妖華−女神館の住人達外伝
 
 
 
ドクトルシビウの闇カルテ:ツェザーレ
 
 
 
第十四話:微妙な妬心?
 
 
 
 
 
「急ぐぞ」
「ええ」
 格納庫まで来たのはいいが、ガイアを見上げたシンジの足がふと止まった。
「どうかしたの?」
「…いや、何でもない。で、スイッチはどこに」
「そこ」
「は?」
 ステラが指したのは、シンジの胸元であった。
「…ここ?」
「キラだけ抱きかかえて、私には紐を伝って上がれと?」
 シンジはちょっと考えてから頷いた。
 座席での位置はストライクと変わらない。ただし、ストライクと比べて若干狭い為、ベルト未装着時の密着度がキラの時より高い。
 慣れた手つきで、ステラがガイアを起動させる。
「お願いします」
「ん」
 相変わらず、自分の増幅器能力をよく理解していないシンジが、レバーを握るステラの手に触れた次の瞬間、二人の表情が変わった。
 一人は、あり得ぬ力を注がれた者のそれであり、もう一人は――。
(何か…思い切り持って行かれた…)
 よく分からぬまま、脱力寸前まで行った者のそれであった。
「なるほど、これならキラが固執するのもよく分かる」
「!?」
 不意にステラの声が変わった。
 外見は変わらないが、雰囲気は明らかに違う。そう――まるで別人でもあるかのように。
「ステラ・ルーシェ、ガイア機出る!」
 凛とした声と共に、機体が勢いよくカタパルトから射出される。シンジの手から、体験した事もないような力が注がれている事に、ステラは気付いていた。
 まるで、型遅れの車で無理に急な山道を登っていたのが、いきなり最新鋭のラリーカーに乗り換えたような感さえある。
 あっという間にキラの窮地を見て取れる位置まで接近し、ステラはガイアを止めた。
「どうするの?」
 訊ねた声も、さっきとはまったく違う。
「…砲撃」
「了解」
 ビームライフルを構えた直後、ストライクがフェイズシフト装甲を失い、灰色の機体に戻っていくのが見えた。しかも、サーベルを抜いた敵がすぐそこに迫っている。
「キラを取って食おうという気だな」
 シンジの手がボタンに伸び、ライフルから強力なエネルギーが射出される。
「そうはイカの三夜干し」
 サーベルを持った敵機の腕が溶け落ちるのを見て、シンジがふっと笑う。
「私のキラ・ヤマトを営利誘拐しようとは不届き千万、この場で手打ちにしてくれる」
(……)
 シンジの言葉を、複雑な表情で聞いていたステラだが、ふと背後の妙な気配に気付いた。
「碇さん?」
 キラの無事を確認したシンジが、ゆっくりとステラの肩越しに倒れ込んでくるのを見て、その顔色が激しく変わった。
 
 
 
 
 
「へえ…あいつが俺を、ねえ…」
 シンジが、二択で艦の命運を自分に託したと聞いたムウは、信じられないような面持ちで首を傾げた。どう考えても、シンジがそんな事を言うとは思えなかったのだ。
 だが、
「事実よ。シンジ君が言わなかったら、今頃はMA諸共宇宙の藻屑だったかもね」
「…まあいいさ。いずれにしろ、これで一安心って所だな」
「それが…」
「え?」
 戻ってきたガイアから、シンジもステラも出てきておらず、シンジが倒れた事を知ったキラが半狂乱になったのを、鎮静剤を打って鎮めたのだという。
「どういう事だ?」
「理屈は分からないけれど、シンジ君にはモビルスーツの操縦を助ける、と言うか力を与える能力があるみたいなのよ。ただ今回は、ステラさんと相性が良すぎてそれが裏目に出た。ステラさんの方は、一次的に高揚しすぎてのダウンでしょうね。そんなに心配は要らないと思うんだけど…」
「分かった、俺がちょっと見てくるわ。キラお嬢には言っておく事もあるしな」
 身を翻そうとしたムウを、マリューが止めた。
「大尉、駄目です」
「え?」
「私が行きます。キラさんは普通の女の子で、しかも今はかなりショックが大きい所なんですよ」
「おいおい、俺がこんな状況で何かをするとでも…」
「とにかく駄目です!」
 ビシッと断ち切り、
「バジルール少尉、後は頼みます」
「…了解しました」
 敬礼して頷いたナタルだが、出て行くマリューの背に向けた視線に、刹那危険な物が混ざった事にムウは気付いていた。
(……)
 
 
 
 
 
