妖華−女神館の住人達外伝
 
 
 
ドクトルシビウの闇カルテ:ツェザーレ
 
 
 
第十二話:ミリアリア先生のお時間:乙女心
 
 
 
 
 
 医務室から戻る途中、ステラからオーブのあらましはざっと聞いた。
 ナチュラルかコーディネーターか、ではなく国の規律に従うかどうかで、その存在が許可されている国だ、と言う事も。
「フレイ・アルスターとか言ったな。オーブにコーディネーターがいるのは別に妙でもなさそうだが、なかなか面白い反応をする。お前も、ナチュラルだけが正当な人間だと思いこんでいる種の人間か」
「な、何よあなた」
 咄嗟にサイにしがみつこうとしたフレイだが、その手は空を切った――サイが避けたのだ。
(サイ!?)
 想い人に逃げられて、フレイの顔からすうっと血の気が退いていく。
 無論、単にシンジが怖いからフレイを見限った訳ではない。こんな異世界で、しかもたまたま居合わせたというだけの理由で、自分達を安全な場所まで送る為に努力すると約し、乗った事もないモビルスーツに搭乗して文字通り命を賭けてくれたシンジと、救われた事を気にした風情もなく、まずコーディネーター批判ありきのフレイを秤に掛けた結果、針が振り切れたという話だ。
「私はお前に訊いている、フレイ・アルスター。ガーゴイルに訊いているのではない。答えてもらおう」
 無論、フレイはシンジの事など知らないが、他の者達は一部をよく知っている。ハリセンの一撃を食ってそのまま放置されているムウが、口を挟もうとしたのだが止めた。
 はっきりしているのは、ここで自分が鍋の具にされるわけにはいかない、と言うことだ――その鍋を誰がつつくのかは不明だが。
 一歩シンジが踏み出し、フレイが二歩後退る。もう一歩、更に一歩と進み、三歩も進まぬ内に壁際へ追いつめられた。
 シンジの一歩に対して二歩下がるから、当然と言えば当然なのだが、
「もう後がない」
 どこか、愉しそうな口調であった。
「ナチュラルの技能に壁抜けがあるのか、見せてもらおう。私が全力を尽くして安全地域まで送ると決めた中に、コーディネーターの娘が二人も入っている。それを否定した理由は――死体の脳から直接訊いた方が早いかもしれんな」
 シンジの手がすっと下がる。サイ達の脳裏に、炭化した兵達の光景が甦ったその時、
「あ、あの…」「私なら大丈夫ですから」
 遮る意図は無かったろう。ただ、結果的にステラの声がキラの声を打ち消す形になった。
「大丈夫?」
「オーブはコーディネーターを受け入れますが、それでも問題がまったく無いわけではありません。それはお話ししたでしょう?」
「ん」
「この人が、コーディネーターに対して拒否反応を示すのも分かるし、だからと言って蒲焼きにまではしなくてもいいと思います」
「蒲焼き?」
「違うのですか?」
「当たってる。時々ステラは私の心を読むのだな」
 ふっと笑ったシンジが、
「ガーゴイル」
「はい?」
「お前の知り合いか?」
「一応…許嫁です」
「許嫁と来たか。ちゃんと保管・調教しておけ。今度言ったら心太にするぞ」
「すいません」
 とりあえず助かったらしいと知り、ほっとしているのはフレイ本人だが、微妙なのが二人いる。
 一人は無論サイだ。助けてもらったのはいいが、フレイは別にキラと友人ではないし、そもそもシンジの『お届け請負契約』の中には含まれていないのだ。
 当然扱いも違うだろうし、戦況如何ではまたぞろ失言をしでかしかねない。その意味では、決して心からの安堵ではなかったし、もう一人はキラだ。
(シンジさん、何時の間にステラとこんなに仲良く…)
 仲良くなった、と言うより軍人として接しているから、普通の女の子として扱っているキラと比べてレベルが少し違うだけなのだが、キラにはそこまで分からない。
「さて」
 シンジがゆっくりと振り向いた。
「鍋の具になりにきたか、フラガ?」
「勘弁してくれ。俺を鍋の具にしたって美味しくないぞ」
 ムウの言葉に、ステラがくすっと笑ったが、笑ったのはただ一人である。
「俺はただ、キラお嬢ちゃんに、機体の整備を勧めに来ただけだぜ。自分で整備しておいた方が、色々と分かる。あんただって、キラお嬢がストライクの事をよく分かってる方がいいだろう?」
「機体の整備、どころか全く見た事のないそれのOSを書き換え、あまつさえジンを撃破してのけた。優れた種を妬むしか能のないナチュラルよりはよほど優秀だと思うがな。誰が整備したものでも、あっさり乗りこなしてみせる」
「『!』」
 シンジの言葉で、一瞬にして場が凍り付く。位置的にはナチュラルに味方しているシンジがあまり、どころかかなり良くない印象を持っていると分かったのだ。
「しかも、新たに目にしたナチュラルの娘は忘恩の徒と来た。ナチュラルは、デフォルトで性格に忘恩とか持ってでもいるのか?」
「べ、別にそう言う訳じゃないが…ただ、このお嬢さんの場合は知らなかったんだろう。な?」
 フレイを見る限り、どう見ても空気を読めるタイプではない。知っていたわよそんな事、と言っても決しておかしくなかったのだが、
「忘恩って何?私何か恩知らずな事したの?」
 泣きそうな顔で聞き返してくれた時には、心底ほっとした。
「いや…ただ、お嬢ちゃん達の乗ったポッドを拾って来て、几帳面な少尉さんの反対を押し切ったのはキラお嬢だったのさ」
「それなら知ってるわ。でも、コーディネーターなんかがこの艦に乗っていたから嫌だなって思っただけよ。コーディネーターがいると世界が混乱するじゃない」
 
