妖華−女神館の住人達外伝
 
 
 
ドクトルシビウの闇カルテ:ツェザーレ
 
 
 
第十六話:目覚める刃――危険な二重奏
 
 
 
 
 
「軍に志願するって…それどういう事よっ!」
「だ、だからそれは――」
 フレイを別室へ担いでいったサイは、自分達が軍に志願する事を告げた途端、フレイから猛抗議を受けていた。
 どうして一般人の自分達が地球軍に志願するのかと、フレイの抗議もある意味もっともではある。最初からシンジと行動を共にした訳ではないし、あまつさえもう少しでステーキにされかかったのだ。
 百歩譲って、サイがあの危険な奴を信じるのはいいとしても、どうして軍に志願などするというのか。義理も義務も全く存在しないではないか。
「い、碇シンジさんはともかく、キラは俺たちを守る為に、命を賭けてくれてるんだ。キラが勝手にやってるんだから、で済ます事は出来ないだろう?キラは友達なんだからさ」
 碇シンジという青年が、自分達六人を守るといった事をサイは信じていた。と言うよりも、味方であれば非常に強力な盾になる存在だと本能で気付いていたのだ。
 そして、自分達が裏切らない限り決して欺くような事はしない、と。会ってから数時間で、しかも異世界の人間を何故信じるのか、と言われれば正直困る。
 理論的な説明はつかないからだ。
 ただ俺の勘が大丈夫と言っているから、としか言いようがないのだが、それは正鵠を射た判断であった。
「…本当にそれだけ?」
「え?」
「許嫁の私が丸焼きにされかかったのよ。怒るのが当然なのに、怒りもしないで味方するなんて…本当はキラって娘(こ)に唆されたんじゃないのっ」
「キラは…絶対にそんな事は言わないよ。あいつは、一人で背負い込んで戦いに行っちゃうタイプだ…」
「ふーん、随分と詳しいのね」
「フレイ!」
 フレイの言葉は、明らかにトゲを含んでいた――まるでサイが浮気でもしたかのように。
「な、なによ…。とにかく、あなたは私の許嫁なんだからそれは忘れないで。浮気なんかしたら許さないからねっ!」
「フレイ…」
 この時サイが、またヒスを起こして位に思わなければ、事態はまた変わったかも知れない。
 がしかし、いつもの逆ギレだろう程度に思っていた事が、大きな波紋を引き起こす事になる。
 
 
 
 
 
「別にステラが来る事はあるまい。俺一人で十分だってば」
「行きます」
「いやいいから」
「行きます」
「来なくてい…まあいいや行くぞ」
 理由は分からないが、こうまで拘る以上そう簡単には折れまい。理由を訊きだしたところでどうにもなるまいと、黙ってコックピットを開ける。
「…?」
 塞がっていた。
 目を擦ってもう一度見ると、やはり塞がれている。
「アークエンジェル内じゃなかったか?」
「アルテミスへ入港する為の隠蔽工作でしょう。私達が起こされなかった、と言う事はこの機体は見つからなかったという事ね」
「……」
「何?」
「どれ位か分からないが、すやすや眠っていた記憶がある。まだ入っていないという事はあるまい。歓待モードなら起こしに来てもおかしくない。それが来ないというのは――」
「想像通りの相手だった、と言う事でしょうね」
「急いだ方が良さそうだ」
「ええ」
 塞いでいる物体を風で吹っ飛ばすと空間が空いた。ステラを抱えてふわりと降りると、周囲には誰もいなかったが、物音で気付いたらしく数名の兵が銃を手に駆け寄ってくる。
「さて、と…ん?」
 とりあえず眠らせる程度で、と掌を向けたその時、腕の中からステラがすり抜けた。
「ステラ!?」
 素手で何をする気かと、慌てて止めようとした次の瞬間、その目が見開かれる。ステラの右手には刀が握られていたのだ。
「い、何時の間に…」
 目をぱちくりさせていたシンジの表情が、急に引き締まった――ステラの手が一閃した次の刹那、兵士の喉は鮮血を噴き上げたのだ。あっという間に数名を片づけたが、五人の兵に囲まれてしまった。
 しかもステラの手に銃はないのだ。シンジの手がすっと上がったが、またしても度肝を抜かれる事になった。
 ステラは動じる様子もなく、すっと身を屈めるといきなり前方にいる兵士へ襲いかかった。慌てて引き金を引こうとするも、この位置で撃てばかなりの確率で同士討ちになるのは目に見えている。
 モタモタしている間にさっさと二人を片づけ、奪った軽機銃でもう一人、更に残った二人を始末するまで十五秒もかかっていない。
 ひゅう、と洩らしたシンジの元へ、ステラがてくてくとやってきた。
「……」
 黙って見上げるステラの頭をシンジが撫でる。兄が妹にするみたいな触れ方だったが、ステラの口許に小さな笑みが浮かんだ。
 
