第32回

『バカの壁』   養老孟司/著 新潮新書2003、\680+税

 近頃乱立気味の新書も、なんだか発泡酒みたいで、どれもこれも似たり寄ったりの薄味に感じられる。著名なライターによるものでも「売らんかな」の姿勢の方が目についてしまうことが多い。この本もどちらかというとその一つ。今年の4月に刊行を開始した新潮新書の目玉商品で、もう60万部も売れているらしい。企画者の思惑どおりの売れ行きだろう。もちろん養老氏の話だから面白いのは間違いないが、全体的には、チョッチョッと作っちゃおうという印象が強い。3、4時間もあれば読めてしまう。
 そうはいっても、この本の中には考えるヒントがいっぱいある。ぼくたちが日常生活で直面している人間と社会の問題を、解剖学・脳科学の立場から鋭く分析している。その一つとしてコミュニケーションの問題があげられる。ここで「バカの壁」について著者は、「自分が知りたくないことについて自主的に情報を遮断してしまっている」状態であると説明し、親子関係や最近のアメリカによるイラク戦争に言及する。
 教育や宗教など、現代のさまざまな問題を取り上げながら、多くの人が疑問もなく受け入れている考え方を、ほんとうにそうか?と問い直す。そして、人々が見失ってしまった視点を呼び起こし、あるいはまったく新しい視点を投げかける。それらは詭弁ではない。科学や歴史をふまえている。しかもそれらを絶対的なものとはせずに、著者の意見をきっかけに読者が思考し続けるよう促しているところがすがすがしい。
  この本で養老氏が語っているいくつもの興味深い意見を、ぼくはさらに突っ込んで知りたいと思った。たとえばこの中で言っている「一元論」「二元論」も、著者なりの定義で使っているようだ。それを正しく理解するには、他の著書も読んでいく必要があるだろう。
 つまり、この本ではどうしても食い足りないのだ。それが最初に言った、「薄味の新書」という意味である。日本人が常識と雑学を混同していることを、著者はこの本の中で指摘しているが、60万部も売れているこの本自体が、中高年男性読者の「雑学」の一つに納まってしまっているような気もする。
                               6/17/2003

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