29日水曜日 概ね晴れ、曇り、時々小雨
Tamarside Community College
9:30 学校に向かう。やっと晴れたと思ったのに、車が動き出すとまた小雨が…、でもそれも学校に着くころには止んでくれた。綺麗な大きな学校だ。ここのスタジオがまた素晴らしい。中学や高校でこんなスタジオを持っているなんて羨ましい限りだ。僕らを呼んでくれたのは演劇担当の先生。お陰で演劇教育の具体性についても少し話を聴くことができた。
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| 広い敷地に大きな校舎 | 素晴らしいスタジオ | 200人程の中学生を前に |
子供達は僕らが体操をしている時から興味深々で覗きにくる。音楽を専攻しているクラスを中心に、200人程の生徒を前にワークショップ。斜に構えた感じが無く、とっても好感が持てる子供達だ。久しぶりに獅子舞をフルでやる。途中、参加クラスが変わるため、入れ替わりがあったりもしたが、何とかまとめることができた。
アメリカ移動の一番(?)の問題だった大太鼓を入れる箱を、業者に任せることになり、この学校にとりにくることに。この問題も色々あって、当日も朝から電話連絡やら何やら大変だったのだが。何とその業者の担当がこの学校に通う生徒の父親。といっても今は一緒に住んでいないらしいが…。僕らが出会った英国の家庭は殆どが離婚家庭、これも英国のリアルな一面だ。元お父さんがバンでやって来ると、先ずは娘と熱い抱擁。それから彼が荷物の積みこみ全てに立ち会ってチェックする。うん、きっとこれなら完璧だろう。
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| 必殺、皿洗い隊 | ご近所も集まりVTR鑑賞 | Dabbie さん一家 |
Furank が19日のビデオを持ってきてくれた。隣のDabbie さん家に集まり(大きく新しいSanyo のワイドTV がある)ビデオ鑑賞会。エコーがきつくて音は良くないが、きちんと編集されて立派な作品になっている。今後、営業にも使えそうだ。
30日木曜日 晴れ?
ついに、ついにアメリカ。極東からまさに極西への移動だ。
実は我々はアメリカ入国ビザも持っていない。日本の旅行会社は東京の米国大使館に問い合わせて「ビザ無しでは入国は無理だ。」と言っていたが、招いてくれたPortland
では弁護士の手紙を添えて、これでOKだと…。それでも本当に入国できるのかどうか一抹の不安はあった。Long,
long journey. 今日は一日が32時間もあった。 Ian の家を出てからPortland に着くまで23時間…。飛行時間15時間。事件も山ほど。本当に長い長―い一日だった。
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| まだ真っ暗な空港? | 双発プロペラ機 |
4時 Ian さんの家を出る。4:25 Plymouth 空港到着。が、人っ子一人いない、辺りは真っ暗。道を間違えたかと疑ったほど…。どうも早すぎたようだ。5:30 空港建物のドアーが開く。飛行機の整備ってそんな短時間で出来るのか…?少し待ってチェックイン。しかし手荷物を殆ど持てない、預けざる得ない。何と言っても飛行機が小さいのだ。日本でもこんな小さな飛行機には乗ったことが無い。通路を境にして左右に2座席13列。13という数字は使わないので表示は14だが…。つまり52人しか乗れない飛行機だ。私は12列めに、お陰で車輪の出し入れを目にすることもできたが、プロペラの音と振動が凄い。英国体験にまた新しい冒険が加わった。
| Plymouth - Gatwick British Awys 4002 DHC 8 飛行時間1:45 |
Gatwick 空港では荷物の引き取りが大変だった。とにかく遠い。それでも無事預けた手荷物を回収。衣装の大きなトランク2個と宮太鼓はPortland
まで直接行く、はずだ。ここでDelta 航空に乗り換えCincinaty でもう一度乗り換える。Delta
へのチェックイン段階で既にセキュリティーのチェックが入る。結果的には大した事は無いのだが、武器を持っていないか、荷物は自分で詰めたか、荷物から目を離していないか、と質問が細かく、日常的な質問では無いので、会話が難しい。しかも今度は大きな飛行機だから問題ないだろうと思った手荷物も、さらに厳しい。結局、殆どを預けることに…。ところがこの預けた荷物はCincinaty
で一旦引き取るらしい。Portland まで直接行くと言われた荷物のことが心配になる。しかもこの突然のゴタゴタで私は、大事な書類を入れたままバッグを預けてしまった。
幾つものセキュリティー・チェックを受け、まあ日本人が西海岸へ行く飛行機に、わざわざLondon
から乗ることが珍しく、怪しまれてもしかたが無いのだが…。女性陣もボディーチェックを受け、クスなどは毎回時間が掛かる。飛行機へ乗る最後のチェック、ここでは手荷物のパソコンやカメラの電源スイッチを入れることさえ求められる、皆の面倒をみながら、自分のパソコンを立ち上げたりと右往左往していると、Mr.Shimazaki
と呼ばれる。何と、Portland へ直接行くと言っていた荷物の問題だ、やはり!その矢先、別の偉そうな人間がやってきてパスポートを毟り取るように持っていって、質問を浴びせてくる。もう、頭の中は真っ白になりかかった。幾つかの同時対応を迫られ、それでも何とか切り抜けた。荷物も大丈夫だと言って来た、ただやはりCincinati
で一旦引き取らねばならないようだ。不安はますます高まる。
| Gatwick - Cincinati DELTA 37 Mo-11 飛行時間8:35 |
さあアメリカ入国だ。英国で渡されたカードと飛行機で渡されたカードと…、皆に見せながら書く。同じようなものだから一つでもいいのか、とも思うが…?長い入管の列に並ぶと、先ずおばさんのチェック。親切に教えてくれる。テツとタツヤは一枚しか書いていないことを指摘され、慌てて2枚書く。アオイはボールペンのインクの色が駄目だと…。
私の入国に必要な書類はバックの中なので、クスに渡した分を借りて、7人纏めて申告したいと申し出るが、別の担当官にタツヤが呼ばれてしまう。しかし入管では何を聞かれても曖昧な答えをせず、英語が判らないことを主張せよとPortland のオーガナイザーJhon から言われている。タツヤの担当官は呆れたように書類を放り投げている。結局タツヤ以外は私の後ろに並ぶことに。お爺さんの担当官は仕事は遅いが人は良さそうだ。入管でいつも思うのだが、人間を疑わなければ成立しない仕事を選んでしまった不幸、国家のためと言う大儀を振りかざさなければ、誇りを持つことは難しい。人間の尊厳と国家の矛盾は、まさに現場に噴出してくる。
それでも無事全員通過。やった、アメリカだ。大きな関門を乗り越えた!