 モビルスーツ四機を投入しても結局勝てず、しかもムウのMAに接近を許して奇襲され、挙げ句の果てには主砲の直撃を受ける所だった。
 醜態にも程がある、という感じだが、アデスはそれよりもむしろ、MAが接近する寸前、クルーゼが反応した事の方が気になっていた。
 間違いなく、機械解析よりも早かったのだ。この時は、軍人としての勘から来るものだろう、位に思っていたのだが、全く見当外れだったと知るのはもう少し後の事になる。
「戦艦二機とモビルスーツ四機で、たった一機のモビルスーツすら撃退出来なかったとはな」
 クルーゼの静かな口調に、アスラン達は顔を上げる事も出来ずにいたが、
「まあいい、今回はなかなかの成果もあった事だ」
「『はっ?』」
「アスラン」
「はい」
「この異世界人とやらがモビルスーツを操縦できること、そして敵が所有するモビルスーツは一機ではなかった、と言う事だ。どこから来たか知らんが、異世界は随分と変わった芸を持つ者がいると見える。正体はいずれ、捕らえてみれば分かるだろう。もっとも――」
 アスラン達に視線を向け、
「その前に君たちが撃沈してしまうだろうがな」
「『……』」
 返す言葉もない。責める口調ではないだけに尚更であった。
「で、では隊長は…」
「何かな、ニコル?」
「ヘリオポリスに潜入していたスパイが、偽の情報を流してきたとお考えなのでしょうか」
 “中立国オーブのコロニーヘリオポリスにてモビルスーツ建造中”との情報を得たクルーゼ隊が、機体の奪取に向かったのだ。もう一機あったという事は、情報が間違っていたという事になる。
「いや、私はそうは思ってない」
 クルーゼは首を振った。
「『え?』」
「確かにストライクは、四機に囲まれても即座に撃沈されぬ位に優秀ではあった――別に皮肉を言っている訳ではない」
 全員に言っているかのような台詞だが、アスランはそれが自分に向けての言葉だと分かっていた。
「しかし、だ。この状況を客観的に眺めれば、どう考えても向こうが不利だ。少なくとも初陣を、いや軍人ですらないパイロットを乗せたモビルスーツ一機で、何とかなる状況ではない。私なら、最初から二機を投入している。だが、向こうは出してこなかった」
 軍人ですらない、とクルーゼは言ったのだが、聞いていた者は誰もそれに気付く余裕はなかった。
「そ、それでは?」
「こちらを甘く見ていた、と言うよりは出したくなかったのだろう。後から出てきた機体の動きを見ても、どうにか操っていた者のそれではなかった。無論熟練、とは行かないだろうがかなりのレベルで操れる事は間違いない。では何故、素人を乗せた機体だけ先行させ、慣れた者を出して来なかったのか。答えは一つ――地球軍所属ではないからだ」
「『ええっ!?』」
 クルーゼの言葉に、驚きの声が上がった。どうしてあれだけを見て、そんな事が言えるのか。
 いや、そもそも地球軍所属でなければどこの物だというのか。
「地球軍が造っていたモビルスーツは、いずれもバッテリーで動く物だ。そして、君らの機体もそろそろエネルギーが怪しくなっていた。仮に、この黒い機体が整備不足で出せなかったとしよう。だが、エネルギーが十分であれば、四対二であっても形勢は一気に逆転する。にもかかわらず追って来ず、しかもギリギリまで出してこなかった所を見ると、あえて切らなかったカードなのではなく、切りたくても切れなかったカードなのだ、と考える方が自然だとは思わないかね」
 思わないかね、と言われても困る。いくらなんでも、これだけでは判断材料が少なすぎるからだ。
 ただ、妙に勿体ぶった出撃であった事は事実だ。
「それで隊長は、この機体はどこの物とお考えですか?」
 訊ねたアスランに、クルーゼはふっと笑った。
「決まっている、オーブだよ」
「『オーブ…!?』」
「モルゲンレーテの工場を貸していた、のみならず自軍のモビルスーツも研究・開発していたとなれば納得はいく。おそらくあの機体は、地球軍のそれと同等乃至はそれ以上の性能を持っているはずだ。一応オーブの機体だからストライクを失う寸前まで出せなかったのだ、とすれば奇妙な行動も解けるだろう」
「オーブが…そんな…」
「モルゲンレーテを地球軍が勝手に占拠し、その工場でモビルスーツを開発して製造していた、と言う強弁は通るまい。中立国など、所詮はその程度のものだよ」
「あ、あの隊長…」
「何かねディアッカ」
「さ、先ほど異世界人と言われたように思いましたが…」
「その通りだ。別に聞き間違いではない。敵の艦には、ナチュラルでもコーディネーターでもない異世界人とやらが乗っている。モルゲンレーテ侵入の折、ザフト兵十数名を手から出した炎で、燃やしてのけたとアスランから報告が入っている」
「手から?異世界人!?アスラン、それは本当なのかっ」
「ああ…事実だ」
 ついでにそいつがキラを誑かしたんだ!と叫びたかったのだが、さすがにそれは我慢した。
「何にせよ、こちらの方針が変わる訳ではない。次は、必ず捕獲・撃沈するように。以上だ。それとアスランは残りたまえ」
「は…はっ!」
 室内に二人きりになってから、
「君には悪いと思ったが、データを録らせてもらったよ」
「え?」
 クルーゼがボタンを押した直後、アスランの顔がかーっと赤くなった。
“アスランなんて大嫌い、死んじゃえっ!”
「照り焼きと蒸し焼き、か。なかなかグルメと見える」
「ちっ、違うんです隊長これはっ!」
 顔を真っ赤にしてあたふたと手を振るアスランに、クルーゼは僅かに笑った。
「…隊長?」
「もう一度、チャンスを与えよう。確かに今回、彼女は一人で出撃してきており、絶好の機会ではあった。だがこの涙が、君と敵対する事を悲しんでのそれには思えなかったのでね。おそらく、何かの事で心を乱していたのだろう。アスラン、それで良いな」
「あ、ありがとうございます!」
「仮に今回君が全力を出せなかったとしても、他の三人は違う。特にイザークにあれだけ追われても討たれなかったのだ。パイロット、そして機体ともこちらにあればこれ以上の事はない。期待しているぞ、アスラン」
「はっ!」
 アスランが退出した後、クルーゼは壁のパネルに触れた。
「どう思う?」
「どう思うも何も、痴話喧嘩の果てにしか聞こえないわよ。仲直りしたら、次は間違いなくタッグを組んで出てくるわ」
 スクリーンに、女の顔が映し出される。紫色の髪をした、整った顔立ちの女であった。
「ふむ、その通りだな」
「分かっていてどうして機会を与えたの?」
「もはや無駄、とアスランが悟る事が重要なのだ。一人でも未練を持っていられると、全体に影響する。アスランは、私の配下の中では最も優秀だからな」
「ふうん、随分と優しいのね。でも、それは正解かも知れないわよ」
「うん?」
「評議会から出頭命令が出ている。さっさと戻ってこいってね。じき、正式な通達が行くはずよ」
「なるほど、中立国のコロニー崩壊で、議会が大あわてという所か」
「そう言う事だ、クルーゼ隊長。少し、迂闊だったわね」
「ふむ…」
 少し考えてから、
「では君にこちらへ――」
「言われなくても分かってる。私に代替で指揮を執れと言うのだろう」
「そうだ。頼むぞ、ハマーン・カーン」
 
