妖華−女神館の住人達外伝
 
 
 
ドクトルシビウの闇カルテ:ツェザーレ
 
 
 
第五話:ザ・ガーゴイル
 
 
 
 
 
「ほう、ミゲルが機体を失って緊急呼び出し(エマージェンシー)を?」
 顔半分を奇妙なマスクに覆った男――ラウ・ル・クルーゼは椅子から立ち上がった。とはいえ宇宙なので実際には浮遊になる。
「いかに強力なモビルスーツとはいえ、正規のパイロットではない機体相手にミゲルが機体を失うとは、やはりそのままにはしておけん。私が捕獲してこよう。アデス、後は頼んだぞ」
「はっ」
 部下に後を任せ、御大が機体奪取に乗り出した頃、キラとシンジは機体を降りていた。
「ヤマト」
「はい?」
「何か…ちょっと高いぞ?」
 GAT-X105 ストライクガンダム――乗っていた二人は呼称など知らなかったが、全長は18メートルある。高さ自体は大した事ないが、乗り込んだ時点では横倒しだったから、結構なインパクトだ。
「大丈夫ですよ。えーと…あ、ほらありました」
「ん?」
 ぱかっと開いた上扉の部分から紐が伸びてきた。
「えーと?」
「だからこれに掴まって降りるんです」
「却下だ。怖い」
「い、碇シンジさん?」
 何がどう怖いのか分からないが、さっきジンに囲まれた時、シンジは微動だにしなかったのだ。
 それを思いだして、キラがくすっと笑った次の瞬間、
「きゃっ!?」
 キラの身体はシンジに抱きかかえられていた。
「大地の成分は一緒らしい。それなら精(ジン)の方がよほど当てになる」
(ジン?さっきの敵機の事かな?)
「じゃ、行くぞ」
「え、行くって…あっ、あのっ」
「降りてから聞く」
 キラの答えは待たず、シンジはキラを抱きかかえたまま宙に飛び出した。思わず目を瞑ったキラだが、さっき自分がこの腕に抱かれて十メートル以上も跳躍した事を思いだした。
(あ、そういえばさっきも…)
 飛んでいる、と言う感触をほとんど感じる事なく、シンジはふわりと地に降り立った。
「キラ・ヤマト」
「はい?」
 シンジは何も言わず、キラの頭をよしよしと撫でた。
(碇シンジさん…)
「ちょっと向こうのパイロットの顔眺めてくるわ」
「はい…」
 そこへ丁度、ステラが紐を伝って降りてきた。
「久しぶりねキラ…」
「ええ…」
(空気重すぎ)
 挟まれる格好になったシンジは呟いた。敵意はないが、結構微妙な関係らしい。
「ステラ・ルーシェ、と言ったな。君があの機体を?」
「ええ。あなたは?」
「碇シンジ。諸般の事情で、あれにヤマトと一緒に乗っていた」
「そう。あなたもコーディ…」
「ん!?」
 シンジが慌ててステラを支える。何を言いかけたのかは知らないが、その身体が前のめりに倒れ込んできたのだ。
「ヤマト!」
 どういう事かと視線で訊いたシンジに、
「あ、あの…ま、前から少し病弱で…」
「なんでそんな娘があんなのに乗ってるか。まったく、どこまでも思考範囲の斜め上を行く世界だな。途中で倒れたら勝利なんて遙か彼方だぞ」
「あの、碇シンジさん」
「ん?」
「ステラは…そんなつもりはないと思います…」
 キラの言葉を聞いたシンジは、うっすらと笑った。
「一応まだ友人感覚はあるみたいね」
「べ、別に嫌いとかそう言う事じゃ…」
「まあいいさ。個人の事情に首を突っ込む程物好きじゃないんだ」
 そう言ってステラの額に手を当てた。
「んー、何とかなりそうかな」
「え?」
「ちょっと治してくる」
「な、治してくるってあのっ…」
 言いかけた時、
「『キラー!』」
 友人達がわらわらと走り寄ってきた。
「皆…無事だった?」
「ああ、あのロボットの…って、あれもしかしてキラが乗ってたのか?」
「う、うん…」
 シンジと一緒だった、と言おうかどうか迷ったキラが、シンジの背中を見た。その視線を感じ取ったのか、シンジがステラを抱いたままくるりと振り返った。
「あー、ステラ!?おいキラ、これどういう事だよ」
「あ、いやだから…」
 言いかけた時、シンジが口を開いた。
