第25回

『ぼくのマンガ人生』手塚治虫/著 岩波新書1997、\660+税

 この本は手塚治虫先生の没後8年を経て、いくつかの講演をまとめたもの。テーマは「マンガを描きはじめた頃」「ぼくの戦争体験」「アニメーションをつくる」など7つに分かれている。ところどころに作品例、最後には短編が掲載されている。また友人や妹さんなど3人の関係者が語る身近な手塚治虫像も織り込まれていて、立体的な人間像が浮かび上がる。手塚治虫先生くらいの天才になると、多様多層ゆえに全体像をつかむのはたやすくない。しかしこの本はもともとが講演だから内容はたいへんわかりやすく、この人の業績や生き方の一端を伺い知ることができる。そして改めてその偉大さに驚いてしまう。自分が中年に達した今は、なおさらのこと。

 何より若い人たちへの熱いメッセージが、読んでいて感動的だ。そう、ぼくが子どもの頃マンガに夢中になったのは、それが今よりはるかに明確な形で描かれていたからだ。その感覚を思い出した。この本でも指摘されているが、手塚先生のマンガは哲学だ。『火の鳥』を最近読み返したけれど、今から20年以上も前に描かれたこのシリーズの「太陽編」に、クローン人間のことが批判的に取り上げられている。その先見の明は驚くばかりだ。で、ふと思ったのだ。今、こんなふうに子どもたちに仕事や生き方そのもので真剣なメッセージを伝えることのできる人は、この分野でいるのだろうかと。宮崎駿さんと、他には……。これは宿題にしよう。
 マンガ少年だったぼくは、小学校6年が終わる春休み(1968)に、兄やマンガ仲間と共同で作った作品をもって上京し、当時の人気漫画家に会いに来たことがある。アポなしの訪問という恐いもの知らずの旅だったが、多忙な手塚先生には会えなかった。結局生前一度もお会いできなかったことをぼくは寂しく思っている。
                                12/5/2002

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