第48回

『画家の手元に迫る原寸美術館』
               結城昌子/著
 小学館、2005、\3800+税

 娘へのクリスマスプレゼントという名目で買っておいて、ぼく自身が楽しんでいます。ほんと、面白い。
 この本について、ある書評家は「コロンブスの卵のような」と評していました。そう言えば確かに今までこんな本、なかったなあ。ボッティチェルリからワイエスまで30人の有名な西洋画家の傑作を原寸大で見せる画集。そうすることで画家の色使いや筆のタッチを知ることができます。この着眼点がみごとです。著者の解説はどれも、読みながら深くうなずいてしまいます。
 本を眺めていて、ある不思議さを感じました。絵の一部が原寸大で切り取られ、本の形式になった時、それは本物を見た時とはまったく別の感覚を与えてくれるのです。ここ数年ぼくは積極的に美術館巡りをするようになって、そこでは絵に近づいて細部をじっくり眺めることをよくやっています。当然どこまでクローズアップしても、それは原寸です。ところがこんなふうに絵がトリミングされると、絵は原寸というより、むしろ拡大されたような印象を受けるのです。それはおそらくぼくたちの頭の中に、本の画面には常に全体が収まるもの、という先入観ができあがってしまっているからでしょう。絵が画面の端で切り取られることで、実際以上の広がりを感じるのです。そこに新鮮な驚きがあります。
 日本の印刷技術はかなり高く、中でも美術関連は普通の本以上の技術を使っています。それでも印刷では本物の色を忠実に再現することはできません。絵の具の盛り上がりや質感も減少します(だから、ぼくは展覧会を見たあと、図録を買いたいと思うことがほとんどありません。本物を見て受けた感動が変質してしまうのを恐れるから)。
 しかしそういったハンディキャップは、印刷物全般が直面せざるを得ない課題でしょう。それを認めつつ、この本は非常に刺激的で楽しい読み物、鑑賞本になっています。例えばモネの睡蓮など、実物を見た時も、この本で見た時も、どうしてこんな抽象画のような絵の具のタッチが遠くからは睡蓮の花びらに見えるのだろうと、改めて驚いてしまうのです。
 ボッティチェルリ、ミケランジェロ、ミレー、ワイエス――ぼくの好きな画家が満載なので、嬉しくてたまりません。個人的な新発見は、ボス、デューラー、ルドン、クリムト……挙げ始めたらきりがないなあ。展覧会場に足を運ぶことができない人には格好の参考書になるし、絵の勉強でなくても、新しい絵の楽しみ方を経験できる本です。

 
                                 1/4/2006

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