妖華−女神館の住人達外伝
 
 
 
ドクトルシビウの闇カルテ:ツェザーレ
 
 
 
第十七話:巻き込まれる五精使い――元カノVS今カノ
 
 
 
 
 
 爆発音が鳴り響き、建物の破片が散乱する中で、ストライクのコックピットに乗り込んだキラは、ヘルメットをかぶる事もなく、微動だにしなかった。
 既に敵のモビルスーツが、接近して来ているのは分かっている。
 だが、そんなものはどうでも良かったのだ。
 シンジは自分も乗ると言った、だから待っている。それだけの事だ。
「……」
 黙然と機器を見つめるキラの脳裏に、ガルシアの言葉が甦る。
「だが君は裏切り者のコーディネーターだ」
 ガルシアはそう言ったのだ――コーディネーター対ナチュラルの様相を呈している戦争だが、実際にはどちらにも異分子が混じっている事をキラは知っている。
 即ち、ザフト軍にもナチュラルはいるし、地球軍にもコーディネーターはいる。特に地球軍に取っては、好き嫌いよりもコーディネーターの高い能力は一概に否定出来ない所があるのだ。
 キラの概念では、裏切り者とは陣替えする事を指すと思ったのだが、無論キラはザフトにいた訳ではない。百歩譲って地球軍に味方する事を責められても、裏切り者と呼ばれる筋合いはない筈なのに。
(私は…)
 浮かんできたもやもやした思いを、キラは頭を振って追い払った。今は考えても仕方のない事なのだから。
 例え敵のモビルスーツが目の前でライフルの銃口を向けても、キラは動かぬつもりだったのだが、幸いそこまで運試しをする事はなかった。
「お待ち」
 よう、と手をあげているシンジに気付き、キラの表情が笑顔に変わる。
「あのっ、待っていました」
「ん。艦の連中はもう戻ったし、出発の用意もできるだろう。あまり上出来ではなかったがな」
「え?」
「眠りすぎて、補給物資を没収する時間が無かった」
「それは仕方ありません。だって、シンジさんお疲れだったでしょう?」
「…微妙に違うがね。さ、出撃(で)る用意だ」
「はいっ」
 ストライクの機体が装甲色に変わり、僅かに駆動音の唸りをあげる。
「装備はソードストライカー、シンジさん行きます」
「うむ」
 頷きかけてから、
「ちょっと待て」
「え…あぅ!?」
 何を思ったのか、シンジがいきなりキラの頭を抱きしめたのだ。
「シ、シンジさん…」
 キラの顔が赤くなったり青くなったりしながらも、離そうとはしなかった。
「裏切り者、ではない」
「!」
 シンジの言葉に、キラの肩がびくっと震えた。
「分かり切った事だが、もう一度訊いておく。ヤマトは何故、これに乗っている?」
「な、何故ってそれは…み、皆を守りたいから…」
「ならば、別に乗る必要はあるまい」
「シンジさん!?」
「この機体と優秀なパイロットのヤマトが、艦を乗っ取ってザフトに降れば、少なくともヤマトとその友人の身の安全は保証されるだろう」
「で、でもっ…」
「でも?」
「あ、あなたが…シンジさんが降らないと決めたんじゃないですか。だから…だから私は…」
「俺の為に、と?」
「!」
 二人の視線が絡み合い…先にキラが逸らした。横を向いたまま、その顔がわずかに動く。
 殆ど分からぬようなそれは、シンジにとっては認識するに十分であった。その手がにゅうと伸びて、もう一度キラを胸元に押しつけた。
「キラが乗っているのは私の為――何かを裏切った訳ではあるまい。それとも、俺の為では不服か?」
 耳元での甘い囁きに、キラはふるふると首を左右に振った。
「いい子だ」
 髪を優しく撫で、もう一度きゅっと抱きしめてからキラの身体を離した。
「落ち着いたか、ヤマト?」
 シンジの言葉に、キラがはっと顔を上げた。それが目的だったと知ったのだ。
「シンジさん…」
 うっすらと笑ってシンジが頷く。
「もう…大丈夫です」
「そうか。で、もう一つ訊くが」
「はい?」
「アスラン・ザラを討ち取る気になったか?」
 びくっ。
 訊いた途端、キラの肩が震えた。
 多分、夜道で四体の幽霊に話しかけられても、こんな反応はしないだろう。
「わ、私はその…あの…っ」
(……)
 元より想定していた反応だし、別に驚く事はない。ただ問題は、模擬戦で遊んでいる訳ではない、と言う事だ。
「分かっ――」
 シンジが言いかけた時、
「できますっ」
「え?」
「私にも分かってます。アスランはもう…敵なんだって…分かってますから…」
「……」
 シンジの手がキラの顔にかかり、くいと持ち上げる。
(涙発見。やはりまだ無理な話だな)
 がしかし、この時二人の思考には結構な開きがあった。確かにキラがまだ吹っ切れていないのは確かだが、キラにはそれを口にできない理由があったのだ。
 即ち、自分が使えなければシンジはステラと出てしまう、と。
 自分がアスランを討てないのは分かっているが、今のキラにとってそれは口にしえない事であった。
「め、眼にゴミが入っただけですからっ」
 ごしごしと眼を拭うキラに、
「別に無理する事は無い。ヤマトが優しい娘なのは分かっているし、そんな精神状態でいい結果は出るまい」
「で、でもっ…」
「……」
 キラの顔をじっと眺め、
「降ろす、とか言う気はないよ。私の為に乗っている、とヤマトは言ったのだ。そのヤマトを降ろす訳にもいくまい?」
「シンジさん…」
「大丈夫、七縦七擒で行こう」
「し、七縦七擒?」
「七度捕らえて七度放つこと。それなら良かろう?」
(シンジさんそこまで私の事を…)
 思わず胸が熱くなったキラだが、オーブの人間は使えないからな、とシンジが考えていると知ったらどんな顔をしたろうか。
「ヤマト、それで良いな?」
「はいっ」
「じゃ、出るぞ」
「キラ・ヤマト、ストライク出ます!」
 勢いよく飛び上がると、丁度目の前にブリッツが飛来した所であった。
 
