集中治療室には灯が点っておらず、暗かった。 カーテンに遮られ、弱くなった月の光がうっすらと部屋の奥のベッドの影を映している。 同じく淡い光を受け、窓際においてある花瓶の花が、ゆらゆらとゆれていた。 ベッドの上では、無惨な姿になったダイナモが静かに横たわっていた。下半身は綺麗に吹き飛び、左半身もぼろぼろで、かろうじてついている左腕も、もう使い物にはならないだろう。 一応応急処置はしてあるようだったが、どちらにしても、原形を留めてはいなかった。 変わり果てたダイナモの姿を、エイリアは黙って見つめた。 生きてはいても、目を閉じたまま少しも動かない痛々しい相棒の姿。 滅茶苦茶をやって、下らない冗談を言って、いつも笑っていた相棒の、この無惨な姿。 胸が、締め付けられるような感覚を覚える。 もちろん、もう少したてば、以前の彼に戻る事はわかっているのだけれど。 これ以上、彼を見ているのは辛いのだと、そう感じる傍ら、側にいたいという気持ちも抱いていて。 エイリアはただ、その場に立ち尽くしたようにダイナモを見つめていた。 「……………ん、…?」 それからどれほど時間がたっただろう。ダイナモが、静かに目を開いた。 ぼんやりとした視線を向けられ、エイリアは少し目を細める。 「……エイ、リア…?」 「…………………馬鹿」 開口一番の不機嫌そうなエイリアの言葉に、ダイナモはそれさえも不自由そうに微かな苦笑を浮かべた。 「…はは、やっぱり、怒ってたか…。」 そう言って笑う声も、ひどく弱々しい。 「…ごめんな?これじゃあ、しばらく職務復帰できそうにねえやな…。」 「そうね。いろいろと作戦に支障が出るわ。」 「…あっはっは、あんたらしいよ。やっぱりそう来るか…。」 ダイナモが少し切なげに微笑むのに、ひどく胸が痛んだ気がした。 わかっている。この言葉は立前。もっと他に言いたい事があるのに、それは出てこない。 そんな自分が歯がゆくて、エイリアは唇を噛み締めた。 「…でも、事後処理とか…あったんじゃないか?…いいのかい、ここにいて。」 何気ない彼の科白に、一瞬ドキリとする。ダイナモにしてみれば、目が覚めた時に、ここにエイリアがいた事が不思議だったに違いない。それというのも、彼女の性格を人一倍よく知っているから、だ。 「…エックスがやってくれてるわ。…それよりも…。」 少々戸惑いながらも、エイリアは冷静さを保って訊ねた。 「不思議なのよ。なんであんた、あそこから脱出できなかったの?」 その問いかけに、ダイナモはゆっくりと窓の方を指差した。 先にあったのは、花瓶に生けられた、小さな花が幾つか先に集まって咲いている二輪の白い花。 エイリアはきょとんとした顔のまま、ダイナモの方に向き直った。 「…………え?………あんた、まさか………」 「…いやあ、折角咲いてたのに、消しとばしちゃうのは可哀相だなあと…思ってさ…。」 「………………………………呆れた。」 「いやね、俺はレプリロイドでしょ。壊れても直せるけど、この花は直らないわけで…。」 「…そう、だけど…。」 さすがに驚いた。 あのダイナモが、こんな小さな花の為に我が身を投げ出した、という事なのだろうか? エイリアが効率主義者である以上、こんな失態を許すはずがない。 …以前の彼女であったならば。 もちろん、彼女自身も特大の雷を落としてやりたい、とは思っていた。 でも、それ以上に強い思いが、それを押し込めてしまった。その思いがなんなのか、彼女は気がつかなかったけれど。 「…可愛い花ね。なんていうか、知ってるの?」 「……ん?……ブーゲンビレア。」 エイリアのその反応に、今度はダイナモが少し驚く。しかしすぐに微笑をたたえ、問いに答えた。