妖華−女神館の住人達外伝
 
 
 
ドクトルシビウの闇カルテ:ツェザーレ
 
 
 
第八話:エンデュミオンの雀?
 
 
 
 
 
「目障りだな」
 とん、とシンジの足が床を叩いた直後、凄まじい火柱が噴き上げ、腕を落とされた男達は悲鳴を上げる間もなく炭化した。
 粉末状の炭が風に乗り、哀しげに渦を描く。
「冥府で重い身体を引きずる事もあるまい。支度してもらった、と冥府の門番には伝えるがいい」
 文字通り、塵芥を見る視線をそれに向けてから、シンジは振り返った。
「ヤマト、無事か?」
「ぶ、無事…です…」
 本当はキラも舞い上がった腕に悲鳴を上げるところだったのだが、口から出かかった瞬間にはもう、自分に銃を向けた兵士達は炭と化していたのだ。
「一般人に銃口を向ける艦長ならば、下っ端共がそれに倣うのも宜なるかな、ナチュラルには随分といい人材が揃っていると見えるな。マリュー・ラミアス艦長?」
「……」
 唇を噛んで俯いたマリューを置いて、シンジはまだ起きあがれぬムウの元へと歩み寄った。シンジの服をぎゅっと掴んでいるキラも後に続く。
「遺言代わりに訊いておこうか。なぜ下らん事を訊いた?」
「俺はただ…あまりに違うので気になっただけだ」
「違う、とは」
「本来あれに乗る筈だった連中の、操縦シミュレーションを見てきたが、連中は動かすだけでも精一杯だった。到底実戦なんて出来るレベルじゃなかった。それがいきなりジンを撃退すれば疑問に思うのは当ぜ…ぐふっ!」
「そんな事はチラシの裏にでも書くか、井戸の中にでも叫んでおけ愚か者」
 風の一撃を腹部に受け、ムウが身体を折る。
「フラガとか言ったな。好奇心はフラガを殺す、とあの世で毎日唱えるがいい」
 すっとシンジの手が上がる。
「一瞬で炭化させてくれる。ヤマトとハウに感謝するのだな」
 娘が二人いるから、出血はさせないという事らしい。
 だがその手が膺懲の一撃を繰り出そうとしたその瞬間、
「あの、私は?」
 三人目の声がした。
「ステラ?何処に行っていた?」
「少し、具合悪くなっちゃって休んでました。ごめんなさい」
「ふむ、ではステラも追加しておこう」
 もう一度ムウに向き直ったシンジに、
「碇シンジさん、そう言う事ではなくて」
「ん?」
「あまり人を減らすと、ここから出られなくなっちゃいますよ。あんな性能の高い機体を残して敵が諦めるとは思えません。最低でも撃沈か奪取に再度来るはずです。それにその人は通称エンデュミオンの鷹、有名なパイロットです。処分してしまうのは勿体ないかと思います」
「『!?』」
 シンジの冷たい気よりも、ステラの言葉に乗組員達はぎょっとした表情になった。
 今、処分と言わなかったか!?
「ヤマト」
「はい?」
「最近は目が悪くなってきたらしい。俺にはどう見ても、エンデュミオンの雀にしか見えないのだがな」
 くすっと笑ったキラにつられ、サイ達も思わず笑った。
 確かに敵機に一矢報いる事も出来ずに墜とされ、しかもシンジの前に命すら落とそうとしている姿は、燕か雀にしか見えまい。
 が、笑いはすぐに止んだ。
 ステラが、少しムッとした表情でキラを見たのだ。睨まれたキラが、ついっと顔を逸らす。
「まあいい。だがステラ、私は別に構わないと思っているが」
「え?」
「この戦艦とストライクごと、敵に渡せば済む話だ」
「い、碇シンジさんっ!?」
「別に冗談で言っているわけではない」
 シンジの口調は穏やかであった。
「一般人に銃を向ける軍人や、利敵行為もどきをしでかす無能な乗組員など、害はあっても利益にはなるまい。それに、ヤマト達は少なくとも民間人だし、いきなり射殺もされまい。コーディネーターがナチュラル以下の存在でなければ、な」
