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Nobody Doll
後編

 

「アハハハハッ!!!他愛無いわね、BF団!この程度でもう終わり!?」

 爆風と粉塵の舞う室内、修道服を纏った黒髪の女が無反動砲の砲身を肩に担ぎ洪笑を響かせる。

「やれやれ。パンツァーファウストを担いで高笑いとは。随分、大したシスターだな……『劫火のメアリ』の名は伊達では無いと、そう言う事か」

「地獄へ堕ちなさい!!!」

 セルバンテスに照準を合わせ、マッド・シスターは先程と同じに無反動砲の引き金を引く。響いた爆音は、発射砲から弾頭が飛び出した時が一つと、弾頭が部屋の壁に着弾し破裂した時の二つ。だが、その間隔の短さに間近にいた人間はその轟音の凄まじさ故、二つの区別を付ける事は出来なかっただろう。

「とんだじゃじゃ馬娘だな……アルベルト程じゃあ無いがね」

 半壊した館の瓦礫の上に立ち、セルバンテスはクフィーヤの裾を大仰な仕草で翻す。女は、矢張り無傷で瓦礫の上に立っている。発射砲をぞんざいに投げ捨て、スカートの内側から取り出したサブ・マシンガンとハンドガンを両手に構える女に、セルバンテスは嘲笑を浴びせかける。

 その時。

 二つの影が現れ、セルバンテスを牽制する様に女の右に左に降り立った。

「お待たせ致した、占い姫殿」

「後は我らに任されよ……って、何だあ、こりゃ。ひっでえ有様だな」

 二人の闖入者が、素っ頓狂な声を上げる。守るべき相手が率先して周囲を破壊し暴れているのだから、無理も無い。二人の男、黄信に花栄は辺りの状態を見回しながら困惑の表情を浮かべている。

「これは、あの男の所行ですかな。それとも、貴女の仕業か」

「それが何か」

 黄信の詰問に、女は素っ気ない態度を取る。女の顔は不機嫌さに歪み、目には憎しみの色が滲んでいる。が、二人の一歩後ろにいる女の表情を黄信も花栄も見てはいなかった。だから、両手の獲物を女が自分に向けられている事に露程も気が付かず、花栄は呆れ混じりの声色で肩を竦める。

「聞いてた話と随分違う姫さんだな、アンタ。派手にぶっ放してよォ……これじゃまるでテロリストだァな」

「大当たりだよ、国際警察機構諸君。彼女は彼の悪名高き『劫火のメアリ』その人さ」

「嘘を申せ!貴様が世迷い言、耳を貸す我らと思うたか!!」

「全く……しかし、この状況的には灰色もいい所だ……なぁ、姫さん。どうなんだ?」

 セルバンテスの言葉に、黄信が眉間に皺を寄せ花栄が目を剥き振り返る。しかしながら、時既に遅し。女がサブ・マシンガンのトリガーを引いた。国際警察機構も、真逆味方に攻撃されるとは思わなかったのだろう。背後からの攻撃に、なす術も無く崩れ落ちる。

「くっ……真逆」

「マジ……かよ」

「エレナは、貴方達が言う所の占い姫が言う事には、国際警察機構がいれば万が一にもしくじらず十傑集を倒せるだろう、って言ってたけど。悪いわね、私はBF団の次に国際警察機構は大嫌いなの。だから、暫くそこで大人しくしていてくれる?あのオジサンを始末したら、じっくり念入りに爆殺したげるから」

 黄信の頭を兜越しに踏み付け、女は更に追加の鉛を数発両手両腕両足に満遍なくくれてやる。

「黄信!テメエ、よくも……クッ」

 等しく、花栄にも同様に弾丸を打ち込み動きを奪い、女はサディスティックな笑みを満面に浮かべる。そして黄信を足蹴にしたままセルバンテスの方を向き直る。

「お待たせ。殺し合いを再開しましょうか?」

「ハーッハッハッハ!!こいつは愉快だ。連中も折角、アルベルトを振り切ってここまで来たというのに、守る相手に倒されていては世話が無いな、全く!……さて、レディ。女の相手は気が進まぬが、何、これもビック・ファイアの為だ。君の中身、次いでに足下も連中も全員、きっちりまとめて死んでもらおう」