エイリアは、生けられたその花を無言のまま見つめていた。 「………一生懸命。」 「………え?」 突然、ダイナモが独り言のように呟いたのに、エイリアは注意を彼の方に戻した。目が会うと、ダイナモは優しく微笑む。 「白いブーゲンビレアの花言葉。」 「一生懸命…。」 「そ。あんたにピッタリだろ?」 「え?」 「その花、あんたの部屋に飾っておきなよ。レディの部屋にしちゃ、殺風景だったからな。」 「…なによ。あんた、まさかこの花は…。」 エイリアが訝しげな顔をする。ダイナモは、そんな彼女に少し恥ずかしそうに言った。 「…あは、女性にプレゼントって、花が一般的だと思ってたんだけど、あんたはこんなモンじゃ喜ばないか?」 「プレゼントって…。」 ダイナモは戸惑った様子のエイリアに、今度は苦笑しながら言う。 「…一年、だろ。今日で。」 「…いちねん?」 「そ、あんたと一緒にミッションこなすようになって。」 エイリアはそう言われて初めてその事に気がついた。はっとした表情になった彼女を見て、ダイナモはやはり苦笑するしかなかった。 「はは、やっぱり覚えてなかったんだ。まあ、いつも一生懸命だもんね、あんたは。」 「…じゃあ、あんた、私にくれる為に…?」 「ん〜………まあ、そうだね。一年丁度でお別れってのも、ロマンチックでよかったかもしれないけどな。」 とんでもないことをさらりと言ってのけた後に、ダイナモはふとエイリアの表情が何とも言えない感情に歪んでいるのに気がついて少し焦りを感じた。 特大の雷が来るか。そう覚悟したものの、彼女の反応はやはり予想外のものだった。 エイリアは僅かに震わせていた肩から力を抜き、溜息と共に静かな口調で言い放つ。 「…こんな時に馬鹿な冗談はやめて。」 「…驚いた、あんた、今日は真に受けないんだな?」 「もう、一年も一緒にいるんだから。」 お互い、自然に生まれてくる笑顔を交わす。何だか、ひどく心が落ち着いた気がした。 「…まあ、その花は、一年分のありがとう、って事だな。でも、それだけじゃ足りなくなっちまった。」 「?」 「いや…その…。これからの作戦に支障を来しちまうお詫びとか…。」 「………それは復帰してからちゃあんと頂くわよ。」 「…とか。俺をあんたが守ってくれた事とか。」 「…私が?」 その言葉の意味が飲み込めず、エイリアは首を傾げる。ダイナモは自分の側に来たエイリアに、囁きかけるように言った。 「…脱出する時、あんたがさ。通信で咄嗟に岩陰に逃げろって言ってくれたよな。あれがよかったんだよ。おかげで上半身はこうして助かったんだ。下半身と動力炉はチィとばかりイカレちまったが、そんなもんは直せるだろ。壊れたら直らない心までは失わなかった。命も失わなかった。…あんたが俺を助けてくれたんだよ。」 「……あんた……」 「奇跡を起こしてくれたのはあんたなんだ。だから、その御礼したい。…ちょいと、目ェ閉じてくんない?」 ダイナモの言葉に動揺し、少し混乱したエイリアは言われるままに目を閉じた。 その次の瞬間。 何か、柔らかい感覚がほんの一瞬、唇に触れた。 「…え、えええ!?」 驚いたエイリアは思わず目を開ける。そして、たしかに自分の唇と、ダイナモのそれが触れあった事を確認してしまった。 苦しげに頭を擡げながら、それでも満面の微笑みを浮かべるダイナモは、顔を真っ赤にしてこちらを見ているエイリアを、満足げに眺めた。 「御礼。」 「ちょ、ちょ、ちょっと!!あんたねえ………ッ!!!」 流石に、戸惑いを隠せなかったエイリアだったが、またもダイナモに雷を落とそうという気持ちは、何かによって押し込められた。 「…もう、直ったら、覚えてなさいよ?」 