HANOI Vietnam  

11月16日 (日曜日) 晴れ
  次にAOLが何処で繋がるか不安なので、日記のアップやメールに時間をさく。
11時にチェクアウト。電話など、使用していない料金について多少モメルが、外務省の柴崎さんもガイドのエークもいてくれるので、対応がとても楽だ。タイ航空から連絡が入り、飛行機の時間が遅れるらしい。が、バンコックでの乗り換え待ち時間が多少短くなるだけで、問題は無さそうだ。こう言うことを全て、独りで対応していたことを考えると、ぞっとする。人に頼れることの安心感と、独りで責任を背負い込んで行くことのシンドサを今更ながら改めて考える。

19:45 Hanoi 到着。大使館の竹ノ内さん、迎えにきていてくださる。荷物も全て無事。
空港から車線の狭い高速道路を市内へ。道路の周りは真っ暗。追い越しをかけるとき、対向車がいても平気で対向車線へ飛び出して行く、正面衝突しないことが不思議…。街中では、オートバイやら歩行者やら、ギリギリですれ違う。クラクションを派手に鳴らして…。何度も息を呑む。ベトナムだけは絶対に運転をしたくない。

ホテルから見た町並み 道路風景 道端の自転車修理?

Hotel Nikko Hanoi はJAL 直営のホテル。ベトナムで最高の内装とサービスだろう。細かいところまで、実に行き届いている。とりわけ私には浴槽が深いのがとても嬉しい。膝小僧を出さずにお風呂に入れる気持ち良さ…。贅沢、贅沢。

17日 (月曜日) 曇り
 ベトナムの朝は早い。まだ薄暗い6時前から、クラクションの音がひっきりなしだ。その音に混じって、何処からか雄鶏の時の声も…。部屋の窓から、ホーチミンまで行っていると言う鉄道が見える。踏み切りで、バイクやバスが渋滞しているのも見える。高層ビルも点在するが、多くは5階以下の細長いビルで、デザインも中々凝っている。屋上には大きな銀色の水タンクが…、給水事情があまり良く無いらしく、水タンクは必須だと言う。何故かビルの屋根も三角のトタンが多い。屋上に先祖を祭る祭壇のようなものを作っているからなのかもしれない。道路をミノ傘を被りピンクのシャツを着て、天秤棒を担いだ物売りのおばさん(おねえさん?)が歩いていく。 「混沌としたエネルギーor 混在感」 これがベトナムの最初の朝の感想。「Good Morning Vietnam!」

三角のトタン屋根 高層ビルも 線路と渋滞が見える

 9:50 AOL の接続に手間取り、ビジネスセンターやら、フロントとの連絡に追われていると、大使がお迎えに来ていると、電話。慌ててロビーに下りる。大使では無く参事官の山口さん、お待たせしてしまった。大渋滞の道を児童宮に向かう。
10:00 児童宮で打ち合わせ。大きな小学校みたいなところ、立派な劇場もある。ただし全てが子供のために作られており、椅子などもサイズが小さい。1973 年に建てられたと言うから、ベトナム戦争真っ只中の遺産だ。戦争中にこんなものを作っていたとは…、文化に対する民度の高さに驚き、感動する。明日、万一雨の場合はここでやることになる。
2000人、客が来る、野外ステージは徹夜で作る、と言う。そんなに来るなら、ステージは必要だ。
11:30 近くの屋台が沢山出ている所を覗きに行く。観光イベントらしい、東京都の「江戸400年」テントもある。せっかくだから、こう言うものと少しリンクすればいいのに…。

児童宮で山口さんと 児童宮の劇場 米のうどん、ホー

12:30 ベトナムのうどん”ホー”の店で昼飯。美味い!有名な店らしい。竹ノ内さん、ずっと我々に同行してくださる。まだ若いお嬢さんだが、ベトナム語を専門に勉強し、研修員としてこちらへ来てから3年、来年からは正式な職員になるらしい。タイの柴崎さんといい、こう言う方々が日本の外交を最前線で支えているんだな…。昨日アフガンで国連の女性職員が殺されたこともあり、国を背負って異国の地で生きる若い女性達の頑張りに、エールを送りたい。
13:15 旧市街の楽器屋へ。太鼓やら民族楽器が所狭しとならんでいる、同じ店かと思ったら、小さな店が軒を連ねて何軒も。公演用に念願だった”ドラ”を買う。買い物は全てドルでOK.。華子さん、相変わらず楽器を選びまくっている…。
14:30 待ち合わせ時間にKaja が来ない。彼は時間に几帳面なので、迷子にでもなったかとちょっと心配するも、単純に買い物に没頭してしまったらしい。
一旦Hotel に戻り休憩。どの国でもTV でNHK の日本語放送をやっている。「木枯らし一番がふいた。」コートを着て寒そうに歩く東京を見る、Tシャツ一枚でベットに横になりながら…。「アルカイダが、日本を標的に名指しした。」イスラムの多い、在外公館は緊張しているだろう、次はマレーシアか…。
19:00 大使館主催夕食会。有名なレストランで。客は、欧米人か中国人。

