6月1日土曜日 晴れ

 早朝からひたすら大箱を待つ。日記を書き、葉書を書き、メールのチェックをし…。フランスがセネガルに負けたらしい…。阪神はまた首位に返り咲いたようだ…。コンビニの弁当に人間の指…。TVではインドとパキスタンは既に戦争状態だと…。「料理の鉄人」を英語に吹き替えてやっている。 待つ…。 9時を過ぎても何の連絡も無い。
 9:30 A.P.P.の僕らの担当になったGraham から電話。「今朝は箱は来ない。チェックを受けている。どんなに早くとも午後3時過ぎになる。おそらく今日のパフォーマンスは全てキャンセルするしかないだろう」と。
 その旨を皆に連絡。3時半までは自由行動。私はチェックと言う言葉に引っかかる。もしあの箱を本当にチェックしようとすれば、全てのものを一旦外に出さなければならない。それを再パックすることは僕ら以外絶対に不可能だ。ましてや壊れ物や紛失しそうなものも沢山入っている。我々の誰かがチェックに立ち会う必要がある。もう既に手遅れかもしれないが、積みこみ担当のクスには待機するよう伝える。箱が開けられて無茶苦茶になった状態を想像してしまう。
 10:00 Graham やってくる。箱はCanada のVancouer にある、と。カナダ!何故?私はてっきりPortland の何処かだとばかり思っていた、それがバンクーバー!!彼が連絡をとっているのは、バンクーバー空港の荷物会社らしい。その担当の女性は、全て上手く行けば11:30 の飛行機に乗せて午後にはPortland に、と言っているらしい。私が再パックは不可能であり、立ち会う必要があることを伝えると、直ぐに携帯電話で連絡をとってくれる。私と話しながらも、電話連絡ひっきり無しだ。
 箱は無事で多分開けないだろうと。と言うことは、何のチェックなのだ?まあとりあえずは良かった。彼は悲壮な決意の顔で言う「11:30 の飛行機にはまず無理だ。自分がトラックを運転して箱を引き取りに行くことになるだろう」と。片道8時間だそうだ。積みこみの時間なども考えれば往復で20時間近く、午後直ぐに出発して明日の朝帰ってくる計算だ。「コーヒーをがぶ飲みしながら運転するから大丈夫だ。僕の運転は早いし」なんてことを言うが…。私も一緒に付き合いたいが、そんなことをしたら明日のパフォーマンスも出来なくなってしまう。
 電話連絡ひっきりなし。その合間を縫って酷い英語で会話…。タイミングも理解も難しい。紛失している宮太鼓のことを尋ねると、「それはもう着いている。昨夜このHotel に運んだ」と。何だ、早く言ってくれればいいのに…。テツを直ぐとりに行かせる。「ありました!」顔面に笑みを浮かべて太鼓を持ったテツが帰ってきた。カバーを外しチェックしようとするも、既にチャックは壊れている。太鼓にも傷がついている。ああ…。この太鼓は明響楽器さんがスポンサーになってくれているもので、ソフトカバーで大丈夫と言われ持ってきたが、やはり無理だった。音は問題無いから、パフォーマンスは大丈夫だが…。
 などとやっているうちに、彼はカナダを往復しないですむようになった。向うの会社がトラックでこっちへ送ってくれるらしい。ただし$600 とか言っている…。会社の上司などとまた連絡激しい。それでも悲壮感は消えた。カナダから米国への荷物入国チェックも、土・日だから特別の手を使うらしい。裏道は何処にでもあるものだ。
 結局、今日のパフォーマンスは全てキャンセルに。つまり僕らは一日、自由行動。とても喜べる状況ではないが…。
 Graham と話をする中で”イチロウ”の話になり、野球は好きかと聞くので大好きだと答えると、それでは今夜、野球を見に行こうと。メジャーはチケットが取れないがAAA なら見れると、願っても無い申し出。英国の理解に教会が不可欠のように、アメリカの理解には野球でしょ、やっぱり。それもTV では絶対に見られないマイナー。6:30 に再会を約束して分かれる。

