妖華−女神館の住人達外伝
 
 
 
ドクトルシビウの闇カルテ:ツェザーレ
 
 
 
第十一話:ステラ先生のお時間:歴史講義
 
 
 
 
 
「アスラン・ザラ、出頭致しました!」
「入りたまえ」
 ドアが開き、アスランが入ってくる。アスランが敬礼すると、クルーゼはキーを叩いていた手を止めて、ゆっくりと向き直った。
「ヘリオポリス崩壊もあって、君と話をする時間が取れなくてね」
「先の戦闘では、申し訳ありませんでした」
「ふむ。しかし懲罰を科す為に呼びつけたのではない。話を聞いておきたかったのだ。君は、今出張っている中では最も冷静沈着だと私は見ている。少なくとも、命令を振り切って出撃するようなタイプではない。それと、地球軍が唯一保持している機体が起動した時も、君は確か側にいた筈だ。何があったのかね?」
「それが…」
 一応整理はしてきた筈だが、どこから切り出したものか、アスランは刹那戸惑った。
 有り体に言えば――幼馴染みと出会ったがそれとは関係なく異世界人らしき男に捕縛され、しかももう少しで丸焼きにされる所だったのを幼馴染みを放り出しての逃走で何とか免れたが、結局地球軍の士官が乗っていた筈のストライクが大活躍してしまったた、と言う事になるが、普通に考えれば夢物語だ。
 自分だって、目にしなければおそらくは信じまい。
「申し訳ありません…」
 唇を噛んでから、そう言えばクルーゼの機体もボコボコにされて帰ってきた、と思いだした。
 或いは、と言う望みに賭けて、アスランは口を開いた。
「思いも寄らぬ事態に遭遇し…不覚を取りました」
「ほう?」
 アスランはゆっくりと説明した。圧倒的有利だったが幼馴染みと出会い、一瞬躊躇った所で鋼材に顔を一撃されてしまい、捕らえられた事。
 しかもその鋼材の動きは偶然ではなく、長髪の男がしてのけたらしい事と、その男が手から炎を出して味方の兵士を燃やした事と、ナチュラルもコーディネーターもモビルスーツも知らぬ風情だった事を、出来るだけ詳細に時間を掛けてクルーゼに告げた。
「ふうむ…」
 さすがにクルーゼも、最初は信じられないような面持ちだった。当然だろうとアスランは思った。
 自分が逆なら、間違いなく信じられない。
「ではとりあえず、地球軍の手に残った最後の機体に乗っているのは、君の幼馴染みという事なのだな?」
「はい…キラ・ヤマト、月の幼年学校で一緒だったコーディネーターです」
「それで、その異世界の人間らしい奇妙な男は、一緒に乗っているのかね?」
 はい、と頷いたアスランが、きゅっと唇を噛む。そいつのせいで、食人族扱いされ、カニバリズムの趣味でもあるかのように言われた事は、さすがに言えなかった。
 しかも、キラが一緒の時に言われたのだ。
「私にも、少し解せなかったのだ。ナチュラルのレベルを考えれば、他の機体に搭載されていたOSが精一杯だろう。つまり、あれ以上はナチュラルでは扱えない。当然ストライクもその筈だが、戦闘データを見ると途中から驚くような身軽さに変わっている」
「おそらく、OSをキラが書き換えたのかと…」
 うむ、と頷いたが、本当はそこまで自分が言うつもりだったのだ。
「だが君の幼馴染みの少女は、軍人ではないのだろう?」
「違います」
「OSの書き換え位は守備範囲だとしても、私が急襲した時にインパルス砲で右腕を吹っ飛ばし、あまつさえその背に本体を投げつけてきたのだ。あれは、ただの少女に出来る事ではない。その異世界人とやらは、実際にはどこかのスパイではなかったのかね?」
「断言ではできません。ですが、私の見る限りこの世界の事を全く知らぬ様子でしたし、そこにいた地球軍の女将校に対するそれも、初めて接する者への態度でありました。敵に回ったのはおそらく…」
