妖華−女神館の住人達外伝
 
 
 
ドクトルシビウの闇カルテ:ツェザーレ
 
 
 
第十八話:やな女対決(開戦)
 
 
 
 
 
「ラミアス艦長」
 交代要員に任せ、出て行こうとしたマリューを、入り口でナタルが呼び止めた。
「何かしら」
「先ほどの件ですが」
「?」
「理由と目的を確かめもせずに、兵を叱咤するのは士気に関わります。まして、ステラ・ルーシェは地球軍所属ではないのです」
「ふうん…」
 さっきの仕返しってわけね、とマリューは内心で呟いた。一人立ちつくしていたナタルに、やな女よと言った事を恨んでいるのだろう。
「ご忠告に感謝するわ、ありがとう。でも大丈夫よ、私には切り札があるから」
「切り札?」
「シンジ君に何とかしてもらうから。他のクルーはいざ知らず、あの六人ならいざという時にはシンジ君にお願いして手を打ってもらうつもりよ」
「…随分と信用されているのですな。異世界人で、しかも我々に批判的な者を信用して重用するなど、艦の命運を預かる士官のする事とは思えませんが」
「でも今は協力してくれている。少なくとも、私とあの六人が乗艦している限り、裏切る事はないわ。彼の本質を見抜く事も出来ず、徒にその反感を買う貴女の方がどうかしている、と私には見えるけれど?」
 姉と似ている、とただそれだけでシンジはこっちに付いた。そして、そのシンジが寝返る事などせぬ性格と見抜いた余裕から来るマリューの笑みであった。
「自軍に取っての不穏分子を排除する事、そして最善の道を選ぶのが軍人としての責務です。貴女こそ、あそこで余計な避難民を嬉々として受け入れるなど、現状を把握しておられないのではありませんか」
「してるわよ」
 マリューの笑みが深くなった。
「敵機どころかヘリオポリス内に全弾命中させた緒戦、そして対艦刀を突きつけられながらの避難民排除、いずれも見事な状況認識よねバジルール少尉?」
「…くっ!」
 きつく手を握りしめるナタル。完全にマリューが優勢な状況になっている。追い打ちを掛けるように、
「ああ、それと緒戦の時の映像データをチェックさせてもらったのよ。貴女が指揮を執っていた時、コロニーには傷をつけるなと命じていたわよね。で、私が指揮官になった途端そんなのは無理だと食ってかかるのね。貴女が相当いい性格してるって、よくわかったわ。艦橋を切り落とされると知りながら、避難民を排除する位に合理性を求める人だって言う事も。じゃあね、おやすみなさい」
 ハイヒールの音が、乾いた床に冷たく響く。その音がまるで自分を嘲笑っているような気がして、ナタルはカリッと歯を噛み鳴らした。
 
 
 
 
 