yakyuujyo. 昼間はそれぞれ、買い物やら市内見学に出かけた。小さな街で、めぼしいところは殆どHotel から歩いていける。その上、路面電車もバスもダウンタウンのエリアは全て無料、これは便利だ。
 づっと集団行動だったから、やっと羽を伸ばせて皆それぞれ開放感を楽しんでいるだろう。私もとりあえず、思い悩むことは止めよう。川沿いをぶらぶら歩き、市場を探索し、大道芸人の芸を楽しませてもらう。
 6:30 Graham 友人を連れてやってくる。一人は多分"彼女"だろう。
 歩いて球場へ。10分も掛からない。日本でも野球場なんてもう何年も行っていない。何だかワクワクする。

Graham の友人達と バーベキュー・シート 勝利のウェーブ

 入場には持ち物チェックがあり、一切の飲み物・食べ物が持ちこみ禁止らしい。アオイは買ったばかりのお菓子が没収され、不機嫌に。スタンドに足を踏み入れると、真っ先に煙が眼に飛び込んでくる。なんと一塁側のファールグランドに大きくせりだして、バーベキューシートが用意されているのだ。この臭いが食欲をそそる。観客は結構入っているように見えるが、座席数の4分1くらいか…?それでも閑散とした感じは無いし、前のシートに足を投げ出したりして、夫々がくつろいでいる。ビール、バーガー、チップスは、勿論つきものだ。
 7時からのナイターだが、実際に陽が沈むのは9時近くで、陽に輝く緑の芝生での試合、これこそ野球グランド、子供の頃良く行った神宮球場を思いだした。
 僕らが買ったチケットは$5。 $7 出せばもう少し前か、あるいはバーベキュー・シートだったのかも知れない。Portland Bervers 対 Tacoma Rainiers ビーバーとトナカイのようなヌイグルミが、色々やっていたから、Rainiers と言うのはトナカイと関係あるのかな…?
 試合は投手戦の様相で、地元ビーバーズが3回の裏に2塁打とタイムリーで奪った1点差が7回まで続き、途中3塁ランナーや満塁の危機に陥りながらも、継投で相手を無得点におさえ、さらに効率良く追加点を取り、ビーバーズが勝った。地元贔屓は極端で、1塁側も地元ファン一色。勿論僕らは、即席ビーバーズファン、明かなアウトもセーフ、セーフもアウトとやじり飛ばし、近くにいる子供達と直ぐに友達に。観客自身が試合のストーリー作りを楽しんでいるようだ。所詮、1球1球の判定の正確さなど、観客席からは判らないのだ。そんな詳細に拘るよりも、大らかに仲間意識を楽しむ、そんなところだ。攻守の交代時にはシールを投げるおじさんが現れたり、マスコット人形をくれたり、試合に集中させるよりも、いかに飽きさせないかに気を配っているようだった。盗塁、盗塁捕殺、ダブルプレー、後ろ向きのランニングキャッチ、果敢なキャッチャーフライ、満塁の危機、そしてホームランと野球の面白さを存分に堪能させてくれた。
 勝利の余韻に酔いながら、この夜はRoze Festival のパレードを見学。盛大な催しだ。箱が間に合えば、このパレードにも参加できたのに…、と思ったとたん一気に現実に引き戻された。

