妖華−女神館の住人達外伝
 
 
 
ドクトルシビウの闇カルテ:ツェザーレ
 
 
 
第七話:一次的接触により大穿孔
 
 
 
 
 
「ラミアス大尉、ラミアス大尉起きて下さい」
 数度揺すってから、ぺちぺちと頬を叩くと、マリューはゆっくりと目を開けた。
「あ…ステラさん…状況は?」
「碇シンジさんとキラが、ストライクに乗り込みました。ガイアは、碇シンジさんと相談して、森の中に隠してあります」
「そう…あなた、具合は大丈夫なの?」
「それが…」
 ちょっと困ったような表情でストライクを見上げ、
「さっき…碇シンジさんに膝枕してもらって少し寝てから、なんか調子がいいんです…」
「それって、身体の相性が良いって事かしら?」
「ラ、ラミアス大尉っ!」
 ぽうっと赤くなったステラに、マリューはふふっと笑った。
「冗談よ。しかしこっちは…思い切り点数下がっちゃったみたいね」
「最低ランクでしょうね」
「……」
「あ、すみません」
 ステラが謝った時、不意に爆発音が轟いた。
「「え?」」
 見上げた二人の視界に、森から飛び出してきた巨大な戦艦が映る。
「『アークエンジェル!?』」
 シンジ達とは違い、この二人は事情が分かっている。
 だが二人とも、内部事情が一変していたことなどは、無論知る由もなかった。
 
 
 
「さっきステラが言っていた建造中の戦艦ってあれだな」
「そうだと思います」
「ふむ。ではお手並み拝見と…おや?」
 飛び込んできた敵機の護衛かと思っていた戦闘機だが、その下部に付いていた砲塔らしきものが、切り落とされたのだ。
 やはり味方ではなかったらしい。
「ほらシンジさん」
「ん?」
「違うって言ったでしょう?」
「はいはい」
 シンジに頭を撫でられ、キラが少しくすぐったそうな表情になる。
「何にせよ、あの船が出てきたならこっちが戦う事はあるまい。高みの見物と行こう」
「そうですね」
 見物モードに入った二人だが、次の瞬間揃って顔色を変えた。てっきり戦艦を優先すると思った敵機が、こちらに突っ込んできたのだ。
 サイ達はトレーラーの下に逃げ込んでいるが、ステラとマリューはまだなのだ。
「ヤマト!」
「はいっ」
 咄嗟に横っ飛びでストライクを移動させたところへ、銃弾が豪勢に降ってきた。無論、フェイズシフトには通じないが、二人を巻き込まずに済んだ方がよほど大きい。
「ふ〜」
 ほっと安堵の息をついた二人の目の前で、敵機が戦艦に向かっていく。
「ヤマト、今のうちに装備の点検を。さっきよりはましになったろう」
「多分…」
 歯切れが悪いのは、あまり自信が無いせいらしい。
 どれどれと見ると、
「ランチャーとインパルス…接近戦って言う選択肢は無し?」
「そう…みたいですね」
「まあいい。ヤマトなら何とかなる。こっちは…アグニか。大層な名前だが、合っているものかな」
「知ってるんですか?」
「無論武器自体は知らないが、アグニとはインド神話に出てくる神で、炎の属性を持っているお偉いさんだよ」
「ふうん」
 よく知ってるんですね、と妙な所で感心しているキラに、シンジは内心で微笑った。神話のど真ん中にいた妖狼とは、先だって知り合いになった所である。
「使う事はないと思うが、一応使える用意を」
 よいしょっとストライクがアグニを手にした時、戦艦の艦尾からミサイルが発射された。撃ち出されたミサイルは四発だが、撃墜出来る威力は持っていようと、二人はのんびり眺めていたのだが、
「『あれ?』」
 二人の声が重なる。ミサイルの飛来を見て取った敵機は、撃墜する代わりに逃走する事を選んだのだ。
 一発は撃ち落としだが、三発が敵機に向かっていく。敵機の取った行動はある意味合理的――コロニー上部から吊られている建造物の陰に入ったのだ。
「シ、シンジさんコロニーが!」
「分かってる。しかし…どいつもこいつも無能揃いと来た。引きつけて撃つ能力すらないのか?」
 結局、三発は全て建造物に命中した。オウンゴールに終わった事になる。
 戦艦から砲撃はあるが、敵機は実にあっさりとかわしていく。戦闘能力は、結構高いらしい。
「よくも…コロニーを!」
(それを言うなら戦艦のせいだと思うが…)
 無論、口にはしなかった。
 ボタンを押すと、シート右上部から機械が伸びてきた。スコープらしい。
 覗き込んだキラが、思いだしたように顔をずらす。
「シンジさん、見えますか?」
「俺も?」
「お願いします」
 言われてスコープを覗くと、敵機が映っている。
 がしかし――キラも覗いているわけで。
 柔らかい頬同士がぴったりとくっつく。
(あぅ…)
 望んだ結果とはいえ、キラの頬がすうっと赤くなっていく。
「どうした?」
 シンジが気付いた。
「い、いえ大丈夫…」
「大丈夫には見えんが。急に発熱でもしたのか?ほらこっち向いて」
 シンジの手が顔にかかった途端、キラの全身を電流のようなものが走り抜けた。
「だ、大丈夫ですからっ」
 かーっと赤くなった顔を隠すかのようにスコープを覗き込み、敵機に照準を合わせる。
 ほぼ捉えてはいたが、内心の動揺がわずかにズレを誘ったのだろうか。
「ヤマト」
 シンジの声に、一瞬遅れで放たれたビームは、敵機の右腕を付け根から吹っ飛ばしたが、撃墜するまでには行かなかった。
 しかも、余力が十分すぎてそのままコロニー上部に大穴を開けてしまったのだ。
「あぁっ…!」
 戦艦の砲撃ミスの比ではない決定打に、キラの顔からみるみる血の気が引いていく。
「……」
 穴を眺めていたシンジは、黙ってキラの肩を叩いた。
「シンジさん、私…私っ!」
「確かに決定打の破壊工作だ」
 シンジの静かな口調に、キラの肩がびくっと震える。
「だが、あの戦艦が敵機を撃ち落としていれば、ヤマトが撃つ事はなかった。頼まれもしないのに、勝手に立ち向かう事を決意した訳ではあるまい?」
「シ、シンジさん…」
「大丈夫」
 よしよしとキラの頭を撫でたシンジが、開いた穴から逃げる敵機の動きに気付いた。
「装備の替えはあるだろう。ヤマト!」
「はい?」
「ついでだ、投擲しろ」
「え…あ、はい!」
 この際だから、敵機にぶつけて追い打ちを掛けろと言うのだ。意図を読んだキラが、アグニを振りかぶる。
「えーいっ!」
 可愛い気合いと共に投擲されたそれは、今度は見事に敵機の背に命中し、そのまま敵機と共に宇宙へと吸い込まれていった。
「ふむ、お見事」
「い、いえ…」
 自分のやってしまった事で結構ショックを受けているキラだが、シンジの方はと言うと、着陸しようとしている戦艦へ、鋭い視線を向けていた。
 その視線が緩んだのは、サイ達がトレーラーの下から這い出して来た時であった。
 少し砂をかぶってはいるが、どうやら全員無事だったらしい。
 