「おそらく?」
「ザフト兵が銃を向けたのではないかと推察致します」
「あり得る事だな。しかし、その長髪の者が実際に異世界人だとしよう。最初、起動した機体に乗っていたまではいい。だがその後もどうして同乗しているのだ?普通に考えれば、戦艦内で大人しくしているのが普通だと思うがね。まあいずれ分かる事だろうが…戦争とは皮肉なものだな。紙一重の差でその異世界人とやらが敵に回り、君の友人もナチュラルと一緒にいる。兵の対応が違っていれば、今頃は五機ともこちらにあったものを」
「……」
「正直、信じられない部分はあるのだが、その少女と一緒にいたのが異世界人で、元居た世界では軍人、或いは傭兵の類だったとすれば辻褄は合うのだよ。手から出た炎の事は説明出来る。おそらく、こことは違った形で科学力が発達した世界で、手首に小型の火炎放射器でも付けていたのさ」
 違う、とアスランは内心で呟いた。仮に炎がそうだとして、指先から出た風で自分の大腿部を裂かれた事はどう説明がつくのか。
 そもそも、機械であれば必ず動力がいる筈だ。十数名のザフト兵を塵と変える程の火力が、見た目には分からぬ程の小さな動力源で補えるのか。
「その少女がコーディネーター、と言う事ならナチュラルの元になど留まる理由はあるまい。次の出撃で、誰かに説かせれば済む話だ。ただ…」
「はっ?」
「君の幼馴染みが、その異世界人なる者に惹かれている、と言う事になると話は変わってくる。多感な年頃であれば、不意に現れて危機を救い、しかも初見の機体へ共に乗ったとなると奇妙な連帯感が生まれ、そこから違う感情に――」
「違いますっ!」
「……」
 クルーゼは、一瞬耳を押さえた。アスランがこんな大きな声を、しかも自分を遮った事など今までに一度もない。
「も、申し訳ありません。ですがあいつは…キラは…ナチュラルに良いようにっ…い、いえあの異世界人に操られているだけなんですっ」
 キラとシンジに聞かれた場合、三枚におろして天麩羅にされる台詞である事は、ほぼ間違いない。
「優秀なのにお人好しでぼーっとしていて…そこを付け込まれたんです!あいつだってコーディネーターだし、こちらの言う事が分からない筈はない。だから…だから私が説得したいんですっ!」
「良かろう、君がそう言うのなら何とかしたまえ。だがアスラン、油断していたとはいえ私の機体から右手を奪い、荷物が減った事で自由になった途端ミゲルを葬った敵だぞ」
「荷物?」
「最初、地球軍の士官が一緒だったと言ったろう。その者が降りて、二人きりになったのだ」
「ふ、二人きり…」
 ぴくっとアスランが反応する。普段は冷静沈着なアスランが、たかが幼馴染みの少女一人の事でここまで過剰反応するのを見て、クルーゼは内心楽しんでいた。これで相手が男だったりしたら、それはそれで楽しいが――風紀上アスランを隔離する必要が出てくる。
「聞き入れてくれればそれに越した事はないが、出てくるとしたらその異世界人も一緒だろう。かなり難易度の高い説得になる。もし、聞き入れなかったら?」
「その時は…私が討ちます」
 俯いて、消え入りそうな声で言ったアスランの肩を、クルーゼが一つ叩く。アスランが退出した後、椅子にふんぞり返ったクルーゼが呟いた。
「インプリンティング、と言うのはそう簡単には消えん。まして、初対面で銃を向けてきた軍への印象は最悪だ。私ならば絶対に降らないし――惹かれた相手が拒絶するものを、そうそうひっくり返せるとは思えんよアスラン」
 どうやら、一目惚れに関する蘊蓄があるらしかった。
 