(全滅…は多分無いと思うが…)
 クルーゼに連れられてプラントに向かったアスランだが、心の中は残る三機の事で一杯であった。
 客観的に判断すると、何らかの事情であの異世界人は、後から出てきた機体に乗っていた。そして、捕獲乃至は撃沈寸前まで行ったストライクを、苦もなく救出してのけたのだ。
 事情は分からないが、再度ストライクに同乗して出てきた場合、三機が壊滅させられる可能性がある、とすらアスランは見ていたのだ。
 ただもう一度…もう一度キラの笑った顔が見たい、とそれだけを思っている矢先に、父親と出くわした。
 嫌っている訳ではないがこのパトリック・ザラ、国防委員長の重責にあって対地球軍へは強硬派の最右翼にある。その頭の中は九割六分三厘まで戦争の事で占められており、アスランの事は息子と言うよりもザフトの兵として見ている感が強く、息子としてはやや苦手なのだ。
「パイロットの事などどうでもいいが、問題はナチュラル共があんな高性能なモビルスーツを開発したと言う所にある。分かっているか、アスラン?」
「は、はい」
 頷きながら、全然分かっていないな、とアスランは内心で呟いた。機体がどれだけ優秀だろうと、結局動かすのはパイロットであって、機体が勝手に動く訳ではない。
 非常に癪に障るし、また認めたくない事だが――異世界人とキラのコンビで、あのストライクが通常以上の性能を発揮するのは事実なのだ。
 現に、キラが単独で出撃してきた時には、キレたような強さはあったが、所詮暴走の域を出ておらず、もう少しでデュエルに討ち取られる所だった。クルーゼのシグーを撃退した時とは、雲泥の差である。
(だからこそ…さっさとあいつを排除しないと!)
 異世界人に身を預けるキラの姿が浮かび、アスランの眉が寄ったのだが、そのキラが異世界人と同衾し、その腕の中ですやすやと寝息を立てていると知ったらどうしたか。
「…スラン、アスラン!」
「は、はいっ」
 クルーゼの声で、アスランは現実に引き戻された。
「君も友人を地球軍に寝返った者だと、報告するのは心苦しかろう?」
「え…い、いえ自分は…」
(寝返った、のかな?)
 キラが裏切り者だと、牽強付会できるのかと内心で小首を傾げたアスランに、
「奴らは、自分達ナチュラルが操縦してもあれだけの性能を発揮出来るモビルスーツを開発した、とそう言う事だ。分かるなアスラン」
「はい…」
 頷きながら、
(要するにコーディネーターがOSを書き換えたからあれだけ大暴れしているのだ、と言う事実を消したいんだな。しかし…他の機体だってもうOSは書き換えたのに)
 こんなOSでよくこんな機体を、とキラが言った事など、無論アスランは知らないのだが、それは他の機体にも同様であり、既にOSは手が加えられている。
 つまり、ナチュラルが造った時点では、それ相応の動きしか出来ず、コーディネーターが改造してこそフル活用出来る兵器、だったのだが、そんな事は隠してあくまでも対ナチュラル強硬論を加速させる材料に使う気らしいと知った。