 
 
 
 
「隊長機が腕を付け根からもぎ取られるなんて…」
 戻ってきたクルーゼの機体を、整備兵達は呆然と眺めていたが、無論アスランも例外ではない。
 しかも、降り立ったクルーゼは、明らかに蹌踉めいたのだ。ここにいるのは全員コーディネーターだから、ナチュラル何するものかと思っており、そんなナチュラル達が開発した機体に、隊長機が撃退された事が信じられないのだ。
 ただ、アスランは違っていた。
 おそらく、と言うよりかなりの確立で向こうの機体にキラが乗っているのは間違いない。キラであれば、やってのけても何ら不思議はないのだ。
「クルーゼ隊長!」
 駆け寄ったアスランを、クルーゼは手を挙げて制した。
「大丈夫だ」
「でもお怪我…!?」
 アスランの視界に映ったのは、背中の下部が凹んでいるクルーゼのシグーであった。
(なっ…!?)
 アスランの視線に気付いたクルーゼが、ふっと笑った。普通の笑みなのだが、奇怪な仮面のせいで不気味に見える。
「ゲリラの戦士でも、乗っていたと見える」
「はっ?」
「いや、何でもない。だが、よくミゲルが機体喪失だけで済んだものだな」
 アスランだけに聞こえるような声で呟いてから、クルーゼは歩いていったが、かなり無理をした姿勢だとアスランは気付いていた。
「あいつなら…キラなら十分ありえ…む」
 アスランの顔が微妙に歪む。キラに加え、自分をいとも簡単に捕縛せしめた顔を思いだしたのだ。
 だがアスランは知らない。
 ただでさえガイアを使いこなすステラがいる所へ、ストライクとキラというカードが残ってしまったことを。
 しかもそこへ加わったのは、最強のカード――ジョーカーであるという事を。
 
