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Nobody Doll
前編

 イギリス、ロンドン。

 ヨーロッパで尤も人口密度が高いと言われる都市は、それでも郊外へ行くにつれ人と家の密集率を下げていく。中心地から南下する事車でおよそ、三十分。点在する家屋敷の一つに、十八世紀中頃に建てられたと思しき貴族の館があった。普段は静かに佇む破風のある館は現在、多くの客の訪れにより賑やかな活気を得ている。客の半数は若者で、館の次期当主の友人達である。

「しかしアーサー、名うての遊び人も遂に年貢の納め時だな。噂では全てのガール・フレンドとの仲を清算したそうだが、本当かね?一人二人は残しているのではあるまいな」

「真逆!今の僕は本当にエリー一筋なんだぜ?過去は過去、これからはこれからって事で彼女も納得してくれている。だから要らぬ邪推で僕らの仲を引き裂こうとしても無駄だぞ、アンソニー」

「それはそれは……しかし、気になるのは君のハートを射止めた麗しのレディがご尊顔さ。ミス・ウォーレンの名前だけは予々聞いているが、誰も君の婚約者を直接知っている人間がいないからね。一体どれ程の美人なのか、早く僕らにも拝ませてくれ」

「冗談じゃない。君らの様な女たらしに紹介したら最後、折角の僕の愛しい人を奪われてしまうではないか……まあ、残念ながら、どちらにしてもお披露目は暫しお預けさ。トラブルに巻き込まれれたとかでね、到着が遅れると連絡があった。もう暫くは辛抱してもらうよ」

 友人に囲まれて次期当主は、如何にも幸せそうな顔で祝辞を受けている。その様子をやや離れた場所から観察する影が、一つ。

 客の殆どがタキシードでイギリス人である中、白いクフィーヤに金色のイガールを嵌めたアラブ風の男は、明らかな異彩を放っていた。にも関わらず、この場にいる事が当然といった態度で溶け込んでいる。

(これから始まる宴に、彼は一体どの様な顔をしてくれるだろうね)

 『眩惑のセルバンテス』が表の顔において多少の関わり合いのあるイギリス貴族の、その息子の公約披露パーティは冗長で、退屈であった。欠伸を噛み殺しながらセルバンテスは、今回の任務における最後の仕事を決行する時刻を待つ。セルバンテスは薄い笑みを口の端に浮かべながら、パーティーの客達と談笑を交わし合う。

(どう転んでも、結果、この屋敷は一時間も待たず跡形も無く消え去る)

 相手との会話を楽しんでいる風に見せ掛けながら、セルバンテスは窓の外をちらりと見遣る。

 窓の外遠く、広がる緑豊かな公園の向こう。遠くに見えるテムズ川の水面は灰色の空を映しとり、沈んだ暗い色をしていた。

 

 その半日前、霧が街を覆う朝。

ロンドン市内。

 テムズ川の辺り、チャリング・クロス駅に程近い小道を貴族らしき男が供も連れず歩いている。紅玉色の双眸の、どことなくオリエンタルな雰囲気を纏う黒髪の男は、迷いの無い足取りで目的地へと向かっていった。

 やがて男は、立ち並ぶ建物の中に隠れる様にして建っている、こじんまりとした教会の前で足を止める。

 男は、『衝撃のアルベルト』は教会を見上げながら、懐から葉巻を取り出し銜える。

 比較的新しい作りの−とはいえ十九世紀中頃の様式だー教会は、存在を強く主張するでなく背の高い建物と建物の間に埋もれていた。観光地化されていない、地元民の為の教会である。 

 白塗りの木製ドアのノブに手を掛け、開ける。

 蝶番の軋む音を静寂に包まれた建物の中に響かせ、アルベルトは戸を閉める事もせずに真っ直ぐと中へ入っていく。照明が点いていない為、そして外の天候の悪さと立地の悪さも手伝ってか内部は殆ど日が射さず薄暗い。ただ、入り口から見て正面にはめ込まれたステンドグラスから、微かな光が照らしているだけである。聖母の姿を描いた、色とりどりのガラスから射し込む光を受けながら、祭壇に祈りを捧げる尼僧の姿がある。