「そこのオレンジメガネ、名前は」
「お、俺!?」
「名前はと訊いている」
「サ…サイ・アーガイル」
「ガーゴイルか。次、青いシャツ着た奴」
(ガ、ガーゴイル!?何で俺がガーゴイル?いやそもそもガーゴイルって何だよ!?)
 心の中で激しく突っ込んだが、何故か口には出来なかった。別に強そうでもなく、しかもステラ・ルーシェを抱きかかえて軟派そうに見える目の前の青年だが、何故か抗う事が出来なかった。
 なおガーゴイルとは、背中にコウモリみたいな羽を生やした怪物で、その性能・性格は各地で異なる。元は一応神だったらしいが、悪魔に転落させられる位だから、大した神ではなかったに違いない。 
「トール・ケーニヒ」
「次、そこの亀頭」
(か、亀頭!?)
 何たる言われようかと憤慨したが、ここで正面切って抗える性格はしていない。
「カ、カズイ・バスカーク」
 その名を聞いた時、シンジの表情が一瞬動いた。
「カズィクル・ベイ、と言う名に聞き覚えはあるか」
「ないけど…」
 魔界にいる、とある武人に似ている名のような気がしたが、気のせいだったらしい。
「ならばいい。お嬢さん、名前は?」
「ミリアリア・ハウです…」
「私は碇シンジ。ナチュラルでもコーディネーターでもないが、故あって巻き込まれた」
 シンジの言葉に、サイ達は顔を見合わせた。
「ちょ、ちょっと待ってよ。あんた…い、いやあなたは遺伝子操作を受けているんですか?」
 あんた、と言った時、サイの背を確かに何かが撫でた。正体は分からなかったが、その匂いは――死という名であった。
「受けた記憶はないが?」
「そ、それならナチュラルでしょう。それ以外なんて、人間ならあり得ないですよ」
「ヤマト、そうなのか?」
「え、ええ…出生前に遺伝子操作を受けた者がコーディネーター、それ以外がナチュラルなんです」
「盛者必衰の理をあらわす、か」
 シンジは小さく呟いた。
「え?」
「いや、何でもない。どういう操作かは知らないが、負となるような操作はするまい。さっき、ナチュラルとコーディネーターが戦争中と言っていたな。要するにナチュラルが自分より優れたコーディネーターを妬んで戦争を始めたって所だな?」
「それは…そう簡単に言い切るのは…」
 実際の所そうなのだが、シンジの言い方を借りれば自分、すなわちコーディネーターよりも優れていないナチュラルは、ここに自分の友人としているのだ。
「ナチュラルとコーディネーターの事も知らないなんて、あなた一体何者なんですか」
 今度はトールが訊いた。
「言ったろう?碇シンジ、ただの五精使いさ」
「『ゴセイツカイ〜?』」
「遺伝子操作など受けてないが…ちょっとした悪戯なら出来る。こんな風に」
 シンジが手の平を翳した直後、倒れていた大木が四つに寸断された。
「『なっ…』」
 それを見たキラ以外の者達は、一様に怯えた表情を見せたが、シンジは気にした様子もなく、
「ヤマト」
 キラを呼んだ。
「はい?」
「この娘を治すのと、ちょっと考えないとならない事があるから後は頼む」
「分かりました」
「それからガーゴイル」
「なっ、なんでしょうっ…」
「そう怯えずとも、別に取って喰おうとは思っていない。さっきヤマトが乗っていた機体の中に姉御が、いや軍人が一人ひっくり返っている。脳震盪くらい起こしているかもしれん。仲間達と協力して運び出して、その辺に寝かせておいてくれないか?」
 穏やかな声だが、それは確かに人の上へ立つ者のそれであった。境遇が当たり前過ぎて、シンジが自覚していないだけの話だ。
「りょっ、了解しました!」
 ビシッと敬礼したサイが、仲間の手を引いて機体へ走っていく。
「あっちはこれでよし。じゃ、ちょっと休んできますか?」
 意識の戻らぬステラに語りかけ、どうするのかと見ていたらベンチに腰を下ろし、ステラの頭を自分の足に乗せたのだ。
 膝枕だ。
(あ…)
 自分だっていっぱい頑張ったのに、どうして見も知りもしないステラに、あんな事までしてあげるのか、キラには理解出来ない。