「『……』」
「ステラは元々オーブの所属だし、問題あるまい。無論、ヤマト達六人は、安全な所まで運ぶ契約になっている。向こうが危害を加えようとするなら、全員片づければ済む話だ。死体とは言え、艦を操縦させる程度なら問題はない」
(シンジさん…)
 ヤマト達六人が、の部分の印象が強すぎて、シンジが何を口にしたのかあまり残っていないキラ。
 一方、青ざめるどころか生きた心地がしないのは、マリュー以下乗組員達だ。しかもマリューは、他の者と違ってシンジの力をある程度分かっている。
 そして、やると言ったら間違いなくやるであろう性格の事も。
 おそらく、シンジの言う通りになろう。シンジを始め、六人はいずれも地球軍ではない。一次的に監禁くらいはされても、殺される事は無いはずだ。しかも、シンジ自身がそんな事はさせないと言い切っているのだ。
 だが、この艦の乗員は違う。全員ナチュラルで、その前に地球軍と来ている。九割七分までは、全員処刑されるだろう。
 ただし、ザフト軍に引き渡されて処刑以前に、この場で全滅させられそうな可能性も高いのだが。
「あの、シンジさん」
「うん?」
「私はいいですけど…シンジさんはいいんですか?」
「俺が?」
「工場区で、ザフト兵に銃を向けられたでしょう」
「……」
 腕を組んで何やら考え込んだシンジが、キラの耳元に口を寄せた。
(ここの馬鹿共とどっちがいい?)
(私に銃を向けた人は、シンジさんが消滅させてくれたでしょ?)
「……」
「……」
 キラとシンジは数秒見つめ合っていたが、ぽむっとシンジが手を打った。
「迎撃」
「はい」
 シンジがマリューを振り返る。
「そう言う事になった」
「…か、感謝します」
 とりあえず首は繋がったらしいと、ひとまず安堵の息を吐いた。
「ステラはガイアの搬入、それと出航後はオーブなる所へ。機体はこっそり返しておかねばなるまい?」
「え、ええそうね」
(?)
 話がさっぱり分からない所で、しかも見知らぬ少年にテキパキと進められていく。呆気に取られている乗員達を余所に、
「ステラ、それで良いな?」
「ええ…っ」
「!」
 頷いたステラが、ふらふらと倒れ込んだ。慌ててシンジが抱き留める。
「ステラしっかりし…無理か」
 辺りを見回したシンジが、女兵士に気付いた。
「そこの二人、名前は」
「レコア・ロンド少尉であります」
「エマ・シーン少尉であります」
「救護の経験は?」
 二人が頷いたのを見て、
「ステラ・ルーシェを救護室へ頼む。設備はあるのだろう?」
「分かりました。私がお連れします。救護室は備えてありますから」
 レコアと名乗った女性士官が、ステラを背負って歩き出す。
「頼む。それとそこの雀」
 視線が向いた先には、未だ起きあがれぬムウがいる。
「お、俺か?」
「エンデュミオンの雀は、それ以外にいないだろうが。ガイアを動かす位は出来るのだろうな」
「おいおい、無茶言うなよ。触った事もない機体をどうやって動かすんだよ。第一ガイアって何…いや、な、何とかやってみる」
 ムウの目の前で、ひらひらとはためいたそれは、死神の翼であった。
「ガーゴイル」
「はい?」
「雀の知識にガイアは入ってないようだ。機体の所まで連行しろ」
「了解」
「とりあえずはこれでよし、と」
 ステラを見送ったシンジに、
「あの…」
 声を掛けたのはナタルであった。
「何か」
「先ほど、利敵行為と言われたが、何を指して言われたのでありますか」
(…この子空気読むって単語知らないのかしら)