「ここは神への祈りを捧げる場所。タバコは、お控えくださいませ」

 葉巻の煙を漂わせながら近付いてくるアルベルトに、尼僧はそう告げた。ゆっくりとした仕草で立ち上がり振り返るも、目元は頭巾に隠れ見えない。両手で持ったクルスを胸に掲げ、尼僧は赤やオレンジの光を浴び、静かに淡い薔薇色の唇を微笑ませる。

「お見受けしました所、信者の方では無いご様子ですが……当教会には、どういった御用向きでしょうか?」

「メアリ・カーターだな?」

 女の言葉を無視し、アルベルトは白煙を吐き出す。

「人民解放運動組織『小さな黒い羊』ロンドン支部実動部隊チーフ、『劫火のメアリ』に相違ないな」

「……何の、事でしょうか」

 一瞬。尼僧、否、女の口元が強張る。

「どなたか、どなたか別の方とお間違えではございませんか?」

「儂と共に来てもらおう。無論、お前に拒否権は無い。質問も同様受け付けぬ」

「意味が……訳が、分かりません。私は、ただの無力な神の僕の一人にすぎません」

「つまり」

 声を擦れさせ戸惑う尼僧姿を意に解する事も無く、アルベルトは葉巻をくわえたまま右手を女の背後にあるステンドグラスの下、壁にかけられた十字架へ向け突き出す。

 「逆らうならば、こうだ」

 アルベルトの言葉が終わるよりも早く、その掌から生じた衝撃波が教会の壁とキリストの首から上が粉微塵に砕く。砕かれた色鮮やかなガラス片が光の反射を微かに受けながら宙を舞い、十字架はT字型、ギリシア十字の形となり床に鈍い音を立て落下する。

 アルベルトは重ね、宣告する。

「抵抗するだけ時間の無駄と知るが良い。そして儂は気が長く出来てはいない」

「何という……何という、神を恐れぬ行い……」

 後ろを振り返った女は、それでもまだ尼僧めいた口調で十字を切る仕草をする。その、右手が銀色のクルスを握っている。

「貴方には、必ずや天罰が下りましょう……今、この時この場所で!」

 アルベルトが動くのと同時に、女は手の中のクルスの、クルスに似た何かのスイッチを押す。

 爆音の後、建物は原形を留めず崩れ落ちた。

 

 正午よりも少し前。明かりの無い暗い廃屋の二階にて、窓辺に立つセルバンテスは見知った気配を感じ、視線を窓の外の景色から気配の方へと動かす。

「待たせたな」

「何、大して待っちゃいない。それよりも、その格好はどうしたんだアルベルト?折角の男前が台無しでは無いか」

 暗がりの中から姿を現したアルベルトは、腕の中の荷をセルバンテスの足下へと転がし僅かに口の端を持ち上げ「少しな」と言った。

 セルバンテスの言葉が示す通り、アルベルトの姿はあまり上等とは言い難い物がある。スーツはあちらこちらと破け汚れており、革製の靴もまた同じく擦り傷だらけ。常にきっちりとセットされている髪型も、数本が解れ額に掛かっている。

「真逆、衝撃のアルベルトともあろう者がテロリスト如きに後れをとった、などと言うのでは無かろうな」

「当たり前だ。この女、儂から逃げようと根城の教会を前もって仕込んであった火薬で爆破させたが、それだけだ。問題はその後、国際警察機構がしゃしゃり出て来た事よ……殆どが雑魚で儂の敵ではなかったが、中に多少骨のあるのがいてな。撒いて来た」

「成る程。矢張り連中も静観に徹しはしない、か」

「要らぬ荷さえ無ければ、撤退などせずに済んだのだがな」

「それは残念」

 くくく、と低く笑いながらセルバンテスは足下に転がされた女の頭を鷲掴み、顔を無理矢理持ち上げる。意識を失っている女は、それに抗う事も出来ずされるがままになっている。煤に汚れた人形めいていた美しい顔に、軽くウェーブの掛かった乱れた長い黒髪が頭巾の中から零れはらりと落ちる。

