第30回

『宮澤賢治に聞く』 
 井上ひさし・こまつ座/編著 文春文庫2002、\619+税

 
ぼくは宮澤賢治の本をもってはいるけれど、きちんと読んでいないし、深い鑑賞にも至っていない。でも、この人にも昔から関心を持ち続けている。ぼくの好きな多くの芸術家や作家を研究していくと、かなりの頻度で、この人の名前に遭遇する。だからこれは間違いなくぼくの世界に属する人なのだ。
 熱狂的なファンが大勢いることが、少しぼくの気持ちをひるませているのかも知れない。外国人にも評価が高く、この本の中でもロジャー・パルバースというアメリカ人作家が賢治のことを「20世紀最大の日本人作家である」と絶賛して論じている。20年前、ぼくの大学時代のフランス人講師も宮澤賢治の大ファンだった。全作品をフランス語に訳して自国に紹介したいと言っていたけど、その後どうなったんだろう。余談だが、『セロ弾きのゴーシュ』のゴーシュはフランス語では「左」の意味だが、この先生によれば、さらに「不器用な」という意味もこめられていて、内容の暗喩になっているのだとか。
 その宮澤賢治の、これはすてきなガイドブックである。この作家を愛してやまない井上ひさしさんが、架空のインタビューや、各界の宮澤賢治ファンによる短い論評など、多角的手法で、わかりやすく作品と人とを紹介してくれる。井上さんの目を通して紹介しているところがいい。「はじめに」の冒頭で井上さんはこう言う。「これからの人間はこうであるべきだという手本。その見本の一つが宮澤賢治だという気がしてなりません。」これでますます興味がかき立てられる。科学者、宗教家、芸術家、農民、の一人四役をこなした人。それは確かに、生き方の具体的で明快なヒントになっている。
 そしてもうひとつ、ぼくが特に惹かれたのは、宮澤賢治が"Misanthropy(人間嫌い)" と愛情深さを合わせ持っていたという点。あ、ぼくはこの人と対話ができる、と思った。

                               3/4/2003

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