「我々ももっと本気にならねばならんのだ。この戦争を早く終わらせる為にな」
(戦争の終焉、か…)
 
 
 
 
 
「私があの娘(こ)に謝る?何で?どうしても謝らないと駄目なの?」
 当たり前だこのボケナス!位は言いたかったのだが、許嫁のサイがいるから、トールは黙っていた。
「どうしても、と言われると困っちゃうんだけど…でもやっぱり謝っておいた方がよくないかな?」
(駄目だこいつ)
 トールは内心で舌打ちした。コジローがキラを制止していたのは、食堂に居合わせた結構な人数が目撃している。
 そして状況だけを見れば、キラをコーディネーターだとフレイがばらし、売り渡したも同然なのだ。恋は盲目、と言うやつなのか、あの時フレイに向けられた数多の視線が侮蔑を含んでいた事に、サイは気付いていないらしい。
「お前の一言でキラはえらい目に遭ったんだぞ。分かってないのか?」
「わ、私はただ…」
「ただ?事実を言っただけだから問題ない、と?」
「そ、そんな事は言ってないじゃない…」
「ま、お前が謝りたくないなら勝手にしな。今度こそウェルダンにされて、あの世で反省してくれば?」
 そう言って、トールはさっさと背を向けた。こんな奴に構ってなどいられない、と言わんばかりに。
 トールの言葉を聞いたフレイの顔色がさっと変わる。こんがり焼かれかかった事を思いだしたのだ。
「サ、サイ嫌よ、私死にたくないっ」
 顔を青ざめてしがみついて来られる、と言うのはなかなかいいシチュエーションではあるが、今回は少々違う。
 ふー、と息を吐き出したサイが、
「じゃ、謝っておこうよ。ね?」
 フレイがこくこくと頷く。百の言葉よりも炎一つの方が、遙かに効き目はあったらしい。
 仲間達のそんな相談など知らず、キラがゆっくりと目を開けた時、シンジは天井を眺めていた。キラの頭は、まだシンジの腕の中にある。
「お目覚め?」
「え…あ、おはようございます」
 言ってから周囲を見回し――その顔がかーっと赤くなる。自分がどこにいるのか、思いだしたのだ。
「あ、あの、そのっ…」
「ん?」
「わ、私…重くなかったですか?」
 顔を赤くして訊くキラに、シンジはうっすらと笑った。
「上に乗られた訳ではないからな。別に重くもないさ」
「上に…上に!?」
 今度は、一瞬で首筋まで真っ赤に染めた。
「乗られた訳ではない、と言ったろう。さ、そろそろ起きるか」
「は、はい…あれ?」
 時計を見たキラが、がばと跳ね起きる。時計の針は既に十時を回っていた。
「あ、あの〜」
「何か」
「シ、シンジさんは…何時から起きていたんですか?」
 それには答えず、
「ストライクの整備もあろう。ヤマト、行っておいで」
「行ってきます」
 ぱたぱたとキラが出て行ってから、シンジは起きあがって伸びをした。
 
