妖華−女神館の住人達外伝
 
 
 
ドクトルシビウの闇カルテ:ツェザーレ
 
 
 
第九話:十発までなら誤射
 
 
 
 
 
「あの…いいの?」
「いいのって何が?」
「だってその…き、気乗りしないんじゃないかと思って」
「姉貴ならそんな事は言わない」
「『え!?』」
「この艦の命運は任せたからね、降らないならちゃんと責任取りなさいよ――とそう言ってる。無茶な言い草だがそれでいい。それが荊であれ密林であれ、自ら選んだ道を切り開けぬ教育は、碇の家ではされていないよ」
 シンジの言葉を聞いた時サイ達は、シンジの行動の原因がシンジの姉にあるらしいと知った――理由はよく分からないが。
「いい、お姉さんなのね…」
 万感こもった言葉であった。そんな台詞など、自分だったら怖くて言えないし、言われたとしても唯々諾々と従えるとも思えない。
 しかも、異世界からいきなり放り込まれたにもかかわらず、弱音一つ見せず戦いに望んでいこうと言うのだ。
 出会った少年少女を助け、自分の世界では存在もしなかった巨大ロボットに乗り込むという。
 一体どういう教育を受け、どんな姉妹を持てばこんな性格になれるのか。普通ならば、怯えているのが関の山であり、例えどんな力を持っていようといきなりモビルスーツに乗る事など決定は出来まい。
 確かに、マリューの思いは間違っていない。この世界にいた人間が、シンジに会って数時間なら、大抵はそう考えるだろう。
 但し、シンジに取ってはそんな大層なものではない。我が道――正確には悪の道――は自分で開けと、奇怪な頭をした知り合いから、ヒソヒソと囁かれ続け、それをすり込まれてきたシンジは環境適応能力も高く、何よりも中国の奥地で主従二騎、雲霞の如き敵を片づけてからさして時間が経ってないのだ。
 自信過剰にも見える言動も、それ以前を知っていれば別段おかしくもない。
「この六人が、そっちの方針で一致した。それに降らないと決まっている以上、安穏と非戦を唱えるのは愚か者のする事」
「ありがとう…。シンジ君がそう言ってくれるのなら…キラさんも、いいの?」
「私は、シンジさんと一緒に行きます。元の世界に帰れるまで、シンジさんを守らなきゃいけないから」
「何か言ったか?」
「あ、ううん何でもないです。私はえーとその、シンジさんに守ってもらいますから」
「その通りだ」
 
 ハッハッハ。
 
 笑っている子供達を見たマリューは、巻き込んでしまった罪悪感と同時に、違う世界に迷い込んだような感覚を覚えていた。
 この子供達は、単に自分が戦えと言ったら絶対に拒否しただろう。戦火を避けてここへ来たであろう子供達が、仲間を守る為とは言えあっさりと搭乗などするものか。
 そこへ、異世界から来た一人の青年が入っただけで、全く反応は異なっている。無論、好んで戦争に身を投じたいとは思っていないだろうが、拒絶の感はまったく無い。
 キラ一人なら少女だし、シンジに惹かれたという見方も出来る。
 だが、他の少年達も又同様の感があるのだ。
(人の上に立つだけじゃなくて、引きつける魅力まで持ってるのね…)
 いっそのこと、シンジに艦長でもやってもらったらどうかと、ふと浮かんだとんでもない考えを、頭を振って振り払った時、壁の通信機が鳴った。
「どうしたの」
「モビルスーツが来る。早く上がって指揮を執れ。君が艦長だ」
 声は、ムウの物であった。
「……」
 一瞬躊躇ったマリューの肩を、シンジが軽く叩いた。
(シンジ君…)
「…分かったわ。すぐに上がる。アークエンジェルは発進用意、総員第一戦闘配備」
 通信を切ってから、マリューがシンジに向き直った。
「シンジ君、その…」
「いつ軍服に着替えた?」
 シンジの台詞は奇妙なものであった。
「え?その…さっきだけど」
「似合ってない」
「そ、そうね、分かってるわ…」
「そう言う意味じゃなくて。外見とかいう事じゃないよ」
「シンジ君?」
「あなたに軍服は似合わない。後方の整備が合っているよ。好んで前線に身を投じて――まして艦長になどなりたくもあるまいに」
「そ、そんな事はないわ」
 そう返した時、震える声を抑えるのが精一杯であった。
「そ、それじゃお願いね」
 マリューが早足で去った後、
「あの、碇さん」
 サイが声を掛けた。
「うん?」
「今の会話が…よく分からなかったんですけど」
「さっき、軍服を着た女性士官が三人いたろう?」
「ええ、確か…レコア少尉とエマ少尉とかって…」
「もう一人、きつそうな性格してるのが一人いた。名前は知らんが、さっきの戦闘時に指揮を執っていたのはあの女だろう。ミサイル撃って、無意味にコロニーを破壊した戦犯だ」
 訊かずとも、とっくに分かっていたらしい。
「それはともかく、あれは多分根っからの軍人だ。軍の事はよく知らないが、戦果が問われる以上、艦長になるのは階級よりも内容だろう。あそこにいた四人の中では、マリューの姉御が一番軍人向きじゃないと思ったよ。戦争に対する拒否感はないようだが、前線に立って兵を駒として使えるタイプじゃない。それに、ヒスを起こして一般人に銃口を向けるようでは、艦長として困る」
 ふっと笑ってから、
「さてヤマト行くか」
「はい」
「軽く掃除してくる。どこかに外が見えるモニター位はあるだろう、お前達はのんびりと見物でもしてるといい」
 キラと並んで歩き出したシンジの後ろで、
「あ、あのっ」
 トールの声がして振り返ると、全員が直立不動の姿勢で敬礼して立っていた。しかもミリアリアまで、敬礼して見送っている。
「み、みんな…」
「ヤマト、良い友達持ったよな」
「は…はい!」
 すっと敬礼を返して、二人が早足で去っていく。その姿が見えなくなるまで、トール達が姿勢を変える事はなかった。
 確かにさっき、シンジとキラはジンを撃退したが、敵の戦力はそれだけではない。いかに二人の相乗効果でストライクが威力を発揮しようとも、死地に赴く事に変わりはないと、彼らにも分かっていたのだ。
 