 
 
 
 
「アルテミスって月じゃないの?」
「ユーラシアの軍事要塞よ」
「アルテミスと言えば月の女神と決まってる。月でもないのにそんな命名は迷惑千万」
「い、いやそれはそうなんだけど…」
 確かにそう見る向きもあるだろうが、ここでそんな事を言われても困る。
「まあいい。ところで姉御、ユーラシアとは?」
「アジア共和国同様、大西洋連邦の友軍よ」
「?」
 首を傾げたシンジに、
「どうかしたの?」
「地球連合、と聞いたような気がしたが気のせいか?」
「正確に言えば、大西洋連邦・ユーラシア連邦・アジア共和国・南アメリカ合衆国からなる連合体よ。完全な意味の一体化とは少し違うわ」
「そう、それは良かった」
「え?」
「ここの歴史は知らないが、要はナチュラルがコーディネーターを妬んで始めた戦争だろう」
「『!?』」
 シンジの一言に、ブリッジ内が瞬時に凍り付く。
「そ、それは…」
「別に大義の在処を求めようって話じゃない。ただ、そんな妬みから戦争が起きるような世界で、国家・人種を越えて地球が一致団結するようでは困るからな。そこまで人類が歪んでいないこっちの世界でも、地球の統一など出来てはいないのに」
(シンジ君…)
 単に、歪んだプライドだったらしい。
 シンジとマリューの会話を見て、居合わせたクルー達は徐々に妙だと思い始めていた。それは裏を返せば、シンジがナチュラル・コーディネーター、そのいずれにも属していないのでは無いかという考えであった。
 いくら何でも無理解過ぎるし、そもそもこっちの世界だのここの歴史だの、この世界の人間にしては妙な台詞が多すぎる。
「ナタル・バジルール、と言ったな。そのアルテミスへ行けば何とかなるのか?」
「少なくとも、宇宙空間をザフトに追われながら月まで行くよりは、安全かと思われます。それに、当艦は補給も完全ではない内に出立しており、人員が増えた事もあって補給は急務でしょう。艦長も、このまま月面基地まで戦闘無しで行かれるとは、まさか艦長もお思いではありますまい」
「ほう。姉御、そうなの?」
「そうねえ、他に寄れる箇所もないし…あ、勿論オーブにはちゃんと返すわよ。ただ、このまま地球に降りるのはいくら何でも自殺行為だから」
「艦長、オーブとは?」
「ガイアはオーブ所属だし、キラさん達もオーブまで送らないとならないのよ。シンジ君と約束したからね」
「この状況でそんな行ど――っ!?」
(空気読みなさい!)
 マリューが、ナタルの足を思い切り踏んづけたのだ。
「何か?」
「あ、ううん何でもないの」
 あははと笑って誤魔化し、
「補給がいるのは事実ね。ただ問題は、このアークエンジェルもストライクも、友軍の認識コードを持っていないのよ。向こうがすんなり受け入れてくれるかどうか…」
「片づければ済む」
 シンジは冷ややかに言った。
「ヘリオポリスは中立国のコロニーと聞いた。そんな所で建造せねばならぬほど、ストライクは機密事項だったのだろう。ユーラシア連邦なる軍へも、おそらく情報は伝わってはいるまい。だが認識コードがない、と言う事を盾にしてこの艦を拘束、あるいは非協力的な態度を取るなら片づければ済む話だ。宇宙空間でなければ、別に構わん。相棒が足りないが、万の人数が居なければ私一人で始末する。最優先事項は、ヤマト達六名を安全地域まで送る事だ」
 さっき、シンジがキラに銃を向けた兵士数名を炭化させたのは、ここに居合わせた全てが目撃している。
 だがいくら何でも、軍事要塞一つを生身で相手にとは自信過剰が過ぎないか?
 そう思ったのはある意味当然だが、シンジの言葉には気負いも自信も感じられない。ただ、淡々と経過報告をするような口調である。
「友軍認識コードがない事を盾に没収しようとした、でも良かろう。どうやら、地球連合も一枚岩ではないと見える」
(……)
 シンジの言葉は、マリュー達に取っては痛いものであった。本来ならば、この戦争はとっくに終わっていてもおかしくないものだが、それが一向に終わらないのは核使用が出来ないとかそんな事ではなく、地球側の足並み不一致に因る所が大きいのだ。
「無論、すんなり行けばそれに越した事はないが、一枚岩でないそこがこの艦をあっさり受け入れ、しかも技術の粋を尽くしたストライクを見て何もせずに補給に応じてくれたものかは、軍事的に素人の俺から見てもかなり疑わしいところだ。とはいえ、そこが目下最善ならそれで良かろう」
 そう言って、シンジはくるりと身を翻した。
「シンジ君、どこへ?」
「ステラを見てくる。そろそろ起きた頃の筈だから。それとナタル・バジルール」
「…何でしょう」
「もう少し、まともな物言いは出来ないのか?月面までの戦闘無しで行くのは難しいと思う、とそれで良かろう。好んで敵を作りたいのなら別だがな」
「……」
 シンジが出て行った後、
「艦長、やっぱりこことは違う世界の住人って事なのかい?」
「そうでしょうね」
 訊ねたムウに、マリューは短く応じた。
「しかし艦長…我々ナチュラルにあまり良い感情は持っていないようですが、なぜこちらにいるのです?」
「内緒」
「か、艦長!」
「バジルール少尉、シンジ君がザフトに付く可能性は、ほぼゼロと言っていいわ。それと彼がこちら側にいる理由は…知っているけど私の口からは言いにくいの。どうしても知りたかったら彼に訊いてちょうだい」
「…分かりました」
 