 三…二…一…着火。
 
 後数秒、いやおそらくコンマ数秒の差でステラの動きが遅かったら、間違いなくフレイは炭化していただろう。
 凄まじい火炎が放たれる寸前、ステラはシンジに飛びついていた。おかげでフレイの髪の一部が焦げたのと、ベッドのマットに大穴が開くだけで済んだのだ。
「何をする?」
「そ、その…か、艦内で人を燃やすのは…い、いけないと思います」
 ステラは、辛うじてそう言うのが精一杯であった。シンジから殺気や怒気があったとか、そんな事ではない。シンジの気は至極普通だった。
 ただ――フレイを庇う言葉が見つからなかっただけだ。
「ならば宇宙の塵、これなら問題はあるまい。ガーゴイル、異存は?」
「ちょ、ちょっと…見境無かったり空気読まなかったりするだけなんです。出来れば…済みません許してやって下さい」
 サイもこれが精一杯だ。どう考えても、フレイは飢えた虎児のいる穴にわざわざ生肉を持った手を突っ込んでみるタイプである。
 どう庇えばいいのか、サイにも見当がつかなかった。
 シンジは、ふうと言った。息を吐いたのではなく、言ったのだ。
「ガーゴイル、とりあえずどこかに隔離してこい」
「分かりました」
 これ以上墓穴を拡大されない内にと、サイがフレイの手を引いて大慌てで出て行く。
「ステラ」
「え…あ、あのごめんなさい」
 ステラが慌ててシンジから離れる。シンジに飛びついた時から、抱き付いたままの状態だったのだ。
「コジロー・マードック、とか言ったな。さっき、壁に吹っ飛ばしたでぶだ。で、そのでぶがヤマトに怒っている、と?」
「べ、別にその…怒っている訳じゃないさ。ただほれ、今はキラお嬢専属の機体なんだから、自分でやった方が良いって言うそれだけさ」
「怒ってるぞ〜、と聞こえたが気のせいだったかな、ステラ?」
 ステラはくすっと笑って、
「嘘はいけないと思います。でも、チェックは必要だから、キラが気乗りしないみたいだし、ガイアのチェックも兼ねて私が行きます。人手が足りないのは事実ですから。碇さん、一緒に来てもらってもいいですか?また、同行されるんでしょう」
「分かった。お供する」
「…ですっ」
「ん?」
 キラの声に振り返った次の瞬間、
「いいです、私が一人でやりますからっ!」
 ムウにぶつかりながら、キラが飛び出していく。
「ヤマト?」
 首を傾げた直後、シンジの顔が歪んだ。
「ハウ!?」
 ミリアリアが、思い切りシンジの足を踏んだのだ。
「下らない冗談言ってないでっ!女の子泣かせたんですよ、さっさと追いかけて下さい!」
「い、いや別にシャレで言った訳じゃ…そもそもキラは別に泣いてなかったと思うが?」
 カズイとトールを見ると、うんうんと頷いた。ハウの思い違いだろう。
 が、既に起動すると止まらないタイプらしく、
「さっさと行って下さいっ!」
 シンジの胸を押したのはいいが、足はまだ踏んだままだ。当然バランスを崩したシンジが倒れかかり、何とか踏みとどまったところで、
「行く行かないは別として、足を離してから押してもらえると助かるわけだが」
「あっ…す、すみませんっ」
 解放されたシンジが、
「…ちょっと行ってくる」
 シンジが出て行った後、
「…な、何よ」
 呆気に取られて見ているカズイとトールに気付いた。
「い、いやだって…なあ?」
「うん…あの人相手にあんな事出来るなんて…」
「何よ、根性無いわね。別に鬼でも悪魔でもないんだし、第一私達を燃やしたりするわけがないでしょ…フレイは別だけど」
 よく分かっているらしい。
「『それはそうだろうけどさ…』」
 二人からすれば、どちらかと言えば自分達が口を出す事ではないように思えたのだ――特に、男である自分達には。
(えーと…俺の立場は?)
 助かったのは良いが、いつの間にか脇役になり、今はもう黒子と化している我が身を嘆きながら、ムウはこっそりと退場する事にした。
 