「さて、爆破魔で放火魔の素敵なレディにおいで頂いた訳だが……本当に、孔明が言う通りこれが高名なる占い姫に繋がっているのかねえ」

「ふん。ならねば儂らの仕事にならん……そろそろ行くぞ。儂は、連中の目を引き付けておかねばならん」

「頼んだぞ、アルベルト……こちらの片が付き次第、迎えに行こう」

「抜かせ、セルバンテス。お前抜きでも連中を片を付けるは雑作も無い」

 ニタリ、と笑うアルベルトに応え、「そうだろうさ」と目を細め笑い声を上げる。

 セルバンテスが女から手を放し芝居じみた所作にて立ち上がれば、クフィーヤの裾が優雅に翻る。

「では……全ては我らのビック・ファイアの為」

「我らのビック・ファイアの為」

 アルベルトが再び闇の向こうへ去る姿を見届け、セルバンテスは、女を担ぎ……闇夜に、紛れた。

 

 重くたれ込める雲に遮られ未だ日が射し込まぬ、暗い午後。ロンドンの街は、深い霧に包まれたまま灰色の世界に沈んでいた。休日を楽しむ人々が多く街に集まるその時間、ハイド・パークの近くナイツブリッジ区の一角から爆音と共に煙が上がる。有り触れた日曜の午後を掻き乱す破壊を引き起こす張本人達は、僅かずつではあるがその破壊活動を南へと移動させていた。

 破壊者の一人は、アルベルト。そして、残るは。

「その首、貰い受けるぞ十傑集!!!」

「ふん!貴様如きにくれてやる程、この首、安くは無いわ!」

 霧の中より現れた、時代錯誤な鎧兜に身を包み剣を手に携えた男がアルベルトへと斬り掛かる。精悍な顔つきの男の名は、『鎮三山の黄信』。 国際警察機構に所属を連ねる者である。その黄信が矢継ぎ早に繰り出す一撃必殺の威力を持つ剣技を、アルベルトは全て紙一重に避けながら反撃のチャンスを窺う。が、アルベルトが攻撃を仕掛けようとする度、黄信の攻撃の隙間から幾筋もの矢が飛来しそれを阻む。

「衝撃の!貴様の得意は撃たせはせん!」

 弓を構え、鏃を番え、射する男の姿があるはアルベルトの背後。弓矢と言う長距離向きの武器を用いながらも、両の後ろ髪の端をピンと立たせ男は、攻撃の手を休める事無くアルベルトに付かず離れず至近距離からアルベルトを狙う。黄信が相棒『小李広の花栄』の放つ矢が、アルベルトを狙い定め離さない。どちらか片方のみを相手にしていては、埒が明かない。

「小賢しいぞ、鎮三山に小李広!!」

 避けきれぬのなら、両方を薙ぎ倒してしまえば良い。多少の攻撃をものともせず、アルベルトは両手に気合いを溜める。

「くらえッ!!!」

 渾身の力を込めた衝撃波が、矢を吹き飛ばす。そして、衝撃波に怯む事無く剣を突き出す黄信の腕へアルベルトの蹴りが入る。

「なんの、これしき!!」

 攻撃が効いていない事はあるまいが、黄信は剣を取り落とさずそのまま勢い良くアルベルトの脳天へと振り落とさんとした。瞬間、アルベルトは剣を避けようとした、のだが。

「花栄!」

「応よ!」

即座に、花栄の攻撃が黄信の頭部をギリギリ避け飛び来る。剣の切っ先が口に銜えた葉巻の先端を切り落とし、弧を描き飛来した矢が左上腕部に刺さる。と、同時にアルベルトの衝撃波が黄信を吹き飛ばし、後方の花栄にぶつかる。

「死ねい!!」

 空かさずアルベルトは両手をもって更なる衝撃波を出さんとするが、左腕に受けた傷に一瞬気を取られた隙に指南が二人は左右に別れアルベルトを狙う。花栄が射かける矢の雨は、下段の構えからアルベルトへと斬り上げてくる黄信には一本たりとも当たらない。ただ、アルベルトのみを正確に狙い二人の攻撃は繰り出される。

