妖華−女神館の住人達外伝
 
 
 
ドクトルシビウの闇カルテ:ツェザーレ
 
 
 
第十五話:89%の可能性で現実
 
 
 
 
 
 三十分もしない内に、アークエンジェル艦内は、ブリッジから格納庫から食堂から、全て銃を持った宇宙人達に制圧されていた。
 正確に言えば、宇宙服に身を包んで武装したアルテミスの駐留軍兵士達に、だ。
「全員一箇所に集まれ!」
 格納庫にいたムウ達も無論例外ではなく、銃で小突かれて隅に押しやられていた。
(チッ、ビンゴかよ。ったく、ここへ入港しようなんて言ったのはダレダ!)
 舌打ちしたムウだが、自分も結局賛成したから、あまり文句も言えない。
 だがこうなってくると、ガイアから未だ出てこない二人が――正確にはシンジのいない事が大きくなってくる。
 無論、ここだけ制圧という事はあり得ないし、艦内全てだろう。キラ達もまた、銃を向けられているのは間違いなく、それを見た異世界人の青年がどういう反応を示すかは、既に経験済みである。
 ただし、シンジが居た場合艦内が血の海と化す可能性があり、それでもなお、と言い切れるかは少々微妙な所だ。
 隠匿工作の甲斐あって、まだガイアが発見された節はない。
(とはいえこいつらの狙いはストライクの解析だろうからな。ガイアを発見できるほど全力で捜索はするまい。アークエンジェルにロックはないんだ)
 連行されながら、ムウはちらっとガイアの隠してある方向を見やった。
(余計な電波を出したりはするなよ)
 一方ブリッジでは、
「ビダルフ少佐、これはどういう事か説明して頂きたい。わ、我々は――」
 震える声で言いかけたナタルを、
「艦のコントロールと火器管制を封鎖させて頂くだけですよ」
 冷ややかに封じたビダルフの声は、明らかに嘲笑を含んでいた。
「ここは軍事施設です。友軍コードもなく、いわば正体不明の艦が入港した時の措置であるという事位は、ご理解頂けるでしょうな?」
(なら、どうしてそもそもそんな艦を入港させたのよ。頭の悪い理由付けしちゃって、何考えてるのか見え見えなのよ)
 内心で毒突いたマリューだが、何も言わずに黙っていた。ここでどう抗議した所で、仰せごもっともなのでこのまま艦はお返し致します失礼しました、となる訳はないのだ。
 ならば、余計な労力を使うより向こうの出方を見た方が良い。
 マリューの発想は至極普通のものだったが、ナタルは納得がいかないのか、
「封鎖!?し、しかしこんなやり方は…」
 なおも食い下がろうとする彼女に、兵の一人が銃を向ける。
(あーあ、頑張っちゃって。ほんっとに、空気の読めない子なのね)
 状況を考えれば、抗議など無意味なのは分かっている。そもそも、女が震える声で抗議した位で状況が変わる程度なら、最初から銃で脅して制圧などするものか。
(しかしこの空気の読めなさは…シンジ君の居るアークエンジェルではある意味致命的なものかもね)
 目の前の状況が、まるで他人事みたいにマリューは内心で呟いた。
「状況から判断して入港は許可しましたが、まだ友軍と認められてもいないのです。よろしいかな、ナタル・バジルール少尉?」
「……」
(完全になめられてるわね。まるでお嬢様扱いじゃないのよ)
 反撃を完全に封じられ、ナタルが沈黙する。
「さて、ご納得頂けたようですので、士官の方々は私とご同行願いましょうか。事情をお伺い致します」
(ったく…さて、後はシンジ君に期待しましょ)
 
 
 