 
 
「ガイアが出てる!?」
 ブリッジへ急ぎ戻ってきたマリューを待っていたのは、ガイア出撃の報であった。只でさえ面倒な時に、ガイアが出て一体何をしているのかと、
「ステラさん、誰が出撃を命じたの!敵はストライクに任せて待機していて!」
「すみませんラミアス艦長。補給艦と残存兵の回収をと…」
「あ…」
 出撃では無かったらしい。結局禿頭のせいで、補給もできていない状況なのだ。
「そ、そうね補給と回収はお願いするわ。ただし、艦はすぐに出るからいつでも戻れるようにしておいて」
「分かりました」
 艦長席に座ったマリューを、ナタルがちらりと視線の端で見た。
「で、そのストライクは?」
 訊ねたムウに、
「既に出撃準備は出来ています」
「いや、そうだろうけどよ…二人乗りか?」
「『え?』」
 ムウの言葉に、ブリッジ内にさっと緊張が走った。ストライクが一人乗りで出撃し、もう少しで撃沈されかかった光景が甦ったのだ。
「ストライクとの通信開け!」
 ナタルの声に、
「駄目です、回路が遮断されています」
「何だと!?」
「……」
 刹那、宙を睨んだマリューが、
「いいわ、バジルール少尉。ここはシンジ君に任せましょう。彼を信じるしかないわ」
「艦長…」
 シンジが黙ってストライクを行かせはするまいと、シンジに賭けるしかない状況なのだ。そもそも、通信回路を向こうから遮断している状況で一体何が出来るというのか。
「アークエンジェルは発進用意を!」
「『了解!』」
 
 
 
