民間放送開局50年

民間放送が開局して50年になります。
これは昭和25年に電波法が改正され、民間放送が認められたからです。
免許申請は全国で七十数局あったそうです。
その後の調整で統合が行われ、昭和26年4月21日予備免許が下りたのは次の16局です。

民間放送 予備免許局(初歩のラジオ26年6月号による)
27年7月1日  会社名 場所 呼出符号 周波数 アンテナ出力 放送開始日
1 ラジオ東京 東京 JOKR 1130KC 50KW 26年12月25日
2 日本文化放送 東京 JOQR 1310KC 10KW 27年3月31日
3 北海道放送 札幌 JOHR 1230KC 3KW 27年3月10日
4 ラジオ仙台 仙台 JOIR 1250KC 3KW 27年5月1日
5 中部日本放送 名古屋 JOAR 1090KC 10KW 26年9月1日
6 京都放送 京都 JOBR 1140KC 500W 26年12月24日
7 新日本放送 大阪 JOOR 1210KC 10KW 26年9月1日
8 朝日放送 大阪 JONR 1010KC 10KW 26年11月11日
9 神戸放送 神戸 JOCR 1490KC 1KW 27年4月1日
10 広島放送 広島 JOER 1260KC 1Kw 27年10月1日
11 ラジオ九州 福岡 JOFR 1290KC 5KW 26年12月1日
12 西日本放送 久留米 JOGR 1120KC 500W  
13 北陸文化放送 金沢 JOMR 700KC 500W 27年5月10日
14 北日本放送 富山 JOLR 620KC 500W 27年7月1日
15 福井放送 福井 JOPR 740KC 50W 27年7月20日
16 四国放送 徳島 JOJR 610KC 500W 27年7月1日





(上記表の放送開始日は「民放便覧1997/98」による)

日本最初の民間放送の開始は新日本放送(大阪)と中部日本放送(名古屋)と記憶している。
26年12月1日と思われるので、下のラジオ九州の12月1日は試験放送の可能性がある。
ラジオ九州とラジオ東京はほぼ同じくらいの時期で、大阪と名古屋が少し先行した記憶あり。
JOQR文化放送は昭和27年3月31日放送開始。

なお久留米のJOGRは後日 免許返上している。
(経済的事情が原因と思われる)
電波科学26年6月号によると、免許の申請を出したのは、41局で予備免許を4月21日付で受けたのは16社。
この他 姫路 長崎 長野 大田の4局は保留になった。
ABC順に並んでいるはずが歯抜けになっているのはこの保留局の影響か?。

免許の追加
信濃放送(JOSR 1480Kc 500W)  免許の日付は?、27年2月時点では民放のリストにあり。
長崎平和放送(JOUR 1320Kc 500W) 同上

姫路放送(JODR 580Kc 50W)は昭和27年3月7日付けで仮免許。
この局は最終的には実現しなかったようです。


九州初の民間放送ラジオ九州

昭和26年12月1日より電波を出したとラジオ技術27年4月号で報道されている。
でも正式免許は年末でラジオ東京とほぼ同じだったと記憶。

下の写真はラジオ技術 27年4月号のグラビア




ラジオ東京

ラジオ東京は12月17日より定期的に試験電波を出して、24日のクリスマスイブから本格的な本放送に入った。
(無線と実験27年2月号 神田こぼれ話より)
この項 正確なデータ−があれば教えてください。

下の写真は昭和28年3月号のラジオ技術より。
イングリッシュアワーが有名。
バヤリース オレンジなんかの広告をやっていたようだが、定かでは無い。




民間放送開始時のラジオ
昭和20年代初めは並四に代表されるストレート受信機全盛時代でした。
民間放送局が出来ると混信して並四では受信できないと大騒ぎになりました。
この為 昭和25年から26年にかけて、スーパーへの改造が流行りました。
当時のラジオ雑誌にはどうすれば改造できるかの記事が溢れています。
6WC5は高いので、6C6や57をコンバーター管に使った改造が多数でした。
6D6や58のようなバリミューの球は何故か、シャープカットオフの球に比べ感度が低いと報告されています。
この改造の動きは実際開局してみると心配した程では無いので、下火になりました。
またこの改造のスーパーは中間周波増幅の無い方式が多かったのも原因でしょう(感度が低い)。
騒いでいるうちに5球スーパーが当たり前になったせいもあるでしょう。