 なお、シンジが起きた時――時計の針は七時三十分を指していた。
 その後、二度寝はしていない。
 
 腕の付け根をおさえて数度回した時、インターホンが鳴った。
「はい」
「ステラです」
「入って」
 
 
 
 
 
「まったく、敵の物とは言え最新鋭を三機も揃えておいて、討ち取れぬ上にロストと来たか。貴様ら、どの面さげて赤服など着ているのだ」
「『申し訳ありません…』」
 ガモフに戻った三人を待っていたのは、到着したハマーン・カーンの冷ややかな視線であった。
 クルーゼの場合、仮面があるので分からなくて元々なのだが、このハマーンの場合には素顔なのに分からない。
 だから怖い。
 しかも年はまだ22歳だというのに、戦功はクルーゼよりも上だとすら言われている。上に立つよりも単独行動を好み、隊を率いる事を固辞したと聞いているが、詳細は分からない。
「お前達三機を足しても一機に及ばないのはよく分かったから、部屋へ戻って取説でもよく読んでおけ。機体の使い方が分からず、まごまごしないで済むようにな」
「『はっ…』」
 三人が退出しようとしたところで、
「ニコルは待て」
 ハマーンが呼び止めた。第一級戦犯だから、特別に搾られるに違いないと半ば憐憫の視線を向けて退出したイザークとディアッカだったが、
「とりあえず無事で良かった。久しぶりだな、ニコル」
 ハマーンはにこっと笑った。
「はい、ハマーンも元気そうで何よりです」
 想像とは違う間柄だったらしい。
 表情を戻し、
「クルーゼから、敵に異世界人とやらが付いているのは聞いている。ニコル、その者に会ったのだな?」
「はい…」
「そうか。無傷で戻ったと言うから、おそらくそうだと思っていたのだ。あいつらがいない方がいいと思って、ニコルを止めたのだ。その時の事を詳しく教えてくれ」
「はい」
 ニコルは頷き、覚えている限りの事をハマーンに告げた。数時間前だし、何よりも実体験だから殆ど記憶漏れはない筈だ。
 無論、アスランと一緒に来たら捕縛して三枚に下ろしてやるから、今は退けと言われた事もすべて告げた。
 全てを聞き終わったハマーンは、しばらく考え込んでいたが、やがて口を開いた。
「かなり…厄介な相手だな。その異世界人、と言うのが本当ならば、いくら何でもいきなりモビルスーツは操縦出来まい」
「じゃあどうして…?」
「支柱だな」
「支柱?」
「精神的な物だよ。先回出てきたストライクの戦闘データを見たが、まるで泣きながら拳を振り回す子供のそれだ。クルーゼを撃退した時とは雲泥の差がある。そして何よりも、後から勿体ぶって出てきた機体に凄まじい威圧感があった。その異世界人が後から来た機体にいたのはほぼ間違いないだろう。碇シンジ、と言ったな。奴が乗る事で精神的に安定するのだろう――原理は私にもよく分からないが。そうでなければ、複座式でもないのにわざわざ二人乗りで出てくる説明がつかん」
「精神的な支え、と言う事?」
「おそらくな」
 ハマーンは頷いた。
「と言うより、そうである事を願っているよ」
「?」
「肉体的、つまりパイロットの操縦性に直接影響を与えて向上させるような男なら、機体より先にそいつの抹殺を優先しなくてはならなくなる。機体を沈めるより遙かに難易度が高い仕事だ。それにしても…ニコルを無傷で帰してしかも戦闘を止めさせ、あまつさえナチュラルにかなり批判的とは…妙だな。やはり異世界人というのは本当なのか」
「私もそんな気がしました。上手く言えないけど…どこか存在が違うような…」
「ふむ。しかし、ナチュラルに批判的な異世界人が、何故地球軍側に付いているのだ?」
「それは私にも…」
 追っている艦の艦長と、姉の声がよく似ていたから、などと知ったら間違いなく噴き出すに違いない。
「まあいい。その異世界人がどれほどの者か、私が直接確かめてみるとしよう。今度、面白い装備も手に入ったのでな」
「面白い装備?」
「敵艦に、ムウ・ラ・フラガがいるな。エンデュミオンの鷹とか呼ばれている男だ。あの男が操縦するMAのガンバレルは有線での遠隔操縦だが、あれを精神感応にしてみたのだ。私のキュベレイにどれだけ抗えるか、見せてもらうとしよう」
 ふ、と笑ってから、
「ニコルは休んでいるといい。折角、アスランとお似合いだと言ってもらったのだ。戻ってから出撃でも良かろう」
「いいのですか?」
「うむ。それに、単騎の出撃ではおそらく歯が立つまい。その、碇シンジなる者が一緒にいなければ別だがな。もっとも今は――居場所を突き止める事の方が先決だが」
 苦笑して立ち上がり、
「さて、久しぶりにニコルのミルクティでも飲ませてもらおうか?」
「はいっ」
 
