エイリアが、シグナスに書類を届ける為、司令室に向かうと、扉の中から怒鳴り声が聞こえた。 「総監!!あんな奴、直ちに処分すべきです!!」 どうやら、ハンターがシグナスと口論を繰り広げているようだ。エイリアが扉の前に立ったまま、聞き耳を立てると、シグナスの苦悶の声が聞こえる。 「そうは言ってもな・・・ダイナモは、お前も知っているように謝罪をするといったではないか?」 エイリアの表情が強張る。 「謝罪!?何を馬鹿げた事を!!奴は、我々どころか、この地球上全ての者達を皆殺しにしようとしたのですよ!?」 「しかし、今はそんな事を言っている場合ではない。」 「総監・・・貴方は、一体あの女に何を言われたのですか?ダイナモの保護は、殆どエイリアの独断だったそうじゃないですか。」 黙り込むシグナス。ハンターは構わず続けた。 「もし貴方が、奴の処分をしないと言うのなら、私はこんな組織辞めますよ!イレギュラーの判断基準がいい加減な、こんな組織などね!!」 ハンターはそう言い残すと、扉を乱暴に開け放った。目の前のエイリアと視線が合い、ハンターは吐き捨てるように言い放つ。 「総監にどんな色目を使ったのやら・・・。」 エイリアの鋭い視線にも動じず、ハンターはそのまま姿を消した。シグナスの側にいたニートがそれに気付き、司令室の出口に立つ。 「これで18人目だな・・・。」 ぽつりと呟くと、エイリアは彼を見上げ、静かに口を開く。 「・・・それは嫌味かしら?」 ニートはムッとした表情で、エイリアを見下ろしながら呟いた。 「別に。だが、奴のせいで組織力が低下していっているのは事実だ。」 エイリアが感情を必死で押さえた声で、ニートに詰め寄る。 「貴方達が、彼の気持ちを理解しようとしないからでしょう?彼の声を聞こうともしないから、こんな事が・・・!」 「だが、お前があんな勝手な事をしなければ、これ以上誰も傷つく事も、苦しむ事も無かったんだぞ。」 「止さないかニート!!」 騒ぎに気付いたシグナスが、ニートを止めようとした。しかし、ニートはエイリアの叫びを遮るように激しく反発する。 「貴様に何がわかる!!たった一人の、それもイレギュラーの為に現実から逃げ出し、愛などとくだらん幻想に浸っている貴様なんかに・・・っ!」 ニートが取り乱した自分に気付いたその時。 バシッ!! エイリアの強烈な平手打ちを、左の頬に喰らった。ニートは呆然とした表情で、エイリアを見下ろす。 「・・・そうやって、お前は自分の意見を正当化しようとしているんだな。」 怒りと悲しみに満ちたエイリアの眼が、ニートを捉える。 「与えられた任務をただこなしているだけの、貴方なんかに言われたくないわ・・・それに、私は誰に何を言われようとも、彼を愛している・・・愛し続けるわ。」 「いい加減眼を覚ましやがれ。」 エイリアの言葉を遮るように、別の方向から男の声が聞こえた。アーヴァインだ。 「ニートも言っているだろう。手前のせいで、皆がバラバラになりつつある。あんな野郎をココにいさせること事態、異常な行為なんだぞ。今に薄汚い本性露にして、俺達を裏切るのがオチさ。」 「貴方の言葉なんか聞きたくない!!」 エイリアの鋭い声が、アーヴァインに突き刺さる。だが、アーヴァインは全く応えなかった。それどころか、アーヴァインは更にエイリアに追い討ちをかける。 「そうやって手前も、俺達の言葉に聞く耳持とうとしないじゃねえか。データしか信用しない優秀なナビゲーターも、尻軽野郎の前じゃ淫乱女だな。はっ、いい組み合わせだぜ。」 するとシグナスの怒鳴り声が、雷のようにアーヴァインに落下した。 「馬鹿者!!」 それに驚いたアーヴァインが、シグナスを見上げる。 「お前は一言多すぎるぞ。仮にも部隊を率いる隊長が、まるで子供ではないか!」 「・・・チッ。」 