第8回
『木をかこう』 ブルーノ・ムナーリ/作、須賀敦子/訳(至光社)
http://www.ehon-artbook.com/search_i.html
日本語版の前書きで、グラフィックデザイナーの福田繁雄さんが作者のムナーリさんのことを簡潔に紹介しています。「1907年イタリア・ミラノ生まれの国際的造形家……ムナーリの作品は、いままでの考え方にとらわれない自由な発想と夢のある楽しさにつつまれています。……それらの作品は単なる楽しさや面
白さだけではなく、あらゆるものを新しい角度から見なおすという造形家の確かな心が感じられます。……木を描きながら、おそらく皆さんは、いままで考えてもみなかった、新しい自分自身の発見をすることでしょう。」
まさにこのような「目からうろこ」の絵本です、これは。この本が発行されたのは1983年。新聞の書評には「芸術、科学、教育の三位
一体を実現した本」と高く評価されていました。ムナーリさんの本を読むと、芸術やデザインについての考え方や姿勢が変わってしまいます。
表紙も本文も黒と緑の2色刷。描かれている絵は実にシンプルです。初めに、木の形状を科学的に見つめ、どんな規則に従って形作られているかを見つけます。その基本がわかれば、誰にでも木がかける、と言うのです。これだけで読者は木を書きたくなってしまう。ムナーリさんは、次に、規則にのっとりながら、風が吹くところで育った木とか、枝の分かれ方の違う木とかいったバリエーションを紹介していきます。ペンで軽く描かれた絵は、いかにも目の前で話をしながらかいているようで、親しみを感じさせ、「僕も(わたしも)描いてみよう」という気を起こさせます。「ぼくにもかけそうだ、かいてみたい」と思わせるところがこの本のすばらしい特徴なのです。
雑談をするようにユーモラスに話を進めているのだけど、内容は決して雑談に終わっていないところが、またすごい。木の形についていろんな発見が出てきます。たとえば、「カシワの葉をよく見ると、葉脈は、柏の木と同じ形をしています。葉脈のまわりの葉の部分を、ていねいに、むしりとってごらん。ほねぐみは、カシワの木に、そっくりです。」と書かれています。あ、ほんとうだ、と描きながら僕たちは驚くのです。
それからまた、木の枝分かれについて考察します。ムナーリさんは、扇子を閉じるように枝を閉じていくと、幹の太さと同じになるのじゃないか、という問題提起をします。そこで今度は、1枚の帯状の紙を持ち出して、そこに切り込みを入れて広げることで木を作ることをやってみるのです。さらに紙だけでなく、針金も用います。3本くらいの針金をよったものをまず作り、それらをまたいくつかより合わせていく。そんなふうに次々と様々な形ができていきます。
もう一つ親切なのは、わたしは絵が描けない、と恥ずかしがっている人への配慮。アルファベットの「Y」を書いて、それをつなげていくと、木の形になりますよ、と言うのです。こんな気配りが何だかとってもうれしい。徹底して読者の視線に降りてきて、話を進める。これは教育者の鏡ではありませんか。世の教師もこの本を読むと、きっと得るところが多いでしょう。
そしてこの本はラストで見事なクライマックスを迎えます。マントヴァの町の広場に子供や先生や親たちが100人集まり、みんなで一緒になって、大きな木を描くのです。各自が紙を切り抜いて張りつけていき、地面
に大きな木ができ上がるのです。ものを作る喜びや楽しさが、見開きの写真から伝わってきます。
この人の著書に『芸術としてのデザイン』(ダヴィッド社、1973)がありますが、この知的喜びにあふれている本を読んだとき、デザイン、科学、造形は何と楽しいものなのだろう、と感動した覚えがあります。一例を挙げると、バラの刺の形がいかに美しいかを割り出し図のように解説していたり、またみかんの形状が機能的にまたグラフィック的に優れた「パッケージ」であるという視点から分析していたり。ああ、なるほど、と目を見開かれる思いです。この人の考え方が感動的なのは、あらゆる事象の本質を把握しながら、それらをみごとに有機的に結びつけているからでしょう。今、グラフィックデザイナーとかイラストレーターとか名乗っている人が――僕も含めて――こんな考え方を少しでも持つようになったら、仕事や世の中はいい方向に変わるんじゃないかな、と思えたりもしますが、現実は悲しいことに、そんなふうには進んでくれません。
この『芸術としてのデザイン』は 残念ながら絶版になっているようですが、僕は古書店巡りをして、ぜひこの本を手に入れたいと思っています。
『木をかこう』の姉妹絵本として、同じような構成の『太陽をかこう』がありますが、前者ほどの面
白さには少し欠けるとぼくは思っています。他に『霧の中のサーカス』なども面 白いですよ。トレーシングペーパーの性質を生かした優れた絵本です。図書館あるいは書店に行って、手に取ってみてください。
それから最後に、至光社のホームページもきれいです。別にお金はもらっていませんよ(笑)。
2/20/2001
「言葉ですよ」のトップへもどる
|