「見つけたぞストライ…ク?違う!?」
 先回の戦闘の折、まるで我を見失ったように暴れ回り、デュエルに撃墜寸前まで行った時、正体不明のモビルスーツの援護射撃で大魚を逸した。その時、奇妙な機体からは凄まじい威圧感を感じたが、ストライクのそれはまるで軽かったのだ。
 だが今、悠然と宙に浮くストライクからは、奇妙な機体と同様の、いやそれ以上の威圧感が漂っている。
 ぽんぽん、と対艦刀で自分の肩を叩いているストライクには、戦闘時の緊張感など欠片も感じられない。
「あ、あの時とは全然違う…!?」
 不意に通信窓が開き、一組の男女が映った。
(二人!?)
「こちらストライク。何者だ?」
「ニ…ニコル、ニコル・アマルフィ」
 咄嗟に答えてしまったが、何故答えたのかと自問する余裕はなかった。
「ほう…」
 ニコルの顔をしげしげと眺めたシンジが、
「随分と線の細い男だな。男にしておくのは勿体ない容貌だ」
「え…な!?」
 ニコルの顔がかーっと赤くなり、
「だ、だ、誰が男だ!私は…私は女だっ!」
「…え?」
 シンジがキラの顔を見ると、ふるふると首を振った。キラも分からなかったらしい。
「それは失礼した。その容姿も女ならばさもありなん。で、アスラン・ザラの仲間だな?」
 シンジの表情が厳しい物になり、
「娘一人にストライクとアークエンジェルを任せ、アスラン・ザラは何をしている?女一人に無茶な任務を任せて逃亡でもしたか?」
「ち、違う!アスランはプラントへ戻っただけっ!お前の…お前達の造った兵器の報告にっ」
「お前達?造った兵器の報告?何を言っているか分からんが、私もヤマトもチキューレンゴーなどではない。種の進化を妬むしか出来ぬナチュラルなどと一緒にしないでもらおう」
「え…?」
 髪の長い青年の口から出てきたのは、思いも寄らない言葉であった。一緒に乗っている娘も、びっくりしたようにその顔を見た。
「ストライクは簡単に討てるから後は任せた、とアスラン・ザラはそう言い残して発ったのか、ニコル・アマルフィ?」
「……」
 異世界人にだけは決して油断するな、と言い残したアスランの言葉が、ニコルの脳裏に甦る。おそらく、前回撃沈されかかった時にはこちらに乗っていなかったのだろう。後で出てきた機体に乗っていたのだ。
 だとすれば、あの時はまったく感じなかった威圧感も説明がつく。アスランが言い残したのは、この事だったのだ。
 だが操縦桿を直接握っているのは娘の方だ。そもそも何故二人乗りなのだ?
「娘一人で十分とは侮られたか、それともニコル・アマルフィをアスラン・ザラが殺したがっているのか」
 やれやれと肩をすくめたシンジに、
「ち、違う!アスランは…アスランはそんな人じゃない!その…異世界人には油断するなと私に言ってくれて…」
「ほう、それはそれは…ん?」
 ふと気付いたように、
「訊いておくが、アスラン・ザラの想われ人か?」
「え…」
 シンジの言葉に、ニコルの顔がすうっと赤くなる。
「……」
 それを、キラがじっと見ていた。
「恋人同士なのか?」
 今度は顔中を赤く染めたニコルを見て、シンジはニコルの片想いだと見抜いた。何よりも、アスランの雰囲気は帰るべき女がいる者のそれではなかったのだ。
 だが、別段今ここで指摘するような事ではあるまい。
「退け」
「…え?」
「退けと言っているのだ、ニコル・アマルフィ。アスラン・ザラの言った通り、私はこの世界の住人ではないし、こちらのキラ・ヤマトも地球軍に所属してはいない。弱い相手を討ち取って喜ぶ趣味は持ち合わせていないのだ。それとも、アスラン・ザラが冗談で言ったのか、身を以て試してみるか?」
「く…っ」
 言われずとも、それは分かっている事であった。アスランが戯れ言で、異世界人に気をつけろ等と言い残す筈はないし、何よりも、ストライクの機体から放たれる凄まじい威圧感が、ブリッツとニコルを強烈に呪縛しているのだ。
「アスラン・ザラが戻ってきたら、再度来るがいい。まとめて捕縛して三枚に下ろしてくれる。だが、その前にあたら特攻して散る事もあるまい?」
「そ、その言葉覚えておく…あ、あなたの名前は」
「ヤマト、訊かれてるぞ」
「…シンジさんでしょ」
「なんだ俺か。碇シンジ、帝都発の異世界人、こちらはキラ・ヤマトだ」
「次こそは…必ず沈めてあげますっ」
 唇を噛んでニコルが機体を反転させたところへ、
「シンジさん、この人違うと思いますけど」
「…は?」
「さっきアスランと両想いとか言っていたけど、アスランの好みじゃないし、勝手に片想いしているだけですよ」
「あの…ヤマト嬢?」
 何で空気を読まずに爆弾をかますのかと、やや呆れてシンジがキラを見た次の瞬間、
「キラ・ヤマト!殺す、殺してやるっ!」
(…図星か)
 反転したブリッツが、かぎ爪のような物を投げつけてきた。
「回避!」
 シンジの言葉に、慌ててストライクが避ける。間一髪で避けたが、避けた事で更に女の怒りに火が点いたのか、ブリッツが猛然と迫ってくる。
「逆ギレしちゃって」
「は!?」
 キラがソードを構えて反撃に転じようとするのを、シンジは慌てて止めた。
「…二人とも少し落ち着け」
 シンジの低い声に、ブリッツとストライクの動きがぴくっと止まる。回線を再度開いたシンジの手がにゅうと伸びて、キラの頬をむにょっと引っ張った。
「『!?』」
「ニコル、ヤマトには後で私からお仕置きしておくからここは退け。それ以上来るなら、討ち取らねばならん。お前がアスラン・ザラと似合っている事など、見れば分かる事だ。ニコル・アマルフィ、これが最後通牒だ」
「……」
 ブリッツがくるりと反転し、飛び立っていく。
「ヤマト、戻ったら説明してもらうぞ」
「…ごめんなさい」
 燃えさかる業火を眺めながら、
「さて、そろそろアークエンジェルも出る頃だな」
 シンジが呟いたそこへ、
「碇さん、ステラです」
「ステラ?ガイアが出てるのか?」
「物資を積んだ小型艦と残存兵の回収を」
「そうか。お疲れ」
「いえ。ただ、アークエンジェルが発進するから戻るようにと」
「は?」
 シンジの顔が怪訝な物になる。言ってる事は分かるが、直接言ってくればいい事で、別にガイア経由にする事はあるまい。
「その…」
 少し言いにくそうに、
「アークエンジェルからの通信が遮断されていたと…」
「……」
 ふ、と一つ息を吐き出して、
「分かった。すぐ戻る」
「はい」
 
