妖華−女神館の住人達外伝
 
 
 
ドクトルシビウの闇カルテ:ツェザーレ
 
 
 
第十三話:イカの三夜干し
 
 
 
 
 
「イザーク・ジュール、ニコル・アマルフィ、ディアッカ・エルスマン」
「『はっ』」
「クルーゼ隊長の読み通り、敵艦はアルテミスへ進路を取っていた。こちらに気付き、慌てて撃ってきたのは既に貴様らも知っている通りだ。既に、先行しているヴェサリウスからはアスラン・ザラが出撃している。貴様らもすぐに出ろ。目的は敵の戦艦及びモビルスーツの撃破にある。向こうは一機に対しこちらは四機だ、間違っても不覚を取るなよ」
「『了解!』」
 彼らはラウ・ル・クルーゼ率いるクルーゼ隊に属しており、いずれも優秀な成績を収めたエリートだけが着る事を許される、赤の軍服に身を包んでいる。
 なお、ヘリオポリスの工場を急襲したラスティ・マッケンジーも赤服だったが、敵機を奪取以前にあっさりと討ち死にしているから、実戦に於いてどうなのかは少々怪しい所がある。
 同じ赤服のアスランも、シンジの前にあっさりと捕まっているのだ。
「あーあ、艦長も心配性だよな。あんなナチュラルがヒョロヒョロしながら乗ってるモビルスーツに、どうして俺たちが不覚を取るんだよ」
 宙を飛びながら、ディアッカがぼやく。
「そりゃそうだろう。万が一失敗でもしたら、自分の首にかかわるからな」
 くっくっくと、嫌な笑い方をしたのはイザークだ。
「艦長は、心配はしておられないと思いますよ。ただ、窮鼠猫を噛むという例えもありますから、油断せずに全力を尽くせと言われたのだと思います」
「『はいはい』」
 クルーゼ隊の中では唯一の紅一点ニコルは、どう見ても戦場向きの性格ではなく、ドレスに身を包み、演奏会場でピアノを弾いている方がはるかに似合っている。
 が、一念発起して軍隊入りすると忽ち頭角を現し、赤服を着るまでになったのだ。とかく強い個性が衝突しがちな中では、欠かす事の出来ない調整役になっているが、女という事とその優しい性格から、イザークやディアッカからは甘く見られる事も多い。
「とにかく、アスランはもう出てるんだ。遅れは取れないぞ」
「分かってる。フン、あんな奴に!」
 クルーゼが隊員を集めた際、協調性という項目は考慮しなかったらしい。
 
 
 
 
 
「ミリアリア・ハウ、それはどういう事なのだ。キラ・ヤマトの単独出撃と、異世界人の青年との間に何か関係があるのか」
「い、いえその…」
 背後からのナタルの声に、どうしたものかとミリアリアは迷っていた。全部ばらしてもいいのだが、シンジから見てナタルの印象がかなり悪いのは分かっている。
 少なくとも、ここでナタルにばらしていいとは到底思えない。
「え、えーとその…」
「どうした、はっきり言え」
「いいのよバジルール少尉」
「艦長?」
「今訊いてどうなる事でもないでしょう。それに、艦内風紀とは無関係の話でしょうし」
「しかし艦長、あの二人がペアになって力が出るというのなら、協力するという以上一緒に出るのは当然かと思いますが」
「そうね。でも、あなたがそれを訊いてどうするの?シンジ君に直談判でもしてみる?」
「そ、それは…」
 さっき、ぐるぐる巻きにされてブリッジから放り出され、たまたま通りかかったエマ少尉に解いてもらったが、彼女がいなかったら間違いなく縛られた状態で空中浮遊を余儀なくされていたところだ。
 そのナタルが、シンジに直談判を、乃至はキラにお説教した場合どうなるか、など考えるまでもあるまい。
(ちっ)
 ナタルが内心で舌打ちした直後、
「艦長、後方より接近する熱源3、これは…デュエル、ブリッツ、バスターです」
「やはり来たわね」
 報告にもさして驚きがないのは、シンジとマリューがヒソヒソと話し合った折、投入してくるだろうと既に読んでいたからだ。
 イージスを躊躇わずに投入してきたのに、他の三機を温存という事はない。
 もっとも、イージスが出たのはアスランが勝手に出たからだ、と言う事は知らない。これでイージスの出撃がなければ、より驚愕したかも知れない。
 ただ問題は――知っていようが知っていまいが、さして変わらないという事にある。
「イージスはキラさんに任せて、後方の三機はこちらで迎撃するしかないわ。バジルール少尉!」
「はっ。対モビルスーツ戦闘用意!」
 あまり内心はすっきりしていないのだが、今はそんな事を言っている場合ではない。ミサイル発射管への装填と、リニアガンの発射準備を矢継ぎ早に命じていった。
 