 空々しい口上を述べた後、セルバンテスは拳銃を構え女へ向け銃弾を撃ち込む。同時に、女の手の中の銃火器も一斉に火を噴かせる。雨に霰と降り注ぐ弾丸を、避ける必要も無しとばかりにセルバンテスは女へ向けて突っ込んで行く。

「ベス!!!」

 黒髪の女が声を上げると、セルバンテスがその懐へ飛び込む寸前に姿はエリザベス・ウォーレンと呼ばれる女へと変じる。先程、セルバンテスがエレナに銃口を突き付けていた時と同じだ。あの時もエレナからメアリ・カーターへと瞬時に姿を変え、セルバンテスに反撃したのだ。

 女は、キツい眼差しでセルバンテスを睨む。

「その手に、掴まりはしないわ」

 ライトブラウンの長い髪が宙で跳ねた、と思うよりも速く、女の左手はセルバンテスの右手首を掴み捻り上げる。そしてそのまま一本背負いで勢い良く投げ飛ばす。セルバンテスは空中で身体を捻り、地面に着地しようとするが寸前にて女が背後に回り込み、背中に掌底を打ち込んだ。

 セルバンテスは倒れ込みそうになる身体を押さえ踏ん張るも、左膝が、砕けたコンクリートの上に付く。

「エレナの言う通り、多少のイレギュラーはあったけれど貴方なら何とか私たちでも倒せそうね」

「……先程も言ったが、私を甘く見るな。十傑集を、少々齧った程度の武術、多少の火薬で簡単に降せると思うな」

「そうね。私も別に貴方を侮っている訳では無いわ。ただ、ね。幾ら貴方でも、一対六で闘って生き延びるのは難しいでしょう?」

 クス、と背後の女の声が笑う、表情は分からない。セルバンテスは左膝を付いた姿勢のまま、緩慢と顔を上げ視線を前へと向け、威風堂々宣言する。

「君らの占い姫の真似では無いが、私はここに予告しよう。この手の拳銃、カートリッジに残された弾丸の残りは後、四発。その弾が尽きるまでの間に、君は死ぬ、とね」

「……挑発のつもりかしら」

「いいや。事実だ!!」 

 拳銃を右手に握ったまま、セルバンテスの肘が後方へ飛ぶ。セルバンテスの攻撃を軽く避け、女は左足を振り上げる。ハイヒールの尖った踵部分が、セルバンテスの右肩に食い込む。女の攻撃に怯まず、セルバンテスは左手で女の左足首を掴む。

「ッァアッ!!!」

 肉の、焼け焦げる臭いが辺りに立ちこめる。女の左足が僅かに宙に浮き、空かさず、セルバンテスの右手が女の心臓を狙いトリガーを引く。が、左足の激痛を堪え、女は刹那のタイミングで身を捩り弾丸を避け残る右足でセルバンテスの左腕を蹴り上げた。

「クッ……!」

「残り、三発」

 両足を取られバランスを崩した女が、仰向けに倒れ込む。セルバンテスは無防備な女の右胸に、銃口を押し当てる。

「テメエが死ね!!」

 ライトブラウンの長髪がボブ・カットの赤毛に変わり、新たな女が現れる。そして、赤毛女の投げたスローイング・ナイフが同じ軌道で二本ずつ、セルバンテスの眉間、喉、心臓を狙い飛来する。

「おっと、君はナイフ使いか。しかし、だね。レディがそんなはしたない口を利くものではない……品の無い女は、嫌いだな」

 手の中の拳銃でナイフを弾き落とし、セルバンテスは悠然とした所作で立ち上がる。

 地を転がりセルバンテスから距離を取る女の姿はキュロットにティーシャツとボーイッシュなもので、剥き出しの左足は何の跡も無く綺麗だ。先程セルバンテスがエリザベスと名乗る女に与えた火傷の跡は、微塵も残っていない。

 新たな女は、不敵なまでに勝ち気な笑みを浮かべ、腰の後ろに装備していたナイフを抜き構える。途中で歪曲した形の刃渡7インチ程の、ククリと呼ばれるナイフだ。

「誰もテメエに好かれたいなんざ、思っちゃいないサ」

 一発、二発。

 セルバンテスの撃つ弾丸をナイフで弾き、赤毛の女はそのままセルバンテスに斬り掛かる。が、その動きに鋭さは無く、セルバンテスは余裕でその攻撃を躱しナイフを握る左手に手刀を入れる。ナイフは、重い音を立て瓦礫の上を転がり落ちる。