 首を三十度捻って考えれば、自分達の事だとすぐに分かる筈なのに、どうして虎穴に顔を突っ込むような真似をするのかと、マリューはやや呆れてナタルを見た。
「その前に訊いておきたい。この艦は、対空砲等の防衛システムは死んでいるのか」
「いえ…健在ですが」
「確かにヤマトは破壊工作をしてのけたが、敵機の腕を吹っ飛ばし、背にも一撃浴びせている。だが、さっきこの艦から放たれたミサイルは、一発も敵機に命中することなく、しかもコロニーを見事に破壊した。意図的であれば利敵行為、そうでなければ操縦者が単に無能という事になる、と私には見えるが?」
 シンジの言葉に、ナタルがぎくっと身体を強張らせる。私が指揮していました、と白状したも同然である。
 だが、何故かシンジはそれ以上深追いする事はなかった。
 理由はすぐ明らかになった。
「部屋を一つ用意してくれ。そろそろおねむの時間だ」
「え?」
 見ると、キラが眠そうな顔で半ばシンジに寄りかかっている。
「分かったわ…って言いたいんだけど…もう一働きしてもらえないかしら。ストライクを格納庫まで運んで欲しいの。さっきキラさんがOSを書き換えたから、他の者じゃ動かせないし…」
「……」
 シンジの視線がマリューを捉えた。つう、と死の匂いを持った何かが背を撫でた気がして、背中にどっと汗が噴き出る。
 だが、
「ヤマト、姉御がああ仰有ってる。動けるか?」
「うん…大丈夫。あの…」
「分かっている。私も一緒に行くから」
「はい」
 眠そうな顔で、キラがにこっと笑った。
「格納庫の場所は」
「今案内させるわ。コジロー・マードック」
「はっ」
 ヒゲの男が直立不動の姿勢を取る。さっき、余計な事を口走ってムウ諸共吹っ飛ばされた男だ。
「ストライクを格納庫へ誘導しろ。それからエマ少尉は、子供達を部屋へ案内して。キラさんと碇シンジさんには個室を」
「『了解』」
「他の者はストライクへの補給とアークエンジェル発進用意。モルゲンレーテから、あるだけ搭載しろ。時間はないわよ、急いで!」
「『はっ!』」
 ご案内します、とレコアがカズイ達の先に立って歩き出す。それをちらりと見やってから、シンジはキラをひょいと抱き上げた。
「行こうか?」
「シ、シンジさん…あうぅ」
「いいから」
 キラの頭を軽く撫でてゆっくりと歩き出したその姿には、さっきまで死の匂いを漂わせていた事など微塵も感じられない。
 シンジがキラを抱いて飛翔するのを確認してから、
「ラミアス大尉、事情がさっぱり分からないのですが…」
 ナタルの顔に困惑があるのは当然だが、
「私にも、あなたの頭の中がさっぱり分からないわよバジルール少尉」
「え?」
「さっき彼が、この艦の指揮を執っていたのは誰だ?と言い出したらどうするつもりだったの。利敵行為が何を指すか位、少し考えれば分かるでしょう」
「そ、それは…では、ラミアス大尉も利敵行為と思っておられるのでありますか」
 やや低い声で訊ねたナタルの手は、わずかに震えていた。
「まさか」
 一つ肩をすくめ、
「ただ、コロニー内である以上引きつけて迎撃、と言う道も確かにあったわね。でも、それはあくまで結果論であって、根本から間違ってるとは思ってないし、まして利敵行為だなんて思ってないわよ」
「ラミアス大尉…」
 少し表情の緩んだナタルが、
「ところで、さっきのガイアと言うのは…?」
「オーブのMSよ」
「オーブの!?」
「極秘に開発していてね、データ採取の為に借り受けていたのよ。だから戦闘には絶対使えないし、こっそり返さなきゃだわ」
「それで、あのコーディネーターの少女と危険な青年は?」
「さあ?」