 
 
「置いて行かれた訳だが。どうしてくれる」
「それで、あなたがこの機体の前にいるのはどうしてかしら?」
 笑みを含んだ声にシンジが振り返ると、レコアが立っていた。
「確か、ココア少尉だったかな?」
「レコア・ロンドよ。そんな美味しそうな名前じゃないわ」
「それは失礼。既に戦闘が始まっているが、こんな所へ私を見物に来て良かったのかな?」
「私は医務系だから。負傷者が出るまでは基本的に用無しよ」
「そう。別に用があった訳じゃない、何となく来ただけ――そう、何となく」
「あなたの事はよく知らないけれど…」
 シンジの顔をじっと眺めて、
「あの娘(こ)が心配でならない、と顔に書いてあるように見えるけど」
「…多分気のせいだ。ところで」
「何でしょう」
「この艦が飛び立つ時、生き残りが十数名とか聞いた記憶があるのだが」
「ええ」
 レコアは頷き、
「ただ正確には二十四名、艦を飛ばすには何とかなるけど、文字通り必要最小限の人数でしょうね」
「登録人員は避難していた筈だから、人数の補給も出来ない。色々と足りないんじゃないのか?」
「その事なんだけど、あなたにちょっと聞きたい事があるの。いいかしら」
「ん?」
「あなた、この世界の住人じゃないでしょ?」
「これはまたストレートな切り口だな。嫌いじゃないが」
「賛成はしないけれど、警備兵を燃やしたのはあの娘を守る為でしょう?それはいいとしても、今この世界にはナチュラルとコーディネーターしかいない。でも、あなたの言動を見ているとどちらにも見えないのよ。理由は知らないけれど、こことは違う世界からやってきて、そして元いた世界では人を統べる事に長けていた――違うかしら?」
「前半は合ってるが、後半は間違ってる。別に統べる事になど長けてはいない。ただ、生まれた時からメイドさんに囲まれていただけの話だ」
「十分よ」
「それで、それを訊いてどうしようと?」
「掃除や洗濯や炊事など、生活に欠かせない部門でどうしても人手が足りないのよ。艦の操縦や機体の整備員から回す訳にはいかないし。そこで、あなたに人選と交渉をしてほしいの。さっき、持って帰ってきたポッドには数十名が乗っていたわ。無論、形式的には軍に協力する形になるけれど、それはそのまま自分達の生活に直結するんだから、拒絶はしないと思うの。安全地域へ下ろすのは、しばらく先になる筈よ」
「……」
 別に自分の役目ではあるまい、とも思ったのだが、確かに家事担当がいないのは困る。それは、一軒家であれ戦艦であれ代わりはあるまい。
「依頼対象を間違ってる気もするが…いいだろう、話はしてみる。後で、一箇所に集めておいてくれ」
「ええ、分かったわ」
「で、ストライクはこのまま放っておくんですか?」
 声は後ろから聞こえた。
「ステラ、私に生身で宇宙に出ろと?」
 ステラが、ふわふわと浮いてやって来る。
「世の中には便利な四字熟語があるんです。緊急発進って知ってますか?」
「…四字熟語か?」
 
 
 
 
 