 
 
 
 
「あ?アスラン・ザラが奪取した機体で出た?何だそれは!とっとと呼び戻せ!」
 出撃はミゲル達に任せ、アスラン・ザラには留守居を命じた筈なのに出撃を、それも奪取した機体で出たという。
 何を考えているのかと、呼び戻しを命じたアデスだが、意外にもクルーゼが止めた。
「構わん、行かせてやれ。データの吸い出しはもう終わっているのだ。地球軍のモビルスーツ同士の戦いも、面白かろう」
「そう言われるのでしたら…」
「うむ」
 ふわふわと浮遊しながらクルーゼは頷いた。
「相手に取って不足がありすぎる気もするが、アスランに取っては機体のならしに丁度良かろう」
「分かりました」
 
 
 
 
 
「ソードストライカー装備だ!」
 降ってくる大音声を聞きながら、キラはシンジに身体を預けていた。
「あの、シンジさん…」
「うん?」
「いえ、何でもないです…」
 女の勘、とでもいうのかも知れない。
 普通に考えれば、この世界の住人で一応コーディネーターである自分はともかく、異世界人でモビルスーツの事など、全く知らないシンジがいきなり乗り込むのは危険すぎる。
 一緒に乗るとキラの能力が上がるから、と言う事もあるのだろう。ただ、それだけではないとキラは気付いていたのだ。
 シンジは危険を探しているのだ、と。
 正確に言えば、自分が元の世界に戻る為のきっかけを。
 ただ、その為に自分を危険にさらす事はあり得ない、ともまた分かっている。
(だから一緒に乗ってもらえば…)
 新装備の絵図面を眺めているシンジには、そんな少女の胸の内など無論分からない。
「ヤマト、この肩にくっついているこれは?」
「これは…ビームブーメランですね。投げると戻ってくるみたいです。こっちは対艦刀です。今度は接近戦出来ますからさっきみたいに…あ」
 自分で穴を開けたと思いだしたらしい。
 その頭を軽く撫でたシンジが、
「二度、失敗しなければいい。さっさと片づけて戻るとしようか」
「はいっ」
「それと、ヤマトの安全は最優先にするつもりだ。六人をきっちり返す、と言うのが契約だからな」
「あの…シンジさん」
「ん?」
「今、契約って言ったでしょう?」
「うん。それがどうかしたか?」
「その…私達を守るって言っても、シンジさんには何のメリットもないのに…」
「ある。メリットのない契約をする程、物好きじゃない」
「え?」
「いずれ教えるさ。無謀な事を考えてる訳じゃないから、心配はするな」
「はい…」
「ヤマトは必ず守る――五精使いのプライドに賭けて」
「シンジさん…」
 