「イーヒッヒッヒ」
 司令室内に、怪しい事この上ない笑いが響く。巨大なスクリーンに映し出されているのは、アークエンジェルだ。
「大西洋連邦の極秘軍事計画…耳にはしていたが、まさかそれが現実で、しかもここへ転がり込んでくるとはな」
 椅子にふんぞり返った司令官は、もう笑いが止まらないと言った風情である。
「ガルシア司令、ヘリオポリスが絡んでいるというのは、どうやら事実だったようですな」
「うむ」
 側に控えている副官だが、ガルシアの奇怪な笑い声を聞いても、顔をしかめる様子はない。
 どうやら、何度も聞いている内に慣れてしまったものらしい。
 元々このガルシアは、この辺境な要塞に飛ばされたもので、いつか功を立てて本土に復帰すると機を待っていたのだから、そこへ飛び込んできた絶好の餌を見逃す筈がない。
「連中にはゆっくりと滞在して頂くとしよう。そう…ゆっくりとな」
 ガルシアの顔は完全に緩みっぱなしになっている。
 と、そこへドアがノックされた。
「何だ」
「失礼いたします。不明艦より、士官三名を連れて参りました」
 スクリーンの映像を一瞬で切り替えてから、
「入れ」
 偉そうに命じた声からは、最前まで奇怪な笑い声をあげていた男のそれは、微塵も感じられない。
 マリューとナタル、そしてムウの三人が入ってきた。
 ガルシアは立ち上がり、
「ようこそアルテミスへ」
 
 
 
 マリュー達以外のクルー、そして避難民達は皆食堂へ押し込められていた。
「アルテミスって友軍じゃないんですか?」
 訊ねたサイは、アルテミス行きが決まった時はブリッジに居なかった。シンジに連れられて、彼らがブリッジ入りしたのはその後だ。
「友軍は友軍だがな…」
 答えて舌打ちしたのはマードックだ。
「識別コードがないのは事実だが、そんな事は大した問題じゃない。本当に問題だったら、そもそもそんな正体不明艦を入れたりしないだろうよ。爆薬を満載していていきなり自爆でもしたらどうするんだ。問題は、もっと違う所だな」
「ですね…」
 頷いたのはアーノルド・ノイマン、アークエンジェルの操舵担当である。
 一方キラはと言うと、これまた銃で脅されて食堂へ押し込まれていたが、慌てる風情もなく、心配している顔でもない。
(シンジさんがきっと来てくれるから)
 その顔を見たミリアリアは、キラが何を思っているのか手に取るように分かった。
(本当に信頼しているのね…あら?)
 急にキラの顔が曇ったのだ。
(でも私…まだシンジさんに謝れてない。もし…見捨てられたら…私…私どうしたら…)
 現状を思いだしたらしい。
 
 
 
 
 
「私は一度帰投する。アスランは連れて行く、ガモフは引き続き追跡しろ」
「了解」
 ハマーンの言葉通り、ヴェサリウスにいるクルーゼの元へ、正式に帰還命令が出た。
 とはいえ、ここまで追ってきた敵艦をそのまま放置も出来ないと、僚艦ガモフに追撃命令を出して、クルーゼはアスランを伴って帰投した。
 ただし、メインはあくまでも追尾にとどめ、積極的な攻撃は十分な勝算が無ければするなと厳命してある。敵は一隻だし、先の戦闘を考えれば使えるのもストライク一機の可能性が高いが、クルーゼは甘く考えてはいなかった。
 正確に言えば、未だ見ぬ異世界人を過大評価していたのである。つまり、声だけ聞いて異世界人がモビルスーツを操れると思っていたのだ。
 それが実際には操縦ではなく増幅器の役割で、ストライクに乗れば武器の威力を、ガイアに乗れば操縦性を格段に向上させると知れば、何を置いてもまずシンジの抹殺を優先したに違いない。
 とまれヴェサリウスは、アスランとクルーゼを乗せて去り、後は協調性がどうにも欠ける二人と、二人の調整役に苦労するニコルがいるだけだ。
 頼りなさげな面々だが、気合いはアスランがいた時よりも上がっている。腕を落とされて汚名返上に燃えるイザークと――アスランがいない今の内にと、情念の炎を背にしたニコルがいる。
 なんでこいつが燃えているのかと、ガモフ艦長のゼルマンを始めイザークもディアッカも、正直首を捻っていたのだ。
「このアルテミスの傘は、レーダーも実体弾も通さない代物だ。防御としてはまず一級品だな。無論、内部からも同じだから、攻撃されないと言えばされないが」
「だからアルテミスの傘、か。攻撃もしてこない要塞なんて、馬鹿みたいな話だな」
「だがディアッカ、現在の所これを突破する手だてはないのだ。攻撃の要がなければ、これ以上の格納庫はないのだぞ」
「へえ、じゃあ出てくるまで待つ訳?」
 くーっ、くっくっくとディアッカが笑った。
「ディアッカ、ふざけるなよこの粗大ゴミ!」
「そ、粗大ゴミ!?」
「おまえは隊長が戻られた時に、連中が出てくるのを指をくわえて見ていました、と報告する気か!」
 イザークならずとも、突っ込みたくなるような笑いであった。
「……」
 ディアッカがぷいっと視線を逸らす。
 