 
 
「もう一度訊く、パイロットは誰だね?」
「…フラガ大尉ですよ。お訊きになりたい事があるなら大尉にどーぞ!」
 自棄というか投げやりというか、これを聞いた十人中九人までが嘘と思うような、そんなコジローの口調であった。
 当然ガルシアが信じる訳もなく、
「さっきの戦闘はこちらでもモニターしていたよ。あの零式はガンバレル付きだ。あれを扱えるのはあの男しかいない、と私が知らないと思ったかね?」
 くっくっと笑ったその顔は、まるで爬虫類を思わせた。
 笑みを浮かべた顔のままで、ミリアリアの腕をぐいと掴んだ。
「この艦の艦長は女性だし、君が操縦者でもおかしくはないのだなあ?」
「きゃぁっ!」
「!」
 悲鳴をあげたミリアリアに、反射的にキラが立ち上がろうとした瞬間、
「女の子に手をあげるなんて酷いじゃないですか!」
「うん?なんだお前は」
 ガルシアの前に飛び出したのは、一人の少年であった。
「ヘリオポリスの避難民です。何をしたいのか知らないけど、女の子に手を出すなんて最低で…ぐぅっ」
 言い終わらぬ内に、その身体が吹っ飛んだ。副官が殴り飛ばしたのだ。
「男なら構わない、という意思表示か?坊主」
 親分に勝るとも劣らぬ笑みを浮かべ、その襟首を掴もうとした所を、強烈な手刀が襲った。
「いい加減にしなさいよこの屑」
 美少女が、目に怒りを湛えて仁王立ちになっている。服装からしてこれもヘリオポリスの民間人だろう。
 殴り飛ばされた少年に、慌てて駆け寄った少女はメイド姿であった。
「優さん大丈夫ですかっ!こんなに血が出て…」
「大丈夫だよまほろさん、大した事はないから」
 まほろと呼ばれたメイド娘が、ポケットからハンカチを取り出して少年の口に当てた。
 少女の黒瞳がキッとガルシアを睨み、その眼光がガルシアを射抜くが――これで動じるようならこのスキンヘッド、こんなところで悪の親玉などやっているまい。
 気にした様子もなく、
「君も民間人かね?まったくヘリオポリスの住人は血の気が多い。隠れて新型を作っていたオーブの…ヌオ!?」
「うるさいのよ、この屑」
 位置は変わらず手も使わず、ただ右足だけが綺麗に弧を描き、ガルシアの身体は後ろに吹っ飛んでいた。
「銃で民間人脅してその上女の子に手を出して、恥ずかしいと思わないの?」
(くっ…)
 無論ガルシアに向けた言葉だが、そこにいた男達は一様に唇を噛んでいた。確かに恥ずべき行為だが、その前に立ち塞がったのは年端もいかぬ少年と、明らかに学生の少女なのだ。
 自分達は一体何をしていたのか!?
 だが芽生えた義侠は、一瞬にして打ち砕かれた。口許の血を手で拭ったガルシアが、さっと手を挙げたのだ。
 銃を持った兵士達が数名、少女に向かって一斉に銃を突きつける。
「綾香様っ!」
 同時に声がして、娘が一人音もなく立ち上がった。
 銃を向けられている少女よりは年上に見えるが、その外見は少々変わっている。
 第一、顔の両側にはセンサーにも似た物がついているではないか。
 少年をかいがいしく手当てしていたまほろが、
「優さん、少し待っていて下さい」
 これも一瞬で距離を詰め、二人の娘が綾香と呼ばれる少女を庇うように、兵士達の前に立ち塞がった。
「セリオ、手を出さないで」「まほろさん駄目だよっ!」
 字面だけ見れば、軍の揉め事に巻き込まれたくない、と言う風情に見えるかも知れない。
 だが良く聞けば分かったはずだ。
 巻き込まれたくないのではなく、むしろいずれも彼女達を抑えようとしている口調だった、と言う事を。
 こんな状況下にあってその感情の発露を抑えねばならぬような存在とは、一体何者なのか。
 食堂に危険な空気が満ちたその時、
「止めて下さい!乗っているのは私です」
 コジローの制止を振り切り、とうとうキラが立ち上がった。
「ハン?」
 兵士達の視線が一斉にキラへ集まる。
「それはギャグで言ってるのかね?女かもしれん、とは言ったが女に身代わりになれとは言っていないのだよお嬢ちゃん」
 さすがに殴ろうとはしなかったが、ガルシアの手がキラの顔に掛かり、くいと持ち上げる。
(!?)
 同じ男の手でもシンジとは全く違う手、それはぬめぬめした感触と相俟って文字通り蛇のそれを思わせた。
「いやあっ!」
 先に身体が反応した。キラがガルシアの手を掴み、背負った次の瞬間ガルシアはきれいに投げ飛ばされていた。
「さ、触らないで下さい気持ち悪いからっ」
 乙女の叫びに、居合わせた者達がくすくすと笑った。
「司令っ!」
 副官達がどやどやと駆けつけ、今度はキラの胸ぐらを掴んだ。余計なフェミニズムは持ち合わせていないらしい。
「止めて下さいっ」
 とっさにサイが飛びつくが、あっさりと殴り飛ばされた。
「サイ!」
 フレイが受け止めた、まではいいが、睨んだ先には何故かキラが居る。殴ったのは副官であって、キラでは無いはずなのだが。
「いい加減にしなさいよ、この馬鹿軍人」
「…何だと」
「キラが言ってる事は本当よ。その子がパイロットなんだから」
 この状況下で、しかも許嫁が殴られたにもかかわらず、フレイの声はひどく冷静なものであった。
「貴様らいい加減にしないと――」
「嘘ではないわ。その娘(こ)、コーディネーターだもの」
「『!?』」
 アチャー、とコジローは頭を抱え、食堂内がざめわく中でガルシアはゆっくりと起きあがった。
「そうか、そう言う事か。ではお嬢ちゃん、お付き合い願おうか」
 にやあ、と笑いかけられた時、キラは確かに鳥肌が立ったのを知った。
 それも全身にだ。
 