 屋敷の者でさえ、シンジ付き以外のメイド達は未だにシンジを理解しておらず、時々墓穴を掘りかけているのだから、キラに理解しろと言う方が難しかろう。
 ステラの頭を膝に乗せたシンジがした事は、最初に所持品確認であった。ポケットを漁ると、やはり財布しか入っていない。
「携帯も無いと来た。はーあ」
 葉子の膝で寝ていたのだ、当然と言えば当然だが、財布はかなり厚くなっていた。
「?」
 シンジはいつも、紙幣をあまり持ち歩かない。必要ならカードだし、そもそも物欲がかなり薄いからだ。
 無論、自分で財布に“給油”した記憶など無い。
「あれ?」
 三回数えた。
 百五十万円入っている。
 葉子達なら、シンジの思考を知っているからそんな事はしないし、フユノ付きの者達は違う意味でしない――逆さに吊されて火あぶりにされたり、ピラニアのおやつにされたくはないからだ。
 となると誰がこんな事をしたのか。
 ほぼ真横まで首を傾けた時、所在なさげに立っているキラに気付いた。
(ヤマト?)
 こっちに視線が向いていたような気がしたが、今はストライクの方を見ている。気のせいらしいと、再度この世界を考え始めたシンジが、ひょいと顔を上げた。
「…っ!」
 慌ててキラが視線を逸らす。やはり気のせいではなかったらしい。
「ヤマト」
「な、何でもないですっ」
「そうじゃなくて、ちょっと」
 ぽむっと、シンジは自分の横を叩いた。
「はい?」
 とことことやってきたキラを座らせ、シンジがその額に触れる。
「特に異常はないようだが…」
「あの、碇シンジさん?」
「なぜこの娘を膝枕してるか、ヤマトは分かってる?」
「い、いえ…」
「こういう事」
 シンジがキラの手首に触れた直後、そこはすぱっと裂けた。
「あうっ!?」
 みるみる内に赤い血が滲み出してくる。
「で、こうすると」
 二本の指で上からなぞると、傷はすうっと消えた。
「う、うそ…」
「自分の目で見た事位は信じた方がいい。外傷と、軽い風邪もどき位なら何とかなる。単なる物好きで膝枕している訳じゃない」
「別にそんな事は…」
「特に異変はなさそうだが、ヤマトも少し休んでおくか?」
「あの、いいんですか?」
「別に俺が決める事じゃない。ヤマトが嫌なら無理強いはしないさ」
「べ、別に嫌なんて事はないです」
「そう?じゃ、ここに」
 左足にステラ、右足にキラとそれぞれの頭を乗せたシンジが、これでバランスが取れたと、ろくでもない事を内心で呟いたのだが、無論キラは気付かない。
「ところでヤマト」
「はい」
「薄情な知り合いの事はどうする気だ?」
「薄情な知り合い…アスランの事ですか?」
 シンジは頷いた。
「碇シンジさんは…どう思いますか」
「ファーストネームはシンジ」
「え?」
「ラストネームが碇だ。どちらでも、ヤマトの好きな方で構わないよ。フルネームの呼称はあまり慣れていないんだ」
「じゃあえーと…ファーストネームでいいですか?」
「いいよ。で、幼馴染みの話だったね。私ならどうするか、と?」
「はい…」
「物事というのは、幾つかの視点から見る事が必要だ。今回の一件について言えば、そうだな…軍人としてのアスラン・ザラ、そしてキラ・ヤマトの幼馴染みとしてのアスラン・ザラだ。まず、幼馴染みとしての観点からすれば――」
「すれば?」
「論外。いつ二人が別れたかは知らないが、久方ぶりに会った幼馴染みが可愛い娘になって、しかも危険地域にいた。私なら、我が身と引き替えにしても連れ出しているよ」
「か、可愛いって…私は別に…そんなっ…」
 もにょもにょ言ってるキラの顔は見えないが、どういう表情をしているかは、推して知るべしだろう。
「一番大きいのは、火の中に取り残す結果になった事…って聞いてるか?」
「す、すみません、聞いてますっ!」
 慌てて起きあがろうとしたキラの頭を軽く撫でて、
「そのままでいい。多分地球軍の将校が何とかすると思った、と言うのはあの場合全く根拠がない。アスラン・ザラは、こちらが乗り込む前にあの赤い機体に乗り込んだ事は覚えてるな?」