 初めて会う横顔に 不思議な位に魅せられてる 戸惑う位に
 
 背に伝わる感触に安心するのは、別に二人が異性同士だからではない。シンジが歩んできた人生を見れば、至極普通の範疇の事なのだ。
 神狼を従魔とし、大平原に降魔の大群を撃破し――少々後悔は残ったが――少なくとも、この年頃の少年が過ごす安穏とした生活とは、遙か離れた場所にいたのは間違いない。
 もっとも、モビルスーツ自体についてもほとんど知識がない、と言う部分もある事は否めないが。
 とまれ、異性としての魅力はともかく、修羅場をくぐり抜けた者だけが持つ経験値から来る安定感というのは、一般人には決して持てないものだ。
「安心、してますから」
「うん」
 力を抜いたキラが、シンジに寄りかかる。一応二人が座るスペースがあるとはいえ、ベルトをしている事で二人の距離はほぼゼロに近い。
 しかも、シンジの手はキラの身体の前に回っているのだ。
 殺伐とした外の空気とは反対に、この内部だけひどく穏やかで和んだ空気が流れる。
 
 がしかし、艦内の空気は情勢に相応しく殺伐としており、
「D装備のジンだと!?あいつら、あんなモンをここで使おうってのか!」
 ムウの声が呼び水になったかのように、
「タンネンバウム地区から更に別部隊侵入!」
 重装備のジンが飛来し、更に別の区域では天井が破られて、数機が侵入してきた。
「ストライクを発進させ――」
 させろ、と言いかけたナタルだが、寸前で止まった。自分だと名乗りはしなかったが、あの危険な青年はさっきの攻撃を利敵行為とまで呼んだのだ。
 異論が全くない、と言えば嘘になるが、自分の指揮下にない事ははっきりしているし、直接命令を出すのは避け、
「艦長」
 マリューに振った。
 無論、マリューもそれは分かっており、逃げたわねと思ったが、口には出さず、
「シンジ君、キラさん大丈夫?」
 呼びかけたが応答がない。
(あれ?)
「あの…」
 言いかけたら、
「聞こえてます!」
 何故か、尖ったキラの声が聞こえてきた。
(な、何故!?)
 明らかにさっきとは口調が違う。やはり出撃が嫌になったのかと思ったが、何も言わずシンジに身を預けてぼんやりしていた時間を邪魔されたからだ、とは気付く由もなかった。
「カメラはないのだろう。ヤマトそう言うな」
 シンジのなだめるような声で、首を傾げたマリューが、数秒経ってから内心でうっすらと笑った。
(ごめんねキラさん。お邪魔だったみたいね)
 情景が、何となく想像ついたのである。
「敵機侵入!」
 報告の声がマリューを現実に引き戻した直後、
「X-303、イージスです」
「『!』」
 イージスとは、無論奪われた機体の一つだ。奪ったそれを、即座に実戦投入してきた事になる。
「もう投入してくるなんて…」
 腹立たしげに呟いたマリューの耳に、シンジの声が聞こえた。
「姉御」
「え?」
「落ち着け、姉御」
(シンジ君…)
「別に驚く事でもあるまい。ちょっと、ヤマトと退治してくる」
「ええ、お願いね…」
 この状況で自分を心配する余裕まであるのかと、不覚にも少し胸の内が熱くなってしまったマリューの耳に、
「キラ・ヤマト…行きます!」
 キラの声が飛び込んできた。声からすると、もうご機嫌は治ったらしい。
 ただし、
(シンジさんと)
 と言う部分を表層的には割愛した事を、マリューは無論真後ろにいたシンジも知らなかった。
(ごめんなさい…頼むわね)
 出撃するのは軍人でもない一般人で、しかもキラは自分が銃口を向けた少女なのだ。普通に考えれば、かなり厚かましいと言わざるを得ない。
 だが今は、そんな感傷に浸っている余裕はない。
 切り替えたマリューが、
「フェイズシフトに実態弾は無駄だ。主砲をレーザー連動、照準拡散!」
 命じてから、シンジの言葉が甦った。
 敵機に一発も当たらずにコロニーを破壊した利敵行為もどき、とシンジは言った。
 住民の避難は全部済んでいるとの事だが、二の舞を演じずに済むものか。
(シンジ君、あなたの指弾は私が全て負います)
「撃てー!」
 号令一下、主砲が火を噴き、敵機がわらわらと拡散する。
 