 
 
 
 
「馬鹿みたいね。もっとも、当然と言えば当然だけど」
 アルテミスの防衛システムが通常に移行し、防御帯の傘が閉じるのを確認してから、ニコルはブリッツを発進させた。
 あの傘さえ無ければ、ひ弱なただの要塞に過ぎない。このブリッツでシステムを破壊してから他の二機で攻撃を掛ければ、一溜まりもなく陥落するだろう。
 ただ、ニコルには一つだけ気になっている事があった。
 クルーゼに伴われてプラントに帰還する時、アスランはニコルにだけこう言ったのである――異世界人にだけは絶対に油断するな、と。
 イザークとディアッカに言わなかったのは、怯懦と謗られるから、と言うよりは言っても信じないからだろう。
 だが、ニコルの肩を掴んで告げたアスランの顔は、見たこともないほどに真剣であった。どうみても、ネタや冗談で言っている顔ではなかったのだ。
「でも大丈夫、あなたを悩ませる種は私が全部除いておきますからっ」
 呟いたニコルだが、それは自信に溢れたものではなく、むしろ自分に言い聞かせるような声であった。
 
 
 
 
 
 セリオとまほろに、ありがとうと目で笑ってキラが連行された食堂内では、
「何であんな事言うんだ、お前って奴は!」
 トールがフレイに噛み付いていた。サイと違ってフレイに思い入れがなく、キラ側に近いトールとしては当然なのだが、ミリアリアは少し複雑な心境であった。
 大丈夫か?と訊く前にこの反応なのだ。あんな禿親父の汚い手で肩を掴まれたんだから心配位してくれても、と思うのはある意味当然だが、そんな曖昧な乙女心はこの宇宙では無力である。
「だ、だって…」
 サイが色目使っていそうだから、とはさすがに言えず、
「でも本当の事じゃない」
 フレイの言葉に、濡れタオルを顔に当ててもらっていたサイが反応した。
「フレイ、本当ならいいのか?事実だからとあっさりばらしてその結果俺達が何も出来ない場所へキラが連行されてもいい、とそう言うのか?」
「サ、サイ…」
 まさか後方から狙撃されるとは思っても見なかったが、すぐにその眉がピッと上がった。
「いいじゃないの別に!だいたいキラは仲間なんだし、キラが行けば済むんだから行くのは当然じゃない」
「…キラがどうなるかは考えないの?」
「な、何よ二言目にはキラ、キラって!そんなにあの子が大事な訳!?ここは味方の基地なのに、どうしてそんなに私を責めるのよっ」
(あーあ、サイも黙ってればいいのに)
 ミリアリアから見れば、フレイがキラを差し出したのは、ヘリオポリスの民間人代表とかそんな事じゃなくて、多分六割位は焼き餅からだろうと読んでいた。医務室でキラの寝顔を見て顔を赤らめた中にサイも入っていたし、軍に志願する件では妙に積極的であった。
 シンジの年齢は分からないが、妙に落ち着いた雰囲気と自分達六人を安全地域へ送ると請け負った事で、信頼しているのは分かる。自分もそれは思っているからだ。