「おー、怖い怖い。このままずっと寝てようかなー?」 「この際永遠に寝てていいわよ!!」 叫ばれた言葉は激しく、しかしどこか優しく。 エイリアは窓際の花瓶から、ブーゲンビレアをそっと抜き取った。手中にある可愛らしい花を、慈しむような目で見つめる。 「一生懸命。」 自分に背を向けた形になっているエイリアに、ダイナモは静かに、しかし強い口調で語りかけた。 「これから…。その花の名にかけて、一生懸命、あんたを守るよ。俺だって恩も怨みも忘れない男だ。…それに、あんたは大切な相棒、だからな。」 エイリアが振り向いた所に、一つウインクをする。 「これからも、頼んだぜ?」 そんなダイナモに、エイリアは何も言わず、ブーゲンビレアを一輪、彼の方に投げた。ダイナモは何とか右手を動かし、それを上手くキャッチする。 「私もこの花の名にかけて、一生懸命。あんたを見はらせてもらうわ。またこんな失敗されると、イロイロと大変だもの。」 ―もう、こんなあなたの姿を、見たくないもの。 こんな辛い思いも、したくはないもの…。― そう続くはずの言葉は、表には出なかった。ダイナモは、もう何度目ともわからない苦笑を顔に浮かべた。 「…これからもよろしくね、ダイナモ?」 「…こちらこそ、エイリア。」 去り際に、笑顔とともに一言ずつ言葉を交わし、エイリアは部屋を出た。 集中治療室から出た所で、エイリアはドアにもたれかかり、空いた方の手の指で自分の唇をなぞった。 ダイナモの唇が触れてきた時。それは、ほんの一瞬ではあったけれど、たしかに彼が生きている事が伝わってきて。彼の温もりが、とても伝わってきて。 そして、自分の衝動を押し込めたあの感情の正体に気がついて。…つまりは。 ―彼を『愛おしい』と、そう思う心。― 「…弱くなったかな、私も。」 溜息とともに呟かれた言葉。しかし、彼女の顔は穏やかな笑みに満ちていた。 ******* 「もうぅッ!!だから無茶はやめなさいって、いつも言ってるでしょう!?」 「いいじゃんってばさあ、結果オーライなんだから。ホラ、そんなに怒ると、美しいお顔にシワがよっちゃいますよ?」 「誰が怒らせてるのよ!!?あんたは無駄な行動が多過ぎるのよ!!」 そして鈍い音。声にならない呻きとともにその場にうずくまるダイナモ。事後処理があるからと不機嫌そうに部屋へ戻るエイリア。 ハンターベースの、いつもの通りの、ごく普通の光景。 そして、それを苦笑混じりに見つめる、エックスとゼロ。 「まあ、あの二人って喧嘩する程仲がいいってヤツだよね…。」 「だろうな。ほら、しっかりしろダイナモ。」 そして、彼等の助けを借りてそのまま医務室へ直行するダイナモ。これも、いつもの光景。 一方、部屋に戻ったエイリアは事後処理の為、不機嫌そうにパソコンをつつきはじめる。 その殺風景な部屋の一角に、ガラスの花瓶に生けられた白いブーゲンビレアが静かに揺れていた。 …これも、今となっては、普通の光景。 ------------------------------------------------------------------ たならーもさあん!!めちゃめちゃ良すぎですよ!たならーもさんの描かれる淡いラブのダイエイ凄く好きですよ〜v自分も挑戦してみたいです!! たならーもさんって話のつじつまの合わせ方が凄くお上手ですよね。しかもそれがこじつけにならずに、綺麗に流れている。お見事です!!白いブーゲンビレアの花ことばとその花が2輪、それを凄く上手に使われていらっしゃるv しかもチューですよ!?ラブですよ!って言うかこの二人は本当にお似合いですねv大満足です!有難うございました!! |