「さあってラミアス大尉…」
「本当に知らないのよ。ただ、キラさんは戦火を避けてヘリオポリス(ここ)へ避難してきたのでしょうね。碇シンジ君は…分からないわ。でも、工場区で彼がいなかったら私は生きて出られなかったわ。ザフト兵を片づけてくれたのは彼なのよ」
「その割に敵対的な態度でしたが」
「あの子達を安全な所まで送るって約束したからよ。あなたも聞いたでしょう?そのキラさんに銃口を向けたり、余計な事を訊いたりしたからよ」
 自分も同じ事をしてもう少しで幽冥境を異にする所だったけど、とは無論言わない。
 とそこへ、ガイアがやってきた。どうやら起動は出来たらしい。
「使えるのはあのストライクだけ。そして乗れるのはキラさん――コーディネーターの少女と、碇シンジ君だけなのよ」
 ガイアガンダムだが、どう見てもふらふらしており、これに乗っているムウがストライクで応戦まで出来るとは到底思えない。
 コーディネーターにモビルスーツを任せた事を、ナタルが良く思っていないとマリューは気付いていたのだ。
「分かりました…しかし、どうして二人乗りで?」
「正直よく分からないんだけど、彼が手を添えると機体の性能がアップするらしいのよ。もしあるとしても操縦者側のレベルだと思うんだけど、さっき乗っていた時にあの娘(こ)が言っていたの」
「そうですか…」
「任せておいても問題はないと思うわ。他に人がいないし、何よりもその気になれば既にアークエンジェルは沈められていたのだから。それとも、他に案がある?」
「ラミアスた…いえ、艦長がそう仰有られるのでしたら、私はなにも」
「案があるのか、と訊いているのよバジルール少尉。私は別に、持論を押しつける気は無いのよ」
 マリューの口調が、少しきつくなった。
「い、いえ…」
 ナタルとて、コロニーの外にモビルスーツを奪取に来た連中が、牙の生えそろった口を開けて待っている事位想像はつく。そして、アークエンジェルだけで何とかなると思う程、無能では無かった。
 ただ、割り切れなかっただけである。
「そう。それとバジルール少尉」
「はっ?」
「階級が高いから艦長になる、と言うのは必然の理ではないわ」
「え?」
 マリューが、不意にナタルの耳元へ口を寄せた。
(あなた、艦長になってくれない?私には元々向いていないし)
「私が艦長に…でありますか」
「そ。あなたは私と違って代々軍人の家系だし、かなり優秀だって聞いてるわよ」
 一瞬頷きかけて、ナタルは踏みとどまった。自分を持ち上げると言うより、マリューにはかなり嫌がっている節がある。
 なぜここまで嫌がるのだ?
 艦長=最高責任者・モビルスーツの運営・パイロット達との折衝…、と来て、キラ・ヤマトと碇シンジとかいう青年の顔が脳裏に浮かび、次の瞬間ナタルの身体が硬直する。
 全てが一本の線で繋がったのだ。
 今度は、ナタルがマリューの口許に顔を近づけ、
(謹んで辞退させて頂きます)
(艦長命令だって言ったら?)
(お断りです)
「……」
「……」
「ふうん、軍人のくせに随分と強情じゃない。上官の命令は絶対じゃなかったの」
「危険回避で私に押しつけられるのは迷惑だ、とそう申し上げているのです」
「あら、あなた危険好きでしょ」
「はっ?」
「空気読まないで、何が利敵行為かとか訊いたりするくせに。どうせ危険好きなんだからいいじゃない」
「…と、とにかくお断り致します」
「嫌な子ね」
「お互い様でしょう」
 ふん!とマリューがそっぽを向く。ナタルも、ぷいっとそっぽを向いてから、自分の行動にひどく驚いた。
 自分は――こんな行動を取る女だったのか!?
 