 
 
 
 
「アルテミスへ、でありますか?」
「そうだ、間違いない」
 パネルを見ながら、クルーゼは頷いた。
「わざわざヘリオポリスで建造していた位だからな、モビルスーツとあの戦艦が最重要機密なのは間違いない。そんな物を持って、友軍と自軍とどちらの基地へ急ぐのが良いのかなど、普通に考えれば分かり切っている。だが」
「だが?」
「追撃を受けようが何しようが、とにかく月基地の制空範囲まで逃げてしまえばいい、と言う考え方はできまい。普通に訓練を受けた軍人では、所詮それが精一杯だ。もしもそれを主張出来るとしたら、ムウ・ラ・フラガ、奴か或いは件の異世界人とやらかも知れんが、最終的にはアルテミスへ向かうはずだ。間違いない。それも、あらぬ方向へ目くらましをかけてな」
 自信ありげに言った直後、
「大型の熱量を感知、解析予想コースは月面大西洋連邦本部!」
「それが囮、と言うやつだ」
 クルーゼはにっと笑った。
「指揮を執っているのは、所詮まともな軍人と見える。挟撃して仕留めるぞ。ヴェサリウスは先行して待機、ガモフは後方より索敵しながら追い立てるのだ。発見次第、奪取したモビルスーツを全機投入、宇宙の塵にしてくれる」
「全機を?」
「そうだ。ここで沈める以外に用はないからな。もっとも、そうだな――二パーセント位の可能性で、ストライクは手に入るかも知れんが」
(はあ…)
 また奇妙な事を言い出した、と思ったのだが、クルーゼが動物的というか野生の勘を持っている事はアデスも分かっている。
 反応は、心の中だけに止めておいた。
 
 
 
 
 