 
 
 
 
「しかし手応えのない連中だな。あの傘がないと何も出来ないのか、こいつらは?」
 バスターとデュエルは、好き放題に暴れ回っていた。元より不意を突かれた事もあって、アルテミス内は大混乱を起こしており、まともな抵抗すら出来ない状況なのだ。
 がしかし、彼らの目的はそんな所ではない。
「あの艦はどこだ、ニコル!ニコル応答しろ…ちっ、電波が通じないのか」
 目的はあくまでもストライクとその搭載艦であり、こんな要塞などどうでもいいのだ。その為には先攻したニコルとの連絡が必須だが、未だに連絡は付かない。
「まったくあいつはどこにいや…いた!」
 ぼやいた矢先に、悄然と引き上げてくるブリッツがモニターに映った。
「ニコル、あの艦は!?」
「…向こうに…」
「向こう?逃がしたのか!?」
「……」
 ちっ、と舌打ちしたイザークが、
「ディアッカ、あっちらしい。行くぞ!」
 二機が猛然と追おうとした次の瞬間、ビームライフルの一撃がその鼻先をかすめ、慌てて身構えた途端、左右から噴き出した炎が壁となって行く手を遮った。既に末期症状を起こしていたアルテミス内部の崩壊で、次々と噴き出す炎が壁となり立ち塞がる。
 結局、どうにか炎の壁を突っ切ったイザークとディアッカが見たのは、さっさと逃げ出したアークエンジェルの後ろ姿であった。
 ただでさえスタートダッシュに差が付いているのに、あの逃げ足では追いつけないのは分かっている。結局二人とも、舌打ちしながら戻る事しか出来なかった。
「くそっ、ここまで追い込んでおきながら!」
 姿も見られていないのにお前などに追い込まれた記憶はないが?と、シンジが聞いたらそう言ったに違いない。
 
 
 
 
 