 
 
 
 
 入ってきたステラは、手にトレイを持っていた。朝食が乗っている。
「よく眠っておられたので、朝食を持ってきました」
「ありがとう…ん?」
 ふと、ステラの視線に気付いた。じっと自分を見ている。
 貫頭衣に興味がある、と言う訳でもなさそうだ。
「どうかした?」
「さっきキラと擦れ違いました」
「ヤマトと?」
「来た方角にある個室はここだけです。それに、随分と足取りが軽かったように見えました。キラを激励でも?」
「……」
 遠回しな言い方だが、おそらく薄々は気付いているのだろう。問題は、どういう発想で言っているのか、だ。
 とはいえ考えても仕方がないし、
「昨日はここに泊めた。一人で寝るよりは良かろうと思ってな。少しは気も落ち着いたのかもしれない」
「…泊めた…」
「文字通り一緒に寝ただけさ。それ以上は何もないよ。別に股間を押さえてもいな…いや、何でもない」
 きつくなったステラの視線に、シンジはついっと横を向いた。
「キラの事だけ随分と気に掛けるんですね」
 ぽい、と放り出された物体に、
「これは?」
「ガイア側で録ったストライクの戦闘時の通信内容です。アークエンジェルとの回線が遮断されていたので、こちらで録りました」
「そう」
 ステラを非難は出来まい。非常時に、アークエンジェル側との通信を断っていたのはキラなのだ。
「余計な挑発をしたのは当てつけでしょう。敵のパイロットに随分と未練があるように聞こえますが」
「……」
 そんな事は、ステラに言われずとも分かっている。しばらく会っていなかったらしいから、恋人同士とは少し違うだろう。それでも、キラはアスランに普通以上の想いを持っているようだし、アスランもキラにご執心と見える。
 但し――シンジが出現した事でアスランの想いが一気に燃え上がった事を、無論シンジは知らない。
「未練かどうかは知らない。結構長い間会っていなかったらしいからな。ただ、ヤマトは精神的にとても脆い娘に見える。私が側にいる事で、幾分でも支えになれるのなら、出来る事はしたいと思っているよ。無論、男と女とかそんな関係ではなくて」
「普通はそうは見ないでしょう」
「かも知れん」
 シンジはあっさり頷いた。
「が、それもまた個人の勝手だ。ただし私が違うと言っているのに、勝手に関係を妄想してヤマトを妙な眼で見たりするのなら、それは私に対してしているのと同義だ」
「……」
 黙ってトレイをシンジに渡したが、キラだけじゃないのに、と小さく呟いたのをシンジは聞き逃さなかった。
 トレイに乗っている食事はまだ温かい。
「この時間になって出来た、と言う事はなさそうだが…温め直してくれた?」
「ええ」
 頷いて、ステラはぷいっとそっぽを向いた。
「……」
 よく寝ていたから、とステラは言った。おそらく、食事が出た時点で起こしに来たか、或いは持ってきたかしたのだろう。
 シンジの反応がないので持ち帰ったのかも知れない。
(違ったら恥曝しだが?)
 ステラが何に突っ込んでいるのか、分かった気がする一方で、それは違うんじゃないかと突っ込みを入れる自分がいる。
「ステラは冷え性なのか?」
「冷え性?少し…だけ」
「今晩はここに泊まる…か?あまり暖まらないかもしれないが」
「!」
 ステラの顔がうっすらと赤くなり、
「べ、別にそう言う意味で言った訳じゃ…で、でも碇さんが言うならっ…」
「決まりだ。ただし」
「え?」
「確かにヤマトは揺れているように見えるかもしれないが、裏切る事は決してしない娘だと私は信じている。他の者の前で未練、などと口にしてはならない。いいね」
「分かってます」
(ちょっと…言ってみただけです…)
 実を言えば、キラがシンジの部屋に泊まった事は、とっくに分かっていたのだ。キラは自室にミリアリアを招いており、出て行ったきり戻って来ず、しかも他の部屋にいないとなれば自ずと結論は出る。
 キラも女の子よねえ、などと、頬に手を当ててうっとりしていたミリアリアに一撃をかまし、食事を持って急いでシンジの部屋へ来たところ応答がなく、やはりと確信した次第だ。
 そんなステラの心中など知らぬシンジが、一口食べて眉根を寄せた。
「まずい」
「ご、ごめんなさい」
「?」
「え?」
「ステラが作った訳じゃあるまい。おおかた、整備兵辺りに冷凍食品でも温めさせたのだろう。そんな――無機質な味がする」
(無機質?)
 ステラが食べた感じでは普通だったし、無機質と言われてもよく分からない。
「やはりメイドさん徴用プランが必要だな」
「メイドさん?」
「そ、メイドさん。見た事ある?」
「ううん」
 ふるふると首を振ったステラに、シンジはにっと笑った。
 
 
 
