第2回
『クリスマスものがたり』
フェリクス・ホフマン/作、しょうのこうきち/訳 福音館書店
http://www.fukuinkan.co.jp/index2.html
クリスマスの季節、書店の絵本コーナーに並ぶ本の中に、必ずこの『クリスマスものがたり』が入っているのではないでしょうか。クリスマス関連の優れた絵本は枚挙にいとまがないのですが、フェリクス・ホフマンの最後の作品であるこの絵本は、その中でも特にお薦めです。イエス・キリストの誕生の物語を、親しみを感じさせる絵で、聖書の記述に忠実に描いています。日本のクリスマスはサンタ・クロースやらツリーだけがクローズアップされがちですが、こんな絵本も手にとって、クリスマスの原点に思いをはせるのもいいかもしれません。
見開きごとに変化に富んだ構図を用い、余白の使い方が見事です。そして、色。羊飼いたちが眠る闇の深い青、そこに現れた天使の光り輝く金(といっても、決してけばけばしくありません)、聖家族のいる馬小屋の暖かい緑や茶色。それらの抑えた色調の中に時おり現れる鮮やかな赤がまた効果
的です。
ホフマン氏の絵からぼくが受ける印象を一言で表すと「清楚さ」です。一見ガサガサした線なのに少しもうるさくなくて、温かさと親しみが感じられます。この人の描くものは、人物も動物も風景もみんな清楚です。ここにはほんとうの意味での謙虚さや慎ましさが表れているように思えます。どの絵本を見てもそうです。
『クリスマスものがたり』から挙げるなら、ぼくの好きな第一場面――マリアが天使から受胎を告知されるシーン――。ここに描かれているマリアは、この作品の清楚さを最もよく表していると思います。その感覚は日本人の心に通
じるような気がします。欧米の宗教画に見られる濃密でリアルな絵に違和感を抱く人は、ホフマン氏の絵に懐かしさと安らぎを覚えるのではないかと思います。
物語に登場するヘロデ王は、自分の王位が脅かされることを心配して、2歳以下の男の子を皆殺しにしてしまうのですが、その残虐ぶりも、ここではずっと後退してしまいます。ヨセフも博士たちも星たちもみんな、抑制のきいた喜びの中におかれています。
多くの絵本作家がそうであるように、フェリクス・ホフマン氏も、子供に聞かせるために絵本を作り始めたそうです。だから絵に父親の温かい心が表れているのです。グリム童話を絵本化したものはどれもすばらしいし、挿し絵として描かれた作品は『グリムの昔話』(1〜3巻、大塚勇三訳、福音館書店)で見られます。この本はぼくの子供たちの愛読書です。ぼくが自分の子供たちのためにこういうすばらしい仕事ができていないのが情けない。
ちょっと専門的になりますが、ホフマン氏の作品のほとんどは石版か金属版のリトグラフです。ですからもともとは7色〜8色刷りだったそうで、ホフマン氏の職人気質は色の仕上がりにも及んでいました。しかし、出版に当たって経費の都合上、現在一般
的に用いられているプロセス4色で印刷されるようになり、繊細な色合いは失われたということです。最近2度ばかりホフマン展が日本で開かれましたが、きっとそこで版画の美しい色合いに接することができたに違いないと思うと、見に行けなかったことが悔やまれます。
それくらいぼくの大好きな作家ですが、この人の本を出版しているスイスのザウワーレンダー社の話では、ホフマン氏の作品も今では古典的であるが故に欧米では人気がなく、印税のほとんどは日本から入って来るということです(なんだか、バッハやファーブルが本国よりも日本のファンの方が多いのと似てますね)。しかし古典であるということは、その価値が歴史の中に定着しているということです。スイスを代表する巨匠の作品を子供の時に味わうことができたら、すばらしい心の糧となるに違いありません。
12/13/2000
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