流石に総監の言葉に驚いたのか、アーヴァインは舌打ちをし、その場を去った。シグナスがエイリアの様子を窺おうとすると、彼女は涙を次々と流している。 「・・・シグナス。」 「な、何だ?」 突然エイリアに呼ばれ、戸惑いながらそれに応えるシグナス。 「ダイナモの事・・・貴方、本当はどう思っているの?」 「・・・前は、お前の言葉を信用するのはどうかと思っていた。だが・・・今では・・・共に地球復興させる同志だと思っている。」 「それでも私のせいで、皆がバラバラになっているんでしょう!?ニートから聞いたわ、ハンターの組織力が、低下していっているって・・・!」 「エイリア・・・。」 エイリアは泣きながら、静かに呟く。 「・・・そんなに彼を憎むくらいなら、私は・・・。」 そのまま立ち去るエイリアを、シグナスとニートは呆然と見詰めていた。 「よお、エイリア。」 ダイナモが、部屋に戻って来たエイリアを迎える。エイリアの表情は冴えなかった。 「どうしたんだ急に?」 心配そうにエイリアに問い掛けると、彼女は彼と目を合わせようともせず、そのまま自分の机に向かう。 「なあエイリア、今日は確か・・・。」 そう言って、ダイナモがエイリアの肩に手をかける。しかしエイリアは、そんな彼の手を乱暴に振り払った。 「痛ぅ!?」 かなり強く叩かれたらしく、思わずその手を押さえるダイナモ。何があったのか混乱しながらエイリアを見ると、彼女は素早く机から立ち上がり、彼に言い放った。 「一体何しにきたの?勝手に私の部屋に入らないで!!」 「え、エイリア・・・?」 いつもなら勝手に入っても、優しく笑うだけのエイリアが、突然冷たい態度を取っている。ダイナモは当然の如く何が起こったのか、全く理解できない。エイリアはそんなダイナモの背中を押し、部屋の外へと追い出した。 「出て行って!それと、二度と私の部屋に勝手に入って来ないで頂戴!!」 そう叫ぶと、エイリアはそのまま部屋の扉を閉めた。 「おい、どうしたんだエイリア!エイリア?」 ダイナモが部屋の扉を暫く叩きつづけたが、諦めたのか部屋は静寂を取り戻した。エイリアが、ベッドに身を投げ、嗚咽を堪える。 「う・・・うう・・・っ・・・。」 エイリアが泣き出した事は、誰にも気づかれる事は無かった。 その日以来、ダイナモがどんなにエイリアに話し掛けても、エイリアは彼を完全に無視していた。あまりにしつこいようならば、冷たい言葉を言い放ち、ヘコませる。ダイナモの精神状態は徐々に不安定になり、彼からはいつもの明るさが消えていった。 そんな状態が暫く続いたある日。 「ご指導有難うございました、セクターさん。」 エックスが、黒いボディに黒い髪のレプリロイドに、礼をする。顔は美形だったが、どことなく気だるさを感じさせる表情をしていた。 「ああ。」 セクターと呼ばれたレプリロイドが一言そう言うと、そのままトレーニングルームから去って行った。彼はイレギュラーハンター訓練官「セクター」。見習いハンター達を育成させるのが、彼の仕事だ。だが、コロニー落下事件によってハンターは激減し、彼もまた普通のハンターの一員として、地球復興のために働く事となった。それでも彼は、暇さえ出来れば、エックスを初めハンター達の特訓相手になっている。 「エーックス!」 廊下を歩いているエックスの肩を、誰かが後ろから叩く。なんだろうと振り向くと、そこには明るい笑顔のアルファがいた。 「やあ、アル。」 エックスが微笑むと、アルファがエックスの腕を引っ張り、嬉しそうに笑う。 「どうしたの?」 なんだかアルファは機嫌が良い。そう思いながら、エックスが優しく彼女に問い掛ける。 「えへへ・・・実はね、さっきブルーベリーパイ焼いたんだ。美味くいったから、エックス食べるかなって。他の皆も誘ったからさ、一緒に行こう。」 「本当!?もちろん食べるよ!」 