 
 
 
 
「ミゲルがこの映像を持って帰ってくれて助かった訳だが」
 スクリーンには、急に動きの良くなったストライクが、ひょいひょいと動き回る映像が映し出されている。
「これがなければ、地球軍のモビルスーツ相手に機体を損ねたと、私は大笑いの的にされていたところだ。ただ問題は――」
 クルーゼがふわふわと浮きながら、
「他のジンを撃退したという、黒いモビルスーツなる物の映像が見あたらん事だ。地球軍が建造していたモビルスーツは、これを含めて五機の筈だったのだがな。まあいい、これから分かる事だろう」
 やがて、全員が大笑いの種にされる事になるのだが、この時点では誰も分かっていない。
「機体に搭載されているOSについては、君らも既知の通りだ。その中で、なぜこの機体だけがこうも動けるのかは分からん。だが一つはっきりしている事は、これをこのまま残して、放置するわけにはいかないという事だ!」
 不気味な仮面越しに、不気味な情熱が伝わってくる。
 やはり、不気味な仮面というのは演説の時でも、マイナスに働く代物らしい。
「捕獲出来ればそれに越した事はないが、出来ぬとあれば戦艦諸共、ここで破壊する。だが、決して単なる鉄の塊ではない。侮る事無くかかれよ」
「『はっ!』」
 二本指で敬礼の形を取ったクルーゼに、兵達が一斉に敬礼する。その中には、アスランとミゲルも含まれている。
「ミゲルとオロールは、すぐに出撃の準備をしろ。D装備の許可が出ている、急げ!」
「はっ」
 艦長アデスの命令に、二人が急いで漂っていく。
 
 
 
 
 
 とりあえず作業の指示を済ませてから、マリュー達三人は、艦橋に集まっていた。 一応マリューが艦長という事で決まったが、ナタルには気に入らなかったらいつでも替わってあげると釘を刺してある。
「クルーゼ隊?」
「そ。奴はしつこいぜ。必ず襲ってくるだろうな」
「ふうん…」
 軽く頷いてから、マリューは何を思ったのか、くすっと笑った。
「ラミアス艦長?」
 怪訝な目でマリューを見たナタルに、
「さっきの戦闘データは見た?」
「ええ」
「インパルス砲で敵を撃ったのはキラさんだけど、砲身を投げつけたのは間違いなく、碇シンジ君の指示よ。例えコーディネーターであっても、民間人の少女に出来る事じゃないわ。隊長機が、腕をもがれた上に背中にインパルス砲をぶつけられて帰ってきたんじゃ、今頃連中は大あわてだと思ってね。向こうから見れば、こっちは慌てふためくだけで何も出来ないと思っていたんでしょ」
「『……』」
 ナタルから見れば、コーディネーターと得体の知れぬ危険人物に、軍の最重要機密を預けている訳で、危険極まりないとは思っているのだが、反対しても代案があるわけではない。
 アークエンジェル一隻で戦っても、ほぼ勝算ゼロなのは分かっているし、代案も無しに反対する程ナタルも馬鹿ではない。
 そういうのは、反対ではなく、反対の為の反対と言うのだ。
「さっきステラさんも言ってたけど、仕掛けてくるのはほぼ間違いないわ。物資の搬入が終了次第出撃します。調子が良ければ、この艦とストライクで何とかなるでしょう」
「おいおい何とかなるって艦長…」
「何か?」
「…いや」
 何か言いかけてから、ムウは止めた。かなり勝算が薄いのは分かっている。しかもこっちには、今日初めて乗ったばかりのパイロットだけと来ている。
 何とかなる、と言ったマリューを責められる状況ではない。
「フラガ大尉とバジルール少尉は、CICに回って。私はちょっと会ってくるから」
「会ってくる?」
「この艦の女神様…守護神よ」
 笑って出て行ったマリューだが、その後ろ姿はとてつもなく昏いものに見えて、ムウとナタルはそっと顔を見合わせた。
 
 
 