 協調性、依然問題有り。
 
 ニコルは内心で、小さく溜息をついた。
 
 
 
 
 
「マリュー・ラミアス大尉とムウ・ラ・フラガ大尉、そしてナタル・バジルール少尉。君らのIDは確かに、大西洋連邦の物のようだな」
 判明は予定より少し早かったが、別にどうと言う事はない。そもそも最初から、マリュー達が友軍でない、などとは思ってもいなかったのだ。
 幾らでもやりようはある。
「お手間を取らせ、申し訳ありません」
 頭を下げたムウに、ガルシアは野卑な笑みを浮かべて手を振った。
「いやなに、君の輝かしい武功は私も耳にしているよ、エンデュミオンの鷹殿。グリマルディ戦線には、私も参加していてね」
 昨年の六月、クレーター・エンデュミオンの戦いで、地球軍は第三艦隊を壊滅させられるという惨敗を喫した。
 その際に、敵の手に渡すべからずと、レアメタル入りの氷を融解させるのに使う装置『サイクロプス』を暴走させたのだ。焦土作戦にも似た戦術で、ザフト軍は何とか撃破したものの、自軍にもかなりの被害を出した。
 この時ムウは、MAでジン五機を撃破しており、それによってエンデュミオンの鷹と呼ばれるようになった。
 もっともその実態は、敗戦を粉塗する為に地球軍が英雄化した、と言う所なのだが。
 なおこの戦いでムウは第三艦隊唯一の生き残りであり、第三艦隊壊滅に功を上げたのは、ローラシア級戦艦「カルバーニ」に艦長として乗艦していたクルーゼである。
 この頃から、二人はお知り合いだったのだ。
 しかしさすがの二人も、自分達が揃いも揃って異世界人の少年に振り回される事になるとは、想像もしていなかったろう。
 エンデュミオンの鷹はもう少しで炭化させられる所だったし、クルーゼ隊の隊長は異世界初のブースターを積んだモビルスーツのせいで、腕を吹っ飛ばされた上にインパルス砲をぶつけられるという、A級の醜態を演じる事になった。
 とまれ、ガルシアのそれはどう聞いても阿諛追従と分かる口調だったが、ムウは生真面目に小首を傾げた。
「おや、ではビラード准将の隊に?」
「そうだ。戦局では敗退したがね、君の活躍には随分と励まされたよ」
「ありがとうございます」
「しかし、その君があんな艦と一緒に現れるとは思わなかったよ」
「特務ですので、詳しくは申し上げられませんが…」
 クルーゼ機に撃墜されかけてアークエンジェルに身を寄せ、しかもそこで炭化させられかかったのを少女に救われて今に至る、などとは特務などよりよほど機密事項だ。
「分かっている。だが、すぐに補給をと言うのは難しいぞ?」
 補給物資は十分にあるし、補給だけなら今すぐ完全に出来る。
 だがここは、たっぷり引き延ばす所だ。
 困ったと言う顔で首を傾げて見せると、マリューがぱくっと食い付いた。
「ガルシア司令、我々は一刻も早く、月の本部に向かわねばならないのです。ザフト艦にもまだ追われておりますし」
「ほう、ザフト?ザフトとはあれかね」
「『え?』」
 スクリーンが変わり、飛行中のザフト艦が映し出される。
「ローラシア級!」
「そうだ。だがバジルール少尉、先刻からこの辺をウロウロしている連中は、我々に取ってはどうと言う事もないのだよ。ただ――君らが補給を受けて出た所を待ち伏せされる、と言う事を除けばな。この状態では、補給を受けても出られまい?」
(すぐに補給は難しい、と言ったじゃねーか!)
 ツッコミは内心だけにとどめ、
「奴らが追っているのは我々です。このまま此処に留まればアルテミスにも被害が及びます。そうなっては――」
「ヒッヒッヒ」
「『!?』」
 何だこいつはと、精神異常者を見る目になりかけたのを慌てておさえる。
「バジルール少尉に言った事を聞いてなかったのかね?奴らは何も出来んよ、そして去っていく。いつもの事だ」
「しかし司令、奴らは…」
 なおも食い下がるムウに、ガルシアはすっと手を挙げた。
「ともかく、少し休みたまえ。アークエンジェルの精鋭クルー諸君も些かお休みだろう。今部屋を用意させる」
(お前のせいだよ!て言うかさっさとアークエンジェル返せ!)
 ツッコミは二つ、綺麗に重なっていた。
「司令…」
 ムウが溜息をついて言いかけたところへ、失礼します!と兵士が入ってきた。
「奴らが去れば、月本部と連絡も取れるだろう。全てはそれからだ」
「アルテミスは…そんなに安全ですかね」
「ああ、まるで母の腕の中のように…なあ?」
(マザコン!)
 ツッコミが、初めて三つ重なった。
 