 
 
 部屋を出たアスランを、ニコルが待っていた。
「ニコル?イザーク達はどうした?」
「悔しがって壁をぽかぽか殴るので、ディアッカが拉致していきました」
 そう言ってくすっと笑ったニコルに、アスランもつられて笑った。
 が、ニコルは不意に真顔になり、
「アスラン、ちょっといいですか?」
「ん?」
「私の部屋へ来て下さい」
 ニコルがアスランの手を取って連れて行く。その顔が、うっすらと赤くなっている事をアスランは知らない。
 部屋に入ると、ニコルは鍵を掛けた。
「アスラン、あなたにお訊ねしたい事があります」
「急に改まって、一体どうしたんだニコル」
「あのパイロット…ストライクに乗っていたのはあなたの知り合いですね?」
「!」
 いきなり核心を突かれ、アスランの表情が一瞬強張る。何のことだか、と笑い飛ばす芸は出来ないらしい。
「やっぱり、そうだったんですね」
「た、立ち聞きしていたのかニコルっ」
「立ち聞き?何の事ですか?」
「い、いやすまない何でもない」
「アスランとクルーゼ隊長のお話なんて聞いていません。でも、明らかに攻撃を躊躇っているあなたを見れば、おかしいというのは分かります。それに、撤退命令が出てイザークを制止したあなたの声は、明らかにほっとしていました」
「ニコル…」
 そんな所まで観察されていたのかと、ちょっと怖い気もしたが、まったくその通りで言い返す言葉もない。
「もう一つだけ教えて下さい」
「な、何かな」
「あの機体の…敵のパイロットは…女の人ですか」
「女の人というか…俺と同い年だよ。月の幼年学校でずっと…一緒だったんだ。だから俺はあいつをこっちへ…」
「そうですか。分かりました、この事は私の胸に秘めておきます。でもアスラン、今はもう敵なんですよ?」
「分かっている…分かっているよニコル…」
 だがアスランは分かっていない。
 それは単に、分かった気になっているだけだ、と言う事を。
 敵のパイロットがアスランの幼馴染みであり、しかも女だと知った時、ニコルの目に危険な光が浮かんだ事を、アスランは全く気付かなかったのだ。
「敵は討たなきゃいけない…そうでしょう?アスラン」
 アスランが出て行った後、呟いたニコルの声が扉に吸い込まれる。
 それは――ひどく暗いものであった。
 一方アスランの脳裏には、
「君と敵対する事を悲しんでいたのではない」
 と言うクルーゼの言葉が、都合良くフィルターに掛けられてリフレインされていたから、正直ニコルに構うどころではなかったのだ。
 敵に回る事はどうでもいいと思っている、と聞こえる台詞だが、そうではなくてまだ敵になる気はないと聞こえたらしい。
 男の思いこみというのも、結構厄介な物である。無論、肥大した自我に押しつぶされそうな女のそれには遠く及ばないが。
 
