シュピーリ伝記・資料 ドイツ文学研究者の「L」様から、これまでに出版されたシュピーリの伝記の紹介をいただきました。 もともと資料の少ない作家であり伝記を書くのが難しい前提がある一方、人気作家として読者からの需要は強く、そのためシュピーリの親族によって初期の伝記が書かれてしまったこと。 それが必ずしも実際の作家の姿を描くことにならず、後にその伝記が作り出してしまった「印象」を根拠に作家を批判して、作品の評価を下げてしまう要因になった。という経緯は興味深いです。 日本においても70年代以降、ハイジ以外の作品紹介が途絶えてしまったり、高畑勲監督の数々のコメント、あるいは開催中のジブリ美術館のハイジ展でのシュピーリの取り上げ方(つまり宮崎駿のシュピーリ観)も、この批判を反映しているのかもしれません。 そして90年代以降の新しいシュピーリ像は、まだ詳細に邦訳されたことはありません。 私としてはここに紹介された本のどれか一つでも、できればこのすべてが、だれでも読める形になればと希望しております。 tshp 2006/3/7 凡例: 題名(和訳/原題) 著者(原綴/和訳) 出版形態(出版地/出版社/出版年) +内容説明 題名:ヨハンナ・シュピーリ Johanna Spyri ・最初のまとまった量の評伝 ・著者は20世紀初頭に活躍したスイスの文学研究者。社会問題に積極的に取り組んだことで知られる。(L) 題名:ヨハンナ・シュピーリ――その幼年時代の思い出 *33頁 ・著者はシュピーリの姪 ・本人の親族の証言ということもあり、(シュピーリの姪の娘が書いた下の本と併せて)後世のシュピーリ像に大きな影響を与えた。(L) 題名:ヨハンナ・シュピーリ Johanna Spyri *19頁 ★特に上記二冊は、作品『ハイジ』から逆算して作者シュピーリ像を描こうとする傾向があった。そのためシュピーリ作品の登場人物と作者本人の同一視が進み、『ハイジ』の作者は「幸福な幼年時代」を過ごした信心深い少女だった…というイメージが何十年ものあいだ固定された。その点は現在、真実を歪めたとも批判されている。(L) 題名:自由への道 Der Weg ins Freie *322頁 ★1940年から1960年ごろに出た伝記は、もっぱらそれ以前の伝記に依拠して書かれている。その結果、シュピーリに関する従来のイメージを拡大して流通させることにもなり、それは1970年代以降のフェミニズム全盛期、作家としてのシュピーリが人気を失う一因となった。(L) 題名:ヨハンナ・シュピーリ/コンラート・フェルディナント・マイヤー往復書簡 ・スイスを代表する小説家マイヤーとの交流を記録した資料集。付録として、マイヤーの姉妹宛および母宛の手紙を収録 ・数少ない貴重な一次資料の出版であり、シュピーリ像が大きく転換するきっかけを作った。(L) 題名:家庭年代史 Hauschronik ・女性詩人でヨハンナ・シュピーリの母メタ・ホイサーが書き残した手記。『ハイジ』作者の生育環境の一端を知ることができる。(L) ★ホイサーの詩集は以下の三冊、いずれもLeipzig : Holtze社から刊行: 『隠れた女の歌』(Lieder einer Verborgenen, 1858) 『詩集』(Gedichte, 1863)=上記『隠れた女の歌』の増補版 『第二詩集』(Gedichte. 2. Sammlung, 1867) 題名:ヨハンナ・シュピーリとハイジ Johanna Spyri und ihr Heidi *80頁 題名:「いつかあなたに私の故郷を見てほしい」。ヨハンナ・シュピーリ略伝――『ハイジ』作者とヒルツェル在住の先祖たち 著者:Winkler, Jürg ユルク・ヴィンクラー ・シュピーリの生地ヒルツェルの郷土史研究家である著者が自家出版した伝記 ・当地で暮らしたシュピーリの先祖の系譜も辿っているのが特徴。(L) 題名:ヨハンナ・シュピーリ――その人生の諸断面(をめぐる対話) *144頁 ・シュピーリ研究の専門家ヴィンクラーと児童文学者フレーリヒによる対談形式で書かれている、一風変わった伝記(ただし実際の対談記録ではない) ・半ば伝説化したシュピーリ像を切り崩そうとするフレーリヒの「攻め」に対して、「守り」のヴィンクラー。この構図が緊張感を呼び、読みごたえがある。シュピーリの「幸福な幼年時代」神話に対する批判の口火を切った注目作。(L) 題名 ヨハンナ・シュピーリ――『ハイジ』作者の生涯より 出版:Rüschlikon-Zürich : Müller, 1986 ・作家ゆかりの地の写真など図版を多数収録 ・ヒルツェルという土地への著者ヴィンクラーの愛着が伝わってくる本。(L) 題名:ヨハンナ・シュピーリ――その足跡を求めて Johanna Spyri. Spurensuche *354頁 ・未公開の貴重な資料をふんだんに駆使した、シュピーリ研究の第一人者による伝記。(著者は児童文学者で、キリスト教関係の著作が多い) ・著者がシュピーリになりきって書いた箇所やシュピーリとの脳内対話など、想像力で資料不足を補っている随筆的/小説的なパートが含まれるのに注意。(L) 題名:架空の天空――ヨハンナ・シュピーリとその時代 *382頁 ・シュピーリ本人よりも、彼女が生きた激動の時代背景への目配りを特色とする伝記 ・著者の本名はマルセル・ブルン(Marcel Brun)。チューリヒ生まれの政治ジャーナリストで、シュピーリの遠縁にあたる ・後世での『ハイジ』受容史・出版史にも一章を割き、数値データを挙げつつレポートしている。全体として、比較的平易な文体で読みやすい。(L) ★1980年代のヴィンクラー、90年代のシンドラーとヴィランの努力により、シュピーリ伝記研究は高度な学問的水準にまで押し上げられた。そこでは従来のシュピーリ像が「虚像」「神話」として退けられると同時に、新たな作家像が(時代の要請に合った形で)描かれたと言える。(L) 題名:明るい高み、暗い谷――シュピーリの生涯 *157頁 ・ヨハンナ・スピリの生涯を扱った小説。主にヴィンクラーの伝記研究を資料として使っている ・著者はチューリヒ在住の作家で、心理学者として学校教育に携わった経歴あり。(L) 題名:イカロスの翼の女 Die Wachsfl?gelfrau. Geschichte der Emily Kempin-Spyri *〔 ヘ ゚ ー ハ ゚ ー ハ ゙ ッ ク版〕München : dtv, 1995 261頁 ・シュピーリの夫の姪エミリー・ケンピン=シュピーリ(1853-1901)の生涯を描いた小説。作者ハスラーはスイスの人気作家で、日本でも数冊の絵本が紹介されている ・ケンピンは「ヨーロッパ初の女性法律家」となった人物。この小説は、彼女の業績が国際的に再評価されるきっかけを作った。(L) 題名:ヨハンナ・シュピーリ――美化され、忘れ去られ、再発見された作家 *127頁 ・「新チューリヒ新聞」社/チューリヒ大学/ヨハンナ・シュピーリ文書館が共催した展覧会の記録をもとに作成された本。(ほぼ全ページに図版資料) ・これまでに書かれた伝記作品の読み込みを通じて、時代によるシュピーリ像の変遷を追っているのが特徴。(L) |