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「日本教の社会学」について

 「日本教の社会学」というふしぎな本があります。
 このサイトは、山本七平の研究サイトなのですが、主に取り上げることになるのは、山本七平単独の著作ではなく、社会学者の小室直樹さんとの対談の形をとった共著である「日本教の社会学」となります。

 この本は1981年の出版で、数年前まであまり有名な本ではありませんでした。
 「日本教」とは何か?については、別に解説を試みたいと思いますが、日本に日本教と呼べる「裏返し宗教」のような思想の体系があることを発見し、その構造をほとんど解明したのが山本七平です。

 これは、大変大きな業績のはずで、山本七平のすべての著作はこの概念と何らかの関係を持っていますが、おもしろいことに「日本教」について,山本七平の本名での著作ではほとんどふれられていません。

 単独の著作で書名に「日本教」の文字が見えるのは、ベンダサンの「日本教について」「日本教徒」の2冊です。

 その他には共著でこの「日本教の社会学」があり、ほかに「日本教」に直接まとまって言及しているのは,やはりベンダサンとしての「日本人とユダヤ人」だけです。

 本名での著作に登場しないからには,単なる言葉のアヤのようでもあり、本来の主張ではなかったという推測もできます。
 一般的にはそのように解釈されているようで、「日本教」という表現は「たとえ話」と受け取られているフシがあります。

 だから普通、山本七平の著作で代表作とされるのは、「現人神の創作者たち」「空気の研究」「洪思翊中将の処刑」「日本人とはなにか」などの著作で、ベンダサン名義の作品は「日本人とユダヤ人」を除いて取り上げられることがすくないようです。
 ここは微妙なところだと思います。

 ご子息の山本良樹との対話の形式の共著「父と息子の往復書簡」に,良樹さんの筆で山本七平のこんな発言が収録されています。
「前略──『日本人』は,特定の宗教はないって言われてるけれども,非常に厳格な受容と排除の基準があると発見したんだ。非常に強力な根本主義ファンダメンタリズム。それが「日本教」という発想の原点だな。」

 「日本教の社会学」という本の主役というかエンジンは,小室直樹です。
 山本七平は助言者の立場にとどまっています。
 山本七平が道筋をつけた日本教という概念を、小室直樹の手法で体系づけようと試みたのです。
 そのため、山本学「日本教」論の事実上の総括にあたる本なのです。

 その手法とは、キリスト教の構造──つまり神学を逆用して,キリスト教と日本教を対比することで,日本教を分析,体系化,相対化しようとするものです。

 キリスト教の教義に対応するのが,『空気』。救済儀礼(洗礼,聖餐式)にあたるのが「人間,自然,本心」などの概念の再認識。神義論に対応するのが人義論。聖書絶対の原理主義に対応するのが「話し合い」絶対に象徴できる空気絶対主義。という,ちょっと凄すぎて,慣れないと理解しにくいほどの議論が展開されています。

 実際、ここにあげた例は,普通の日本の常識人には,なにがなにやらわからないはずです。
 この本は,欧米の,つまり本場のキリスト教を良く知っている人にはわかりやすい本かもしれません。
 しかし,日本人のほとんどは山本七平によれば「日本教徒」です。日本教の各部分をキリスト教と対比されても,日本教の特徴がつかみにくいのです。「普通の宗教」をよく知らないからです。

 それが,この本がたいして注目されなかった理由ではないかと推測できるのです。


tshp 2005/9/18
1993に書いた解説文を加筆・削除した