第51回
『一瞬の風になれ』佐藤多佳子/著 講談社、2006、
1、2巻は\1400+税 3巻は\1500+税
本選びには書評やテレビ番組の紹介あるいは実際に書店で手にとって、自分なりに慎重にやっているつもりですが、それでも買って読み始めると、時間や金をを無駄使いしたような気になってしまうものがときどきあります。年末に買った『風の影』(作者も出版社もどうでもいい!)はほんとにがっかりもので、金返せと叫びたい気分だった。しかもぼくが信頼を置いているNHKブックレビューで推薦されていた本だったのですよ。
しかし!今日読み終えた『一瞬の風になれ』(佐藤多佳子著、講談社、2006)は、読んでいる間、ずっといい時を過ごしていると感じられた本でした。これはお薦め。
この作品、本屋大賞と吉川英治文学賞を受賞しています。ぼくはベストセラーはあまり読まないし、何かの賞を取っているからというので読むこともありません。でも、NHKブックレビューで作者のインタビューを見ていて(結局この番組を頼りにしている)、この本を読んでみたくなりました。4月だったか、妻が息子に読ませたいと買ってきて、みんなで回して読み始め、最後にぼくが手に取ったのですが、読み始めたら一気でした。全3巻なので一見長そうですが、あっという間に(それこそ一瞬の風のように)駆け抜けて読めます。
神奈川県公立高校の陸上部で、短距離走に打ち込む高校生たちのドラマ。スポーツはそれ自体で感動を呼び起こせる題材だから、小説やドラマでスポーツの感動を表現するのはけっこうたいへん。しかも高校生が主人公となると、一歩間違えばユーモアも涙もどうしようもなく陳腐で安っぽくなってしまいます。でもこの小説はそこを実にうまく料理していて、若い人にも、またぼくみたいな中年にも広く受け入れられるレベルになっています。作者は4年ほどかけて実際に高校陸上部を取材したそうですが、スポーツとは無縁のぼくでも、短距離走に生きる人たちの感覚や思考を追体験できたような気がしました。
スポーツの動きを文章に置き換えるというのはかなり難しい作業です。かつて三島由紀夫もその難しさを言ってました。佐藤さんはこの小説で、100m走やリレーのスタートからゴールまでの心理や動き、スピード感を、試合ごとに丁寧に表現しています。
中高生の頃って、スポーツができる奴って理屈抜きでかっこいいと誰もが思うものです。かっこよくないぼくは、そんな連中がうらやましかった。ま、人生そう言うものだけじゃないっていうことはもっと大人になってからわかるんだけど、この作品は陸上競技と若さのいい部分を鮮やかに結晶させていて、ぼくは高校生の頃に感じたまぶしさを、ふと思い出しました。
5/19/2007
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