 艦に戻ったシンジは、結局何も言わずにキラを抱きかかえて降りた。
「あ、あの…」
 言いかけたキラにシンジは答えず、その肩を一つ叩いて歩き出す。
(シンジ、さん…)
 去っていく後ろ姿に何も言えず、キラはただ俯くしか出来なかった。自室に戻ったキラが、ベッドにどさっと身を投げ出す。
「どうして私はあんな事…」
 シンジの言葉で、ブリッツは退こうとしていた。少なくとも、あの局面で余計な事を言う必要はまったく無かったのだ。
 あれではどう見ても――。
(私は…私はっ…!)
 キラが一人で悶々としている頃、シンジはステラが運んできた物資のリストを見ていた。
「こっちがアークエンジェル本来の積載量。で、こっちが今回得た分か…やはりあの禿頭は首を刎ねておくべきだったな」
 その量、ざっと十分の三程度。つまり全然足りないのだ。
「ステラ」
「はい?」
「お疲れだった」
 よしよしとその頭を撫でて、
「補給の事など全く言わなかったのに、よく気付いてくれたね」
「あ、いえ…」
 頭を撫でられて、ステラが少しくすぐったそうな表情を見せる。
「後はどうするか、姉御が考えるだろう。今日はもうおやすみ」
「はい…あの」
「ん?」
「勝手にガイアを動かしてしかも大した物資が得られなくて…ごめんなさい」
「ステラが出てくれていなければ、ゼロに終わっている。よくやってくれた」
 もう一度頭を撫でてから、シンジは身を翻した。その姿が消えるまで、揺れる黒髪をステラの視線がずっと追っていた。
(……)
 シンジが出て行った後、その手がゆっくりと動いて、撫でられた頭に触れる――何となく暖かいような気がした。
 気のせいかもしれない。
 ただ、今までに体験した事のない気持ちになっているのは間違いない。
 問題は――ステラがその正体を知らない事であった。
 
 
 
 それから三十分後、シンジの居室のドアが遠慮がちにノックされた。
「どうぞ」
「あの…失礼します」
 そっと入ってきたのはキラであった。ベッドに入った所で、シンジから呼び出されたのだ。
「私の部屋へ来るように」
 その一言だけだったから、怒られるに違いないと戦々恐々でやってきた所だ。
「シンジさ…!?」
 キラが目をぱちくりさせる――そこにいたのは原始人であった。
 いや、正確に言えばタオルケットに身を包み、そこから手足と顔だけを出しているシンジであった。
「貫頭衣、と言うんだ」
「え?」
「パジャマが無かったので、姉御に用意してもらった」
「あの…マリューさんので…いた!?」
 ぽかっ。
 シンジの一撃が、柔くキラを直撃し、
「何でそうなる。ブランケットを縫い合わせて穴を開けたんだ。自分で作ったんだよ」
「シンジさんが?」
「無論だ」
「器用なんですね」
 感心したように眺めてから、
「あ、あのそれで…」
「ああ、ヤマトを呼んだ理由?」
「は、はい…え?」
 ソファから立ち上がったシンジがベッドの上に座り、自分の横をぽんと叩いたのだ。
「今日はここへ泊まるといい」
「え?あ、あのっ…」
「言動に突っ込みたい所もあるが…まずはお疲れだ。ヘリオポリスを出てからずっと、気が休まる時は無かったろう。私と違って、色々背負っているからな」
「い、いえ…」
(でも碇さんの方が六人だから人数的には…)
 重いのではないか、と思ったが口にはしなかった。
「おいで」
 低い声ではなく、威圧するような声でもない。
 だが、キラの身体は吸い寄せられるようにふらふらと歩み寄っていた――普通に考えれば何を意味するのかなど、考える事もなく、まるで蛇に魅入られた青蛙のように。
「お、お邪魔…します」
「うん」
 まるではじめて人の家に上がる子供みたいに、キラがおずおずとベッドに入ってきた。
「枕が一つしかないので、これは俺が使う。従ってヤマトはこっち」
「い、いいの?」
「いい」
 シンジが差し出したのは、自分の腕であった――分かりやすく言うと腕枕。
 ちょこんと頭を乗せたキラの髪をシンジが撫でる。
「ここには誰も来ない。ヤマトを責める者も、ヤマトを裏切り者と呼ぶ者もいない。そんな者が来たら、追い返した上で炭化させてきてあげる――ゆっくりおやすみ」
「…!」
 キラの目に涙が浮かび上がり、それを隠すかのようにシンジの腕に顔を押しつける。
 
 五分後、泣きながら眠ってしまったキラの髪を撫でながら、シンジの視線は窓の外に向いていた。
 文字通りの星の海が広がり、冷徹に瞬いている。
 黙然と外を見つめていたシンジの口が、やがて小さく動いた。
 帰れるのかな、と。
 
 異世界に放り出され、元の世界に帰るどころか戦場の真ん中へ出る事になった青年は、何を思うのだろうか。
 
 
 
 
 
(第十七話 了)

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