 
 
 あっさりとかわした敵機の中には、ミゲルもいた。
「オロールとマシューは戦艦をやれ。アスラン、強引についてきた根性を見せてもらうぞ」
「ああ…分かっている」
 機内のパネルには、宙に浮遊してぐるぐると腕を動かしているストライクが映っている。準備運動のつもりなのだろうか。
 おそらく、と言うよりほぼ100%の可能性で、ストライクに乗っているであろうキラを確認する為、そして連れ帰る為にアスランは来た。
 イージスの試運転など、アスランに取ってはどうでも良い事なのだ。
 だがそのキラが、増幅器役の五精使いをすっかり信用して、その身を任せている事などは思いも寄らなかった。
「そーら、墜ちちまいなー!」
 さっきの失態を取り戻すべく、ミゲルのジンが傲然と火を噴いた。
 
 
  
「回避」
「で、でもっ」
「いいから」
「分かりました」
 向けられた銃口からビームが放たれた時、キラもシンジも後ろに建造物を支える柱があるのは分かっていた。
 一瞬躊躇ったキラだが、シンジに言われるままレバーを動かすと、ストライクはいとも簡単にかわした。
 だが、ビームの直撃を受けて支柱が溶け落ち、巨大な柱が地に落ちて民家を潰す。
「ああっ…」
 声を震わせるキラに、シンジは叱咤する事もなく、
「戻るか、ヤマト?」
 静かな声で訊いた。
「シ、シンジさんっ」
「ここは無人の野ではなく、しかもアークエンジェルという荷物までいる。いくらヤマトが優秀でも、コロニーへの被害をゼロで完勝はできまい?」
「ごめんなさい…」
「行けるか?」
 キラがこくっと頷く。
「アークエンジェルに取りついた連中はあっちに任せればいい。要は、避ける事を考えなければいいのさ」
「で、でもさっき回避って」
「敵も装備を変えて出直して来ている。当たればダメージはあるだろうからな。撃たせる前に斬ればいいと言う話だ」
「あっ」
 言われて思いだしたように、キラが対艦刀を抜く。
「でーい!」
 一撃目が失敗したと知り、二撃目を放とうとしているそこへ、ソードを振りかぶったストライクが一気に迫る。
「ちぃっ!」
 ジンは体勢を崩したが、銃身を斬るまでには行かなかった。放たれた二撃目が学校と思しき建造物を破壊する。
「つくづく破壊が好きと見える」
 シンジが静かな声で呟いた。
「シンジ…さん?」
「ヤマト、俺と意識を合わせて。討ち取りに行くぞ」
「は、はい」
 シンジとキラの手が重なり、ストライクが動いた。ソードを手に、ジンへ猛然と肉薄した。
「何だこいつは!?」
 いきなり反撃に出たストライクに驚き、距離を取って特火砲を撃とうとするも、何せ刃が長い分避けるのが精一杯だ。
「……」
 ストライクが、何故か突如として水を得た魚のように生き生きと動き回り、熟練したパイロットのミゲルが操るジンを、まるで動かぬ機体のように追い回す姿を、アスランはじっと見ていた。
 一見すると不利だが、まだ紙一重でかわしている。反撃を試みなければ、撃たれる事はあるまい。
 それに、ちらっと目を移すとオロールとマシューの機体は、確実に敵の戦艦を追いつめている。あれさえ沈めてしまえば、ストライクとて降伏するはずだ。
「ならばあっちを先に!」
 アークエンジェルへ向かおうとしたその時、大きく体勢を崩したジンの姿が目に入った。
「ちっ…ミゲル!」
 どうしようかとの一瞬の迷いが、戦局を大きく左右する事になった。ここでイージスがまっすぐアークエンジェルに向かっていれば、かなりの可能性で沈められていただろう。
 キラもシンジも、まだストライクには全然慣れていないのだ。
 一方ストライクの中では、アークエンジェルが危ういと見たシンジが、通信パネルを開いていた。
「姉御、十発までなら誤射の範囲だ。全力で落とせ」
「い、いいの?」
「見た限り人影はない。いいから!」
「りょ、了解」
 頷いたマリューが、
「面舵四十度、機関全速!」
 こちらも、逃げながらだが反撃に映った。今までは、どうしても一斉射までは命令出来なかったのだ。
 理由は言うまでもない。
 ミゲルの機体を追いつめているシンジとキラだが、どうしても捕らえきれない。理由は単に経験値の違いだが、こういう紙一重の戦いではかなり大きな要素になる。