 ただ、ミリアリアから見ると、キラの比重の方が大きいように見える。無論、フレイもそれは感じ取っているのだろう――両想いになる可能性については全く杞憂である、としても。
「お前なあ…」
 怒りと軽蔑を込めてフレイに向いた視線は、三対や四対ではなかった。
「地球軍が何と戦ってると思ってるんだよ!」
 トールの声が食堂内に響き、母親の腕に隠れていた幼女がびくっと身を縮めた。
 一方連行され中のキラは、そんな騒動など知る由もない。しかも両腕を固められており、まるで犯罪者扱いだ。
「…OSのロック解除ですか」
 歩きながら訊いたキラに、
「いーや、違う」
 ガルシアは首を振った。
「え?」
「無論それはやってもらうがね、それはあくまでも第一歩だ」
「…え?」
「これの解析をしてもらいたい。ついでに同じ物を造って更にはこれに有効な兵器まで勘案してくれるとベストだ」
「はあ?」
 キラの口がぽかんと開いた。
(このスキンヘッドの気持ち悪い人は何を言ってるのかしら?)
「あの、私は民間人で軍属じゃありません。ただの学生なんですけど」
 フン、とガルシアは笑った。
「だが君は、裏切り者のコーディネーターだろう?」
「!?う、裏切り者っ!?」
「そうだ、理由は知らないが君は同胞を裏――」
 裏切ったのだろう、と言うつもりだったのだろうが、すべてを言う事は出来なかった。背後から強烈な踵が降ってきて、その禿頭にめり込んだのである。
「天誅」
 床に崩れ落ちたガルシアを見て、副官達が慌てて銃を背後に向けたが、次の瞬間その身体が二つに裂けた。
 文字通り、真っ二つに裂けたのである。触れる物を断たずにはおかぬ死の風の力であった。
「ヤマト、待たせた。無事か?」
 足を引き戻し、ひっそりと笑っているのは無論シンジだ。ここにくるまで、目に付いた兵士は全て炭化、乃至は喉を切り裂かれて死体と化してきた。
 最初はシンジも抑えに回っていたのだが、張り切って斬りまくるステラに触発され、死の二重奏を奏でる事になったのだ。
 余りにも危険な二重奏であった。
「シ、シンジさんっ!」
 思わず飛びついたまではいいが、側にいるステラに気付いた。
「『……』」
 シンジは事態をよく分かっていないが、当事者同士は分かっている。二人の少女の間で重い空気が立ちこめた。
 
 
 
 
 
「敵がいなくなったから傘を閉じる、と言うのは間違いじゃない。だけど、この機体の事を知っていれば閉じないと思うんですけどね。やっぱり、あの艦の収容先は歓迎じゃなかったみたいですね」
 くすっと笑ったニコルが呟いたように、敵の戦艦に乗っている連中は、この機体の事を知っている筈だ。
 普通に考えれば、その情報はアルテミスの司令部にもたらされて然るべきだし、そうであれば傘が閉じる事などあり得ないだろう。
 だが傘は閉じた。
 それは即ち、情報がもたらされなかった事の証であり――歓迎されてはいないという事だ。無論、こちらに取っては大歓迎である。
「このまま沈んじゃえ」
 ニコルの手がビームの発射ボタンに伸びた。
 
 
 
 
 