ドラを購入。荷物が増える。
旧市街地の楽器屋さん 有名なレストランで夕食会

21:00 水上人形劇。最近は毎年のように日本に来る水上人形劇だが、10年以上前、始めて彼らが日本に来た時、私と山本は、日本側スタッフとして働いたことがある。だけど、人形劇の劇団も沢山あるから…、劇場の前まで行って「UNIMA」と言う看板を見て思い出した。そうだ、まさにこの劇団だ。山本は数人の顔を覚えているらしいが、私は全く思い出せない。再会を喜びたいが…。

18日 (火曜日) 雨のち曇り

 朝、「客集めのために、何処かで何かやりましょう!」と提案の電話を入れるも、今更どうしようも無いようだ。
午前中は暇なので、市内を歩こうと外へ出ると、あいにくの雨だ。露天でカッパを買う。大きくわきが開いて留められるようになっている、バイクに乗るためだ。さらに、首が二つある、二人用のものもちゃんと売られている。
 Hotel からちょっと離れた、市場を見に行くことに。外観は近代的なビルのようだが、中へ踏み込むと、凄い。アメ横の細い路地店をもっと猥雑にした感じ。それでも雑貨は雑貨、衣類は衣類と売り場が分かれているようだ。その細い路地をクラクションを鳴らしバイクが抜ける。
 とりわけ食料品売り場(?)は凄い。野菜・果物は勿論、生きたカニ・海老・なまずなどの海産物、豚の頭・豚足、内臓などの肉類、そして鶏・ハト・ウサギ等が小さな籠に押し込められもがいている…。面白かったのは、偽札やら、紙で出来たネクタイ着きのシャツを売っている店があったこと。おそらく葬式などで使われるのだろう。

市場内の大通り 鶏・ウサギ・ハトなど 偽札・偽シャツ?

 ベトナムに来て驚いたことは、女性が実におしゃれなこと。私は好きでは無いが、茶髪も随分いる。綺麗なアオザイを着てハイヒールを履いた美人が、バイクに乗っている。生地屋にはビーズを散りばめた凝ったのや驚くほど発色の良い布地が、山と並んでいる。売り子のお姉さん達も実にカッコいい。ジーパンの種類や量も半端では無い。日本であれほど沢山のジーパンを置いている店を私は知らない。

アンさん・ビックさんと 自分の子供のよう

2:30 児童宮に搬入。児童宮とは、どうも大きな塾のようなところらしい。通訳のアンさんから聞いたところによると、ベトナムの子供は朝7時から5時まで学校に行き、さらにその後、こう言う塾等で、英語や芸術などを勉強するらしい。
徹夜で作るとビックさんが言っていた舞台、確かに出来ているが、床はガタガタ、ステージに上がる階段も怪しい。お客が2千人も集まると言うので、舞台を作ることを黙認したが、本当に必要なのだろうか…?
PA セットなど返しスピーカーまで用意してくれるが、調整に手間取る。シンプルでいいのに…。ビックさんが日本から持ち帰った、童謡のテープをBGM としてかけてくれるが、これが煩い。何せ音量がロックコンサートのようなのだ。「犬のおまわりさん」を…。 打ち合わせにも差し障る。好意は十分判るのだが…。どうも大道芸と言う認識に隔たりがあるように思えて仕方ない。恐らく、日本人の担当者も良く判っていないのではないだろうか。”小さな子供達のため”と限定して考えられているようだ。それならそれで、対応はできるが…。
 突然、美人の女性が二人やって来る。TV か何かの取材かと思ったら、検閲だそうだ。書類提出を求められる。書類なら何も当日来なくっても…。社会主義国ベトナムの一面を見たようだ。竹ノ内さん、書類作成のため慌てて大使館へ戻る。

正門から舞台を見る 観客は皆真剣に 哲が太鼓を担ぐと

リハーサルをしていた時は結構人が集まっていたが、7時を過ぎても客は殆どいない。心配していると、竹ノ内さん「5分10分過ぎると集まりますから。」うーん…?そのための、挨拶と儀式が冒頭にあるそうだ。
7:30 やはり客はいない。10分遅らせると連絡。検閲は問題なさそうだ。
7:40 挨拶、始まる。まあ300人くらいはいるかな…?
7:50 山口さんの挨拶の最後に被るようにスタート。客席後ろのバルコニーのような所を使い、2階外廊下から階段を降りる。会場は大盛り上がりだ。客をあつめるため正門の方へ行ってくれと指示があったが、正門へ向かうと舞台前にいた客まで移動してしまう、予想とおりだ。慌てて舞台へ戻る。
21:10 公演は大成功。客席はわきに沸いた。人数も最終的に500人くらいは集まったようだ。でも、2000人は?この人数なら大げさなPA や舞台は必要なかった。その方が、もっと交流を作り出せたのに…。
それでも、皆さん大喜びだ。片付けをしていると、握手やらサインやら求められる。一人の日本人女性が「偶然とおりかかって、感動した。」とわざわざ言いに来てくれた。大使館の方が「皆さん、ビールを!食事は?」と誘ってくださる。勿論、昼から何も食べていないし、何より喉がカラカラ。喜んでお付き合いすることに。慌てて汗を拭き、片付けを急がせる。着いた先は、何とドイツレストラン。僕らが普段飲むベトナムビールの10倍近い値段の美味しいビールをたっぷり堪能。何と贅沢な…、お礼を言おうとしたら、「では割り勘で!」だって。「ゲッツ!」一気に酔いが覚めた。