 
 
 シンジがブリッジで、物騒なプランを出していた頃、キラは格納庫にいた。作業員達が救命ポッドに取り付き、蓋を開けている。
 次々と人が出てくるが、両親がいる様子はない。本当は入り口まで行って中を見たかったのだが、さすがにそれは諦めた。
 作業員の邪魔になってはと、我慢したのだ。
「次で最後だな」
 どうやら、このポッドには乗っていなかったらしい。ただ、シンジは多分無事だろうと言ってくれた事だし、さほど心配はしていなかった。
 と言うよりも、そんな言葉に縋る位しか出来なかった、と言った方が正しい。この中にはいないのかと、諦めて出て行こうとした時、不意に服の中からトリィが飛び出した。
「あれ?ちょ、ちょっと待ってっ」
 勝手に飛んでいく鳥を追って宙に浮いたキラの目に、作業員に引き上げられる少女が映った。
(この人は確か…)
 何処かで見た顔だと思ったら、先に向こうが気付いた。
「あなた、サイの友達の!」
 地を蹴って浮かんできた少女が、いきなり抱き付いてきた。
「あ、あのっ」
「フレイ、フレイ・アルスターよ。ねえ、何がどうなったの?ヘリオポリスはどうなっちゃったのっ?」
 宇宙の塵になってその辺に浮いている、とシンジならそう言ったろう。
 が、無論キラはシンジではないし、キラもヘリオポリスの住民だったのだ。
「これザフトの船なんでしょ?私達どうなるの?どうしてあなたがこんな所にいるのっ?」
(一つずつ…訊いてほしいな…)
 思ったが、口にはしなかった。
「ザフトじゃなくて、地球軍の船。サイもミリアリアも一緒に乗ってるの」
「でもこれ…モビルスーツでしょ?」
 地球軍にモビルスーツはない。だからザフト艦だと思ったらしい。
「これは地球軍のモビルスーツよ。とりあえず、居住区に行きましょう。サイ達もきっと待ってるから」
 
 
 