 
 
  
 
 医務室に入ったマリューを、エマが敬礼して出迎えた。サイ達も駆けつけていたが、フレイの姿はない。
 軽く返し、
「容態は?」
「精神的な物ですから、大丈夫と言えば大丈夫ですが…」
「シンジ君のダウンが自分のせいだと思って、気にしているのでしょうね。そう言えば、シンジ君達は?」
「駄目です。内部からロックされていて、完全にヒキコモリ状態です。しかも映像もブロックされていて、中の様子を見る事も出来ません」
「通信は?」
「一応可能ですが、この状況で呼びかけても無駄かと…」
「そうね…。こうなったら、最大戦速でアルテミスへ入港しないとなら――」
「そいつは反対だな」
 かぶせるような声がして、ムウが入ってきた。
「大尉?あなたブリッジにいるように言ったでしょ!」
「俺が来なかったら艦長さん、アルテミスへこのまま入っちまうだろ」
「アルテミス入港は艦の方針として決めた筈よ。今更変えろと言うの?」
「そうじゃなくてさ」
 ムウは軽く肩をすくめ、
「俺はアルテミスを、というよりユーラシア連邦をさして信頼していない。しかもこっちは、使えるカードが全部ダウン中と来ている。ストライキ起こしてる訳じゃないし、少なくともガイアに乗ってる相棒は目が覚めたら出てくるだろ。アルテミス入港は、それを待ってからの方がいいと思うがね」
「……」
 確かにマリューにも、一抹の不安はある。ただでさえ、この艦とストライクは友軍コードを持っていないのだ。
 ガイアに至っては言うまでもない。しかも、ナチュラルに取っては技術の粋を尽くした最高機密である。
 完全に友好的とは言えぬアルテミスの連中が、いわば人参を眼前にぶら下げられた状態で何もしないでいてくれるものか。
 もし興味を持った場合、穏便に見せてくれとは言わないだろう。あまり想像したくないのだが、シンジが起きて最初に見る光景が、自分に銃を向ける兵士だった場合――最悪の場合、アルテミスの駐留軍が全滅する可能性がある。
 シンジの言動から見て、それ位やってのける力は十分あると、マリューは見ていたのだ。
「それに、ガイアは変形させて隠匿しておかないと、色々とまずいんじゃないの?それと、ナスカ級は俺の攻撃とアークエンジェルの砲撃で結構なダメージだ。モビルスーツの方も、一機が腕を落とされたんだろ?すぐには反撃して来れない筈だぜ」
「そうね…アルテミスへの入港は少し遅らせましょう。このまま入港するのは、確かに現時点では少し無防備過ぎるかもしれないわね。ミリアリアさん」
「はい?」
「ガイアのステラさんに呼びかけてくれる?機体を隠すから変形を、とそう言えば分かるから」
「分かりました」
 ミリアリアが頷いた直後、キラがうっすらと目を開けた。
「ん…んっ…」
「『キラ!』」
 頭を振って起きあがったキラが、
「…ここは?」
「医務室よ。その…ちょっとキラが危険な状態だったから連れてきたの」
「そう…あれ?シンジさん?シンジさんはっ!?」
「ま、まだガイアの中よ」
 それを聞いた途端、キラの目にじわっと涙が浮かび上がる。
「キラさん一体どうし…」
 訊きかけて、興味津々に聞き耳を立てている男達に気が付いた。
「ほら、男共はさっさと出て行って!」
 性別が男の連中を追い出してから、
「キラさん、さっき何があったの?」
 もう一度、穏やかな声で訊いた。
「ステラが…」
「ステラさん?」
「ステラが言ったんです…碇さんは渡さないって。こうなったのも私のせいだから碇さんは渡さないってっ!」
「『……』」
 ミリアリアは、唖然とした顔でキラを見つめ、マリューはアチャーと天を仰いだ。まさか、こんなシンジ争奪戦にまでなっているとは思わなかったのだ。
 さすがに、最近のませガキ共は!と思う程短絡的ではなかったが、放置出来る状況でもない。
「さっき言った通り、ガイアを呼び出して。それと、キラさんはもう少し休んでいなさい。シンジ君は別にストじゃないから、目が覚めたら出てくるはずよ。いいわね?」
「はい…」
 キラが小さく、こくっと頷いたところへ、
「ちょっといいかい」
「何!」
「い、いや、ちょっとキラお嬢に言い忘れた事があってさ」
 入ってきたムウが、キラの耳に何事かを囁いた。
「え…?」
「いいからそうするんだ。必ず必要になるから」
「…分かりました。じゃあ、今やってきます」
 ムウが頷き、キラが起きあがろうとするのを見て、マリューが慌てて止めた。
「ちょっと、キラさんに何をさせる気!?」
「いいから行かせてやってくれ。キラお嬢じゃないと出来ない事なんだよ。それに、今やっておかないとまずい事になる」
「……」
 