「ばかばか…シンジさんのばか!」
 どこかの糸が数本切れると、こんな感じになるのかもしれない。艦と自分を守る事を、とムウに言われたまでは覚えているが、
「相棒は一緒じゃないのか?」
 訊かれた途端、
「相棒なんかじゃありませんっ!」
 と、そのまま飛び出してきてしまったのだ。自分が潜航して前方のヴェサリウスをどうとか言っていたが、殆ど耳に入っていない。
 これでは、作戦も何もあったものではない。
 目が据わった表情でストライクを飛ばすうちに、レーダーが反応した。
「赤い機体…アスラン…」
 呟いた表情に変化はない。
 一方こちらはイージスを駆るアスランだが、胸中はかなり複雑であった。
「奇妙な連帯感から違う感情に…奇妙な連帯感から違う感情に…ってそんな事があってたまるかっ!」
 クルーゼの言葉を打ち消すように、さっきから呟きっぱなしだ。冷静になろうとすればするほど、クルーゼの言葉がそれこそ全身にまとわりついてくる。
 無論、アスランもキラもお互いがコーディネーターと言う事は知っている。確かにヘリオポリスでは置き去りにしてしまったが、キラに対する害意など全くなく、いきなり遭遇した事と奇妙な相手に捕らえられた事で、動転してしまったというのが真実だ。
 だが、長髪の異世界人がキラにつきまとい。アスラン・ザラが見捨てたとその耳元で甘く囁いていると思うと、いても立っても居られなくなる。
 前回の事から考えて、一緒に出撃している可能性が極めて高いから尚更だ。これ以上、戦場で生死を共になどされてはたまらない。
 レーダーが機影を捉え、拡大する。
「ストライク…キラかっ」
 頼むから単身で乗っていてくれと、祈るような気持ちで通信回路を割り込ませる。
(一人で乗っていますように…)
 普段ろくにやらない神へのお願いが効いたのか、それは分からない。
 だがアスランの眼に映ったのは、一人で搭乗しているキラの姿であった。
(キラっ!)
「あ、あの…キラ…」
 キラは少し俯き加減で、その表情は窺えない。
 腫れ物に触るようにそっと呼ぶと、その顔が上がった。
「キラ、僕たちは敵じゃないんだ。ナチュラルなどに味方する事はない。キラ、一緒に行こう」
「……くせに」
「え?」
「私を見捨てたくせに。私を照り焼きにしようとしたくせにっ!私を蒸し焼きにしてこんがり仕上げようとしたくせにっ!嫌い、嫌い…アスランなんて大嫌い、死んじゃえっ!!」
「キ、キラっ!?」
 次の瞬間、サーベルを抜いてストライクが猛然と斬りかかってきた。慌てて避けたが、アスランは反撃出来なかった。
 見えてしまったのだ――キラの目にいっぱい溜まっていた涙が。
(キラ、あいつのせいなのか…)
 アスランの脳裏に、長い黒髪を揺らした異世界人の姿が浮かび、アスランはカリッと歯を噛み鳴らした。
 しかし、どこかがキレたような状態とはいえ、斬りかかってくるサーベルの腕はそう無茶でもなく、かわすのが精一杯の状態になっている。
 反撃出来ないとこうなるのだ。
 と、ふとストライクの動きが止まった。アークエンジェルの交戦状態に気付いたのだ。
 他の三機が取り付いたのだろう。
 身を翻してアークエンジェルへ向かおうとするストライクの前に、イージスが立ち塞がった。
「止めろキラ!」
「…!」
「なぜコーディネーターのおまえが、地球軍に味方するんだ!目を覚ませ」
「やっぱりアスランは嘘つき」
「な、なにっ!?」
「月で言ってたよね、戦争は嫌いだって。戦争なんかしたくないって。私もそうだった。だから私はヘリオポリスに行った。なのにアスランはザフトに入ってそんな赤い服着ちゃって…やっぱり最低!」
「あ、あれは…じょ、状況も分からぬナチュラル共がこんな物を造るからっ!」
「モビルスーツを造り始めてから、慌てて軍に入隊したんだ?」
「そっ、それは…」
「嘘つきの最低男!」
(う、嘘つきの最低男…)
 キラがどうしてストライクに乗っているのか、と言う事を別とすれば、完全に論破されてしまって言い返す事も出来ない。
 このまま行けば、アスランが最低じゃないなら一緒に来て、などと言われかねない状況だ。
 コーディネーターは私一人で寂しいから、などと目を潤ませて訴えられたらどうすればいいのか。
(何か…何かっ)
 ミイラ取りがミイラになる訳にはいかない。
 キラを引き込む口実を懸命に探していたアスランの横を、不意にビームの筋が流れていった。
(イザーク!?)
「何をもたもたやっているんだ、アスラン!」
 こんな機体ごとき自分一人で十分と言わんばかりに、イザークの操るデュエルが、ストライクへ一気に迫る。
「みんな大嫌いっ!」
(女みたいな声をしたやつだな。ふん、小賢しい!)
 