「ごめんなさい、病弱で」
 起きあがったステラに、シンジはうっすらと笑った。
「別にステラに出てもらうわけじゃないし、ガイアを使うわけでもない。無理はしなくていいから、休んでいるといい。それで、具合の方は?」
 振り返って、控えていたエマに訊いた。
「もう大丈夫でしょう。疲労から来るものですから。後は、目の前で人が炭化する光景を見たりしなければ、ですけど」
「え?」
 シンジが驚いた顔で、
「そんな光景を見た?」
「ううん、私はなんにも見てないけど?」
「…まあいいわ。でも、乗員全員をバーベキューにはしないでほしいわね。子供だけで艦が動かせる訳じゃないでしょう」
 一つ肩をすくめて、早足で出て行った。
「逃げたのか縁を切ったのか、さて」
「七対三くらいの割合だと思うけど」
「どっちが?」
「内緒」
 くすっと笑ったステラに、
「ステラは一般人なのか?」
 シンジが訊いた瞬間、その表情が僅かに曇った。
「私は…第一世代で出来損ないのコーディネーターだから」
「第一世代?」
「あ、碇シンジさんは知らないんですね。第一世代のコーディネーターとは、両親がナチュラルで遺伝子操作を受けたコーディネーターの事です。第二世代は自動的、つまり両親がコーディネーターだと、子供にも引き継がれます」
「それは分かった。で、ステラの出来損ないとどう関係が?」
「普通コーディネーターというのは、精子や卵子の時点から遺伝子操作を行って、受精・誕生するんです。当然改良だから、ナチュラルより身体的能力は上なのが普通なんだけど、中には私みたいに能力はまあまあだけど、身体が病弱な失敗作も生まれ…んっ」
 不意に唇が塞がれた。シンジが指で触れたのだ。
「生まれた事には全て意味がある、等と言う程夢想家ではないが、自分の存在に疑問を持っていると、大抵はろくな事にならないと決まっているものだ。ステラの事はだいたい分かった。それで、この戦争の事を教えてもらえる?端から見ればナチュラルが勝手にコーディネーターを妬んで戦争を吹っ掛けたようにしか見えないが、勝手な思いこみに過ぎない可能性もある」
「間違ってはいません。大方そんな所です。元々はナチュラルしかいなくて、そこから遺伝子操作を行ったコーディネーターが生まれました。その後、遺伝子操作が禁止されるようになったけど、やっぱり一部では自分の子に遺伝子操作を行う人はいました」
「ふむ」
「糾弾の旗頭は宗教界だったけれど、その後権威が失墜してコーディネーター容認論が広まったの。誰だって、自分の子供には優秀であって欲しいと思うでしょう。ただ、ナチュラルとコーディネーターの身体能力差から来る多方面での差が顕著になっていって、ブルー・コスモスを筆頭とする反コーディネーター組織がしてのけるコーディネーターへのテロ行為・ナチュラルに広まるコーディネーター反対論、そう言う物が重なって、コーディネーター達はプラントと呼ばれるコロニー群へ移住するようになりました。でも武装は絶対禁止だったから、ブルー・コスモス等からのテロ行為にも自衛すら出来なくて…」
「何となく読めた」
 シンジがすっと手を挙げる。
「摂理に反するだの何だの言っても、結局は弱者の妬みに過ぎん。結果コーディネーターがプラントに追いやられたとなれば、ナチュラルがどう接するかは分かり切っている。そして、コーディネーター達に人間として当然の自衛権を求める声が出る事も」
「ええ。それでもコーディネーターは、まだある程度の数が地球に居ました。でも遺伝子操作が再度禁じられた事や、プラントが自治権獲得を決定した事もあって、結局地上のコーディネーターは殆どがプラントに移住しました。そしてコズミック・イラ70…去年の2月11日に、地球連合はプラントに宣戦布告、2月14日、食料生産コロニーだったユニウスセブンに核が投下されて、コーディネーター24万人が死亡しました。その後、今に至っています」
「やれやれ、だな」
 シンジは宙を見上げ、ふーっと息を吐き出した。
「戦争など所詮は大義の取り合いみたいなもので、多少は両軍に正義もどきがあるものだが…地球軍側のどこに義が存在する?気に入らない者は恫喝し、要求を呑まなければ襲撃するマフィアと全く変わらん。それで、コーディネーターは核を撃ち返したのか?」
