Asian Pavilion Hotelの夜


 インドシナ紛争、ラオスも当事国の一つであった。
日本ではベトナム戦争やカンボディア内線というのは良く知られているが、ラオスも同様であったことはあまり知られていない。

ベトナム戦争の最中、ラオス領土内ジャール平原一帯はホー・チ・ミン・ルートとなっていた。ここでアメリカ軍がルートをつぶすべく作戦を展開していた。あの「北爆」はここでも行われた。
いまでもジャール平原一帯には、多くの爆撃の後が残っている。

一方では、共産主義の北ベトナムのベトコン(ベトナム民族解放戦線)、カンボディアのクメール・ルージュ(カンボディア解放戦線)と同様パテート・ラオ(ラオス愛国戦線)が親仏政権のラオス政府と対峙して内戦状態であった。

アメリカ軍とラオス政府軍は山岳民族のモン(Hmong)族を使い、パテート・ラオと対峙させた。
1975年4月17日カンボディア解放、4月30日ベトナム解放そして8月22日ラオス解放。
インドシナ3国は、同時期に共産主義国となった。

カンボディアにおけるポルポト派の虐殺はメディアを通して知られているが、実はカンボディアほどではないしろラオスでも同様の事が起こっていた。

アメリカ軍やラオス政権側についていた人間に対しての報復・粛正であった。
ラオスではモン族に対する報復は凄まじかったとされている。それも敵味方別れた同族同士での報復もあったという。何万人もの虐殺があったとも言われているが、しかし、この件に関して正確な情報が少ない。なぜなら「アメリカはラオスでは軍事作戦を行っていなかった」ということになっていたので、当然アメリカ軍はモン族に関わっていないことになる。アメリカ側にとっては「何もしていないのに情報などあるわけがない」ということである。

状況証拠として、1975年以降、モン族はアメリカに10万人以上亡命していてアメリカが受け入れている事実があった。
1998年、アメリカ軍は、アメリカ在住のモン族に対して功績を表彰したということである。20年以上経って、正式にアメリカがラオスでも作戦を行っていたことを認めたのである。
簡単に書いたが、ベトナム、カンボディアと比較してラオスに関しては資料が少ないのでどうしても情報が偏ってしまう。


さてAsian Pavilion Hotelである。
ルアン・パバーンのヘリテッジ・ゲストハウスのロビーに置いてあった「地球の歩き方<ラオス編>」で何気なくホテルリストを眺めていた。
Asian Pavilion Hotel 旧名称:Consteration Hotel・・・ラオス内戦時代にプレス各社やジャーナリストがベースとしていてニュースを発信していた。という記述があった。
ベトナム・サイゴンのマジェスティックホテルと同じではないか。
1泊20US$、それも先日、私が泊まっていたLao-Paris HOTELの斜め前じゃないか・・・これは泊まらねばならない・・・(^^;;


時代を感じさせる造りで、私は好きである。
エレベーターが無いのでボーイが私の荷物を背負って部屋まで運んでくれた。
部屋はすごく広くツインのシングルユース。
このボーイが、部屋の案内とか丁寧であり、その上「女はいらないか」とかなかなか面白いので仕事を一つ頼むことにした。

洗濯物が貯まっていて今日明日でも洗濯しないと、明後日以降着る服や下着が無い。街で洗濯を頼むと1kgで10,000kipが相場である。
ホテルで頼むとシャツ1枚1US$、Tシャツやトランクスなどの下着類は1枚50c、私の洗濯物をすべてホテルに頼むと5US$になってしまう。
外の店に持っていって、仕上がりがいつになるかわからないのも困る。
いつものように洗濯セットは持ってきているのだが、今から洗濯する気分でもない。
そこでボーイに働きかけた。

「ねぇ、君に相談がある。これだけ洗濯物があるんだけど、これを君の知っている店で洗濯して明日の晩までに仕上げてもらえないか、それでその経費+君に手数料で1US$でどうだ。ホテルに出すと君に手数料はいらないだろ?」
「それは、Goodな提案だ任せておけ」と簡単に商談成立(^^)
たかが1US$かもしれないが、ラオス人の平均月収が20US$ことを考えれば結構な実入りである。
「他に用はないか? 女なら25US$ マリファナもあるよ」
「いや、今は要らない」

ボーイは、ホテルの洗濯袋に洗濯物を入れて、知り合いの洗濯屋に持っていくため部屋を出ていった。
さて晩御飯の前に、シャワーを浴びようとしたらタオルが一枚もない。
フロントに「タオルを持ってきてくれ」と頼んだら。
1分後に例のボーイが来た。
「あれ、私の洗濯物は?」
「もう出してきた・・・今晩9時30分には届ける。で、女か?」
「ちがう、ちがう・・・(^^;;・・・タオルが無い」
「ほんとだ、すぐ持ってくる」
タオル一式も揃ったので、さてシャワーっと思ったら、今度はお湯がでない・・・(^^;;

フロントに「お湯が出ない」と電話したら、また彼が来た。
どうやら、温水ヒーターのスイッチがオフになっていたらしく、その調整をしてる。
後ろから、不意に私は聞いた。

「ねぇ、女25US$って言ってたよね。君のコミッションは何ドル?」
「5US$・・・・」と言った瞬間、「しまった」という顔をして私を見た。
簡単に引っかかった・・・面白いやつだ(^^)
やっとお湯も出てシャワーを浴びてさっぱりして「生ビール」を飲みに出かけた。
あとマッサージをしてもらって(ラオスのマッサージはタイ式マッサージで3US$〜4US$で格安である)、部屋に戻ってきたら洗濯物がすべて届いていた。

Tシャツやトランクスまでアイロンがかけてあったのはご愛敬。
洗濯代は彼へのコミッションを含めて2US$であった。



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