 
 
 
 
「ゼルマン艦長」
「どうした、ニコル?」
 地図を眺めていたニコルが口を開いた。
「この傘は、年中無休で開いているのですか?」
「いや?周辺に敵がいない時は閉じている。必要ないからな。ただし、こちらが射程圏内に入る前に開くから、結局攻撃は出来ん」
 な、無理だろ?とディアッカが肩をすくめてみせた。
「じゃ、いなければいいんですよね?」
「それはそうだが…」
 何を言い出すのかと、ニコルに三対の視線が集まる。
「私の機体なら、上手く行くかも知れません」
「君の…ブリッツかね?」
「はい」
 ニコルは微笑って頷いた。
「あの機体には、フェイズシフトの他にもう一つ、面白い機能があるんです」
 
 
 
 
 
 三十分後、マリュー達を用意した部屋に追いやり、一人悦に入っていたガルシアの元へ通信が入ってきた。
 ローラシア級が離脱しつつある、との報告に、そら見たことかとガルシアはほくそ笑んだ。
 ここまでは予定通り、後はアークエンジェルとストライクを解析するのみだ。
「後はライズに任せる。ただし、対空監視は怠るな」
「はっ!」
「だから言ったろう、奴らには何も出来ない、とな。さて、解析の方は――」
「失礼します」
「おう、待っていたぞ。艦と機体の解析はどうなっている?」
 ちょうどタイミング良く、副官が入ってきた。ただその報告は、待っていた物とは違っていた。
「艦の方の調査は順調です。ただモビルスーツの方が…」
「どうかしたのか」
「OSに、解析不能のロックが掛けられており、現在技術者を総動員して解除に当たっておりますが、起動すら出来ない状況です」
 言うまでもなく、ガイアにはロックなどかかっていない。
 その代わり――冥府の門番アヌビスよりも物騒な門番が一人、現在眠らされている最中だ。
 アークエンジェルの機関と火器関係に気を取られ、ムウのMAとストライクを確認した時点で、念入りに細部まで調べなかったのは手落ちであり、同時に僥倖だったろう。
 すくなくとも――火達磨になって転がり回る珍体験をする事は無かったのだから。
 チッ、と舌打ちしたガルシアだが、すぐにニヤッと笑った。
「まあいいさ。あの三人が動かしていない事は確かなのだ。名乗り出てもらえばいい――嫌でも名乗り出たくなるような状況を作ってな」
 
 
 
