第5回
『きこりとおおかみ』 山口智子・再話、堀内誠一/絵 福音館書店
堀内誠一さんは天才です。グラフィック・デザインや絵本の世界に偉大な功績を残しました。ご存じの方も多いでしょうが、マガジンハウスのan・an、POPEYE、BRUTUS、Oliveなどのロゴは全部この人が作ったんですよ。それはほんの一例で、数え上げればきりがない。そして絵本への造詣の深さが驚くばかりで、『絵本の世界・110人のイラストレーター』や『ぼくの絵本美術館』(どちらも福音館書店)は、絵本の歴史を学ぶ上でのまたとない資料です。この人が1987年に54才という若さで亡くなってしまったのは、日本のデザイン界・絵本界にとってほんとうに惜しむべき悲報でした。
この人の絵柄がまた天才ぶりを発揮していて、いろんな題材を、あらゆる技法を用いて幅広くかき分ける力を持っています。 こういう器用さを持っている人としては他に、太田大八さんもあげられるでしょうが、ふたりとも「何でこんなふうに描けちゃうの?」とあきれてしまうくらい絵がうまいのです。様々な絵柄で、代表作といえるものをたくさん作っています。目移りがするくらい。
その中から、ここでは『きこりとおおかみ』を取り上げます。フランス民話を山口智子さんが再話として語っています。まず表紙を見ると、森の中の家から、狼が一匹、頭から煙を出しながら、ものすごいスピードで飛びだ咲いてくる様子が描かれています。おお、これは何かありそうだ、と期待を込めて本を開きます。
ある冬の夕暮れ、お腹をすかした狼が餌を求めてある木こり夫婦の家にやってきました。するとおかみさんからスープをぶっかけられて頭に大やけどを。獲物にはありつけず、逃げてしまいました。一年後、やけどでハゲになった狼は仲間を連れて復讐にやってきました。木を切っていた木こりはあわてて木の上に逃げますが、下では狼達が木を取り囲んでいます。やがて、ハゲの狼から順に、狼たちは一匹ずつ上に乗っかり、てっぺんまで登ってきます。最後の狼が今にも木こりに届こうと言うとき、木こりは家の女将さんに向かって、「こいつにスープをぶっかけておやり!」と叫びます。これを聞いた一番下のはげの狼は一年前の事を思い出し、あわてて逃げ出すと、狼達はバラバラと転げ落ちて、木こりは助かりました、というお話です。
ペンの生き生きとした線がとにかくすばらしい。この作品ではこの線が、5割以上の活躍をしています。狼達の表情、木こり夫婦の表情など見事だし、煙や木の枝に至るまで一つ一つに命が吹き込まれています。それから構図。動きのある話を変化に富んだ構図で描き、テンポよく読ませます。狼が1匹ずつ積み重なって、てっぺんの木こりに迫る場面などは、俯瞰図による迫力ですよ。さらに色。あまり多くの色は使わず、動きのある線を助けるような感じで色彩
が施されています。
語り口も絵もユーモラスで、民話の楽しさが存分に味わえる絵本です。きっとこの絵は、フランス人が見ても違和感を持たないでしょう。フランスに8年間すんでいた堀内さんは、樹木、家、椅子やパンなど、あらゆるものに田舎のフランスらしさが出るよう、細心の注意を払って描いているようです。テーブルの上の丸くて大きなパン、壁につり下げられたソーセージのおいしそうなこと!
絵本ではありませんが、『guide an・an パリからの旅』(マガジンハウス社)という本で、私たちは堀内さんの多彩
ぶりを知ることができます。これはフランス滞在中の旅行記ですが、文章・本文レイアウト・装丁などすべてを一人で手がけていて、楽しい本に仕上がっています。町や村の様々なスケッチや地図など、どれもグラフィック・デザイナー(とくにエディトリアル・デザインを目指す人)のお手本になりそうなすばらしい本です。「どうしてこんなのが作れちゃうの」とため息が出てしまいます。ぜひご覧ください。
12/17/2000
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