先ほどの訓練で疲れていたエックスの表情が、ぱっと明るくなる。エックスは甘い物が好きだった。アルファに引っ張られるまま、食堂に案内される。 中に入ると、香ばしい匂いが部屋を包んでいた。 「よぉ、エックス!」 見ると、そこには席でくつろいでいるダグラスと、黙ったまま座り込んでいるゼロとニート。そして、先程別れたはずのセクターがいた。 「あれ!?セクターさん・・・確かさっき・・・!!」 驚くエックスを尻目に、セクターは無表情のまま平然と答える。 「そんなに俺といるのが嫌か?」 「い、いえ!!別にそんな訳では・・・!!」 「今から分けるからねー。」 慌てて弁解しようとするエックスを助けるように、アルファが焼きたてのブルーベリーパイを持ってきた。均等に切り分け、一個ずつ渡していく。配り終えると、今度はコーヒーと紅茶を用意した。 「あれ?ゼロは甘いもの駄目なんじゃ・・・・。」 エックスが不思議そうに、ゼロに問い掛けると、ゼロは苦笑いを浮かべながら答えた。 「俺はコーヒーを貰いに来たんだ。コイツが使っているメーカーはいい味だからな。」 いつもアルファと喧嘩しているゼロが、珍しく仲良くしている雰囲気に、エックスは嬉しさよりも、可笑しさを感じた。 「いただきます。」 全員が席につくと、一同は手を合わせ、軽く頭を下げると、ゼロ以外の者達はフォークを片手に、パイに口を運んだ。 「・・・どう?」 心配そうに、エックス達に問い掛けるアルファ。すると、エックスが真っ先に答えた。 「うん、とっても美味しいよ。」 「おお、こりゃいけるぜ。」 ダグラスのフォークを動かす手が止まらない。セクターとニートは何も言わず、ただパイを食べていた。 「あのさ・・・美味しいの?」 セクターが、アルファに真顔で答える。 「ああ。嫁になれるのも夢じゃないぞ。良かったなぁエックス?」 「セクターさんっ!!」 エックスが顔を真っ赤にすると、ニートは静かに答えた。 「不味かったら俺はとっくに帰っている。」 そう言って、ニートは相変らず無愛想のままパイを口に運ぶ。 (素直に美味しいって言えばいいのに・・・。) エックスはそう思ったが、彼の性分を考えてあえて黙っていた。 「なぁ、ダイナモにも渡そうぜ?アイツ、これが好物なんだろ?何だか最近、すげえ落ち込んでいるみたいだしよ。」 ダグラスがそう言うと、アルファは首を横に振った。 「駄目だよ。」 「何故だ?」 セクターが問い掛けると、アルファは静かに笑いながら食べる手を止める。 「ダイナモは、確かにブルーベリーパイが好きだけど・・・それは、あくまで『エイリアさんが作った』パイの話なんだ。」 「何・・・?」 眉をひそめるセクター。エックスがミルクティーをすすると、真顔で皿の上にカップを置いた。静まり返った空気を破るように、アルファがゆっくりと話し始める。 「ダイナモはね、他の人が作ったのは口にしないんだよ。いつか言ってたんだ。『エイリアが作ったパイ以外は口にしない』って。」 「別に、美味ければ誰が作った物でも良いだろうが。」 ゼロがそう言うと、エックスがカップに紅茶を入れながら、彼に語りかける。 「違うんだよゼロ。確かに、ダイナモのした事は勿体無いかもしれないけど・・・一番好きな人が作った物って、特別な意味があるんだ。」 「特別な意味?」 「うん。俺ね、ダイナモの気持ち、今ならわかる気がするんだよ。好きな人がいる、今の俺には・・・。」 「ふぅん、好きな人ね・・・。」 ゼロがちらりと、顔を赤らめたアルファに目をやる。エックスもまた、自分の発言に気付いて恥ずかしそうに下を向いた。 「そ、それに・・・・。」 さっきまでの話題を誤魔化すように、アルファは呟いた。 「ダイナモとエイリアさん、最近喧嘩してるみたいなんだよね・・・。」 ニートの表情が僅かながら変化する。