「キラ…キラってば!」
「え!?ああ、ミリアリアどうしたの?」
「どうしたのじゃないでしょ、ぼーっとしちゃって。何を考えていたの?」
「何でもない。ただ、この先どうなるのかなって」
「そうよね。キラは早く碇さんに来て欲しいのにね?」
「ち、ち、違うよっ!わ、私はそんな事考えてないものっ」
 首を振ったキラだが、その顔は首まで真っ赤に染まっている。
「否定したい時は、そんなに顔を赤くしないでいうものよ?まあいいけど、じゃあキラは別に来て欲しくないのね?」
「えぅ!?そ、それは…」
「多分、碇さんから見たら私達って六人で一人分だと思うの。誰がピンチになっても、きっと助けてくれるわ。キラがそれでいいのなら構わないけど…それでいいの?」
「……」
 少し間があってから、キラがふるふると首を振った。
「じゃ、もう少し勇気を出して頑張ってみて?そうしたら、きっと上手く行くわ。私もトールとそうだったんだから」
(え?)
 にこっと笑って、トールに寄りかかるミリアリアを見て、励ましとのろけとどっちに主眼があったのかと、キラは内心でちょっぴり首を傾げた。
 そんな空気を余所に別の部屋では、
「いくら不明艦と言ってもこの扱いは不当です!」
 室内をうろうろと歩き回りながら、怒りの収まらないナタルがいた。
「気持ちは分かるが少し落ち着け。と言うかちょっと座ってくれ。こっちまで落ち着かなくなる」
 ムウとマリューは、最初から座ったままだ。現時点ではどうしようもないと分かり切っている。
「……」
 マリューの横に、ナタルがどさっと腰を下ろした。
「いいかい、俺たちの扱いは別に不明艦じゃないぜ?」
「…え?」
「もしこれが問題になった折、大西洋連邦所属と判明した三人の乗る艦を不明艦と判断し続けた、なんて言ったら通ると思うか?」
「し、しかしそれでは我々のこの扱いはどうして…」
「お疲れだから少し休みたまえ――さっきそう言ったでしょう?聞いてなかったの」
「い、いえ…」
 マリューの言う通り、不明艦だから拘束を続けている、とは一言も言われていないのだ。
「単にご休息頂いているだけ、とそう言うでしょうよ。あのスキンヘッド親父は。フラガ大尉の言う通り、不明艦扱いし続ける程馬鹿じゃない筈よ。分かり易く言うと、ご休憩という名の軟禁ね」
「軟禁!?」
「そ。あの連中は、俺たちを船に帰したくないんだからな。俺たちが戻ってしまえば勝手に調査するのも難しくなる。アークエンジェルとストライクには、今頃技術者共が蟻のように集っているだろうよ」
「そ、そんな横暴な事を許す訳にはいきませんっ!」
 身を乗り出したナタルに、
「じゃあ、友軍相手に暴れてみるかい?」
 迫ってきたムウの顔に、ナタルが慌てて身を引く。その顔は、うっすらと赤くなっていた。
 理由はよく分からない。
「と、ところでラミアス艦長」
「何?」
「その…艦長も大尉も、どうしてそんなに落ち着いておられるのでありますか?」
「私はとりあえず、ガイアに関しては心配してないからね。今のガイアはパンドラの箱よ――中に入っているのは死という名の宝石」
「おーおー、詩人だねえ」
 冷やかしたムウに、マリューが冷たい視線を向ける。
「その宝石に燃やされたいのかしら」 
「…嘘ですすみませんもう言いませんから言いつけないで下さい」
「今度言ったら即座に言いつけるからね」
(…あの異世界人の事か)
 当然の事ながら、ナタルはシンジに対して良い感情を持っていない。そもそも、味方という認識すら抱いていないのだ。
(艦長はなぜあんな者を信用しておられるのだ?)
「それと俺の方はもう一つ手を打っておいたからな…って、聞いてるか?」
「え?あ、いえっ、聞いています」
(どう見ても聞いてるって顔じゃなかったけどね。どうせシンジ君が気に入らないとか、考えていたんでしょ)
 お見通しらしい。
「キラお嬢に言って、ストライクのOSにあの子以外解析不能なプロテクトを掛けさせたんだ」
「…え?」
「あ、いやほらさっきさ、作業があるって出て行っただろ?あの時だよ」
「何て事するのよっ!」
 いきなりマリューが立ち上がった。
「ま、まずかったか?」
「当たり前です!単に書き換えただけならまだしも、プロテクトされているとなったらパイロットを探すでしょう。連中は手段を選ばないわよ、キラさんの身に何かあったらどうするのっ」
「し、しかしプロテクトがかかってないと…」
「キラさんが書き換えたプログラムをここの連中があっさり解読出来るとでも?書き換えただけなら、元からああだったと言い張れるわよ」
 マリューの口調と視線はこの上なく冷たい。
「そ、それはそうだが…」
「…もういいわ」
 溜息を吐いてマリューが腰を下ろす。
「シンジ君が早く起きる事を期待するしかないわ。キラさんが怪我でもさせられた後だったら…この基地は本当に血に染まるわよ」
「『……』」
 
 
 
 
 