 
 
「苦戦気味、と言う事でいいのか?」
「多分そうでしょうね」
 頷いたステラだが、シンジに担がれている。回避なのか違う行動なのかは不明だが、さっきから艦が数度傾き、シンジの胸に突撃をかました結果こうなったのだ。
「それと」
「ん?」
「ストライク、あれじゃ装甲が保たないでしょうね」
 シンジは僅かに首を傾げた。パネルから見る限り、攻撃を受けてはいてもかわしており、直撃はない。
 ダメージがないのにどうして装甲が保たないのか。
「どうしてかって顔ですね。正確にはフェイズシフト装甲です。フェイズシフトは、エネルギーが尽きると消えちゃいます。要するに、普通の機体に戻るってことです」
「……!その状態で直撃を受けたら――」
「あっさりと撃沈されます」
「……」
 キュ、と唇を噛んだシンジが、
「ブリッジへ行くぞ。やむを得ん、ガイアを出してもらう」
「いいですけど、私が乗るんですか?」
「あ?」
「ストライクに乗ったのは単なる気休め、じゃないんでしょう?人間ブースターの力、期待してます」
 シンジに担がれたまま、ステラはくすっと笑った。
 一方、ブリッジはと言うと更に緊迫していた。
 前方にいるナスカ級からの、レーザー照射を感知したのだ。つまり、ロックオンスタンバイ、と言う事だ。
 反射的にナタルが、
「ローエングリン発射用意!」
 指示を出したのを、
「待って。まだ大尉が向かっている、回避を」
 止めたマリューに、
「危険です。撃たなければ撃たれる!」
 ナタルが言い返し、マリューが唇を噛んだそこへ、
「何を騒いでいる?」
 ふらっと入ってきたシンジに、ナタルが僅かに顔をしかめたが、何も言わなかった。
「あー、ちょっと今照準にされてるのよ」
「ストライクが?」
「いえ、この艦よ」
「じゃ、撃てば?先手必勝でしょ」
 ナタルの声が大きかった為、そこしか聞こえていなかったのだ。
「シンジ君、今フラガ大尉のMAが潜航して敵艦に向かっているのよ。この距離で撃てば巻き込むわ」
「艦長、そんな悠長な事を言っている場合ではないでしょう。攻撃を甘受するつもりですか!」
「少し落ち着け」
 シンジがナタルを見やった。
「軍事的に何が正しいかは分からないが、マリューの姉御が目下艦長だ。バジルール、あなたの配下ではあるまい」
「…し、失礼致しました…」
 きつく握りしめた手が震えているのは、背を向けているサイやミリアリアにも手に取るように伝わってきた。
「シンジ君…」
 マリューが、驚いたようにシンジを見る。シンジがこんな物言いをするとは思わなかったのだ。
「奴が男なら――」
「え?」
「そのモビルアーマーとかいうもので、一人艦を離脱するような男でないのなら、任せればいい。信じられないなら巻き込む事は無視で先制攻撃を。どうする?」
「……」
 その直後、
「後方、ローラシア級が急速接近してきます!」
 追い打ちを掛けるような報告が入った。
「心が決まっていれば…」
「うん?」
「二択にはしないわよね?」
「碇ミサトとは違うからな」
