第47回
『春の数え方』
日高敏隆/著 新潮文庫、2005、\400+税
昆虫のことを勉強していると、この方の名前にしばしば出会います。この本は、もともと『SINRA』という雑誌に連載されていたエッセイをまとめたもの。2001年に本書は日本エッセイスト・クラブ賞を受賞しています。
著者は数ある仕事の一つとして、鱗翅学会の会長も務めているので(執筆当時。現在はどうかわかりません)、当然昆虫には詳しいのだけど、研究対象は生物全般に及んでいます。話題は生物を中心に幅広く、スリッパから見る日本の文化の考察もあります。しかも豊かな学殖に支えられていて、深いのです。
昆虫や自然に関心がある人はどこが違うかというと、世の中を見る視点です(このことは養老孟司さんもある著書で指摘しています)。異なる視点、なんていう言葉もまたビジネス界では使い古されているので、うんざりしてしまうのですが、この本から受け取るのは本当に「異なる視点」なのです。新鮮な驚きが随所にあります。
著者は、自然というものに対するわたしたちの漠然とした常識に疑問を投げかけ、認識を新たにしてくれます。たとえば、「自然と人間との共生」「生態系の調和」という、良く聞く言葉。これは幻想の標語であると言います。自然は生物たちの果てしないシェア争いの場であって、決して調和のとれた場所ではない、というのです。人間のロジックと自然のロジックは必ずしも調和するものではなく、せめぎ合いがある。その点をもっと理解する必要があるのでしょう。
そして、人間のロジックを押し通すのではない「人里」のようなものこそが大切なのではないか、と日高さんは訴えます。管理され過ぎた人工庭園は、決して安らぎや喜びを与えてくれるものではないと。最近では「里山」という概念も広がっているようですが、これも著者の言う「人里」と共通した概念だと思います。
花はただ美しいのではない。虫たちに受粉してもらうかではなく、いかに効率よく受粉させるか、という熾烈な戦いを続けているのだというのを知ったら、しばし、ほうーっと、ため息をついてしまいました。
11/30/2005
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