 それから三十分後、シンジは艦長室に来ていた。とりあえず、ステラは機嫌を直して帰ってくれたし、一安心という所だ。
 マリューに呼ばれてやってきたのだが、
「シンジ君、ごめんね」
 開口一番マリューは頭を下げた。
「…今度は何をしでかしたの?」
 マリューを助ける、と言う方針はいいとしても、シンジはナチュラルに戦争大義など無いと見ている。
 しかも、予想の斜め上をいく行動を取る士官がいたりする事も既に分かっている。
「今度っていうか、アルテミスの事よ。結局、余計な時間を食ってシンジ君達に手間を掛けさせただけで終わっちゃって…」
「ちょっと待て」
「え?」
「ステラが単騎奮闘してくれた結果はまだ届いていないのか?」
「あ、いえそれは聞いてるわ。でも、目的は補給を受ける事であって、ましてガイアを使う事なんて全く論外よ。ステラさんには謝っておいたわ」
「まったくだ」
 一方的に押されていたマリューだが、
「で、ステラさんに聞いたんだけど」
「は?」
「キラさんの姿が部屋にないので、何処に行ったか訊かれたんだけどね〜」
 ニマッと笑った顔は、明らかに事情をすべて知った上での顔だ。
「当然だ。私の腕を枕に朝まで寝ていたのだから。自分の部屋にいたらそれこそミステリーだ」
「ふえ?」
(否定しないの!?)
 マリューの目算では、慌てるか顔を赤らめるか位はすると思っていたのだが、そんな気配は全くない。
「腕枕に娘の頭を乗せて寝るなど、別に珍しくもない事だ」
 冷ややかにマリューを見てから、
「慌てると思ったのに!とか考えた?姉御」
 うっすらと笑った。
「よ、読んでたのねっ」
「勿論。姉御の考える事など大凡見当はつく。特に――悪巧みに関しては」
「……」
 もう!とシンジを艶っぽい目で睨んでから、急に真顔になった。
「シンジ君に一つ訊きたい事があるの…」
「ん?」
「シンジ君はこの戦争を…地球軍側に非があるとみているのよね?」
「自分より優れた種に対して妬み、嫉み、僻み、地球外へ追いやった挙げ句迫害を開始し、極めつけには核を打ち込むような愚かな連中の何処に大義を見いだせると?いくら俺でも、そんなに難易度の高い宝探しは不可能だよ」
「…で、でも…」
「でも?」
「でもあなたはこちら側にいてくれている。私とお姉さんの声が似ている、とただそれだけの理由で。本当に…後悔はしていない?」
「後悔を糧に成長できるほど、器用な人種じゃないのでね。それに、残虐で悪賢く、極悪非道なナチュラルが勘違いして戦争を続けている事と、私が向こうに付く事は全く別の話。私に銃を向けた連中の所へ、私が赴いて助ける事は決してあり得ない」
「そう…」
 シンジがナチュラルに、と言うより地球軍に抱いている印象は悪い、どころか最悪の物らしいのは分かる。
 それでもザフトには決して付かないと改めて言い切った事で、マリューは少し安堵した。ナタルに言われた事を、少し気にしていたらしい。
 ソファにどさっと腰を下ろして足を組んでいたシンジが、足を解いてマリューを手招きした。
「え?」
 もう一度手招きされて、マリューがとことことシンジの前へやってきた。
「座って」
「……」
 言われるまま腰を下ろしたマリューの身体をおさえ、その頭を膝の上にぽむっと乗せた。
「シ、シンジ君っ!?」
 顔を赤くして起きあがろうとするマリューに、
「姉貴はこうすると落ち着く」
「……」
「無論中身まで相似、と言う気はないけれど、あまり顔色が良くないように見える。それに艶もないし、俺に言わいでもの事を再確認する辺り、ややお疲れらしい。姉御、何があった?」
「お見通し、か…」
 自嘲気味にふふっと笑って、
「少しだけ…このままいさせてもらっていい?」
「ん」
 だが、シンジの手がマリューの髪を撫で、その瞼に触れた三十秒後、マリューはすやすやと寝息を立てていた。
 眠らせる事位、シンジにとっては造作もない事だ。
「艦長にも休息が必要だ。まして、何かと突っかかってくる出来の悪い女士官が副長の位置にいるなら、な」
 仔細は訊かずとも、シンジには大体の事情は読めていた。マリューの性格はやや単純で、情を重視するタイプだ。つまりミサトに似ている。
 そのマリューが、シンジの立ち位置など確認する筈はないし、ムウ辺りがそんな事を言い出しもするまい。
 と言うよりも、マリューに面と向かってそんな事を言ってくるのは、実質ナタル一人しかいないのだ。
「生かしておいても、後々ろくな事にならなさそうだ。今の内に、擂り身にしておくか?」
 物騒な事を呟いたシンジだが、それが現実になると延々知らされる事になる。
 マリューの寝顔を眺め、ふっと笑ったシンジはそのままソファに軽く寄りかかり、これも軽く目を閉じた。
 全く微動だにしないその姿は、まるで彫像のようであった。
 