 気が付けば、アルベルトはテムズ川を背に立っていた。追いつめられた気は毛頭無い。しかし、その場に新たに現れた気配は、偶然とは思えぬタイミングで頭上から降って来た。

「済まぬ、遅れた」

「師匠!」

 新手の男は、黄信花栄の前に降り立ち、先端に無数の刺がある鉄の塊を付けた棒を手に構える。元は白かったらしい、所々に綻びの見えるマントを翻し、男は仁王立ちにアルベルトを見据える。

 対峙しただけで分かる。この男は、強い。アルベルトと互角に渡り合える程に。

 火の消えた中途半端な長さの葉巻を口から勢い良く吐き飛ばす。そのアルベルトの口元に、知らず笑みが浮かぶ。

「十傑集、衝撃のアルベルト……覚悟せよ。そして今日という日が貴様が命日と知れ」

「その台詞、そっくりそのまま貴様に返すぞ。九大天王、霹靂火の秦明!」

 次の瞬間、テムズの流れが真っ二つに割れた。

 

 そして時間は、冒頭部へ繋がる。

 セルバンテスはちらり、と時計を見遣れば針は六時十五分前を指している。

(そろそろ、か)

「少しばかり、失礼させて頂きますぞ」

 会話の相手に断りを入れ、セルバンテスは場を辞す。部屋を立ち去り際、忘れずに婚約披露パーティの主役に一言耳打ちをする。

「……………………」

 幸福だった筈の男の顔が色を無くし、硬直する。

 見る間に様子を変えた次期当主に、群がる友人達が怪しみセルバンテスに不審の視線を送る。視線を背に受け、セルバンテスは部屋を出る。

 歩く廊下の途中で、セルバンテスは『オイル・ダラー』から『眩惑のセルバンテス』へと自らを完全に切り替える。ゴーグルを掛け、不遜な顔を露にし自らに宛てがわれた客室の中へ足を踏み入れる。

 ゴシック調に設えた部屋の中央の天蓋付きのベットの上には、黒いスパッツに白いシャツを纏った二十代後半頃の女が腰掛けていた。女は険のある目付きでセルバンテスを正面から睨みつけ、口を一文字に結んでいる。

「ミス・ウォーレン、お初にお目に掛かる……ご機嫌は如何かね?」

「最悪よ」

 きっぱりと言い切り、女は肩に掛かったライトブラウンの長い髪を左手で払いながら立ち上がる。右手は、鎖によってベットの支柱の一つに繋がれており、鎖の長さが及ぶ範疇までしか女は移動する事は出来ない。その鎖の長さは、勿論、室内を自由に歩き回れる程もありはしない。

「こんな事をしなくても、私は逃げも隠れもしない」

「それは殊勝な心掛けだ。私は潔い女は嫌いじゃあない。しかし、だね。万が一という事もあったのでね、少々の我慢をして頂いた」

「一つだけ、聞かせて。貴方達、BF団はどこまでエレナの事を、私達の事を知っているのかしら?真逆、エレナの占いだけが貴方達の脅威になった訳では無いのでしょう?」

「さあて、ね。これから死に逝く者に、質問の答は不要だろう?私は、優しくは無いのでね。冥土の土産をくれてはやらぬのだよ……まあ、そんな事はどうでも良い。兎も角、占い姫に会わせてもらえないかね?それが私の仕事の一つなのだから。君がそれを拒否する事は無いとは思うがね、拒んだ時にどうなるかだけは一応言っておこう」

 鎖が擦れる音が、室内に小さく響く。

「『ゴードン男爵別荘「三破風館」、テロの標的にあい倒壊。男爵と次期当主アーサーは共に死亡。犯人は、婚約者のエリザベス・ウォーレン』……という記事が明日、ロンドン中の新聞の一面を飾る、とね」

「陳腐な脅し文句だこと。とてもBF団、十傑集とは思えないわ」

「相手を脅すにはね、分かり易いまでに単純な方が効果的だ」

「そうでしょうね。でもね、私にその脅しは無意味よ。だって、あんな男の命なんてどうでもいいもの……彼との婚約は全てエレナの指示、私を囮に貴方達をおびき寄せる。エレナと私の接点、私とメアリの接点。僅かに匂わせたその情報に、BF団の策士は必ずエレナの正体を看破すると、そして必ず接触を計ってくるだろうと……策謀を張り巡らせるのは、貴方達だけの専売特許では無いのよ」

