第41回
『父と暮せば』
井上ひさし/著 新潮文庫、2001、\324+税
岩波ホールで上映されていた映画に感動したものだから、原作はどうなっているのか知りたくて買いました。映画の脚本はほとんど忠実にこの原作を再現していることがわかりました。広島原爆を題材に、戦争の悲惨と人間の悲しみ・生きる喜びを、父と娘の二人芝居で見事に伝えている物語です。安っぽいお涙頂戴物ではありません。底に深い悲しみをたたえつつ、観る者の魂を引き上げてくれる喜劇です。でも筋書きをここで紹介するのはやめておきます。別に推理ものではないけれど、映画や舞台を見たときの驚きや感動が半減するからです。ぜひみなさんご自身で鑑賞してみてください。
読んでいてわかったのは、数日前に見た映画のセリフ一つ一つが自分の心にしっかり刻まれていたこと。だから各場面、二人の登場人物の会話が鮮やかによみがえってきました。それほどにこの作品には言葉の重みと命があるということです。舞台劇というもののすばらしさを感じます。
しかし映画も舞台も見ずにこの本を読んでも、きっとその良さは半分も伝わらないだろうと思います。昔からどんな戯曲でも「読む」のは難しいと言いますけどね。ぼく自身は大学生時代からお芝居が好きで(最近はほとんど見ないけど)、通常の映画やTVドラマでは絶対に味わえない魅力を感じているのですが、この作品も舞台劇ならではの構造を持っています。そのことは本の最後に「劇場の機知――あとがきに代えて」で作者が解説してくださっています。
今村忠純氏による解説も、作品をより深く鑑賞するための手引きとなっています。なるほどそうだったのかと、この劇のおいしさを二度味わった気分でした。
映画を見たあとに台本を読むことは、宮沢りえ、原田芳雄ら役者さんたちの演技を追体験することです。これらの言葉があの人たちの演技によってあれほどまでに生き生きしたものになるのかと思うと、優れた役者の力に圧倒されるばかりです。監督の黒木和雄氏は『私の戦争』の中で、この映画の制作の様子を話してくれています。「よーい、スタート!」で宮沢りえの演技が始まったのですが、そのとたん目の前には女優の宮沢りえがいなくなり、本当に福吉美津江(主人公)がそこにいた、と書いています。
役者恐るべし。
12/15/2004
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