「止したまえ。君の腕では、私に擦り傷一つ付けられはしない……先程までの二人の方がまだ、多少の手応えがあった」

「それは光栄ね」

 セルバンテスが女の手を掴むよりも速く、赤毛が、再びライトブラウンに変化する。そして一瞬の間に、女の両手がセルバンテスの首を掴み締め上げる。

「さよなら、眩惑のセルバンテス」

「それは、どう、かな」

 女に首を絞められたまま、抵抗する素振りも見せずにセルバンテスはニタリと嗤う。

「チェック、メイトだ」

「この期に及んで何を言……う?」

 セルバンテスの首を絞める女の手の力が緩み、その顔には驚愕の色が浮かぶ。女の脇腹は赤く染まり、背中側から突き抜けたナイフの刃先が僅かに覗いて見える。赤毛の女が使っていた、あのナイフだ。

 女の背後には何時の間にか、蒼白い顔をしたタキシード姿の若い男が、へばりつく様にして立っていた。男の手の中には、今女の背に突き刺さっているナイフの柄が握られている。

「エリザベス……僕を裏切ったな、エリザベス」

「アー……サー……ッグ……な、ぜ」

「私とした事がすっかりと忘れていたよ。君の仮初めの婚約者を小道具の一つとして配しておいた、と君に告げておくのをね」

「眩惑、を」

「そう。それが私の名。忘れず、頭に刻み込んでおくが良い……どんな気分だい?偽りの婚約者に、刺し殺されるのは」

「嘘、吐き、ね」

 セルバンテスの問い掛けには答えず、女は最後の力を振り絞って後ろの男を殴り倒し、血反吐を吐きながら非難の声を上げる。

「拳銃、の、弾で、私を……殺すの、ッ、では、無か、ったの……か、しら?」

「おやおや。君には文脈を読解する能力が無いのかね、エリザベス君。私は『この手の拳銃、カートリッジに残された弾丸の残りは後、四発。その弾が尽きるまでの間に、君は死ぬ』と言ったのだぞ?誰も、拳銃をもって君を殺すとは言っていない。そして、この中に弾丸はまだ残っていて、君は今まさに死なんとしている……何処にも間違いは無く、私の予告通りだろう?」

 瓦礫の上に落ちている、先程弾き返したスローイング・ナイフの内の一本を拾い上げながら、セルバンテスは女の足に目を遣る。女の左足には、セルバンテスが掴んだ時の焼け爛れた跡があった。

(思った通り。中にいる他の女と変わったからと言って、怪我が治る訳では無い。一つの身体の中にありながら、全てを共有している訳でも無い。孔明が言っていた「肉体は容れ物に過ぎない」の言葉の意味が、漸く分かったよ)

 口元が薄く、嗤う。

「さあ、他の女諸共に、死んで頂こうか」

「ッ……!!!卑怯、者……!!!」

 大量の血を流しながら、それでも気力だけで立っている女の喉に、セルバンテスはナイフを突き立てる。女の姿が、見る間に別の女のものに変わって行く。黒髪で修道服の、テロリストの女に。

「私を倒そうと思うならば、耳は塞ぐべきだったな……私は眩惑のセルバンテス。言葉が、武器の一つなのだよ」

「お、のれェッ!!!」

 そして、セルバンテスは女の背に刺さったままであったダガー・ナイフを力任せに抜き取り、女の首を再び掻き斬る。

 姿が変わる度、三度。

 女の流す血が、無機質なコンクリートを赤く、染めた。

 

「どうした、衝撃。手の内出し尽くしたか」

 アルベルトと秦明の闘いは、小一時間程前から膠着状態に陥っていた。アルベルトの繰り出す衝撃波は秦明が雷撃に阻まれ、秦明が放つ雷撃もまた同様に衝撃波が打ち消す。その繰り返しが続き終わりを見せない為である。

「貴様に心配をされる程墜ちてはいないぞ、霹靂火」

 口内に溜まった血を地面へ吐き飛ばし、アルベルトは胸ポケットのハンカチーフで口元を軽く拭く。

(キリが、無い……だが勝機は、ある)

 考えながら、アルベルトは何度目になるか分からない攻撃を秦明に仕掛ける。幾度も幾度も仕掛けたアルベルトの攻撃は、徐々にではあるが秦明を押し始めている。その手応えを、アルベルトは感じていた。