(どうしたものかな)
 正直なところ、このままさっさとずらかりたい。だいたい、原因すら知らないのだ。
 ただ、修羅場もどきの少女二人を残してはそうもいくまい。
 コホン、と強引に咳払いして、
「ヤマト、とり――」
 言いかけたところへ、不意に衝撃が襲った。蹌踉めいたキラとステラを、咄嗟に抱き留める。
「ん?」
 首を傾げて、
「地震かな」
「『多分爆発…』」
 期せずして、キラとステラの言葉が重なった。一瞬二人の視線が合ったが、どちらからともなくふいっと逸らす。
(葉ちゃん…)
 自分が最も信頼しており、そして数いるメイド達の中で唯一手を出した娘の顔が浮かんだ。
 助けて!と内心で叫んでから、
「二人とも話は後で訊く。何があったか知らないが、喧嘩してる場合じゃあるまい?」
「『……』」
 その間にも揺れは激しくなり、
「ガルシア司令!」
「?」
 ガルシアの腰の辺りで通信機が悲鳴にも似た叫びを上げた。
「こら起きろ」
 妙な修羅場に巻き込まれて、あまり機嫌の良くないシンジが背中にもう一度踵を落とすと、ぐええと潰れたカエルみたいな声をあげてガルシアが起きた。
「部下から連絡だ。さっさと出ろ」
「だ、誰だお前は」
 呆然としてシンジを見た次の瞬間、
「防御エリア内にモビルスーツ!リフレクターが落とされていきますっ」
「なんだと…ギャアー!?」
 やっぱりカエルの断末魔みたいな声は、身体を断たれている副官に気付いての物だ。
「要するに、ボンクラ共が敵の侵入を許したってことかな?」
 シンジの呟きに、二人の少女がこくんと頷いた。
「ま、まま、待ってくれっ!」
「あ?」
「た、頼むっ、頼むから殺さないでくれっ、この通りだ!」
「……」
 別に殺す気などなかったのだが、勝手に土下座して命乞いしてくるガルシアを、シンジ達は呆れた顔で見た。
「殺す価値もない。というより、殺すのも面倒だ。この基地に脱出用のポッドか何かあるのか」
「あ、ありますっ」
「じゃ、生き残った連中を集めてそれで脱出しろ。傘とかいうものが破られれば、後は脆いのだろうが」
 シンジの言葉に、ガルシアが壊れた機械人形みたいに首を縦に振る。
「さてヤマト、遅れて済まなかった。本当は外から眺めていたんだがな」
「え!?」
「あそこで助けに入ると食堂内が血の海と化すのでね。一般人がいたから控えたんだ」
「やっぱり、シンジさんは優しいんですね」
 にこっと笑ったキラの笑みは、汚れを知らない純真無垢な乙女のそれであった。
(……)
 シンジの胸が僅かに痛む。
 こんな娘を戦場という合法的な殺し合いの場所へ連れ出していいのだろうか、と。
 だが今はそんな事を言っている場合ではない。
「ヤマトはストライクへ行って起動を。ステラは食堂へ行って他のメンバーの解放を。いいね?」
「『はい』」
「良い子だ」
 二人の頭を撫でてから、
「そこのスキンヘッドちょっと待て」
 シンジの声に、カサカサと逃げだそうとしていたガルシアの身体がびくっと震えた。
「な、なんでしょうか」
「マリュー・ラミアス以下、何人か足りない。食堂にはいなかった、どこへ連れて行った」
「か、艦長達なら別室におられますええそれはもう全く危害など加えておりませんのでもちろんの…ぐ!」
「場所を訊いている」
 低俗な役人みたいに言い訳するガルシアへ、再度落ちてきた踵は、今度は肩口であった。
「し、司令室そばの別室でありますっ」
「私が一人で行かれる場所か?」
「そ、それは…」
「まあいい。行け」
 ガルシアが脱兎のように走り去り、
「シンジさん、どうするんですか?」
「ステラと一緒に食堂へ行って、一匹のして案内させる。ヤマトは格納庫へ急いで。ただし、発進はするな」
「え?」
「もう一人ツレがいる、だろう?」
「あ…はいっ」
 キラの顔にぱっと笑みが浮かび、足取りも軽く駆け出していく。
「……」
 それを見たステラの顔を眺め、
「ステラ」
「…はい」
「何でもない。さて行くか」
「はい」
 頷いたステラだが、それはどことなく硬い動作であった。
 
 
 