 しかも、それをミゲルに気付かれた。
「なるほど、まだ慣れていないって事か。アスラン、回り込め!」
「『ん?』」
 退路を断つように突っ込んできたイージスの動きに、二人が気付いた。
「シンジさんっ!」
「あっちが先。追い込んでから…そうだな、背中のを使って」
「ブーメランを?」
「止まってみせれば、必ず奴は撃ちに来る。姿勢が安定する前に投擲、安定したところを後ろからばっさりだ」
「ばっさり?」
「そう。ばっさりとざっくり」
「やってみます」
 が、予定より事態の推移は早かった。かなり不安定な姿勢から、ジンが銃口を向けてきたのだ。
「もらったー!」
 正面の結構近い距離からぶっ放しても、ストライクにかすらせる事すら、させられなかったジンである。新種の芸か?と突っ込みたくなったシンジだが、それは我慢してキラの手に軽く触れた。
 間髪入れずに、ストライクの手がビームブーメランを引き抜いて投げつける。
「そんな物が俺に当たるか!」
 ひょいと避けて銃口を構え直したそこへ、ブーメランが弧を描いて戻ってきた。回転しながら弧を描くそれが、ジンの下肢をほぼ付け根から切断する。
「何ぃ!?」
 それを見たシンジが、
「斬れ」
「でえーいっ!」
 レバーを握るキラの手に力が入り、対艦刀を振りかぶったストライクが肩口からジンを切り下げた直後、ジンは大爆発を起こして四散した。
「良くできた。次はあっち」
「…は、はいっ」
「その前にあっちはどうなっているか、と」
 キラの手が少し震えていると知ったシンジは、すぐには追わせず、その手を自分の手で包み込み、アークエンジェルの戦況に目を向けた。
 ヒットアンドアウェイの要領で、一撃を与えて離脱しようとしたジンが、主砲に撃ち抜かれて撃沈された直後、勢い余って天井にある建物を直撃した。
「『あ』」
 こちらは、ある程度の被害は仕方無しと割り切っているが、アークエンジェルクルーはそうも行かない。
 何しろここは、宇宙でも地球の洋上でもなく、オーブのコロニー内なのだ。
「しまった!」
 ムウが叫んだ直後、建物が次々と誘爆を起こす光景がクルーの目に飛び込んでくる。
「『ああっ!』」
「これ以上コロニーに損害は与えられないわ!」
 立ち上がったマリューの言葉に、ナタルが反発した。
「ではどうしろと言うんです!沈められろとでも!?」
 二人の女が数秒睨み合い、視線が宙で火花を散らす。
 ある意味どちらも正論だが、さっき指揮を執っていたナタルが、コロニーに当てるなと言ってから一時間も経っていない。
 この辺り、ナタルの精神構造はよく分からない。自分に都合良く記憶のスイッチが切り替わるのか、或いは知っていてマリューに逆らっているのか。
「シンジさんコロニーがっ!」
「あれはやむを得まい。元々、あっちに向かった二機の撃退はアークエンジェルにやらせると決めていたし、キラにだって出来る事の限界がある。普通なら良くてふらふらと飛ぶのが精一杯、そうだろう?」
「シ、シンジさん…」
「出来る事に全力を挙げる、それがこういう所で生き残る術だ。いいね?」
「わ、分かりました」
「じゃ、あっちを片づけるぞ」
「い、行きます」
 キラがレバーをぎゅっと握った所へ、イージスが突っ込んできた。すっと横に避け、位置を変えて対峙する。
 次の瞬間、
「キラ…キラ・ヤマト!」
「ん?」
 スピーカーから声が聞こえてきた。
「ア、アスラン…」
「やはりキラ…」
 キラをおさえるように、
「その声は、さっき脱兎のように逃げ出したアスラン・ザラだな。ヤマトがこれに乗っているのを驚いているようだが――」
 すうっとシンジの目が細くなり、
「自分が業火の燃えさかる工場に置き去りにして、焼死させた筈の娘が生きていて驚いたか、アスラン・ザラ?」
 冬の凍夜もかくやと思わせるシンジの冷ややかな口調であり、アスランが身を強張らせた気配が、スピーカー越しにはっきりと伝わってきた。
  
 
 
 
 
(第九話 了)

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