 その頃、遠ざかりつつあるガモフの中では、ニコルがブリッツの最終確認に入っていた。
「ミラージュコロイド、電磁圧チェック…オールグリーン。テスト無しだけど…大丈夫だよね。アスラン…あなたの心配事の種は、私が取り除いてあげます」
 あいつをこっちに、とか何とかアスランが言っていたが、その事は考えないようにした。正確に言えば、その時点で聴覚アンテナをシャットアウトしたのである。
 格納庫を一望出来る休憩室では、出番の無くなったイザークとディアッカがコーヒータイム中だ。
「ミラージュコロイド搭載とは地球軍も姑息な物を造る…」
 ミラージュコロイドとは、フェイズシフト装甲の無効と引き替えに、肉眼でもレーダーでも捕捉されなくなる光学迷彩を指す。
 敵の姿が無くなれば閉じる傘なら、見えぬ敵が近づけばいい。
 その為には、ミラージュコロイドを搭載したブリッツが適任、と言うよりブリッツしかいないのだ。
「ニコルにはちょうどいいさ。臆病者にはね」
 そう言って嘲笑ったディアッカだが、臆病者でない筈のディアッカが操るバスターなど、のこのこ近づいて光波防御帯を展開され、何も出来ずに帰ってくるのが精一杯である。
 
 
 
 
 
「あの、ノイマン少尉…」
「ん?」
 サイに呼ばれてノイマンが振り向いた。
「食事は出るけどここから出るなって事は、要するに軟禁ですよね?」
 苦い顔でノイマンが頷く。
「まあ、そう言う事だろうな」
「この後…どうなっちゃうんですか?」
「俺に訊くな、と言いたい所だが…状況が変わらなければ、当分このままだろうな。艦長達の身分なんて、問い合わせすればすぐに分かる。にも関わらず俺たちを軟禁しているのは――」
 そこへ、ガルシアと副官が入ってきた。
「この艦に積んであるモビルスーツの技術者とパイロットはどこだね?」
「『ハァ?』」
 ガルシアの方はまだましな言い方だったが、
「パイロットと技術者だ!この中にいるだろうが!」
 副官の方は、まるで犯罪者に対するそれであった。
(パイロットって…ガイアのかな?でもガイアならステラで、ステラはガイアの中に…シンジさんと…)
 ヒク、とキラの眉が動いた。
(シンジさんが捕まる筈はないし、やっぱり私の事かな)
 素直に立ち上がろうとしたキラの肩を、コジローの太い手がおさえた。
(素直に立つなってんだ。座ってろ、な)
 前に出たノイマンが、
「何故我々に訊くんです?」
 聞き返した途端、
「んだとー!」
 副官がその胸ぐらを掴んだ。
「艦長達に訊けばいいでしょう。艦長達が言わなかった――それとも、訊けなかったから、ですか?」
 名目上は友軍らしいが、銃を持って制圧された上に、入り口にも武装兵がいるのだ。友軍が聞いて呆れるとはこの事だろうが、そんな中でのノイマンの行動に、やるなあとトール達は感心していたが、キラはムウに言われた事を思いだしていた。
(ストライクを起動出来ないようにロックしろって言ってた…この事だったのかな?でも素直に諦めると良いんだけど…)
「貴様ー!」
 いきり立つ副官を、まあ待てと制し、
「君たちは、大西洋連邦の極秘計画に選ばれた優秀な兵士諸君だったな」
(違います!)
 内心で突っ込んだ声は、ざっと二十は超えていたろう。ここにいるのは、キラ達民間人や、ポッドから収容された人員の方が遙かに多いのだ。
「ストライクをどうしようって言うんです」
「どうする?別にどうもしやしないさ。ただ、折角公式発表よりも先に見せて頂ける機会に恵まれたのでね」
(見るだけならもう十分じゃねーか!)
 ノイマンが突っ込んだ通り、見るだけならパイロットなど必要あるまい。
 友軍の軍事機密に色々首を突っ込む事が何を意味するのか、この禿親父は分かっているのか。
(シンジさん…シンジさん助けてっ!)
 
 
 
「……」
 ガイアの中で、ゆっくりとシンジの目が開いたのは、キラが呼びかけた五秒後であった。
 左右を見回してむくっと起きあがった。
「俺を呼んだか、ヤマト?」
 続いてステラも目を開けた。
「…もう起きちゃったの?」
「ちょっと行ってくる。ヤマトが呼んでるらしい」
「気のせいでしょう」
「だといいがな。89%の可能性で現実だ」
 コックピットを開けていきなり身を躍らせようとしたシンジに、慌ててステラがしがみついた。
「あ?」
「私も行きます」  
 
 
 
 
 
(第十五話 了)

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