 秦明の攻撃はアルベルトと同じ、受け身に回らぬ積極的なもの。アルベルトの攻撃を、直線に直線を重ねた雷そのもののジグザグな動きで避け、棒をアルベルトへと打ってくる。秦明の狼砕棒による攻撃パターンは、突き、薙ぎ、そして打撃の三つ。棒という武器の性質上、初撃さえ崩せば脇に幾ばくかの隙が生まれる。そこが狙い目である事は、初めから解っていた。ただ、相手もそれを解っている故に中々狙えずにいただけの事。

(崩しに、行く)

「そろそろ、終わりにしよう」

「望む所よ」

 勢いを付け、棒を片手で回転させながら秦明はジグザグの動きでアルベルトへ打ち込んでくる。その秦明の攻撃をギリギリの間合いで避け、アルベルトは棒の先端鉄の刺が付いた部分を躊躇いも無く握り掴む。棒を掴んだ血塗れの右手がその先端を砕き、左手が秦明の胴へと衝撃波をぶち込む。

「何のこれしき、怯むに足りず!!!」

 短く、軽くなった棒を構え直し、秦明が傾きかけた形勢を押し戻さんと突きを乱打してくる。だが、若干の長さと重量、破壊力を欠いた狼砕棒は、本来の力を発揮しきれない。棒は、容易くアルベルトに蹴り上げられ、高く鈍色の空へと舞い上げられる。

「むうっ!?」

 その舞上げられた棒を、霧の中から現れた白い影が宙で掴み、地に降りる。

 新手を警戒し、秦明は飛び退きアルベルトから間合いを取る。

「貴様、眩惑か!!」

「ふふふ……迎えに来たぞ、アルベルト。遊び足りないだろうが、残念ながらそろそろ時間だ」

 アルベルトの横に並び立ち、セルバンテスは薄く笑みを浮かべ手の中の棒をへし折り、捨てる。セルバンテスの姿を認めたアルベルトは、懐のケースから葉巻を取り出し、銜える。

「分かっておる……霹靂火、勝負は次までお預けだ」

 火を点けた葉巻から紫煙が立ち上り、アルベルトの口から白煙が吐き出される。

「次が、あったならな」

「このまま逃がすと思うか、衝撃眩惑!!!」

「逃げる?違うな。目的を達し、この地にいる理由が無くなった為に帰還するのだよ。君は自分の部下の心配でもしているがいい。今頃、瓦礫の下で死にかけている筈だ」

 セルバンテスの、クフィーヤの長い裾が翻ると同時に二人の姿が霧の中に溶け、その場から消えた。後には、強く奥歯を噛み締め険しい表情をした秦明だけが、残された。

 

 ロンドンからの帰り、空の上にて。

 セルバンテス所有のセスナ機は、ロンドンを出立し某所にあるBF団本拠地へと向かっていた。その機内、葉巻を吹かし一息吐くアルベルトの前に、セルバンテスは今回の仕事の成果を傍らから取り出し見せる。アルベルトはその品を見るなり瞳を数度瞬かせ、眉間に皺を寄せる。

「……この人形が、か?聞いていた話と違うな。今回の任務、占い姫の捕獲とその関係者の抹殺及び関連施設の破壊、では無かったのか」

「ああ。その通りだよ、アルベルト。正しく、もってその通り」 

 蜜色の長い髪に白銀の瞳、レースをたっぷりとに使用したローズ・ピンクのドレスを纏ったビスクドール。人形はあちらこちらと泥に埃にまみれ、顔には幾筋かのヒビが入っておりアンティーク・ドールとしての価値を下げている。しかしながらその姿は、先程までセルバンテスが相手にしていた占い姫のものそのままであった。

 セルバンテスはクツクツと声を立て笑いながら、機内添乗員に飲み物を頼み不可解な物を見る目で人形を眺めるアルベルトに説明をする。

「これが、占い姫の正体。成れの果て、とも言えるがね……この中に四人の女が入っていたのさ。国際テロリスト、メアリ・カーター。上流貴族、エリザベス・ウォーレン。傭兵、アン・クリスティ。イギリス諜報部員、イヴ・ハドソン。いずれも、ここ数年の間にロンドンでBF団に始末された筈の女ばかりさ」