 その女神様だが、シンジの膝で熟睡中であった。ストライクを動かすのがやっとだったようで、機体の中でうつらうつらと眠りかけていたのだが、さすがにここは狭いと、シンジが背負ってきたのだ。
 ステラは疲労らしいと、レコアから報告は受けている。エマもレコアも、衛生班所属らしいので、心配はあるまいと任せたままにしてある。
「よく寝ている」
 呟いて、その髪を軽く撫でたシンジが宙を見上げた。本当なら、寝ているのは自分で膝枕しているのは葉子の筈なのだ。
(葉ちゃん…)
 五精使いの、初めての弱音であった。シンジとて、決して神でもなければ悪魔でもないのだ。
 キュ、と唇を噛んだ時、ドアがノックされた。
「開いている」
「失礼します」
 入ってきたのは、サイ達であった。
「ケーニヒ」
「はい?」
「ここはいいから、休んでいろ。ハウも疲れたろう?」
「いえ、あたしは大丈夫です。それよりキラは…」
「疲れて眠っているだけだ。じきに眼を醒ますさ」
 キラの事が心配で、見に来たらしい。
「ところで、お前達に訊きたい事がある」
「『はい?』」
「実態はともかく、このヘリオポリスと言うのは中立だったな」
「ええ、そうですけど」
「少なくともキラは、戦火を嫌ってここへ来たのだろう。コーディネーターに下る事無く抗戦、と俺が勝手に決めてしまったが、それで良かったのか?」
「『……』」
 思わぬ言葉に、サイ達は顔を見合わせたが、ミリアリアがゆっくりと口を開いた。
「確かに…私達もキラも、戦火を嫌ってここへ来ました。今だって、戦争に巻き込まれたいとは思っていません。でも、ザフト軍の襲来でヘリオポリスは荒らされ、警報レベルも上がっちゃって、私達が降りる場所はありません。一旦此処を出て、オーブかどこかへ行ってもらうしかないし、戦争は嫌だと叫べば何とかなるなんて思う程、子供じゃありません」
「……」
「それにキラは、あなたの事を信じています。今までに…」
 キラの寝顔を覗き込み、
「キラが男の人の膝で寝る所なんて、今までに一度も見た事はありません。碇シンジさんの事を本当に信じているから、ザフトに下るって言った時にあんな事言ったんだと思います」
 シンジはそれでいいのか、とキラは言ったのだ。
「確かに、可愛い顔をして寝ている」
 感慨もない台詞だったが、男達がどれどれとその寝顔を覗いた直後、ぎええと悲鳴があがった。
 何故か顔を赤らめている中に、彼女持ちがいたらしい。
「分かった。お前達がそこまで覚悟を決めているなら、俺も全力を尽くさせてもらう。とっとと此処を出て、安全な場所まで送る事を最優先としよう。ところで、オーブというのは近いのか?」
「地球上ですけど」
「…ここは宇宙?」
「ええ、スペースコロニーです」
「……」
 オーブを訪ねて三千里か、とシンジが呟いた時、うにゅぅと可愛い声を出して、キラがゆっくりと目を開けた。
「おはよう」
「あ…おはようございます」
 自分の位置は一瞬で把握したらしいキラだが、起きようとはしなかった。
 ドアがノックされたのは、その直後の事であった。
「はい?」
「マリュー・ラミアスです…」
 人生の破綻が決まったかのような、昏い声が返ってくる。
「開いてますよ。ストライクの出撃準備はもう済んだの?」
「え!?」
「私もキラも、出撃(で)る用意は既に出来ている」
 な?とシンジがキラを見ると、目をこすりながら、キラがうっすらと笑った。
「本当にっ!?」
 ドアが勢いよく開き、鳩が豆鉄砲でも喰ったような顔をして、マリューが立っている。それを見たサイ達がくすくすと笑う。
 多分、文字通り決死の覚悟で出撃依頼に来たのだろうと、容易に想像が付いたのである。
 
 
 
 
 
(第八話 了)


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