 
 
 
 
「ラミアス大尉、一つお訊ねしてもよろしいですか?」
「何、ステラさん?」
 ステラは一応軍属だが、オーブ所属であってマリューの配下ではない。
「さっき、どうしてキラ達に銃口を向けたのですか?」
「……」
「非難しているわけじゃないんです。ただ、碇シンジさんの前では自殺行為に近いんじゃないかと思って…」
「反省してる」
 マリューは一つ肩をすくめた。
「大人げなかったわね」
「え?」
 それは、ステラも思わず拍子抜けした程の反応であった。
「びっくりした?」
「い、いえ…」
「子供に言ってもどうにもならない事位…分かってるわ…」
 見上げたその先には、コロニーにぽっかりと空いた大穴が映っている。
「一刻も早く、宇宙(そら)に出ないと危険ですね」
「ええ…」
 マリューは頷いたが、何故かひどくあいまいなものであった。
「ステラさん」
「はい?」
「あなたのガイアで、あの二人が乗ったストライクを抑えられる?」
「え!?」
「いえ、なんでもないわ。アークエンジェルも来たわね。行きましょう」
 ステラがマリューの言葉を理解したのは、しばらく立ってからの事であった。
 
 
 
 サイ達を手に乗せて、ガイアがアークエンジェルに乗り込んだ直後、ストライクがよいしょとやってきた。
「ひとまず皆無事で良かっ――」
 言いかけたそこへ、
「ラミアス大尉!」
 バタバタと、乗組員達が走ってきた。
「ラミアス大尉、ご無事で何よりでありました」
 ビシッと敬礼したナタルに、どう言おうかと一瞬迷ったのだ。無事だった、と返すには少々語弊のある我が身である。
 しかし、今そこにある危機が去ってはいないなど、殊更に言う事もないと、
「あなたたちこそ、よくアークエンジェルを起動させてくれたわ。おかげで助かったわ」
 敬礼を返してうっすらと笑ってみせた所へ、ストライクのハッチがパカッと開いた。
「ヤマト行くぞ」
「はいっ」
「『うん?』」
 乗組員達が見上げる中、シンジがさも当然のように宙へ身を躍らせる。無論キラを抱いたままだ。思わず、あっと声が上がったが、あたかも宙で着地したかのように減速し、ゆっくりと地に降り立った。
「碇さん!」「キラ!」
 サイ達がわらわらと駆け寄る。
「あの、大丈夫でしたか?」
 訊ねたカズイの肩を、シンジはぽんと叩いた。
「あれの中なら外よりよほど安全だよ。大丈夫だ。それより亀頭、お前達こそ怪我はしていないな」
「大丈夫であります!」
 何故か敬礼してしまい、サイとトールも続く。それを見たシンジは、鷹揚に頷いた。
(やっぱりこの子…)
 人を従える事に慣れているのだ、とマリューは知った。虚勢でも空威張りでもなく、頷いた姿がごく自然なのだ。
「あ、あの…ラミアス大尉これは…?」
「その、えーと…」
 コーディネーターと異世界人よ、と言うのが正しい答えだが、無論言い出せるわけもない。
 ただ、マリューがキラの事を言い出せなかったのは、いわば敵に助けられたに等しい状況を恥じたから、ではなかった。
 事態はそう単純ではないのだ。
 とそこへ、
「へえ、こいつは驚いたな」
 金髪長躯の男が姿を見せた。
「あなたは?」
「地球軍、第七機動艦隊所属のムウ・ラ・フラガ大尉だ。よろしく」
 敬礼した男に、敬礼を返しながらシンジ達の方を見ると、こちらの存在などまるで忘れたかのように、シンジを中心にして何やら円陣を組んでいる。
 
