第24回
『夜と霧』新版 ヴィクトール.
E. フランクル/著、池田香代子/訳
みすず書房、2002、\1500+税
この本に「おもしろい」という表現は適切ではない。これは、人間や世界を見る目を変えてしまう本だ。平易な言葉で書かれた160ページ足らずの本は、一日で読めてしまう。しかしそれで何を理解したことになるだろう。それほど衝撃は深く大きい。胡散臭い感動ものがあふれる中、こういう「本物」に出会うと、全く違った質の感動が与えられる。ここでは、単なるカタルシスではない涙が流れるだろう。何度も読み返していきたい。そうすればこの本の語っていることが、少しずつわかってくるに違いないから。
原題は『心理学者、強制収容所を体験する』。第二次世界大戦中、ナチによって人種差別の大量殺戮が行われた強制収容所での体験を、著者は心理学・精神病理学の立場から記述する。過酷な個人的・主観的体験を、科学者としての客観的観察との緊張をはらませながら、よけいな装飾表現を省いて描写する。その抑制の利いた語り口が、事実の過酷さを浮き彫りにする。と同時に、そこから見出される真実の輝きをも際だたせる。描かれているのは、帯に書いてあるとおり〈人間とは何か〉という主題だ。
人は必ずしも、戦争のような極限の体験から真実を獲得できるわけではない。むしろ、正しくものを見る目を奪われてしまうケースがほとんどだろう。自分にだけ通用する人生観なら誰にでも引き出せる。しかし、他者と共有できるほどの普遍の真理に達するためには、森有正の表現を借りるなら、体験が経験にまで深められなければならない。収容所での体験からフランクル氏が学び得たものは、驚くほど崇高な精神だ。それは彼にとって、無理やりとってつけたものではなく、むしろこの悲惨な体験を通り抜けたとき、そこに導かれざるを得なかった奇蹟の到達点なのだと思う。
何がこの奇蹟を可能にしたのか。著者は注意深い配慮と謙虚さをもって主張を控えているけれども、「信仰」だろうとぼくは推測する。
11/26/2002
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