上の資料は無線と実験の増刊号で、スーパー改造用のキットの紹介部分

この記事はhttp://radio.eucaly.net/siryou/national-supercoil-kit.htmlを参照ください。
他のメーカーからも売り出された。
なお骨董屋さんで購入する時、注意することは、この時代に改造されたラジオが偶にあることです。
歴史の証人としての価値は十分ありますが、ラジオとしての価値は?。
戦前のスーパーラジオと思って購入すると、この時代の素人やラジオ屋さんの改造品でびっくりてな事にならぬように。
世の中 器用な人がいるので、上手く改造されている事も偶にあります。

ラジオ工房掲示板からの転載

下記情報を秋田の佐藤 淳さんから頂きました、参考になると思うので、本人のご了解をえて、ここに転載します。
前後の挨拶の部分は省略させていただきました。

民間放送開局50年、興味深く読ませていただきました。私の手元にもいくつか小さな情報がありますので、お知らせ致します。

・京都放送の放送開始日
 手元のどの資料にも26年12月24日開局となっていますが、この局以前の局についてはみな本放送開始日を開局年月日としていますので、京都放送も27年1月1日とすべきではないか、と思っています。26年12月8日試験電波発射、22日本免許交付、24日開局記念式典と特別放送、25日サービス放送開始、27年1月1日本放送開始、です。

・第1期予備免許で保留になった局のその後
 電波科学26年6月号には「姫路、長崎、長野、大田の4局は保留」と記されていますが、最後の「大田」は大牟田の誤植で、免許申請時の各局の名称は「姫路市営放送、長崎平和放送、信濃放送、大牟田放送」です。資料としては民放連の「民間放送十年史」やNHKの「20世紀放送史」などがあります。保留になった局については26年7月以降再審査ということになり、その結果、信濃放送には26年10月18日、長崎平和放送には26年12月27日、姫路市営放送には27年3月7日に予備免許が交付されていますが、大牟田放送は却下されました。呼出符号は姫路JODR、信濃JOSR、長崎JOURですが、却下された大牟田にもJOTRが用意されていた形跡があります。姫路市営放送は26年9月の工事落成期限がきても完成の見通しが立たず、期限の延期を申請しましたが電波管理委員会で認められず、27年9月19日(20世紀放送史)あるいは9月22日(民間放送十年史)に予備免許が取り消されました。なお、姫路の呼出符号JODRについての出典はNHKの「ラジオ年鑑1953」です。大牟田放送に関する情報をどなたかお持ちではないでしょうか。

・西日本放送(久留米)のその後
 第1期予備免許の西日本放送は、当時の経済情勢などが災いして開局準備が進まず、27年1月29日に予備免許が取り消されますが、その後、九州朝日放送として復活します。その経緯は、28年4月4日西日本放送創立発起人会、4月14日西日本放送(久留米)免許申請、8月18日九州朝日放送創立総会、8月21日九州朝日放送設立登記完了、9月2日西日本放送を九州朝日放送に社名変更申請、9月4日九州朝日放送に予備免許交付(JOIF、1420kc、1kW)、12月25日本免許交付、29年1月1日本放送開始、となっています。28年4月の西日本放送の発起人は予備免許を取り消された西日本放送の発起人と同じ久留米の財界を中心とする人たちで、これが朝日新聞と手を結ぶことによって、開局に漕ぎ着けたものです。

・ラジオ九州とラジオ東京の開局準備
 当時の民放の免許申請から開局までは、次のような手順になっていました。
免許申請→審査→予備免許交付→試験電波発射(試験放送)→審査→本免許交付→サービス放送→本放送(開局)
 ラジオ九州の場合、試験電波発射の年月日はわかりませんでしたが、26年10月4日本免許交付、10月7日サービス放送開始、12月1日本放送開始、となっています。
 一方、ラジオ東京の場合、26年12月7日試験電波発射、12月15日本免許交付、12月17日サービス放送開始、12月25日本放送開始、となっています。ラジオ東京はNHKがうらやむほどの50kW送信機をアメリカから取り寄せたまでは良かったものの、別送の真空管がなかなか届かず、これが到着してから開局までは非常に慌ただしかったということです。試験放送やサービス放送の詳細まではわかりません。

