第28回

『虚誕』 鳥越俊太郎・小林ゆうこ/著  岩波書店2002、\1800+税

 
1999年10月に発生した桶川女子大生ストーカー殺人事件。この事件がきっかけで翌年、ストーカー規制法が成立。そこまではぼくも覚えているが、詳しいことは知らなかった。
 この本を読んで愕然とした。大多数の人たちが過ごしている平穏無事な日々が、どれだけ危うい基盤の上に成り立っていることか。それはある日突然、いとも簡単に崩れ去ってしまう。単に刑事事件に巻き込まれるという理由からだけでなく、そこから発生するさまざまなことがらによって。警察・国家権力とは何か、メディアとは何か、正義とは、人権とは……などなど、生きていく上での切実な問いを、この本は投げかけている。
 事件発生の4か月前に、被害者は事件の首謀者である男性のストーカー行為を防ぐよう、警察に告訴状を出している。しかし警察は全く動かず、事態はやがて殺人事件という最悪の結末に終わる。驚くべきことに、その後警察が組織的にとった行動は、殺人事件に至らせた責任を回避するためのあらゆる隠蔽工作だ。それらがどのように行われてきたか、それに対して被害者の家族がどのように戦ってきたか。実態がつぶさに報告されている。
 警察の不祥事があちこちで明るみに出ているが、こういう実例を知らされると、その腐敗ぶりに言葉を失う。さらに、家族が戦わなければならない敵は警察だけではない。興味本位 の無責任なマスコミ、世間。ぼくがこの家族と同じ立場におかれたら、何ができるだろう。
 仕事、お金、食べ物、教育、医療、犯罪、……あらゆる点で、自分たちの命は、できる限り自分たちで守って行かなくてはいけない。こんな基本命題を今ぼくたちは、改めて自覚させられる時代なのだ。なんだか、やたら気が重くなるのだけれど、それが現実だ。ここからぼくが引き出せる自衛のためのヒントは、積極的な平凡さを心がけること、良いネットワークを日ごろから築いておくことだろうか。
 被害者家族が埼玉県を相手取って起こした国家賠償請求訴訟の判決が、今月29日に下る。
                                1/23/2003

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