タナロットのサンセット


明け方スコールが屋根をたたく音で目が覚めた。

すごい音で部屋中に響いている。






雨の降るテラスで今日も朝御飯を食べながら、ボーイとの会話である。
彼は決まり悪そうに「昨日サンセットツアーは催行されて、デンパサールやタナロットは晴れていた。」と言った。

「えっ・・・!!」

その時理解した・・・天気が悪いのはバリ島全部ではなく、Ubudは「山の天気」で悪いということ、昨日のツアーなんて悪天候で山に登ったようなものである。

当初予定では、今日あたりにクタかデンパサールへ移動する予定だったのだが、サンセットツアーに行きそびれること2回・・・3度目の正直である。もう4泊したがもう1泊延長することにした。

彼に「もう1泊宿泊追加とサンセットツアーのエントリー」というと「グッドだ、また昼にココに戻ってきてほしい。」という返事が返ってきた。

それで、ボーイの役割がなんとなく判ってきた。

気づいたことを繋げていくと。

ひとつ、この宿の経営者はおばあちゃんから孫まで誰も日本語どころか英語も話せない。

ふたつ、ボーイはこの宿の家族でも従業員でもない。

みっつ、ボーイは英語しか話せない日本語は不可。

よっつ、隣のバンガローは別のボーイと同じような人間が担当している。

これらを繋ぎ合わせると、彼は、この宿と契約している客引きである。

そしてその契約は連れてきた旅行者の宿泊料金の何パーセントかのコミッションとツアーや車の手配のコミッションが入る。

つまり一人の人間が彼が連れてきて長逗留して、いろいろ彼を通じて手配すればするほど彼は儲かるということになる。

向かいのバンガローは別のボーイが担当していたが、客が替わると彼が面倒をみている。どうやら彼が連れてきた客なんだろう。

だからダンスのチケットもツアー料金も最初からコミッション込みの定価設定になっているのである。

延泊すると、客引きに行かなくていいし、コミッション入るし、どうりで喜ぶはずだ。
午前中をどうするかだ・・・と考えていると陽が差してきた。
晴れたわけではないが雲の隙間から光がこぼれてくる。

「晴れるかな・・・」と期待を持たせる天気である。
ということで、先日、田んぼを横切ってしまいショートカットになってしまった散歩ルートその2を・・・・完走するべく宿を出た。

やはり傘をささずに歩くのは気持ちがいい。

1昨日の場所まで来たがオッチャンの姿は見えず。

すると後ろから声がした。
昨日の一緒だったベルギー人の女子大生が、バンから手を振っている。

私も「Have a good trip!」と言って手をふった。
彼女たちは今日もツアーに参加のようだ。

空が蒼く抜けてきた・・・晴れると写真を撮るのも楽である。

はやり雨だと傘さしながらだし、レンズも曇るし。
3日ぶりに見る青い空である。
しかし、彫刻の村を抜けていくと、やはり雨が降り出した。
念のためと持ってきた傘・・・やはり使うことになった。
雨降る中・・・モンキーフォレストに到着・・・一応完走
13時に宿に戻ると彼がいた。
「3名にならないからツアーは中止だ。」
結局3度目もアウト・・・雨の降る空を見て・・・プツンと切れた。


「君の携帯貸してくれる?」
と言って、躊躇するボーイの携帯を半分無理矢理借りて電話をした。
しばらくコールのち相手が出た。
日本語で「もしもしマデさんですか?」
「ハイ」
「私は、Miharaさんの友人でogawaと申します。」
「聞いてます。初めまして、コンニチハ」
「マデさん、今日のスケジュール空いてますか」
「ハイ、大丈夫」
と会話をして。3時に迎えに来てもらいタナロット寺院のサンセットを見に行く約束をした。
バリ島に来て初めて日本語の会話であった。
マデさんは、私のトイカメラの師匠であるMiharaさんの古くからの友人でありドライバーである。今回Miharaさんがマデさんに事前に私のことを連絡してくれていたのである。
どのタイミングで連絡しようかと考えていたが、さすがにツアーが3回ポシャってしまいSOSである。

約束どおり3時に迎えに来てくれた。

車に乗って挨拶を交わして、タナロット寺院へ。

Mihara師匠を肴にバカ話をしながら、途中一カ所時間調整で寄り道してタナロット寺院へ。
沖の小島に造られた寺院で、干潮時は歩いて行くことも可能である。

雨は上がったものの厚い雲がかかっている。

遠くは雲が切れてかすかに光りが漏れている。
干潮なのでお寺の近くの河岸に降りてみた。

貝細工を売る子供がよってくる。

インド洋の波はかなり強い。オーストラリアから直接来る波である。
夕焼けが見える場所に移った。
店のテラスの一番良い席をとり夕焼けを待った。
マデ氏が言った。
「Miharaはいつもオモチャのカメラを持って嬉しそうに写真を撮っている」
私は、ブッと吹き出しながら
「実は、私も持っているんです」と言ってHOLGAを出した。
Made氏は、「やっぱり・・・・」と言って笑った。

さて夕焼けだが、かすかに空が赤くなり日没となった。

よる漆黒の闇の中Ubudへ戻った。

やはりUbudは雨だった。
マデ氏には、明日は12時に出発する約束をかわして宿の近くで降ろしてもらった。
いつものBarでいつものカクテルを飲んだ。
雨は今夜も止みそうにない。

 
テロの傷と海

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