「回りくどい。説明をする気があるなら、簡潔かつ分かり易くしろ」

 アルベルトの一睨みを軽く受け流し、セルバンテスは軽く肩をそびやかす。

「はいはい、分かった分かった……つまり、BF団に殺された恨み辛みの高じた女の幽霊が、この人形に取り憑いて復讐の機会を窺っていたって事さ。人形自体も、占い姫を名乗り自分の意志で動いて喋っていたが、あれは占いなんてものじゃない。あれはそう、どちらかと言えば情報の組み立てによる推理だな。私との会話の中でも、『らしい』、『だろう』と不確定な表現で先の予測を語っていた。彼女の先読みは全てが断言であり確定である、と謳われている占い姫がだぞ?怪訝いじゃないか」

「ふむ。それで、何だと言うのだ」

「だからね、人形はただ人形でしかなく人形以外に成り得ない、そう私は結論付けた。自分でまともにものを考える事の出来ない人形如き、妄執に囚われた亡霊に我らを振り回す事が出来る筈もない。黒幕はこれとは別にいる。そう、人形を操る、人形遣いがね……おっと、話が逸れたな、元に戻そう。黒幕たる人形は元々人の姿に似せて作られた物故古来から魂が宿り易い、と言われている。だからまあ、人形に取り憑いた幽霊が人の振りをするなんて事も、あるんだろうさ。おまけにこの人形本体も希少価値が付加しているアンティーク。それが自分の意志で動き喋る、ときた。今は、孔明から渡された樊瑞特製の札を貼っているからただの人形に見えるが、捕まえるまでの暴れぶりは中々見物だったぞ……そうそう、確か日本ではこういう物を、ツカ、いや、ツキ……違うな。そう、ツケモノカミ、と言うらしいな。随分前にレッドから聞いた事がある、気がする」

「ツケモノ?それは、野菜の発酵食品では無いか?」

「うん?……まあ、そんな事はどうでも良いじゃないか」

 首を傾げるアルベルトの突っ込みを、セルバンテスは不確かな記憶を誤魔化す様に躱した。そして、添乗員の運んで来たブランデーのグラスを口に運び、僅か舌を潤した。

「しかし……幽霊、人形、人形遣い。非科学的な事この上無いもののオンパレードだな。幽霊などという存在、俄に信じる事は出来ん。第一、お前は人形が動いて喋ると言うが、それは人工知能を搭載したロボットだろう」

「そう言われても、事実なのだから仕方が無い。ほら、この通り。これには人工知能どころか、ロボットの部品は一つも詰まってはいない。精々言うなら、人間に成ろうとして誰にも成れなかった、人形だったモノの成れの果て、だな」

「む……」

 もげかけていた人形の足に頭部をもぎ取り、セルバンテスはその中身をアルベルトへと曝してみせる。ビスクドールの身体には綿、陶器部分の割れ目から覗いて見える頭の中身は空洞だ。それを己の目で確認し、アルベルトは黙りこくる。

 自分の手で壊した人形を、元に戻せはしないセルバンテスはあっさりと、傍らに置いてある先程まで人形を入れていた鉄製の手提げ箱の中に放り込む。重い音を立て箱が閉まる音を聞いた後、まだ納得しきれていない様子のアルベルトが再び口を開く。

「それで、お前は先程人形遣いがいる、と言ったが……それは結局誰だったのだ」

 アルベルトの問いに、セルバンテスはそれまで饒舌に語っていた口を閉ざし、深く何かを考え込み始める。

(孔明の思惑通り、と言うのが気に食わないが……現時点において、利害は大きく外れてはいない。ならば、敢えて乗せられてやるのも一興か)

「セルバンテス」

 再度、アルベルトの促す声に、セルバンテスは声のトーンをそれまでよりも僅かに落とし、言う。

「アルベルト。君は『ロンドンの名探偵』、『霧のファントム』の名で呼ばれる人物の噂を聞いた事があるかね?」

「ああ。イギリスにおけるBF団活動を阻む、正体不明の人物だろう……あのレッドが、暗殺どころか居場所も正体も掴めなかった、と聞いている」

「その通り。そしてだね、アルベルト。十中八九、この人形の遣い手は霧のファントムだろうと私は読んでいる。今回の任務はファントムの尻尾を掴む為のもので、孔明はファントムを狩る作戦の下準備の為に我らを配したのでは無いか。ならば」