「ヤマト」
 手すりによりかかって、ストライクを見上げていたキラの肩がびくっと震える。キラの横に立ったシンジは、しばらく何も言わなかった。
 間を置いた、と言うよりも、原因不明だからと言うのが正直な所だ。追えと言われて追って来たが、一体何を言えばいいというのか。
「シンジさん…」
「ん?」
「やっぱり、私なんかよりステラの方が…頼りになりますよね。いいんです、次からはステラと一緒にこれで出て下さい」
「ストライクで?」
 キラがこくっと頷く。
「で、中立国の軍籍にある者が地球軍に味方して大活躍し、大問題を引き起こすわけだな」
「……」
「ヤマトが何を思っているのかは分からないが…」
 三秒考えた。その間に浮かんだ言葉は七通りで、シンジが選んだのは四番目であった。
「私にステラを取られた、と思ったのかも知れないが、別に個人的興味があるわけではないよ。ただ、中立国の軍人、と言う立場であれば、戦争の状況もある程度客観的に見られるだろうし、この戦争の事を聞いていただけさ。それと、私からヤマトに訊いておきたい事がある」
「…何ですか」
「ヤマトは、私の事をどう思っているのだ?」
 その途端、キラが明らかに動揺した。それまでは、ぷいっとそっぽを向いたままだったのに、
「べ、別に私はシンジさんの事なんてなんにもっ…」
「?」
「え?」
「印象の話をしているのだ。ヤマトも少しは分かっているだろうが、私の能力は普通とは少々違う。それと、こんな戦場にいきなり放り込まれて慌てふためかない程度には――人を殺せる。殺人を生業とはしていないが、それが敵であれば始末する事に躊躇いはない。そう言う人間だよ」
「……」
「無論、モビルスーツに同行している私としては、ヤマトが私を信じてくれるのは嬉しい事だし、とても助かる事だ。信頼がなければ、補助など出来るはずもないからね。ただ、ヤマトは軍人でもないし普通の女の子だ。私のような人間とは、作戦面以外では距離を置いておいた方がいいと思うのだが…」
 ステラに私を取られた、ならまだしもよりによって、私にステラを取られたと来た。しかも、自分とは距離を置けと言う。
 人間的に自分みたいなのはどうか、と言ってるだけであって、別にキラを遠ざけるとかそんな事を言ってるわけではないのだが、キラにそこまでの深読みは出来なかった。
「そんな事…そんな事言いに来たんですか。もういいからあっちに行ってて下さいっ!」
 キラに胸元を押され、シンジの身体が宙に浮く。
(ヤマト…)
 さっきはミリアリアに押され、今度はキラに押された。
(今日はオサレ日和らしいな)
 内心で呟いて、シンジはその場を後にした。魔女医然り、吸血美姫然り、奇怪な頭の悪徳商人然り、シンジの交友範囲は、考えをストレートに出す面々が多すぎる。
 表情や空気から察する、と言う事はあまり必要ないのだ。まして、気を遣われる事はあっても遣う事は殆ど必要なかった境遇で育ったとあっては、ある意味やむを得ないのかも知れない。
 とまれ、結果的に溝の掘削工事をした結果になり、シンジはふわふわと浮いて戻ってきた。
 どうしたものかな、と首を傾げたシンジの目に、サイ達の姿が映った。集まって、何やら密談中だ。
「何をしている?」
「ちょっと相談を…って、キラとは仲直り出来たんですか?」
「ハウ、別に喧嘩した訳じゃない。おかしな言い掛かりはよしてもらおう。で、何を相談していた?」
 代表するように、ステラが前に出てきた。
「碇さん、その事なんですけど、ミリアリアが自分達にも何か出来ないかって言い出して…」
「何か?だがステラ、あのストライクはナチュラルに操れる物ではあるまい。そもそも戦場に出るなど不許可だ」
「そうじゃなくて、碇さんもブリッジは見たでしょう?人は足りないし、ポッドに乗っていたのはオーブの人だから、徴発かける訳にもいかないし。それに…キラやシンジさんだけに戦ってもらって、自分達だけ安穏としているのは嫌だから、出来る事はしたいって…」
「ステラ、単に艦内にいるのとブリッジに居るのとでは、どちらが危険だ?後者なら、運搬請負人として許可するわけにはいかない。危険な要素は最大限排除するのは当然の事だ」