 無論、マリュー達が軟禁されていた部屋にも、爆発音と振動は響いている。
「チッ、やられたな!」
 舌打ちしたムウに、
「敵が入り込んだって事かしら」
「それしか考えられないだろうよ…って、何で艦長さんはそんなに落ち着いてるんだ?」
「理由は幾つかあるけどね。まず一つ、これだけの衝撃ならシンジ君もまず間違いなく起きる事。二つめ、シンジ君が起きればキラさんの救出を優先するわ。ステラさんを出したりはしない筈だから。三つ目、ここで私達が騒いでもどうにもならない。これが私の落ち着いている理由よ」
「ラミアス艦長は、会ったばかりの異世界人を随分と信用しておられるのですな」
 チクッと嫌味を含んだ声は無論ナタルのものだ。
「彼は信じるに足る青年よ。もっとも私は、会ったばかりの異世界人に縛りたくなる程いい女、と言われるバジルール少尉の魅力が羨ましいわ。常人には分からない魅力なんでしょうね?」
「い、いいえそれ程でもありません。それに…会ったばかりの者をいきなり信じる艦長の度量には及びませんから」
「そうよね、人を信じられない狭量な人じゃ、人は付いてこないものね」
 うふふふ、と笑い合っているが、二人とも目はまったく笑っていない。
(こ、この二人って…)
 程度としては、モビルアーマーでクルーゼのモビルスーツに追い込まれた時よりも、今の方が怖い。
「ま、まあ艦長さん。気持ちは分かるが、一応出来る事はやっておこうぜ」
「出来る事?」
「ここから脱出するんだよ。万一、あの兄さんが違う所で手間取ったら困るだろ?さ、やるぞ」
 勝手が分からず迷子になったら、とは言わなかった。マリューが全面信頼している風情だし、わざわざ怒らせる事もない。
 すう、と息を吸い込み、
「うわー、今の爆発で部屋に亀裂が入ったー!空気がー、空気が漏れるー!!」
 叫んでから、
「…協力しないか?」
「もう、仕方ないわね」
 立ち上がり、
「きゃーっ、助けてー、死んじゃうーっ!シンジ君早く来てー!!」
(シンジ君!?)
 何でそうなるのかと内心で突っ込みながらもう一人を見ると、戸惑った表情で立ちつくしている。
(勘弁してくれ…)
 マリューも気付き、
「協力しようって言う気はないの?」
「わ、私はその…」
「そういうのってやな女よ?」
 一瞥を向けてから、
「ああんっ、もう死んじゃうーっ!早く、早くシンジ君来てーっ!」
 年齢を五歳程下げたような甲高い声が効いたのか、或いは半ば自棄になったムウの叫びが功を奏したのかは分からないが、十秒後、ドアの鍵が開く音がした。
 マリューとムウが頷き合い、それぞれ部屋の左右に立つ。入ってきた兵をのすつもりだったが、左右に立ったのは結果的に正解であった――ドアが吹き飛んだのだ。
「げ!?」
 慌てて二人が横にとびのく。
「碇シンジ一人前特上でお待ち」
 ゆっくりと入ってきたシンジが、
「姉御、俺の事呼んだ?」
 髪の埃を払ってうっすらと笑った。
「もう…遅いわよシンジ君」
「十分以上遅れたら料金は返金する事になってるから。さて」
 一人蚊帳の外、の感で立っていたナタルを見つけると、その顔をまじまじと眺めて、
「咄嗟の場合に協力もせず、姉御に逆らうしか能のない人が少尉になれるのか、大西洋連邦軍は?」
 やれやれ、と一つ肩をすくめて見せた。
「そ、それよりっ…」
「ああ、分かっているフラガ。ヤマトにはもう起動準備をするように言ってあるし、食堂に集められてた連中もステラが解放している筈だ。さて姉御、ブリッジでクルーが待ってるよ」
「そ、そうねありがとっ」
 
 
 
 
 
「ふん、ニコルの奴上手くやったらしいな」
「この要塞ごと沈めてやるさ」
 
 同時刻、デュエルとバスター、アルテミス内へ侵入。
 ニコルのブリッツ、アークエンジェルを捜してウロウロと捜索中。
「あの艦(ふね)今日こそは…居たー!」
 アークエンジェルを発見し、その可愛い口許に危険な笑みが浮かんだ。
 
 
 
 
 
(第十六話 了)

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