第13回 

『しろいうさぎとくろいうさぎ』 
   ガース・ウィリアムズ/文・絵、松岡享子/訳(福音館書店)

     

 
前回に続いてウサギが主人公のお話を。ウサギが出てくる絵本は、ベアトリクス・ポターのピーター・ラビットやディック・ブルーナのうさこちゃんといった古典中の古典を始めとして、傑作もたくさんあります。調べてみたことはないけれど、ウサギは絵本に登場する動物のベストスリーに入るかもしれませんね。他には犬?ネコ?クマ?
 ここに紹介するのは、ガース・ウィリアムズの『しろいうさぎとくろいうさぎ』。文も絵も
一人で担当しています。原題はThe Rabbits' Wedding で、内容をストレートに表しています。つまりこれは2匹のウサギが結婚する話なのです。

 この絵本は詩です。だから、内容を伝えようとすると、言葉を全部書くことになってしまいます。あえてあらすじを述べれば、いつも一緒に遊んでいる二匹のウサギが、一緒に暮らしたいと思い、最後に結婚式を挙げました、という単純なことになります。特別 な事件がおこることはなく、好きでいることの切ない気持や、一緒に暮らしたいと願うことや、気持を確かめ合うといった、結婚に至るまでの密やかな感情のやりとりに焦点をあてて、丁寧に描いています。

 くすんだ黒と緑と黄色を基調にした絵は、まるで水墨画のようです。前回紹介した『うさぎのだいじなみつけもの』の絵とは、全く異なります。全体が霧にかすんだような色合いで、最後の結婚式も月明かりの中で行われます。切なさや幸福感が東洋的な幻想の世界で展開するのです。この東洋的なイメージが、この作品に、普通 の絵本と違った印象を与えています。私たち日本人には深いところで親しみやすく感じられるかもしれません。
 この絵本は、書店の絵本コーナーで平積みにされていることが多いので、きっとコンスタントに売れ続けているのでしょう。結婚のお祝いとして、ちょうどいいのですね。ちなみに、僕も妻から結婚前にこの本をプレゼントされました。

 さて、結婚して15年経ってこの本をもう一度見ると、気恥ずかしさとともにさまざまな感慨を抱きます。この絵本も、多くの昔話と同じように「それから二人は、しあわせにくらしましたとさ」式ハッピーエンドです。で、つい、現実の結婚はここに描かれているほど単純なものではない、と多少ほろ苦い気持ちで眺めてしまいます。こんなにロマンチックな動機では結婚はできないよとか、結婚してからがたいへんなんだよとか、したり顔で言いたくなるのです。結婚だけではない。いろんなことが、現実の中ではとても複雑であることがわかってくる。愛も正義も希望も夢も、現実の中では決して単純には現れない。むしろほとんど押しつぶされてしまっている。それゆえに、年を重ねるに従い、愛も正義も希望も夢も、私たちはストレートに語れなくなってきてしまうのです。
 では、ここに描かれている二匹のウサギたちの感情は、若いころの熱病のようなものなのでしょうか? 安っぽいテレビドラマのような詐欺めいたロマンチシズムなのでしょうか? そして、こんな気持を信じられなくなること・捨て去ることが大人になることなのでしょうか?
 そうではないと思います。現実の複雑さ・苛酷さを作者は十分に知っているからこそ、愛の基本形を詩の形で伝えようとしたような気がするのです。現実の重さに押しつぶされやすいものかもしれないけれど、でも私たちがほんとうに生きているのなら、間違いなく真実であるといえる「気持」。それを作者は肯定しているのです。だから最後はハッピーエンドなのです。結婚後さまざまな苦難に出会うとしても、最後には肯定されるものとしてウサギたちの気持が描かれているのだと思います。そう考えると、景色が幻想的な雰囲気を持っているのは、ウサギの気持の真実さを抽出するための方法なのかもしれません。
 結婚前の恋人たちにもいいけれど、結婚生活10年以上たった人たちにも、忘れそうになる初めのころの思いを思い出させるすてきな絵本です。
 
                                      4/8/2001 

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