめて下さい。お願いします」
 今日はそう言う日らしい、と内心で呟き、シンジがキラの身体に手を回す。きゅ、と柔く抱きしめてからその耳元に顔を近づけ、耳朶をはむっと噛んだ。
「ひゃぁっ!?」
「これでいいのか?」
「シ、シンジさん、べ、別にそこまでは、し、してもらわなくても…い、いえあの嫌って言う事じゃなくて嬉しいけどっていうかその…」
「どっちかハッキリしてもらおう」
「その…う、嬉しかったです」
 ぽうっと頬を染めたキラの髪を撫で、
「いい子だ。さ、外すなよ。一撃で済めば苦しませる事もない」
「シンジさん…分かりました」
 シンジの言葉に、キラの表情が一瞬で引き締まった。スコープを覗き込んで敵機をロックし、刹那唇を噛んだキラが引き金を引く。
 二筋のビームがジンを貫き、機体は宇宙に四散した。
「シンジさん…」
「私に言われなければ、シュラク隊に被害が出るまで撃たないつもりだったか?」
 キラはぶるぶると首を振った。
「こちらを見張っていた、にしては確かに妙な状況だった。ただ、こちらを見つければ応援を呼ぶなり攻撃して来るなりするだろうし、しかも作業しているシュラク隊が狙われる可能性が高い。こちらが応戦しても、やはり巻き込まれた可能性はあるのだ。事前の策としては最良のものだ。ただ、ヤマトが気になるのなら送ってやるがいい。それが礼儀だ」
「シンジさん…」
 胸の前で十字を切り、目を閉じたシンジを見てキラも倣う。黙祷して見知らぬ敵を送ってから、
「さて、後は作業終了を待つだけだな」
「はい…あら?」
「また敵か?」
「いえ、救難信号を出しています。あれは…救命ポッド!」
「大きさが違うぞ?」
「だから、この間のあれはコロニー用だからです。乗員設定によって大きさが違うのは当然でしょう?」
「何せ異世界人だし」
「ご、ごめんなさい。あの、私そう言う意味で言った訳じゃなくて…」
 謝ったキラだが、どこか甘えるような響きがある。ちら、とシンジを見たキラに、
「分かった分かった。この世界の事は追々勉強するとしよう。さて、捕縛するんだな」
「ええ…」
 どうやら、作戦が不発に終わったらしい。
 
 
 
「え?キラさんがまたポッドを拾ってきた?そう」
 もう二度目だし、マリューは驚かなかった。ナタルもこの場にはいないし、断る理由もない。
 ただこの小型ポッドに誰が乗っているか分からぬと、兵が銃を向けて待ちかまえたのを、
「やめておきな。武装してこの艦を乗っ取ろうなんて奴は乗っちゃいないだろうよ」
 制止したのはマヘリア=メリルであった。収集作業に加わっていたシュラク隊の一人である。
「し、しかし…」
「あのロン毛の彼ならそう言うよ。そうでしょう、ラミアス艦長?」
「……」
 マリューはふっと息を吐き出し、
「そうね。いいわ、銃は下ろしなさ…あれ?」
 名前が出た事で思いだしたが、シンジがいないのに気付いた。
「シンジ君は?」
「さっき用があるってどこかに行っちゃいました…」
「そ、そう」
 キラの顔を見て、マリューは褒めてもらえなかったらしいと知った。ミスがあったのか、或いはそれ以上に重要な何かがあったのか。
「開けろ」
 マリューは構わない事にした。巻き込まれたくなかった、と言う方が正しい。
 ぱかっと扉が開き――真っ先に出てきたのはピンクの物体であった。
「ハロ!ハロ!ラクス、ハロ!」
「『!?』」
「何なのこの物体は…」
 ピンクの球体のくせに、耳らしき部分を使って器用に飛行している。とりあえず捕まえておこうとした次の瞬間、
「ありがとう、ご苦労様です」
「『え?』」
 中から、ピンク色の髪をした少女がふわふわと出てきた。
「『女の…子?』」
 どうやら乗っていたのは、その娘と変な物体一個だったらしい。
 とそこへ、
「ウェーハッハッハ!」
 甲高い笑い声が響いた。
 皆の視線が一斉にそちらを向くと、
「奇遇だな。私も今似たような一組を拾った所だった」
 ピンクの物体と形状は同じ、色だけ真紅の球体を先頭に、少女を抱きかかえたシンジがやって来る所であった。
 奇怪な笑い声をあげたのはその物体らしい。
 その娘の手が、ぎゅっとシンジにしがみついているのを見て、キラの眉がぴくっと動いたが、心中あまり穏やかでないのはシンジの後ろにいるステラも同様であった。
「ミーア・キャンベルと言うらしいが…よく似ている」
 先に来た娘が宙に浮かんでいるのをひょいと手を取って下ろす。
「助けて頂いてありがとうござい…あら」
 シンジに連れられてきた娘が、先に来た娘に気付いた。
「ミーア!?」「ラクス!」
 にこっと笑って抱き合った二人だが、その間に一瞬冷たい空気が流れた事に、マリューとシンジだけは気付いていた。
 シンジは二人をまじまじと眺め、
「髪飾りが違うな。こちらは星で、こちらは半月の重ねた物か…おや?大きくなって増量中だ」
 呟いたシンジにマリューがくすっと笑う。
 二人の少女の決定的な相違点――それは突き出た胸にあった。
 シンジの連れてきた少女の方が、明らかに一回り以上大きな胸をしていたのだ。シンジの視線に気付いたのか、ミーアがにこっと笑った。
「もう…あまり見つめられては恥ずかしいですわ」
 そう言いながらも胸を隠そうとはしないミーアに、ステラとキラの表情が動く。更にもう一人の娘も、かちっと眉を上げたのを見て、マリューはさっさと解散させる事にした。
「レコア少尉、エマ少尉、二人をお連れして。それとシンジ君、事情をお聞きしたいから一緒に来てくれる」
「分かってる」
「悪いわね」
 その声は――明らかに重いものであった。
 またぞろややこしい事になりそうだと…女の勘と艦長の勘で気付いていたのである。
 
 
 
 
 
(第二十話 了)

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