 ヒソヒソ、ヒソヒソ。
 
 そんな単語が聞こえて来そうな円陣だ。
(すっかりとけ込んでるわね)
 かすかな羨望すら感じたマリューの耳朶を、ムウの言葉が打った。
「…ラミアス大尉?」
「あ、はい?」
「あーその、乗艦許可を貰いたいんだが、この艦の責任者は?」
 言われてから、妙に乗員の数が少ない事に気が付いた。第一、艦長が居ないではないか。
「……」
 ムウの言葉に、ナタルの表情が暗くなる。
(バジルール少尉?)
「艦長以下、艦の主立った士官は皆、戦死されました」
「!」
(ほぼ全滅したってこと!?)
 がしかし。
 慨嘆する暇は二秒もなかった。
「よって今は、ラミアス大尉がその任にあると思いますが」
(は?この子一体何考えてるのよ!?)
 マリューの背筋を寒い物が走り抜けたが、そんなマリューの心中など知らぬげに、ナタルは続ける。
「無事だったのは、艦にいた十数名と下士官のみです。私はシャフトの中で、運良く難を…」
(あなたの難と艦長の難を引き替えなさいよ!)
 思わず毒突いたマリューだが、大任に臆したのではない。その視線は、横目でシンジ達に向けられている。
「まいったな…なんてこったい」
 天を仰いだムウが、
「とにかく、乗艦許可をくれないか、ラミアス大尉?俺の乗ってきた船も墜とされちまったんだ」
(あんたまであたしを責任者にしてどうするのよ!少しは空気ってものを読みなさいよっ!)
 それが読めないから、シンジから逆さ吊りの憂き目にあった事はすっかり忘れているマリューだが、その辺の下士官をとっ捕まえて艦長にするわけにもいかない。
「…分かりました。許可致します」
(はーあ)
 溜息をついた心中は、本人のみぞ知る。暫定とはいえ、これでアークエンジェルの艦長に――すなわち最高責任者に祭り上げられてしまったのだ。
(まったくもう…ん!?)
 チロッとナタルを睨んだマリューの視線にナタルが気付いた。なにか?とつぶらな瞳を向けてくるナタルから反らした視線に、シンジ達の方へ歩み寄っていくムウの姿が映った。
「で、これは?」
(げ!?)
 この日マリューの日記帳には、この時ムウの眼前に羊皮紙で記された死刑執行令状が確かにぶら下がっていた、と記された。
「ごらんの通り…民間人です。襲撃があった時に工場区にいたので、私がGに乗せてその…」
 結局操縦を代わってもらってジンを撃退…、と続けようとしたのだが、語尾はごにょごにょと不明瞭な発音に終わった。
 幸い、それに気付いた者は誰もいなかったらしい。
「その少女は、キラ・ヤマトといいます」
 シンジに阻まれて全員の自己紹介はさせ得なかったが、キラの自己紹介は聞いている。
「ふうん?」
(……)
 シンジに興味を持っていないらしいのはまだましだが、依然としてムウの眼前にある死刑執行令状は消えていない。
「彼女のおかげで、ジンを撃退し、最後の一機は守れました」
 実際にはステラのガイアが奮戦したのだが、ガイアはオーブ所属という事もあり、この場で口に出すのは躊躇われた。
 が、結果火種に着火する事になったのだが、マリューは気付いていない。
「ジンを撃退…あんな少女が!?」
 驚いたような口調でナタルが言うのに続き、乗組員達がざわめき出す。
(シンジさん…)
 キラの手が、シンジの服をきゅっと掴んでいる事は、掴まれている本人だけが分かっている。
(大丈夫)
 シンジの手が、キラの手に優しく触れた。
 首を傾げたムウが、
「俺は、この機体のパイロットになるヒヨッコ共の護衛で来たんだが…?」
 ナタルを見やる。
「それが…艦長に着任の挨拶をしている時に爆破されて…」
「そうか」
 頷いたムウが、キラをしげしげと眺めた。
「な、なんですか…」
「お嬢ちゃん、コーディネーターだろ?」
「はい…」
「『なっ!?』」
 コーディネーター、即ちナチュラルとは相容れぬ敵。
 その少女が目の前にいると知った数名の兵士が、一斉に銃口を向けるのと、とある青年の口許に危険な笑みが浮かぶのが同時であった。
 思わず前に出ようとしたトールの肩が引き戻された次の瞬間、銃を構えた腕が八本、宙に高々と舞い上がった。
「さて、少し掃除が必要と見える」
 冷え冷えとした声が響いた直後、ムウの身体が宙に浮き上がり、整備兵を巻き込みながら壁に激突した。
 なお、巻き込まれたのはいずれも、キラとシンジが降りて来た時、何でこんなガキ共がと呟いた連中である。
 
 
 
 
 
(第七話 了)

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