「いえ、ただ核分裂抑止能力を持った“ニュートロン・ジャマー”を散布しました。その為、地球連合国家は深刻なエネルギー不足に陥り、コーディネーターとナチュラルの感情的対立は、決定的な物になりました」
「相手の核を封じた上で撃ったのか?」
「いえ、核は撃っていません」
「おまけにお人好しときたか…」
 正直、シンジの思考回路では理解しがたい事ばかりであった。なぜコーディネーターは、そんなにもお人好しで居られるのか。
 シンジの知り合いに、奇妙な髪と危険な髪型をした知り合いがいるが、警察からのガサ入れを全て拒否し、取り囲んだ機動隊を先制攻撃で壊滅させた事がある。文字通り、死人の山を築いたのだ。
 あっちは悪の範疇だが、普通に考えてプラントが核を十発撃ち返してもおかしくはないのだ。核の分裂抑止能力を持った物を造れる位だから、その気になれば核は造れたろう。
「……」
 壁により掛かり、宙を眺めているシンジを見て、ステラはふと、シンジがこのままこの艦ごとザフトに引き渡すと言い出すのではないかと、そんな気がした。
「ザフトの者が私に銃を向けていなければ、今は間違いなく向こうに居たろう」
「え?」
「ザフトに行くとか言い出すのではないか、と思ったな?そんな顔で眺められれば、誰でも察しは付く。大義の取り合いどころか、ナチュラルが悪の巣窟みたいな連中だというのはよく分かった。但し、私に銃を向けた連中の所へ、この艦とストライクを手土産に降る気はない。私の世界の話ではないし、今から向こうに付くのは主義に反する」
「今からでも遅くはありませんよ?」
「ステラは普通にコーディネーターの人か?」
 ステラはふるふると首を振った。
「いいえ。ただ…単に割り切っているだけかも。確かに、碇シンジさんから見れば、ナチュラルの一方的な横暴に見えるかも知れません。でも私は、種の生存競争の一種だと思っています。もし今回の戦争でコーディネーターが勝って、ナチュラルが滅ぶかその数が完全に抑制された場合、今度はコーディネーターの中で同じ事が起きないとは言えないでしょう。あと数十年もしたら、コーディネーター対ザ・コーディネーターで戦争でもしてるかも知れないんです。コーディネーターが、普通に遺伝子操作を是としている以上、決してあり得ない事じゃないと思っています」
 ナチュラルとコーディネーターがいるから、今の状況になっているのであって、コーディネーターが大半になればまた分からない、とステラは言う。
「ザ・コーディネーターか、あり得ぬ話ではないな。ただ、一番の理由はそんな大義もどきではなく、もっと自分勝手な理由だよ」
「碇シンジさんの?」
「そう。俺に何が出来るかはともかく、ヤマトとストライクが向こうにあれば、この艦はとっくに沈んでいる。つまり向こうの圧勝。それは面白くないのが七割」
「残りの三割は?」
「圧勝の所でのんびりしていた場合、元の世界に帰る要因は発生しない可能性が高い。永住を決めた訳じゃないし、出来ればさっさと帰りたいのが心情だ」
「その割合って、普通は逆ではなくて?」
「違うから碇シンジなんだ。逆だったら、もっと違う行動パターンになっている」
「そうかもしれませんね。ところで、この艦はこの後どこに?」
「アルテミスへ行くらしい。ユーラシア連邦の軍事要塞だと聞いたが」
「この艦は友軍識別コードも持っていない筈なのに…」
「黙って受け入れる友軍なら良い友軍、受け入れないなら悪い友軍。すなわち殲滅対象。アルテミスの在留人数は分かる?」
「確か…千人位の筈。それ以上はいなかったと思うけど」
「十分だ。一箇所に固まっているわけでもあるまい。ストレス解消の相手には丁度良かろう」
 危険な物が混ざった楽しそうな口調は、キラの前では決して見せなかったものだ。少し異種の存在だと、ステラを認めたものか。
「私もお手伝いします?」
「オーブの軍人がユーラシア連邦の兵士を始末も出来まい。いいから、ステラはのんびり見物を」
 何故か微笑って訊ねたステラの頭を、シンジは軽く撫でた。
「寝てばっかりだと身体鈍っちゃいますけど」
「その時は、緊縛した状態で振り回して強制運動してやるから大丈夫。じゃ、俺は行くから」
「あ、待って。私ももう起きますから」
 寝間着を脱ぎだしたステラから、シンジはすっと視線を逸らした。もそもそと着替えて出てきたステラに、
「長ければ、どちらでもいい」
「え?」
「ファーストがシンジ、ラストが碇だ」
「じゃ、適当に」
「ん」
 