 一瞬目を閉じたマリューが、すぐに開いた。
「大尉に賭けます」
(艦長!)
 抗議しかけたナタルだが、マリューの側にはシンジがいる。ナタルに出来るのは、拳を握り締める事のみであった。
「ところで、ストライクの管理はどうなってる?」
「状況把握って事?」
「うん」
「ミリアリアさんが担当してるわ」
「そう。ハウ、ストライクのエネルギー残量はどうなってる?」
「す、既に三割を切ってます」
「『え!?』」
 何だかんだ言っても、ストライクはこの艦に取って唯一の戦闘力に等しいのだ。しかもパネルには、アークエンジェルを放り出したモビルスーツが四機、ストライクを囲んでいるのが映っている。
「じゃ、俺は離脱するから」
「え!?」
 マリューの口がぽかんと開いたところへ、
「フラガ大尉より入電!作戦成功、これより帰投するとの事です」
 かなり分の悪い賭けだったが、ともかく勝ったのだ。安堵のざわめきがブリッジに広がった。
 ふーう、と息を吐き出したマリューに、
(巨乳シールドで守られたかな)
 シンジが囁き、マリューがかーっと赤くなる。
「シ、シ、シンジ君っ!」
「冗談だ。では、俺はこれで」
 去っていく背を見た時、離脱とか言っていたのを思いだした。
「ちょっとシンジ君、どこへ行くのっ」
「決まってる、園児のお迎えだ」
「園児のお迎えって…なに?」
「あそこで、ガキ大将に囲まれてシクシク泣いていそうな園児だ。それ以外にいるまい」
「ああ、キラさんの事ね…って、どうやって出るつもりなのっ…あなたまさかガイアで!?」
「!?」
 マリューの声に、ガタッとナタルが立ち上がる。
「艦長!」
「キラ・ヤマトは碇シンジではない。そしてステラ・ルーシェとも違う。修羅場も知らず、軍人としての教育も皆無の普通の女の子だ。全責任、と言われても困るが――」
 シンジは静かな声で言った。その視線は、ミリアリアに向けられている。
 視線を感じ取ったミリアリアが、そっと下を向いた。
「安全地までの運搬を約した以上、撃沈されそうな状況を、黙ってみている訳にもいくまい。それとも、ストライクの喪失をここで指をくわえて眺め、次はオーブ産だからと大事にしまい込んだまま、艦ごと撃沈されるのが最良と思うか、ナタル・バジルール少尉?」
「い、いえそれは…か、艦長のお決めになる事です」
 確かに正論だが、さっきまでマリューの言葉に正面から逆らっていたではないか。ずるい、と思ったクルーは一人や二人ではなかった。
「マリューの姉御」
「……」
 ややあってから、マリューは小さく頷いた。
 気をつけてね、と視線で告げたのは、マリューに取っての精一杯であったろう。シンジが頷き返し、そのまま早足で出て行く。
「バジルール少尉」
「はっ?」
「こちらは敵の始末。ナスカ級を片づける」
「了解しました。ローエングリン、一番二番発射準備!」
 もう懸案はなく、てきぱきと陽電子破城砲の発射用意が進められていく。
 ブリッジを出たシンジを、ステラが待っていた。
「許可が?」
「出た。急ごう」
「了解」
 
 
 