 女は、挑戦的な眼差しでセルバンテスを見据える。チョコレート色の瞳に、暗い炎が灯る。

「そう。全てはBF団を葬る為。私、いえ、私達は世界の破壊者である貴方達を憎悪する者……復讐者の一人、よ」

「それはそれは。実に陳腐な、ありふれた理由だ」

「復讐の理由は、大方、分かり易いまでに単純なものだわ」

 女の目の色が、喋っている間に変わって行く。明るい茶の色から黄色、黄金、そして最後に銀色に。髪の色もまた同様で、何時の間にか柔らかい光沢を放つ蜜色へと変じている。

「エレナに、会いなさい。貴方の望み通りにね」

 顔立ちが、身体付きが。女のそれが見る間に別の者へと変化して行く。6フィート(180センチ前後)近くあった筈の女の身長は1フィートも縮み、魅惑的な身体特徴も今や凹凸をすっかりと無くしている。今や、セルバンテスの目の前にいるのは先程までの女とは別人の、十四五歳の少女であった。ビスク・ドールにも似た、愛らしい顔立ちに軽くウェブした髪、ローズ・ピンクのリボンと揃いの色のドレス。透き通りそうなまでに色の白い手に掛かっていた無骨な鉄製の手鎖は、大きさが合わなくなった故に音を立て床に滑り落ちる。

 少女は転がした鈴に似た声を無感情に発する。

「お初にお目に掛かる」

「君が、占い姫……メアリ・カーター、エリザベス・ウォーレン、アン・クリスティの名を持つ者か。いやはや。幾つもの隠れ蓑の中に身を隠し、決して表に本体の姿を見せはしない。これでは、中々見付けられない筈だ。誰も所在を知らぬ希代の占い姫に、この様な変身能力があるとは、確かに誰も思いはすまい」

「イヴ・ハドソンが抜けている……が、確かに。我はその名で呼ばれし者。世に、占いの姫と知られし者。どこにも、存在しない者」

 赤い靴が、一歩、また一歩とセルバンテスへと歩み近付く。

 セルバンテスへ歩み寄る少女の、蜜色の髪がふわり、と舞い上がる。白銀色の瞳に強い意志の光を宿し、『占い姫』は凛とした態度でセルバンテスに対峙する。

 ヨーロッパ、特にイギリスはロンドンにて高名の占い姫、エレナ。

 素性、国籍、人となりの一切が含めて謎に包まれた、神秘の姫君。

 BF団にとって、国際警察機構と手を組まれては一番厄介な人物。

 『空ろの占い姫・エレナ』。

 少女は、堂々たる態度で感情の浮かばぬ幼い顔をセルバンテスへと向けている。

「我が名はエレナ。BF団に全てを奪われた女達を身に抱えし者。復讐の代行者……眩惑のセルバンテス、まずは貴公が命、貰い受ける」

「おやおや。これではすっかりと立ち場が逆だ。しかし、君に何が出来るというのかね。私を葬る方法を、得意の占いで知ったとでも言うのかい」

 くっ、と喉を鳴らし、セルバンテスは懐から拳銃を取り出す。1980年代後半に製造されたドイツ製の自動拳銃は、テロリストの女が所有していた物の一つだ。その銃口を、エレナの額に突き付ける。

「これも君の予測の範疇かい、占い姫」

 突き付けられた拳銃に怯えもせず、エレナは無表情にセルバンテスを見上げている。

「現在」

 エレナは淡々と、外見にそぐわぬ年寄りじみた物言いにて言葉を繋ぐ。

「貴公が盟友、衝撃のアルベルトは国際警察機構と交戦中なのは知っておろう」

「うん?それがどうしたのかね?」

「相手は国際警察機構が指南、鎮三山の黄信に小李広の花栄。十傑集ならば、後れをとる相手では無い。しかし、そこに九大天王が加わったならば、如何かな?」

「何?」

「昨日、メアリが衝撃のアルベルトに捕われる直前、我が名において梁山泊に情報を流した。韓信元帥へ直接に此度の貴公らの行動を予測も含め全て、な。丁度一人、九大天王がヨーロッパに来ていたらしい。今日の朝着でこちらへ遣わすと言うておった」