「それなら大丈夫です。ブリッジを吹っ飛ばされれば艦は沈みますし、危険性は両方とも一緒です。何処にいても死ぬ時は死にますから」
「『……』」
「あ、あら?」
「ステラ、ストレート過ぎ」
「で、でもオブラートに刳るんで何言ってるか分からなくなるよりは…駄目?」
「まあそれでいい。しかし、あっさり許可するかな」
「だから碇さんを待っていたんです。私達が言っても、即座に却下されそうですから」
「分かった。良いだろう、私から姉御に頼んでみよう」
 ブリッジへ来たまでは良かったが、
「あの、民間人が艦長と話したいと言っておりますが…」
「今取り込み中だ。文句なら後で聞いてやるから大人しくしてろと言ってやれ!」
 ナタルの一喝に、ほらね、とステラは肩を竦めてみせた。
 前に進み出たシンジが、
「民間人ではなく異世界人だ。ついでに、お前は誰のせいでヘリオポリスが壊れたと思っているのだ?」
「シ、シンジ君!?」
 ナタルの表情が一瞬で硬直する。それはさながら、神を罵倒していたものが、神を目の当たりにしてしまったような表情であった。
「随分と偉くなったものだな、ナタル・バジルール少尉?」
 笑いかけられたナタルに死の匂いを感じ取り、とっさにマリューが立ち上がった。
 あの世で大人しくしてみるか、とシンジが言い出すに違いないと、女の勘で見抜いたのだ。
「ご、ごめんねっ、バジルールには後で小一時間お説教しておくから。それで…ど、どうかしたかしら?」
「ヘリオポリスの学生組と一緒に、この艦を乗っ取る事にした」
「…ふえ?」
「『違うでしょう!』」
 ミリアリアとステラ、二人の少女に両側からひじ鉄を食らうシンジを見て、マリュー以下ブリッジの面々は心から安堵した。
「痛…そうだ間違えた。ステラ・ルーシェはオーブの軍籍にあるから無理だが、彼らがここの仕事を手伝いたいと言っている。ありがたくお受けするように」
(あれ?)
 ミリアリアはステラと顔を見合わせた。
 姉御に頼んでみよう、とシンジはさっきそう言っていた筈だ。いつの間に立場が逆転したのだ?
「え、えーと…」
 確かに断る理由はないが、何かが引っかかっている。シンジの顔を眺めてから、それを思いだした。
「いいけどシンジ君、あなたはいいの?モビルスーツ戦なら、まず最初に狙われるのはブリッジだし、艦が沈む時にも退艦は一番最後になるのよ」
「嘘つき」
「え!?」
 そっと後退ろうとしていたステラをがしっと捕縛し、
「あ、いや何でもないこっちの話。こら、そこの嘘つき」
「べ、別に嘘じゃないわ。それに、危険性を言うならストライクで出ている方がよほど危険でしょう」
「そう言うのを理屈のすり替えと――」
 シンジが言いかけた時、その袖が引かれた。
「ガーゴイル、ケーニヒ?」
「碇さんすみません。でも俺たちは…自分の意志で決めたんです。あなたやキラだけ前線に出てもらって、自分達は安全な所に居るのは嫌だって」
「だから…お願いします!」
 サイ達が一斉に頭を下げる。
(……)
 数秒経ってから、シンジが息を吐き出した。
「お前達がそこまで友人思いなら、私が言う事は何もない。姉御、そう言う訳だから」
「分かりました。では、CICの仕事を手伝ってもらう事にします。チャンドラ軍曹」
「はっ」
「彼らに軍服の支給を。あなた達、それで構わないわね」
 それは、無論正式な志願兵扱いとは違うが、地球軍に組み込むという通達であり、確認であった。
 嫌ならまだ戻れるのよ、との意がそこには含まれている。
「『構いません』」
 躊躇いのない声が返ってきた。マリューがチャンドラに頷き、チャンドラが彼らを連れて出て行く。
「シンジ君」
「ん?」
「オプションが増えて大変ね」
 ステラも一緒について行き、入ってきた中で残っているのはシンジだけだ。
「あの子達を安全な場所まで送るっていう約束、反故にはしていないんでしょう?ステラさんが何て言ったか知らないけど、危険は確実に増えるわよ」
「そうか、そう言う事か」
「え?」
「オサレ日和じゃなくて、厄日だった訳だな。納得した」
「厄日だったの?」
「そう言う事」