 一方モビルスーツの戦場では、ザフトのパイロット達が、奇怪な通達に首を傾げていた。
「撤退命令〜?なんで俺たちが撤た…ヴェサリウスが被弾!?」
 さっき自分達が出撃した時点では、被弾したという情報はない。しかも、その後敵艦からヴェサリウスへ放たれた砲撃はないのだ。
 どこかの宇宙人にでも撃たれたのかと、全員の顔に?マークが付くのも当然であったろう。
 一瞬の隙が出来た次の瞬間、凄まじい二筋の光線がこちらに向かってきた。
「しまった!」
 それでもかするような事はなく、紙一重ながら何とかかわす。その直後、彼らの目に映ったのは敵艦から放たれた信号弾であった。
「徹底命令だと?ふざけんな、こいつだけでも叩き落としてやるっ!」
 四機で囲みながら結局落とせず、しかも敵艦も無事なのだ。そんな中での醜態とも言える状況に、デュエルがストライクにかかっていく。
 イザークがキレたらしい。
 複雑な――だがどこか安堵の思いがある――思いのアスランが、
「イザーク!撤退命令だぞ」
「うるさいっ、この腰抜けが!」
「……」
 こういう場合、心理状況の差が大きく物を言う。キラはやっと少し落ち着いた所への帰投命令で、既に心はアークエンジェルに向いている一方、イザークはせめてもの戦果に何としても撃沈するとそれしかない。
 砲撃で応戦するキラだが、心理状況の違いからあっという間に追い込まれた。
 しかも、
「エネルギー切れ!?」
 当初、半ば理性を失って撃ちまくっていた報いが、きっちりとやってきた。青と白の塗装から、みるみる灰色になっていく。
「もらったー!」
 無論イザークがこの機を逃す筈はなく、ビームサーベルを振りかぶって一気に迫る。
(シンジ…さん…)
 ぎゅっと目を閉じたキラの脳裏に浮かんだのは、シンジの顔であった。
(ごめんなさい…)
 デュエルのサーベルが、ストライクを切り裂くのは見えている。反射的にアスランが機体をMAに変化させ、二機の間に割り込もうとした次の瞬間、一条の光が宙(そら)を裂いた。
 サーベルを持ったデュエルの腕が、半ばから一瞬にして溶け落ちる。
「そうはイカの三夜干し」
「『何っ!?』」
 撃ってきたのは敵艦ではない。この状況で援護する能力がないのか、砲門はいずれも沈黙したままだ。
 
 ごしごし…ごしごし。
 
 パイロット達が揃って眼をこする――自分の見た物が信じられなかったのだ。
 そこにいたのはブリッツとよく似た色合いの――だが存在感が桁外れに違うモビルスーツであった。
 撃ってきたのも、そしてイカがどうとか奇妙な事を言ったのも、そいつに間違いはない。
 だが、一体どこのモビルスーツなのだ!?
 ビームライフルを手にして、悠然と浮いているその機体から、
「こちら、置いてきぼりをくらったキラ・ヤマトのボディガードだ」
(あの異世界人、モビルスーツを操れるのか!?)
 信じられない風情のアスランだが、
「私のキラ・ヤマトを営利誘拐しようとは不届き千万、この場で手打ちにしてくれる」
 聞こえる声は冷ややかそのものであった。
(シンジさん、今私のって…)
 呆然と状況を見ていたキラの目から、ぽろぽろと涙が落ちる。
 サーベルを抜いた機体が凄まじいスピードで肉薄してくるのを見て、アスランは慌ててデュエルに飛びついた。片腕を落とされ、防戦すらままならないのだ。
「撤退する。ニコル、ディアッカ!」
「分かってる!」「分かりましたっ」
 エネルギー切れは覚悟で、ブリッツとバスターが銃撃で牽制する中、イージスがデュエルを抱えて退却する。
 おそらく深追いはしてくるまい、そう踏んでいたのだが万一の事もある。
 結局奇妙な機体は追ってこなかった。
 最初から、ストライクの救援だけが目的だったのだろう。
 最後の最後で四対二になった、とはいえ実質四対一でまんまと逃がしたのだ。
 クルーゼ隊の完敗と言っていい。
 四機が這々の体で引き上げるのを見てから、ガイアはゆっくりとストライクに近寄った。
「ヤマト、無事か?」
「あの、私…私っ」
 目に涙を溜めたキラが、言葉にならないのを見てシンジは軽く頷いた。
「一応無事のようだな、何よりだ。さて、帰還する…ぞ…」
 うっすらと笑ったシンジが、前のめりに倒れ込むのを見て、キラの目が大きく見開かれる。
「シンジさんっ!」
 コックピット内に、キラの叫びが哀しく響いた。
 
 
 
 
 
(第十三話 了)

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