 そこで、エレナは言葉を切りる。 セルバンテスもエレナも、微動だにする事も無く二人の間に沈黙が訪れる。

(成る程。今回のアルベルトと私の配置、孔明め九大天王が来ると分かっていた上での事か。まあいい。此度の作戦、どの様な裏を隠しているかは知らんが……ビック・ファイア様が為というならば、精々景気良く踊ってやろうじゃないか)

 セルバンテスはそして、たっぷりの自信と共に言葉を紡ぐ。

「アルベルトは強い。指南だろうが九大天王だろうが、何人が束になってかかっても彼を止める事は出来んよ。そう、我らがビッグ・ファイア様でも無い限り……そして無論、この私とて女一人に容易く殺されはしない。さあ、占い姫。その細腕で、どうやって私を殺すかね?」

「選り取り見取り、幾らでも」

「冗談にしては気が利いている、とは言い兼ねるな。ほんの少しばかり未来が読める、姿を自在に変化させる程度の能力でこの私が倒せると言うのかね?確かに、私にはアルベルト程の攻撃力は無い。しかしだな、占い姫」

 そこまで余裕と不敵の笑みを浮かべ続けていたセルバンテスが、顔から表情をふっと消し言葉を途中で止める。そして次の瞬間、セルバンテスの激昂がエレナへ向け放たれる。

「十傑集を、眩惑のセルバンテスを甘く見ないで頂こうか!!!」

「笑止」

 動く、二人。

 そして、火薬の炸裂する音が、館内に響き渡った。

 

 同時刻、テムズ川はバターシ区側辺り。

「おのれ、霹靂火!!」

「衝撃、貴様をこの先へは行かせはせぬぞ!!」

 アルベルトの攻撃を去なしながら、男、『霹靂火の秦明』が手に握った狼砕棒を繰り出す。棒の先端の刺がアルベルトの身体に一つ、二つ、傷を増やしていく。対するアルベルトの衝撃波は建物を破壊し地面を梳るも、秦明に致命傷どころか殆どといっていい程にダメージを与えるには至っていない。

(チィッ……)

 九大天王。国際警察機構において十傑集と互角に闘える、唯一の存在。

 それでも、僅かにアルベルトが押され気味なのはどうした事か。まるでアルベルトの手の内を知り尽くしているかの様に、攻撃を見透かされる。

 それ故に、秦明の指示で占い姫の元へ向かう黄信花栄の二人をアルベルトは阻む事が出来無かった。斯くなる上は、目の前の敵を早々に打ち倒し二人の後を追わねばならない……のだが。拳と棒の応酬は、未だ終わる兆候を見せない。

 秦明の腹部を、首を、そして頭をアルベルトの手刀及び拳が狙い、繰り出される。攻撃の幾つかは、当たっている。しかし、秦明が身体を僅かに反らしアルベルトの攻撃の勢いを殺す為、手応えは全く感じない。攻撃を先の先まで読めなければ、出来はしない芸当だ。

 右の蹴りを難なく躱し、秦明はアルベルトの背後を取る。

「衝撃のアルベルト、何故は知らぬが貴様は我弟子の一人に闘い方が似ているな……お陰で非常に、遣り易い」

 嘯く秦明の棒が、アルベルトの右肩を、左脇腹を、貫く。

「まあ、貴様と違い山の野猿も同然の男だが」

「この儂を、野猿と一緒にするかアッ!!!」

 後方へ飛び退いて一端秦明から距離を取り、アルベルトが吼える。同時に、両手から渾身の力を込めた衝撃波を撃つ。秦明は向かい来る衝撃波に微動だにもせず、剣を構える。

「はァッ!!!」

 大地に突き立てられた棒の先端から生じた雷光の一筋が、衝撃波を切り裂きながら走りアルベルトへと走り来る。

「させるか!!!」

 アルベルトが右手を、雷に、衝撃波を集中させる。

 アルベルトと秦明の間で衝撃と雷がぶつかり合い、火花が激しく散った。