19日 (水曜日) 曇り
 疲労が溜まっている。昨日発見したサウナに入る。こう言う贅沢が日系Hotel の魅力。Hotel だと$20もするマッサージが$5 であると聞いて、Hotel 裏を探すも見つからず。街をぶらつくことに。

GA HANOI オートバイの洪水 道端の床屋

Haoni 駅へ行って見る。駅はGa と言うらしい。ちなみに鶏肉も、Ga、ベトナムうどんの”ホウ”を頼むと、牛にするか、鳥にするか尋ねてくる。私は大概 Ga。
色々なお店が実に沢山あるが、どこも暇そうだ。私が通ると、寝ていた伯母さんが跳ね起きて、見て行け、買って行け、と手招きする。街頭床屋のおじさん(右上写真左の緑服)が、私の不精ひげを切れと手振りで誘ってくる。客なのか従業員なのか、皆暇そうに路上将棋をしている。マシンガンを持って、綺麗な緑色の軍服を着て暇そうにしている軍人に、写真を撮って言いかと尋ねたら、怒られた。
スーパーを見つけ、ビールを買いHotel で飲もうとしたら、籠のついた自転車をひいたお姉さんの回りに、おじさん達が集まって何か食べているのを、トモコが見つけた。どうももち米みたいだ。試してみることに。オレンジ色のついたものを2000ドンで結構な量をくれた。食べてみるとほんのり甘く、美味しい。ベンチに座って、早速ビールの摘みに。お姉さんも嬉しそうだ。自転車を引いて話しかけてくれる。でも全然何を言っているのか判らない。それでもニコニコ。ベトナムが益々好きになる。あの籠一杯のお餅を売って、いったいいくらになるのだろう?20円が100人に売れて2000円…、清貧と言う言葉を思い出した。あまり嬉しいので、他のオバさんのも買ってみた。揚げたお餅。これも美味しい。でもこの人は無愛想で、値段も怪しい。何処の国にも色々な人がいる。

無邪気な子供達 子供達が集まって来た 楽屋にも…

客席は青いプラスチックの小さな椅子を並べている。子供のためなのかと思っていたが、道端のお店や”ホウ屋”でも、こんな椅子を使っている。必ずしも子供用というわけでも無さそうだ。
鞘抜、客寄せも含めて三味線のリハを。だが、人はまだ少ない。彼は誰にでも気さくに声をかけ、直ぐ友達になる天才的コミュニケターだ。最初は遠慮していた子供達も、楽屋にまで入って来た。彼の人柄は、この旅を明るく支えてくれている。
7:30 子供が随分集まって来た。椅子はほぼ埋まり、大人は立ち見だ。ビックさん張り切って、子供達に号令をかけている。
七福神チンドンのスタート。今日はバルコニーは”テコンドウ”の授業中だ。その生徒達が出番を待つ私達に”お菓子”をくれる。どうも他の教室も授業を終えてはいない。昨日のリハーサル時から気になっていたのだが、授業中にこんな大きな音を立て、大騒ぎしていいのだろうか…?とにかく私達が出て行くと客席は大騒ぎだ。
舞台へ登場する。ビックさん、また何か怒鳴っている。多分興奮している子供達を落ち着かせようとしているのだろうが…。
七福神の説明をしていると、舞台上に花束を持って上がってくる生徒…。ウン、何だこれは…?

子供の太鼓と共に三味線 子供はびっしり バルコニーにも鈴なり

ビックさんは、マイクで怒鳴りまくり、先生達は子供達をおさえようと飛び回る、花束は変なタイミングでくるし、舞台の集中力がちょっと欠けて来る。それでも1000人を超えただろう客は、大盛り上がりだ。大歓声の中で終了。握手責め、サイン責めで、後片付けも出来ない。皆スター気分だ。

終演後、汗を拭いて片付けをするとほぼ10時を過ぎる。勿論夕飯は食っていない。ハラペコで喉もカラカラだ。店が閉まってしまうと言うので、せめてビールだけでも買ってきてもらうことに。
市内にトラックが入れないらしく、バン2台で荷物と人間を運ぶが、一度では無理、ピストン移動になる。とにかくホテルへ荷物を搬入。明日は、9時に出発だ。
買ってきていただいたビールで、前半最後の夜を打ち上げる。ふと、外を見るとローカルの店がやっている。皆でそこへ繰り出すことに。ホテルの直ぐ裏の小さな店。それこそ子供用の小さな椅子に座り、ビールと”ホウ”で乾杯。これで少し落ち着いた。

20日 Malayshia へ