第36回

『レオナルド・ダ・ヴィンチという神話』
                片桐頼継/著
 角川選書、2003、\1600+税

 2004年の最初に読んだ本。面白さについ引き込まれ、年末から正味2日ほどで読んでしまいました。ダ・ヴィンチがぐっとリアルに感じられるようになり、同時に彼が謎の多い巨大な宇宙であることも改めて思い知らされる本です。
 レオナルド・ダ・ヴィンチは同時代あるいは死後400年近く、今の私たちが聞くほどの高い評価を受けていたわけではなく、万能の天才と賞賛されるようになったのは、19世紀末に本格的研究が始まってからだそうです。再評価の過程で神格化されるのは、どの人物や出来事についてもしばしば起こることです。そうですね、「万能の天才」の一言で片づけて、盲目的に礼賛するのは誤った態度です。彼は突然変異のようにこの世に現れた非現実的な存在ではなく、イタリア・ルネサンスという時代背景の中から生まれ、その影響と制約を受けているわけです。この本は、ダ・ヴィンチの神話部分をはぎ取り、その実像に迫ろうというもの。しかしそれは決して、ダ・ヴィンチの評価を落としめるのではなく、むしろさまざまな史料をもとに新しくとらえなおすことで、彼の業績に正しい評価を与えようとする試みなのです。
 絵画、建築、科学、舞台美術などあらゆる分野に秀でているけれど、著者はたとえば数多くの発明品について検証し、そのほとんどは実用性がないと結論づけています。また、多くの絵画が未完成に終わっていることの原因を丹念に探っています。そうすることでダ・ヴィンチへの誤解を解こうとするわけです。「最後の晩餐」や「モナ・リザ」の秘密にも迫り、この部分はやはり面白い。スフマートという手法で目指していたものが究極の立体表現だったという指摘には、目からウロコ。
 最後に、ダ・ヴィンチが偉大な素描家であり、イメージ・クリエーターであったという新たな視点によって、ぼくたちは漠然としたイメージでなく、どういう意味で天才だったのかを深く知ることができます。さらに、天才であったとしても、生身の人間として苦闘する姿は、ぼくたちに勇気を与えてもくれるのです。
                               1/1/2004

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