 
 
「…何だこれは」
 目覚めたシンジの第一声がこれであった。微妙な形で身体が曲がっている上に、胸元にはステラが顔を埋めてすやすやと寝息を立てている。
「……」
 降りてくるな!と機体へのヒキコモリを強制される可能性はほぼないから、ステラの意志だ。
「こら起きろ」
 肩を揺すったが起きないので、鼻と口を指で塞ぐと十四秒後に、少し苦しそうな顔でステラが目を開けた。
「おはよう。現在状況について訊きたい事があるんだが」
「キラに引き渡したってろくな事にならないから、私と一緒にいてもらいました。それだけです」
「ほほう」
 渡さない、ではなくて引き渡さないだったらしい。キラからすれば、どちらでも同じかも知れないが。
「でもさすがですね」
「さすが?」
「ブースターの役割を、それもモビルスーツ搭乗時に出来る人なんて、今までに見た事が無かったけれど、そんな人が本当にいたなんて」
「ステラと相性がいいらしいのは分かったが、もういい。一回で十分だ」
「どうして?」
「ステラは昂よ――」
 言いかけたところへ、
「碇さん、ステラ、聞こえますか?ミリアリアです」
「ハウか?碇だ、聞こえている」
「あ、良かった…」
 ほっとした気配が伝わってきた。
「何かあったのか?」
「いえ、艦長からのご伝言です」
「姉御が?」
「ガイアを隠しておくので、MAに変形して、格納庫の隅に移動するようにとの事です。動かしてもらえますか?」
「ハウがああ言ってる。動かして」
「分かりました」
 四足獣タイプに変形したガイアが、ガタゴトと動いていく。
 移動が終わり、
「さて、もうそろそろ出るか」
「え?」
「ストライクと違って狭いから寝違えそうだ」
「……」
 ステラの眉がぴくっと動いた直後、その手にあった筒から何かがシンジの顔に吹き付けられ、シンジは再度首を折った。
「アルテミスなんてどうせ出る必要ないし、戦闘になったらまた私が起こしてあげます。起きるのは、もう少し休んでからにしましょう?」
 聞ける状態にないシンジに語りかけると、ステラはもう一度シンジの身体を動かし、それを枕代わりにしてまたすやすやと寝息を立て始めた。
 とりあえずシンジもステラも起きたというミリアリアの報告を受け、三十分程度のロスでアークエンジェルはアルテミスへと向かった。
 がしかし――これが大失敗であった。
 ムウの悪い予感がぴたりと当たったのだ。
 責任者と名乗る中年でぶがもう一人を連れてやってきた、までは良かったが、その後に乗り込んできたのは銃を構えた数十名の兵士であった。
「少佐殿、これはどういう事です!」
 顔色を変えたマリューに、
「お静かに願いたいですな、艦長殿」
 でぶはニヤッと笑った。
 機嫌が悪い時――夜道でこんな笑い方をする奴に会ったら、袋叩きにしたくなるような笑みであった。
 
 五精使いとガイア機パイロット――現在熟睡中。 
 
 
 
 
 
(第十四話 了)

TOP><NEXT