2日日曜日 晴れ
 8:30 には大箱が届くはずだ。昨夜Graham が最終的に確認した。早朝からそわそわと落ち着かない。8:30 きっかりにロビーへ下りると、トモ子が椅子に腰掛けて外を見ていた。道路にはタツヤがコヒーを飲みながら…。一言声をかけて部屋へ引き返すと、電話が鳴っている、慌てて受話器をとると、テツが「まだですか?」 皆、落ち着かないのだ。
 9:00 Graham から電話。「Bad news.箱はSeatlle までは来たが、こっちには着かない。10時に上司のChris と一緒にHotel へ行く」と。ガーン!!一体、何なのだ…?
 10:00 Chris が「今日午後には着くと思うが、私はもう何も約束できない。こんな酷い話は始めてだ」と。結局、詳細な理由は、私の英語力では判らない。Chris 2才くらいの赤ちゃんを連れている。そうだよな、今日は日曜日だもの…。John はバカンスに行ってしまい、上司のChris が後を引き継いでくれているのだ。クスは、自分の子供を思いだしているだろう。
 何はともあれ食料品の買出しにスパーに行くことに。経費の全てはA.P.P.でみてくれるのだが、現金の授受は一切出来ない。そのためスーパーでの買い物も、指定された店で商品券のようなもので買う。Uwajimaya と言う日本の食材が豊富においてある大きなスーパーだ。貧乏性の私達はつい安くて量のあるものに手を出してしまう。日本酒も調理用に一番安いのを買う。
 スーパーの帰り道、Chris 日本庭園やRose Garden のあるWaashington Park を案内してくれる。うーん、凄い!これぞOregon だ。こんなものが繁華街から歩ける距離にあるなんて…、羨ましい限りだ。Portland に住む日本人が異常に多い理由が納得できる。
 11:30 今日箱が着くのかどうか、着くとしたら何時か、正確なことが判り次第 Chris が電話をくれることに。Uwajimaya で買ったテリヤキ・チキン弁当を昼飯に。久しぶりの日本の味、美味しいが、量が半端じゃない、とても食べきれない。待つことに疲れ、皆昼寝。
 14:40 Chris から電話。「箱は3時半にくる、だから5時からのパフォーマンスは出来る」と。
 15:30 Chris 今度は奥さんも一緒に。16時黄色いバンが現れる、一瞬拍手が沸き起こるも、これはA.P.P.が手配したレンタカー。でもこの車なら、荷物を乗せっぱなしでも安全だろう。
 16:15 やっと白い大きなトラックが。しかも何もこんな大きな車で…!

アメリカでの僕らの足 何でこんなことに… 路上で荷物を

 荷物を確認し、必要なものを部屋へ運び。チンドンやゴロス太鼓を組み立てる。慌てて衣装に着替え、トラックの荷台に乗り込み、Pioneer Cthouse Square に。ここは繁華街の中心にある大きな広場で、インフォーメーションセンターや両替、スターバックスなどがありいつも、大勢の人が集まっている。
 17:30 から約30分 チンドンを。人はそれ程多くはなかったが、受けはいい。でも狭い場所で演奏しつづけるチンドンは、やはりちょっと辛い。ともあれ、初アメリカ・パフォーマンスが、やっと、やっと、出来た!!
 Hotel に戻り、大太鼓の足を組み立て明日からの公演に備える。と言っても明日はいきなり休み の日だ。キャンセルしてしまった美術館でやりたいと申し出たのだが、美術館のDiane さんから直接連絡が入る、それも日本語で。「どうか心配しないでください、キャンセルは貴方のせいではありません。月曜日は残念ながら休刊日です。来週是非よろしくお願いします。」だって。心遣いに涙が出そうになる。Hotel のオーナーAlix が滝を見に行こうと誘ってくれる。彼も流暢に日本語を話す。Portland では日本語を話せる人に驚くほど良く出会う。
 夕飯はうどん、ワカメの酢味噌和え、キムチ。驚いたことに、調理用にと買った安い日本酒「大関」が"無茶苦茶"美味い!Nevada の水とCalifornia rice と表記してある。いつも安酒しか飲めないせいかも知れないが、少なくとも私がこれまで飲んだ日本酒の中で一番とは言わないが、相当上のランクだ。出来ることならお土産にしたいが…。
 「酒は自然の恵み」と改めて強く思い、同時に日本の荒廃を考えざる得ない。日本は水の国だったはずだ、しかしその水をペットボトルで買うようになってしまったのだ。

3日へ