エックスが静かに口を開いた。 「・・・エイリアか。そういえば、ダイナモとエイリア、一体何があったのかな・・・。」 その言葉に、アルファとダグラスの表情が少し暗くなる。だが、ゼロとニートはあまり動じていない様子だった。ちなみにセクターは、もともと表情を変える機能が無いので、 一体何を考えているのか、その顔から読み取る事は出来ない。 「うん・・・ダイナモ、全然元気ないよね。どんなに話し掛けても、全然反応ないし。」 「そんなに酷いのか?」 セクターがアルファに問い掛けると、彼女は首を縦に振って答える。 「そーだよ。耳元で叫んでも、何もしてこないもん。殴っても叩いても効果ないし。」 「あ、アル・・・それじゃダイナモが・・・。」 「お前それ凄い迷惑だぞ・・・。」 エックスとゼロはあきれた表情でアルファに突っ込んだ。するとダグラスが、椅子の背もたれに寄りかかって少し大きな声でこう漏らした。 「ダイナモの奴、相当落ち込んでるんじゃねえか?エイリアの事で。」 するとニートが、素っ気無い表情で呟く。 「あの2人は、今の状態がかえって良いかもしれん。」 エックスとアルファの表情が微妙に険しくなる。ニートは、最後の一欠片を口に入れてぼそりと話した。 「原因は知らないが、アイツらが距離を置く事で、はっきりとした視点で現状を見ることが出来るだろう。今までアイツらは、互いしか見ていなかったからな。」 「ニート、それは・・・。」 ニートは反論しようとするエックスを遮る。 「そもそもダイナモは招かれざる存在だったんだ。なのに、エイリアが奴を保護したせいで、総監は信用を失い、ハンター達はバラバラになりつつある。 くだらない恋愛に現を抜かしている暇があったら、今の現実にもっと眼を向けるべき・・・。」 「それは違う!!」 突然席から立ち上がり、激しい口調でニートの意見に反論するエックス。一同は彼の怒鳴り声に驚き、呆然とそちらを見上げた。 「そんなの間違ってる・・・こんな状況だから、支えてくれる人が必要なんだよ。それを、敵同士っていう理由で否定するなんて、そんなの悲しすぎる・・・!」 「敵同士だから、エイリアは現実を見据えるべきなんだ。誰にも認めてもらえない上に、傷つくだけの恋愛など己の身を削るだけだろう。」 「でもあの2人は、出会った事によって変わった!エイリアは『夢』を見るようになったし、ダイナモは俺達の仲間になると誓った・・・いつまでも憎み合っていたら、前に進めない!!」 ニートの表情が険しくなり、拳でテーブルを強く叩いて叫んだ。 「それはただの奇麗事だ!!現実をよく見ろ!アイツが俺達の仲間になって、何が変った!?他の者達が次々と辞めていって、悪い方向に進む一方じゃないか!!」 冷たく鋭い言葉だが、事実を述べるニートの発言に、エックス達は黙り込んだ。ニートは席を立ち、エックスの後ろを横切る。 「・・・現実を見ようともしない奴に、未来は訪れん。」 エックスの背後で呟き、扉を開けようとしたその時。 「俺達レプリロイドは心を持っているんだ!!ただ流れている時を過ごしているだけでは、意味が無い!」 彼の言葉を無視するように、ニートは扉を開け、捨て台詞のように吐き捨てた。 「・・・そうだとしても、あんな愛など認められる訳がない。」 そう言って部屋を去るニート。しばらくの静寂の後、アルファはそれを打ち破った。 「全く・・・相変らずだねえ、ニートは。」 立ち去ったニートの後姿を見たエックスが、寂しそうな顔で呟く。 「・・・悲しいよ・・・そんなの、悲しすぎるよ・・・。」 「エックス・・・・。」 拳を握り締め、テーブルを叩く彼を、アルファは優しくなだめる。ゼロとダグラスも、腕を組んで何かを考え込んでいた。 そんなやりとりを、セクターはじっと見詰め、一人呟いた。 「傷つくだけの恋愛・・・か・・・。」 |