 
 
「ザフト艦がまだどこかに居る?キラ、それは間違いないのか?」
「シンジさんがそう言ってた。気配を感じたんだって」
「そうか…向こうの目的は、この艦とモビルスーツなんだよな」
「うん…」
「碇シンジさんが降らないって言ったんだし、あの人がこっちにいるなら心配はないと思うけど…」
 キラ達は、与えられた部屋に集まっていた。キラとシンジは別格だが、サイ達は一つの部屋が割り当てられている。
 ただミリアリアは女の子だからと、キラが自分の部屋に来るように言った所だ。サイの横には、フレイ・アルスターがぴったりと寄り添っている。
「キラ、碇シンジさんは?」
「ブリッジに行ってくるって言ってた。もう戻ってくると思うけど…」
「しかし、どこまで追ってくる気なんだろう」
 ぽつりと呟いたトールに、フレイが反応した。
「ちょっと待って、それってこの艦(ふね)に居た方が危険って事じゃないの。やだちょっと!」
 サイの袖を掴んで引いたフレイに、
「壊れた救命ポッドに乗ってる方が良かったの?無理に助けてくれたのはキラと碇シンジさんなのよ」
「別にそうじゃないけど…キラ?あなたがあのモビルスーツを操縦していたの?」
「うん…」
 どうして、と言う顔をフレイが見せる。まずい、と思ったのかは分からないが、
「親父達も…無事だよな」
 カズイが呟いた。
「あ、それなら大丈夫だよ。少なくともヘリオポリスに残っている事はないから」
「キラ?何でそんな事が分かるんだよ」
「親は犯罪者じゃないんだろ?」
「『はん?』」
「って、シンジさんに言われたの。シンジさんがマリューさんに訊いてたんだけど、登録されている人数は全員脱出したって言ってた」
「そうか…」
 キラの言葉に、その場にいた全員が安堵の表情を見せた――フレイ以外は。
 とそこへ、
「キラお嬢」
 飄々とムウが姿を見せた。
「何ですか?」
「あの物騒な…いや、頼りになる相棒さんはいないのかい?」
「シンジさんの事ですか?まだ戻っておられませんけど」
「そうか」
 明らかにほっとしたらしい所を見ると、すっかりトラウマになったらしい。咳払いして、
「マードック軍曹が怒っていたぞ。自分の機体は自分で整備しておけって、さ」
「自分の機体?私の機体なんてありませんよ?」
 きょとんとした顔で首を傾げたキラに、
「ストライクだよ。君以外に誰も操縦出来ないんだし、完全に君の機体って事になってるんだ。現実問題を考えれば、仕方ないだろう?」
「仕方ないって、それはそうですけど…でも私は軍人じゃありません。そんな専属機体だなんて…」
 軍への組み込みはお断りだ、とシンジはそう言ったのだ。シンジに知られたら何と思われるか見当も付かない。
 絶対に嫌です、と言いかけてふと思いだした。シンジは自分を気遣って、誰か代わりがいればと言っていたのだ。
 当然、自分が以外がストライクに乗る事になれば、自分とシンジとの接点はほぼ無くなるだろう。
「あのっ」
「うん?」
「ストライクを誰かが乗れるようにするのは無理なんですよね?」
 こう訊く場合、意図は二つある。一つは文字通り、自分が嫌だからそうしてほしい場合で、もう一つは無理だという答えを期待する場合であり、ムウが感じ取った意図は後者であった。
「無理だな。いや、厳密に言えばOSを書き換える前に戻せば良いのかも知れんが、ナチュラルの俺じゃ、ふらふらと動かすのが精一杯だろうし、何よりも俺のモビルアーマーが無駄になる。コーディネーターの君がやってくれるのが一番いいんだ」
「分かりましたやります」
(何だこの反応は?)
 嫌々、どころか急に乗り気になったのだ。ただ、必要なのは動機よりも結果であって、妙な事を考えてなければ良いだろうと、ムウが自分を納得させたところへ、
「あなた、コーディネーターなの!?」
 不意にフレイの高い声が響いた。
「?」
「何で…何でコーディネーターが此処にいるのよ!」
 次の瞬間、ムウの頭が派手な音を立てた。
「いてー、一体な…げ!?」
 ポンポンと、まるで刀を持った侍みたいに、ハリセンを肩に乗せて立っているのは無論シンジであった。
「コーディネーターと五精使い、一名ずつ追加だ。やはりお前は鍋の具にしておくべきだったな、ムウ・ラ・フラガ」
 
 
 
 
 
(第十一話 了)

TOP><NEXT