 セルバンテスは一度そこで言葉を切り、目を薄く細める。

「そうだとするのならば……私たちは遠く無い将来、再びロンドンの地へ来る事になるのだろうな」

「儂らに、そのファントムとやらを始末する任が下されるとは限るまい」

「いや、間違いなくこれは私たちの仕事だ。相手は知略に長けた人物、だが孔明はその能力上現場に出張る事は出来無い。ならば、全ての下準備が整った時必要とされるは『眩惑のセルバンテス』、心理攻撃に長けたこの私だ。そしてその私と組めるのは『衝撃のアルベルト』、君しかいないのだからね……これは必然、だろう?」

 セルバンテスはそして、アルベルトの方へと顔を向ける。

 その表情は、口の端をつり上げてはいても目を笑わせてはいない。アルベルトは短く「そうか」、と答える。

「それがビック・ファイアが為ならば、どうという話では無い。我らはただ、任務をこなすそれだけだ」

「ああ。その通りだ」

 そこで、セルバンテスは派手な音を立て両手を一度、叩く。それと共に表情は既にいつもの掴み所の無い飄々としたものに戻り、先程までのシリアスさは微塵も残さず消えている。

「さあ、仕事の話はこれでお終い。本拠地へ戻り、これを届け報告が済んだら我らは晴れて楽しい休暇に突入だ。明日から三日間、私と君とサニーちゃんの三人で、ニースでのんびりとした時間を過ごすその計画の打ち合わせをしないとね」

 セルバンテスの言に、アルベルトが飲みかけのブランデーをうっかりと気管に入れかけ、咳き込む。

「大丈夫かい、アルベルト?」

「なッ……ちょっと待てセルバンテス!サニーが来るなど、儂は聞いていないぞ!!」

「ああ、そりゃあ言ってないからね。先にそれを言ったら君は断るだろう?だから、今まで言わないでおいたのさ……おっと、今更キャンセルなんて言わせないよ?アルベルトの首に縄を掛けてでも連れて行くと、私はサニーちゃんに約束しているんでね。父親と過ごす誕生日、最高のプレゼントだろう?」

「うっ………………今回、だけだぞ」

 長い沈黙の後、アルベルトは不承不承の顔と声で諾と答える。表に見せている程、アルベルトはサニーと過ごす休暇を嫌がっているのでは無い。ただアルベルトは、仕事が多忙が原因で滅多に会わぬ故、子どもの扱い方が分からぬ故にサニーへの接し方に困っているだけだ。十傑集、衝撃のアルベルトも、サニーに関してはやや不器用な父親になってしまう。

 そのアルベルトを見遣り、セルバンテスは満足そうに笑う。

「了解、盟友殿」

 先の事よりも、今は目の前の休暇。

 セルバンテスが僅かに傾けたグラスの中で氷がぶつかり合い、小さな音を立てた。

 

 

 

え〜……以上、長々とお付き合い有り難うございました!

全体の三分の二近く、延々バトルシーンが続く話になってしまいました……闘うのが二人の仕事の一部、という事で。(でも、盟友で共闘していない〜……)あああ、「盟友」で「仕事」になっているか、不安です〜……

一応、これだけで独立した話にはなっておりますが、話が続きそうな終わり方でごめんなさい。m(_ _)m

(この後のエピソードは、その内にでも書く予定……です。今度こそ、共闘させます。今度こそ!)

それではYUM様、相互リンク有り難うございました。

こんな私ですが、これからもどうぞよろしくお願いいたしますv

 

2006.2.5 奥崎栂実拝

 

カウンターキック!!!!!」奥崎栂実様から相互リンク記念に頂きましたー!

リクエストOKとの事でしたので、
すかさず「仕事中の盟友」でお願い致しましたv

そしたら。
…こんなに、
こんなに立派なお話を頂いてしまうとは…!(汗)
うわあ何だかもう申し訳ないですーーー!!

でも嬉しい<正直者め

申し訳ないついでに、
この上に奥崎様から頂いたコメントにある日付け。
そうです、
一月以上も独占してましたゴメンナサイッ!!
こんなおっそい掲載で誠に申し訳なく(汗)

しかもまだお返しが出来てないよママン。

あーもーダメダメ………orz

素敵な盟友&指南sをありがとうございました!!
お見捨てなきようお願い致します……(汗)