 頷いたシンジが、ナタルに向き直った。
「な、何でしょうか」
「いい女だと、ずっと思っていた――縛りたい位に」
「え…あーっ!」
 三分後、雁字搦めに縛られたナタルが、ブリッジからぽいっと放り出された。
 ナタルを放り出したシンジが、
「このまま、アルテミスまで無事に?」
「だといいんだけどね…」
 マリューが曖昧に笑った時、
「大型の熱量感知。戦艦のエンジンと思われます!」
「ほほう」
「駄目みたいね」
 苦く笑ったマリューが、
「位置は?」
「距離200、イエロー3、3、17。マーク02、チャーリー!進路、0シフト0」
「つまり?」
 チャーリー、と言う単語がおそらく方角を指しているのだろうという事以外は、さっぱり分からない。
 そもそも、200メートルなのか200キロメートルなのか。
「横って事だよ」
 答えたのはムウであった。
「横?撃つなら後ろから撃ってくる。そうせずに横にいると言う事は、単なる間抜けなのか先回りしてこっちの進路を塞ぐかのどっちかだな。だが一隻で塞いでも意味がない筈だが?単なる間抜けか?」
 シンジが首を傾げた直後、
「本艦の後方300に、進行する熱源!」
 間抜けではない、と敵が主張するかのような報告であった。
「気付かれたか。ところで姉御、この艦は妙に静かなようだが」
「慣性航行中だからね。惰性で動いていないと、前後の艦みたいに熱源で分かっちゃうでしょう」
「…読まれたな」
「え?」
「おそらくこちらの進路を――クルーの性格を織り込んで読まれたんだ。さっき、バジルールが、無戦闘で月面まで行かれないとか言っていた。つまり、何が何でも月の味方陣営まで突っ走るよりも、まずは友軍の要塞で補給するなり迎えを待つなりすると、敵がそう読んだのだろう。向こうにも、結構キレる奴がいるらしい」
「どうしてそこまで分かるの?」
「位置を完全に特定しているのなら、間抜けにも真横をウロウロしたりはするまい。向こうもまだ、こっちの位置を完全に掴んではいないという証拠だ」
「そ、それで何か良い案が?」
「……その辺はちょっと似てる」
 何が何と似てるのか、マリューとシンジだけは分かっている。
「同型艦なら別だが、差異があれば小さい方から片づける。横をウロウロしている今の内が良かろう」
「待った」
 シンジの案に、ムウが手を挙げた。
「ん?」
「確かに良い案だが、一撃で仕留められないと混戦になってこっちが挟撃を受ける羽目になる。さっき艦長が、奪ったモビルスーツを全機投入してくると言っていただろう。その通りだろうが、どっちに乗っているのかは分からないんだぜ」
「それもそうだ」
(え?)
 あっさりと受け入れたシンジに、マリューは無論当のムウ本人も驚いていた。簡単に認めるとは思っていなかったのだ。
「で、どうする?」
「挟撃される位置になるのは仕方ないが、正面から二隻と四機を相手にするのはきつい。アークエンジェルには何とか保ってもらって、その間に俺のMAがどっちかを片づける。向こうにナスカ級がいるのは分かってる。もう一隻がそいつよりでかいって事はないだろう。俺がそっちを片づける。デブリに紛れて近づけば、奇襲出来る筈だ」
「デブ?」
「デブじゃなくてデブリだ。衛星とかロケット、或いは爆発した星の破片とか要するに宇宙のゴミさ。そいつに紛れて近づくんだ」
「何となく――」
「『な、何となくっ?』」
 マリューとムウの言葉が思わず重なる。
「良い案の気がする。それで行こう」
(ホッ)
 
 それから五分後――。
「キラさんが一人で出た!?」
 マリューに届いた報告は、キラが単身ストライクに乗り込んで出撃したというものであった。
 ストライクが出たのはいいが、なぜシンジが一緒にいないのか。
「えーと…」
 事情の読めないマリューが首を傾げて、
「どういう事?」
「碇さんが悪いんですっ!」
 ミリアリアの声に、マリューは艦長席で一人頭を抱えた。頭痛の種が、また一つ出来たらしかった。
 
 
 
 
 
(第十二話 了)

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