・民間放送16社の発足(画像)
 これはたぶん電波科学26年6月号のコピーだと思いますが、原稿の締切りの関係で送信所や演奏所の所在地のデータが古いのがご愛敬です。予備免許に記されているものをそのまま掲載したのではないでしょうか。かえって歴史的な価値があります。例えば、ラジオ東京の演奏所は免許申請時には未決定で、まず日劇と交渉、次に帝劇、最終的には、本社ビル完成まで毎日新聞新館に一時的に設けることで落着しました。ここには毎日新聞が開局を目指していた「ラジオ日本」(現在のラジオ日本JORFとは別会社)の演奏所がすでに用意されていたのですが、朝日新聞・読売新聞の両者が同意を渋ったために、難航したものです。

下記の情報は梅田(南極老人星)さんからいただきました(平成16年4月6日)。
東海ラジオになるまでのラジオ三重の略史です。
1953年3月1日ラジオ三重発起人会
1953年8月1日予備免許(860KC、出力500W)
1953年10月6日アンテナ工事完成
1953年11月22日演奏所竣工
1953年11月24日試験電波発射
1953年11月30日本免許交付
1953年12月10日正式開局
1956年7月7日昼間のみ出力1KW許可
1956年10月1日昼夜1KW出力許可
1956年12月10日社名を「近畿東海放送」に変更
1960年4月1日「東海ラジオ」となる。


東海ラジオになるまでの岐阜放送の略史です。
1953年12月20日岐阜放送発起人会
1954年5月15日予備免許(1460KC、出力100W)
1955年2月9日試験電波発射
1955年2月24日本免許
1955年3月10日本放送開始
1956年10月1日1KWに出力を増力し、社名を「ラジオ東海」と改名
1960年4月1日「東海ラジオ」となる。

津田 孝夫さんのカード

三重県の津田さんからカードの写真提供をいただきました。
掲示板に書いていただいた内容も合わせて紹介します。
(文章は一部のみです、原文は掲示板をご覧ください)

民間放送が始まった頃、せっせとカードを集めました。
しかし残念なことに全局は集まりませんでした。
当地には以前ラジオ三重JOXR、隣の岐阜県にはJOOF岐阜放送がありました。この2局共1960年に消えました。
この経緯について書かれた記事があり、概略をお知らせします。
JOXR,JOOFは共に1KWの県域放送局で名古屋のJOAR,10KW局には営業的に対抗しきれない。
そこで両局が合併して名古屋へ移り、東海ラジオJOSF、10KWになりました。
JOXR,JOOFはJOSFの開局前夜に廃局になりました。その後岐阜県には新しく岐阜放送JOZFができました。
JOXFの浜木綿と海女、JOOFの鵜飼いの鵜のカードも貴重品になりました。

JOAR  JOER  JOIR   JOBR  JOFR  JOJR  JOCR  JOGR JOKR  JODR  JOHR JOLR  



JOMR JOGR JOVR    JONR JOSR JOWR  JOOR JOTR JOXR  JOPR JOUR JOYR    



JOZR JODF JOIF   JOAF JOEF JOJF  
JOBF JOGF JOKF   JOCF  JOHF JOLF 




 

JOOF JOUF JOYF JOHE  JOPF JOVF JOZF JOHO 
JORF JOWF JODO  JOSF JOXF JOSE
 




JJ2KZは日本短波の実験放送
JOJKは当時NHKの一部でもカードを発行したのもの。

放送局からの距離と受信の電界強度についてもご覧ください。




2001年10月10日
2001年11月2日一部追加とラジオ九州のコールサインの間違い修正
2001年12月1日
2002年4月21日 信濃放送JOSR 長崎平和放送JOUR 姫路放送JODRを追加。 
2002年5月14日 橋本剛さんの情報により放送開始日を追加しました。
2002年9月23日 秋田の佐藤さんの情報を追加。
2002年9月30日 津田さんのカードを追加。
2002年10月2日 津田さんのカード写真を大判に変更。
2002年10月4日 修正
2003年11月30日リンク追加。


2006年7月3日よりカウント

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