「はい…」
「無論、あそこで機体に乗らなかったとしても、俺がヤマトには傷一つ付けなかったがね。初対面とはいえ、側にいる娘をウェルダンにしたなどとあっては、一生の十字架ものだよ。次に軍人としての行動だ。アスラン・ザラの台詞からして、機体の奪取が目的だった事は間違いない。そして、完全に初乗りだった事もほぼ間違いあるまい」
「どうしてですか?」
「ザフト、とやらの連中がよほど間抜けでなければ反撃を考慮する。無論、こちらが機体を起動させてしまう事も予想はするだろう。だが、さっきのジンとかいう機体はこちらに傷も付けられぬ程度の戦闘能力で、しかも数はいたが他の種類はいなかった。つまりそれしか用意できなかったのだ。このモビルスーツと同等の性能を持つ機体が他にあれば、それに優秀な兵を乗せて投入するのが一番正道だ。それをしなかったのは、単に向こうがあの程度の機体しか持ってなかったって事だよ」
「奪還、と言う事はないんですか?」
「ないよ」
 シンジの細い指が、キラの髪を軽く梳き上げた。キラの肩がぴくっと揺れる。
「ナチュラルがこんなモンを裏で造って、とさっき言っていたろう?これが向こうの物なら、盗んだと指弾しているはずさ」
「そうですよね」
「そ。ただ、初乗りとはいえ構造自体はある程度知っていたのだろうな。そうでなければ乗り逃げは出来ない。知識だけでいきなり動かしたのは大したものだろうが、小型車からいきなり大排気量の車に乗っても、ある程度で何とかなるのと一緒だ。状況からしてここにある機体の数は知っていて、その分の代行運転手を送り込んできたが、一人はやられたという所だろう。結果、こちらに一機残す事になった。いくら有能でも、一人で二機を操縦は出来まい。それとあのアスラン・ザラは、冷徹に目的を遂行出来るタイプではなさそうだ」
「どうして?」
 キラがつぶらな瞳でシンジを見上げる。
 その瞳(め)を見てうっすらと笑ったシンジが、
「屋根を突き破ってきたのではなく、普通に入り口から侵入したのだろう。連中がやってきたルートからして、アスラン・ザラが乗っていった機体は、あのストライクよりも位置は近いのだ。それにヤマトが見た時、マリューの姉御はすぐに反撃出来る状態ではなかったのだろう?」
「ええ、銃を撃つのは無理な感じでした」
「向こうの司令官も、こんな所で殲滅戦を命じるはずはない。機体の奪取が最優先だ。だとしたら、反撃出来ないと分かった時点で一番近い所にある機体に乗るのが当然さ。仲間を撃たれて頭に血でものぼったのだろうが、機体外での戦闘時間が長ければ長い程、敵の新手が駆けつけてくる可能性は高くなるんだ。戦闘では敵の頭を潰すのが最優先、今回で言えばさっさと機体に乗り込んでずらかるって事になる。もっとも、そのおかげでヤマトは幼馴染みに会えたわけだが。な?」
「ええ。でも…アスランは私を置いて行っちゃいました…」
「困ったモンだな」
「はい」
 ふっと笑ったシンジにつられるように、キラもくすっと笑った。
「トドメを刺しに来たのは余分で、しかもヤマトを連れて行く事は結局出来なかった。内部構造が大きく違うとは思えないし、一人くらい積んだ所で動作に大きな支障もなかろう。キラが姉御を庇っていた訳じゃない。だとすればそのまマリューの姉御を片づけて、よいしょとキラを担いで機体に逃げるのが、あの場では良い選択だ。やはり、幼馴染み的にも軍人的にもダメダメだな」
「そう…ですよね…」
 そこへ、
「あの、碇シンジさん。軍人の人、降ろしました。その辺に寝かせておきますか?」
 サイが声を掛けてきた。
「外傷は?」
「指を少し切っていますが、大丈夫です。頭にこぶが出来ていましたから、中でぶつけたものかと」
「そうか、ご苦労」
 鷹揚に頷いてから、トール・ケーニヒとミリアリア・ハウに視線を向けた。
「ガーゴイル」
「はい?」
 サイは普通に反応した。もう、ガーゴイルでやむなしと諦めたらしい。