 それから数時間が経って時計の針がおやつの時間を、すなわち午後三時を指した頃、マリューはうっすらと目を開けた。
「ここは…」
「俺の膝の上。少し疲れは取れたかな」
「!?」
 反射的に起きあがろうとしたマリューを、シンジは軽くおさえた。
「いきなりの運動はあまり身体に良くない。寝かせたのは俺だから、心配は要らない」
「ね、寝かせた?」
「そう。お疲れに見えたので、少し眠ってもらった」
「へ…」
「へ?」
「その、へ…変な寝顔してなかった?」
「可愛い顔で眠っておられたよ」
 ボン!と火を噴いたように、マリューの顔が赤く染まる。
 そのマリューに、
「異世界人の重用など、とクレームを付けたのはナタル・バジルールだな?」
「……」
 無言のそれが、肯定の証であった。
「始末しておくか?」
 シンジの問いに、マリューはゆっくりと首を振った。
「それは確かに見当違いだけど、軍人としての素質は彼女の方が上なのよ」
「私の逆鱗に触れる能力も、バジルールの方が遙かに上のようだがな」
「そうかもね」
 ふふっと笑ってマリューは起きあがった。
「でも、この艦には彼女のような根っからの軍人も必要なのよ。だからシンジ君には色々と思う所もあると思うけど…大目にみてあげて。お願い」
「姉御がそう言うのなら」
「ありがと」
 立ち上がったマリューが、
「シンジ君、色々と…ありがとう」
「……」
 ちう、と小さな音を立てた頬に軽く触れ、シンジはふむと頷いた。何が、ふむなのかは分からない。
「ところで、午前中ステラに食事を運んできてもらった」
「え?」
「が、まずかった。無機質な味だ。やはり職人でないといいものは作れない。と言う訳で本職に協力してもらいたいと思うが構わない?」
「えーと…そうね、いいわシンジ君にお任せします」
「では任せてもらおう。じゃ、俺はこれで」
 立ち上がったシンジに、
「あ、あの…」
「ん?」
「足、痛く…ないかしら?」
「大丈夫。頭しか乗せてないから。じゃあ」
 シンジが出て行った後、
「頭しか…ん?」
 小首を傾げた状態で、その顔がわずかに赤くなった。
「お姉さんは躰も乗せてる…って事?」
 
 
 
「あの…何ですか?」
「勉強の最中だったんだけどね。何か用なの?」
 美里優と来栖川綾香は、少し警戒するような表情を見せた。無理もない、メイドと一緒に来るようにと、いきなり呼び出されたのだ。
 しかも、シンジは軍服を着ていない。
「用、と言う程大した物ではないが――」
 シンジの視線がセリオとまほろを居抜き、
「先だっての活躍は見せてもらった。ロボット三原則を組み込まれていない、随分と物騒なロボットのようだな。早めに手を打つ必要があると思ってね」
 言い終わらぬ内にその身体がすっと動き、優と綾香を手中に捕らえていた。
「動くな!二人の命は我が手中にある。動けばこの首一瞬で吹っ飛ばすぞ」
「す、優さんを離して下さいっ!」「…綾香様への無礼は許しません」
「物騒な物が二体もいては困るのでね。君らにはどちらかが壊れるまで戦ってもらう。残った一体はそのまま解放しよう。無論、主にも命運を共にしてもらう」
「『……』」
 
 
 
 
 
(第十八話 了)

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