ここでバックを受け取るが、やはり宮太鼓が出てこない。係りを探して尋ねると「とにかく、ここには無い」の一点張り、全く他人事で親切さのかけらも無い。係りじゃない人が親切に話し掛けてきてくれて「大丈夫よ、Portland
には日本語を話せる人がいるから。」と…。
乗り換えのセキュリティー・チェックがまた2度ほどあった。靴まで脱いで、女性のハンドバックの中まで丁寧に調べられる。クスとテツはまた引っかかった。免税店を素通りし、しばらく待って飛行機に。最後のチェック。またクスが引っかかった。皆を先に行かせ私は入り口で待っていると、飛行機に入れと促される。仕方なく座席に向かうも、いくら待ってもクスは来ない。乗客はクス以外全員乗り込み、乗務員も離陸の準備を始めた。慌ててスチワーデスにまだ一人来ていないことを告げると、一緒に飛行機を降り、セキュリティーまで行ってくれた。もう既にドアは閉まっているが、そこを開け担当に話してくれる。そして「後数分待てば大丈夫だから」と、私が「彼は英語が話せないから大変だ。」と粘ると、「これ以上主張して出発時間が遅くなると、貴方のせいになるわよ。心配ないから。」と…。私にはどうしようも無い。アメリカの入管で態度が悪く、逮捕されてしまった、ある劇団の役者のことを思いだした。
さらに数分待って、やっとクス現れる。本人はその状況をそれなりに楽しんできたようだ。とにかく…、とにかく…、別のスチワーデスに「やっとリラックスできるわね。」と慰められる。
| Cincinati - Portland DELTA 1983 Boeing 767 飛行時間4:30 |
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| アオイ以外は…。とにかく、とにかく、アメリカ。 |
飛行機の中で飲み物を聞かれ、白ワインを頼むと、後から4ドルを請求された。ドルはないからポンドかカードでと言うと、サービスにしてくれた。これは一体サービスなのか?どうもアメリカの国内便はアルコール類は有料になっているようだ。それは良いことのようにも思えるが…。
荷物は宮太鼓以外は大丈夫だ。何とかJhon とも会える。親切そうな良い感じの人だ。DELTA
の荷物担当に一緒に行ってくれる。担当はパソコンを操作し「スマナイ、荷物はLondon
にある」と…。でも明日には手元に届くようだ。
タクシーに分乗し、Hotel へ。立派なホテルだ。John が私の部屋の冷蔵庫に、お寿司や焼き蕎麦、焼き飯などを差し入れしておいてくれる。私の部屋はリビングも広いので、皆でビールと寿司で夕食。バスにお湯をはり、久々のお風呂。浅くてちゃんとは浸かれないが、それでも風呂とトイレが他人を気にせずのんびりできるのは、欠かしたくない贅沢だ。大箱も宮太鼓も手元にないのが心配だが、なす術も無い。早々と、と言っても英国時間で考えれば深夜なのだが、寝る。
31日金曜日 晴れ
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| The Mark Spencer Hotel | 私の部屋 |
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| 便利な路面電車 | Portland の蟹道楽? |
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| 会議室で打ち合わせ |
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| A.P.P.スタッフと |
10:30 John がやってきてA.P.P (アソシエーション オブ ポートランド・プログレッシブ)
へ案内してくれる。要するにポートランド振興協会と言ったところか。スタッフと挨拶をし、スケジュールを打ち合わせ。とにかく大箱が届かないことにはどうにもならないのだが。明日早朝になったと聞かされる。うーん…。
Rose Festival で川沿いに遊園地や市場が出来、人が沢山集まるので、その人達を今度は街の中に引っ張りだそう、ということらしい。博物館でも”日本祭り”をやっているし、”イチロウ・ブーム”は全米に広がっている、日本贔屓を集客に結びつけるために僕らが呼ばれたようだ。チンドン屋冥利に尽きると言ったところなのだが、Plymouth
でのコンサートの大成功もあり、皆、大きな舞台を期待してしまっていたところがある…。日本にいる時から「Portland
はチンドンが中心だ」と言ってきたこの私でさえ…。
とにかく公演予定場所を見に行くことに。ステージとしてやれるところもあるが、なかなか難しい。とりわけ問題なのは、チンドンがパレードのようなものだと言うことが伝わっていない。街角の狭い場所に留まってチンドンをやっても…。
驚いたことに、僕らのパフォーマンス・スケジュールを中心にした、リーフレットは既に40000枚も配られているそうだ。
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