 ガーゴイルの像を見たら何と言ったろうか?
「トール・ケーニヒとミリアリア・ハウと言ったな」
「ええ、そうですけど?」
「あの二人付き合ってるか、或いは血縁か何かか?」
「一応付き合ってますけど、どうして分かったんですか?」
「そんな雰囲気があった。少し位なら見れば分かる。じゃ、その辺りに寝かせておいてくれ」
「分かりました」
 サイが戻っていった後、
「あの、えーとシンジさん」
「うん?」
「トールとミリーが付き合ってるってよく分かりましたね」
「一応、メイドさんがいる家なんでね。人を見てれば雰囲気が同じかどうか、位は何となく分かるのさ。さてヤマト」
 メイドを雇っていても、雰囲気だけで皆がそんな事を分かれば、ある意味苦労はしないだろう。
「はい?」
「私のつまらん話に付き合わせて悪かった」
「そんな事無いです、最初に訊いたのは私なんですからっ」
「ヤマトは優しい娘(こ)だな」
「い、いえそんな…」
 少し赤くなったキラの頭を撫で、
「どうするにしても、マリューの姉御が起きないと話が進まない。さっきの戦闘で疲れただろう、少し寝ておくといい。私のはまだ、起きた状態で癒せる程にはレベルが高くないんだ」
「分かりました。じゃあ、お言葉に甘えます」
 とはいえ、異性に膝枕されるなど初めての経験で、きっと寝られないに違いないと思っていたのだが、十秒もしない内にすやすやと寝息を立てていた。瞼にかるく触れたシンジの指が影響している事は、言うまでもない。
 マリューをベンチの上に横たえたガキンチョ共が、どうするかと見ていたら、ストライクによじ登り始めた。
 あれだけの目に遭いながらも、そこはやはり興味があるらしい。
「なかなか、順応性の高いことだな」
 シンジが呟いた時、
「あの〜、碇シンジさん」
「ん?」
 背後の声に振り返ると、トールとミリアリアが立っていた。
「どうした?」
「その、あたしとトールが付き合ってるって、キラに訊かなくても分かったって本当ですか?」
「恋人、とは分からない」
「え?」
「ただ、恋人かいとこ系かどっちかだと思ったよ。ヤマトには何も訊いていない。いきなり訊くような話題でもあるまい?君らの雰囲気が同じように感じたのでね、さっきガーゴイルに訊いたところだ」
「そういうのって分かるものなんですか?」
 訊ねたトールに、
「仲がいい、つまり上手く行ってる恋人同士なら、ね。冷えたりしてると分からないけれど」
「じゃあそれって、私達が上手く行ってるって事ですか?」
「ん」
 シンジは頷いた。
「お似合いに見える。仲も良さそうだ」
「『そ、そんな…』」
 二人してうっすらと赤くなり、もじもじと照れているが、その手はしっかりと握りあわされている。
 シンジとの友好度は少し上がったようだ。
「あの、碇シンジさん」
「うん?」
「ナチュラルの事もコーディネーターの事もご存じないみたいでしたけど、どこから来られたんですか?」
「日本。ただおそらくはここと同じ――そして同じではない地球(テラ)から。さっき倒壊した工場があったろう」
「はい」
「膝枕で昼寝していた筈が、気付いたらあそこにいた」
「それって、夢遊病とかで…痛っ!?」
「馬鹿っ、何言ってるのよ失礼でしょっ」
 ろくでもない事を言い出したトールの手を、ミリアリアがぎゅっとつねった。
「夢遊病でも、ナチュラルだのコーディネーターだの、この世界の知識を喪失する事はあるまい?」
 シンジは怒る事もなくふっと笑ったが、
「そ、そうですよね。本当にもう…すみません、失礼しましたっ」
 内心は赫怒しているとでも思ったのか、ミリアリアはトールの手を引いて機体の方へ走っていった。
 
 
 
 それから十五分後。
 目覚めたマリューが見たのは――軍の第一級機密にわらわらと群がり、実に楽しそうに弄り回しているガキ共の姿であった。 
 
 
 
 
 
(第五話 了)

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